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Patti Page - Tennessee Waltz

 パティ・ペイジさんが、2013年1月1日に逝去されました。享年85歳。今回は彼女の代表曲である「Tennessee Waltz」をお題とします。

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 パティ・ペイジはオクラホマ州の貧しい家庭に生まれました。18歳の時、地元のラジオ局の番組に歌手として出演するようになったことがきっかけで、プロ・デビューを果たします。
 1947年、「Confess」という曲をレコーディングする際、予算の都合でバック・コーラスを雇えなかったため、複数のパートを多重録音で凌いでレコードを発売。災い転じて福と成すとばかりにその歌唱が世間の注目を浴び、チャートの20位に入るヒットに至りました。パティは多重唱が気に入り、その後もこの手法を継続。次々とヒットを飛ばします。1950年にリリースされた「Tennessee Waltz」は13週に渡って1位を記録し、彼女の最大のヒット曲となりました。

 マーキュリー・レコード時代の録音とCBSに移籍した1960年代の再録音を聴き比べていただければ幸いです。


TENNESSEE WALTZ
彼と踊っていた
あのテネシー・ワルツに合わせて
ある時、偶然に昔の友だちを見かけ
私は彼女に彼を紹介した
すると二人は踊り出し
友だちは私から愛しのあの人を奪い取った

私はあの夜のことを思い出す
そしてあのテネシー・ワルツ
今になって失ったものの大切さを思い知る

そう、私はかけがえのないあの人を失った
あの夜に流れていたのは
あの麗しのテネシー・ワルツ

 今ではテネシー州の州歌となった Redd Stewart と Pee Wee King の共作、『Tennessee Walts』。様々なジャンルの数多くのアーティストに歌い継がれてきました。どのカヴァー・ヴァージョンも各人の個性が滲み出ています。

 ファースト・リリースは作者のひとりである Pee wee King & His Golden West Cowboysによる1948年のヴァージョン。

 
 もうひとりの作者である Redd Stewart によるヴァージョン。
 

 1951年にリリースされたアニタ・オディのヴァージョンです。「私はシンガーでなく、ソング・スタイリストなの」という名言を残した人ですが、少しハスキーな歌声が哀愁を誘います。


 名曲「Love letters In The Sand(砂に書いたラブレター)」でお馴染みのパット・ブーンのヴァージョン。甘い歌声が切ない雰囲気を醸し出しています。1962年発表のアルバム、『I'll See You in My Dreams』に収録。 


 この歌はソウル/R&Bのアーティストにも好まれているようです。サム・クックは1964年のアルバム、『Ain't That Good News』でレコーディング。


 オーティス・レディングは1966年の『Complete & Unbelievable』で取り上げていました。


 ロック・バンドによるカヴァー。まず、ザ・ビートルズに続いてブライアン・エプスタインが送り出したビリー・J・クレーマー with ザ・ダコタスによるヴァージョンは1965年の『Trains and Boats and Planes』に収録。


 ジャズとR&Bが融合したサイケデリックなサウンドで人気を博したイギリスのバンド、マンフレッド・マンは1966年発表のミニ・アルバム『Machines』に収録していました。


 ボブ・ディランやジェリー・ジェフ・ウォーカーのサイドメンとして活躍し、リンゴ・スター、カーリー・サイモン、イーグルスなど数多くのアーティストのレコーディングに参加したギタリスト/シンガー・ソング・ライターのデヴィッド・ブロムバーグのヴァージョンです。 1972年発表の『Demon in Disguise』に収録。気取らず、さりげなく歌うところに好感を持てました。


 しっとりとして安定感のあるヴォーカルはアン・マレー。彼女が1978年に発表したアルバム、『Let's Keep It That Way』に収録されていました。


 エミルー・ハリスは1981年のアルバム、『Cimarron』で披露。透き通った彼女の歌声は、何度聴いても心が洗われるような気がします。


 映画『Out Of Rosenheim/Bagdad Cafe(バグダッド・カフェ)』のテーマ曲「Calling You」のカヴァーで知られるホリー・コールのヴァージョンです。この人独特のブルージーな歌唱にしみじみと聴き入ってしまいました。1993年のアルバム、『Don't Smoke In Bed』に収録。


 トム・ジョーンズがエネルギッシュにエモーショナルに熱唱しています。1995年にリリースされたザ・チーフタンズのアルバム、『Long Black Veil』に客演したヴァージョン。


 ノラ・ジョーンズとボニー・レイットの共演映像。 2006年リリースの『Bonnie Raitt And Friends: VH1 Classic Decades Rock Live!』からのものでしょうか。また、ノラは2002年にリリースしたDVD『Live In New Orleans』でも「Tennessee Walt」をソロで歌っていました。


 レナード・コーエンは2004年のアルバム、『Dear Heather』で取り上げていましたが、今回は1985年のライヴ映像をご覧ください。


 フランスで活動するシンガー・ソング・ライター、ケレン・アンのヴァージョン。ちょっぴり退廃的なムードが漂うところに心がくすぐられます。2007年リリースのアルバム、『Keren Ann』の限定盤に収録されていたとのこと。


 拙ブログでは邦楽をめったに扱わないのですが、江利チエミさんの歌声を無視できません。私はリアル世代ではありませんが、テレビで江利さんがこの曲を歌ってらっしゃるのを何度か観た憶えがあります。今となっては、彼女が高倉健さんと結婚していたのを知っている方はどのくらいおられるのでしょうか。


 それでは、2004年のパティ・ペイジさんのライヴ映像でお開きにしましょう。


 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

日本の音楽界への影響、とりわけ戦後の暗い日本へ明るい光を与えてくれた彼女の功績は大きいですよね。
それにしてもBackstreetsさんの調査力にはいつも驚きます。
こんばんは。
晩年の彼女をインタビューしたラジオ番組があるのですが、彼女の歴史は戦後の復興発展の歴史でもあり、アメリカでもシナトラなどと並び豊かな希望をもたらしてくれた世代代表であった事を実感させてくれました。こういうタイプの歌い手がもういなくなってしまっているのは、大きな損失です!
mikitaka08様、訪問していただき誠にありがとうございます。
私はパティ・ペイジや江利チエミさんをリアルタイムで聴いていた訳ではないので、彼女たちが戦後の暗い日本社会に及ぼした影響に関して興味深いものがあります。
yokoblueplanet様、訪問していただき誠にありがとうございます。
日本でもアメリカでも復興や高度経済成長と重ね合わされる歌い手は何人かいますね。現代のように豊かになり過ぎた社会は価値観が多様化し、 こうしたタイプの人を必要としないのかもしれません。
こんばんは^^
私もパティ・ページの訃報を携帯で見て、びっくりしました。
今年の元旦に亡くなっていたのですね。
死因はまだ分かってないみたいですが・・・。
さてこの「テネシー・ワルツ」、夢心地なメロディーですね。
男性が歌う「テネシー・ワルツ」も、味があって良かったです。
江利チエミさんのもいいですね。
ご冥福をお祈り致します。
saya様、訪問していただき誠にありがとうございます。
幅広い人気を博し、古き良き時代の象徴とされたパティ・ペイジ。ネットや動画サイトの普及か、はたまた時代の流れか、今のアメリカでは全国民に支持されるようなアーティストが出現しにくくなったようです。
さて、素朴で美しいメロディーとは裏腹に、愛する人と親友の裏切りが描かれた悲しく切ない歌、「テネシー・ワルツ」。女性が歌うよりも男性が歌ったヴァージョンのほうが、未練がましいものを感じてしまいました。

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