好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Roger McGuinn - I'm So Restless

 本年は大物アーティストの来日が続いており、2月にザ・ローリング・ストーンズ、そしてボブ・ディランが3月末にやって来ます。ミック・ジャガー70歳、キース・リチャーズ70歳、チャーリー・ワッツ72歳、ロン・ウッド66歳、そしてディランは73歳。老体に鞭打って・・・・・・もとい溌剌とした若さが漲る御大方にほとほと頭が下がりました。
 さて、今やレジェンドと形容される彼らのライヴ・パフォーマンスをこの目にしっかり焼き付けたいと誘惑に駆られるものの私の懐は常に痛みを伴った状態であり、ストーンズの高額チケットを手に入れることが叶わず、京都から東京に遠征する余裕もありません。また、ボブ・ディランの公演は彼のパフォーマンスが身近で体感できるスタンディング・スタイルが中心のライヴハウスで催され、あまり体の丈夫でない私にとっては懐の痛み以上に辛いものであり、参戦を見送らざるを得ませんでした。今回のストーンズの来日公演では1969年から1974年までギタリストを務め、ディランのアルバム『Infidels』(1983年発表)、『Empire Burlesque』(1985年)への参加や1984年のヨーロッパ公演でバック・アップ・メンバーとして活動した経歴のあるミック・テイラーもゲスト出演していただけに、本当に残念な気持ちで一杯です。
 というわけで、せめて御大たちへの気持ちをブログで表そうと思い、ボブ・ディランとミック・ジャガーのご両人に捧げられた歌を取り上げることにしました。その歌とは「I'm So Restless」。ザ・バーズのリーダーだったロジャー・マッギンが、1973年に発表したソロ・アルバムのオープニングを飾る曲です。ちなみにロジャー・マッギンは1942年7月13日生まれの71歳。彼もまた、人生の機微に通じた御仁と言えるでしょう。

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(2007/10/24)
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I'M SO RESTLESS
ミスターD、私が農夫か牛飼いになって
田舎で暮らせとでも思われているのですか
早朝に起床し、雑用を片付け
面倒なことは鍵のかかったドアの後ろに隠し
自分の女と寝て暮らし、おもちゃのようなギターをかき鳴らす
ああ、あなたの言いたいことはよく分かりますし、それでも良いのですが
でも、ミスターD、私はじっとしていられないタチなんです

ミスターL、
気力が萎えた時
月に吠え、大声で叫べとでも言われるのですか
財産も何も失い
精神の具現と身体の健康に気を配るばかり
でも、私は今でもあのインディアン・トリップが心に焼き付いています
ああ、あなたの言いたいことは分かりますし、確かに思い当たる節がありますが
でも、ミスターL、私はじっとしていられないのです

ミスターJ、不良で、意地悪で、
人殺しさえ厭わない男になれとでもお思いなのですか
黒い蛇革の服を着て身をよじらせながらこそこそ歩き
ベッドを共にした女を支配する
おまえもそんな刺激的な快楽を味わってみればいいと言う
ああ、あなたの言いたいことはよく分かりますし、反論する気はありません。
でも、ミスターJ、私はじっとしていられない男なんです


 最初のヴァースはボブ・ディランについて歌われたもので、ディラン自身もハーモニカで参加しています。
 早朝に起きて雑用を片付けるといった規則正しい生活はロック・ミュージシャンとしては似つかわしくない印象を受けますが、「アーミッシュの農夫」と揶揄されたことのあるディランのこと、私生活では意外とそのような暮らしを実践していたのかもしれません。また、のんびりとギターを弾きながら毎日を過ごすといったことからは、マッギンがカヴァーした「You Ain't Go Nowhere」、「Lay Lady Lay」といったディランの楽曲の雰囲気が嗅ぎ取れました。
 なお、ディランは両親がユダヤ人であるにもかかわらず、彼がデビューした当時、「俺はイタリア系移民の子孫で、カウボーイの息子だ」と名乗っていたという逸話が残っています。1960年代のアメリカではユダヤ人差別がまだまだ厳しく、そのように身分を偽らざるを得なかったのでしょう。また、世に出るためにディラン自身が創作したほら話だったのかもしれません。
 次のヴァースにお出ましの方はジョン・レノンと言われております。気力が萎えた(I'm losing my grip)という箇所はレノン作の「Jealous Guy」の一節である「コントロールが利かなくなり始めた」(I began to lose control)に因んだものであろうと思われ、財産も何も失いといったところは「Imagine」を想起させます。また、「インディアン・トリップ」とはLSD体験のことを指すのでしょう。レノンとマッギンは俳優のピーター・フォンダとともにLSDを服用し、その際に交わされた会話をもとに「She Said She Said」(1966年発表の『revolver』に収録)が作られたという話を耳にしたことがありました。
 最後のヴァースに控えしは、諸説いろいろ取り沙汰されたもののミック・ジャガーであろうと推察されています。黒い蛇皮の服を着て身をよじらせながらこそこそ歩くといった描写は、ステージで腰をくねらすように踊るジャガーのパフォーマンスを彷彿させますし、ベッドをともにした女を支配するといった様は1966年にリリースされた「under my thumb」(『Aftermath』収録)を連想させます。

 ロジャー・マッギンはこのように3人のロック・スターをリスペクトしながらも、生き方を模倣することなく独自の道を歩もうとの強い意志を窺わせていました。オリジナル・メンバーとしてただひとり残って牽引し続けたバーズを解散し、ソロ・アーティストとして再出発するのには先行きの不安があったことでしょう。この歌はそうしたマッギンの決意が示されていたと言えます。

 アルバムに収録された他の楽曲に目を移すと、バーズのオリジナル・メンバーが集結したジャジーな「My New Woman」、ブルース・ジョンストンをゲストに招いたサーフィン・サウンド風の「Draggin'」、カントリー・ロック調の「Time Cube」、サルサを取り入れた「M' Linda」、カーラ・ボノフのヴァージョンでお馴染みのトラディショナル曲、「Water Is Wide」といった多種多彩な試みがなされ、ロジャー・マッギンというアーティストの才能が溢れ出た1枚でした。
 発売当時の日本での反応を思い返すと、音楽評論家の小倉エージ先生は『ニュー・ミュージック・マガジン』(1973年10月号)にて、「ロジャー・マッギン、そしてザ・バーズを知るには必携の1枚」との趣旨の論評をされていましたが、ミュージシャンの中川五郎さんは『ライトミュージック』(1973年11月号)において、「ロジャー・マッギンのアレンジのセンスが年々悪くなっている」と酷評されていました。中川さんも決して悪気はなく、マッギンへの応援の意思を込めての「喝」だったのでしょう。その論評の最後は、「まるでディランの『アイム・ソー・レストレス』(このレコーディングにはディランも参加)。そして子供たちのコーラスを使ったスプーナー・オールダムとダン・ペンの作品『ストーン』がぼくは気に入った。ドラムスの音取りなど不満はあるけど、味のあるホーボー・ソングだ」とさすがにミュージシャンらしい的確なお言葉で締めくくられていました。

 それでは作者のオールダム自身が、オルガンとピアノを担当した「Stone」で今回はお開きとします。この曲は新たな人生の第一歩を踏み出そうとするストーンという男の物語です。独り立ちしようとするロジャー・マッギンは、自らの心情と相通ずるものを憶えて選曲したのでしょう。



STONE(THE ROAD LOVES A ROLLING STONE)
神は転がり続ける石のように
変化を恐れず前向きに進んで行く者を愛す
危険な場所の周囲へは人々の手を引いて導き
目的地に進めるように手助けする

彼は多くを望まない
危険の中に僅かの希望があるならば
犠牲を払うことも厭わない

自由への行進を続ける者は
その目で自分の思いを伝える
対話はかけがえのないもの

見通しの良い公道で
彼は合図してトラックを止めた
戦前派のマックが拾ってくれて
ストーンは隣席に乗り込んだ

おんぼろトラックの旅は楽しかった
けたたましく唸るような音を立てて車は走った。
インディアナ州のサウスベンドの十字路で
ストーンは車を降りた
ドライヴァーに別れを告げ
初めての道を歩き始めた

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