好きな音楽のことについて語りたいと思います。

Ned Doheny - Get It Up For Love

 今回は前回で扱ったジャクソン・ブラウンさんの旧友であるネッド・ドヒニーさんを取り上げます。3月に来日したジャクソンに続いてネッドも5月に来日予定。1976年に発表したセカンド・アルバム『Hard Candy』をライヴで再演するとのこと。そこで、その『Hard Candy』のオープニングを飾る曲、「Get It Up For Love」をお題にし、少しばかりお茶を濁すことにしましょう。

ハード・キャンディハード・キャンディ
(2014/06/25)
Ned Doheny

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GET IT UP FOR LOVE
どうにもややこしい状況で
結果がどうなるかなんて予測できやしない
この謎を解ければ
思い悩む心が救われるんだがな
さもなければ川が凍てつくまで
愛の幻影を追い求めるしかない

ヘイ、ベイブ
恋の準備はできたかい

誰にも憧れってやつがあるものさ
恋の痛手がいつ癒えるかなんて
知っている人はいないよ
恐れをなして逃げ出すか
このまま留まって戦うか
列に並んで「それは正しくない」と喚き散らすのか
そんなものさ

ヘイ、ベイブ
恋の準備はできたかい

微笑みに騙され
流れ星がまたひとつ
路傍に砕け散る
恋に落ちたら自分が何を考えているのか
気づいている人は殆どいやしない

どうにもややこしい状況で
恋の戦いがいつ終わるかなんて
神様のみぞ知るってところさ
恋の成就に一生かかっても
ベイブ、身も心も燃え尽きるまでにはたっぷり時間があるぜ
立場がどうなろうとも君を見捨てやしない

 恋の悩みに揺れ動く心情が描かれた「Get It Up For Love」。甘酸っぱく切ないヴォーカルがネッド・ドヒニーの持ち味とされていますが、ウエスト・コースト・サウンドの持つ爽やかな印象とは裏腹に、葛藤や感情の吐露が読み取れます。
 人は誰でも傷つき、悩み、道に迷いながら自分の中の弱さや愚かさと向き合い、克服し成長して行くもの。胸をえぐられるような思いを経験したり、辛酸をなめることもあったでしょう。歌の中に綴られた他愛のない言葉の裏に、苦汁や不条理などが垣間見えました。
 なお、"get it up" を辞書で引くと、「勃起させる」という言葉が目に飛び込んで来ます。それではあまりに品がないので、ここでは「恋の準備が出来ているか」といった意味と解釈しました。また "hard candy" はスラングで「ヘロイン」、「勃起した男性器」、「未成年の魅力的な女性」という意味があり、ネッドの清涼感が漂う歌声とサウンドの裏にはドロドロとした人間の性というものが内包されているのではないかとも思う次第です。
 石油関連で財を成した大富豪の家系に生まれたネッド・ドヒニー。ビヴァリー・ヒルズにはドヒニーの名を冠した通りがあり、どれほどの名門であったかを窺い知れます。そんな風に何不自由なく育ったと思しき「ぼんぼん」であるネッド。雑草根性とか反骨精神などと無縁ではないかと想像に難くありません。しかし、彼の思春期から青年期にかけてのアメリカ社会はヴェトナム戦争が暗い影を落としており、決して順風満帆な人生を送っていたとは言えないでしょう。そのことは以前に取り上げた彼の「On An On」の歌詞からも推測されます。

 それでは「Get It Up」のカヴァー・ヴァージョンを幾つか紹介しましょう。
 アル・クーパー、マイケル・ブルームフィールド、スティーヴン・スティルスらの『Super Session』(1968)でベーシストを務めたことで名を上げたセッション・ベーシストのハーヴェイ・ブルックスと元イリノイ・スピードプレス(ポール・コットンがポコに加入する以前に在籍していたバンド)のギタリストだったカル・ディヴィッドによるザ・ファビュラス・ラインストーンズのヴァージョンです。1975年の『Rhinestones』に収録。ネッドのヴァージョンよりも骨太でファンキーですね。


 アメリカのテレビドラマ『The Partridge Family』(1970~1974)で主役を演じたデヴィッド・キャシディのヴァージョンです。1975年リリースのアルバム『The Higher They Climb』に収録。ハイトーン・ヴォイスのネッドと対照的な野太い声、ダンサブルな速いテンポ、パーカッションやストリングスを配した派手なアレンジが印象的。このアルバムはキャシディ本人とブルース・ジョンストン(ザ・ビーチ・ボーイズ)がプロデュースにあたり、ジョンストン作の名曲「I Wrote The Song」、ビーチ・ボーイズのナンバーである「Darlin」(山下達郎さんのアルバム『Big Wave』に収録)、フィル・スペクターとハリー・ニルソン共作「This Could Be The Night」(山下さんの『Big Wave』収録のヴァージョンが日本では有名)、キャシディとリッチー・フューレイ(ポコ)の共作による「Love In Bloom」など興味深い作品が収められていました。バック・ヴォーカルとしてビーチ・ボーイズからカール・ウィルソンも参加。


 ポール・ニューマン主演の映画『Slap Shot』(1977年公開)の主題歌「Right Back Where We Stand(愛とは強いもの)」のヒットを持つロンドン出身のR&Bシンガー、マキシン・ナイチンゲールのヴァージョンは1977年の『Night Life』に収録。


 以前に取り上げたA Love Our Your Ownをネッドと共作していたヘイミッシュ・スチュアート率いるアヴェレージ・ホワイト・バンドのヴァージョンです。ベン・E・キングとの共演盤である1977年の『Benny & Us』に収録。 なお、ヘイミッシュが、ポール・マッカートニーの片腕として活躍し、リンゴ・スターのAll Starr Bandのメンバーとしても活動していたことは言うまでもないことですね。


 スティーヴィー・ワンダー、チャカ・カーン、マイケル・ジャクソン、マドンナらののバック・ヴォーカルを務めたゴスペル・シンガー、タタ・ヴェガのヴァージョンは1978年の『Try My Love』に収録。


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Jackson Browne - Looking Into You

 2015年3月にジャクソン・ブラウンの来日公演が名古屋、東京、大阪、広島で行われました。私は16日の大阪公演に出向きましたが、1970年代から貫き通されて来た「心にかかわる事柄を痛々しく綴る」といった彼のメッセージが明確に伝わって来て、とても有意義なひと時を過ごせたことに感謝しています。真摯で誠実さが窺えるジャクソンのパフォーマンス。居合わせた「普通の人(For Everyman)」であるすべての聴衆にも、ジャクソンが発したメッセージが浸透したことでしょう。
 今回はこの度の来日公演においてオープニング・ナンバーであった「Barricades Of Heaven」(1996年の『Looking East』収録)に続く2曲目のナンバーとしてセット・アップされていた「Looking Into You」を取り上げることにしました。郷愁を誘うようなイントロのピアノの音色が印象的な曲です。



LOOKING INTO YOU
かつて住んでいた家を
ちょっと立ち寄ってみた
初めて独り立ちした頃を
ふり返っている
あの頃、あの幾つもの道は俺が夢に見た場所へ
すべて繋がっていた
そして友達と俺は同じ道へ進んだのだ
今その道筋は踏破され
新たな探求が始まった
自分の出発点が消えてなくなったところへやって来て
俺は認識を新たにしているのだ

壁や窓は昔と変わらず
そのままの場所に位置していた
戸口では音楽が聴こえてきた
今そこに住んでいる優しそうな人たちが
俺の妙な質問に快く応じてくれた
とても遠くからやって来たのかとの問いかけに
俺が無言で答えると
彼らは俺を家の中に招き入れ
子供たちが床の上で座り込んで遊んでいる部屋に通した

俺たちはこの先も変化して行くことを受け止め
人生を語り合った
そのことは俺の心をなごませ
胸をときめかせた
だが、俺が白み始めた外へ
足を一歩踏み出したとき
ハイウェイのほうから囁きかけてくる声と溜息を耳にした
もう出発の準備は出来たかと

そして俺は行き交う人々の顔という顔を覗き込んだ
それは決して満ちることのない海であり
老朽化しついには崩れ落ちてしまう家のようであった
そこは愛でさえも再生の叶うところではない
だが、ここは最高級のホテルであり
客としてここに滞在している
残された人生の時間を待つ間
せいぜいくつろいだほうがよい
それで俺はそんな人々の無数の夢を垣間みた
いつの日かその探求は終わるであろう
いま、俺は絶えず悩まされた幻影の縁に立っている
君のことを見つめながら

ここを通り過ぎた偉大な歌の旅人
彼が俺の人生の目を見開かせてくれた
俺は彼のことを予言者と呼ぶ人間のひとりだった
いかに道程が孤独のままであることを
今までの道のりが示してくれるまで
俺は彼に真実とは何かを問いかけた
いま、俺は自分の人生の中の
自分自身の真実を見つめている
空の中に自分の聖歌を見いだそうとしていた
言葉や音楽が伝わって来る
しかし、そんな言葉や音楽は
俺が出逢った美しき人におよばないだろう
君を見つめている
それが真実


ジャクソン・ブラウン・ファーストジャクソン・ブラウン・ファースト
(2005/09/21)
ジャクソン・ブラウン

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 ジャクソン・ブラウンのファースト・アルバム『Jackson Browne』(通称『Saturate Before Using』)に収められていた「Looking Into You」。自分の人生を振り返りながら淡々と語りかけるように歌う様子に、そこはかとなく哀愁が窺えます。旅をテーマにしていますが、たんなる旅行ではなく、ひとりの人間が成長していく過程が表されているのでしょう。
 自分が育ち、出発点となった家を訪ねて感傷的な思いに浸りながら現在の住人と語り合うひと時。やがて立ち去らねばならないことが分かっていても、心はこの懐かしき家に戻ることを望んでいるようです。歌の中の主人公が見つめる「君」とはこの家であり、同じ道を進む愛する人のことでしょうか。また、「しかし、そんな言葉や音楽は俺が出逢った美しき人に触れることはできないだろう」という歌詞はボブ・ディランの美しいラヴ・バラード、「Tomorrow Is A Long Time」の「川には銀色に光り輝く歌の美がある/空には夜明けの美がある/でも俺が憶えているあの人の瞳には何もかないはしない」という一節を彷彿とさせました。
 なお、歌の冒頭でに出て来る「かつて住んでいた家」はジャクソン・ブラウンが育ったロサンゼルス郊外にあるアビー・サン・エンシーノがモデルとされています。そこはジャクソンの祖父クライドが建てた石と日干しレンガの家。パイプオルガンが置かれたチャペル、美しいステンドグラスの窓が取り付けられたバーがあった手作りの家だったそうです。