好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Larry Lee - Don't Talk

 梅雨明け間近で、降ったり止んだりのはっきりしないお天気が続いております。昨今の世情や私事に目をやれば、こちらも何だか晴れ晴れとせずに湿りがち。こんな時は爽快な音楽を聴いて心新たにするのが一番でしょう。

ロンリー・フリーウェイロンリー・フリーウェイ
(2014/06/25)
ラリー・リー

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 というわけで、今回はAOR。1982年にリリースされたラリー・リーのアルバム『Marooned』を取り上げることにしました。

 色鮮やかなジャケットはイラストレイターの鈴木英人先生によるもの。カリフォルニア州サンタ・バーバラのフリーウェイで、抜けるような青空の下、風に吹かれながらドライヴする光景が目の前に迫り来るようです。しかし、これは日本独自の企画。オリジナル・ジャケットには髭面のむさくるしい男が、もとい凛々しい姿のラリー・リー本人が写っていました。ミュージシャン自身の顔写真を風景に差し替えるといった手法は1980年代によく使われ、例えばエア・サプライの『Lost In Love』(1980)、アルバート・ハモンドの『Your World And My World/風のララバイ』(1981)などがよく知られているところです。

 こちらがオリジナル・ジャケット。

ロンリー・フリーウェイ(生産限定紙ジャケット仕様)ロンリー・フリーウェイ(生産限定紙ジャケット仕様)
(2013/05/15)
ラリー・リー

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 ラリー・リーはオザーク・マウンテン・デアデヴィルズのドラマーとして活躍した人物で、バンドのレパートリーのソング・ライティングにも中核として貢献しました。
 オザーク・マウンテン・デアデヴィルズはミズリー州スプリングフィールド出身のバンドで、1973年にイーグルスのファースト・アルバムのプロデューサーであるグリン・ジョーンズを迎えた『The Ozark Mountain Daredevils』にてデビュー。イーグルスを意識したかのようなカントリー・ロックが好評を博し、翌74年に発売されたセカンド・アルバム『It'll Shine When It Shines』(全米19位)からシングル・カットされた「Jackie Blue」は1975年に全米3位まで上昇しております。

 
 バンド名を直訳すると「オザーク・マウンテン(ミズリー州南部とアーカンソー州北西部に広がる高地)の向こう見ずな奴ら」と称するオザーク・マウンテン・デアデヴィルズ。他にもハーモニカをフィーチャーしたファンキーな「If You Wanna Get T Heaven」(全米25位、『Ozark Mountain Daredevils』に収録)、ウエスト・コースト・サウンド風の爽やかな「Within Without」(『Ozark Mountain Daredevils』に収録)、「You Know Like I Know」(全米74位、1976年の『Men From Earth』に収録)、都会的で少し洗練された雰囲気の「If I Only Knew」(全米65位、1975年の『The Car Over the Lake Album』に収録)などの秀逸な作品があり、イーグルスに比べてどこか粗野な印象がある一方で、AORの先駆けともいえるハーモニーやコーラスが美しい曲調を身上としていました。イーグルスのようなセンセーショナルな話題に欠けたせいか、決してトップを走る存在ではありませんでしたが、今も現役で活動を続けています。

 さて、バンドでは出来ないことをやりたいと、オザーク・マウンテン・デアデヴィルズを脱退して発表したラリー・リーのソロ・アルバム『Marooned』。この "Marooned" は、「断ち切られる」、「取り残される」といった意味の形容詞です。わざわざこんな単語をアルバムのタイトルに持って来るとは、やはり人間関係が悪化しての脱退だったのではないかとの疑念を抱いてしまいました。
 そんなことはともかく、このアルバムにはニッキー・ホプキンス(キーボード)、デヴィッド・サンボーン(アルト・サックス)TOTOのオリジナル・メンバーであるデヴィッド・ハンゲイト(ベース)、TOTOのサポート・メンバーとしても有名なレニー・カストロ(パーカッション)、ホール&オーツやケニー・ロギンズらのアルバムのレコーディング・セッションやジャーニーのコンサート・ツアーのサポート・メンバーとしてもマイク・ベアード(ドラムス)などのビッグ・ネームが参加。オープニング・ナンバーの「Waiting To Let Go」にはザ・バンドのリック・ダンコがコーラスをつけ、さながらラリー・リーの新しい門出を祝しているかのようです。また、プロデューサーにはオールマン・ブラザーズ・バンドの『Brothers Of The Road』(1981)、サンタナの『Shango』(1982)などのプロデュースを手掛けたジョン・ライアンを起用。錚々たるメンバーを迎え、レコーディングにお金を費やしたので、アルバム・ジャケットの費用が削減されたのではないかとここでも余計な詮索をしてしまいました。

 テリー・ブリテンとスー・シフリンの共作、「Don't Talk」。心が通わなくなった恋人同士。冷却期間が必要という彼女に対し、彼は「お互いが信じ合えれば言葉は入らない」と懸命に言い聞かせています、しかし、覆水盆に返らずといったところでしょうか。


DON'T TALK
ふたりのコミュニケーションが取れないことが
時たまあるようだな
長いバケーションが必要だなんて
君は思ってるんだろう
「もうたくさんよ
こんなのは恋じゃない」と君は言うんだね
本気じゃないくせに
(もう何度も聞かされ続けて来たぜ)
俺だって信じちゃいない
(もう悩むのはやめよう)

喋らないで、ふたりの心は通じるはずさ
声に出さないで、言葉じゃ言い尽くせないこともあるのさ
君はやりたいことをやればいい
でも、喋らないで、俺はこのまま触れ合っていたいのさ
もう何も言わないでくれ、言いたいことはすべて言ったんだ
君は好きなようにすればいい、だけど喋るのだけは止めてくれ

俺はいつまでたっても
会話術をマスターできない
だから君は想像力を
逞しくしてくれなきゃね
ふたりがもう一度仲直りするのを
君は嫌がらないよな
俺たちは何度も苦難を乗り越えて来たんじゃないか
(いつもふたり一緒に困難を分かち合ってきた)
だから繰り返すのは止めよう
(遅すぎたかもしれないけど、このまま破局を迎えるよりはまし)

喋らないで、ふたりの心は通じるはずさ
声に出さないで、言葉じゃ言い尽くせないこともあるのさ
君はやりたいことをやればいい
でも、喋らないで

お互いの考えや気持ちを隠したまま
ふたりは目を合わさずに天井を見つめている
するべきことはただひとつ
俺の愛を君にさらけ出すことだけだ

 この曲は中山美穂、織田裕二主演の映画『波の数だけ抱きしめて』(1991年公開)の挿入歌として使われ、これまでに拙ブログでも紹介したことのあるネッド・ドヒニーの「Each Time You Pay」やカーラ・ボノフの「Personally」などとともにサントラ盤に収録されていました。1982年が舞台の『波の数だけ抱きしめて』は当時の若者像を等身大に描いたことで高い評価を得たようですが、関西ではまったくといってよいぐらい話題にならなかった印象が残っています。東西の文化の違いなのでしょうか。メディアで取り上げられているのをよく目にしましたが、私の周囲で会話のネタになることはありませんでした。といっても、AORというジャンルの音楽自体は関西でも広く受け入れられ、ディック・セント・ニクラウスの『Magic』やビル・ヒューズの『Dream Master』などの国内盤が関西限定で発売されて話題を呼んだことがあります。

 いま何かと話題の中山美穂さんの姿が眩しい映画の一場面から。


 ラリー・リー作の表題曲、「Marooned」。欲望や世の流れにかまうことなく、我が道を行くといったところでしょうか。


MAROONED
今朝、起きてみると
風の臭いを感じる
太陽が西に向かってゆっくり進むにつれて
何か不思議なことが起こっているんだ
それが何であるか俺にははっきり分からないが
様々なことが変化しているようだ

人々は正気を失ったように駆けずり回っている
誰もが鉱脈を掘り当てようとして懸命なんだ
でも俺は違う
みんなとは同じ気分にはならないのさ
置き去りにされてもかまわない
ひとりぼっちもなかなかいいものさ

外を行き交う人々のざわめきが途絶え始めると
不気味な沈黙の響きが
俺の部屋を覆い尽くす

誰かが現れて俺をしっかりと抱きしめてくれないと
俺もみんなと同じように
駆け出してしまわないかと不安だ

俺は空っぽの部屋を歩き回り
太陽は月の背後に姿を隠してしまった
椅子を引き寄せて
ふっとストゥールに足を乗せようか
ほとりぼっちで取り残されるのも
なかなかご機嫌なもんだぜ

ひとり孤島に取り残された気分さ

 鉱脈を掘り当てようと懸命と訳した原文は "Everybody's headed for ledge" で、直訳すると「みんなは鉱脈に向かわせられている」となります。ゴールド・ラッシュの時代ではないので、現代の鉱脈とは出世や成功を表していると思われ、歌の主人公はそんなあくせくした生き方に無関心な様子。そんな都会の喧噪と人間の欲望と関わることなく、自分らしく暮らしたいのでしょう。しかし、孤独も素敵なものだと強がりを言っても、淋しさには耐えられないことも吐露していました。やはり、人はひとりでは生きられないものですね。

 イギリスのシンガー・ソング・ライター、クリフォード・T・ワード作の「The Best Is Yet To Come」。この曲も恋人同士の関係が破綻しようとしている歌です。後悔先に立たず。いくら最良の時はこれからだ、と言っても相手の心に響くとは限らないのかもしれません。


THE BEST IS YET TO COME
どんな間違いをしたんだろう
ふたりはいつも
魔法の力で悲劇を回避し
関係を修復してきた
ふたりがかつて夢見たもの
俺は間違っていないよね
最良の時はこれからだってことさ

どこでうまくいかなくなったんだろう
そんなにはっきりさせたかったのかい
自分たちの進む道を見つけられなかったのに
そんなに怯えていたのかい
どちらに行けば良いのか俺たちには分からなかった
だけど、俺の言うことは間違ってないよね
最良の時がこれからやって来るのさ

もうお別れしましょうという
君の言葉が本気だとしたら
どうか俺を残して行かないでくれ
だって君がそんなことをすれば
夢が何ひとつとして叶わずに終わっちまうじゃないか

どこで道を踏み外したのだろう
今の俺は胸が痛み
君は迷路の中
俺はといえば血気にはやり
君を踏み止まらせようとなりふり構わない
最良の時はこれからだ
俺の言うこと、間違っていないよね

最良の時はこれからなんだ


 作者のクリフォード・T・ワードのヴァージョンは1984年リリースの『Both Of Us』に収録。彼の作品はリンゴ・スター(1976年の『Ringo's Rotogravure』収録のLady Gaye)、アート・ガーファンクル(1981年の『Scissors Cut』収録の「Up In The World」)、クリフ・リチャード(1981年の『Love Songs』収録の「Up In The World」)らも取り上げていました。


 ジュディ・コリンズも1984年リリースの『Home Again』でカヴァーしていました。澄んだ声の女性シンガーが歌うとまた違った印象で心に訴えかけられます。


 ラリー・リー作で、軽快な曲調の「Number One Girl」。目当ての女性に一途というわけでなく、さんざん別の女性に心を奪われていたのに「君がすべてさ」とは少々虫がよすぎるもの。しかしながら、自分の人生を振り返れば、耳の痛い話であります。


NUMBER ONE GIRL
自分が今までどこで何をしてきたのかが分かっていればなあ
俺はむしろ傍にある直線コースを走るべきだったのに
楕円形のトラックの上を回り続けて来たんだ
心の中では君が最高だと思っているのに
他の女の子たちにちょっかいを出していたんだ
今こそ思い切って駆け出し
君をつかまえなければ

君は傍にいるだけで俺を元気づけてくれる女の子
君は俺の心の底まで見通す目を持った女の子
君が本命ー君こそナンバー・ワンの女の子さ

君はナンバー・ワン・ガール
君ほど気を許せる女の子なんて他にいやしない
君はナンバー・ワン・ガール
ナンバー・トゥーなんて俺の目に入って来ないぜ

君と出逢ってからというもの
すべて現在形なんだ
とてつもないぐらいに早く動き過ぎて
出来事なんて憶えていられない
自分の本心すら確かめられないほどさ

君は俺を夢中にさせる美貌の女の子
君は俺をうまく言いくるめてしまう女の子
君こそ唯一無二の人、君はナンバー・ワンの女の子さ

 ウエスト・コースト風のサウンドに、ほんの少しばかり哀愁を帯びたメロディを切々と歌うラリー・リー。本国アメリカではさほど話題にならなかったようですが、日本では前述の映画『波の数だけ抱きしめて』のヒットと相まって、発売当時のAORファンのみならず、さらに広く受け入れられて行きました。ラリー・リーの紡ぎ出す楽曲を耳にしていると、多感だったあの頃の想い出が走馬灯のように甦り、機微に触れたというリスナーも多くいたことでしょう。
 
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コメント

裏通り様 こんにちは

日本盤だけジャケが鈴木英人氏とは
うれしい配慮ですね。

ジャケだけ比べてもこれだけ
全然違う印象を受けるものも珍しい。

聴いてみたらとても爽やかで優しい音楽だったので日本盤の方が内容を表しているかも。

しかもクリフォード・T・ワードの曲をやっているのですね。これは買えるうちにチェックせねば!
コメントは久しぶりですが、いつも読ませてもらっている、Weekend in 心はL.A.のAkiです。

『波の数だけ抱きしめて』は、邦画の中でも一番好きなもの。
公開時点は社会人でしたが、舞台の1982年は、青春ど真ん中でした。
自分の大学時代を100倍かっこよくすると、こんな映画の感じで、なにから何まで懐かしいです。
東京の大学生前後の人なら、皆、一度は見たのではないでしょうか。

Larry Lee のDon't Talk を聞いて思い浮かべるのは、何といっても中山美穂さんのDJ姿ですね。
GAOHEWGII様、訪問していただき誠にありがとうございます。
オリジナル・ジャケットのままで発売されていたら、おそらく話題にもならずに消えていたかもしれませんね。予算の都合もあるのでしょうが、レコード会社は音楽の内容に配慮してジャケットを制作していただきたいところです。しかし、ネット配信に完全移行すると、ジャケットは無用の長物、過去の遺物と化すのでしょうかねぇ。
日本ではクリフォード・T・ワードの知名度が低いようですが、大物ミュージシャンに作品を取り上げられていることから "Musician's Musician" といってもいいのかもしれません。
AKI様、訪問していただき誠にありがとうございます。
映画『波の数だけ抱きしめて』が公開された1991年は私も社会人でしたが、1982年はまだまだ多感な時期を送っておりました。当時を思い返すだけで、自然に笑みがこぼれてしまいそうです。
この『波の数だけ抱きしめて』のみならずホイチョイ三部作といわれる作品は関西ではまったくといっていいほど話題になりませんでした。やはり文化の違いなんでしょうね。
今でもお美しい中山美穂さんですが、この時期は瑞々しく、キラキラと輝いていましたね。

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