好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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The Beach Boys - Good Vibration

 幼き頃のある夏の日の午後、襖が開け放たれた兄の部屋から物悲しい歌声と奇妙な音色を持った曲が流れていた。私はその曲に心を奪われたかのように耳を傾けていた。 
 「この曲は何や。誰がやってるんや?」
 「ビーチ・ボーイズの "Good Vibration"や」
 そして、兄は手元にあった音楽雑誌を開け、あるページを指差しながらこう告げた。
 「こいつらが演奏しとるんや」
 そのページに掲載されていた写真にはストライプのシャツに身を包んだ5人のメンバーが写っていた。

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 しかし、その後はビートルズ、あるいはテレビ番組の影響もあってモンキーズなどに夢中となり、ビーチ・ボーイズのことは暫く忘却の彼方へ追いやってしまうことになる。彼らが私の中で再び動き出すのは中学生になってからのことだった。



GOOD VIBRATION
俺は彼女が着ているカラフルな服が好きだ
それに日光が彼女の髪の上でキラキラ揺らめく様子も
優しい言葉が耳に響き
彼女の香水が風に乗って漂ってくる

いい感じがしてくるぜ
彼女は俺を興奮させてくれるのさ

目を閉じれば
なぜか彼女が傍にいるのを感じる
穏やかに微笑み、きっと優しい女に違いない
それから俺は彼女を見つめ
彼女は俺を花咲く世界へと誘う

いい感じがしてくるぜ
彼女は俺を興奮させてくれるのさ

ああ、なんて気分が高揚するんだ
彼女は俺をどこだか分からないところへ連れて行ってくれる
ああ、なんという感覚
ああ、なんという高揚感

こんな素敵な感じをずっと味わい続けたい
彼女との出来事
こんな素敵な感じをずっと味わい続けたい
彼女とのハプニング

いい感じがしてくるぜ
彼女は俺を興奮させてくれるのさ

 ブライアン・ウィルソンによるドラッグ体験を描いたアシッド・ソングである「Good Vibration」。彼女が着ているカラフルな服や花咲く世界といった歌詞にカウンター・カルチャー華やかかりし頃の世相が窺える。深読みすると少々エロティックな雰囲気が醸し出され、「縁は異なもの味なもの」といった具合だろうか。
 プロモーション映像ではスティール・ギターのような楽器を使って「ヒュー、ヒュー」という奇妙な音が演奏されているが、実は最古の電子楽器とされるテルミンによるもの。早くから噂に聞いていたが、この楽器を実際に映像や写真で目にしたのは大人になってからだ。
 
 中学生になると本格的に洋楽を聴き、レコードも買い求めるようになった。相変わらずビートルズに夢中だったが、ボブ・ディランやバーズにも心惹かれて行く。ビーチ・ボーイズに関しては決して貪り聴くほどの対象ではなかったが、過去の音源にも遡りながら理解していった。
 軽薄そうなサーフィン・ミュージックと揶揄された初期も高度なポップ・ミュージックと讃えられた『Pet Sounds』以降も聴く度に病み付きとなり抜けられない。そんなヴァイブレーションを彼らから受け取っていたのだ。

 やがて、待望のビーチ・ボーイズを目にする機会が訪れた。1979年8月、当時国内最大級の屋外コンサートと謳われた「ジャパン・ジャム」が開催されることになったのだ。4日、5日は神奈川県藤沢市の江ノ島特設会場、そして7日は我が地元京都市の伏見桃山城キャッスルランドが会場だった。
 京都の夏は暑い。強い陽射しを避けるために帽子やタオルを用意してコンサートに参戦することにした。元々丈夫なほうではないこの体。途中で倒れては元も子もない。そして、夏の風物詩である夕立が心配で傘も携帯していた。
 
 会場に着く。座席のない野外コンサート。少しでも前のほうで観ようと、人をかき分けるようにして自分の位置を確保した。
 ほどなくコンサートは開始され、トップ・バッターは小型のエアロスミスと称されたTKO。ルックスが良く、演奏においても重厚感がある。アメリカン・ハードの礎を築いたと言えば褒め過ぎかもしれないが、後続のボン・ジョヴイやガンズ・アンド・ローゼズと共通する味わいのあるバンドだった。詳細を調べようとインター・ネットで検索すると、出て来るのは松竹芸能所属のお笑いコンビばかり。本国アメリカでも既に忘れ去られた存在なのだろうか。
 次なる登場アーティストは元フライング・ブリトゥー・ブラザーズのリック・ロバーツ率いるファイアーフォール。彼らもビーチ・ボーイズと並ぶ私のお目当てのバンドだ。以前にライブ映像をテレビの音楽番組で観たことがあったが、期待し過ぎたのかこのステージでのパフォーマンスはあまり印象に残らなかった。アコースティックな雰囲気やAOR風の作品が特徴であるリック・ロバーツよりもラリー・バーネットのハード・ロック的なセンスが目立っていたからかもしれない。
 そして、日本代表と言えるサザン・オールスターズのお出まし。私は今も昔も桑田佳祐さんの泥臭いヴォーカルにも、キュートな原由子さんにも、様々な要素が盛り込まれたこの人たちの幅い広い音楽性にもまったく関心がないが、「いとしのエリー」の大ヒット直後もあってサザン目当ての人々がかなり多かったと推測される。個人的には助っ人で参加されていた日本を代表するブルース・ハープ奏者のウィーピング・ハープ・セノオこと妹尾隆一郎さんのパフォーマンスのほうが興味を惹いた。
 サザン・オールスターズの演奏の途中で雲行きが怪しくなり、ぽつぽつと降りかけてきた時にハートの皆さんのご登場。アンとナンシーのウィルソン姉妹の美貌に暫し釘付けとなった。ハード・ロックは苦手な私だが、彼女たちのソウルフルでパワフルなヴォーカルに打ちのめされていたのだ。
 ウィルソン姉妹の情熱的な歌声に天もこらえきれなくなったのか、雷鳴が轟き小雨はスコールのような豪雨へと変わった。夕立なら風情があるが、とてもそう呼べるものではない。だが、ステージの演奏は続行。特設ステージの上に張られたテント、いやシートを掛けただけと言ったほうが良い天幕に雨が溜まって行くのが見えた。
 スタッフが水を落とそうと竹竿のような長い棒で天幕を突っつく。しかし、重みに耐えきれなくなったのか、ライトが吊るしてある鉄骨が折れた。スロー・モーションを観ているが如く、天幕が落ちてステージを覆い隠して行く。
 悲鳴は激しい雨の音にかき消され、誰もが呆然とステージを見つめていた。警備員がロープを張りながら観客を後方へ押し戻して行く。ハンド・スピーカーでコンサートの中止が告げられた。
 私には「あほか、金返せ」などという品のない言葉が一瞬たりとも頭の中をよぎらなかった。しかし、出口が混雑していることもあり、諦めきれない思いでステージを見上げながら雨の中を傘をさしてひとり佇んでいた。ビーチ・ボーイズを観ることが出来なかったが、これも貴重な経験と自分に言い聞かせて納得させるにはそう多くの時間を必要としなかった。
 ほぼ最後の観客としてステージを後にする。雨は止み、次第に空が晴れ渡って来た。さっきの豪雨は嘘のようだ。
 足早に駅へと向かい、先に出た人々を追い抜いて行く。彼ら彼女らの口から「アンとナンシーはうまく逃げ切ったみたいやけど、ドラムの奴は助からへんかったかもしれへんで」、「そうやなあ、鉄骨が直撃したんとちゃうか」とハートのメンバーを気遣う言葉や「ほんまはマイク・ラヴあたりが飲み過ぎて具合悪なったか、女としけこんで出られへんなったんちゃうか。茶番かもな」と陰謀論までもが語られるのを耳にした。サザンの演奏が終わるとともに退場して行った人は別として、当然ながら誰もが諦めきれなかったのだろう。私は「またいつか、ええこともあるやろう」と京阪電車に乗って家路についた。なお、ハートのメンバーが全員無事であったことは言うまでもない。

1979年のライヴ映像。きっとこんな光景が眼前に現れたのだろう。



 その後、私は若気の至りでアメリカ横断の旅に出た際にビーチ・ボーイズを観た。個人的な思いはさほどの時間をおかずに遂げられたのだ。
 時は流れて2012年。この夏ビーチ・ボーイズが来日する。今度はブライアン・ウィルソン率いるビーチ・ボーイズがリベンジを果たす番だろう。
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コメント

見事にあの日の思い出が蘇りました♪ありがとうございます。

読み進むうちに、そうそう!そうだぁ!と頷きながら読ませていただきました。
TKOの明るいハードロック然とした佇まいは何となく憶えているのですが、Firefallは、私もほとんど印象に残ってないんです。
サザンは確かハッピ着てたんじゃなかったでしょうか?妹尾隆一郎さん、ゲストでしたね。一緒に行った京都の友人が楽しみにしてたの思い出しました(^^♪
スタッフの竹竿の天幕つっつきも確かにぃ!ステージのテントが崩れたあとにGuitarの音が響いていたのが妙に印象に残っているのですが、劇的記憶法なのかもしれませんね(笑)
出口が混雑してたので、途中で隠し持ってたウィスキーの瓶を行った4人で回し飲みしてたの昨日のように思い出します。

その後アメリカ横断の旅で、ビーチボーイズを。。羨ましい限りです。
私は33年振りの雪辱をこの夏に!!
skydog様、訪問していただき誠にありがとうございます。
おっしゃる通り、サザンオールスターズのメンバーは妹尾隆一郎さんも含めて法被を着ていました。思いがけない助っ人の登場に驚かされたものです。
劇的記憶法とは言い得て妙ですね。天幕が落ちるような惨劇を目にしてもパニック状態になる人もなく、「金返せ」と悪態をつく者もいませんでした。冷静で秩序を保つ日本人の国民性が表されていたと言えるでしょう。
アメリカ横断は夏休みを利用しての旅だったので、ジャパン・ジャムの次の日に慌ただしく出発しました。ビーチ・ボーイズを彼らの本国アメリカで観ることが出来、本当にラッキーな思いをしたものです。
なるほど!こういう経緯だったのですね。
読ませて頂きながらまるでその場に居合わせたかのように引き込まれました。
惨劇とはいえ観客もメンバーもスタッフも全員無事で良かったです!
確かに冷静で秩序を保つ日本人の国民性は様々な場面で見られ、世界中の人が認めていますね。

その後、アメリカ横断の旅の途中でビーチボーイズを観られたのこと。
グッドタイミングでしたね♪
zaza様、訪問していただき誠にありがとうございます。
ステージの崩壊のみならず、豪雨や落雷で感電という事態もあり得ました。全員無事で本当に良かったと思います。
中止は残念でしたが、目の前の現状を受け入れ、「またいつか、ええこともあるやろう」とポジティヴに考えたことにより、アメリカでビーチ・ボーイズを観ることが出来たのかもしれません。
拙いブログですが今後とも宜しくお願い申し上げます。
こんばんは^^
「奇妙な音色」は、テルミンですね。
ブライアンのファルセットはいつ聴いてもいいですよね。
ドラッグ体験を描いたアシッドソングだったんですかぁ。
アンとナンシーは、ブライアンの娘の名前でしたっけ?(違っていたらごめんなさい^^;)
saya様、訪問していただき誠にありがとうございます。
ドラッグ体験によるトリップを歌った「Good Vibration」ですが、ビーチ・ボーイズのハーモニーのおかげか、明るくポップに仕上がっているのでアシッド・ソングの雰囲気はあまりしませんね。
ブライアン・ウィルソンの娘の名前はカーニーとウェンディです。彼女たちはママス&パパスのジョン・フィリップスとミシェル・フィリップスを両親に持つチャイナ・フィリップスとウィルソン・フィリップスを結成して1990年にデビュー。親譲りの絶妙なコーラスとハーモニーで人気を博しています。

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