好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Paul Simon - 50 Ways To Leave Your Lover

 2013年3月30日、音楽プロデューサーの重鎮であるフィル・ラモーンさんが心臓手術後の合併症のため、ニューヨークの病院で逝去されました。享年79歳。
 ラモーンさんは南アフリカ出身。3歳でヴァイオリンを始め、10歳の時にはエリザベス女王の御前で演奏する神童ぶりを発揮。1940年代の終わりにジュリアード音楽院へ入学するために渡米し、1959年にはニューヨークで「A&R」というレコーディング・スタジオを設立。革新的な技術を積極的に用いることでレコーディング・エンジニア、音楽プロデューサーとしての地位を確立して行きました。

 エンジニアとして参加した『Getz/Gilberto』(1964年発表)で1965年のグラミー賞最優秀録音賞を獲得したのを皮切りに、グラミー賞にはこれまで33回ノミネートされ、14回授賞。プロデューサーとしてはポール・サイモンの『Still Crazy After All These Years』(1975年)で、1976年の最優秀アルバム、ビリー・ジョエルの「Just The Way You Are」(1977)が1979年の最優秀レコード、『52nd Street』(1978)が1980年の最優秀アルバム、レイ・チャールズの『Genius Loves Company』(2004)が2004年の最優秀アルバムに輝くなどの実績を残しています。

 今回はグラミー賞授賞作であるポール・サイモンの『Still Crazy After These Years』から「50 Ways To Leave Your Lover」を取り上げます。

時の流れに時の流れに
(2013/03/06)
ポール・サイモン

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50 WAYS TO LEAVE YOUR LOVER
あんたを悩ませているものはその頭の中にあるのよ、と彼女は言った
論理的に捉えるのなら答えは簡単
解放されたいともがいてるあんたに手を貸したいわ
恋人と別れる方法なんて50通りもあるんだから

本当はおせっかいなんて私のガラじゃない
そのうえ、私の助言であんたが迷ったり誤解したら困るのよ
でもねぇ、もう一度言うわよ、乱暴な言い方を承知でね
恋人と別れる方法なんて50通りもあるんだから
50通りもね

背後からそっと抜け出しゃいいのよ、ジャック
新たな段取りを立てなさい、スタン
遠慮なんてしなくていいの、ロイ
あんた自身が自由になりなさいよ
バスに飛び乗んなさい、ガス
くどくど話し合う必要なんてないの
部屋の鍵なんて捨てちまいなさい、リー
そうすれば、自由になれるのよ

彼女は言った、私はとても悲しいの
そんなに痛みを抱えたあんたを見るのが
もう一度あんたが微笑んでくれるように
私に何か出来ることがあればと望んでいるのよ
俺は言った、君の気持ちに感謝するよ、だから説明してくれないか
その50通りの方法やらについて

彼女が言うには、今夜ふたりで寝ながら考えるなんてどうかしら
そして朝になれば明るい光が見え始めると確信してるのよ、なんてね
それから彼女は俺にキスをし、たぶん彼女の言っていることは正しいのだと悟った
恋人と別れる方法なんて50通りもあるんだ
50通りもね

 シングル・カットされて全米1位を獲得した「50 Ways To Leave Your Lover」(邦題:恋人と別れる50の方法)。タイトルの妙とさりげないメロディーに感傷的になってしまいます。印象的なドラムはスティーヴ・ガッド。ギターはジョン・トロピアと先日(3月28日)に亡くなったヒュー・マクラッケンが担当し、ブルージーな雰囲気の醸成に一役買っていました。フィービー・スノウやパティ・オースティンが参加したコーラス部分は息子のハーバーが4歳の頃に一緒に遊んだ同韻語のゲームに由来しているとか。まさか息子にこのままの内容で教え込んだわけではないでしょうが、ポール・サイモン一流の韻を踏んだユーモアのある歌詞へとまとめあげています。

 1970年代後半、「〜する**通りの方法」、「〜する方法は何通りもある」といった感じのキャッチフレーズが書かれた広告をよく目にしたものです。それぐらいインパクトがあり、刺激的な響きのある言葉なのでしょう。しかし、歌の中に50通りも方法が示されているわけではありません。帰するところこの女友達は二人でベッドをともにして考えようと提案。主人公の男性もすんなり受け入れてしまいます。女もドライで人生の酸いも甘いも知り尽くした雰囲気を醸し出していますが、こうやって次から次へと付き合う女を替えていく男心も浅はかそのもの。こんな男の毒牙に掛かって傷つく女性が一番不幸なのかもしれませんね。

 スティーヴ・ガッドらスタッフの面々をバックに配した1980年のフィラデルフィア公演の映像のようです。


 2000年のライヴ映像です。 


 こちらは2011年7月1日にロンドンで行われた ”iTunes Festival ” の映像のようです。年代を追ってポール・サイモンのライヴ・パフォーマンスを観ていると、まさに「時の流れに」を感じてしまいました。

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コメント

ご無沙汰しております。新聞記事で訃報を知りました。独特の雰囲気がありますね。リビータイタスのアルバムも密かに好きです。
kuwa様、こちらこそご無沙汰しております。
プロデューサー、エンジニアとしてポール・サイモン、ポール・マッカートニー、ボブ・ディランなどの大物からリビー・タイタス、アロー・ガスリー、ゴードン・ライトフットなどの渋めのアーティストまで手掛けたフィル・ラモーンさん。アーティストの魅力や個性を引き出すことに長けた人だったのでしょうね。
Backstreetsさん,こんにちは。
そうなんですかフィル・ラモーン、ご冥福ををお祈りします。
彼の名前は、ビリー・ジョエルとコンビを組んで大当たりをとっていたときに覚えました。
”恋人と別れる50の方法”いい曲で、このアルバムとともに大好きです。
moondream様、訪問していただき誠にありがとうございます。
ポール・サイモンの『Still Crazy After These Years』はマイケル・ブレッカーやデヴィッド・サンボーンらジャズ・ミュージシャン、後にスタッフを結成するスティーヴ・ガッドやリチャード・ティーらをバックに起用し、フュージョンの先駆け的なサウンドを漂わせていたことが興味深いところです。このアルバムがグラミー賞を授賞したことに刺激されたのか、ビリー・ジョエルもフィル・ラモーンをプロデューサーに迎えて大成功を収めましたね。
こんばんは^^
フィル・ラモーンさんのご冥福をお祈り致します。
ポール・サイモンの「恋人と別れる50の方法」、高校生の時にラジオで知りました。
backとJack、planとStan、coyとRoy、busとGus、keyとLeeという韻の踏む歌詞が印象的ですね。このコーラスには、他のアーティストが参加していたんですね。
スティーブ・ガッドという方がドラムをたたいていたんですね。
saya様、訪問していただき誠にありがとうございます。
ポール・サイモン一流の音の響きを重視した韻の踏み方ですが、日本語に訳すといまひとつその雰囲気を表現できませんね。難しいことです。
アルバム『Still Crazy After These Years』はフィル・ラモーンさんの人脈が効果的に発揮された作品です。腕利きのジャズ・ミュージシャンを起用したことも注目されました。また、コーラスに参加していたフィービー・スノウもフィル・ラモーンさんのプロデュースで数枚のアルバムをリリースしています。

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