好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Mary Hopkin - POST CARD

男性アーティストが続いたので今回は女性シンガーを取り上げます。ご登場願うのはメリー・ホプキン、ビートルズのアップル・レコードが生んだシンデレラ・ガール、アップルの歌姫などと称された人です。
メリー・ホプキンは1950年5月3日(5日説もあり)、イギリスのウェールズに生まれました。幼き頃より歌のレッスンに通い、10歳の時には地元のクラブに出演するまでに至るほどの実力を付けていたそうです。その後はフォーク・バンドのメンバーとして活動し、バンドが解散をしたのを機にテレビのオーディション番組に出演し、見事に優勝の栄冠を勝ち取りました。
当時この番組を見ていたツィギー(イギリスの女優、モデル、歌手。ミニ・スカートで一世を風靡した)が懇意にしていたビートルズが新人歌手を探していたのを思い出し、ポール・マッカートニーに連絡してメリー・ホプキンを推薦したとの逸話が残っています。ともあれ、このことがきっかけとなり、アップルの重役だったピーター・ブラウン、そしてポール自らもメリー・ホプキン獲得に乗り出し、彼女とアップルとのレコーディング契約が結ばれることになりました。
ポールはメリーのために長年温めていた曲を用意しました。それが、1968年8月30日にリリースされ、ビートルズの「Hey Jude」に代わって全英1位に輝いた「Those Were The Days」です。同時期にこの曲を録音したサンディ・ショウやジョニー・マティスらと競作の形になったようですが、彼らの盤はメアリーに遠く及びませんでした。
この曲はもともと1920年代にアレキサンダー・ヴェルテンスキーが録音したロシアもしくはウクライナ民謡で、1962年にアメリカ出身でイギリスで活躍した歌手のジーン・ラスキンがアレンジして仕上げました。1963年に発表されたライムライターズのヴァージョンがオリジナルとされています。
60年代の半ばにポールはラスキン夫妻のライヴでこの曲を聴いて感銘を受けたそうです。いつの日かこの曲を歌うに相応しいシンガーを自分の手でプロデュースして世に出したいという思いを胸に抱いていたのでしょう。


THOSE WERE THE DAYS
昔ある居酒屋があった
そこでよく乾杯をしたものだ
笑って時を忘れたのを憶えている
大きな夢を抱きながら

あの頃は良かった
終わりが来るとは思わなかった
私たちはいつまでも歌て踊っていた
自分の選んだ人生を過ごし
どんなものにも負けないと立ち向かっていた
若かった私たちは自分の生き方をはっきりと持っていた

それから年月が過ぎ去り
私たちはキラキラ輝く信念を失ってしまった
運良くあの酒場で姿を見かけたら
お互い笑顔でこう言いましょう
あの頃は良かった 懐かしいあの頃は

今宵酒場の前に立っていると
何もかもが昔と変わっていた
ガラス窓の中に私は不思議な姿を見た
あの寂しげな女が私だったのか

ドア越しに聞き慣れた笑い声が聞こえてきた
あなたの顔が見え、私の名前を呼ぶのが聞こえた
ああ お互い老けたけど中身は変わらないのね
私たちの心の中に抱いた夢は今でもあの頃と同じ


このヒットの余勢を駆って、メリー・ホプキンのファースト・アルバムが制作されます。プロデュースはもちろんポール。選曲にあたって彼は自分のお気に入りのスタンダード・ナンバーを配し、親しいアーティストに楽曲の提供を依頼しました。また、アルバムジャケット用の写真には後にポールの妻となる写真家のリンダ・イーストマンを起用しています。
こうしてポールが情熱と意欲を込めたメリー・ホプキンのファースト・アルバム『Post Card』は1969年2月21日にイギリスで発売され、全英6位を記録。メアリーは世界を代表するポップ・シンガーへの道を歩み始めました。

ポスト・カード(紙ジャケット仕様)ポスト・カード(紙ジャケット仕様)
(2005/04/27)
メリー・ホプキン

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YouTubeの映像でアルバムの楽曲を何曲か観ていただければ幸いです。
まず、1932年にレイ・ノーブルが発表したダンス・ミュージック、「Love Is Sweetest Thing」。


アイリッシュ・ハープをバックにウェールズ語で歌われる「Y Blodyn Gwyn 」。ウェールズのトラディショナル・ソングだそうです。


ギリシャの作曲家ミキス・テオドラキスが作曲し、1959年にマニュエル&ザ・ミュージック・オブ・マウンテンズが発表したインストゥルメンタル・ナンバー「The Honeymoon Song 」。まずペトゥラ・クラークが歌詞を付けてリリースしているようですが、詳細が分かりません。その後、ビートルズも1962年頃にレパートリーに加えています。ビートルズのヴァージョンは『Live At The BBC』(1994年発表)に収録されています。


ハリー・ニルソン作の「The Puppy Song」。子犬を題材にした曲です。ニルソンのヴァージョンは『Harry(ハリー・ニルソンの肖像)』(1969)に収録。


フランク・ルーサーの作品で、1952年に制作されたダニー・ケイ主演のミュージカル映画『HANS CHRISTIAN ANDERSEN(アンデルセン物語)』の主題歌、「Inch Worm」です。


ドノバン作の「Voyage Of The Moon」。ポールとドノバンがギターで参加しています。ドノバンのヴァージョンは1971年リリースの『HMS Donovan』に収録。


1932年に発表されたスタンダード・ナンバー、「Lullaby Of The Leaves」。メリーの他にはエラ・フィツジェラルドの録音(1964年発表の『Hello, Dolly!』に収録)があります。


ジョージ・ガーシュインが音楽を担当した映画『Rhapsody In Blue』の挿入歌、「Someone To Watch Over Me」。この曲のカヴァー・ヴァージョンは、エラ・フィツジェラルド『Ella Sings Gershwin』 (1951) 、ロースマリー・クルーニー『 Love 』(1963) 、ウィリー・ネルソン 『Stardust』 (1978) 、リンダ・ロンシュタット『What's New 』(1983) 、リッキー・リー・ジョーンズ『It's like This』 (2000) 、アート・ガーファンクル『Some Enchanted Evening』( 2007) など枚挙に暇がありません。


シングル「Those Were The Days」のB面として収録されていたピート・シーガー作の「Turn! Turn! Turn!」。ザ・バーズのカヴァー・ヴァージョン(1965年発表の『Turn! Turn! Turn!』に収録)があまりにも有名です。ピート・シーガーのオリジナル・ヴァージョンは『The Bitter and the Sweet 』(1962) に収録。他にもジュディ・コリンズ(1963年発表の『Judy Collins #3 』に収録)など多数のアーティストが取り上げています。


メリー・ホプキンの『POST CARD』はダンス・ミュージックやスタンダード・ナンバーのようにノスタルジックな雰囲気が漂う楽曲が多く収録されていました。ハリウッド映画の雰囲気さえ漂わせています。ポールの趣味・嗜好がメリー・ホプキンという女性シンガーによって体現されたアルバムと言えなくもありません。
ポールはメリー・ホプキンを一流のポップス・シンガーに育て上げたかったようですが、もともとフォーク・バンドを組んだ経験があり、ジョーン・バエズやジュディ・コリンズを目標としていたメアリーが目指す音楽的な方向は異なっていました。セカンド・アルバム『Earth Song』は彼女の意向を反映し、電気楽器を用いずアコースティックなサウンドを基調に仕上げられています。これについてはまた別の機会に述べるとして、今回はこれでお開きにしたいと思います。

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コメント

こんにちわ。
ブログ仲間のリンクから更にリンクをたどって、ここまで彷徨ってきました。
私も、メリー・ポプキンは好きで、自分のブログに「60年代の歌姫」っていうタイトルで紹介しておりますんです。
当時、私は中学生だったんですが、シングルレコードを出るたびに購入しておりました。
ジャケットかた覗く足に、思わずゾクッとした、純情少年でした。
mick様、コメントありがとうございます。
メアリー・ホプキンを初めて聴いたのは小学生の頃です。兄が「Those Were The Days」のシングル盤をしょっちゅう掛けていました。日本でも森山良子さんが歌われていたのをよく憶えております。
このようなつたないブログですが、今後とも宜しくお願い申し上げます。

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