好きな音楽のことについて語りたいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

John Hall - Power

福島原子力発電所の被災で思い出されるのがこの曲。ジョン・ホールが1979年にリリースしたアルバムの表題曲、「Power」です。

パワーパワー
(1991/11/21)
ジョン・ホール

商品詳細を見る

1. Home At Last
2. Power
3. Heartbreaker
4. So
5. Run Away with Me
6. Firefly Lover
7. Arms/Half Moon
8. Cocaine Drain



POWER
太陽の暖かい力をください
弛まぬ滝の流れの力をください
土に還る生けとし生きる者の魂をください
絶えることなく吹き続ける風の力をください
薪の心地よい温もりをください
でも、どうか原子力の毒の力は取り除いていただきたいのです

暗闇と寒さから身を守るために
誰にもいくらかの力が必要です
それが売買される時
誰かが統制する方法を探し出しているかもしれません

生命が危機に瀕しているのです
あなた方と私の、そして私たちの子孫の代まで
得るものも大きいが失うものも大きい
すべては人類が選択しなければならないことです

太陽の暖かい力をください
弛まぬ滝の流れの力をください
土に還る生けとし生きる者の魂をください
絶えることなく吹き続ける風の力をください
薪の心地よい温もりをください
でも、どうか原子力の毒の力は取り除いていただきたいのです

私のためにどうかお願いします
原子力の毒の力は取り除いていただきたいのです

ウッドストックのカンガルーというバンドの活動やタジ・マハール、カレン・ドルトンなどのバックで活躍したギタリストのジョン・ホール。彼が中心となって1972年にオーリアンズが結成され、翌73年にはABCのダンヒル・レーベルからデビュー・アルバムの発表に至ります。バリー・ベケットとロジャー・ホーキンスをプロデューサーに迎えたサザン・ソウル風のサウンドが展開される意欲作でしたが、大きな成果を上げることができませんでした。翌74年のセカンド・アルバムはアメリカでの発売が見送られ、日本とヨーロッパでのリリースという屈辱を味わいます。そして失意の中、彼らはダンヒルを去りました。
1975年、アサイラム・レコードに移籍してリリースされたサード・アルバム『Let There Be Music』に収録された「Dance With Me」が全米6位を記録。オーリアンズは一躍注目を浴びます。翌76年のアルバム『Waking And Dreaming』からシングル・カットされた「Still The One」も全米5位の大ヒット。アルバムも30位まで上昇し、人気を決定づけました。
本来はR&Bやロックン・ロールを基本としたアーシーなサウンドを特徴としていたオーリアンズですが、大ヒット曲のおかげでコーラスやハーモニーを重視するポップな路線に転じ、不満を抱いたリーダー格のジョン・ホールは77年にバンドを脱退。ソロ・アーティストの道を歩みます。
また、ジョン・ホールには脱退の理由がもうひとつあるように思えました。オーリアンズが拠点をウッドストックからロサンゼルスに移したことにより、ジョン・ホールはジャクソン・ブラウン、ボニー・レイット、グラハム・ナッシュらウエスト・コーストのアーティストたちと交流を深めて行きます。1979年、この人脈をもとにジョン・ホールはMuse(Musicians United for Safe Energy)という団体を結成。スリーマイル島の原発事故があった同年、「より安全なエネルギー源を求め、幸福な未来を願う」というスローガンのもと、ニューヨークのマジソン・スクウェア・ガーデンでNo Nukes(原子力発電所建設反対運動)と称する大規模なコンサートを主宰しました。出演アーティストはジョン・ホール、ジャクソン・ブラウン、ボニー・レイット、CS&N、ドゥービー・ブラザーズ、ポコ、ライ・クーダー、ジェシ・コリン・ヤング、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、ブルース・スプリングスティーン、当時夫婦だったジェイムズ・テイラー&カーリー・サイモンといった錚々たる顔ぶれ。ジョン・ホールは原発反対運動に精魂を傾けるためにソロ活動へ転身したとも受け取れるのです。

No NukesNo Nukes
(1997/10/21)
Various Artists

商品詳細を見る


「No Nukes」の映像から。


ジョン・ホールは1986年にオーリアンズに復帰。来日ツアーも含め精力的に活動を続けました。2006年には下院議員に当選し、政界に進出するも2010年に落選しています。

ウエスト・コーストのミュージシャンのスピリットに多大な影響を与えられた少年時代の私は当然の如く「原発=悪」との認識を持つようになりました。さらに京都という土地柄からもリベラルな思想に接することが多かったのです。
1981年、ジャクソン・ブラウンがロサンゼルスの北西約200キロに位置する町、サン・ルイ・オビスポに建設が計画されている原子力発電所への抗議のために現場のメイン・ゲートのところで座り込み運動に参加して逮捕されるという報道を耳にしました。まだ若かった私は深いショックと強い憤りを覚えましたが、時が経つにつれて疑問を抱くようになったのです。それは、「ジャクソン・ブラウンはレコード(CD)をリリースし、コンサート会場のステージに立ってエレキ・ギターを弾きながら歌うことで生活の糧を得ている。そうしたパフォーマンスの対価で豪邸に住んでいるのだ」という思いが募り出しました。
ジャクソン・ブラウンに限らず、成功したミュージシャンには同様のことが当てはまります。誰もが「電化」の恩恵を受けて快適な生活を送っているはず。言っていることとやっていることが矛盾しているのではないかと。

前述しましたが、リベラルな勢力が根強い京都では原発反対派の方々の運動も以前から盛んでした。有名な活動家や大学教授が「原発は大災害をもたらす」、「原発は軍事兵器に転用可能」との主張をメディアや大学キャンパスで声高に叫んでいたのです。スリーマイル島やチェルノブイリの原発事故(1986年)、1991年と2004年の美浜原発のトラブルも追い風になっていたことでしょう。今回の福島原発の事故の直後に活動家を代表とする環境市民団体が関西電力へ美浜、大飯、高浜の運転停止を求め、大学教授らでつくる「日本科学者会議京都支部」がシンポジウムを開き、事故のメカニズムを語るとともに「自然エネルギーへの転換」を訴えたそうです。原発反対派の方々は目的達成のための強い信念を常に示されているようですが、事故現場で命を賭けて任務を遂行される東京電力および関連会社の作業員、自衛隊、警察、消防の方々への感謝や労いの言葉を表されているのを見聞きしたことがありません。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いといったところでしょうか。私の見聞不足かもしれませんが、事実ならば同じ人間として、日本人として非情に残念に思えます。

日本は言論の自由が保障された国家です。原発反対派の方々がどのような意見を申されても勝手ですが、具体的かつ有効で現実的な代替エネルギーの提案に欠けるような気がしてなりません。まるで反対することが目的と思えてならないのです。
原子力に代わる代替エネルギーとは何でしょうか。水力発電所の新設は原発反対派の主張と重複するところであり、脱ダムの動きがある以上無理な話です。また、国内において適切な場所もあまり残っていないでしょう。火力発電も二酸化炭素排出による地球温暖化、海水温の上昇、環境汚染が原発反対派を含む様々な立場の人々から指摘されて久しいところ。もっとも、最近では二酸化炭素は温暖化や海水温の上昇の原因ではないとの学説があるのも事実です。近年注目を浴びる太陽光発電は天候に左右されるため十分な電力を生み出すことが困難で、現状ではとても代替となりえません。装置を作るだけでも多くの電力を使うことも懸念材料でしょう。
自然エネルギーに目を向けると地熱発電は燃料の高騰や枯渇の不安がないものの、硫化水素による大気汚染、騒音、地盤沈下といった問題点も数多くあげられます。風力発電はその名の通り風の力で発電しランニング・コストも低いのですが、風速によって出力が変動。騒音、鳥の巻き込み事故も懸念されます。また、地震、津波、落雷に弱いのは言うまでもないでしょう。風力発電は理論的に原発を上回る電力の供給が可能だそうですが、日本中のいたる所に発電機を建設してのこと。あちこちで巨大風車がそびえ立つ光景は異様に感じざるを得ません。

やはりリスクがあっても原発と付き合って行くしか方法がないのでしょうか。東京都知事の石原慎太郎氏は「日本は資源のない国だから原発に頼らざるを得ない」との趣旨の発言をされています。しかし、私は数年前に日本近海にメタン・ハイドレートというエネルギー源が大量に埋蔵されていることを知りました。メタン・ハイドレートは石炭や石油に比べて燃焼時の二酸化炭素排出量が半分と温暖化対策にも打ってつけだそうです。尖閣諸島近辺にはメタン・ハイドレートに加えて石油や天然ガスも豊富に存在するとされており、日本は資源大国になれる可能性もあるとのこと。採取が困難なのか実用化の動きが見られませんが、政府も本腰を入れて採掘を行ってほしいものです。

あれこれ思いを巡らせても現在の経済活動や生活水準を維持するために、現状では原発抜きでは生きていくことが出来ないのかもしれません。個人や企業の節電にも限界があります。機械を動かしたら制作・製造過程において途中で止めることの出来ない製品を作っているような工場も少なくないとのこと。
原発は健全な状態でも完全停止し廃炉になるまで十年以上の歳月を要すると聞きました。ならば代替エネルギーが確立するまで原発に耐震補強を施して活用するほうが現実的でしょう。原発なしでも電力がまかなえるとの声があるようですが、震災により火力発電も被災して停止に陥ったために電力不足が起きたために関東地方では計画停電を行うことになり、信号停止による交通事故や前述した製造過程のリスクを引き起こす原因となりました。もし美浜や高浜の原発が停止すればどうなるのでしょうか。関東よりも原発の依存度が高い関西では想像を絶する事態が引き起こされるかもしれません。原始時代という極端なことは申しませんが、産業の停滞、電車での通勤通学への影響はもちろん、日常生活においても例えばエアコンの自粛、音楽を聴く、インターネットに没頭する機会が失われるぐらいの覚悟はしなければならないでしょう。どのみち景気の悪化や低迷が引き起こされることは必至であり、余暇や楽しみ娯楽に興じることは夢物語となりえます。

ジョン・ホールが「Power」の中で述べたように、「得るものも大きいが失うものも大きい/すべては人類が選択しなければならない」ということは自明の理。リスクを承知で当面の快適な生活を選ぶか、安全度は高いが制限された日常を送るかのどちらかなのかもしれません。
また、「暗闇と寒さから身を守るために/誰にもいくらかの力が必要です/それが売買される時/誰かが統制する方法を探し出しているかもしれません」といった歌詞にはいずれ環境保護を商売にする人々が出て来るだろうとの予測が示唆されているようにも思えました。たぶん70年代にはなかったであろう二酸化炭素の排出権取引もその一例でしょう。
人類は核エネルギーをコントロールする術を身につけるのか、核エネルギーに代わる新たなエネルギーを選択するのか。一聴すると理想主義を掲げただけにも受け取れますが、そのことに終始しない重要なジョン・ホールのメッセージと提案がこの歌の中には含まれていたのだと理解しております。

説明によると近年のジョン・ホールのようですが、変貌した姿を信じられません。そっくりさんのパフォーマンスと疑うのは野暮というものでしょうか。


参考文献
『原発安楽死のすすめ』(槌田敦著、学陽書房、1992年)
『Jackson Browne - His Life And Music』(マーク・ビーゴ著、水木まり訳、蒼氷社 2007年)
スポンサーサイト

コメント

 福島第一原発の事故から原発に対する意見が多くのブログに載せられていますが、ほとんどがナイーブ過ぎる単純な反原発ですが、backstreetsさんのご意見に共感しました。
 私も原発はないにこしたことはないと思っている一人ですが、経済及び生活、そしてエネルギー問題を考えた時に原発に代わる代替エネルギーがあるかと言えば、非常に難しいのが現状であると思います。
 原発事故があり得るという前提で、原発をある程度維持するしかないと思っていますが、今の現状は、あまりにも安全を過信し過ぎ、事故に対する危機感がなさ過ぎた感を持っています。
僕も1ヶ月前、ジョン・ホールの歌が頭の中でかかりました。あの後の来日時にも(多分2回) "Pllutonium is Forever” を聴いた記憶があります。それにしてもMUSEの時のJOHNは若いですねえ。僕の印象では後のそっくりさん?の方が近いかも........です。
原発の必要性に対しては難しい問題(僕も必要悪と思っていました面がありました)なのですが、本当にまだ人類の手に収まるような技術は確立されていないことは今回のことが証明してくれたと思います。そこに今の原子力重視の風潮(化石燃料の二酸化炭素問題ということになっているようですが、本当は欧米先進国が石油の力でのし上がってくる中東や中南米の勢力がうっとうしかったのではないのでしょうか)が重なってきているような気がします。
一番大変なのは廃炉や使用済み燃料のことです。
結局、このことが環境的にも経済的にも後生に厄介を押し付けているだけのことにはかわりません。それはもしかしたらいつの時代にもあったのかもしれませんが........
震災で家族や住みかを失った人たちのことは第一に考えなければならないのはもちろんですが、この機会に色々考えることも大事なことでよね。

それにしてもマリアンヌ・フェイスフルは昔からあの顔でしたね。
takaboh様、コメントありがとうございます。
京都在住の哲学者の梅原猛先生は今回の大震災と原発事故を鑑み原発の廃止を唱えた上で、「やたらにエネルギーを消費し、暖衣飽食することを理想とする文明を変えるべきである」との趣旨の提言をされています。しかし、エコノミックアニマルやバブル景気に象徴されるような権力欲や金銭欲や贅沢は改めなければならないものの、国家の経済を停滞させることなく、国民の生活水準を保たせるにはそれ相応の電力は欠かせません。
今回の事故により新たな原発建設は困難でしょう。廃炉に要する莫大な費用と手間はさておき、有効なエネルギーがあればこれを機に原発を廃止する方向に向かってもかまいませんが、いずれにしてもひとつの代替エネルギーに依存するよりも複数のエネルギーを組み合わすことが肝要だと思います。本文で触れたメタン・ハイドレート以外にも比較的安全で環境にやさしい有望なエネルギーが幾つかあるようですが、石油産業や原子力産業といった既得権益の壁に阻まれているのが現状とのことです。
mackk様、お久しぶりです。
代議士として紹介されたジョン・ホールの姿から察するとジョン・ホール本人で間違いないような気がしますが、ソロ・アルバム『Action』の頃のジョン・ホールと比べれば別人のようですね。
欧米が石油の力でのし上がって来る中東や南米を煩わしく思っているのは事実のひとつでしょうね。現在のリビア情勢も欧米による石油の権益確保が背後にあることは隠しきれぬことかと思います。
莫大な費用と手間がかかる廃炉や使用済み燃料の件は厄介な問題です。それ故、簡単に原発廃止とはいきません。人類は終わりなき問題を持ち続けなければならないと思うと気が遠くなります。
確実な代替エネルギーなしに原発を止めてしまった時、個人差はあるものの、「少々不便になったが、ほどほどの暮らしで満足しよう。環境も自然も守られたから」というぐらいのレベルですむという保障はありません。経済が低迷し、生活が大きく制限されることも十分に考えられるのです。おっしゃる通り、この問題は日本人が、人類がこれからの生き方と照らし合わせながら考えるよい機会であると肝に銘じる必要があるでしょう。
マリアンヌ・フェイスフルとローズマリー・バトラーがごっちゃになるなんて.........(恥)
でも、最近この手の間違いは多いんですが
mackk様、再びコメントをいただきありがとうございます。
美貌と実力を誇るお二人ということでよろしいかと思います。マリアンヌ・フェイスフルは現在も女優として活躍されておりますが、ローズマリー・バトラーは最近どうしているんでしょうね。

コメントの投稿

URL
コメント

パスワード
秘密
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL : http://shadowdream25.blog105.fc2.com/tb.php/282-d57a7a84
<< Olivia Newton - John - "Long Live love" | TOP | Paul McCartney - Hope Of Deliverance >>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。