好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Bruce Johnston - GOING PUBLIC

京都は時折にわか雨のふる相変わらずの梅雨空。青空と輝く太陽はしばらく期待できそうにもありません。そこで、今回の記事は乾いた空気と青い空を連想させるウエスト・コースト・サウンド。ザ・ビーチ・ボーイズ関連のアーティストの織りなす音の世界で一服の清涼を味わっていただければ幸いです。
さて、ご登場願うのはブルース・ジョンストン。オリジナル・メンバーではなく途中参加ですが、ビーチ・ボーイズを支えたこの人の尽力には並々ならぬものがありました。
ブルース・ジョンストンは1942年6月27日、イリノイ州シカゴに生まれました。その後ロサンゼルスに転居し、10代の頃よりプロとして音楽活動を開始。1958年頃から幾つかのバンドで何枚かのシングル盤をリリースしています。また、この時期にはセッション・プレイヤーの経験を積み、同時にプロデュース業にも手を染めるようになりました。
そうしたセッションを通じてブルース・ジョンストンは、女優のドリス・デイの息子で後にザ・バーズのプロデューサーとして名を馳せるテリー・メルチャーと知り合います。意気投合した二人は親交を深めて行き、サーフィン/ホット・ロッドの楽曲を共同でプロデュースするようになりました。さらにブルース&テリーとしてデュオを組み、シングル盤を何枚も発表しています。
そんなふうにアーティスト、ソング・ライター、プロデューサーとして堅実に地位を固めていたブルース・ジョンストンに転機が訪れたのは1965年。心身の状態が思わしくなくステージのパフォーマンスから身を引くようになっていたブライアン・ウィルソンの後任としてビーチ・ボーイズから誘いを受けたのです。アルバムとしては『Summer Days』(1965)から加わったブルース・ジョンストンはセッション・ミュージシャンやソング・ライターとしての実力を発揮。明るい性格も手伝って次第に頭角を現し、かけがえのない存在となりました。ことに彼が提供した『Sunflower』(1970)収録の「Deirdre」や「Tears In The Morning」、『Surf's Up』(1971)収録の「Disney Girls」などの楽曲はメロディアスでドリーミーな雰囲気が窺え、ブライアン・ウィルソンと違った個性によってビーチ・ボーイズに新風を送り込んだのです。しかし、マネージャーとそりが合わず1972年にブルース・ジョンストンはビーチ・ボーイズを脱退。裏方の世界へ戻りました。
1974年になるとブルース・ジョンストンはかつての盟友テリー・メルチャーとイクィノックス・プロダクションを設立。ビル・ハウスの『Give Me A Break』、バリー・マンの『SURVIVOR』(1975)などを制作します。次いで、キャプテン&テニールのファースト・アルバムに、「Disney Girls」と未発表の「I Write The Songs(歌の贈り物)」を提供。キャプテンことダリル・ドラゴンはビーチ・ボーイズのサポート・メンバーとしてキー・ボードを担当していた経歴がありました。
この「I Wrote The Song」はバリー・マニロウが1975年に発表した『Tryin' To Get The Feeling』でカヴァー。翌1976年にシングル・カットされて全米1位を獲得したことにより、作者のブルース・ジョンストンも注目されるようになりました。
大ヒットのおかげかこれを契機としてCBSからソロ・アルバムの話がブルース・ジョンストンのもとに舞い込みます。こうして制作されたのが今回紹介する『GOING PUBLIC』です。アルバムは1977年にリリースされていますが、前述のイクィノックスは経営難のため1976年に閉鎖されていたので、捨てる神あれば拾う神ありといったところでしょうか。路頭に迷わずに住んだようです。
なお、このアルバムのプロデューサーはゲイリー・アッシャー。ブルース・ジョンストンとは旧知で、テリー・メルチャーの後を受けてバーズのアルバムを担当した人物です。

歌の贈りもの(紙ジャケット仕様)歌の贈りもの(紙ジャケット仕様)
(2006/03/24)
ブルース・ジョンストン

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1. I Write the Songs
2. Deirdre
3. Thank You Baby
4. Rendezvous
5. Won't Somebody Dance With Me
6. Disney Girls
7. Rock and Roll Survivor
8. Don't Be Scared
9. Pipeline
10. Pipeline(Single Version)
11. Pipeline(12' Disco Version)

それではアルバムの中から何曲かお聴きください。まず、オープニング・ナンバーの「I Write The Songs」。前述したようにバリー・マニロウのヴァージョンが大ヒットしましたが、デヴィッド・キャシディもブルース・ジョンストンのプロデュースによるアルバム、『The Higher They Climb the Harder They Fall 』(1975) にてカヴァーしています。


I WRITE THE SONGS
私は永遠に生き続ける
歌に埋もれてしまうだろう
私は言葉とメロディーを一緒にする
私は音楽、私は歌を書く

私は世界中で歌われる歌を書く
愛や個人的なことの歌
若い女性の涙を誘う歌
私は歌を書く 歌を書くんだ

私の心は君の中に奥深く横たわる
君の魂の中に私の場所があるのだ
いま、君の目を通して物事を見ると
私は若さを取り戻す たとえ年老いていても

ああ 私の音楽は君を踊らせる
精神を奮い立たせるのさ
私が作った何曲かのロックン・ロール
それが君をノリノリにさせるのさ
音楽が君の心を満たす時
それは本当に素晴らしいスタート
私からの音楽 君からの音楽
それは世界に広がるシンフォニー


次はブライアン・ウィルソンとの共作「Deidre」。アップテンポでベース・ラインが弾むディスコ調のアレンジが1977年頃の流行の音だったのだと思い出させます。


こちらはビーチ・ボーイズのヴァージョン。


続いて、しっとりとシンプルに歌い込む「Disney Girls」。アート・ガーファンクルが『Breakaway』(1975)で、キャス・エリオットが『Cass Elliot』で取り上げていました。


こちらはビーチ・ボーイズのヴァージョン。


この2曲に関してはビーチ・ボーイズのヴァージョンのほうが良い出来映えなのかもしれませんが、苦心して何とか差別化を図ろうとしたブルース・ジョンストンのセルフ・カヴァーも捨て難いものです。

最後にベンチャーズでお馴染みの「Pipeline」。こちらもディスコ・サウンドを意識したようなアレンジに仕上げられていました。いま聴いていると個人的な思い出が頭の中を走馬灯のように駆け巡るのですが、それはそれとして、この時期に吹き荒れたディスコ・サウンドというものが音楽界を凌駕し、いかに凄まじかったかを思い知らされる次第です。


ブルース・ジョンストンは1978年にビーチ・ボーイズに復帰。1979年には彼のプロデュースで『L.A. (Light Album)』をリリース。その後もフル活動ができないブライアン・ウィルソンの穴を埋めるべく奮闘しました。1989年には盟友テリー・メルチャーに声を掛けて『Still Cruisin'』を制作。シングル・カットされた「Kokomo」はトム・クルーズ主演の映画『Cocktail』(1988)の挿入歌として使用され、全米第1位に輝きました。ちなみにこの曲はメンバーのマイク・ラヴに加えてテリー・メルチャー、ジョン・フィリップス(ママス&パパス)、1967年に「San francisco(花のサンフランシスコ)」をヒットさせたスコット・マッケンジーらが共作者として名を連ね、まさしく総力戦で望んだ結晶と言えるでしょう。
現在のビーチ・ボーイズはソロとして活動するブライアン・ウィルソン、ファミリー・バンドを率いるアル・ジャーディン、マイク・ラヴとブルース・ジョンストンを中心としたビーチ・ボーイズの3組に分裂しています。マイク・ラヴとブルース・ジョンストンのビーチ・ボーイズはライヴを中心に精力的な活動を行っており、2005年にはフジ・ロック・フェスティヴァルにも出演しました。

2008年のステージの模様です。


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コメント

「歌の贈りもの」はバリー・マニロウのヴァージョンでヒットしていますが、私はやっぱりブルース・ジョンストンの歌で聴くのが好きです。
ブルース・ジョンストンはブライアン・ウィルソンの代役みたいな形で途中から参加していますが、グループはビートルズやイーグルスみたいに色んな人の曲が聴ける方が個人的には好きです。

ところでYouTube って、コメント欄を開くと音楽が途切れてしまうのですね。
歌を聴きながらコメントできると楽しいのですが・・・
MusicBlog様、コメントありがとうございます。
ブルース・ジョンストンのヴァージョンは大切な自分の作品らしく丁寧に歌っている印象が窺えます。そういった気持ちが歌詞にも反映されているように思えました。
曲が書ける人、ヴォーカルが取れる人が何人もいるほうがグループの強みになるのでしょうね。個性がぶつかり合って相乗効果を生み出します。
FC2ブログもコメント欄を先に開いておかないと音楽が途切れます。exciteは大丈夫のようですが、同様の動作がなされるブログが少なくありません。このあたりは各社改善してほしいものです。
ビーチボーイズに関わる詳細なお話、
楽しませてもらいました。
私も
歌を聴きながらコメントできるようになればと思います。
きっと、コメントが生きますよね。
ミキタカ08様、コメントありがとうございます。
とりとめのないことばかり書き連ねましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。
ミキタカ08様のブログも毎回拝読させてもらっております。興味深い話が述べられており、ヒットした当時から現在に至る時の流れが勉強になりました。
このようなつたないブログですが、今後とも宜しくお願い申し上げます。
こんにちは。
こちら千葉もヘンな天気ですね~。イマイチ夏という感じがしません。
さてさてブルース・ジョンストン、個人的にはどうもエンディングの「Pipeline」が気に食わないのです。ドリーミーなブルースが好きなので。
もっとソロ作が聴きたいアーチストですが、控えめな方なんでしょうね。
記事TBさせて頂いたのですが、うまくいかないようです。
240様、コメントありがとうございます。
本日の京都はギラギラと太陽が輝き、うだるような暑い一日でした。こんな日はビーチ・ボーイズのサウンドがとても良く似合います。
エンディングの「Pipeline」はリリース当時から賛否両論があったと聞きます。私も違和感を覚えました。ホット・ロッド&サーフィンの古典だから一度は自分なりの解釈で演奏してみたいとブルース・ジョンストンは思ったのかもしれません。リマスター盤ではご丁寧にも6分30秒に渡る12インチ・ディスコ・ヴァージョンまで収録されていました。
美しい旋律と甘く優しい歌声でビーチ・ボーイズに新風を吹き込んだブルース・ジョンストン。おっしゃる通り、もっとソロ作が聴きたいアーティストの一人です。
どうもブログによってTBがうまくいかないことが多いようです。会社間の相性があるのかもしれません。ぜひとも改善してもらいたいですね。

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