好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Danny O'keefe - Good Time Charlie's Got The Blues

 しばらくA&Mに所属していたソフト・ロック系のアーティストの記事が続いていましたが、今回は久々にシンガー・ソング・ライターの作品を取り上げます。さて、登場していただくアーティストの方はダニー・オキーフ。地味な存在なので、「誰やねん」と思われる方が多いかと存知ますが、ジャクソン・ブラウンがアルバム『Running ON Empty』でカヴァーしていた、「The Road」の作者と言えばお分かりになるでしょうか。でも、「そんな曲知らんわ」と言われれば返す言葉もありません。

オキーフオキーフ
(2013/06/12)
ダニー・オキーフ

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1. Good Time Charlie's Got The Blues
2. Shooting Star
3. The Question (Obviously)
4. Honky Tonkin'
5. The Road
6. Grease it
7. An American Dream
8. Louie The Hook vs. The Preacher
9. The Valentine Pieces
10. I'm Sober Now
11. Roseland Taxi Dancer
12. Know You Really Love Me

 ダニー・オキーフは1943年、ワシントン州スポーケインで生まれ、ウェナチーで育ちました。父親が果樹園で働く季節労働者だったからなのか、一家はミネソタ州セントポールズやミネアポリスなどを転々。そんな暮らしの中で思春期を迎えたダニーはカントリーミュージックやジャズに興味を持ち、1960年代半ばには自らギターを片手にコーヒーハウスで歌うといった音楽活動を始めます。時にはニューヨークに出たり、シアトルに腰を落ち着けたりと多忙な日々を送り、1966年には念願かなってデモ録音を集めたアルバムのリリースに漕ぎ着けました。その後、カリオペというバンドに参加してベースとヴォーカルを担当。68年にはブッダ・レコードからアルバム『Steamed』を発表しています。

 アルバムに収録されていたボブ・ディランの「Like A Rolling Stone」のカヴァー・ヴァージョンとメンバーのポール・ゴールドスミスのペンによると思われる「I Wanna Thank You」。


 バンド解散後、ダニー・オキーフはロサンゼルスに向かいました。バッファロー・スプリングフィールドのマネージャーであるチャールズ・グリーンのもとでチャンスを窺う毎日。幸いにもアトランティック・レコードの社長を務めるアーメット・アーティガンが噂を聞きつけ、ダニーは「Good Time Charlie's Got The Blues」を披露します。アーティガンはこの曲をたいそう気に入り、すぐに契約へと事が運ぶかのように思われましたが、人世はそんなに甘くありません。いつまでたっても色よい返事がダニーのもとへ届かなかったのです。業を煮やしたダニーはアーティガンにデモ・テープを送付。積極的な売り込みの甲斐あってか、ついにアトランティック傘下のコティリオンと正式契約に至りました。
 1971年、アーメット・アーティガンのプロデュースのもと、マッスルショールズ・サウンド・スタジオを中心に
レコーディングが行われ、「Good Times Charlie's Got The Blues」を収録したアルバム『Danny O'Keefe』をリリース。しかし、社長であるアーティガン直々の采配のもとで制作されたにもかかわらず、このアルバムはさほど話題になりませんでした。
 翌72年、レーベルを同じアトランティック傘下のサインポストに移し、プロデューサーをアルフ・マーディンに代えたアルバム『O'keefe』を発表。ダニー・オキーフの魅力がいかんなく発揮されたこのアルバムは、ジェイムズ・テイラー、カーリー・サイモン、キャロル・キングなどのシンガー・ソング・ライターが脚光を浴びる中、私的な物語をシンプルな演奏に乗せて歌うダニーの姿も世間の注目を集めることになったのです。


GOOD TIME CHARLIE'S GOT THE BLUES
みんなが去って行ってしまった
留まってくれるものと信じていたのに
もうまわりには親しい人がいない
誰もが街を捨てて出て行ったのだ

ある者は貨物列車で、ある者は飛行機で
太陽を求め、雨から逃げる
この町は人生を浪費すると奴らが言っていた
その通りと思うよ、俺も人生を無駄にしているからね

心の声が俺に語りかける
33歳にもなりゃガキじゃない
遊びほうけてりゃ女房にも逃げられちまう
度が過ぎりゃ、人世を棒に振るってな

薬で痛みを和らげられるが
雨を止ませる術なんてありゃしないぜ
できればここで落ち着きたいのだが
誰もが街を捨てて出て行くんだよ

勝ち組になる奴もいりゃ、負け組になる奴もいる
放蕩者にも悩みがあるのさ

(注)"good time charley" とは個人名ではなく、「放蕩者」、「遊び人」、「楽天家」といった意味。

 果樹園で働くダニー・オキーフの父親は息子を士官学校に通わせ、季節労働者ではなくステータスの高い職業に就かせたかったようです。思春期のダニーが、音楽にうつつを抜かし、シンガー・ソング・ライターやロック・ミュージシャンを夢見ることなどもってのほかだったことでしょう。そんな父親への反発もあってか、せっかく入学したミネソタ大学を中退して自ら音楽の道を選択。しかし、鳴かず飛ばずのまま気がつけば30歳を過ぎ、ミネソタと都会を行ったり来たりの生活から抜けきれません。友人たちが成功を求めて町を出て行ったのに対し、自分は留まって怠惰な毎日を繰り返すことが描かれたこの「Good Time Charlie's Blues」は、ダニー自身の閉塞感と将来の不安が入り交じった心境が反映されていたのでしょう。

全米第9位を記録するヒットとなったシングル・ヴァージョンは、一部歌詞が異なります。
Everybody's goin' away
Said they're movin' to L.A.

みんな去って行ってしまった
ロサンゼルスに引っ越すとか言ってたよ


 こちらは2012年のライヴ映像です。


 エルヴィス・プレスリーのヴァージョンはアルバムのタイトルを意識したかのような『Good Times』(1974年発表)に収録。


 B.J.トーマスのヴァージョンは『Help Me Make It (To My Rockin' Chair) 』(1975年) に収録。


 アール・クルーはブッカー・T・ジョーンズをプロデューサーに起用し、チェット・アトキンスをゲストに迎えたアルバム、『Magic in Your Eyes』(1978年)の中でこの曲を披露していました。今回はライヴ映像をご覧ください。


 この他にもウェイロン・ジェニングス(1973年の『Lonesome, On'ry & Mean 』に収録)、ウィリー・ネルソン(1984年の『City of New Orleans』に収録)、ホリー・コール(2012年の『Night』に収録) など多数のアーティストによって歌い継がれています。


 アルバムからもう1曲。冒頭で述べた「The Road」です。この歌にはツアーに出たミュージシャンの厳しい生活が描かれていました。


THE ROAD
ハイウェイとダンス・ホール
心地よい歌がおまえを遠くに連れて行く
おまえは月についての詩を書き
星空を夢見る
古いモーテルの部屋の憂鬱
父親の車に乗った娘たち
おまえは素晴らしいものについて歌い
傷跡を笑い飛ばす
朝はコーヒー、午後はコカイン
おまえは天気について語り
しくじりを笑い飛ばす

長距離電話でおまえに
近況を話し
喪失感を忘れ
獲得した品々を大袈裟に語る

そしておまえがそんな話を伝えるのを止めるのは
慣れちまったときだな
それは旅の途中にあるひとつの町の出来事に過ぎないのさ

女たちがおまえに会いに来る
おまえの名前が今も彼女たちの心をときめかせても
彼女たちから受け取るものは殆どない
そして彼女たちはおまえのことをよく知っていると言う
おまえも彼女たちを憶えていると言う
しかし、そんなことはたんなる社交辞令
旅先で出会う顔は
どれも同じに見えてきた

金ではなく
ほんのひと時のため
モーテルの部屋を肩をいからせて歩き
何マイルもぐるぐると旅を続けるおまえ
ネオンの下のギャンブラー達が
ギターの音色に惹かれてやって来る
月明かりについてのおまえの歌はもっともだが
星についての歌はいただけない

 ジャクソン・ブラウンのヴァージョンはミュージシャンの孤独感と疲労感が滲み出ているかのようです。1977年発表の『Running On Empty』に収録。


 ダニー・オキーフの作品はこの他にも「Magdalena」(1973年発表の『Breezy Stories』に収録)をレオ・セイヤーが『Endless Flight』(1976)で、 「Angel Spread Your Wings」(同じく『Breezy Stories』収録)をジュディ・コリンズが『Judith』(1975)で、「Quits」(1975年の『So Long Harry Truman』収録)をアンディ・ウィリアムスが『The Other Side Of Me』(1975)で、クリス・ヒルマンが『Clear Sailin'』(1977)で、それぞれ取り上げていました。
 
 現在もインディペンデント・レーベルから新作をリリースしながら活動を続けるダニー・オキーフ。時代に迎合せず、流されず、自らが選んだ道をしっかり歩んでいます。
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We Five - My Favorite Things

 前回に引き続き、今回も We Five のアルバム、『You're On My Mind』を取り上げます。

ユー・ワー・オン・マイ・マインド(紙ジャケット仕様)ユー・ワー・オン・マイ・マインド(紙ジャケット仕様)
(2012/09/26)
ウィ・ファイヴ

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MY FAVORITE THINGS
薔薇の花に滴る雨の雫、子猫の髭
ピカピカ光る銅製のヤカン、暖かな毛糸の手袋
リボンのかかった紙包み
みんな私のお気に入りのものたち

クリーム色のポニー、歯切れの良いリンゴのシュトロイゼル
ドアの鈴、そりの鈴、シュニッツェルのヌードル添え
月光を浴びて空を羽ばたく雁の群れ
みんな私のお気に入りのものたち

犬に噛まれたり、蜂に刺されたり
悲嘆に暮れる時
ただお気に入りのものたちを思い出すと
気分が晴れて来る

白いドレスに青いサテンのサッシュ(飾り帯)を付けた少女
鼻とまつ毛にとまった雪片
冬の銀世界に雪解けとともに訪れる春
みんな私のお気に入りのものたち
 
 この曲はジュリー・アンドリュース主演の映画でもお馴染みのミュージカル『The Sound Of Music』(1959年初演、映画は1965年公開)の挿入歌で、リチャード・ロジャース(作曲)とオスカー・ハーマスタイン2世(作詞)のコンビによって作られました。今日ではスタンダード・ナンバーとして親しまれ、ジョン・コルトレーン(1961年の『John Coltrane』に収録)、アンディ・ウィリアムス(1965年の『Merry Christmas』)、バーブラ・ストライザンド(1967年の『A Cristmas Album』)、ケニー・ロジャース(1981年の『Christmas』)、ザ・モンキーズのミッキー・ドレンツ(1994年のBroadway Micky)、キャロル・キング(2011年の『A Holiday Caroleに収録』)などカヴァー・ヴァージョンは枚挙に暇がありません。

 ジョン・コルトレーンのヴァージョンです。


 いまとなってお気に入りのものが身の回りにないかのように思えるほどの淋しさが伝わるアンディ・ウィリアムスのヴァージョン。




TONIGHT
トゥナイト
今宵はいつもの夜と違うようね
今宵は明けの明星も姿を潜めている

トゥナイト
今宵、私は恋人に会える
星はじっとしたまま動かない
今日、1分が1時間のように感じられるほど
時がゆっくり過ぎて行く
空はまだ明るい

月の光が射し、終わらない1日
終わらない夜が始まる

 ご存知、ブロードウェイミュージカル『West Side Story』(1957年初演、映画化は1961年)の主題歌、「トゥナイト」です。作者は巨匠レナード・バーンスタイン(作曲)とスティーヴン・ソンドハイム(作詞)。主人公のトニーとマリアが非常階段で互いの気持ちを確かめ合うシーンとマリアの兄ベルナルド率いるシャーク団とトニーが所属するジェット団との決闘を前にし、マリアとトニーはその決闘後の再会を待ち望む想いで歌うシーンに使われていました。なお、ウィ・ファイヴのヴァージョンは後者のほうです。





 アンディ・ウィリアムスの名唱は1962年にリリースされた『Moon River and Other Great Movie Themes 』に収録。

We Five - You Were On My Mind

 Loopyというニックネームでお馴染みの元首相の発言が物議を醸しています。この方は東京大学でもオックスフォード大学でも工学畑を歩まれた故か、サンフランシスコ講和条約を勉強されていないのでしょうか。既に政界を引退されたことだし、大好きな隣国で余生を過ごされたら如何かと思うのですが、やはり生まれ故郷の星にお帰りになるのが一番。もちろん交通費は自費でお願いします。この元首相が、月額1,500万円もの子供手当を支給されていたほどの富豪であるのは周知の事実。日本はアベノミクスで景気が回復基調であると伝えられるものの長期債務が一向に減らない状況です。元首相といえども、この方のために血税でロケットを飛ばす余裕はありません。もし私財を投げ打つのがもったいないと思われるのなら、宇宙開発がめざましく発展しているといわれる隣国に、この度の発言の見返りとして元首相のほうから直々にお願いされるという腹案を持たれたらどうかと存じます。

 さて、梅雨時の心が晴れ晴れしない時に、このような報道で「開いた口が塞がず」、気が滅入る一方。そんな時は爽やかな音楽を聴くに限ります。では何が打ってつけかというと、前回のザ・サンドパイパーズからの流れからA&Mサウンドでモヤモヤした心を癒すのが最適。今回はウィ・ファイヴの皆様のご登場です。

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 ウィ・ファイヴは私学の名門、サンフランシスコ大学の同級生だったマイク・ステュワート(バンジョー)、ジェリー・バーガン(ギター)、ピート・フラートン(ベース)、ボブ・ジョーンズ(12弦ギター)の4人に紅一点のビヴァリー・ビヴァンズ( リード・ヴォーカル)を加えた5人編成で結成されました。リーダー格のマイク・ステュワートはジョン・ステュワート(ザ・モンキーズの『Day Dream』の作者であり、キングストン・トリオの元メンバー)の実弟で、当初はキングストン・トリオのようなフォーク・グループを目指して活動していました。ところが、キングストン・トリオのマネージャーであるフランク・ワーバーのアドヴァイスにより、フォーク・ロックおよびソフト・ロック路線を歩むことになります。これにはザ・ビートルズの台頭が大きく影響していたのでしょう。
 
 路線変更が功を奏したのか、クラブで演奏するウィ・ファイヴはティファナ・ブラスのリーダーで、A&Mレコードの創設者でもあるハーブ・アルパートの目に留まって契約に至ります。1965年、カナダのフォーク・デュオであるイアン&シルビアの作品、「You Were On My Mind」をフォーク・ロック・サウンドにアレンジしてデビュー。全米3位の大ヒットとなりました。


YOU WERE ON MY MIND
目覚めれば、あなたのことを考えていた
頭の中はあなたのことだけ

困ったことがあるし、悩みも抱えている
癒さなければならない傷もある

だから痛みをやわらげようと人目につかないところへ行った
この痛みをやわらげるために

困ったことがあるし、悩みも抱えている
家に戻っても
目覚めれば、あなたのことを考えていた
頭の中はあなたのことだけ

靴の中で落ち込む気分
靴の中で滅入るいっぽうよ
当てもなくぶらつき、動きまくり
憂鬱な気分を振り払おうと歩き回らねばならない
目覚めれば、あなたのことを考えていた
頭の中はあなたのことだけ

 ライヴ映像です。


 おしどり夫婦デュオとして人気を集めたイアン&シルビアのオリジナル・ヴァージョンは、1964年リリースのアルバム、『Northern Journey』に収録。二人のお気に入りの曲だったのか、1972年のアルバム『You Were On My Mind』でもグレート・スペックルド・バードを従えて再びレコーディングしていました。また、コンビ解消後、シルヴィアは1989年のソロ作、『You Were On My Mind』でもセルフ・カヴァーしています。
 今回はリユニオン後のライヴ映像をご覧ください。


 こちらはバリー・マクガイアのカヴァー・ヴァージョン。1965年発表のアルバム、『Eve Of Destruction』に収録されていました。狂おしいほどの心の叫びが印象的です。寝ても覚めても想うはひとりの人だけと言いつつも、横目で別の女を意識しているのが男のサガ。それでも失恋したなら、長期に渡って引きずるのも男の特質というものでしょうか。


 むくつけき、いやいや逞しき男性ヴォーカルの次はキュートな女性シンガーの歌声を紹介。元バングルスのスザンナ・ホフスのご登場です。1992年公開の映画、『Fathers&Sons』のサントラ盤に収録。

 
 もう1曲、アルバムから紹介しましょう。レーベル・メイトであるザ・サンドパイパーズも『Guantanamera』で取り上げていた、「Somewhere Beyond The Sea」です。


SOMEWHERE BEYOND THE SEA
海の向こうのどこかで
私を待っている人がいる
愛する人が金色の砂浜に立ち
沖を行き交う船を眺めている

海の向こうのどこか
あの人はそこで私を待っている
私が鳥のように空高く飛べたなら
まっすぐあの人の腕の中へ飛び込んで行きたい

星の彼方は遠く、月の彼方は近い
疑念を遠く払いのけ、私の心はまもなくそこへ導かれる
渚の向こうで二人は会って、以前のように口づけを交わす
二人で海を越えれば幸福な暮らしが待っている
もう二度とあなたをおいて船出することはない

 この歌の原曲はザ・サンドパイパーズの記事でも述べましたが、シャルル・トレネ作のシャンソン、「La Mer」です。1946年にアメリカの作曲家、ジャック・ローレンスが英語の歌詞を付け、広くカヴァーされるようになりました。元々は海への憧れが描かれた歌でしたが、ポップスとしてヒットさせるためか、恋人の元へ帰ることを願うラヴ・ソングに内容が変更されています。

 1946年にリリースされた作者であるシャルル・トレネのヴァージョンです。


 この歌は枚挙に暇がないほどのアーティーストによって歌い継がれ、演奏され続けています。ジュリエット・グレコのヴァージョンは1966年リリースの『Juliette Greco』に収録。情感が込められた低音の落ち着いた歌声が魅力的です。


 イージー・リスニングとして最適な曲なのか、ポール・モーリア、フランク・プゥルセル、リチャード・クレイダーマンなどの演奏によるレコーディングがあります。今回はポール・モーリアのヴァージョンで安らぎのひとときをお過ごしください。


 ロックン・ローラーとして人気を博し、その後はブルー・アイド・ソウル、スタンダード、フォーク・ロックと幅広く歌いこなして成功を収めたボビー・ダーリンの代表曲のひとつでもある「Beyond The Sea」。晩年はテレビのショー番組の司会も務めていましたが、1973年に心臓病のため、37歳の若さで他界しました。
 なお、彼の半生を描いた映画『Beyond The Sea』(2004年公開)が、ケヴィン・スペイシーの監督・脚本・主演で制作されています。


 映画の中の一場面。スペイシー自身が歌っています。


 フル3GCDで描かれたアニメーション、『Finding Nemo』(2003年公開)のエンディングではロビー・ウィリアムズ(Take That)が歌っていました。2001年発表の『 Swing When You're Winning』に収録。今回は彼のライヴ映像でお楽しみください。



 ELOのジェフ・リンのヴァージョンは恋人に会えない切ない想いではなく、明日への希望に満ちたような威勢の良いサウンドに仕上げられています。2012年リリースの『Long Wave』に収録。


 フォーク・ロックとポップスやジャズのスタンダードで構成されたウィー・ファイヴのファースト・アルバム、『You Were On My Mind』。フォークにこだわることなく、トレンドに合わせたことが成功のきっかけとなったようです。
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