好きな音楽のことについて語りたいと思います。

Mcguinn, Clark & Hillman - Surrender To Me

 今回も前回に引き続き、1979年にリリースされた『Mcguinn, Clark & Hillman』を取り上げます。

Mcguinn Clark & HillmanMcguinn Clark & Hillman
(2001/01/09)
Mcguinn、Hillman 他

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 前回も紹介した小倉エージ先生によるマッギン、クラーク&ヒルマンへのインタビュー(『ニュー・ミュージック・マガジン』1979年7月号掲載)では、パンク・ロックやディスコ・ミュージックが全盛を極める中で、ベテランがどのように対処し、新しい時代にどのような試みを行って行くのかといった彼らの意気込みが語られていました。

ー今回は73年にザ・バーズがリユニオンした時とは違って、ザ・バーズのオリジナル・メンバーが3人しかいないわけだけれど、ザ・バーズと名のらなかったのもそれと関係しているのかな?
マッギン このグループはザ・バーズのリユニオンを目指して組まれたグループじゃないんだ。3人しかいないし、ザ・バーズじゃないんだからそう名のらなかったというだけのことなんだ。それに僕らは新しい方向を目ざしたいから。
ーその新しい方向っていうのは、つまり、マッギン、クラーク&ヒルマンでやろうとしていること、目ざしているものっていうのはどういうものなの?
マッギン よりコンテンポラリーな音楽をやろうってことだけだよ。60年代の音楽をやろうとしているんじゃない。

 ロジャー・マッギンがこう述べたように、マッギン、クラーク&ヒルマンの音楽は3人の個性がほどよく融合し、控えめなホーン・セクションやストリングスも効果的であり、当世風のポップな趣が漂っていました。新しい時代を生き抜くベテランの技量や意地が彼らの作り上げたサウンドの中に織りなされていたと言って良いでしょう。

 それでは楽曲を何曲か紹介します。まず、「Surrender To Me」。ロジャー・マッギンのバンドのメンバーだったリック・ヴィトーの作品ですが、マナサスに通じるようなアーシーでいて洗練されたラテン・ロック調の雰囲気を醸し出していました。お世話になったかつてのボスへの恩返しとしてヴィトーが提供したのか、それともロジャーが子分だった男のために気を利かせたのかよく分かりませんが、軽やかなタッチのアレンジとクリス・ヒルマンの力まずリラックスした歌声が印象的です。


SURRENDER TO ME
おまえは俺のところに戻って来るんだな
何度も何度も
きっと俺のことを愛したいんだろうが
おまえはいつそうしてくれるのか言ってくれない
どうしたらいいんだ
恋い焦がれるこの思いを
ふたりの愛が始まるのを待ちながら

俺に任せてくれ
おまえの心も魂も
俺の傍にいてくれ
俺の愛でおまえを守り続けるから
俺に任せてくれ
おまえ自身が決めた意思で
そうすると言ってくれ
言ってくれよ

何かの合図を
俺にくれないか
おまえの気持ちが分かったなら
おれはもっと安らげるのさ
俺の人生からおまえを失うようなことはしないよ
俺が馬鹿を見たって
それはそれでかまわないさ

だから俺に任せるって言ってくれ
俺に身も心も任せてくれよ

 ジーン・クラーク作の「Backstage Pass」。バックステージ・パスとはコンサートなどの主催者が、スタッフやマスコミ関係者などに配る通行証のことですが、歌詞の内容が何を暗喩しているのか少々難解です。 


ライヴ映像です。


BACKSTAGE PASS
審判の日から
10フィート離れて
滑走路から
10フィート離れて
おまえの彼女に言いなよ
町でパーティーがあるってな
来ていいよって
ゆっくりして行ってもいいぜって

俺はホテルに滞在している
昼には旅に出る
俺は道のどの穴にも埋まってる
石ころさ
なあ、オー
ショーに出るどんなスターにも
舞台が必要だし
どんな舞台にも
スターがいるものさ

彼女が立つことのできる舞台から
10フィート離れて
なあ、オー
ここから10フィート離れて
そこが最も素晴らしいと彼女が思うなら
舞台は彼女のものさ
なあ、オー
自分がショーのスターだってことを
彼女は知っているのか
なあ、オー、どうなんだ

カリフォルニアにある女がいた
みんなが言うには
彼女は自分の乗車券を売っちまったってことさ
彼女は他人にくれてやったんだ
彼女が欲しかったのは
自分に近寄って来るような奴だけで
居座っちまうような輩は
おととい来やがれってなもんだ

 しみじみとした味わいのあるバラード曲、「Bye Bye Baby」。ロジャー・マッギンとバーズ時代にもコンビを組んだことあるR.J.ヒッパードの共作です。魅力的だけど手に余る女性に別れを告げるのですが、どうしても諦めきれない本音が吐露され、男の辛い気持ちが心に滲み込んで来ました。


BYE BYE BABY
彼女は自由に駆け回る仔馬のように
踵を蹴って歩く
女の体をした彼女の内側に
子供の魂があるのだ
四季のように
彼女は変化して行く
空高く舞い上がる鳥のように
ああ、彼女を愛さずにいられない
彼女の目を見ていると

彼女を手に入れた、彼女を失った
そして再び手に入れた
何度も心を痛め
ふたりは親密になっていった
今になってはもう彼女を抱きしめられない
彼女は自由になったのだ
海へと辿り着く
すみやかに流れる川のように

それではさようならを言うことにしよう
バイバイ、バイバイ、ベイビー
それではさようなら
元気でね
バイバイ、バイバイ、ベイビー
それではさようなら

彼女は孤独な女、無茶な賭けをする女
勝つと心に決めている
47が彼女のナンバー
見事に入れてみせるだろう
空に輝く星のように
彼女が明るく輝いている時には
彼女は行きたいところへはどこでも行ける
いずれその訳が彼女にも分かるだろう

彼女は自由に駆け回る仔馬のように
踵を蹴って歩く
女の体をした彼女の内側に
子供の魂があるのだ
四季のように
彼女は変化して行く
空高く舞い上がる鳥のように
ああ、彼女を愛さずにいられない
彼女の目を見ていると

ーところで、イーグルスが「ホテル・カリフォルニア」で歌ってるウエスト・コーストの崩壊というか、そういうことについてはどう思っているの?
ヒルマン ノウ! リンダ・ロンシュタットにしてもジャクスン・ブラウンにしても、イーグルスにしても・・・・・・。
マッギン 彼らはカリフォルニア州をキャンセルすることを考えてるんだ。
ヒルマン とんでもないよ。カリフォルニアは世界を率いていると思うよ。ロスアンジェルスは宇宙の中心だよ
ーじゃあ、イーグルスがうたってる内容には同意しないわけ?
ヒルマン ハリウッドとか映画のデカダンスについて歌ってるだけで、それはひとつの観察であるけど、でもカリフォルニアはトレンド・セッターだよ。音楽だけじゃなくて、あらゆる芸術を含めて。音楽も映画もロスアンジェルスが中心だよ。音楽の中心はもうニューヨークじゃなくて、今や、ロスアンジェルスだ。

 ロジャー・マッギンやクリス・ヒルマンにはベテランなりの意地があったのでしょうか。決して後輩たちに媚びることなく、自分たちの想いを押し通す、強い意思が受け取れました。

 さらにジャクスン・ブラウンやイーグルスに関しての話題が続きます。

ージャクソン・ブラウンやイーグルスは今の状況について歌ってるわけでしょう。
ヒルマン 核問題だけだよ。
ーそれを歌うにしても、その背景を示唆しているというか・・・・・・・。
いや・・・・・・、プロテスト・ソングの時代は60年代とともに終わっていると思う。だけどそういう意味で今うたうことがあるとしたら核のことだ。ジャクスンはアメリカで原子力発電反対のベネフィット・コンサートをやってる。原発はほんとに危険なんだから。
マッギン 空気汚染の方がもっと深刻だと思うよ。何人死んだか考えてごらんよ。(クリスに向かって)。
ヒルマン だけどそれは長期的な影響だろ?
(『ニュー・ミュージック・マガジン』1979年7月号掲載)

 冷静なイメージを受けるクリス・ヒルマンが、ロジャー・マッギンを遮るように抗議運動や環境問題に関する持論を展開。これまで渡り歩いて来たバンドの中でリーダー格のサポート役に徹するだけでなく、汚れ役を演じたり、策士の一面を見せてきただけあって、しっかりとした見解や認識を持った人であることを窺わせます。
 
 小倉先生は彼らのインタビューでの発言に、釈然としないものを感じたという趣旨の文章を記されていました。彼らからは、将来的なヴィジョンを持つ以前に、目の前にある状況といかに対処していくか、それだけで必死なような、それもいわばことなかれ主義的な印象を受けたとのこと。期待が大きかっただけに何ともやりきれぬ失望感を覚えたといったところなのでしょうか。なお、このインタビューにはジーン・クラークが登場しませんが、彼が現れたのはインタビュー終了間近だったとのこと。結局、小倉先生がなにひとつ聞き出せぬままお時間となったそうです。お騒がせキャラクターの一面を持つジーンらしいといえば、そうなのかもしれません。

 それではお口直しにマッギン、クラーク&ヒルマンによる「Mr. Tambourine Man」でお開きとしましょう。ここでは3人が、それぞれリード・ヴォーカルを分け合っております。


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McGuinn, Clark & Hillman - Long Long Time

 これまでロジャー・マッギン、クリス・ヒルマン、ジーン・クラークのソロ・デビュー・アルバムを次々と取り上げてきましたが、今回は彼ら3人が一同に会したアルバムの登場と相成ります。その名も『McGuinn, Clark & Hillman』。実質ザ・バーズ再結成アルバムと言っても過言ではないでしょう。

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(2001/01/09)
Mcguinn、Hillman 他

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 ザ・バーズはメンバーの入れ替わりが激しいバンドでした。音楽性の違い、金銭問題、素行の悪さなど理由は様々でしょう。しかし、脱退したからといって、「もう君とは絶好や。顔も見たないし、こんりんざい口もきかへんで」というわけではなく、それなりにメンバー間の関係が保たれていました。前回扱ったジーン・クラークのファースト・ソロ・アルバムにはクリス・ヒルマンとマイケル・クラークが駆けつけておりましたが、ジーンもクリスが結成したフライング・ブリトー・ブラザーズとともに「Here Tonight」という自作の曲を録音。また、1973年にアサイラム・レコードの創設者であるデヴィッド・ゲフィンの仲介によってバーズのオリジナル・メンバー5人が集結し、再結成アルバム『Byrds』(邦題『オリジナル・バーズ』)のリリースが実現しました。もっとも、それより3年も前の1970年、A&Mからリリースが予定されていたジーン・クラークのシングル制作のためにロジャー・マッギン以下オリジナル・メンバーが勢揃いし、「She's The Kind Of Girl」、翌71年には「One In A Hundred」の2曲をレコーディングしていたという事実があります。このこともオリジナル・メンバー間に良好な関係が続いていたことを窺わせる証左であると言えるでしょう。結局、この2曲はリリースされることなくお蔵入り。5人のオリジナル・メンバーが当時所属していたレコード会社が異なっていたことが見送られた原因とされていますが、1973年になってようやく前述の「Here Tonight」やソロ・アルバムを念頭にジーンが録音していた曲と合わせ、『Roadmaster』と名付けられたアルバムとして陽の目を見ることになります。

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(2013/11/13)
ジーン・クラーク

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 さて、オリジナル・メンバーによるアルバム『Byrds』のリリースから4年が経った1977年、ロジャー・マッギン、ジーン・クラーク、クリス・ヒルマンの3人に新しい展開が待ち構えていました。ロサンゼルスの老舗クラブであるトルヴァドールの20周年記念パーティに出席していたロジャー・マッギンがステージで歌っていた際、客席にいたジーン・クラークを呼び寄せ、バーズ時代の楽曲「Eight Miles High」を一緒に演奏。このセッションは好評を博し、ふたりはデュオを組んでツアーに出ることになりました。かつてロジャーとジーンが出会い、意気投合したトルヴァドール。奇しくも同じ場所からの再始動には感慨深いものがあったことでしょう。やがてクリス・ヒルマンが加わり、3人で精力的にライヴ活動を重ねて行きます。

 音楽評論家の小倉エージ先生によるインタビューでは、ロジャー・マッギン自身の口から再会の経緯が語られていました。

ーそもそもこの3人でグループを組むようになったきっかけから話してくれますか。
マッギン ごく自然にこうなったんだ。レコード会社やそのお偉いさん達に話しかけられたってことじゃなくてね。トゥルヴァドゥール(注・ロスアンジェルスにある有名なクラブ)が20周年パーティーをやった時に、ぼくはひとりでステージにたったんだ。その時客席にジーンがいて、ステージにあがって一緒に歌わないかって誘ったら歌ってくれた。それがうまくいって、その場にいた人達にもとても気に入ってもらえたんだ。その後ふたりでアクースティック・ギターを持ってツアーに出たりもしたよ。それから雪だるまがころがるように話がトントン拍子にすすんで、クリスが入ってきた。3人の演奏をレコード会社が聞いて気に入って、そしてキャピトルと契約したってわけさ。(『ニュー・ミュージック・マガジン』1979年7月号掲載)

 3人は1977年、78年とアメリカ国内のみならずイギリスやオーストラリアでもライヴを行い、バンドとしての方向性を確かめながら力を蓄え、79年に満を持してアルバム『Mcguinn, Clark & Hillman』の発表に至ります。人生の酸いも甘いも嗅ぎ分けた三者三様の個性や音楽性が表現されていますが、ぶつかり合うのではなく巧みに融合され、豊潤で悠々とした雰囲気を醸し出していました。

 それでは何曲か紹介して行きましょう。アルバムのオープニングを飾る「Long Long Time」。クリス・ヒルマンとリック・ロバーツの共作で、マナサスを彷彿させるラテン・ロック風味の曲です。ラヴ・ソングの体裁をとっていますが、まるで3人の再会を祝すかのようにも受け取れました。


LONG LONG TIME
昔と変わらぬように語りかけてくれよ
君があの頃していたみたいにね
ほとんど忘れてしまった気分さ
ずいぶんと時間が経っちまったようだな

君があの頃に言っていた話を聞かせてくれよ
あの頃の気分にさせてほしいんだ
ほとんど忘れてしまった気分さ
ずいぶんと時間が経っちまったようだな

これ以上変わらないことがあるのか
そもそも変わることなんてあるのか
俺たちが以前にこぼしたかけらを
拾い上げることが出来るのか
そんなかけらが、まだそこに残っていたらの話だが

あの頃と同じまなざし
偽ることの出来ない君の気持ち
ほとんど忘れてしまった気分さ
ずいぶんと時間が経っちまったようだな

あの頃のように振る舞ってくれよ
また君に惚れさせてほしいんだ
ほとんど忘れてしまった気分さ
ずいぶんと時間が経っちまったようだな

 ジーン・クラーク作の。「Little Mama」。こちらもラブ・ソングながら旧友との再会のメッセージが込められているような気がします。


LITTLE MAMA
リトル・ママ
やっと君は分からせてくれたね
今度こそ俺を愛しているって
Oh Oh Oh

俺たちは追いつめられていた
そして失った時間もいっぱいあったな
さて、そんなことは過ぎたことさ

みんなが噂している
でも、分かっている奴はいない
みんなが噂している
でも、誰も分かっちゃいないのさ

リトル・ママ
君は本当に俺のことを知りたいんだな
今度こそ先に進もうぜ
Oh Oh Oh

リトル・ママ
やっと君は分からせてくれたね
今度こそ俺を愛しているって
Oh Oh Oh

リトル・ママ
分からせてくれ
リトル・ママ
もっと愛してくれ
リトル・ママ
俺たちは時間を無駄にしたけど
そんなことはもう過ぎたことさ

 カリビアン風のトロピカルなアレンジが心地よく漂う「Don't You Write Her Off」。ロジャー・マッギンの作品です。


 こちらはライヴ映像です。


DON'T YOU WRITE HER OFF
ニューヨークの地平線の頂上にいた
青い海も渡った
孤島にひとりきりで過ごした
そしてグル(導師)だったこともある

そんなふうに彼女を見なすなよ
彼女は素敵な女さ わからないのか
そんなふうに彼女を見なすなよ
彼女は素敵な女さ わかるだろう

いろんな町で女と出会った
これまでに訪れたどの町でも
あの女の半分も綺麗な
それでいて純真な心を持った女などいやしない

おまえが彼女を手放すのなら
あいつが彼女を手に入れるだろうぜ
そしたらおまえは考えを改めるだろう
おまえにあんないい女はもうみつけられない
恋は盲目だってことを知らなきゃなぁ

 このアルバムが発表された当初、ハーモニーやコーラスはバーズならではのものでもサウンドがややポップになりすぎた嫌いがあるとの声がありました。けれどもロック・ミュージックが巨大な産業として発展する過程でパンク・ロックが台頭し、ディスコ・サウンドが席巻した1970年代末、ヴェテランの域に達した彼らには爽やかなウエスト・コースト・サウンドの良さを残しながらも洗練された音作りが求められたのです。時代に対応した姿勢を見せながらも滲み出る独自色と新鮮味。1964年に同年代のザ・ビートルズに刺激を受けたロジャー・マッギンとジーン・クラークがトルヴァドールで出逢い、後にザ・バーズと名乗ることになるバンドを結成する決意をしてから15年。離合集散があったもののまたぞろ手を組み、各自が音楽的に成長した姿を示した様は決して同窓会的な印象はなく、音楽環境の変化の中で作り出された新しい第一歩と言えるでしょう。

 蛇足ながら私は1979年5月に行われたマッギン、クラーク&ヒルマンの日本公演に行き、ステージで演奏する彼らの姿をこの目で見ました。ジーン・クラークが故人となってしまった今、とても貴重な体験だったと思う次第です。

Gene Clark - The French Girl

 今回も前回に引き続き、『Gene Clark with Gosdin Brothers』を取り上げます。

ジーン・クラーク・ウィズ・ザ・ゴスディン・ブラザーズ(紙ジャケット仕様)ジーン・クラーク・ウィズ・ザ・ゴスディン・ブラザーズ(紙ジャケット仕様)
(2014/02/05)
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 ボブ・ディランを意識しているのか、難解な比喩と揶揄が込められた「So You Say You Lost Your Baby」。他人への忠告めいた体裁をとっていますが、自分への戒めが表されているのかもしれません。


SO YOU SAY YOU LOST YOUR BABY
おまえは歯の浮くような台詞を並べ立てている
逃げて行くあの女を捕まえろよ
おまえは「簡単に行くことは何もない」と言うが
おまえのいるところなんてベニヤ板みたいなもんさ
そして竹馬の内側に立って
判決の幕開きを見物しようっていうんだな
それでおまえは言う、大切な女を失ってしまったと
おまえはひとりぼっちだって分かっているのか
試練が風景の向こう側のここからあそこへと
動き回るのを見ようと立ったままでいる
悩み事なんか月の妖精のところへ投げちまえ
荒々しい夢のように覆い隠そうとして
無関心を装えよ
そんな争いに巻き込まれると思ったなら
愛しのあの女を失ったと泣きごとを言うがよい
それがおまえの人生なんだろうな

月曜日になるといつも、おまえは軍旗を翻す
人をじらせて落とし込める
巡礼者たちについてたずね
彼らにやってしまったことは仕方ないと誓わせる時
丘の上の礼拝堂を要求する
そこでおまえは暮れ行く太陽を見つけるだろう
おまえは愛しの女を失ったと言う
おまえは孤独だって分かっているのか

 こちらはボーナス・トラックとして収録されたアコースティック・ヴァージョン。


 これも失恋の歌「The Same One」。どこでボタンを掛け違ったのか、彼女の心は戻りません。未練を断ち切り、思いを新たにすることはそんなに容易なことではないでしょう。辛いですね。


THE SAME ONE
君の窓の側を横切った
俺に気がついてくれるかもしれないと思って
俺たちの仲が変わっちまったのは分かってるが
こんな風になるはずだったのかい
昨日ふたりで計画したことは
打ち明けなければならなかった本音だったよな

憶えてるよ夕べのこと
君は本当に俺を気にかけてくれているようだった
でも今日の君は違う人
別の顔を用意していたみたいだな
ふたりで夢見た魔法のような数々の不思議は
ふたりが語ったはずの言葉とともに消えてしまった

君の名前を呼んでみても
たぶん君には俺のことが分からないだろう
本当に同じ人なんだろうか
俺にいろんな願いを示してくれた君なのか
俺はもう何を信じて良いのか分からない
でも立ち直らなきゃなあ
そしてここを出て行こう

 軽快な曲調の「Needing Someone」。彼女が自分のもとへ寄って来たとしても、結局は別れる運命を想定しておかなければならないのは悲しいことです。


NEEDING SOMEONE
頼れる誰かが必要だと君は言う
俺も頼れる誰かが必要なんだ
だから安心しなよ
俺をあてにしてくれたらいい
君の願いは何でも聞いてあげるから

もっと早くに伝えるべきだった
でも今度は君に以前よりずっと心が通じそうだ
本当にずっと

君は決心する方法が必要だと言う
俺にはどちらに進めば良いのかを
見つけることが必要なのさ
君が俺と付き合えると思えるなら
その時たぶんふたりは俺が懐かしがっている
あの頃に戻ろうと時計のねじを巻くだろう

ふたりが出来ることはたくさんあるよね
ふたりの関係が終わる前に必要なものは
何でも手に入れることが出来るだろう
俺には分かってるのさ、そうなることが

 アルバム『Echoes』が不発に終わったもののCBSは起死回生のためのシングル発売を画策しました。A面をジーン・クラーク自作の「Only Colombe」、B面をイアン&シルヴィア作品のカヴァー「The French Girl」に決定し、レコーディングするも敢えなくお蔵入り。ジーンの死後に追悼盤として1991年5月に発売された企画盤『Echoes』にてようやく陽の目を見ました。
 妖艶な魅力を持った女に手玉にされる様子が描かれた「The French Girl」。一夜限りの戯れは虚無感だけが漂いそうです。


FRENCH GIRL
華奢な手に3個の銀の指輪
日曜の朝早く
ロウソクの明かりの中で輝く閃光
あの雨の朝、ふたりは部屋を見つけた
曲がりくねった道を彼女は俺の手を取り
家に連れて行ってくれた
その後目が覚めると
赤ワインがあり
暖かいこの隠れ家の中で
彼女は微笑みながら髪をといていた

俺が名前をたずねるたびに彼女は笑った
再会を約束したが
フレンチ・カフェに居合わせた彼女の友人たちは
俺と話せる英語の言葉をひと言も知らなかった

だから君も国境線を越えたところで出会うかもしれない
銀の指輪をはめた娘、俺は彼女の名前を知らない
君の手に負えない、一筋縄でいかない女だぜ
ある雨の朝、彼女が去って君は置き去り
君は以前の君に戻れない

 こちらはイアン&シルヴィアのヴァージョンです。1966年リリースの『Play One More』に収録。


 ジーン・クラークの持つ雰囲気は、昔で言うところのやさ男といったところでしょうか。甘いマスク、スリムな体型、朴訥で哀愁を帯びた歌声からもそんなイメージが受け取れます。また、ザ・バーズを最も早く脱退し、ソロに転向するも鳴かず飛ばず。その後、ディラード&クラークで一定の成功を得たり、ロジャー・マッギンやクリス・ヒルマンと組み、実質バーズ再結成とも言えるマッギン、クラーク&ヒルマンでの活動で再び脚光を得るも長続きせずに訣別。そんなジーンの行動からは孤独といった印象も窺えました。
 ジーン・クラークが書いた失恋の歌は本人の経験によるものと推察されます。失恋の経験によって人は成長して行くものでしょう。さらに彼の失恋の歌には過去の栄光を失った空しさ、才能を評価されない不満、円滑な人間関係を築けない孤独感などが反映されているとも解釈できます。
 1989年、ジーンの「Feel a Whole Lot Better」をカヴァーを収録したしトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのアルバム『Full Moon Fever』が、全米3位、ノルウェーでは20週に渡りトップ20(最高位は2位)にランクされる大ヒットとなりました。当然ながらジーンのもとへも莫大な印税がもたらされることに。しかし、ジーンは酒とドラッグに溺れた生活を送り、せっかくの富を浪費してしまったのです。色男、金と力はなかりけりといったところなのでしょうか。
 ジーン・クラークという人は感情の起伏が激しく、周囲にいてほしくないタイプの人間なのかもしれません。しかし、破天荒な生き方、精神面のもろさ、そうしたマイナス要素も含めた人生の機微が彼の書いた失恋の歌に託されていると読み取れました。