好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Levon Helm - Blue House Of Broken Hearts

 長らくリヴォン・ヘルムのアルバム『American Son』について言及してきましたが、今回を持ってようやく千秋楽を迎えることになりました。最後に残された1曲は「Blue House Of Broken Hearts」。ソウルフルでブルージーなバラードです。

American SonAmerican Son
(1997/06/24)
Levon Helm

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1. Watermelon Time In Georgia
2. Dance Me Down Easy
3. Violet Eyes
4. Stay With Me
5. America's Farm
6. Hurricane
7. China Girl
8. Nashville Wimmin
9. Blue House OF Broken Hearts
10. Sweet Peach Georgia Wine



BLUE HOUSE OF BROKEN HEARTS
傷ついた心の青い家には
ドアの側におまえの居場所がある
都会から北、酒場から南に位置して
通りの灯が星のように輝くところ

誰もが孤独ってどんなものか知っている
バカなまねをするってことがどんなものかも
いかれっちまうってことがどんなものかも
この窓から見える世界はよそよそしくて残酷だ

傷ついた孤独の家の中で
床の上をぶらぶらと歩きたい奴はいない
ジューク・ボックスは古いワルツをかけているが
もう誰も踊りたくないようだ

自分は人と違うと思ってるんだろ
だがそれが間違ってることに気がつくだろうよ
なぁ兄弟、ここにいる奴はみんな同じ気分さ
彼女が行っちまったいきさつを語ってくれないか
さぁ、ブルーライトをつけようぜ
今日の「おバカ」を照らし出そう

傷ついた青い家で

 リヴォン・ヘルム自身が書き下ろした曲ではありませんが、「ジューク・ボックスは古いワルツをかけているが/もう誰も踊りたくないようだ」という歌詞に、ザ・バンドが崩壊した様子を連想させるものがあります。ツアーを止めてレコーディングに重きを置きたいロビー・ロバートソンとツアーにこだわるロビー以外の4人。次第に両者の対立が激化し、結局1976年11月24日のサンフランシスコのウインター・ランドで行われたラスト・コンサート(The Last Waltz)、翌77年3月15日リリースのアルバム『Islands』をもってザ・バンドは解散に至りました。年月が流れ、1993年にリヴォン・ヘルムは伝記『This Wheel's on Fire: Levon Helm and the Story of the Band』を出版し、その中でザ・バンドの解散はロビー・ロバートソンにあると糾弾。対立と軋轢が鮮明となったのです。

 リヴォン・ヘルムとロビー・ロバートソンの確執についてはこのブログでも何度か述べたことがありました。誰でも人生において、「アイツは絶対に許せへん。好かんわ」と思える人物のひとりやふたりはいるものでしょう。リヴォンとロビーの関係とは比ぶべくもないものですが、私も過去に苦い経験をしています。

 私がある会社に契約社員として勤務していた頃の話だ。上司であるNという課長とそりが合わなかった。人に取り入ることなく、愛想を振りまくこともなく、マイペースで物事に取り組む姿勢の私が気に食わなかったのだろうか。彼に挨拶をしても殆ど目を合わされることのない日々が続いた。
 それ故か、N課長から直接業務上の伝達を受けることもなければ、小言を言われた憶えもない。きまってKという係長より指示が出されたり、苦言が呈された。KさんはN課長の信奉者で、まるで腰巾着のような人。私の出身大学の先輩でもあった。と言っても、彼とは7歳も年齢が離れており、もちろん学内での接触はなかったのだが、入社後に同窓のよしみで何かと目を掛けてくれたのだ。
 Kさんに言わせれば、Nさんは豪快で気っ風が良く、面倒見が良い人らしい。ふたりとも大学時代にラグビー部に所属していたことで話が合い、仲が良くなったとのこと。社内でもNさんの評判は良かった。
 私が下戸であったためか、部下を引き連れて飲みに行くことを好んだNさんから誘われたことは1度もない。ただ入社後まもなく、「課」の人たち全員による飲み会が開かれた時は一緒に酒を酌み交わした記憶がある。歓迎会の意図も合ったのだろうか、当時はいろいろと理由をつけながら「一杯飲み」をすることでコミュニケーションが図られたものだ。そして、宴会の様子は写真に収められるのも通例だった。N課長は自慢の一眼レフを手に携え、酔いが回るまでシャッターを切り続けていた。後日、出来上がった写真が部下に配られたが、私のところは素通り。何事もなかったように空虚な時間が過ぎた。そればかりか、N課長は田舎から農産物が送って来たといっては社内でよくお裾分けをしていたが、私に手渡されることはなかった。別に欲しいわけではない。だが、面白くない気分に陥るのは言うまでもないことだ。
 日々は淡々と流れる。N課長に遠慮があるのか、次第に周囲がよそよそしくなり、人間関係に破綻を来たすようになった。Kさんまでもが敬遠するようになったのだ。
 入社から1年が経とうとしたある日、N課長が私の側へ歩み寄って「話がある」と告げた。直々に声を書けられたのはおそらくこれが初めてだろう。彼は私を部屋の外に連れ出した。廊下での立ち話の格好だ。そして、彼は開口一番、「会社としては君と契約を更新しない方針だ。君はまだ若い。別の会社で、別の分野で、あるいはもっと得意なことを見つけて頑張ってくれたまえ。以上」と告げ、そそくさと自分の席に戻った。
 予期していたが、やはり衝撃的な言葉である。契約社員である故、会社の決定には逆らえない。私はその月いっぱいで社を後にした。

 それから幾つもの年月が流れたある日、Kさんと街頭でばったり出くわした。彼との絆を断つのは惜しいと思い、毎年欠かさず年賀状を出していたのだが、顔を合わせるのは退社以来のことである。立ち話だったが、二言三言お互いの近況を語り合った。別れ際に、「N部長、あっ、君が辞めてまもなく昇進したんだ。それで、あの人、癌で入院中でなぁ、もう長くないんだよ。君とは相性が悪かったようだが・・・・・・・」と彼は思い出したように告げたのだった。
 私にはとってどうでもよい過去の出来事に思えた。しかし、何故かNさんがどこの病院に入院しているのかをKさんから聞き出していた。何が気になったのだろうか。次の日、私の足はNさんの入院先へと向かっていた。
 病院に到着。受け受けでNさんの部屋を聞く。心は平静を保っていた。部屋の前に着き、ノックをすると年配の女性が出迎えた。Nさんの奥さんのようだ。彼女が「どちら様ですか」と言ったので、私は以前の勤め先でお世話になった者であることを伝えた。
 奥さんは一旦奥に引っ込んだ。Nさんに確認しに行ったのだろう。すぐに奥さんは戻り、私を迎え入れてくれた。
 部屋に入るやいなや、ベッドに横たわるNさんの姿が目に飛び込んだ。学生時代にラグビーで鍛え上げたというがっしりとした体格は見る影もなく、すっかり変わり果てていた。喉は切開され言葉を話すことが出来ない。
 Nさんはやせ衰えた手を弱々しく上げ、私のほうへ差し出してきた。握手を求めているのだろう。私は彼の手を握った。彼は弱々しくも懸命に握り返した。彼の目が笑っているのが分かり、嬉しそうな表情が汲み取れた。
 それから1年ほどの月日を経ただろうか。Kさんとは違うかつての同僚からNさんの死を耳にした。私と会った半月後のことらしい。参列する人が絶えないぐらいの葬儀だったと彼は言う。
 Nさんの葬儀に私は出られなかった。つまり、誰もNさんの葬儀を知らせてくれなかったのだ。私の連絡先を知っているはずのKさんからも。自分が気にかけるほど相手は想ってくれないもの。人の縁なんて軽いもののようだ。
 私は参列出来なかったことを今でも悔やんでいる。良くも悪くも自分の人生にさほど影響を与えた人物ではなかったのだが、彼がもうこの世にいないと思うと心のどこかに穴があいたような気がする。

 リヴォン・ヘルムが神の下に召されたのは2012年4月19日のこと。ロビー・ロバートソンは4月18日にリヴォン・ヘルムを見舞い、「最後に一目会えて感謝している」とのコメントをFacebookに残しています。
 血みどろの確執があったふたりが、握手して簡単に和解する光景があれば、複雑な気持ちを抱かざるを得ないと私はこのブログの中で述べたことがありました。既に危篤状態であったであろうリヴォンがロビーをはっきりと認識できたかどうか分かりません。いつしか反目し合うようになりましたが、かつては同じ方向を見ながらお互い切磋琢磨していたふたり。リヴォンの旅立ち直前に、ふたりの心の中で一瞬でもわだかまりが解けていたのなら幸いなことでしょう。

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コメント

初めまして。カテゴリーから推察しますと幅広い音楽の中でもアメリカンロックが好まれているようで。

今日久々に『ラスト・ワルツ』のDVDをじっくり観直して感傷に浸っているところにこちらのブログに辿り着きました。

ロビーとリヴォンの確執について調べておりましたが、ブログ主さまの実社会でのエピソードが心を打ちました。

私が人として一番の弱点を突かれた思いで、何かこれからの自分のあり方のヒントになりそうな気がします。

また覗かせて頂きます。失礼いたしました~
ZUYA様、訪問していただき誠にありがとうございます。
リヴォン・ヘルムとロビー・ロバートソンの関係に比べれば、まったく問題にならない恥ずかしい過去のエピソードです。しかし、幾つになっても人との出会いは大切にしたいもの。苦々しい経験も人間として成長するうえで重要なものなのかもしれません。
拙いブログですが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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