好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Craig Doerge - CRAIG DOERGE

今回はジェームズ・テイラーと縁の深いアーティストを取り上げます。その人の名はクレイグ・ダーギー。ウエスト・コーストのロックを支えたキーボード・プレイヤーとして有名な彼が1973年に発表したソロ・アルバム、『CRAIG DOERGE』について少しばかり述べてみたいと思います。

クレイグ・ダーギー(紙ジャケット仕様)クレイグ・ダーギー(紙ジャケット仕様)
(2006/11/22)
クレイグ・ダーギー

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1. Yellow Beach Umbrella
2. Reno
3. Rosalie
4. Dogs Are the Only Real Christians
5. Easy on Me, Easy
6. Fair Weather Friends
7. Red Hot Music
8. Trouble With a Woman
9. Magic Sam
10. Raggedy Ann

1947年にオハイオ州クリーブランドに生まれたクレイグ・ダーギー。コネティカット州ハートフォードにあるトリニティ・カレッジで経営学を専攻していた頃に組んだバンドで音楽活動を始め、1960年代の中頃にはロサンゼルスでスタジオ・ミュージシャンの仕事を得ます。
1969年、フランク・ザッパのグルーピー集団だったGTO'Sのアルバムに参加し、ジェフ・ベックと共演。その後はバーバラ・キース(『Barbara Keith』1969)、ダニエル・ムーア(『Daniel Moore』1970)、ヘレン・レディ(『Helen Reddy』1971)、ミミ・ファリーニャ(『Mimi Farina & Tom Jans』1971)など様々なアーティストのアルバムのレコーディングに引っ張りだことなって行きました。
1971年、クレイグ・ダーギーはジュディ・ヘンスキ&ジェリー・イエスター夫妻のバックを務め、彼らのアルバム『Rosebud』にも参加。ジュディ・ヘンスキは1936年(1942年説もあり)12月20日に生まれたウィスコンシン州出身のシンガーで、野太くハスキーな声でフォーク、ジャズ、R&B、スタンダードなどジャンルにとらわれることなく歌いこなし、キャス・エリオットやジャニス・ジョプリンらに影響を与えたとされています。1961年に彼女は元キングストン・トリオのデイヴ・ガードや後にモダン・フォーク・カルテットを結成するサイラス・ファーラーと組み、ウィスキー・ヒル・シンガーズというグループでレコード・デヴュー。解散後はソロに転じ、ニュー・クリスティー・ミンストレルズを脱退したばかりのジェリー・イエスターと恋に落ちて結婚しました。ジュディ・ヘンスキはソロ活動を続け、ジェリー・イエスターはサイラス・ファーラーらとモダン・フォーク・カルテット(MFQ)を結成。商業的には芳しい結果を残せませんでしたが、二人にとって充実した時期を過ごせたようです。
MFQ解散後、ジェリーはアソシエイションのセカンド・アルバム『Renaossance』(1966)でプロデューサーとしての力量を開花させました。その後はラヴィン・スプーンフルを経てジュディと共に音楽活動を行うようになります。蛇足ながら、ジュディ・ヘンスキのマネージメントはMFQ、フランク・ザッパ、トム・ウェイツのマネージャーとして知られるハーブ・コーエンが務めていました。

ジュディ・ヘンスキのアルバム『Judy Henske』(1963)からトラディショナル曲「Love Henry」。歌詞もメロディも大幅に異なりますが、ボブ・ディランも『World Gone Wrong』(1993)で取り上げていました。


ジュディ&ジェリーは1969年に『Farewell Aldebaran』を発表、1971年にはグループ名をローズバッドと称して前述の『Rosebud』を制作しますが、リリース直前に二人は離婚。グループも解散してしまいました。夫婦関係が破綻した原因はジュディ・ヘンスキとクレイグ・ダーギーが恋仲になったことのようで、ほどなく二人は結婚します。ジュディとクレイグの年の差は10歳以上。前夫のジェリー・イエスターは1943年1月9日生まれでした。ジュディには年下の男性を虜にする魅力がさぞかし溢れていたのでしょうね。

ジュディ・ヘンスキ&ジェリー・イエスターとしてリリースした『Farewell Aldebaran』から「Three Ravens」。


結婚後のジュディは第一線から身を引き、主婦業に専念。その傍らクレイグと楽曲を共作するようになり、CS&Nに「Might As Well Have A Good Time」(1982年リリースの『Daylight Again』に収録)を提供。この『CRAIG DOERGE』も二人の共同作業によるものです。また、クレイグ・ダーギーはジュディ以外のアーティストとの共作も行っており、CS&Nの『CSN』(1977)では「Shadow Captain」をデヴィッド・クロスビーとともに作り、ドナ・ワイズとの「That Man Is My Weakness」はリター・クーリッジが『RITA COOLIDGE』でレコーディング。ポール・ウィリアムスが1972年に発表した『Life Goes On』ではキー・ボードの演奏のみならず、タイトル曲の作曲に手を貸すなどのサポートをしていました。

1972年、クレイグ・ダーギーはジャクソン・ブラウンのファースト・アルバム『Jackson Browne (Saturate Before Using)』のレコーディング・セッションでリーランド・スクラー(ベース)、ラス・カンケル(ドラムス)と知り合います。彼らは同じ年に行われたジェームズ・テイラーのアルバム『One Man Dog』のセッションでダニー・コーチマー(ギター)と出会い、意気投合してザ・セクションというバンドを結成します。ジャクソン・ブラウンやジェームズ・テイラーら多くのアーティストを支えることと同時にバンドとしても活動を続け、『THE SECTON』(1972)、『FORWARD MOTION』(1973)、『FOLK IT OVER』(1977)など現在までに3枚のアルバムを発表。セールス面では芳しい成績を残せませんでしたが、彼らの華麗で巧みなテクニックとファンキーな演奏はフュージョンの先駆けとして高く評価されています。

ザ・セクションのファースト・アルバムからゲスト参加のマイケル・ブレッカーのサックスをフィーチャーした「Doing The Meatball」。


それではアルバムの中から二曲紹介します。オープニング・ナンバーは「Yellow Beach Umbrella」。俗世間からの逃避願望が窺えます。本人曰く、「この歌は、ときにひとりぼっちになりたいと思うこともあるが、それでも一緒にいる相手を愛しているという内容」とのこと。クレイグ・ダーギとジュディ・ヘンスキの間に吹くすきま風が表されていると思うのは考え過ぎでしょうか。


YELLOW BEACH UMBRELLA
空を飛べるなら
マイアミへ飛んで行こう
豪華なリゾート・ホテルの
部屋を取るんだ
そこでは誰も
俺のことを知ってる人なんていやしない
俺のことなんて知りたいとも思わないのさ

俺は南の海の浜辺に花開く
黄色いビーチ・パラソルのひとつに紛れ込む
人々にとって俺は正体不明の男
おまえを一緒に連れて行ったりしない

車を運転できるなら
ペンサコーラへとドライヴしよう
天気が晴れだろうと雨だろうと
砂浜でひと眠り
俺に名前など誰も知りはしない
そこでは誰にも名前を知られることがない

馬に乗れるなら
タンピコまで走らせよう
電話をかけてきちゃ駄目だぜ、ハニー
電報を打ったって
金の無駄になるだけさ
俺の正体を突き止める人は誰もいない
そこでは誰にも正体を突き止められないのさ

この曲はアンディ・ウィリアムス(1976年発表の『Andy』に収録)、スリー・ドッグ・ナイト(1976年の『American Pastime』)、リビー・タイタス(1977年の『Libby Titus』)、ベット・ミドラー(1995年の『Broken Blossom』)ら多数のアーティストに取り上げられています。

ハーモニカの音色が心を癒すほのぼのとした雰囲気の「Rosalie」。ピアノの弾き語りによるバラード曲です。ギターはラリー・カールトンが担当していました。


流麗な調べを弾くかと思えば、エネルギッシュに鍵盤を弾ませ、バックを受け持ったアーティストを守り立てるために変幻自在のパフォーマンスを行うクレイグ・ダーギ。そんな彼がこのアルバムでは「シンガー・ソング・ライター」に徹したような趣で、歌心に溢れたヴォーカルを披露していました。華やかさもなく決して上手いとは言えないけれど、その朴訥とした味わいは一人の女性を想い続ける不器用な男のようであり、けなげさを感じます。
この他ザ・セクションの面々で演奏され、ジョー・ママのアビゲイル・ヘイネスがバック・ヴォーカルで参加した「Reno」、スティール・パンを使ってトロピカル風に仕上げた『Dogs Are the Only Real Christians』、ローラ・ニーロに捧げた「Fair Weather Friends」、レイ・ブラウン(ベース)とハリー・"スウィーツ"・エディソン(トランペット)を迎えてノスタルジックにスゥイングした「Raggedy Ann」など聴きごたえある楽曲が収録されていました。

ほんの僅かながらクレイグ・ダーギの姿が拝める映像で今回はお開きにしたいと思います。1978年に行われたジャクソン・ブラウンのツアーからの映像のようで、曲は「Rock Me On The Water」。前述したジャクソン・ブラウンのファースト・アルバムに収録されていた曲です。


今回のジェームズ・テイラー&キャロル・キングの来日公演ではザ・セクションのメンバー三人がバックを務めるために同行していますが、クレイグ・ダーギーの名前はありませんでした。2000年にアルバム『Loose In The Wind』でシーンにカム・バックした奥方のサポートに勤しんでいるのかどうか分かりませんが、誠に残念なことです。
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コメント

こんばんは♪いつもながら、詳しい解説です。このアルバムもセクションのアルバムも持ってますが、意識していませんでした・・・このソロはインパクト無くレコード棚に収まってしまってます(笑)歌心のあるキーボード・プレイヤーって印象ですね。
kuwa様、コメントありがとうございます。
1980年の暮れ、当時のCBSソニーが企画した名盤復活シリーズで出された際にこのアルバムを購入しましたが、クレイグ・ダーギーの派手なキーボード・プレイを期待していただけに地味な印象を覚えたものです。しかし、何か心に響いたものがあったので、その後CDで買い直して聴いていると彼の歌心あるヴォーカルを再認識させられました。ノスタルジックな曲あり、カリビアン風あり、ファンキーなロックン・ロールありとヴァラエティに富んだ魅力的な一枚でもあります。
このレコード買いましたよ。
派手なプレイヤーではなかったですけど、
存在感はありましたよね。
BRUCE06様、コメントありがとうございます。
ジャクソン・ブラウンを脇役として支えながらも例えば「Hold On Hold Out」の流麗なピアノは印象的ですね。アルバム『Pretender』や『Running On Empty』での働きも大きく感じました。
サポートするアーティストの個性を際立たせているものの、クレイグ・ダーギーのプレイについつい心を奪われてしまいます。

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