好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Jackson Browne - Lives In The Balance

北アフリカから中東にかけての民衆による反政府デモが拡大し、チュニジアとエジプトでは独裁者が権力の座から降りる事態となりました。リビアでは今も情勢が落ち着かず、カダフィー政権と反体制勢力の衝突が長期化する様相を呈しています。
1970年代からPLO(パレスティナ解放機構)やイスラム過激派のテロを支援し、反米・反イスラエルを掲げて欧米諸国と敵対してきたカダフィー大佐でしたが、イラク戦争を目の当たりにし、自己の保身から「私が悪うございました」とばかりアメリカにすり寄って手を結んだのは2003年。おかげで日本を含むアメリカの同盟国は油田の権益を手にすることになりました。
ところがテロ支援国家指定が解除され、海外資本が流入しても暮らしが上向かず、言論の自由が制限され、格差社会が解消されないまま弾圧を続けるカダフィー政権への国民の不満が爆発。反政府デモへと発展します。アメリカは世界に民主主義を広めることを建前としていますが、カダフィーの一族が富と利益を独占する事実を知りながら石油権益を守るために彼らの腐敗と蛮行を見過ごし続けたのです。

Lives in the BalanceLives in the Balance
(1990/10/25)
Jackson Browne

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1. For America
2. Soldier Of Plenty
3. In The Shape Of A Heart
4. Candy
5. Lawless Avenues
6. Lives In The Balance
7. Till I Go Down
8. Black & White

前置きが長過ぎました。今回はジャクソン・ブラウンが1986年にリリースしたアルバム『LIves In The Balance』の表題曲を取り上げます。この曲はもともとはロナルド・レーガン大統領率いるアメリカ政府による中米ニカラグアへの敵視政策への抗議が込められた歌でした。
1979年、ニカラグアでは富の独占と国民への弾圧で国家を支配してきたアナスタシア・ソモサ・デバレイ大統領一族による独裁政権が、国民の支持を得たサンディニスタ民族解放戦線によって倒され、革命政府が樹立。親米路線を取っていたソモサ大統領はアメリカ合衆国を頼ってマイアミにある別荘へ亡命しました。しかし、「人権外交」を掲げていたジミー・カーター大統領は国内及び国際世論にも配慮して受け入れを拒否。ソモサ大統領はバハマ、グアテマラと中米諸国を転々とした後、最終的に親交があった南米パラグアイへと落ち着いたのです。
革命が成功して国家の再建へと向かうニカラグアですが、革命政府は次第にアメリカと距離を置き始めました。カーター大統領に代わって就任したレーガン大統領はニカラグアへの経済援助を打ち切り、経済制裁を実行。そしてソ連が革命政府を支援したことにより、反共の立場から「自由で民主的な政権を作る」ことを名目としてアメリカも介入することを決めたのです。
ニカラグアの産業や経済が思うように立て直せず財政が困窮する中、革命政府の急進的な政策に穏健派が離脱。旧ソモサ軍の兵士や非主流派などとともにコントラという反政府組織の結成に至ります。これにはCIAが暗躍したとされ、アメリカはコントラに資金と武器を供給し始めました。コントラは革命政府打倒を掲げて武力紛争を仕掛け、ニカラグアは内戦状態に陥ったのです。と同時に、冷戦下における米ソの代理戦争の場であることを示していたとも言えるでしょう。コントラをサポートするためにアメリカは海空軍を使いニカラグアを攻撃。1983年から1984年にはニカラグアの港や海軍基地を空襲しています。
内戦が進むにつれニカラグア経済は壊滅的な状況を呈しました。1985年に大統領に就任したダニエル・オルテガは左傾化を強め、私有財産の国有化、言論弾圧、徴兵制などを行い、革命政府は次第に国民の支持を失って行きます。 
1987年、コスタリカのアリアス大統領が和平調停を提案。翌88年3月、革命政府とコントラとの暫定停戦合意が成立します。冷戦の終結とともに米ソが手を引き、89年に内戦が終結。和平案に沿って90年に国連の監視下で大統領選挙が行われ、オルテガに代わってビオレータ・チャモロが当選します。この結果、アメリカの経済制裁も解除され、チャモロ政権は疲弊した国家の再建へと向かいました。



LIVES IN THE BALANCE
何かが起こるのを
一週間、一ヵ月、一年と待ち続けてきた
新聞の見出しが印刷されたインクに血の臭いを嗅ぎ取り
耳の中で群衆の叫び声が響き渡る
以前に体験したことが分かっているのなら
思い出してみてもいいだろう
政府は国民に嘘をつき
国家は戦争へといつの間にか向かっている

戦場に銃を送り込む奴らの顔に
浮かぶ影
あいつらの商売の利益が及ぶ土地で
血が流されているのだ

ラジオのトーク・ショーやテレビは
何度も同じような話ばかり
いかにしてアメリカ合衆国は自由のために擁護しているのか
そしてどれだけ友好国を援助しているのか
だけど友好国と呼ぶのはどの国のことなんだ
多くの政府が自国民を殺してるんじゃないのか?
民衆はもうたまりかねて
銃を取ったりレンガや石を投げたりする

不安定な状態の日常
戦火に見舞われる人々
砲撃に狙われる子供たち
血にまみれた鉄条網

戦争をあおり立てる奴らの顔に
浮かぶ影
戦いが繰り広げられている戦地では
奴らの名前さえ言えない

奴らは俺たちに大統領さえ売りつける
服や車を売るのと同じやり方で
青春から宗教まであらゆる物を売り物にし
あげくの果てには戦争まで売りつけるのさ
影のある奴らは誰なのか俺は知りたい
誰かが奴らに理由を問い質すのを俺は聞きたいんだ
奴らは俺たちの敵が誰かを語るのかもしれない
でも奴らは決して戦場に行かないし
戦闘で死ぬこともない

不安定な状態
戦火に見舞われる人々
砲撃に狙われる子供たち
血にまみれた鉄条網

徹底的にアメリカ合衆国政府の政治を非難した曲、「Lives in The Balance」。アメリカによる他国への内政干渉はヴェトナム戦争の二の舞となり得ることを警告し、人々の命を危険に晒していると訴えています。歌の中で「奴ら」とされているのはレーガン大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ副大統領(パパ・ブッシュ)、CIAであることが明白であり、さらに大統領を支援する大企業まで標的にしていたのでした。
ジャクソン・ブラウンは自分の愛の遍歴を綴り、私的で内省的な歌をうたうことによってリスナーの心をとらえたアーティストであると言えるでしょう。それだけに政治色が濃く、反戦や道義的なメッセージが込められた曲が収録されたアルバム『Lives In The Balance』はファンの理解が得られず、「彼のこれまでのキャリアを台無しにした」とメディアからの批判的な論調さえ招きました。
しかしながら、アルバムは全米23位まで上昇し、ゴールド・ディスクを獲得。見放したファンが多かったにもかかわらず、不評を乗り越えて一定の評価を得る結果を残したと言えるのかもしれません。

私は決してリベラルな思想を持った人間ではありませんが、ジャクソン・ブラウンがアメリカの苦悩と良心を背負ったような姿勢には好感を抱いております。音楽を純粋に楽しみ、ラヴ・ソングや日常の出来事が描かれた歌に自己の人生を重ね合わせて感動を得ることは大切な経験となるでしょう。でも、世の中で起こっている問題に目を向け、自分の頭で考えてみることの必要性も大事なことだと思います。

ジャクソン・ブラウンは後年、以下のように語っていました。
2002年になって彼は『ライブズ・イン・ザ・バランス』についてこう語っている。「ぼくはね、”悪い見本”にも”教訓物語”にもなりたくない。ニカラグアから戻ってきたときのことを覚えているよ。崇高な理想主義を掲げる人々、ひどくなるばかりの状況で犠牲になっている人々を見てきた。だからそのことを語るほうが、ひとりの個人的成功を考えることよりもずっと重要なことだと思ったんだ」(『Jackson Browne - His Life And Music』マーク・ビーゴ著、水木まり訳、蒼氷社 2007年)

ジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージックジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージック
(2007/11)
マーク ビーゴ

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そして、現在のジャクソン・ブラウンはアメリカのアフガニスタン・イラク戦争に反対の立場を取り、この歌をうたいことで抗議の姿勢を示していると思われます。

2008年放送の「Soundstage」に出演時の映像。


アフリカ北部や中東における出来事について、アフガニスタンやイラクへの軍事介入で手痛い目にあっているアメリカは静観するしかないでしょう。イスラム原理主義や部族で構成されたイスラム社会は欧米が掲げる民主主義と馴染まず、再び独裁者が現れる可能性も孕んでいます。さらには部族を中心とした様々な勢力に別れ、内乱に発展する危険性もあり予断を許しません。北アフリカに次々と原理主義者やイスラム過激派による政権が誕生すれば世界はどうなってしまうでしょうか。アメリカだけでなく日本も国益や日常の営みを脅かすような様々な影響を受けることが考えられます。
折しも東北・関東地方が、阪神大震災を遙に凌ぐ巨大地震に襲われました。被災された方々には心よりのお見舞いを申し上げ、亡くなられた方々に哀悼の意を表すとともにご冥福をお祈り致します。
しかし、震災一色になった報道の影で確実に世界情勢は動いており、落胆し萎縮している日本に付き合って歩みを止めることなどありません。経済が停滞したままでは復興もおぼつかないでしょう。日本人として未曾有の大震災の体験を共有しつつも普段の日常を取り戻し、国際社会に目を向け、常に関心を持ち続けることが肝要ではないかと思います。

2005年のアルバム『Solo Acoustic Vol.1』のヴァージョンで今回はお開きとします。


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コメント

一昨晩の地震へのコメント、ありがとうございました。静岡市内は大丈夫でしたが、震源地に近い地域は、大きな被害があったようです。
 ジャクソンのこのアルバムと次回作「ワールド・イン・モーション」は、初期の世界観に共鳴した私とその周辺は馴染めず・・・ようやく理解できたのは「アイムアライブ」からでした。
ソロアコースティックのバージョンを聞くと改めて曲作りは普遍だったと気がつきましたが、あの頃の幼かった私(?)には、曲の持つ背景までは読めなかったということなんでしょう。反省
(^^;)
kuwa様、ご無事で何よりです。
いつまでも文学青年のようなイメージで内省的な歌をうたうことに飽き飽きしていたわけではないのでしょうが、ジャクソン・ブラウンは反原発運動から政治への関心を強めて行ったように思われます。この歌ではアメリカ政府がニカラグア内戦の原因のように表現されていますが、矛盾も孕んでいました。例えば当時の冷戦構造において、ソ連の下請けのような存在だったキューバが革命政府に軍事支援をしています。アメリカがコントラを支援しなければ独裁政権と化した革命政府側が優位に立ち、反政府側の住民を虐殺していたかもしれません。戦争とはどちらが絶対に正しいとはなかなか言い切れぬものです。
アルバムを通して聴いていると、ジャクソン・ブラウンの苦悩や迷いがどの曲にも滲み出ており、ひいてはそれらのことが当時のアメリカの苦悩や混迷だったとも受け取れました。
先程、リビア政府が反体制派の拠点への空爆を開始したとのニュースが入りました。
もし制圧されたとなると、それから容赦のない粛清が始まるでしょう。
なんという。
そうならないことを願っています。

Backstreetsさんは京都にお住まいなのですね。
私は今まで国内で旅行したなかでいちばん好きなところのひとつです。つらいことがあったとき、家内とふたりで京都に何度か行きました。

上記のコメント、たいへん納得いたします。
より正確に言うと、「文学青年のようなイメージで見られることに飽き飽きした」のかもしれません。初期のころしか知らない私にとって、彼は誰よりも文学青年的な雰囲気があるミュージシャンです。とくに顕著なのは「For Everyman」の歌詞。

ご紹介のビデオ、ジャクソン・ブラウンにはお馴染みのお三方がとなりに並んでいてうれしくなります。いい曲です。

被災地の復興を心から祈りつつ。
バルカローレ様、コメントありがとうございます。
国連安全保障理事会はカダフィ政権の市民への攻撃を防ぐため、リビア上空に飛行禁止空域を設ける決議案を採択した模様です。内戦の様相を呈してきたリビア情勢。英米仏が軍事介入して早期に決着すると良いのですが、長期化すると泥沼化が危惧されるし、カダフィ側の粘り勝ちにもなりかねません。また、カダフィが倒れた後の状況も懸念されるところです。
ジャクソン・ブラウンは還暦を過ぎ、いつまでも青臭い文学青年ではいられないでしょう。けれども、多くのファンはそんな彼のイメージを追い求めるものです。髭を伸ばした時にも幻滅した人がかなりいたとか。私も彼には少々似合わないような印象を受けたのですが、ステージでの姿を見ているとウォルト・ホイットマンやアレン・ギンズバーグのような風格が漂い始めたかなと思いました。ジャクソン・ブラウンの終末観が表された曲、「For Everyman」。今でも瑞々しさに溢れたいい曲ですね。
京都に何度か来られたことがあるんですね。一番好きなところのひとつと言ってもらえて光栄です。

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