好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Patti Page - Tennessee Waltz

 パティ・ペイジさんが、2013年1月1日に逝去されました。享年85歳。今回は彼女の代表曲である「Tennessee Waltz」をお題とします。

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(2000/07/26)
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 パティ・ペイジはオクラホマ州の貧しい家庭に生まれました。18歳の時、地元のラジオ局の番組に歌手として出演するようになったことがきっかけで、プロ・デビューを果たします。
 1947年、「Confess」という曲をレコーディングする際、予算の都合でバック・コーラスを雇えなかったため、複数のパートを多重録音で凌いでレコードを発売。災い転じて福と成すとばかりにその歌唱が世間の注目を浴び、チャートの20位に入るヒットに至りました。パティは多重唱が気に入り、その後もこの手法を継続。次々とヒットを飛ばします。1950年にリリースされた「Tennessee Waltz」は13週に渡って1位を記録し、彼女の最大のヒット曲となりました。

 マーキュリー・レコード時代の録音とCBSに移籍した1960年代の再録音を聴き比べていただければ幸いです。


TENNESSEE WALTZ
彼と踊っていた
あのテネシー・ワルツに合わせて
ある時、偶然に昔の友だちを見かけ
私は彼女に彼を紹介した
すると二人は踊り出し
友だちは私から愛しのあの人を奪い取った

私はあの夜のことを思い出す
そしてあのテネシー・ワルツ
今になって失ったものの大切さを思い知る

そう、私はかけがえのないあの人を失った
あの夜に流れていたのは
あの麗しのテネシー・ワルツ

 今ではテネシー州の州歌となった Redd Stewart と Pee Wee King の共作、『Tennessee Walts』。様々なジャンルの数多くのアーティストに歌い継がれてきました。どのカヴァー・ヴァージョンも各人の個性が滲み出ています。

 ファースト・リリースは作者のひとりである Pee wee King & His Golden West Cowboysによる1948年のヴァージョン。

 
 もうひとりの作者である Redd Stewart によるヴァージョン。
 

 1951年にリリースされたアニタ・オディのヴァージョンです。「私はシンガーでなく、ソング・スタイリストなの」という名言を残した人ですが、少しハスキーな歌声が哀愁を誘います。


 名曲「Love letters In The Sand(砂に書いたラブレター)」でお馴染みのパット・ブーンのヴァージョン。甘い歌声が切ない雰囲気を醸し出しています。1962年発表のアルバム、『I'll See You in My Dreams』に収録。 


 この歌はソウル/R&Bのアーティストにも好まれているようです。サム・クックは1964年のアルバム、『Ain't That Good News』でレコーディング。


 オーティス・レディングは1966年の『Complete & Unbelievable』で取り上げていました。


 ロック・バンドによるカヴァー。まず、ザ・ビートルズに続いてブライアン・エプスタインが送り出したビリー・J・クレーマー with ザ・ダコタスによるヴァージョンは1965年の『Trains and Boats and Planes』に収録。


 ジャズとR&Bが融合したサイケデリックなサウンドで人気を博したイギリスのバンド、マンフレッド・マンは1966年発表のミニ・アルバム『Machines』に収録していました。


 ボブ・ディランやジェリー・ジェフ・ウォーカーのサイドメンとして活躍し、リンゴ・スター、カーリー・サイモン、イーグルスなど数多くのアーティストのレコーディングに参加したギタリスト/シンガー・ソング・ライターのデヴィッド・ブロムバーグのヴァージョンです。 1972年発表の『Demon in Disguise』に収録。気取らず、さりげなく歌うところに好感を持てました。


 しっとりとして安定感のあるヴォーカルはアン・マレー。彼女が1978年に発表したアルバム、『Let's Keep It That Way』に収録されていました。


 エミルー・ハリスは1981年のアルバム、『Cimarron』で披露。透き通った彼女の歌声は、何度聴いても心が洗われるような気がします。


 映画『Out Of Rosenheim/Bagdad Cafe(バグダッド・カフェ)』のテーマ曲「Calling You」のカヴァーで知られるホリー・コールのヴァージョンです。この人独特のブルージーな歌唱にしみじみと聴き入ってしまいました。1993年のアルバム、『Don't Smoke In Bed』に収録。


 トム・ジョーンズがエネルギッシュにエモーショナルに熱唱しています。1995年にリリースされたザ・チーフタンズのアルバム、『Long Black Veil』に客演したヴァージョン。


 ノラ・ジョーンズとボニー・レイットの共演映像。 2006年リリースの『Bonnie Raitt And Friends: VH1 Classic Decades Rock Live!』からのものでしょうか。また、ノラは2002年にリリースしたDVD『Live In New Orleans』でも「Tennessee Walt」をソロで歌っていました。


 レナード・コーエンは2004年のアルバム、『Dear Heather』で取り上げていましたが、今回は1985年のライヴ映像をご覧ください。


 フランスで活動するシンガー・ソング・ライター、ケレン・アンのヴァージョン。ちょっぴり退廃的なムードが漂うところに心がくすぐられます。2007年リリースのアルバム、『Keren Ann』の限定盤に収録されていたとのこと。


 拙ブログでは邦楽をめったに扱わないのですが、江利チエミさんの歌声を無視できません。私はリアル世代ではありませんが、テレビで江利さんがこの曲を歌ってらっしゃるのを何度か観た憶えがあります。今となっては、彼女が高倉健さんと結婚していたのを知っている方はどのくらいおられるのでしょうか。


 それでは、2004年のパティ・ペイジさんのライヴ映像でお開きにしましょう。


 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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Jackson Browne - I Am A Patriot

 祝日の日に、家の軒先に日の丸を掲揚されなくなったのはいつ頃からでしょうか。私の幼少時、元旦には門松とともに日の丸の旗が掲げられている光景をよく目にしたものです。
 今回は日の丸から「愛国心」を連想したので、ジャクソン・ブラウンが1989年にリリースしたアルバム、『World In Motion』から「I Am A Patriot」を取り上げることにしました。

World in MotionWorld in Motion
(1989/06/06)
Jackson Browne

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1. World In Motion
2. Enough Of The Night
3. Chasing You Into The Light
4. How Long
5. Anything Can Happen
6. When The Stone Begins To Turn
7. The Word Justice
8. My Personal Revenge
9. I Am A Patriot
10. Lights And Virtues



I AM A PATRIOT
正しき人々のために川は開く
いつの日か

俺は弟と歩いていた
奴は俺が考えていることを知りたいと思った
俺はこの目に見えていることではなく
自分の魂を信じていると言った
そして俺たちは今回だけは背を向けることは出来ない

俺は愛国者
我が祖国を愛している
なぜって、俺はこの国しか知らないから
俺は家族や俺のことを理解してくれている人々と
一緒にいたい

正しき人々のために川は開く
正しき人々のために川は開く
心が正しき人々のために川は開く
いつの日か

俺は妹と歩いていた
彼女は素敵な表情をしていた
俺は「なぁ、何を考えているんだい?」と言った
妹は「私、ライオンのように走りたいの
   檻から解き放たれて 
   渇望から解き放たれて
   今夜、その思いが胸で燃えているの」と言った
俺は共産主義者じゃない
俺は資本主義者じゃない
俺は社会主義者じゃない
俺は帝国主義者じゃない

俺は民主党員じゃない
俺は共和党員じゃない
俺が知っている党はただひとつ
それは自由さ

俺は 俺は 俺は
俺は愛国者
祖国を愛している
なぜって、この国しか知らないからさ

正しき人々のために川は開く
正しき人々のために川は開く
心が正しき人々のために川は開く
いつの日か

 この曲の作者はEストリート・バンドでブルース・スプリングスティーンの片腕として活躍したリトル・スティーヴン(マイアミ・スティーヴンとも称される)ことスティーヴ・ヴァン・ザントです。彼が1983年に発表したソロ・アルバム、『Voices Of America』に収録されていました。ジャクソン・ブラウンが他人の楽曲を自分のアルバムでカヴァーすることはめったにありませんが、よほどこの曲を気に入っていたのでしょう。
 冒頭の「正しき人々のために川は開く、いつの日か」という歌詞に希望を見出せますが、自分たちのよりどころは自由であると述べるところに危機感が透けて見えました。概してアメリカ人は「愛国心」に富んだ国民であると言われ、雑多な民族の集合体であるにもかかわらず団結する傾向が窺えます。何年も前の話ですが、アメリカの町を歩くとあちらこちらで星条旗を目にしました。国旗掲揚は日常的なことなのでしょう。その反面、依然として人種差別は根強く、近年では富裕層と貧困層、あるいは中間層との格差、世代間ギャップがあらためて浮き彫りになったような印象を受け、様々な面で二極対立が深化しているようです。アメリカは移民で形成された国。もしかすると、アメリカ人は「愛国心」を表すことでアイデンティティを維持しているのかもしれません。
 思想や立場は各人によって異なっていても、堂々と「俺は愛国者」と主張できるアメリカ社会。日本で「愛国」という言葉を発するのは少し照れくさく、ともすれば「右翼」と後ろ指を指されたり、挙げ句の果ては「勝手に天皇陛下万歳と叫んどれ」と嘲笑されかねません。この違いは「自分の国は自分で守る」という意気込みが根底にあるからなんでしょうか。
 昨年9月7日に石川県中能登町が、町民が購入した日章旗の一部費用を補助するために300万円を含む一般会計補正予算案を7日開会の町議会に提案し、「祝日に国旗を掲げる町民を増やし、地域で愛国心を育てたい」との方針を示しました。このことに対してジャーナリストの斎藤貴男さんは、「愛国心は内心の問題。表現の仕方は人それぞれあっていいはずだが、日章旗を掲げるかどうかで愛国心の有無を測ることになりかねない。強制ではないというが、住民への“踏み絵”になる可能性がある」(『毎日新聞』2012年9月7日12時26分配信)と指摘しています。しかし、内心の問題と述べながら「踏み絵」になるという論理が少々矛盾しているようにも思えて釈然としません。
 愛国心の強制に反対という意見も賛成という意見も言論の自由として尊重される国が日本。それでも自分の生まれた国に親しみを感じない風潮には納得できないものです。オリンピック、サッカーのワールド・カップ、野球のWBCなどでは日章旗や旭日旗を掲げた応援が目立ちますが、そのような時だけ日の丸が意識されることに淋しさを覚えました。
 
 こちらは1986年のライヴ映像。ジャクソン本人が、「わたしのお気に入りの歌」と述べています。


 1992年の弾き語りによるライヴ映像です。アルバムではレゲエ調のアレンジが施されていますが、アコースティック一本で歌い上げる姿は説得力があります。


 上記の映像は途中で画面が乱れるので、2008年のパフォーマンスをご覧いただければ幸いです。


 こちらは2009年のライヴ映像。


 2010年の Glastonbury Festival に出演した際の映像。デヴイッド・リンドレーもいます。


 リトル・スティーヴンのヴァージョンはライヴ映像でご覧ください。


 ジャクソンとスティーヴンの2004年の共演映像がありました。


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