好きな音楽のことについて語りたいと思います。

The Traveling Wilburys - Handle With Care

 11月29日はジョージ・ハリスンの命日です。そこで、久々に彼の歌声を取り上げることにしました。お題は「Handle With Care」。ジョージが、ジェフ・リン、ロイ・オービソン、ボブ・ディラン、トム・ペティらと結成したバンド、トラヴェリング・ウィルベリーズのアルバム『The Traveling Wilburys』に収録されていた曲です。

Traveling Wilburys 1Traveling Wilburys 1
(2008/06/18)
Traveling Wilburys

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 2枚のオリジナル・アルバムとボーナス・トラック、そしてヴィデオ・クリップが収録されたDVD付きのヴァージョンも発売されています。

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(2007/12/04)
Traveling Wilburys

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 1982年発表の『Gone Troppo』が全米チャートの第108位と振るわなかったことからか、自らが出資する映画会社「ハンドメイド・フィルムズ」の事業のほうに力を注ぐようになったジョージ・ハリスン。当時夫婦だったマドンナとショーン・ペンを起用した映画『Shanghai Surprise(上海サプライズ)』(1986年公開)では製作総指揮と音楽に携わり、さらに劇中で演奏シーンを披露するなど気を吐いておりましたが、続くアルバムの発売もライヴ・パフォーマンスもなく、表舞台からすっかり身を引いたような印象は拭えませんでした。
 ところが5年間のブランクを経て、充電完了とばかりに1987年にリリースされたアルバム『Cloud Nine』は全米チャートの8位まで上昇する好セールスを示し、シングル・カットされた「Set On You」(B面はアルバム未収録曲「Lay His Head」)は見事1位に輝いたのです。当時の発売元であるワーナー・ブラザーズはこの結果に気を良くし、アルバムからセカンド・シングル「FAB」(B面は『上海サプライズ』に提供したインストゥルメンタル曲「Zig Zag」)をカット。これも全米・全英ともに23位まで上昇しました。ワーナーは追い討ちをかけるようにサード・シングル「This Is Love」の発売を決定。三たびコレクターズ心をくすぐる戦術に出たのか、B面をアルバム未収録曲とし、ジョージに新曲の制作を依頼します。
 早速ジョージはジェフ・リン(エレクトリック・オーケストラ)に新曲について相談。サード・シングル予定の「This Is Love」はジェフ・リンとの共作でしたが、彼はこの曲の他にもアルバム『Cloud Nine』の中に収録された曲の幾つかをジョージと手掛け、プロデュースも担当していました。元々ビートルズの大ファンだったジェフですが、ふたりの共通の友人であるデイヴ・エドモンズを介して親交を深めて意気投合。映画『上海サプライズ』でジョージと共演して以来、片腕のような存在になっていたのです。
 その時たまたまロイ・オービソンも居合わせたことから、その新曲に彼が参加することも決定。この時期、ジェフはオービンソンの新作となる『Mystery Girl』(1989年発表)の制作に関与しており、ジョージも憧れの存在であるオービソンと食事をともにするぐらい懇意にしていました。
 そうしてジョージら3人はボブ・ディランのスタジオを借りてレコーディングをすることに。ディランとジョージが昵懇であることはよく知られておりますが、あわよくばスタジオ使用だけでなくディランの手も借りようという目論見があったのでしょうか。御大ロイ・オービソンの威光も手伝い、好奇心旺盛といわれるディランが、ジョージらの手に落ちるにはそれほど時間を要しませんでした。また、ジョージは自分のギターをトム・ペティに預けていたことを思い出し、トム・ペティも引き入れてメンバーの補強を図ることにします。当時、ジョージはトムのソロ・アルバム『Full Moon Fever』(1989年発売)のためのレコーディング・セッションに参加していたので、ついでと言っては何ですが、気軽に声を掛けたのかもしれません。1986年から87年にかけてのディランのツアーにハートブレイカーズを引き連れ、バック・バンドを務めたこともあるトム・ペティ。居並ぶ先輩たちからの要請を拒否する選択権は彼にありません。むしろ、お声をかけていただき光栄の至りと受け止めたことでしょう。
 そんなこんなで集まった5人。元々ジョージが書いていた曲に各人が新たなアイデアを出し、「Handle With Care」という曲が仕上がりました。タイトルはスタジオに置いてあった段ボール箱に「HANDLE WITH CARE(取り扱い注意)」と書かれていたのが目に留まり、そこから拝借したのだとか。そう言えば、ジャクソン・ブラウンのファースト・アルバム(1972年発表)もジャケット上部に「Saturate Before Using(使用する前に見ずに浸しておくこと)」と記されていたことから、すっかりその言葉がアルバムの通称として広まることになりました。嘘か誠か、偶然なのか意図的なのかよく分かりませんが、ロック界にはこの手の逸話が多いですね。

 営利企業として当然のことながらお金の虫が騒いだのでしょうか。新曲「Handle With Care」の出来に惚れ惚れしたワーナー・ブラザーズはシングルのB面で終わるのはもったいないと考え、5人によるアルバムの制作の話を持ちかけます。5人のスーパースターの共演となれば売れること間違いなし。せっかく転がり込んだ絶好のチャンスをみすみす手放すわけがありません。彼らの気が変わらぬうちに話を進めます。結局、「Handle With Care」は温存され、「This Is Love」のB面は『Cloud Nine』収録の「Breath Away From Haven」に差し替えられました。

 1988年5月上旬、5人はユーリズミックスのデイヴ・スチュワート所有のスタジオでアルバムのレコーディングを開始。スタジオといっても個人宅か倉庫をリフォームしたかのような簡素な体裁だったようですが、ホーム・レコーディングのような温もりのあるリラックスした雰囲気を味わえるほうが効果的だったのでしょう。プロモーション映像から窺えるように、1本のマイクを5人で囲むことによって結束力が生じ、彼らは絆を深めて行きました。なお、仕上げはイギリスにあるジョージの邸宅で行われています。

 アルバムの発売に際し、各人の所属レコード会社が違っていたため覆面バンドとすることになり、メンバーは「ウィルベリー姓の兄弟とその従弟」という設定がなされ実名が伏せられました。しかし、サングラスを掛けただけのメンバーの写真、歌声、プロモーション・フィルムの様子などから正体はバレバレ。彼ら一流の遊び心が発揮されていたとも言えるでしょう。また、このアルバムの話題性が、各々の作品の宣伝につながることもあり得るため、レコード会社も固いことを言わなかったのかもしれません。
 こうして1988年10月、『The Traveling Wilburys』がリリースされ、全米3位まで上昇。500万枚以上の売り上げを記録し、1989年グラミー賞「Best Rock Performance By A Duo Or Group With Vocal」を授賞しました。

HANDLE WITH CARE
打ちのめされ、叩き潰されてきた
持ち上げられ、振られ続けて来た
俺が今まで出会った中で
おまえは最高の女
俺を大切に取り扱ってくれ

評判は変わりやすいもの
状況はまずまず
だが、ベイビー、おまえは愛らしい
俺を大切に取り扱ってくれ

ひとりぼっちでいるのはもううんざり
俺はまだ人を愛せるんだ
おまえが本当に俺のことを
愛しているのか見せてくれないか
誰にだって頼りにする人が必要さ
俺の傍に寄り添って
夢を見続けよう

偽者をつかまされてきた
だまされてきた
盗まれ、嘲り笑われてきた
介護施設と夜学にて
だから俺を大切に取り扱ってくれ

空港で足止めされ、テロに遭わされ
会議に出さされ、催眠術にかけられ
過度に露出させられ、コマーシャライズさせられ
俺を大切に取り扱ってくれ

緊張させられ、へまをやらかしてきたが
自分を身ぎれいにするよ
ああ、成功の甘い香り
俺を大切に取り扱ってくれ

 人生は苦あり楽ありというけれど、どちらかといえば辛い目を味わうが多いのかもしれません。出る杭は打たれ、信頼していた人に裏切られ、失敗続きで落胆し、誰にも相手にされずに孤独な日々を送ることも。有名なミュージシャンであろうと一般人であろうと、そんな時は誰にも心の慰めや癒しとなる人が必要です。そんな心情がこの歌には込められているのではないでしょうか。
 歌詞の中に「テロに遭わされ」という大袈裟と思える表現が出てきますが、2001年9月11日のニューヨークでの同時多発テロ事件、2005年7月7日にロンドンの地下鉄での同時爆破事件、そして日本でも1995年3月20日のオウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、21世紀の現代社会ではまんざら非現実的なことではないような気がします。むしろジョージらは時代を予見していたのではないか、と興味深く受け止めました。

 2002年11月29日にロイヤル・アルバート・ホールで開催されたジョージ・ハリスンへの追悼コンサート、『Concert For George』からの映像です。トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、ジェフ・リンに加え、ジョージの息子であるダーニの顔も見られます。



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(V.A.)、エリック・クラプトン 他

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 こちらは2006年のトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのコンサートの映像です。


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Al Stewart - Year Of The Cat

 私は犬が苦手です。幼少の頃に噛み付かれたり、追いかけ回されたり、はたまたその時期にヒーローと崇めた「オバケのQ太郎」様に感化されたわけでもありません。ただ、犬を見ると、「アイツ弱そうやからやっつけたろか」と今にも襲いかかってきそうな気がして恐怖感を抱くのです。たとえその犬がチワワであろうと、ポメラニアンであろうと、ヨークシャテリアであろうと、マルチーズであろうと。
 そうした恐怖心と嫌悪感ゆえか、人間にとって身近な動物として永遠のライバル関係にあるとされる猫には親近感を覚えます。でも、猫が干支に入っていないのは何故でしょう。
 干支は古代中国における家畜を主として12種の動物を割り当てたものです。猫が干支の中に入っていないのは、神様が十二支の動物を決めるために招集をかけた際、鼠(ネズミ)が嘘をついて猫に1日遅れの日程を教えたことが原因とのこと。集合時間に遅れて干支に加われなかった猫は鼠に抗議するも、「騙される奴が悪いんや」と冷たくあしらわれる始末。昔も今も、他人を陥れて自分を優位にしようとする輩はいるものです。ますます『トムとジェリー』のジェリーが憎たらしくなってきました。
 さて、すっかり冷遇された格好の猫ですが、所が変われば干支の面々も少々異なるようで、タイやヴェトナムでは「卯(うさぎ)」に代わって猫が、ブルガリアでは「寅(とら)」が猫になっていると聞きます。まさに捨てる神あれば拾う神ありといったところ。
 組織の陣容は時おりの変化がないと硬直化を招くと言われます。日本もそろそろ心機一転を図るためにメンバー・チェンジを行い、犬かネズミにお引き取りいただいて、「お猫様」に入団をお願いしたほうがよろしいのではないでしょうか。そんな勝手な妄想を膨らませていると、犬やハムスターと同居されている皆様、並びにミッキー・マウスとグーフィーからお叱りの言葉を頂戴することになるやもしれません。本題のほうに進ませていただきます。
 長々と猫と干支の関係について述べてまいりましたが、今回はそんな話にぴったりの曲を取り上げることにしましょう。お題は「Year Of The Cat」。アル・スチュワートが1976年に発表したアルバム、『Year Of The Cat』の表題曲です。

イヤー・オブ・ザ・キャットイヤー・オブ・ザ・キャット
(2014/11/12)
アル・スチュワート

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YEAR OF THE CAT
ハンフリー・ボガートの映画から出て来たようなある朝
時間が後戻りしたような国で
群衆の中をぶらぶら歩きながら
ピーター・ローレのように
君は犯罪を企てているのか
彼女は雨の中の水彩画のように流れる絹のドレスをまとって
煌めく太陽の中から現れる
説明を求めて困らせてはいけない
彼女はただ君に言うのさ
「猫の年に入った」ってね

彼女が自分の腕に君の腕をしっかりと絡み合わせたら
質問に時間なんて与えてくれない
君は方向感覚がすっかり消え失せてしまうまで
ついて行くしかないんだ
市場の屋台の近くにある青いタイルの壁のそばに
隠された扉があり、彼女はそこへ君を導く
「近ごろはねぇ」と彼女は言う
「自分の人生がまるで川のように流れて行く気がするの
この猫の年を通り過ぎていくように」

彼女はとても冷ややかに君を見つめる
その瞳は海に浮かんだ月のように輝いている
彼女はインセンスとパチョリの香りに包まれてやって来る
それで君は彼女を抱き寄せる
猫の年には何が待っているかを知るために

さて、朝を迎えても君はまだ彼女と一緒にいる
バスも旅行者たちもいなくなっている
君は選択肢を打ち捨て
チケットを失ってしまった
だからもうここに留まるしかない
だが新しく生まれた1日のリズムの中に
その夜のドラム・ビートの調子が残っている
いつか彼女とさよならをすることになると君は分かっているだろうけど
今のところここに留まるつもりなんだな
猫の年のうちは


 アラン・パーソンズをプロデューサーに迎えて1975年にリリースされた前作『Modern Times』は全米30位の記録を残したものの売れ行きに不満を感じたのか、デビュー以来の所属だったCBSはアル・スチュワートとの契約の更新を拒否しました。5作目の『Past,Present, and Future』以来、アルのアルバムが市場のニーズに合ってないことを理由として、米CBSはアメリカでの発売を見送り、マイナー・レーベルが肩代わりして来ましたが、少しばかり売れても本国のイギリスでセールスが伸びないことにはどうしようもなかったのかもしれません。ともあれ釈然としないリストラに、「ほな、もっとヒットするアルバムを作って見返したるわい。俺を手放したことを後悔するで」とばかりに奮起したアルはRCAとの契約に漕ぎ着け、再びアラン・パーソンズをプロデューサーに起用した『Cat Of The Years』を1976年に発表します。アルの持ち味であるイギリスの気品とストーリー性のある歌詞、それに芸術性と大衆性を巧みに融合させたアラン・パーソンズの手腕によって全米5位、シングル・カットされた表題曲は8位まで上昇するヒット作となりました。当時、AORが脚光を浴びており、アルのこのアルバムのメロディアスでポップな側面とうまく適合したことが、ヒットの要因のひとつとなったのかもしれません。
 
 冒頭からハンフリー・ボガートやピーター・ローレらの俳優の固有名詞を比喩として用い、あたかも映画『カサブランカ』の舞台となったモロッコでの情景を映し出したかのような「Cat Of The Year」。主役を演じたボガートと小悪人に扮したピーター・ローレを対比しながら、街のざわめきやいかがわしさを表現しているように受け取れました。猫は神秘的で影のある女性の隠喩でしょうか。青いタイルの壁からはモロッコ、チュニジア、アルジェリアなどの北アフリカ諸国、あるいはスペインやポルトガル、さらにはメキシコの風景を連想させます。また、前述したようにタイやヴェトナムでは猫が干支に入っていることで、バンコクやハノイあたりが舞台なのかとも思わせ、無国籍で異国情緒が歌の中から読み取れました。
 海に浮かんだ月のような瞳にイノセンスやパチョリの香りが官能的な雰囲気を醸し出していますが、ドラム・ビートの調子の余韻はその夜の情事、そして欲望にときめいた鼓動の動きを表していると言えるでしょう。アルはさらりと歌い上げておりますが、大人の男女の心理や情交が巧みに描写されています。行きずりの恋に端を発した関係なんでしょうけれど、どのみち猫のように気まぐれで自己中心的な女性に手を焼くことには変わりありませんがね。

カサブランカ(映画)
 1942年制作のアメリカ映画。ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン主演。監督はマイケル・カーティス。
 1940年、ナチス・ドイツの支配下であるフランス領モロッコのカサブランカで、リスボン経由でアメリカへ亡命しようとする人々がたむろするナイトクラブを経営するリック(ハンフリー・ボガート)。ある日、リックは闇商人のウガーテ(ピーター・ローレ)から高額で売れるという通行証を預かる。その通行証はウガーテがドイツの連絡員から盗んだものだった。やがて、リックの元へナチスの手から逃れたレジスタンスの指導者が現れる。しかし、その人物の妻イルザ(イングリッド・バーグマン)はかつてリックの恋人。亡命を希望する夫妻の目当てはリックが保管する通行証だった。愛憎、再燃する愛、再会と再び別れる運命などが第二次世界大戦という激動の時代を背景に描かれている。主題歌「As Time Goes By」と "Here's looking at you, kid" (君の瞳に乾杯)という台詞が印象的であることは言うまでもない。

ライヴ映像をご覧ください。


こちらはカサブランカのテーマ曲「As Time Goes By」から演奏が始まる1979年のライヴ映像です。


1982年のTVショー出演時のライヴ映像のようです。


 今日も近所の家の前で犬に吠えられてしまいました。賢い犬は自分たちを嫌っている人間には絶対になつこうとしないもの。いつまでたっても相性が悪いようです。