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Jackson Browne - From Silver Lake

 前回のリア・カンケルの記事の中でジャクソン・ブラウンの「From Silver Lake」について言及しましたので、今回はこの曲を取り上げることにしました。彼のファースト・アルバム『Jackson Browne (Saturate Before Using)』(1972年発表)に収録されていた曲です。


FROM SILVER LAKE
俺たちの兄貴を見かけなかったか?
兄貴はこのあいだここにいたんだ
でも、どこかに行くと
ただそれだけを言うためにやってきたんだ

兄貴の恋人を見かけなかったか?
あの人は兄貴がどこに行ったか
探していたんだ
だが、あの人は深く悲しんでいることを
表情に出さなかった

あの人はきっと追いかけて行くだろう
遠く離れたある町で船を待つ兄貴を
たぶん見つけ出すだろう
きっと探しに行くだろう

近ごろ、俺は煙草とワインに
入り浸った午後を思い出す
平和と喜び以外に
何も眼中になかった日々のこと

微笑みながら
兄貴は俺に語りかけた
誰も横断出来ない
海を渡る途中に留まっていたいのだと

たぶん兄貴は戻らないだろう
太陽が、遠く離れたどこかの廃墟の中で
埃にまみれて眠る兄貴を見つけ出すかもしれない
でも、兄貴は戻らないだろう

今朝早く、俺は揺れ動く地平線を見ながら
雷鳴が轟くのを聞いた
今朝早く、機械仕掛けの都市が目覚め
俺はよろめき、どもりながら
子供たちの歓声や犬の鳴き声の間を通り抜け
外へ向かって走り出した

俺たちの兄貴を見かけなかったか?
(ずいぶん留守にしていた誰かさん)
兄貴はこのあいだここにいたんだ
(今日、突然に帰って来たよ)
でも、ここでは息も出来ないと
(私は彷徨っていたことを許す)
ただそれだけを言うためにやってきたんだ
(心の中で)

兄貴の恋人を見かけなかったか?
(面と向かった瞬間)
あの人は兄貴の手に触れようとしていた
(邪心がこの場にはりつめる)
置き去りに出来ないと
(以前に彼がそこに戻らないということを意味する)
あたかも兄貴に語りかけるように
(私はこのとき聞いた)
二人は行ってしまうだろう
(ああ、あなたは分かってるのね)
太陽が俺を見つけるかもしれない
(私が感じたことのある愛)
二人の後を追いつつ、遠くの何かを見つめている
(過去がとてもゆっくり癒している)
俺たちは戻って来ないだろう
(明日には悲しみとおさらば)

 兄弟の別れが描かれた歌の体裁を取っていますが、背景にはグレッグ・コープランドとアダム・セイラーとの関係が色濃く漂っています。
 グレッグ・コープランドはジャクソン・ブラウンの高校時代の先輩。若き日のジャクソンに、音楽のみならず生き方にも多大な影響を与えたとされる人物です。
 カウンター・カルチャー華やかなりし1966年、サンフランシスコの大学に通うグレッグ・コープランドはこれまでの価値観を一変させる衝撃を受け、広い社会と新しい冒険を体験するには教室で学ぶよりも世界を旅することだと考えるようになっていました。彼はサンフランシスコで出会って意気投合していたアダム・セイラーとともにメキシコの港町ベラクルスから船でヨーロッパに向かう計画を立てたものの諸般の事情で中止。アダムを伴ってロサンゼルスに一旦戻ったグレッグは計画を練り直し、車でニューヨークへ行き、そこから飛行機でヨーロッパを目指すことにしたのです。
 旅は道連れ世は情け。1967年1月、グレッグは弟分のジャクソン・ブラウンを誘いました。ヨーロッパよりもニューヨークに興味があったジャクソンは二つ返事で了承。ニューヨークは尊敬するボブ・ディランが成功をつかんだ街。ジャクソンとともにオレンジ・カウンティ・スリーと称されて将来を嘱望されたスティーヴ・ヌーナンやティム・バックリィらも暮らし始めていました。様々なアーティストが活動するこの街には刺激的な出来事が待ち受けているとの憧憬がジャクソンの心の中で膨らんでいたのです。
 この頃、ジャクソン・ブラウンはグレッグ・コープランドの恋人だったパメラ・ポランドと浅からぬ関係に発展していました。グレッグが、見聞を広めるための外国旅行にジャクソンを誘ったのは弟分を思う気持ちからではなく、ジャクソンとパメラを切り離そうそうとの画策があったのかもしれません。旅の準備の間を縫ってグレッグとパメラは復縁。ジャクソンはこれも運命であると悟ったのか、兄貴分に抵抗することなく事態を受け入れました。
 再会から二週間後、グレッグ・コープランド、アダム・セイラー、そしてジャクソン・ブラウンの3人は車でニューヨークに向けて出発。3日後、無事に到着し、スティーヴ・ヌーナンの住むアパートに身を寄せました。ほどなくグレッグ・コープランドとアダム・セイラーはヨーロッパに旅立ちますが、ジャクソン・ブラウンは旅費のないことを理由にしてニューヨークに残ります。
 スティーヴ・ヌーナンやティム・バックリィと旧交を温めるジャクソン・ブラウン。グリニッチ・ヴィレッジをたまり場としているうちにステージへ上がるチャンスが舞い込んできました。ジャクソンの高校時代の同級生で、ニューヨーク州立大学に通うジョー・ウィゼンタールの尽力で、ジャクソンら3人のキャンパス・コンサートへの出演が決まったのです。彼らの出演が実現したのは、既にエレクトラ・レコードからデビューしていたティム・バックリィの存在が大きな強みになっていたのでしょう。
 ジャクソン・ブラウンに先んじてプロ・デビューしていたティム・バックリィは、ニューヨークのクラブで注目を浴び始めていました。アンディ・ウォーホルのクラブ「ドム」で、モデル兼女優であり、ヴェルヴェッド・アンダーグラウンドのシンガーとしての活動と並行してソロ・パフォーマンスも行うニコの前座をティムが務めていた際、彼女からギタリストとしてバックも手伝ってくれないかとの依頼を受けます。ところが、デビューして間もないティムは自分のことだけで精一杯だったのか乗り気でなかったため、居合わせたジャクソンに白羽の矢が立てられました。妖艶で美貌の年上の女性からの要請。パメラ・ポランドの面影をどこかに感じ取っていたのでしょうか。願ってもないチャンスとばかりにジャクソン・ブラウンは快諾しました。
 美女が歌う姿の後ろで懸命にギターを演奏するジャクソン・ブラウン。浮かれて初めて手にする高額の報酬を得たと同時に、音楽活動をして行く上での財産とも言える様々な人々との出会いもありました。とりわけレナード・コーエンと知り合ったことはジャクソンの音楽性に多大な影響を与えたことでしょう。コーエンはニコが目当てで毎晩のようにライヴを観に来ていたようですが、曲の合間にしばしば自らの即興詩を読み聞かせ、ジャクソンをいたく感動させていました。また、ジャクソンはルー・リードにも少し目を掛けてもらい、彼の視野の広さに驚かされていたのです。
 ジャクソンはニコのバックを受け持っている間、すっかり彼女に魅了されて行きました。彼女もジャクソンの才能を認め、ソロ・アルバム『Chelsea Girl』にジャクソン作の「These Days」、「Somewhere There's a Feather」、「The Fairest of the Seasons」(グレッグ・コープランドとの共作曲)など3曲を採用し、レコーディングにも参加させるほどのお気に入りとなっていたのです。しかし、所詮は叶わぬ恋。この恋愛はジャクソンの片思いで終わってしまいました。
 こうしたジャクソン・ブラウンの動きをエレクトラが目をつけ、彼にデモ・テープをレコーディングさせます。ソング・ライターとしての実力が評価されてのことだったのでしょう。アーティストやプロデューサーが取り上げてくれるのを目的として、音楽出版社が殆ど無名のライターの曲を抱えておくことは普通の業務でした。ジャクソンが、エレクトラ傘下の出版社に残したこの録音が、いわゆる「ニーナ・デモ」です。
 僅か3ヵ月ほどのニューヨーク武者修行の旅でしたが、プロのミュージシャンとしての活動、恋愛、人との出会い、デモ録音ジャクソン・ブラウンが収穫したものは大きく、その後の人生を左右する貴重な体験となったことでしょう。ロザンゼルスに戻ったジャクソンは曲作りに励みます。ミュージシャンとして自信をつけたように思えるものの、何かを忘れようと懸命に創作に打ち込むジャクソン。見かねた母親は「シルヴァー・レイク」にアパートを借りてやり、ジャクソンは落ち着く環境の中で曲を書くことに没頭できるようになったのです。
 1968年、ヨーロッパにおいての「自分探し」といえる旅を終えて帰国していたグレッグ・コープランドはジャクソン・ブラウンの立ち会いのもとでパメラ・ポランドと結婚。ハネムーンを兼ねて再び二人でヨーロッパへ渡ります。単独で旅を続けていたアダム・セイラーはアジアへ向かったものの、インドのボンベイのホテルの3階から転落して帰らぬ人となりました。この知らせを聞いたジャクソンは深いショックを受けます。ジャクソンとアダムが知り合って別れるまでの期間はひと月にも満たなかったのですが、その間に育まれた友情は強固で熱いものだったのでしょう。
 
 グレッグ・コープランド、アダム・セイラー、パメラ・ポランド、そしてジャクソン・ブラウン自身が描かれた「From Silver Lake」という歌。物語の主人公が彼(兄)から彼女(兄の恋人)、そして自分へと変化して行きます。グレッグとアダムはヨーロッパへ、ジャクソンはニューヨークに留まった後に帰郷。パメラはグレッグと元のサヤにおさまってジャクソンのもとを去り、アダムは永遠に帰って来ることがないという結末に至りました。最後に自分も戻らないとしたのは過去を断ち切って生きるという決意が込められているのでしょう。

 1970年の『The Criterion Demos』からの音源。このデモにはファースト・アルバムに収録されることになる「Jamaica Say You Will」、「Song For Adam」、「Doctor My Eyes」、「A Child In These Hills」、「My Opening Farewell」なども収録されています。 


 1960年代後半から1970年代前半に活躍したデュオ、ヘッジ&ドナのヴァージョン。1968年リリースの『Hedge & Donna 2』に収録。


参考文献:『Jackson Browne - His Life And Music』マーク・ビーゴ著、水木まり訳、蒼氷社 2007年

ジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージックジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージック
(2007/11)
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コメント

この曲の日本盤歌詞は聴き取り不能ということで解説にあり対訳も・・・になっていました。ここ数年前に輸入スコアが突然発売され、そこにはキチンと歌詞が掲載されていました。30年の??が晴れた感があります。、あた、この時代の私生活の説明、詳細が分かり勉強になりました。
kuwa様、訪問していただき誠にありがとうございます。
インターネットの普及によって歌詞検索が容易に出来るようになりました。ただ、正確でない場合もあります。聞き取りが出来るほどの英語力があれば良いのですが。
もう少しカウンター・ヴォーカルのところを手直しすることにします。

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