好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Paul Simon - The Paul Simon Song Book

サイモン&ガーファンクルの大阪公演のリポートを記事にしたおかげでアクセス数が増加傾向。この特需を有効に使わせていただくことにして、今回もS&Gネタを扱います。
お送りする作品は「ポール・サイモン・ソング・ブック」。1965年に発表されたポール・サイモンの最初のソロ・アルバムです。
サイモン&ガーファンクルとしてのファースト・アルバム『WEDNESDAY MORNING, 3AM(水曜の朝、午前3時)』が思ったほど注目されず、アート・ガーファンクルは大学院に戻り、失意のポール・サイモンはイギリスに渡りました。クラブで歌い、新しい歌を作り、地元のフォーク・シーンの中にどっぷりと浸かるポール・サイモン。いわば武者修行といったところでしょうか。この時期、サンディ・デニー、アル・スチュワート、バート・ヤンシュ(ペンタングルのギタリスト)らと交流を深めています。そんな中、ロンドンを訪れたガーファンクルはサイモンのギター・テクニックの向上やソング・ライティングの成長に目を見張りました。若いときの苦労は買うてまでせいというもはや死語のような言葉がありますが、サイモンは1964年暮れから1965年にかけての約1年間のロンドン暮らしにおいて、異国の環境を見聞きしながら同世代のアーティストと触れ合い刺激し合う中、おそらくニューヨークで落ち込んだままでは習得できなかったであろう技術や幅広い音楽性を身につけることが出来たのです。
ロンドンでも名前が知られるようになったポール・サイモンはBBSに出演する機会を得ました。その反響が大きかったこともあり、サイモンはイギリスでの活動の証としてアルバムをレコーディングする決意をしました。

ポール・サイモン・ソング・ブックポール・サイモン・ソング・ブック
(2009/06/10)
ポール・サイモン

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ポール・サイモン・ソングブック(紙ジャケット仕様)ポール・サイモン・ソングブック(紙ジャケット仕様)
(2007/09/05)
ポール・サイモン

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ジャケット写真が左右反転しています。こちらがもともとイギリスで発売されたオリジナル・ジャケットなのでしょう。
1. I Am a Rock
2. Leaves That Are Green
3. Church Is Burning
4. April Come She Will
5. Sound of Silence
6. Most Peculiar Man
7. He Was My Brother
8. Kathy's Song
9. The Side of a Hill
10. Simple Desultory Philippic (Or How I Was Robert McNamara'd into Submission)
11. Flowers Never Bend with the Rainfall
12. Patterns
13. I Am a Rock [Alternate Version]
14. Church Is Burning [Alternate Version]

収録曲のうち「Sound of Silence」と「He Was My Brother」は『WEDNESDAY MORNING, 3AM』で発表済み。「I Am a Rock」、「Leaves That Are Green」、「April Come She Will」、「Most Peculiar Man」、「Kathy's Song」 は『SOUNDS OF SILENCE』(1966)に、「Simple Desultory Philippic」、「Flowers Never Bend with the Rainfall」 、「Patterns」は『PARSLEY, SAGE, ROSEMARY AND THYME(パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム)』(1966)にてS&Gとして再録音。「Side of a Hill」は詞を一部変えて「Scarborough Fair/Canticle」の詠唱部分に使用。「Church Is Burning」はライヴ・ヴァージョンが『Old Friends』(1999)、『LIVE FROM NEW YORK CITY 1967』(2002)に収められています。ちなみに、アルバム『SOUNDS OF SILENCE』収録の「Sound of Silence」は、『WEDNESDAY MORNING, 3AM』のヴァージョンにギター、ベース、ドラムスを加えたものでした。
全曲ポール・サイモンが単独で歌い、アート・ガーファンクルのハーモニーが付けられていないこともあり、S&Gのヴァージョンとは異なった味わいが醸し出されています。「Sound Of Silence」は各所で怒鳴るように発し、メッセージ性を高めているような印象を受けました。とくに「Fool」(馬鹿者)という言葉が力強く発せられ、ヴェトナム反戦の気運が高まる状況の中、ポールの怒りが政治家たちに向けられていると解釈できます。もっとも、自信を持って送り出した『WEDNESDAY MORNING, 3AM』が世間で冷たくあしらわれたことへの不満を吐露しているとも受け取れなくはありません。
ギター1本で歌うという全体的に同時期のボブ・ディランに似たスタイルを踏襲していますが、むしろディランへの皮肉が込められているかのようにも思えます。ポール・サイモンは決してスター街道をばく進し始めたディランへの妬みの気持ちを持ってたわけではないのでしょうが、心底に彼への羨望の眼差しとライバル心が相克していたのかもしれません。
そのボブ・ディランやミック・ジャガーやジョン・レノンといった有名人が多数登場する「Simple Desultory Philippic (Or How I Was Robert McNamara'd into Submission)」は後の『PARSLEY, SAGE, ROSEMARY AND THYME(パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム)』収録のものと歌詞に登場する人物が一部違います。ここで出て来たウォルト・ディズニーやカシアス・クレイ(モハムド・アリ)の名前が後者では消え、フィル・スペクターやバリーサドラーらに差し替えらました。僅か1年ほどの時間しか経過しておりませんが、短期間で世界情勢や価値観も変化した時代です。ちなみに、バリー・サドラーはグリーン・ベレーに所属していたヴェトナム帰還兵で、除隊後に歌手へ転身して「悲しき戦場」をリリース。1966年に全米1位を獲得しました。
「The Side Of Hill」は戦火の犠牲となった子供の命の価値とは何かと問う反戦歌です。公民権運動をテーマにした「He Was My Brother」の再演もサイモンが社会に訴えかけようとしていたことが如実に示されていました。ヴェトナム戦争や公民権運動といった出来事がどれだけこの時期のサイモンの心を捉えていたのかよく分かります。と同時にこの激しいメッセージがサイモンの心を痛めて行くことにもなりました。
それではまず、ポール・サイモンが歌う「April Come She Will」と「Sound Of Silence」をお聴きいただけたら幸いです。

Discover Paul Simon!


YouTubeの映像から「The Side The Of The Hill 」。


続いて、「Simple Desultory Philippic (Or How I Was Robert McNamara'd into Submission)」。


さらに、「 Flowers Never Bend with the Rainfall」。


最後は「I Am A Rock」(Alternate Version)です。


I AM A ROCK
ある冬の日
深くて暗い12月
俺はただ一人
窓にもたれて上から通りを見ていた
新雪が静かに降り積もっている
俺は岩
俺は島

城壁を築こう
誰も侵入できぬ急勾配の壁を施した強大な要塞のような
友情なんているものか
友情なんて苦痛を引き起こすだけ
それは俺が忌み嫌う高笑いと愛らしさ
俺は岩
俺は島

愛なんて語るんじゃない
それは遥か以前に聞いた言葉
俺の記憶の底に眠っている
死に絶えた感情のまどろみをかき乱すつもりはない
愛そうともしなかったし泣こうともしなかった
俺は岩
俺は島

俺には本がある
守ってくれる詩だってあるんだ
鎧でがっちりこの身を防御した
自分の部屋に隠れて 
子宮の中のように安全だ
誰にも触れず 誰にも触れられない
俺は岩
俺は島
岩は痛みを感じない
島は決して泣きはしない



プライベートな色合いの濃いこのアルバムは当初アメリカではリリースされず、1965年にイギリスを始めとするヨーロッパ諸国で発表されました。1969年には日本でも発売されています。しかし、イギリスでは早くに回収の措置が取られました。様々な理由があるようですが、メッセージ性が強く吐き出された若き日の心の叫びに対するサイモン自身の反省やS&Gとのレパートリーと重複することなどが主たるものであったとされています。
S&Gが活動を停止した後に何年も経って、ポール・サイモンから日本での発売元であるCBSソニー(現 ソニー・ミュージック・エンタテイメント)にもこのアルバムも廃盤にしてくれとの要請があったそうです。当初ソニーは即応せず市場で販売が続けられていたのですが、1982年にサイモン&ガーファンクルが初来日するにあたり、彼らがレコード店に寄ることもあり得るのでさすがにこれはまずいと思ったのか慌てて回収したとの逸話が残っています。なお、イギリス盤と日本盤でジャケットが異なり、イギリス盤は当時サイモンの恋人だったキャシーと思われる女性とともに撮影されたものですが、日本盤は無精髭を生やした少々むさ苦しい(見方によっては孤高の男の格好良さが滲み出ている)サイモンのモノクロ写真が使われていました。なお、1974年にポール・サイモンが単独で来日した際に、来日記念盤としてイギリス仕様のジャケットでステレオ盤がリリースされています。
ようやくサイモンのこのソロ・アルバムがCDとして再発されたのは2004年。再会を果たすには長い年月を待たねばなりませんでした。実は2000年前後にブートレグCDが比較的安価で出回っていたので、思わず手を出しかけたのですが止めました。何故か気が進まなかったのです。
不謹慎ながら正規盤はポール・サイモンが亡くなるまで世に出ることがないと諦めていました。サイモンが聞けば「あほっ、おまえはワシが死ぬのを待っとんのか」と怒られてしまいそうです。しかし、実際には遺産相続人らが権利を主張して問題が複雑になって行く場合が多く、出るものも出なくなることがあると聞きました。人の死を期待するような邪な考えは捨て去ったほうが良さそうですね。当然です。
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コメント

むさ苦しくも精悍なモノクロのポートレイトのLPは
当時”サイモン・ビフォア・ガーファンクル”と題されていていましたね。
とうに中味はすり切れ状態でCDが出た時はうれしかったけれど
ぼくにとってのオリジナル・ジャケットはやはりあの写真なので
そこが不満とも言えないちいさな不満です。欲かきすぎでしょうか。
miracle-mule様、コメントありがとうございます。
モノクロのジャケットのLPをお持ちとは羨ましい。
ラヴ・ソングを除けば、旅する孤高の男といった風情のモノクロ写真のほうが楽曲によく似合っているのかもしれませんね。
私も当時レコードを買いましたが、手放してしまったので、このCD化は嬉しかったですね。

先日、BSデジタルで、「スカボロー・フェア」特集が放送されましが、丁寧に作られていて、好感が持てました。

お願いがあるのですが、字が小さくなり、老眼の私には、読みにくくなりました。(笑)できれば、1行空けていただけると、読みやすくなるかもしれません。

勝手なお願いで、申し訳ありません。
bornin様、コメントありがとうございます。
ポール・サイモンの意向で廃盤になったアルバムなので、彼が再発を了承したことを意外に感じました。還暦を過ぎて丸くなったのでしょうか。
字が小さくて申し訳ございません。FC2ブログではこれでも大きいほうの部類に入るようです。字の大きさが変更できれば良いのですが。
Backstreets 様

S&Gで持っているオリジナル・アルバム「WEDNESDAY MORNING, 3AM」だけというヒネクレ者の自分ですが、このアルバムは気になっていました。
ポールの心情がそのまま反映されたような歌い口はS&Gより鮮烈に感じられますし、淡いトーンのジャケ写(紙ジャケ)も素晴らしいですね。
おやぢ様、コメントありがとうございます。
ポール・サイモンは心情を吐露したあまり、却って嫌悪感のようなものさえ抱いたのかもしれません。回収し封印したくなる気持ちも分かります。
日本盤のモノクロジャケットのモノラルLPは持っていないのですが、写真が掲載された販促用パンフレットが今でも手元にあります。スキャンがあればブログにもアップできたのに残念です。
こんばんは。お久しぶりです。
数ヶ月前にツ○ヤで見つけるまで、
このアルバムの存在を知りませんでした。
そういう経緯なので、不謹慎にも借りて済ませました。
Alternate Versionも入っている2曲が、
とりわけ気に入りました。
小生の過去記事に、TBさせて頂きます。ご確認ください。
Substitute様、コメント及びトラックバックありがとうございます。
もう二度とお目にかかることがないと思っていたので、『ポール・サイモン・ソングブック』がCD化された時には感激したものです。サイモンは年齢を重ねて過去を冷静に見つめられるようになったのか、それともまとまったお金が必要になったのか、ともあれ再発に応じたことは嬉しい限りでした。
私はレンタル店にあまり行かないので昨今の事情に疎いのですが、このようなCDを置いているとは凄いですね。CDが売れなくなった原因のひとつとしてレンタルが槍玉に挙がっていたことがありましたが、気軽に洋楽に親しめるという利点もなきにしもあらずです。
8年前にS&Gを聴き始めた時から、ポールの完全な弾き語りに興味があったわたしは
ファンの方からこの「ソングブック」のことを聞いて、CD化を切に願っていました。
5年前に実現した時は大喜びで即購入(本当にポールが死ぬ前に出てよかった!^^)。
手に入れてこんなにうれしかったアルバムはほかにないと思います。

「サウンド・オブ・サイレンス」の叫びといい、「ザ・サイド・オブ・ア・ヒル」や
「教会は燃えている」のメッセージといい、ディランの影響が強く表れていると思います。

実際「簡単で散漫な演説」にはディランへの皮肉がこめられていますよね。
takabohさんから、このバージョンはディランの“It's Alright Ma”という歌に
似ていると聞いてびっくりしました。ポールはその歌をまねたのかもしれませんね。
ディランとポールの関係、興味深いので機会があったらまとめてみたいですね。

個人的にはこのバージョンの「雨に負けぬ花」が素朴で大好きです♪
松月様、コメントありがとうございます。
ポール・サイモンとボブ・ディランは同年代であり、同じユダヤ系であることから互いに意識し刺激し合っていた部分があると思います。S&Gの1stではディランの「時代は変わる」をカヴァーしているし、ディランも『セルフ・ポートレイト』でS&Gの「ボクサー」を取り上げていました。1999年にはポール・サイモンとボブ・ディランによる全米ツアーが実現しています。
ひと月前に書いた記事ですが、YouTubeとDeezerの音源が削除されて間が抜けたようになってしまいました。ただでさえ文章がつたないのに、さらにお見苦しい記事となり申し訳ございません。

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