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The Traveling Wilburys - Handle With Care

 11月29日はジョージ・ハリスンの命日です。そこで、久々に彼の歌声を取り上げることにしました。お題は「Handle With Care」。ジョージが、ジェフ・リン、ロイ・オービソン、ボブ・ディラン、トム・ペティらと結成したバンド、トラヴェリング・ウィルベリーズのアルバム『The Traveling Wilburys』に収録されていた曲です。

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 1982年発表の『Gone Troppo』が全米チャートの第108位と振るわなかったことからか、自らが出資する映画会社「ハンドメイド・フィルムズ」の事業のほうに力を注ぐようになったジョージ・ハリスン。当時夫婦だったマドンナとショーン・ペンを起用した映画『Shanghai Surprise(上海サプライズ)』(1986年公開)では製作総指揮と音楽に携わり、さらに劇中で演奏シーンを披露するなど気を吐いておりましたが、続くアルバムの発売もライヴ・パフォーマンスもなく、表舞台からすっかり身を引いたような印象は拭えませんでした。
 ところが5年間のブランクを経て、充電完了とばかりに1987年にリリースされたアルバム『Cloud Nine』は全米チャートの8位まで上昇する好セールスを示し、シングル・カットされた「Set On You」(B面はアルバム未収録曲「Lay His Head」)は見事1位に輝いたのです。当時の発売元であるワーナー・ブラザーズはこの結果に気を良くし、アルバムからセカンド・シングル「FAB」(B面は『上海サプライズ』に提供したインストゥルメンタル曲「Zig Zag」)をカット。これも全米・全英ともに23位まで上昇しました。ワーナーは追い討ちをかけるようにサード・シングル「This Is Love」の発売を決定。三たびコレクターズ心をくすぐる戦術に出たのか、B面をアルバム未収録曲とし、ジョージに新曲の制作を依頼します。
 早速ジョージはジェフ・リン(エレクトリック・オーケストラ)に新曲について相談。サード・シングル予定の「This Is Love」はジェフ・リンとの共作でしたが、彼はこの曲の他にもアルバム『Cloud Nine』の中に収録された曲の幾つかをジョージと手掛け、プロデュースも担当していました。元々ビートルズの大ファンだったジェフですが、ふたりの共通の友人であるデイヴ・エドモンズを介して親交を深めて意気投合。映画『上海サプライズ』でジョージと共演して以来、片腕のような存在になっていたのです。
 その時たまたまロイ・オービソンも居合わせたことから、その新曲に彼が参加することも決定。この時期、ジェフはオービンソンの新作となる『Mystery Girl』(1989年発表)の制作に関与しており、ジョージも憧れの存在であるオービソンと食事をともにするぐらい懇意にしていました。
 そうしてジョージら3人はボブ・ディランのスタジオを借りてレコーディングをすることに。ディランとジョージが昵懇であることはよく知られておりますが、あわよくばスタジオ使用だけでなくディランの手も借りようという目論見があったのでしょうか。御大ロイ・オービソンの威光も手伝い、好奇心旺盛といわれるディランが、ジョージらの手に落ちるにはそれほど時間を要しませんでした。また、ジョージは自分のギターをトム・ペティに預けていたことを思い出し、トム・ペティも引き入れてメンバーの補強を図ることにします。当時、ジョージはトムのソロ・アルバム『Full Moon Fever』(1989年発売)のためのレコーディング・セッションに参加していたので、ついでと言っては何ですが、気軽に声を掛けたのかもしれません。1986年から87年にかけてのディランのツアーにハートブレイカーズを引き連れ、バック・バンドを務めたこともあるトム・ペティ。居並ぶ先輩たちからの要請を拒否する選択権は彼にありません。むしろ、お声をかけていただき光栄の至りと受け止めたことでしょう。
 そんなこんなで集まった5人。元々ジョージが書いていた曲に各人が新たなアイデアを出し、「Handle With Care」という曲が仕上がりました。タイトルはスタジオに置いてあった段ボール箱に「HANDLE WITH CARE(取り扱い注意)」と書かれていたのが目に留まり、そこから拝借したのだとか。そう言えば、ジャクソン・ブラウンのファースト・アルバム(1972年発表)もジャケット上部に「Saturate Before Using(使用する前に見ずに浸しておくこと)」と記されていたことから、すっかりその言葉がアルバムの通称として広まることになりました。嘘か誠か、偶然なのか意図的なのかよく分かりませんが、ロック界にはこの手の逸話が多いですね。

 営利企業として当然のことながらお金の虫が騒いだのでしょうか。新曲「Handle With Care」の出来に惚れ惚れしたワーナー・ブラザーズはシングルのB面で終わるのはもったいないと考え、5人によるアルバムの制作の話を持ちかけます。5人のスーパースターの共演となれば売れること間違いなし。せっかく転がり込んだ絶好のチャンスをみすみす手放すわけがありません。彼らの気が変わらぬうちに話を進めます。結局、「Handle With Care」は温存され、「This Is Love」のB面は『Cloud Nine』収録の「Breath Away From Haven」に差し替えられました。

 1988年5月上旬、5人はユーリズミックスのデイヴ・スチュワート所有のスタジオでアルバムのレコーディングを開始。スタジオといっても個人宅か倉庫をリフォームしたかのような簡素な体裁だったようですが、ホーム・レコーディングのような温もりのあるリラックスした雰囲気を味わえるほうが効果的だったのでしょう。プロモーション映像から窺えるように、1本のマイクを5人で囲むことによって結束力が生じ、彼らは絆を深めて行きました。なお、仕上げはイギリスにあるジョージの邸宅で行われています。

 アルバムの発売に際し、各人の所属レコード会社が違っていたため覆面バンドとすることになり、メンバーは「ウィルベリー姓の兄弟とその従弟」という設定がなされ実名が伏せられました。しかし、サングラスを掛けただけのメンバーの写真、歌声、プロモーション・フィルムの様子などから正体はバレバレ。彼ら一流の遊び心が発揮されていたとも言えるでしょう。また、このアルバムの話題性が、各々の作品の宣伝につながることもあり得るため、レコード会社も固いことを言わなかったのかもしれません。
 こうして1988年10月、『The Traveling Wilburys』がリリースされ、全米3位まで上昇。500万枚以上の売り上げを記録し、1989年グラミー賞「Best Rock Performance By A Duo Or Group With Vocal」を授賞しました。

HANDLE WITH CARE
打ちのめされ、叩き潰されてきた
持ち上げられ、振られ続けて来た
俺が今まで出会った中で
おまえは最高の女
俺を大切に取り扱ってくれ

評判は変わりやすいもの
状況はまずまず
だが、ベイビー、おまえは愛らしい
俺を大切に取り扱ってくれ

ひとりぼっちでいるのはもううんざり
俺はまだ人を愛せるんだ
おまえが本当に俺のことを
愛しているのか見せてくれないか
誰にだって頼りにする人が必要さ
俺の傍に寄り添って
夢を見続けよう

偽者をつかまされてきた
だまされてきた
盗まれ、嘲り笑われてきた
介護施設と夜学にて
だから俺を大切に取り扱ってくれ

空港で足止めされ、テロに遭わされ
会議に出さされ、催眠術にかけられ
過度に露出させられ、コマーシャライズさせられ
俺を大切に取り扱ってくれ

緊張させられ、へまをやらかしてきたが
自分を身ぎれいにするよ
ああ、成功の甘い香り
俺を大切に取り扱ってくれ

 人生は苦あり楽ありというけれど、どちらかといえば辛い目を味わうが多いのかもしれません。出る杭は打たれ、信頼していた人に裏切られ、失敗続きで落胆し、誰にも相手にされずに孤独な日々を送ることも。有名なミュージシャンであろうと一般人であろうと、そんな時は誰にも心の慰めや癒しとなる人が必要です。そんな心情がこの歌には込められているのではないでしょうか。
 歌詞の中に「テロに遭わされ」という大袈裟と思える表現が出てきますが、2001年9月11日のニューヨークでの同時多発テロ事件、2005年7月7日にロンドンの地下鉄での同時爆破事件、そして日本でも1995年3月20日のオウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、21世紀の現代社会ではまんざら非現実的なことではないような気がします。むしろジョージらは時代を予見していたのではないか、と興味深く受け止めました。

 2002年11月29日にロイヤル・アルバート・ホールで開催されたジョージ・ハリスンへの追悼コンサート、『Concert For George』からの映像です。トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、ジェフ・リンに加え、ジョージの息子であるダーニの顔も見られます。



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 こちらは2006年のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのコンサートの映像です。


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コメント

ジョージ・ハリソンの人柄が
人を集めるんでしょうかね・・・
まだまだ元気で活躍できたのにね・・・
kashin様、訪問していただき誠にありがとうございます。
ビートルズ時代のジョージ・ハリスンはクールな外見と反し、なかなかやんちゃな側面も窺えたと言われております。しかし、人間は苦楽を味わって成長するもので、人間が出来て来るとともに人望も集まってくるものなんでしょうね。円熟味を醸し出すジョージの姿を見てみたかったものです。
裏通り様 こんにちは

自分はリアルタイムでは間に合わず、
長い間プレミア盤として
「へー」と眺めていた本作。

今回はその経緯を知ることが出来て
為になりました。

歌詞もベテランならではのもので、
元気が出そうですね。

今度聴いてみます。
GAOHEWGII様、訪問していただき誠にありがとうございます。
好評を博したこのアルバムの発売直後にロイ・オービソンが急死。後任にデル・シャノンを迎えようとするも、彼も亡くなってしまいます。そんなアクシデントを乗り越え、トラベリング・ウィルベリーズは残ったメンバーで続編のアルバムを1990年に発表。ジョージ・ハリスンが健在ならば、さらなるアルバムの発売もあったかもしれず、本当に残念でなりません。
ジョージが亡くなって今年で13年が経つんですね。58歳だった彼ですが、小生はもうその歳を過ぎました。
本当に若かったですね!

ビートルズの中では控えめで優しそうな彼が好きでした。ソロの「マイ・スウィート・ロード」のシングルはすぐに買いました。

高校生でしたが、あのバングラディッシュ・コンサートの3枚組アルバムを小遣いを貯めてやっと買い、いろいろなアーティストを知るきっかけとなりました。

このトラベリング・ウェルベリーズ、スーパー・グループですね。アルバムは2枚とも持っていて、大好きです。
takaboh様、訪問していただき誠にありがとうございます。
ジョージ・ハリスンの『All Things Must Pass』が発売された直後、兄が輸入盤でそのアルバムを購入して毎日のように聴いておりました。おかげで小学生だった私もジョージの歌声にすっかり馴染んでしまったものです。
映画『バングラデシュのコンサート』を観たのは中学生の時。ジョージ、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、リンゴ・スターらの格好良さはもとより、ビリー・プレストンやレオン・ラッセルのパフォーマンス、それにちょっとしか映らなかったけれどジェシ・エド・ディヴィスの姿も印象的でした。
トラヴェリング・ウィルベリーズもジョージが健在ならば、さらなるアルバムがリリースされたかもしれませんね。お蔵入りした『Vol.2』に今も興味津々。いつか陽の目を見ることを心待ちにしております。

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