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Emmylou Harris - The Road

サイケデリックなロックが続いたので、清楚な女性の歌声で癒されることにしました。ご登場いただくのはエミルー・ハリス。彼女が2011年にリリースしたアルバム『Hard Bargain』のオープニングを飾る「The Road」が今回のお題です。

ハード・バーゲンハード・バーゲン
(2011/09/21)
エミルー・ハリス

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1. The Road
2. Home Sweet Home
3. My Name Is Emmett Till
4. Goodnight Old World
5. New Orleans
6. Big Black Dog
7. Lonely Girl
8. Hard Bargain
9. Six White Cadillacs
10. The Ship on His Arm
11. Darlin’ Kate
12. Nobody
13. Cross Yourself
14. To Ohio (Bonus Track)

「The Road」はザ・バーズ、フライング・ブリトー・ブラザーズなどで活躍したグラム・パーソンズへの想いをエミルー・ハリスが綴った歌。鳴かず飛ばずだった彼女がグラムのソロ・アルバムのデュエットの相手として声を掛けられたいきさつを拙ブログで何度か書き記してきましたが、ここでも少し触れておきます。
大学で演劇を学ぶうちにボブ・ディランやピート・シーガーらのフォーク・ソングへの興味も膨らんで行ったエミルー・ハリス。シンガーとして身を立てたいという欲求が募り、彼女は大学をドロップアウトしてニューヨークへ向かいました。グリニッチ・ヴィレッジのコーヒー・ハウスで歌う日々。やがてソング・ライターの男と恋に落ち、レコード会社からもスカウトを受けてアルバム『Gliding Bird』をレコーディングするなど順風満帆に事が運んで行ったのです。1969年、エミルーは妊娠し、結婚。翌1970年、アルバムがリリースされるも、彼女は出産後に夫と破局を迎え、授かった娘とともに両親の住むワシントンD.C. へと帰りました。
途中で挫折した格好になった歌手活動。エミルー・ハリスは子育てをしながらD.C. のクラブで歌うようになります。1971年、エミルーのパフォーマンスはフライング・ブリトー・ブラザーズのクリス・ヒルマンの目に留まり、彼の仲介によってグラム・パーソンズとの出会いへと発展しました。グラムは当時、フライング・ブリトーを離れてソロに転身し、アルバムでデュエットする女性シンガーを探していたのです。レコーディングやツアーで行動をともにするうちにエミルーはグラムからマール・ハガードやルーヴィン・ブラザースの魅力を教えられ、カントリー・ミュージックの何であるかを叩き込まれました。同時に二人の関係も親密になったことは想像に難くありません。
1973年、エミルー・ハリスが参加したグラム・パーソンズのアルバム『GP』リリース。セカンド・アルバム『Grievous Angel』のレコーディングにもエミルーは起用されました。しかし、エミルーという存在によってグレッチェンという妻との関係が険悪となったこと、グラムとともにカントリー・ロックを盛り上げた友人であるクラレンス・ホワイト(グラムの後釜としてバーズに正式加入)の死などでグラム・パーソンズの心は病んで行ったのです。
この年の9月19日、グラム・パーソンズはカリフォルニア州ジョシュア・トゥリーのモーテルでドラッグのOverdose(過剰摂取)により急死。フライング・ブリトーを解雇されたのもアルコールやドラッグに溺れて体調を崩し、仕事に穴をあけ続けたことが原因だったのですが、自己の内側に渦巻く挫折感や寂寥感を克服出来ずに破滅への道に進んだことは誠に残念な結果となりました。
グラム・パーソンズの遺体は何者かによって運ばれ、ジョシュア・トゥリーの砂漠で火葬されました。後日、グラムの遺言に従ったマネージャーの行動だったことが判明。その地にはいまなお熱狂的なファンによる巡礼が行われているといいます。



アコースティック・ギターの弾き語りによるライヴ音源。宜しければお聴きください。
http://www.youtube.com/watch?v=sFhVOiuAOp0

THE ROAD
私は今でも思い出せる
あなたが演奏した曲をすべて
私たちが若かった遥か昔
そして二人は一晩中ずっとロックを演奏していた
その時私に未来がどのようになるかなんて予測出来たでしょうか
私たちのはらわたは燃え盛る火に包まれ
魂はこの上ない渇望を感じ
あなたはそこで歳を取るのをやめてしまった

私はあなたのことを愛していたのかもしれない
あなたの舌先から滑らかに飛び出す言葉
運の良いお陽さまの下で
私たちは旅をしているように思えた

分かってるの、私はあなたを救うことが出来なかったってことを
誰のせいでもないわ
でも、かつて一緒に歩んだ道を
二度と同じ方向へ行くことはない

ねぇ、飛んで行ってしまえばいいいわ
今日に巡り回って来ることなんてないの
ねぇ、私の祈りの歌とともに
そして私が飛んで行くだろう歌の翼の上に

荒野を彷徨い
私はしばらく迷子になってしまった
すべてのものに季節があり
全ての祝福に代価がある
それで私はあなたが残してくれたものを受け取り
自分なりに使えるようにした
あのスリー・コードと人生の真実とともに
答えを探そうとしていた。

私は山から下りてくる
私はあなたの靴の中で歩き回る
人々にギャンブラーだと思われても仕方なかった
もう失うものがないのだから

この細道に私を立たせたのはあなた
どうして拒絶することができただろうか
そして私はここで自分の人生を送った
ブルースを歌うことに時間を費やしてきたのだ

私は耐え抜いた
あなたは過去になんか悩まされないけど
出会いと別れを繰り返し
永遠に続くものなど何一つない
でも私はあなたのことをまだ思っている
あなたはどこを彷徨っているのかしら
どこかから私を見ているのかしら
星と星の間のあそこから
でも天国の下のこちらには
この心の中の歪んだハイウェイを越えて
私の進む道を導いてくれるための
見取り図なんてなかったのよ
ただ、すべてが旅の終着点に帰するのならば
この道の途中で
貴方に出会えたことを嬉しく思う
私の愛しき旧友よ

エミルー・ハリスはグラム・パーソンズとの共演によりソロとしての再デビューにも漕ぎ着け、1975年にリリースされたボブ・ディランのアルバム『Desire』にバック・ヴォーカルとして参加したことでさらにキャリアをブラッシュアップさせ、着実に成功への道を歩んで行きました。以後、カントリー関連の部門でグラミー賞を12回も授賞。アメリカを代表するカントリー・ロック、カントリー・ミュージックの女性アーティストの名声を欲しいままにしています。



1975年のアルバム『Pieces Of The Sky』に収録された「Boulder To Birmingham」において、グラム・パーソンズへの思慕を綴っていたエミルー・ハリス。グラム・パーソンズが鬼籍に入って38年もの歳月が過ぎた2011年、なぜエミルーはグラムへのオマージュが込められた歌、「The Road」を発表したのでしょうか。当時、尊敬と信頼を寄せた人を失って絶望の縁に立たされ、エミルーは計り知れないほどの不安と心痛を味わったと思われます。この歌にはそんな時期の彼女の動揺と哀しみを乗り越えようとする意志が窺え、いまようやく冷静に自分の偽らざる気持ちを明らかにすることが出来たのかもしれません。
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