好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Ned Doheny - On And On

 梅雨空が続いております。こんな時は気分だけでも陽光溢れる青空の下でウエスト・コーストの爽やかな風に吹かれることにしましょう。というわけで、今回ご登場を願う方はネッド・ドヒニーさん。彼が1973年にリリースしたアルバム、『NED DOHENY』から珠玉の作品を幾つか取り上げることにしました。
 
ネッド・ドヒニー・ファーストネッド・ドヒニー・ファースト
(2013/04/10)
ネッド・ドヒニー

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 私がネッド・ドヒニーの音楽に出逢ったのは少年時代のこと。まだ中学生でした。田中正美さんがDJを務める「ビート・オン・プラザ」だったか、他の番組だったかは記憶が定かではありませんが、FMラジオから流れて来た彼の甘く優しい歌声とジャジーな雰囲気が漂いながらも素朴なサウンドが心に響きわたったのです。
 後日、もらったばかりのお小遣いの2,000円を握りしめ、河原町三条を少し下がったところの十字屋(現 Jeugia)さんへ。早速お目当てのネッドのレコードを手にするも、同じアサイラム・レコードからリリースされていたバドーフ&ロドニーのアルバムが目に入り、「これは前に買おうと思てたCSN&Yの弟分的デュオや。小倉エージ先生が解説を書いてはる」との言葉が頭の中を駆け巡ったのです。両方のレコードのジャケットを見ながら、今どちらを買うべきかと逡巡。悩んだあげく、バドラー&ロドニーを持ってレジに進んでしまったのでした。
 というわけで、お小遣いを全て使ってしまった私。おかげで、その月は懐の余裕がなくなってしまいました。でも、どうしてもネッドのアルバムが気になっていたのです。そんな時に天使の囁きなのか、はたまた悪魔の入れ知恵なのか、ふと妙案が浮かびました。それは参考書を買うといってお金をいただくこと。でも、母親に言えば、このような浅はかな計画は直ぐにばれてしまうでしょう。そこで父親をターゲットに。母親の目をかすめて父親と交渉し、あっさり3,000円を手に入れることに成功しました。何故3.000円なのかって? アリバイ作りに1,000円の参考書を購入するためです。
 次の日は土曜日。学校から帰ると急いで十字屋河原町店へ。行きしなのバスの中で、「もう売り切れてんのとちゃうやろか」との不安な思いが胸に募っていました。
 バスを降り、小走りで入店し、ロックのエサ箱へまっしぐら。「まだあって良かった」と安堵した時、また違うアーティストのレコードが目に飛び込んで来ました。それはマイケル・マーフィーの『Cosmic Cowboy Souvenir』。ニッティ・グリティー・ダート・バンドでお馴染みの「コズミック・カウボーイ」の作者によるセルフ・カヴァーが収められたアルバムです。その年の夏に観たニッティ・グリティーのライヴに感動し、この曲はすっかりお気に入りとなっていました。
 またも目移りして決められない私の悪い性分が出てきたことは言うまでもありません。前回と同様、迷いに迷い、あろうことかマイケル・マーフィーのほうを手にしてレジへ。あの時は、よほど「コズミック・カウボーイ」が気に入っていたのでしょう。もう余分なお金はありません。ネッドのアルバムは来月まで我慢しなければならなかったのです。
 月が変わるとまた新しいアルバムが発売され、興味が自分の中で更新されて行きました。ネッドのことはだんだんと忘却の彼方。その月も、まったく違うアーティストのアルバムを買ってしまっていたのです。
 その後、アサイラム・レコードの発売権が東芝EMIからワーナー・パイオニアに移り、ネッドのアルバムは再発されずに市場から姿を消して行きました。とんでもないことをしたと悔やんでも後の祭りです。
 ネッドに関する情報がないまま、灰色とは言わないまでも無味乾燥な高校生活が終わろうとしていた1977年の1月、CBSからネッド・ドヒニーの移籍第1弾である『Hard Candy』が2月25日にリリースされると『ニューミュージック・マガジン』(現『ミュージック・マガジン』)で知りました。しかし、大学受験を控えていたこともあり、はやる気持ちを抑え、実際に音を聴いたのはもう少しあとになってからのことだったと記憶しております。
 アメリカでは1976年にリリースされたネッドの3年ぶりの新作となる『Hard Candy』。どことなく陰のあるデビュー作に比べると、お洒落に洗練されており、明るく爽やかな印象を受けました。スティーヴ・クロッパーをプロデューサーに起用したこともあってか、フリーソウル風のサウンドが展開されていたのです。でも、気になるのはあのデビュー・アルバム。音沙汰のなかった友人との再会のようなワクワクした気分で『Hard Candy』を堪能しながらも、もうあのアルバムとは二度と出逢うことはないのだろうかという無念が常に心の中に付きまとっていました。
 しかし、1978年12月、そんなやるせない思いを払拭するかのように、ネッドのデビュー・アルバムが来日記念盤として突然の再発。すぐさまレコードを手に入れ、家に帰って針を降ろすと、中学生の時に耳にした甘酸っぱく瑞々しい感触が甦ったのです。コンサートには行かなかったけれど、こうして、ようやく胸のつかえが降りました。

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 さて、私の個人的な想い出はこの辺りにして、これよりアルバムから何曲か紹介して行くことにします。まずはオープニング・ナンバーの「Fine Line」。世の中の矛盾に対しての怒りを吐露しているのか、愛した女性とのトラブルが描かれているのか判断に窮しますが、禍福得喪も男女関係も紙一重といったところでしょうか。
 ちなみにネッドは名門の出身で、ロサンゼルスのビヴァリー・ヒルズにあるドヒニー通りとは彼の家系に因んで名付けられたとか。この歌からはそんなセレブであっても人の世の不条理を訴える姿勢が窺え、ただのおぼっちゃまでないことが察せられます。



FINE LINE
人生なんて紙一重
教えてくれ、金は誰の手に渡っちまうのか
人生なんて大ばくち
俺は負け馬ばかりに賭けてきた
ああ、ふたりが同じ心でやっていけたらなあ
そんな紙一重な状況を援護する立場にないような人に
頼むかもしれないなんて賭け事だな
そんな紙一重
この懐かしきロックン・ロールって奴が
憂さ晴らしをさせてくれるのさ
不満をぶちまけようぜ

紙一重
どうなって行くのか教えてくれよ
奴らはおまえを気持ちよくさせたり
心を解き放ってくれるのかい
おまえは最初からお見通しだったと言っても
一か八かやってみるんだな
計算違いだと判断しても
そんな紙一重の状況が分かってるんだろう
そんな紙一重の人生
この懐かしきロックン・ロールで
憂さ晴らしをしよう
不満をぶちまけようぜ

もう分かったよ
俺が確実に知りたかった素敵なことは
その言葉さ
俺じゃ解決出来ないって言うのか
ひとりの男が表に突っ立って
俺のことをよく知っていると言ってるんだ
だけど奴の喋り方はぎこちない
それでどうしておれのことが分かるんだい
そんな紙一重の人生
この懐かしきロックン・ロールで
憂さ晴らしをしよう
不満をぶちまけようぜ

 哀愁を帯びた美しいメロディーとピアノの音色が印象的な「I Know Sorrow」。人生訓のような言葉から始まり、失った恋を振り返るといった内容。悲哀と失意の感情を抑制しながらも、困難を乗り越えて生きて行くのが世の常、人の常といったところなのでしょうか。



I KNOW SORROW
俺の目に浮かぶ局所視覚
公道のように輝いている
あの場所、あの道
そしてどこへ続くのかを俺は知っている
人は何かに執着して生きて行かねばならない
本当に悟るまで
いま、俺は悲しみを知る
その感情は現れては消える

彼女は俺にいろいろと話してくれる
通りで耳にした
欺瞞に満ちた残酷な話
茶色の瞳を持つ彼女は
俺が嘆かないと分かっている
朝の訪れとととに彼女が去ってしまっても
きっとそうなるに違いない
いま、俺は悲しみを知る
その感情は現れては消える

ふたりは恋人同士のように口づけを交わす
まるで風の中に舞う落ち葉のよう
時々、本当に愛し合っているかのように錯覚するが
彼女はまだほんの子供
俺はただの友達
ふたりは別々の海を漂う
二度と交わることがないだろう
いま、俺は心の奥底に潜む悲しみを知る
その感情は現れては消える

 グラハム・ナッシュがバック・ヴォーカルで参加している「On And On」。ヴェトナム戦争への批判と自分の立場を示しながらも、これからの自分の人生に立ち向かって行こうという姿勢が表されているようです。



ON AND ON
物語は語り継がれる
いつ終わることなく
始まりも定かではない
その戦いは遥か彼方で行われているように思えるが
勝ち目は殆どないようだ
俺は雨の中をひとり取り残された
太陽が輝きを取り戻せるのは
俺次第だなんて
ここに立っているとぞっとするぜ

別の戦いの廃墟が
隙間を通って広がって来る
暗闇の空に響く声
外れた音で歌を歌い
韻を踏むこともない
俺は自分のやり方でやるだけさ
俺は雨の中をひとり取り残された
太陽が輝きを取り戻せるのは
俺次第だなんて
俺の立場からすればどうでもいことだ

馬と騎手は息を合わせ
躓かないように気をつけて
運命に向かって懸命に努力しながら
突風の前を滑らかに走る
半ば忘れかけた夢
消え去ることが分かっていても

 この曲は1971年にリリースされたデイヴ・メイスン&キャス・エリオットの共演盤、『Dave Mason & Cass Elliot』の中で取り上げられており、ネッドのヴァージョンはセルフ・カヴァーということになります。当初、メイスンとママ・キャスのデュオにネッドを加えたトリオ編成との話も持ち上がっていたようですが、実現には至りませんでした。



Dave Mason & Cass ElliotDave Mason & Cass Elliot
(2008/06/26)
Dave Mason

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 私の拙い聴き取りによるものですが、デイヴ・メイスンのヴァージョンは歌詞が一部異なっているようです。

[ネッドのヴァージョン]
And though the battle's fairly far
その戦いは遥か彼方で行われているように思えるが
[メイスンのヴァージョン]
And though the battle's fairly fought
その戦いは公正な戦闘に思えるのだが

 デイヴ・メイスン&キャス・エリオットの共演盤がリリースされたのは1971年。アメリカは当初、共産主義から人民を解放することを謳ってヴェトナム戦争に深く関与していったため、公正な戦闘との建前がありました。しかし、ネッド・ドヒニーのソロ・アルバムがリリースされた1973年、戦局はアメリカにとって不利な情勢となり、「公正な戦闘」が疑問視されるどころか、まやかしであったと捉えるほうが主流の考え方となっておりました。ネッドは自分のソロ・アルバムに「On And On」を収録するにあたり、時流を鑑みて歌詞を書き直したものと思われます。
 ただ、動詞の fight には戦闘という意味の名詞がありますが、その過去分詞の fought にはそのような意味はないようなので、メイスンもやはり far と歌っているのでしょうか。よく分かりません。

[ネッド]
It looks grim from where I stand
ここに立っているとぞっとするぜ
[メイスン]
I've been stricken where i stand
俺はここに立って打ちひしがれていた

[ネッド]
Such a reason has no rhyme
韻を踏むこともない
[メイスン]
A reason without rhyme
道理もなく

 文脈から察するにダブル・ミーニングと思われます。

[ネッド]
I got to do it my way
俺は自分のやり方でやるだけさ
[メイスン]
I guess I'll do it my way
俺は自分のやり方でやろうと思う

 ネッドのヴァージョンには強い意志が窺われます。ヴェトナム戦争が敗色濃厚で集結を迎えようとしている時、自分の生き方は自分で決めなければならないという姿勢や決意が表明されていると言って良いでしょう。

 1991年にFM802の主催により、万博記念公演もみじ川芝生広場にて行われた野外コンサートにネッドが出演した際の映像です。私もこのコンサートに足を運んだのですが、当日の模様が後日テレビで放送されていたとは知りませんでした。貴重な映像ですが、ORIGINAL LOVE、BEGIN、GONTITI、BAHOなど国内アーティストが目当ての観客が多いせいか、あまりノリが良くないように思えて残念です。



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コメント

ご無沙汰しております。最近は、もっぱらFBで済ましています。ドヒニー、最近アウトテイク集?のアルバムを出し、同封の厚い冊子にメイスンとママキヤスとの写真がありますよ。私には1st2ndがマストです( ´ ▽ ` )ノがマイケルマーフィもジョンデンバーの影響で大好きです(笑)
kuwa様、こちらこそご無沙汰しております。
貴ブログの記事の更新がしばらくなされていないので、たいへん淋しい思いをしておりました。アウトテイク集とは『Separate Oceans』のことですな。ブックレット付きとは興味深いところです。
心身ともに衰え、記事がなかなか書けそうにもありませんが、あらためて今後とも宜しくお願い申し上げます。
裏通り様 こんばんは

中学生の頃くらいまでは
買えるものと買えないものを
厳しくより分けなければならないですよね。
そして忘却しなければならない。
分かります。

自分の場合、
このアルバムは中古cd屋で働いていた時に、
状態不良の廃棄ボックス(従業員持ち帰り自由)から拾ったのを覚えています。

結構、社会派な歌詞だったのですね。
GAOHEWGII様、訪問していただき誠にありがとうございます。
中学生の頃に比べ、所謂「大人買い」が出来るようになったと言いたいところですが、アベノミクスが庶民の懐を潤わすには時間がかかるようで、今でも厳しい選択を強いられております。
ネッド・ドヒニーは日本で言えば団塊の世代にあたり、ヴェトナム反戦運動やカウンター・カルチャー華やかなりし頃に多感な時期を過ごしたと思われます。社会に目を向ける姿勢はそんな激動の時代を生き抜いたことの反映なのでしょう。
ネッドのデビュー・アルバム、アナログ盤で持っています。大好きなアルバムでした。

それにしてもレアな来日ライブを観ることができ、ありがとうございました。

ギターもヴォーカルも素晴らしいかったです。ギター1本であれだけのパフォーマンスができるのは、さすがです。
takaboh様、訪問していただき誠にありがとうございます。
若さゆえのうつろいやすさとセンチメンタルな感情が窺われるようなネッド・ドヒニーのファースト・アルバムは、いつまでたっても瑞々しさを失いませんね。
おっしゃる通り、ギター1本であれだけのパフォーマンスが出来るネッド・ドヒニーはさすがです。彼は映像の中で、「9月に再来日する」といった趣旨の告知をしておりましたが、その再来日公演にも行きました。その時はバンドを引き連れており、相変わらず達者なギター・プレイも披露しておりましたが、また違った雰囲気を味わえたものです。

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