好きな音楽のことについて語りたいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Wendy Waldman - Love Has Got Me

 秋雨前線や南から流れ込む湿った空気の影響で、8月16日の京都市は観測史上2位の豪雨に見舞われました。普段は静かに流れる鴨川も表情を一変。溢れんばかりの濁流と化していたのです。かの白河法皇が、「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」とおっしゃられたように、いったん荒れ狂うとどうにも収まりがつかず、それこそ流れのままに身を任せるしかないのかもしれません。また、この日の夜はお盆に戻ってきた先祖の霊を送る伝統行事「五山送り火」が予定されておりました。猛烈な雨で実施が危ぶまれましたが、点火時にはその雨も止み、例年通り古都の夜空を炎が焦がす光景が眼前に広がったのです。
 さて、大雨の後には従来通りの蒸し暑い京都の夏が復活しました。カリフォルニアを想わすような青空が頭の上にある間に、ウエスト・コースト・サウンドを一服の清涼剤として心を癒したいと思います。今回、ご登場を願うアーティストの方はウェンディ・ウォルドマン。彼女が1973年にリリースしたアルバム、『Love Has Got Me』を取り上げることにしました。

ラヴ・ハズ・ガット・ミーラヴ・ハズ・ガット・ミー
(2013/08/14)
ウェンディ・ウォルドマン

商品詳細を見る

 
 ウェンディ・ウォルドマンは1950年11月29日、カリフォルニア州バーバンクに生まれました。父は『Star Trek』、『Twilight Zone』などの音楽を手掛け、スティーヴン・スピルバーグ監督、ウーピー・ゴールドバーグ主演の映画『The Color Purple』(1985年公開)では作曲賞部門でアカデミー賞を授賞したフレッド・スタイナー。祖父もアニメ『Betty Boop』の音楽を担当した作曲家のジョージ・スタイナー。そして母はヴァイオリニストといった音楽的にこの上なく恵まれた環境で彼女は育ったのです。
 
 ウェンディが思春期を過ごした1960年代のロサンゼルスは、ロック、ジャズ、ラテン、カントリーなど様々なジャンルの音楽が溢れる都市でした。政治や文化も急激に変化し、社会的な題材を扱ったアーティストも続々と現れます。ロック・シーンの動きを見ると、ニューヨークで歌い始めて「時代の代弁者」と称せられるようになったボブ・ディランの歌を、ロサンゼルスを拠点とするザ・バーズがフォーク・ロックにアレンジして好評を博し、ザ・ビーチ・ボーイズは単純なコード展開にギター・ソロを加えたサーフィン&ホットロッドと呼ばれるスタイルに、フォーフレッシュメンばりのオープン・ハーモニーを取り入れ、さらには複雑なコード展開や工夫を凝らしたアレンジをも導入して注目を浴び、サンフランシスコのグレイトフル・デッドやジェファーソン・エアプレインらは、サイケデリック・ロックと呼ばれる音楽とともにドラッグやカウンター・カルチャーといった文化や風俗をロサンゼルスにもたらすことに貢献しました。
 こうした状況の中、16歳で曲作りを始めたウェンディは地元ロサンゼルスのジャズ・バンドに参加。その後は友人らと音楽活動を始めるようになります。
 1969年、ウェンディは幼なじみのアンドリュー・ゴールドと元ストーン・ポニーズのケニー・エドワーズを誘ってバンドを結成。ケニー・エドワーズはリンダ・ロンシュタットと組んでいたあのストーン・ポニーズのメンバーですが、既にウェンディらと交流があり、ストーン・ポニーズ解散後に白羽の矢が立てられたのです。そしてほどなく、姉妹デュオを組んでトルバドールに出演していたカーラ・ボノフをケニーが口説き入れ、彼ら彼女ら4人はブリンドルと名乗って活動を開始しました。
 なお、アンドリュー・ゴールドの父はグレゴリー・ペック主演の『On The Beach(邦題:渚にて)』(1959年公開)、ポール・ニューマン主演の『Exodus(邦題:栄光への脱出)』(1960年公開)などの映画音楽を担当した作曲家のアーネスト・ゴールド、母はナタリー・ウッド主演の『West Side Story』(1961年公開)、オードリー・ヘップバーン主演の『My Fair Lady』(1964年公開)などのミュージカル映画で、主演女優の歌声を全曲吹き替えたマーニー・ニクソンで。つまりウェンディと同じような音楽一家です。
 ブリンドルはトルバドールでライヴを行い、レコード会社にデモ・テープを送り、夢が実現するその日を待ちました。リンダ・ロンシュタットらと組んでいたストーン・ポニーズで一定の成功を収めたケニー・エドワーズの業界での顔がそれなりに利いたのか、はたまたウェンディやアンドリューの親の威光がものを言ったのか、A&Mとの契約がすんなりと成立。後にオーリアンズ『Let There Be Music』、『Walking And Dreaming』などのプロデュース、ブルース・スプリングスティーンの『Darkness On The Edge Of Town』、『The River』などのミックスを手掛けて名を上げるチャック・プロトキンの協力を得ていたことも幸いしたようです。
 ブリンドルは1970年にシングル「Woke Up This Morning / Let's Go Home and Start Again」を発表。チャック・プロトキンのプロデュースのもと、アルバムのレコーディングも完了しました。ところが、ウェンディらブリンドルの目指す音楽の方向とA&Mの思惑が一致しなかったことから発売が見送られ、ブリンドルは敢えなく解散の憂き目に遭います。
 そんな悲劇にもめげず、ウェンディはチャック・プロトキンとともにデモ・テープの制作に取り掛かりました。やがてそのテープはワーナー・ブラザーズのA&R部門のトップであるレニー・ワロンカーの耳にとまり、幸運にもチャック・プロトキンのプロデュース込みでソロ・アルバムのリリースが決定します。レニー・ワロンカーはランディ・ニューマン、ヴァン・ダイク・パークス、ライ・クーダー、ハーパース・ビザールなどに代表される、「バーバンク・サウンド」と呼ばれるハリウッド映画の音楽のようなきらびやかな要素とアメリカの雄大な自然を思わす牧歌的な要素、あるいは洗練されたポップスのセンスとオールド・タイム風のアレンジを融合させた作品群を世に送り出していました。彼の眼にはフレッド・スタイナーを父に持つウェンディ・ウォルドマンが、新たな夢への展開と映ったのかもしれません。
 ウエンディのソロ・デビュー・アルバム、『Love Has Got Me』は1973年秋にリリースされるのですが、制作中に「Vaudeville Man」、「Mad Mad Me」の2曲が同年8月に発売されるマリア・マルダーのアルバム『Maria Muldaur』で取り上げられるというラッキーな出来事が舞い込みました。マリア・マルダーのアルバムは翌74年に全米3位まで上昇するヒット作となり、その過程で発表されたウエンディの『Love Has Got Me』も当然ながら話題を呼び、『ローリング・ストーン』誌で高い評価を得ます。

 それではアルバムの中から何曲か紹介して行きましょう。マリア・マルダーがセカンド・アルバム『Waitress in A Donut Shop』(1974)でカヴァーした『Gringo Mexico』。マリアッチ・バンドがフィーチャーさえ、メキシコ情緒があふれる音作りがなされています。ウェンディの幅広い音楽性が窺える1曲でした。なお、アレンジは父、フレッド・スタイナーが務めています。


GRINGO EN MEXICO
そうね、あなたに見せたいものがあるの
そう、あなたに見てもらいたいのよ
そうなのよ
私の美しき故国を

私は街の真ん中で育った
吊るし上げられたり、貶されたり、指図されたり
それで、いま思い返すと
本当に惨めだった
私は間違いなく馬鹿だったようね

いまじゃ、私は毎朝このあたりにいるわ
浜辺にいるか、でなければ広場に行っている
テキーラを飲んで、着たい服を着て
漂う素敵な花の香りをかいでいるの

バナナとココナッツと海の幸
朝には太陽が昇り、夜には音楽が鳴り響く
行き交う人々は、誰もがスローモーションのよう
アミーゴか、それ以上の存在かもね

メキシコにいる異邦人

 陽気で、おおらかで、ひとなつこい、イメージがあるメキシコ人ですが、社会階級の格差が激しいとのこと。惨めな思いをしたと語られる歌詞は、そのあたりのことを指しているのでしょう。ウェンディ一の一家は少しだけメキシコで暮らしたことがあるらしく、その時の体験が歌の中に生かされているのかもしれません。

 こちらはマリア・マルダーのヴァージョン。バックグラウンド・ヴォーカルにリンダ・ロンシュタット。ギターにローウェル・ジョージ、ストリングス・アレンジはニック・デカロとっいた豪華な布陣がマリアをサポートしています。


 ヴォードヴィル・マン(寄席芸人、旅芸人)のことを歌った「Vaudeville Man」 。ケニー・エドワーズ(スライド・ギター)、スティーヴ・ファーガソン(ピアノ)、ウィルトン・フェルダー(ベース)、ラス・カンケル(ドラムス)らが参加していました。 


VAUDEVILLE MAN
小さい頃、パパがよく言ってたわ
我々がここにいるのは
誰かを笑顔にするためなんだって
傷ついたときも
落胆したときも
そこに立っていると
10フィートもの高さに見えるってね

だから私はパパを見習って
歌やダンスやブルースを覚えたの
これだけ話して分からないなら教えてあげる
私はヴォードヴィル・マンの娘として生きているのよ

列車は西に走り、道路は東に向かう
私は旅人たちの顔をすべて知っている
私の顔はすすけていたけれど
リボンにはアイロンがかかっていた
狂ったような辛い日々だったけれど
出来るならもう一度戻りたいわ

片方の耳はラジオを聴きっぱなし
片方の手でピアノの練習をし
片方の足はダンスのターンをタップでリズムを刻み
ひとりの人間が、定められた道を進もうとしている
ずっと受け継がれてきたこととその日暮らしの毎日
稼いでは食べ、食べては稼ぎのその日暮らし
そう、私はヴォードヴィル・マンの娘として生きているの
そんなヴォードヴィルマンの娘なのよ


 月並みな言葉ですが、立場や表現方法は違えど音楽を愛する気持ちは皆同じ。そして、音楽で身を立て世に出たことに変わりはありません。ウェンディはヴォードヴィルマンに自分の人生と自分と父との関係を重ねてこの曲を創作したのでしょう。

 前述しましたマリア・マルダーのヴァージョンです。


 ツイッギーも1976年発表の『Twiggy』で取り上げていました。


 スティーヴ・ファーガソンの情感漂うピアノがストリングスに溶け込み、ウィルトン・フェルダーのベースが琴線に触れる「Waiting For The Rain」。離れて暮らす恋人を気にかけているのか、別れた人への思慕なのか、夢、切ない感情がジャジーな演奏を背景に表されています。


WAITING FOR THE RAIN
雨が降り出すのを待っているの
困難を切り抜けさせてくれるのは私の夢の世界だけ
窓辺に寄りかかり
ああ、どうしてもあなたのことを思い出してしまう

ハリケーンがやって来る
あなたは安全と暖を確保しているのかしら
凍てつく冬の嵐は
あなたの心の奥底に雨を降らせるかしら

翼の中で身を潜めて待っている
あなたの中に私の愛があれば私は満足なの
困難を乗り越えさせてくれるのは私の夢の世界だけ

 
 ウェンディ・ウォルドマン自身がアレンジを担当した表題曲の「Love Has Got Me」。アンドリュー・ゴールド(ピアノ)、ウィルトン・フェルダー(ベース)、ラス・カンケル(ドラムス)、ジム・ホーン(ホーン・セクション)などが参加しています。前出の「Waiting For The Rain」と通ずるようなラヴ・ソングですが、こちらはもう少し激しい情念が表現されていました。


LOVE HAS GOT ME
今までの私の考え方は
あたかも夢の中を歩いているようだった
今までに見たことがないような
明るさと奇妙さ
あなたを知ったことで気づいたわ
あなたはそんな人じゃないって
あながどこにいようと
いつも私の心の中に留まっている

愛はあなたのまわりにある
分かっているわ
愛があなたを見つけ出してくれなければ
あきらめたほうがよさそうね

誰もが示そうとする
謎を説く自分なりの解釈を
でも他人が奏でる歌は
私には似合わない

窓辺に座ってふと思う
昨日は雨が降った
本当にあなたのことを
分かっていたのかなあと

愛は盲目
分かっているわ
そう、愛は盲目
分かっているのよ
でも、その愛があなたを見つけ出してくれないのなら
あきらめたほうがよさそうね

ああ、愛は私を虜にする
分かっているわ
でも、虜にされた今
あなたはもう私を手放せないわ
私は愛の虜
分かっているわ
私は愛の虜なの
分かっているのよ
ああ、私を捕まえたあなた
もう私を手放せないわ

 前述した通り、『Love Has Got Me』はローリング・ストーン誌を始め各所で高い評価を得たのですが、セールス面では芳しい結果を残せませんでした。この後もワーナー・ブラザーズから『Gypsy Symphony』(1974)、『Wendy Waldman』(1975)、『The Main Refrain』(1976)、『Strange Company』(1978)といったアルバムをリリースし続けるのですが、いずれもチャート・インすることがなかったのです。評論家や音楽専門誌の評価が高い作品が必ずしも一般ウケするわけではなく、むしろ真逆の場合のほうが多いのがこの世の常と捉えたほうがよいのかもしれません。
 ワーナー・ブラザーズを離れたウェンディ・ウォルドマンはレコード会社を変えながらもアルバムのリリースを続けますが、ソング・ライターやプロデュースを生業とするようになって行きます。彼女が関与した楽曲では元フィフス・アヴェニュー・バンドのジョン・リンド、ソング・ライターでピーター・トムとデュオを組んだファー・クライの活動でも知られるフィル・ガルドストンらと共作した「Save The Best For The Last」が、ヴァネッサ・ウィリアムスが歌って1992年の全米No.1ヒットとなりました。プロデューサーとしてはスージー・ボガスの『Somewhere Between』(1989)、ニュー・グラス・リヴァイヴァルの『Friday Night In America』(1989)、マトラカ・バーグの『Lying To The Moon』(1990)、元ニューグラス・リバイバルのベーシストで、一時期ドゥービー・ブラザーズにも在籍し、ポコのラスティ・ヤングとスカイ・キングスというバンドを組んでいたこともあるジョン・コーワンの『Always Take Me Back』(2002)、アーティ・トラウムの『Thief of Time』(2007)など、カントリー分野を中心に多数の作品を手掛けています。
 1995年、ウエンディはブリンドルの再結成に参加。『Bryndle』、『House of Silence』(2001)、『Live At Russ & Julie's』(2003年発表。通販のみの販売)の3作を残した後、4人は再び自分たちの道を歩み出しました。ケニー・エドワーズが2010年8月18日、アンドリュー・ゴールドが2011年6月3日に相次いで他界し、再びの復活が叶わなくなったことは言うまでもありません。
 また、2007年以降はソロ活動やプロデューサー業などと並行して、シンディ・バレンズ、デボラ・ホランドらとザ・レフュジーズを結成。これまでに『Unbound』(2008)、『Three』の2作のアルバムをリリースしています。

スポンサーサイト

Jim Messina - OASIS

 台風が去って、また暑い日が戻ってきました。よって、AOR路線で涼を取ることにします。ご登場を願うアーティストはジム・メッシーナ。今回は彼が1979年にリリースしたアルバム、『Oasis』を取り上げることにしました。

オアシスオアシス
(2014/06/25)
ジミー・メッシーナ

商品詳細を見る

 バッフアロー・スプリング・フィールド、ポコ、ロギンズ&メッシーナなどで活躍したジム・メッシーナ。1976年にケニー・ロギンズとのデュオを解消した後、満を持して発表したのが、初めてのソロ・アルバムである『Oasis』です。一足先にソロ・デビューを飾り、ボブ・ジェームズやトム・ダウドといった大御所プロデューサーを迎えて都会的で洗練された雰囲気のアルバムを連発していたロギンズを横目に、決して喧嘩別れしたわけではないもののメッシーナには忸怩たる思いがあったことでしょう。
 ジム・メッシーナのキャリアから察すると、カントリー・ロックやフォーク・ロックのイメージが思い浮かぶかもしれませんが、あにはからんやこの『Oasis』ではラテン、カリプソ、マリアッチなどの要素をふんだんに取り入れ、これまでの彼の音楽傾向とは趣を異にした印象を受けます。もっとも、ロギンズ&メッシーナ時代にもロックとラテンやカリブ海の音楽のテイストを巧みに融合させていた彼のこと、「Lahina」(1973年の『Full Sail』に収録)「Lately My Love」(1974年の『Mother Lode』に収録)といった曲などからもこちらの路線に向かうことは十分に予想されたことでした。

 アルバムのオープニングからトロピカルでラテンのテイストが漂う曲、「New And Different Way」。ロギンズ&メッシーナというとケニー・ロギンズ作の「House At Pooh Corner」や「Danny's Song」、ジム・メッシーナ作の「Thinking Of You」、ロギンズとメッシーナ共作の「Your Mama Don't Dance」などが真っ先に想起されるのでしょうが、むしろこうしたトロピカル風の曲のほうがロギンズ&メッシーナの醸し出すサウンドの本質だったのかもしれません。


NEW AND DIFFERENT WAY
やっと分かったんだと思う
新しい別の見方で
俺のリアリティの変化が見えてきたんだ
こんな新しい別の見方では
俺は間違っていないと言えるような
あらゆるものが新鮮で輝いているような
そんな風な気がするんだ
うん、この特別な場所からそれが分かるんだ
今まで見えなかったものの中から
別の表情が見えてくる
そのとき突然に気づくものさ
もう頭で考えていても何も始まるわけじゃないと

新しい別の見方が分かるのは
そんな自分を見つけたという感覚が
心の中を突き抜けた時さ
新しい別の見方において
自分が何者だと分かるようになるこの場所は
人生の中で自分の存在を示せる場所であるのさ

気づいたのさ、音楽が俺の命の洗濯だってことに
俺は自分の愛するものたちとともに
1日1日を生きているんだと
俺が与えたものの見返りに
俺の得る愛は永遠に生き続けるのだ
これからもどこまでも

そのとき突然に気づくものさ
もう頭で考えていても何も始まるわけじゃないと
新しく別の見方が分かるのは
そんな自分を見つけたという感覚が
心の中を突き抜けた時さ
新しく別の見方において
自分が何者だと分かるようになるこの場所は
人生の中で自分の存在を示せる場所であるのさ

 この曲はラヴ・ソングの体裁を取っておりますが、「新しい別の見方で俺のリアリティの変化が見えてきた」という歌詞から、自分のやりたい音楽が分かったという意味に解釈しても良いでしょう。ソロ・デビューにあたっての決意宣言とも受け取れました。

 ホーン・セクションと華麗なコーラスが効果的で、ソウルフルな「Do You Want To Dance」。たぶんメッシーナ本人が弾いているであろうギターも深く印象に残ります。


DO YOU WANT TO DANCE
ねえ、君を見るたびに
君の仕草を見ていると
俺は踊り出したい気持ちにさせられるんだ
君をこの腕の中に抱きしめてしまいたい
君といるとミュージカルのロマンス気分に浸れるのさ

君の体の中にリズムが流れて行く
君の傍で踊りたい気分になるぐらい
近くにいると高揚する
心の中で情熱が燃えたぎるのさ

踊らないか
踊りたいんだ
音楽がふたりを舞い上がらせてくれるのを感じよう
リズムがふたりを激しく動かせてくれる
魔法にかかったようだね

俺が感じるビートのひとつひとつの音とともに
君のリズミカルな魅惑の中に俺を引き込んで行く
ああ、君は本当に上手く動ける
君の魅力におれはうっとり
君に催眠術をかけられたように魅了されてるのさ
どれぐらいのものかわかってるよね

 AORの名曲のひとつと称されたことがある、「Seeing You(For The First Time)」。ロマンティックな曲ですが、歌詞も甘ったるく、この世界に浸っていると、我に返った時に思わず赤面してしまいそうです。なお、この曲はかとうかず子主演の映画『なんとなく、クリスタル』(1981年公開。原作は田中康夫氏の小説)のサントラに収録されておりました。


SEEING YOU (FOR THE FIRST TIME)
初めて君に会った時は
優しい夢のようで
本当のことになろうとは思わなかった
でもそれからは
すべてが当然の如く起こっているようだね

初めて君にキスをしたときは
暖かな季節に移ったようで
そんなに目新しくは感じなかったみたいだ
でもそれからは
すべてが当然の如く起こっているようだね

この人生、
君が俺に届けてくれた愛という贈り物がなければ
たいしたものではなかっただろう
君と俺が出会ったその日まで
俺は満たされぬ想いのままでいただろう
こんなに深く愛し合っているふたり
こんなに深く愛し合ってきたふたり

心の内側で燃えたぎる愛
君が俺に触れるのを感じたとき
夢に見たファンタジーが本当に叶えられた
でもそれからは
すべてが当然の如く起こっているようだね

 こちらもラテン・フュージョン調の楽曲で、マリアッチ風のブラス・セクションが印象深く鳴り渡ります。ロギメナ時代と一風変わったメッシーナのギターの腕前も思い知らされました。メッシーナの「パッキン・パッキン」と鳴るギターの音色は重みがないと揶揄されているのを見聞きしたことがありますが、どうしてどうしてなかなか円熟した響きを奏でているではないですか。


LOVE IS HERE
こんなに自由な気分でいられるのは
俺が君を愛せると分かっているから
君が俺を愛しているかどうかで
君のためにあるこの愛が変わるわけがない
ただ心が決めたことだから
伝わる気持ちがすべてだから
だから俺はこんなことを言うのさ

愛は自由な鳥のよう
檻に入れられないほどの高い空を飛ぶ
自分を解き放つ時期さ
だから、わかるだろ

愛はただ与えるためのもの
愛は与えるためにここにある

 
 別れた恋人への未練と恋慕が、ジャジーなサウンドをバックに切なく胸に滲みる「(Is This)Lovin' You Lady」。恋することの悩ましさやもどかしさが、人情の機微に触れるように表現されています。


(IS THIS)LOVIN' YOU LADY
俺は君のものじゃない
君も俺のものじゃない
だが、一緒に時を分かち合いたいふたり
これが恋ってものなのか、レディ
恋なのか、レディ

君は俺の友だち
そして恋人
だが、ふたりはお互いを
こんなにブルーな気分にしている
これが恋ってものなのか、レディ
恋なのか、レディ

分かち合ってきた愛と
そしてそれをどのように育んできたのか
それらがふたりの分かっていることだと確かめられたとき
君の愛が傍にあれば
おれは気分が良いのさ
でもその時はしかるべくやって来て
お互いが向き合ったままでいることに気づくふたり
隠しているだけ
すべてを心のうちに秘め
君と俺がひとつに感じられれば
ふたりの愛の中で生きられるのに
その瞬間にいられたら
そしてふたりの人生を一緒にできたなら
ああ、一緒にできたらなあ

俺は間違っていて
君は正しい
これが仲良くやっていくやり方
これが恋ってものなのか、レディ
恋なのか、レディ

君を行かせてしまえば
俺の心は傷つく
でもそうしなければいけないと分かってるんだ
そうやってふたりは成長できるんだもの
これが恋ってものなのか、レディ
恋なのか、レディ
恋なのか、レディ
恋なのか、レディ

 アルバム『Oasis』は1970年代後半から1980年代にかけてもてはやされたAORやソフト&メロウの魅力が凝縮されたかのような1枚でしたが、セールス面や話題性ではケニー・ロギンズに及ばず、後塵を拝すような結果となりました。そんなことにはお構いなしの如く、マイペースで自分の音楽を追究するジム・メッシーナはこのあと長年在籍したCBSを離れ、ワーナー・ブラザーズに移籍して『Mesina』(1981)、『One More Mile』(1983)の2作を発表。これらのアルバムではラテン・フレーバーはそのままにロック色を強め、なおかつお得意のカントリー・ロック風の曲まで披露しています。
 なお、『Oasis』のアルバム・ジャケットにはジミー・メッシーナと表記されており、ソロ・デビューするにあたって改名したと窺えるのですが、ここでは従来のジム・メッシーナで統一しました。
 

Carly Simon - From The Heart

 今回も前回に引き続き、カーリー・サイモンのアルバム『Torch』から何曲か取り上げたいと思います。

TorchTorch
(2008/07/15)
Carly Simon

商品詳細を見る

 このアルバムでは、カーリー・サイモンのペンによる唯一のオリジナル曲です。


FROM THE HEART
昨夜、ふたりのうちのどちらかが
「ダーリン」とうわ言を漏らした
真夜中の
夢と眠りの狭間で
あなただったの? それとも私?
わからないわ
でもそのひと言がふたりの間の争いを中断させた
そういうものよ
冷戦とはそんなもの
愛している、との言葉を交わすふたり
というか、ふたりのうちのどちらかがそう言って
そして同意したの
心の底から

昨夜、ふたりのうちのどちらかが
「ごめんなさい」とうわ言を漏らした
狂気の真っただ中で
暗闇と明かりの狭間で
すべてのドアが閉ざされていたかどうかなんて
どうでもいいこと
そして何日も愛が入って来なかった
炎が燃え上がるような冷戦
愛している、との言葉を交わすふたり
というか、ふたりのうちのどちらかがそう言って
そして同意したの
心の底から

夢の霞を通り抜け
真実が姿を現す
私が今でもあなたに心を開いているって分かるでしょ
愛してるわ
愛してる、心の底から

 カーリー・サイモンからジェイムズ・テイラーへの最後通告といった趣が受け取れました。心の中に出来た綻びを今なら修復可能と伝えているようにも受け取れますが、もう後戻りは出来ないという訣別の気持ちが込められているようにも思えました。

 ランバート・ヘンドリックス&ジョン・ヘンドリックス作詞、ジャズ・ピアニストとして有名なランディ・ウエストン作曲の、「PRETTY STRANGE」。1958年の作品です。


PRETTY STRANGE

恋を理解できる人なんていやしない
訳知り顔のひとだって
恋を適切に表現することはできないだろう
あなたが多感だった時期のこと
恋はたんなる時間の無駄だった
かつてのあなたは恋愛ごっこをするにも用心深かった
今じゃ恋に身も心も捧げている
それってとても不思議なことね
あなたなら恋をもてあそべるのに
うんざりするほど戯れることだってできるのに
でもねぇ、おかしく思うかもしれないけれど
あなたは恋なしじゃ生きられない
それってとても不思議なこと

恋を理解できる人なんていやしない
訳知り顔のひとだって
恋を適切に表現することはできないだろう
時々
恋に泣かされることだってあるわ
時には
死にたくなることも
でもねえ、泣き止んだとき
恋は我を忘れるくらい楽しいもの
それってとても不思議なことね

 誰でも同じ経験をしていると思いますが、当然ながらカーリーもJTとの恋愛中はさぞかし楽しかったんでしょう。でも、夢見心地は長く続きません。いったん関係が破綻すると、自己嫌悪に陥るぐらい辛いものです。

 ケーシー・ホーシー作詞、ニコラス・ホームズ作曲の作品にカーリー・サイモンが補作詞した、「What Shall We Do With The Child」。


WHAT SHALL WE DO WITH THE CHILD
分かってるわ、私がはあなたが求めているような女でないことを
あなたが想像していた女なんかじゃないの
あなたが置いたゴールには
ほど遠かったようね
あなたが理想としていた女じゃないから
ふたりは一緒に笑い合ったことがあったけれど
あなたは私が泣いている姿を見たことなんてなかった
まったく意味なく誇張された言葉や何気ない別れに
心を重ね合わせていたようね

だけど子供のことはどうするの?
あなたの瞳と
私の髪と
そしてあなたの笑顔を持ったあの子のことは
ほんの少しの間だけでも
ふたりが恋に落ちた頃を思い出させてくれる子供のことは

生まれたのを知らない娘のことを
あなたは一度も尋ねなかった
私の腕の中で眠っているこの子も
あなたのことを一度も尋ねなかった
あなたがいない生活が日常だから
しかたがないわよね
でも時は過ぎ行き
もうこの子はいろいろなことを尋ねる年頃になろうとしている
あなたのことについても訊いてくるでしょう
どんな風に
わたしはこの子に言ったらよいのかしら
あなたの瞳と
私の髪と
そしてあなたの笑顔を持ったあの子のことは
ほんの少しの間だけでも
ふたりが恋に落ちた頃を思い出させてくれる子供のことは

 悪いのはあなただけではないと反省の弁を述べるものの、やがてちょっぴり恨み節めいた本音を現し、ふたりの間に出来た子供の将来に対する不安な気持ちをのぞかせています。カーリーはこの歌を、JTとの間にもうけた幼い娘と息子に想いを重ねていたことでしょう。
 カーリー・サイモンとJTとの間には長女サラ・マリアことサリー・テイラー(1974年1月7日生まれ)、長男ベンジャミンことベン・テイラー(1977年1月22日生まれ)がおり、『Torch』発表当時は7歳と4歳といったところだったのでしょうか。
 なお、サリー・テイラーはシンガー・ソング・ライターとして1998年に『Tomboy Bride』でデビューしています。2000年にセカンド・アルバム、『Apt Number 6s』、2001年にはサード・アルバム、『Shotgun』をリリース。また、ベン・テイラーも2003年にアルバム、『Famous Among The Burns』でデビュー。2012年までに4枚のアルバムを発表しています。2011年には父ジェイムズとコンサート・ツアーを行い、サリーも飛び入りした日があったとかで、親子共演を果たしていました。

 アルバムのラストを飾るのはスティーヴン・ソンドハイムの作で、ブロードウェイ・ミュージカル『Merrily We Roll Along』(1981年初演)の中で歌われた、「Not A Day Goes By」。スティーヴン・ソンドハイムは『West Side Story』(1957)で作詞を担当して脚光を浴び、『A Funny Thing Happened on the Way to the Forum』(1962)以降は作曲をも手掛けるようになり、『Company』(1970)、『Pacific Overtures』(1976)、『Sweeney Todd 』(1979)、『Into the Woods』(1984)、『Passion』(1994)などの話題作の主題歌・劇中歌の作詞・作曲を受け持ってきました。


NOT A DAY GOES BY
時が止まっている
1日の動きが止まっているの
だけどあなたは私の人生の
どこかにいる
日々が過ぎても
あなたはそこに留まっているよう
いつになったら終わるのかしらと私は考え続けている
忘れ去る日はいつになったらやって来るのかしら
でも私はただ思い続け
うろたえている
そして罵り、泣き叫ぶ
そして寝返りを打ち、手を伸ばす
そして彷徨い歩き、死ぬほどの苦しみを味わう
ああ、1日が止まってしまった
神の祝福を受ける日などありゃしない
だけどあなたは私の人生の
どこかにいる
そしてあなたはいっこうに立ち去ろうとしない
とても厄介なことだわ
私が死ぬ日が来るまでは
来る日も来る日も来る日も
私は死にそうな気分
そう、来る日も来る日も来る日も
何日過ぎても

 別れた人への未練と忘れ去りたい気持ちが交錯し、踏ん切りがつかない様子が窺えます。この曲はJTへの惜別と精一杯の感謝が込められていると捉えてもよいのかもしれません。

 カーリー・サイモンはJTとの別離の後、ラス・カンケルと1984年から夫婦同然の関係を結びますが、1985年に破局。彼女が、1985年にリリースしたアルバム『Spoiled Girls』のオープニングを飾った「My New Boyfriend」はラス・カンケルへの思いを表現した歌とされています。その後、1987年には作家・詩人のジェイムズ・ハートと再婚しましたが、2007年に離別しました。
 いっぽうJTは1985年に女優のキャサリン・ウォーカーと再婚。彼女の献身のおかげでドラッグと縁を切ることが出来たものの1995年に離婚し、2001年にボストン・シンフォニー・オーケストラの広報担当である Caroline ("Kim") Smedvig(キャロライン"キム"スメドヴィグ)と再々婚しています。
 2000年にカーリーはJTのプロデュースで、アルバム『The Bedroom Tapes』をリリース。決して復縁の兆しがあったわけではありません。彼女は2004年に、「もはや元夫について話ことはないわ。もう関係ないもの」といった趣旨の発言をしていました。
 憎しみあって別れるふたり。愛情が亡くなったから縁を切るふたり。発展的解消と言って別々の道を歩むふたり。友達の間柄に戻ったふたり。離婚しても仕事上のパートナーを続けるふたり。夫婦と言う関係を打ち切ってもその後の事情は人それぞれ、千差万別です。価値観が多様化した現代、離婚しても仲良しでいられる元夫婦の微妙で不思議な関係にとやかく言うほうが野暮というものなのかもしれません。
 今は孫に囲まれ、マイペースの活動をするカーリー・サイモン。悠々自適の余生を楽しく、幸福に過ごしていると言えるのでしょうね。

Carly Simon - TORCH

 前回で取り上げたジェイムズ・テーラーの『Her Town Too』の記事の中で、カーリー・サイモンとの関係が破綻しかかっていたことに言及しました。その頃のカーリー・サイモンの音楽活動はどうだったのでしょう。そこで、「Her Town Too」が収められていたJTのアルバム、『Dad Loves His Work』がリリースされた同じ年である1981年8月1日、彼女はスタンダード曲をカヴァーした『Torch』を発表。スタンダードの中でも、トーチソングといわれる片思いの相手への恋慕や失恋の悲しみの歌を歌っていたのです。

TorchTorch
(2008/07/15)
Carly Simon

商品詳細を見る


 アルバムのオープニングを飾るのは、ニコラス・ホームズの曲にカーリーが補作詞した「Blue Of Blue」。


BLUE OF BLUE
憂鬱で暗い青
殆ど灰色ね
希望の光なんてありゃしない
明るい明日もね
来るべき最後の望みも
うまく手に入れることが出来なかった
どうやら私はここで打ちひしがれたままのようね
そう、打ちひしがれたままなの

蹴飛ばしてみても私は何も感じやしないだろう
感覚がなくなってしまったから
以前にあったものは
何もかもなくなってしまった
でも嘆きはいま始まったばかり
あの甘酸っぱい味なんていまさらよね
でも身を引くわ
揺りかごがこの空っぽのベッドを揺らすことはない
もし泣くことが私にとって良くないことなら
私は間違ったことをしているのね
だから私はこの嘆きの歌を歌うの
泣きながら

 カーリ自身が詞を補い、あたかも結婚生活に夢も希望も見いだすことが出来ない様子を歌っているようです。蹴飛ばされても何も感じなくなるほどの深い悲しみを受け、嘆きはこれから始まるとの絶望感に言葉を失いました。愛情も信頼関係も破綻した行く末が、このような結果になるとは本当に残酷なものです。

 次はデューク・エリントンとポーラ・フランシス・ウェブスターが、ミュージカル『Jump For Joy』(1941)のために書いた「I Got It And That Ain't Good」。


I GOT IT BAD AND THAT AIN'T GOOD
善意ある人々は
涙を拭けと言うけれど
私は彼に夢中なの
彼なしじゃ生きて行けないわ
彼は優しく上品に扱ってくれないの
そうするべきなのに
のぼせあがってたのね
ちっともよくないわね
私の惨めな心はセンチメンタル
丸太作りじゃないもの
週末が過ぎて
月曜がまた巡って来ると
振り出しに戻るように
心底泣き出すだけ
彼は私が彼を愛してるようには私を愛してくれないの
私のように彼を愛せる女なんていやしない
重症よね
本当にどうかしてるわ
天にまします神様、
彼が私を愛せるようにしてください
それが自然の成り行きでしょ
どうしようもないわね
どうしたらいいのかしら

 恋の相手にのぼせ上がっている自分が悪いという失恋の歌ですが、その反面、「ちっともよくない」と冷静に見つめる目を持っております。それでも神様にまでお願いするとは、恋の悩みは藁をもつかむほど苦しいものなんでしょうか。

 男性ボーカルでお楽しみください。登場をいただくのはフランク・シナトラ。1957年にリリースされた『A Swingin' Affair!』に収録されていました。指揮、アレンジはネルソン・リドルです。


 もう1曲、男性ボーカルを。ジャズ、ロック、クラシック、ラテンなど様々な音楽の要素を取り入れて独創的な世界を作り上げてきたジョー・ジャクソンが2012年にリリースした『Duke』収録されていたヴァージョンをお聴きください。


 続いて「Stardust」、「Georgia On My Mind」、「Skylark」などの名曲で知られるホーギー・カー・マイケルが1933年に書いた、「I Get Along Without You Very Well」。詞はジェーン・ブラウン・トンプソン。
 ホーギー・カー・マイケルはもともと弁護士を生業としていましたが、作曲した作品が認められて作曲家に専念。前述の「Stardust」を皮切りに、次々とヒットを飛ばすようになります。また、テレビ・ドラマ『Laramie/ララミー牧場』(1959-1963)に俳優として出演。ちょっと異色の経歴を持った人でした。


I GET ALONG WITHOUT YOU VERY WELL
あなたなしでも私はうまくやっていけるわ
ええ、もちろんよ
でも、しめやかな雨が降り注ぎ
木の葉から雫が滴り落ちる時は別
あなたの腕の中に抱かれていた時の
あの旋律を思い出してしまうの
ああ、そうなの
でも、あなたなしでもうまくやっていけるわ

あなたのことなんか忘れたわ
そう自分に言い聞かせるようにして
ええ、もちろんよ
でも、あなたの名前を耳にしたり
誰かの笑い声があなたのと似ていたりしたときは別
だけど、私もう、あなたのことなんか忘れたわ
当然よね

本当に素敵な人だった
傷ついた私の心が月をからかえると思えるなんて
私はなんて愚かなの
どんな運命が待ち構えてるのでしょう
もう一度だけ電話をするべきかしら
いいえ、このままの自分であり続けるのが一番ね

あなたなしでも私はうまくやっていけるわ
ええ、もちろんよ
でも、たぶん春には
いいえ、春のことなんか考えるべきじゃないわね
心が確実にふたつに割れてしまうから

 未練を断ち切るように「あなたなしでもやっていける」と強い意志が示され、まるでジェイムズ・テイラーに対しての訣別の気持ちが窺われるようです。でも、ふとしたことで寂しさに気がつくところに、くすぶる女心が表されているのかもしれません。

 トランペット奏者として名を上げたチェット・ベイカーが、全曲で美声も披露したアルバム『Chet Baker Sings』(1956年発表)にてこの曲をとりあげています。


 リンダ・ロンシュタットは1986年発表の『For Sentimental Reasons』で、この曲をカヴァー。彼女は1983年の『What's New』、1984年の『Lush Life』、1986年の『For Sentimental Reasons』いう所謂スタンダード3部作をリリースしています。実は彼女、1981年にトム・スコットやトミー・フラナガンらを迎えてジャズ・スタンダード・アルバムを制作していたのですが、出来具合に満足せずお蔵入りにしてしまいました。カーリー・サイモンの『Torch』を聴き、その素晴らしさに圧倒されたのか、ライバル心に火がついたのか、カーリーのアルバムを凌ぐものを作ろうと考えたのでしょう。その後、改めてネルソン・リドルと手を組んで仕切り直し。『What's New』の完成に至ります。


 エドワード・ハイマン、ロバート・ソウアー、フランク・アイトン作詞、ジョニー・グリーン作曲による「Body And Soul」。数多くのアーティストに取り上げられておりますが、1930年に発表されたアンブローズ・アンド・ヒズ・オーケストラによるものがファースト・リリースでしょう。


BODY AND SOUL
我が心は悲しく寂しい
あなたを想いため息をつく
愛しきあなただけのために
どうして分かってくれなかったの
身も心もあなたに捧げるわ
あなたに想い焦がれて日々を過ごした
どうしてあなたは私のことを
誤解しているのかしら
私は本気で言っているのよ
身も心もあなたに捧げるわ
信じられない
想像すらできないの
あなたがふたりのロマンスを拒むなんて
わざとそんな振りをしているの?
あなたがもう一度
愛していることを証明するチャンスを私にくれなければ
これでおしまいになるように思えるわ
あなたは私の人生を台無しにしている
分かってるんでしょ、ちょっとその気にさえなれば
私はあなたのもの
喜んであなたに
身も心も捧げるわ

 愛する人に最後通告を突きつけているかのようです。この言葉と気持ちが理解できていれば、ふたりの離婚は回避できていたのでしょうか。いや、何か吹っ切れたように歌うカーリー・サイモンの表情を察すると、やはり覆水盆に戻らずなのかもしれません。

 マンハッタン・トランスファーは1979年の『Extension』にてカヴァー。卓越したボーカル技術とハーモニーが、また違った味わいを醸し出しております。


 ジミー・クレーンとアル・ジェイコブス共作の「Hurt」。アルバムから唯一シングル・カットされて、全米106位を記録しています。ちなみに、アルバムは全米50位まで上昇しました。


HURT
傷つくわ
あなたが私に嘘をついていたなんて思うと
痛いわ
心のずっと奥底が
あなたは言ったわ
ふたりの恋は真実だ
ふたりは決して別れないなんてね
でも今じゃ
あなたは素敵な他の誰が欲しいのね
そしてそんな思いが私の心を切り裂くの

傷つくわ
あなたが想像する以上に
痛いわ
私が今でもこんなにもあなたを愛しているから
でも、たとえ他の誰かがしたように
あなたが私を傷つけても
私はあなたを絶対に傷つけないわ

 傷つけられても恨まない余裕。カーリーの方がJTよりも1枚上手だったのでしょうか。いや、引いては女のほうが男よりも1枚も2枚も格が上と言えるのかもしれません。

 リズム&ブルース・シンガーとして活躍したロイ・ハミルトンが、1954年にリリースした盤がオリジナルのようです。なお、ライチャス・ブラザーズでお馴染みの「Unchained Melody」はもともと映画『Unchained』(1955年公開)主題歌として作られ、ハミルトンら4組のアーティストによる競作盤が発売されました。サントラ盤に収録されているのはトッド・ダンカンのヴァージョンですが、ハミルトンのヴァージョンは全米6位、R&Bチャート1位を記録しています。


 ユーモアを交え、時に自虐的に、時に未練がましくカーリーへの慕情をアルバム『Dad Loves His Work』で歌い上げたJT。それに対して、自分自身のありのままの姿を見つめ、彼への想いを断ち切って新たなステージへと羽ばたこうとするカーリー・サイモン。ふたりの気持ちや問題への向き合い方には大きな違いが窺えました。元来、男のロマンと女性の現実はフィットしないものです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。