好きな音楽のことについて語りたいと思います。

Levon Helm - Blue House Of Broken Hearts

 長らくリヴォン・ヘルムのアルバム『American Son』について言及してきましたが、今回を持ってようやく千秋楽を迎えることになりました。最後に残された1曲は「Blue House Of Broken Hearts」。ソウルフルでブルージーなバラードです。

American SonAmerican Son
(1997/06/24)
Levon Helm

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1. Watermelon Time In Georgia
2. Dance Me Down Easy
3. Violet Eyes
4. Stay With Me
5. America's Farm
6. Hurricane
7. China Girl
8. Nashville Wimmin
9. Blue House OF Broken Hearts
10. Sweet Peach Georgia Wine



BLUE HOUSE OF BROKEN HEARTS
傷ついた心の青い家には
ドアの側におまえの居場所がある
都会から北、酒場から南に位置して
通りの灯が星のように輝くところ

誰もが孤独ってどんなものか知っている
バカなまねをするってことがどんなものかも
いかれっちまうってことがどんなものかも
この窓から見える世界はよそよそしくて残酷だ

傷ついた孤独の家の中で
床の上をぶらぶらと歩きたい奴はいない
ジューク・ボックスは古いワルツをかけているが
もう誰も踊りたくないようだ

自分は人と違うと思ってるんだろ
だがそれが間違ってることに気がつくだろうよ
なぁ兄弟、ここにいる奴はみんな同じ気分さ
彼女が行っちまったいきさつを語ってくれないか
さぁ、ブルーライトをつけようぜ
今日の「おバカ」を照らし出そう

傷ついた青い家で

 リヴォン・ヘルム自身が書き下ろした曲ではありませんが、「ジューク・ボックスは古いワルツをかけているが/もう誰も踊りたくないようだ」という歌詞に、ザ・バンドが崩壊した様子を連想させるものがあります。ツアーを止めてレコーディングに重きを置きたいロビー・ロバートソンとツアーにこだわるロビー以外の4人。次第に両者の対立が激化し、結局1976年11月24日のサンフランシスコのウインター・ランドで行われたラスト・コンサート(The Last Waltz)、翌77年3月15日リリースのアルバム『Islands』をもってザ・バンドは解散に至りました。年月が流れ、1993年にリヴォン・ヘルムは伝記『This Wheel's on Fire: Levon Helm and the Story of the Band』を出版し、その中でザ・バンドの解散はロビー・ロバートソンにあると糾弾。対立と軋轢が鮮明となったのです。

 リヴォン・ヘルムとロビー・ロバートソンの確執についてはこのブログでも何度か述べたことがありました。誰でも人生において、「アイツは絶対に許せへん。好かんわ」と思える人物のひとりやふたりはいるものでしょう。リヴォンとロビーの関係とは比ぶべくもないものですが、私も過去に苦い経験をしています。

 私がある会社に契約社員として勤務していた頃の話だ。上司であるNという課長とそりが合わなかった。人に取り入ることなく、愛想を振りまくこともなく、マイペースで物事に取り組む姿勢の私が気に食わなかったのだろうか。彼に挨拶をしても殆ど目を合わされることのない日々が続いた。
 それ故か、N課長から直接業務上の伝達を受けることもなければ、小言を言われた憶えもない。きまってKという係長より指示が出されたり、苦言が呈された。KさんはN課長の信奉者で、まるで腰巾着のような人。私の出身大学の先輩でもあった。と言っても、彼とは7歳も年齢が離れており、もちろん学内での接触はなかったのだが、入社後に同窓のよしみで何かと目を掛けてくれたのだ。
 Kさんに言わせれば、Nさんは豪快で気っ風が良く、面倒見が良い人らしい。ふたりとも大学時代にラグビー部に所属していたことで話が合い、仲が良くなったとのこと。社内でもNさんの評判は良かった。
 私が下戸であったためか、部下を引き連れて飲みに行くことを好んだNさんから誘われたことは1度もない。ただ入社後まもなく、「課」の人たち全員による飲み会が開かれた時は一緒に酒を酌み交わした記憶がある。歓迎会の意図も合ったのだろうか、当時はいろいろと理由をつけながら「一杯飲み」をすることでコミュニケーションが図られたものだ。そして、宴会の様子は写真に収められるのも通例だった。N課長は自慢の一眼レフを手に携え、酔いが回るまでシャッターを切り続けていた。後日、出来上がった写真が部下に配られたが、私のところは素通り。何事もなかったように空虚な時間が過ぎた。そればかりか、N課長は田舎から農産物が送って来たといっては社内でよくお裾分けをしていたが、私に手渡されることはなかった。別に欲しいわけではない。だが、面白くない気分に陥るのは言うまでもないことだ。
 日々は淡々と流れる。N課長に遠慮があるのか、次第に周囲がよそよそしくなり、人間関係に破綻を来たすようになった。Kさんまでもが敬遠するようになったのだ。
 入社から1年が経とうとしたある日、N課長が私の側へ歩み寄って「話がある」と告げた。直々に声を書けられたのはおそらくこれが初めてだろう。彼は私を部屋の外に連れ出した。廊下での立ち話の格好だ。そして、彼は開口一番、「会社としては君と契約を更新しない方針だ。君はまだ若い。別の会社で、別の分野で、あるいはもっと得意なことを見つけて頑張ってくれたまえ。以上」と告げ、そそくさと自分の席に戻った。
 予期していたが、やはり衝撃的な言葉である。契約社員である故、会社の決定には逆らえない。私はその月いっぱいで社を後にした。

 それから幾つもの年月が流れたある日、Kさんと街頭でばったり出くわした。彼との絆を断つのは惜しいと思い、毎年欠かさず年賀状を出していたのだが、顔を合わせるのは退社以来のことである。立ち話だったが、二言三言お互いの近況を語り合った。別れ際に、「N部長、あっ、君が辞めてまもなく昇進したんだ。それで、あの人、癌で入院中でなぁ、もう長くないんだよ。君とは相性が悪かったようだが・・・・・・・」と彼は思い出したように告げたのだった。
 私にはとってどうでもよい過去の出来事に思えた。しかし、何故かNさんがどこの病院に入院しているのかをKさんから聞き出していた。何が気になったのだろうか。次の日、私の足はNさんの入院先へと向かっていた。
 病院に到着。受け受けでNさんの部屋を聞く。心は平静を保っていた。部屋の前に着き、ノックをすると年配の女性が出迎えた。Nさんの奥さんのようだ。彼女が「どちら様ですか」と言ったので、私は以前の勤め先でお世話になった者であることを伝えた。
 奥さんは一旦奥に引っ込んだ。Nさんに確認しに行ったのだろう。すぐに奥さんは戻り、私を迎え入れてくれた。
 部屋に入るやいなや、ベッドに横たわるNさんの姿が目に飛び込んだ。学生時代にラグビーで鍛え上げたというがっしりとした体格は見る影もなく、すっかり変わり果てていた。喉は切開され言葉を話すことが出来ない。
 Nさんはやせ衰えた手を弱々しく上げ、私のほうへ差し出してきた。握手を求めているのだろう。私は彼の手を握った。彼は弱々しくも懸命に握り返した。彼の目が笑っているのが分かり、嬉しそうな表情が汲み取れた。
 それから1年ほどの月日を経ただろうか。Kさんとは違うかつての同僚からNさんの死を耳にした。私と会った半月後のことらしい。参列する人が絶えないぐらいの葬儀だったと彼は言う。
 Nさんの葬儀に私は出られなかった。つまり、誰もNさんの葬儀を知らせてくれなかったのだ。私の連絡先を知っているはずのKさんからも。自分が気にかけるほど相手は想ってくれないもの。人の縁なんて軽いもののようだ。
 私は参列出来なかったことを今でも悔やんでいる。良くも悪くも自分の人生にさほど影響を与えた人物ではなかったのだが、彼がもうこの世にいないと思うと心のどこかに穴があいたような気がする。

 リヴォン・ヘルムが神の下に召されたのは2012年4月19日のこと。ロビー・ロバートソンは4月18日にリヴォン・ヘルムを見舞い、「最後に一目会えて感謝している」とのコメントをFacebookに残しています。
 血みどろの確執があったふたりが、握手して簡単に和解する光景があれば、複雑な気持ちを抱かざるを得ないと私はこのブログの中で述べたことがありました。既に危篤状態であったであろうリヴォンがロビーをはっきりと認識できたかどうか分かりません。いつしか反目し合うようになりましたが、かつては同じ方向を見ながらお互い切磋琢磨していたふたり。リヴォンの旅立ち直前に、ふたりの心の中で一瞬でもわだかまりが解けていたのなら幸いなことでしょう。

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Levon Helm - Hurricane/Nashville Wimmin

 またかとお思いでしょうが、リヴォン・ヘルムのアルバム『American Son』の紹介を続けさせていただきます。今回のお題は「Hurricane」と「Nashville Wimmin」の2曲。アルバムのオープニングとエンディングはジョージアをテーマに扱っていましたが、この2曲にはニューオリンズやナッシュヴィルを舞台にリヴォンの南部への想いが綴られていました。

American SonAmerican Son
(1997/06/24)
Levon Helm

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1. Watermelon Time In Georgia
2. Dance Me Down Easy
3. Violet Eyes
4. Stay With Me
5. America's Farm
6. Hurricane
7. China Girl
8. Nashville Wimmin
9. Blue House OF Broken Hearts
10. Sweet Peach Georgia Wine

 カトリーナと名付けられた大型ハリケーンが、2005年8月末にアメリカ合衆国南東部を襲い、甚大な被害を与えたのは記憶に新しいところです。ことにニューオリンズとその周辺地域は壊滅的な打撃を受け、廃墟と化した町並み、略奪行為、放火による火災、無数の遺体など地獄絵図のような光景が広がっていたとのこと。リヴォン・ヘルムが歌う「Hurricane」では冷静な視点でハリケーンの襲来に備える老人の心構えが語られていますが、近年大型のハリケーンが多発する傾向にあり、より一層の予防や対処が必要でしょう。


HURRICANE
メキシコ湾流から30マイル離れ
南風のうなり声が聞こえる
橋は低く見え
シュリンプボートが家路を急ぐ

その地域の老人が
頭の向きをゆっくりと変えて
ウイスキーの瓶から酒をひとすすり
それから男は俺のほうを見てこう言ったのさ

わしはポンチャートレイン湖の畔の雨の中で生まれた
ルイジアナの月の下で
ハリケーンの重圧なんか気にしないよ
6月頃なればいつもやって来るものさ
悪魔の娘のような毒々しく黒い水
激しく、冷酷で、御し難い
ニュー・オーリンズを洗い流すために
大量の水が必要だと誰も彼女に教えなかった

堤防を設置するために
男がシカゴからやって来た
あと3フィート高くしなければと奮闘するも
そんな具合じゃ夜通しかかっても完成しないだろう

地域の老人は言った
あの若造の言うことは聞くな
朝になれば水は引いて行くさ、坊や
そして奴はイリノイへと向かうところだろう

わしはポンチャートレイン湖の畔の雨の中で生まれた
ルイジアナの月の下で
ハリケーンの重圧なんか気にしないよ
6月頃なればいつもやって来るものさ
悪魔の娘のような毒々しく黒い水
激しく、冷酷で、御し難い
ニュー・オーリンズを洗い流すために
大量の水が必要だと誰も彼女に教えなかった

 失恋の痛手を癒そうと場末の店で浮き世を忘れるといった風情が描かれた「Nashville Wimmin」。ハーラン・ハワードの作品です。リヴォン・ヘルムの苦みばしった歌声とアーシーな演奏が、みだらで怪しげな雰囲気を醸し出していました。


NASHVILLE WIMMIN
白粉や目の細かい櫛のためじゃないのなら
白粉や目の細かい櫛のためじゃないのなら
ナッシュヴィルの女たちに
家と呼べる場所はないだろう

おまえは足の長い女、おまえはしゃべらなくていい
おまえは足の長い女、おまえが話す必要なんてないんだ
おまえはナッシュヴィル出身だよな
歩き方を見りゃ分かるぜ

プリンターズ・アレイに行こう、何かを見つけに
プリンターズ・アレイに行こうぜ、何かを見つけにな
カワイコちゃんに愛してもらおうぜ
法外な金を要求してもらってもかまわんよ

ブルースがウイスキーなら、俺はいつも酔っぱらっていたい
ブルースがウイスキーなら、俺は四六時中飲んだくれていたいのさ
おまえを忘れるためには
長い時間が掛かるがな

 プリンターズ・アレイ(Printer's Alley)とはナッシュヴィルにある有名な小道。昔は印刷所が集まっていたのでこの名がある。現在はライヴハウスやクラブ、そしていかがわしい店などで賑わう。

 ウェイロン・ジェニングスも1980年のアルバム『Music Man』でカヴァー。


Levon Helm - America's Farm

 今回はリヴォン・ヘルムのアルバム『American Son』より「Dance Me Down Easy」、「Stay With Me」、「America's Farm」の3曲を取り上げます。

American SonAmerican Son
(1997/06/24)
Levon Helm

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1. Watermelon Time In Georgia
2. Dance Me Down Easy
3. Violet Eyes
4. Stay With Me
5. America's Farm
6. Hurricane
7. China Girl
8. Nashville Wimmin
9. Blue House OF Broken Hearts
10. Sweet Peach Georgia Wine

 1978年にリヴォン・ヘルムがRCOオールスターズを率いて来日した際、音楽評論家の小倉エージ先生からインタビューを受けた記事が、雑誌『ニューミュージックマガジン』(現ミュージックマガジン)8月号に掲載されていました。RCOにおいての活動のみならず、ザ・バンド時代の話に及んでも構えることなくあっけらかんとした明るい調子で答えるリヴォン。小倉先生からの「グリール・マーカスの『Mystery Train』の中で、”Stones I Throw” という曲からの『LAではみんな何でも持ってるぜ、俺もあそこに引っ越して新しい南部の王様になってやろう』という歌詞の引用がされていましたが、あなたもカリフォルニアに憧れを持っていたのですか」といった趣旨の質問に、「ビーチ・ボーイズ、太陽をあびてのサーフィン・・・・・・僕たちはダンスホールやクラブで働かなければならなかったしね。そいういのってうらやましかった」といった心情を吐露する場面もあり、とても興味深い内容がリヴォンの口から語られていたのです。

 いぶし銀のような滋味溢れる個性を醸し出すリヴォン・ヘルム。気骨溢れた頑固な南部人であると見受けられ、保守的で郷土へのこだわりの強さも推察されます。また、彼が共和党支持者であるという噂を耳にした時、タカ派のイメージさえ抱いたこともありました。
 これから取り上げる3曲のポップ・チューンにはザ・バンド時代とはまた違った印象を受けます。アルバムの根底にルーツ・ミュージックがありながらも多様なスタイルの曲を選んだことにより、リヴォン・ヘルムの幅広い魅力が引き出されたと言えるでしょう。楽天的ながらも誠実なリヴォンの一面が伝わって来るようです。

 ファンキーな「Dance Me Down Easy」。


DANCE ME DOWN EASY
気楽に踊らせてくれ、ゆっくりとしたノリにしてくれ
ゆったりと踊らせてくれ 別れを惜しんで酌み交わす一杯のために
どうすれば俺が喜ぶか知ってるだろう
おまえが灯を薄暗くした時
向きを変えて 気楽に踊らせてくれ

ずいぶん前のことだけど
夕方から夜へと変わる頃が
いいタイミングだって気がしたんだ
おまえを引き寄せて抱いた時
心の中でおまえを感じた
始めから俺はおまえのものだったんだ

後になって幻想を抱いたよ 俺たちふたりのな
俺たちは相思相愛だった
俺たちはダンスフロアをぐるぐる回っていた
もう一度やってみよう
ドアの外で俺を踊らせてくれ

 恋人の明るい未来が示された「Stay With Me」。


STAY WITH ME
朝日が差し込む頃まで俺の傍にいてくれ
一緒に戯れよう きっとうまくいくさ
気に掛けてくれるんだったら、分かち合いたいんだったら
オーケーって言ってくれないか、ああ、傍にいてほしい

俺たちにはどうにもならない
問題なんてないよ
ふたり一緒なら
それが何なのか分かるはずさ

朝日が差し込む頃まで俺の傍にいてくれ
一緒に戯れよう きっとうまくいくさ
気に掛けてくれるんだったら、分かち合いたいんだったら
オーケーって言ってくれないか、ああ、傍にいてほしい

 アメリカの現状を憂いながらも愛国心に溢れた「America's Farm」。


 テレビ番組、「Midnight Special」からのライヴ映像です。


AMERICA'S FARM
赤 白、そして青
ごちゃごちゃに混ざり合って混乱している
どこへ行けば良いのか誰も知らない
袋小路に進んでいるのが俺には分かる
道楽して信用を失った
俺の町では物事が最悪の事態を迎えているようだ
ありのままの俺が見える おまえの本音も見える
やることは山ほどあるのに眠り込んでるとはなぁ

目覚まし時計をセットしなきゃ
起きたらアメリカの農場で働くのさ
俺たちには大地があり、種もある
でもこの大地は俺とおまえなしでは育たないんだ
雨も降るし、ノウハウもある
さぁ、鋤をつかもうぜ
俺たちには手があり、足もある
今こそアメリカの農場で働くときなんだ

事実に直面しようぜ
どこかで俺たちの汽車は脱線してしまうんだ
立ち止まってはいられない
車輪を動かせる優秀なエンジニアが必要だ
俺たちは影の中で横たわっている
日々を夢のように過ごすのさ
ありのままの俺が見える おまえの本音も見える
赤と白と青の上で眠っている

 ブッカー・T&ザ・MG'で活躍し、RCOオールスターズのメンバーでもあった国際的ベーシストのドナルド・ダック・ダンさんが5月13日、滞在先のホテルの客室で70歳の生涯を閉じられました。ダンさんはコットン・クラブ(5/8~5/9)、ブルー・ノート東京(5/10~5/12)で行なわれた「STAX! featuring Steve Cropper,Donald "Duck" Dunn & Eddie Floyd」の公演のために来日。ライヴを無事に終えて帰国の途に就く日の出来事だったとのことです。
 リヴォン・ヘルムの後を追うような訃報に接し、本当に残念でなりません。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

Levon Helm - Violet Eyes

 今回はリヴォン・ヘルムの『American Son』から2曲のラヴ・ソングを取り上げます。

American SonAmerican Son
(1997/06/24)
Levon Helm

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1. Watermelon Time In Georgia
2. Dance Me Down Easy
3. Violet Eyes
4. Stay With Me
5. America's Farm
6. Hurricane
7. China Girl
8. Nashville Wimmin
9. Blue House OF Broken Hearts
10. Sweet Peach Georgia Wine

 一般論ですが、アメリカ南部の人々は家族との関係、友人や仲間との連帯、親戚付き合いを大切にすると言われています。さらに、客人を温かく受け入れてもてなし、道行く人にも親切に接するといった気質も備わっているとのこと。これは"Southern hospitality"と呼ばれるもので、通りですれ違う人と目が合うと笑顔が返って来たり、"Haya doing?" と声を掛けられることも少なくありません。
 何かにつけ保守的と揶揄されるアメリカ南部。今でも勇敢に女性の身を守るのが南部男の習わしで、女性はおしとやかで夫を立てるべきという風土も残っていると聞きます。また、1939年にヴィヴィアン・リー主演で映画化されたマーガレット・ミッチェル作の小説『Gone With The Wind/風とともに去りぬ』に登場する主人公スカーレット・オハラの義妹であるメラニー・ウィルクスのような慎ましやかさ、優雅さ、気品を兼備したのが"Southern Bell"(南部美人)の条件とされていました。しかし、このメラニーは愛する者に危機が迫ると身を挺してまでも守り抜くといった勇気を発揮する一面もあり、頑強な意志を持ったスカーレット同様に南部人の気骨溢れた姿勢を示していたのです。
 情に厚く奥ゆかしいとされる南部女性。前回の記事で扱った「Watermelon Time In Georgia」や「Sweet Peach In Georgia」と合わせて、リヴォン・ヘルムが想いを寄せる南部の女性像を考察してみるのも興味深いことでしょう。

 トム・キメル作の「Violet Eyes」。愛しき片思いの人への素直な気持ちが表された曲です。リヴォン・ヘルムの歌声は無骨ながらも実に切なく、誠実さと優しさが伝わってきました。


VIOLET EYES
俺はここでひとり、おまえが心変わりするのを待っている
おまえが炎と氷の瞳を後ろに隠す場所へと続く道
愛がその行く手を照らしてくれば良いのだがなぁ

菫色の瞳、おまえに話しかけてるのが聞こえるかい
俺の言葉を拒まずに聞いてくれ
菫色の瞳、感じるんだよ
どうか通り過ぎるまで行かないでくれ

風に向かう鳥のように俺はずっと頑張ってきた
今でも俺は飛んでいるのさ、望みを捨てずにもう一度
カーテンの後ろを見るために
おまえの秘密の嘘が隠されているところを

愛が俺の心の中にある限り
与えられないものはない、与えられるだろうよ
頑張ってみるさ

 アメリカのルーツ・ミュージックと東洋的な響きを融合させた「China Girl」。こちらもリヴォン・ヘルムの素朴で誠実な人柄が滲み出るような曲です。


CHINA GIRL
チャイナ・ガール、砂浜で俺は君に出会った
冷たい手で君は俺に触れた
君の香水が風に漂う

チャイナ・ガール、君の父さんは白々しい嘘をつく
俺の青い瞳の誘惑から君を守るために
俺と知り合っても罪にならないのに

君を傷つけたりしない、チャイナ・ガール
君の世界に俺を連れて行ってくれるのなら
君に会えて幸運だよ、チャイナ・ガール、
ああ、チャイナ・ガール

盗まれた花は今朝が一番甘く香るのさ
東洋の朝が明けて行く
俺の肌に君の絹のような肌が触れる

チャイナ・ガール、ジャスミンの花が咲くところへ連れて行っておくれ
別世界の感覚で俺を慰めてくれ
俺と知り合うことは罪じゃない

 アメリカのテレビ番組、「Midnight Special」出演時のライヴ映像です。


 どちらの曲もひとりの女性への想いを綴る形式を取っています。しかし、その根底にはアメリカ南部に対するリヴォン・ヘルムの愛情が込められているのではないでしょうか。彼が生まれ育ったアメリカ南部は何物にも代え難く、こだわりのある土地。憧れの女性像の裏側にアメリカ南部への郷愁や慈愛が秘められているのかもしれません。

<参考文献>
『アメリカ南部』(ジェームズ・M・バーダマン著、森本豊富訳、講談社現代新書 1995年)

アメリカ南部 (講談社現代新書)アメリカ南部 (講談社現代新書)
(1995/06/16)
ジェ-ムス.M・バ-ダマン

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Levon Helm - AMERICAN SON

 2012年4月19日、ザ・バンドのリヴォン・ヘルムさんが逝去されました。今回は彼が1980年にリリースしたアルバム『AMERICAN SON』を取り上げ、故人の功績を偲びたいと思います。

American SonAmerican Son
(1997/06/24)
Levon Helm

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1. Watermelon Time In Georgia
2. Dance Me Down Easy
3. Violet Eyes
4. Stay With Me
5. America's Farm
6. Hurricane
7. China Girl
8. Nashville Wimmin
9. Blue House OF Broken Hearts
10. Sweet Peach Georgia Wine

 ザ・バンド解散後のリヴォン・ヘルムはソロに転じ、ドクター・ジョン、ポール・バターフィールド、スティーヴ・クロッパーらを従え、1977年に『Levon Helm & the RCO All-Stars』をリリース。翌79年には2枚目のソロ・アルバム『Levon Helm』を発表して順調に活動を行っていました。
 ミュージシャンとしてザ・バンド時代と変わらぬいぶし銀の魅力を発散していたリヴォン。この時期は俳優としての才能も開花させています。1979年、居住していウッドストックの隣人を介してトミー・リー・ジョーンズと知り合い意気投合。彼の勧めでロレッタ・リンの半生を描いた映画『Coal Miner's Daughter/歌え! ロレッタ愛のために』のスクリーン・テストを受け、ロレッタの父親役に抜擢されました。

トミー・リー・ジョーンズ
 日本では缶コーヒーのCMにおける「宇宙人ジョーンズ」役ですっかり有名になったアメリカの俳優。1970年公開の『Love Story/ある愛の詩』にて主役のライアン・オニール扮するオリバーのルームメイト役でデビュー。1980年公開の『Coal Miner's Daughter』ではシシー・スペイセク扮するロレッタの夫役を演じた。1991年公開のオリヴァー・ストーン監督作品『JFK』、1993年にハリソン・フォード主演で公開された『The Fugitive/逃亡者』への出演などで注目を浴びる。近年ではウィル・スミスと共演している『Men In Black』のシリーズが好評。

 撮影が進む中、栄光を築いたミュージシャンを脇役だけで放っておくのはもったいないと監督以下スタッフが思ったのか、サントラで歌声を披露してほしいと依頼。レヴォンはケイト・ブラザーズを伴ってナッシュヴィルでレコーディングに臨みます。

 旧知のフレッド・カーター・ジュニアを迎え、ナッシュヴィルの腕利きミュージシャンを集めて録音された、「Blue Moon Of Kentucky」。エルヴィス・プレスリーを始め、アル・クーパー、ポール・マッカートニー、トム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズなど多数のアーティストに取り上げられているビル・モンローの名曲です。


 強者ミュージシャンとのセッションはリヴォン・ヘルムにとって新鮮な体験だったことでしょう。物のついでというわけではありませんが、気を良くしたリヴォン・ヘルムはアルバム制作を視野にいれてさらに20曲をレコーディング。そして、その中から厳選された10曲が『American Son』の収録曲として世に送り出されることになったのです。

 バック・オーウェンズに多大なる影響を与えたとされるソング・ライター、ハーラン・ハワード作の「Watermelon Time In Georgia」。愛しの彼女に会うために故郷へ戻るといった設定ですが、同時に自らのルーツである南部の音楽を辿るという意味合いも含まれているのでしょう。


WATERMELON TIME IN GEORGIA
ありがとうよ、デトロイト、よくしてくれたよ
でもなぁ、俺はここに長居をし過ぎてしまったようだぜ
金を散々使って遊んだが、行っちまった彼女が恋しいんだ
忘れられないことと言ったら、ジョージアのスイカの季節さ

田舎者をがっかりさせるよ
体は北に向かっているのに心は南に向いているんだ
戻ってくるよ、だから今日急いで出かけたほうが良いみたいだな
ああ、そろそろ行かなきゃ、ジョージアのスイカの季節だから

親父は日なたぼっこで、ガキどもは釣りをして楽しむ
年老いた猟犬が走りたがっている
もうすぐ俺の可愛いジョージアの彼女に会えるんだ
忘れられないことと言ったら、ジョージアのスイカの季節さ

あばよ、デトロイト、元気でな、友よ
メイコンに行くんだったら立ち寄ったほうがいい
俺の可愛い彼女に会えるぜ
俺は今日にも出て行くよ、ジョージアのスイカの季節だからさ

 1980年にテレビ番組、「Midnight Special」に出演した際のライヴ映像です。


 アルバムのラスト・ナンバーもジョージアを題材にした、ロニー・レイノルズ作の「Sweet Peach In Georgia」。オープニングの「Watermelon Time In Georgia」と内容が関連しており、あたかも対になっているかの印象を受けました。


SWEET PEACH IN GEORGIA WINE
ダルトンからの帰り道、俺はアトランタに向かっていた
残して来た彼女のことを考えながら
その時、窓から優しく甘い声が囁くのが聞こえた
ジョージアの甘いピーチ・ワインを試してみない?

彼女は俺に裏口を教えてくれた
それが何のためにあるのか話してくれたのだ
いつでも会いに戻って来てもいいのよってね
俺が行こうとした途端
年老いた保安官がいきなりドアから飛び込んで来た
お若いの、あんた俺のジョージアの甘いピーチ・ワインに
ちょっかいを出してくれたんだよな

彼女が保安官の娘だなんて知らなかったよ
まだ16歳にしちゃ大人びて見えたもんだ
勉強になったぜ、ほんとにもう
さて、10時から21時までお勤めさ
ジョージアの甘いピーチ・ワインを試したために

監獄から出れれば、のんびりとしていられねぇ
ジョージアの境界線に辿り着くまでは
だけど、メイコンにはちょっとばかり立ち寄るかもしれないけどな
お味見しないで出て行くなんて嫌だね
もう一度ジョージアの甘いピーチ・ワインを試してみたいのさ

 1981年にテレビ番組に出演した際の映像のようです。


 リヴォン・ヘルムは1940年5月26日、アーカンソー州マーヴェルに生まれました。生粋の南部人ですが、ジョージアの出身ではありません。しかし、より南部を象徴する意味からジョージアをこのアルバムのキーワードのひとつとして選んだのでしょう。

 アメリカ南部音楽への回帰が試みられた『American Son』。リヴォン・ヘルムのペンによるオリジナル作品はなく、収録曲はすべてカヴァーで纏められていました。ザ・バンドはロック・ミュージックにカントリー、ブルース、R&Bなどルーツ・ミュージックの要素を融合させ、音楽を通してアメリカ人が忘れていた文化や伝統や歴史をカナダ人の手で甦らせた人々です。その中で唯一のアメリカ人であり南部出身者でもあるリヴォン・ヘルムによって再びなされたルーツ・ミュージックを辿る取り組みには説得力があり、無理せず内側から自然に湧き出る想いが汲み取れました。

Linda Ronstadt - My Blue Tears

 長らく続けて来たリンダ・ロンシュタットのアルバム、「Get Closer」の紹介も今回でお開き。残された「Sometimes You Just Can't Win」と「My Blue Tears」の2曲について、ほんの少しばかり述べさせていただきたいと思います。

Get CloserGet Closer
(1988/02/12)
Linda Ronstadt

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1. Get Closer
2. Moon Is a Harsh Mistress
3. I Knew You When
4. Easy for You to Say
5. People Gonna Talk
6. Talk to Me of Mendocino
7. I Think It's Gonna Work Out Fine
8. Mr. Radio
9. Lies
10. Tell Him
11. Sometimes You Just Can't Win
12. My Blue Tears

 J.D.サウザーとのデュエットが心に滲みるカントリー・バラードの「Sometimes You Just Can't Win」。以前のリンダに戻ったかのような雰囲気が窺えると思ったら1977年6月3日の録音と記されていました。ということは『Simple Dreames』のアウト・テイクでしょうか。まるで当時の二人の関係を象徴するかのような内容の歌です。


SOMETIMES YOU JUST CAN'T WIN
太陽が眩く輝いているその時
世界が再び平穏無事に思えるその時
雲が空を覆い
自分の目が信じられなくなる
時には勝てないこともあると

そうね、私の愛はあなたにとって
それほど大切なものじゃなかったようね
あなたにとって私はただの友だち
ああ、どうして恋に落ちてしまったのか?
あなたはまったく心がない
時には勝てないこともあるわよ

ああ、時にはあなたが勝てないこともあるわ

いいえ、私はもはやこんな風に生きて行くことが出来ない
どこにいるのか分からないなんて
ああ、ダーリン、あなたは気にしないのね
素敵な人、公平じゃないように思えるわ
時には勝てないこともあるわ

ああ、時には勝てないこともあるわよ

 ファースト・リリースはカントリー・シンガーのジョージ・ジョーンズが1962年に発表したシングル盤。


 ドリー・パートン作の「My Blue Tears」。リンダ、ドリー、そしてエミルー・ハリスによる絶妙のハーモニーが、涙を誘うように美しく響き渡ります。


 リンダとドリーはエミルー・ハリスを加えた3人組で『Trio』というアルバムを発表しています。実は1970年代後半よりこのユニットの話は進んでいましたが、ようやく実現の運びとなったのは1987年のこと。それぞれの所属レコード会社が異なるなど諸般の事情で調整に手間取っていたものと思われます。
 データによるとこの曲の録音は1978年1月18日と記されており、プロデューサーはピーター・アッシャーでなく、エミルー・ハリスの当時の夫であるブライアン・エイハーンが担当。そのことからも、リンダら3人は共演アルバムのためのレコーディング・セッション早くからを行っていたことが窺われました。

MY BLUE TEARS
窓から遠くへ飛んで行きなさい
可愛い小鳥よ
ここから出来るだ遠くへ飛んで行きなさい
あなたの歌声を私に耳元に向けないように
その青い翼を広げて飛んで行きなさい
そうすれば私は哀しみの涙を流せるの

私が愛した唯一の人
あの人は私を捨てて行ってしまった
だから、私はあなたの悲しい歌を聞く気分じゃないの

黄色い太陽よ、
あなたの光を私の暗い部屋に差し込ませないで
この部屋の冷たさで、あなたの暖かみを無駄にしてはいけないわ
私を困らせないで、どこか他のところへ行ってちょうだい
あなたの青空に光を照らせばいいのよ
そうすれば私は哀しみの涙を流せるの

私がかつて愛した唯一の人
あの人は行ってしまった
だから、今日の私は陽光を浴びる気分じゃないの

さぁ、その青い翼を広げて飛んで行きなさい
あなたの青空に光を照らせばいいのよ
そうすれば私は哀しみの涙を流せるの

 ファースト・リリースはドリー・パートンが1971年に発表したシングル盤です。


 こちらはドリーが2001年リリースのアルバム、『Little Sparrow』で再録したヴァージョン。


他にも『Cactus Flower』(1969年公開)、『Private Benjamin』(1980)、『Bird On Wire』(1990)などの映画で知られる女優のゴールディ・ホーンが1972年の『Goldie』にてレコーディングしています。


 シンガーとしての実力と円熟味をいかんなく示した『Get Closer』は全米31位にまでしか上昇せず、栄光をつかんだ数々のアルバムに比べると地味な結果となったことは否めないでしょう。しかし、これ以降のリンダはスタンダード集や自らのルーツを探求したメキシコ音楽のアルバムなど新しい領域に踏み出して行きます。

Linda Ronstadt - Lies/Tell Him

 長らくリンダ・ロンシュタットのアルバム『Get Closer』を取り上げてきましたが、残すところあと4曲。彼女への大甘の論評に飽き飽きされているかもしれませんが、もう少しお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。
 さて、今回のお題は「Lies」と「Tell Him」。元気はつらつとしたリンダの歌唱が素敵な2曲です。

Get CloserGet Closer
(1988/02/12)
Linda Ronstadt

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1. Get Closer
2. Moon Is a Harsh Mistress
3. I Knew You When
4. Easy for You to Say
5. People Gonna Talk
6. Talk to Me of Mendocino
7. I Think It's Gonna Work Out Fine
8. Mr. Radio
9. Lies
10. Tell Him
11. Sometimes You Just Can't Win
12. My Blue Tears

 恋人を嘘つき呼ばわりしながらも許してしまう女心が描かれた「Lies」。それでも精一杯の皮肉が込められ、いじらしさが伝わってきました。


LIES
嘘、嘘
あなたの言葉なんか、ひと言も信じられないわ
嘘、嘘が
きっといつかあなたを悲しくさせるはずよ
涙、涙
私はあなたのおかげでどれほど涙を流したことか
涙、涙
そして今、あなたは新しい誰かさんを愛している
いつの日か、私は幸福になるわ
でもそれがいつなのかわからない
嘘、嘘
あなたは私の心を傷つけている

あなたは自分がたいそういかした男だって思ってるんでしょ
いいわ、あなたの言うことを信じてあげる
でもさぁ、あなた何様のつもりなの
私をこんなところまで引っぱって来て、ねぇ?

嘘、嘘
あなたの言葉なんか、ひと言も信じられないわ
嘘、嘘が
きっといつかあなたを悲しくさせるはずよ

いつか、あなたはひとりぼっちになるはずよ
その時はもう、私はあなたの周りにはいない
嘘、嘘よ
あなたはわたしの心を傷つけている

いつの日か、私は幸福になるわ
でもそれがいつなのかわからない
嘘、嘘
あなたは私の心を傷つけている

あんたは自分がたいそういかした男だって思ってるんでしょ
いいわ、あなたの言うことを信じてあげる
でもさぁ、あなた何様のつもりなの
私をこんなところまで引っぱって来て、ねぇ?

嘘、嘘
あなたの言葉なんか、ひと言も信じられないわ
嘘、嘘が
きっといつかあなたを悲しくさせるはずよ

 ライヴ映像です。


 ファースト・リリースはニューヨーク出身の4人組、ザ・ニッカー・ボッカーズ。1965年に全米20位まで上昇するヒットとなりました。ビートルズを連想させる曲調、ジョン・レノンを彷彿させるリード・ヴォーカルが特徴的です。


 ナンシー・シナトラのヴァージョンは1966年のアルバム『Boots』に収録。軽薄かつ退廃的なお色気が入り交じったような不思議な雰囲気の映像です。


 ビートルズで有名な「Twist & Shout」の作者であるバート・バーンズのペンによる「Tell Him」。先ほどの「LIes」とのメドレーでお楽しみいただければ幸いです。リンダがアルバムの中でオールディーズを取り上げるの毎度のことですが、いかにも1980年代初期を窺わせるアレンジが懐かしく、却って新鮮な響きさえ覚えました。
 第三者の立場から友人に恋の手ほどきを行う様子が表された歌ですが、直接リンダさんのような女性に口説かれてみたかったものです。


TELL HIM
私は愛の何たるかを多少なりとも知ってるわ
あなたはどうしても愛が欲しいのね
あのいかした男に惚れているのなら
あの人のところへ行って、捕まえるのよ

もし彼が
あなたの一部になってほしいのなら
あなたが吐息を掛けたい機会を作るの
ほら、やってみなさい

告白しなさい
決して彼から離れないと
告白しなさい
いつも彼を愛していると
告白しなさい、言いなさい、伝えるのよ
さぁ、今すぐに

私は愛の何たるかを多少なりとも知ってるわ
あなたは彼に示さなきゃ
真上に昇る月を彼に見せなさい
あの人のところへ行って、捕まえるのよ

いつも彼が
あなたの傍にいてもらいたいのなら
あなたのことだけを
彼に思ってもらいたいのなら

告白しなさい
決して彼から離れないと
告白しなさい
いつも彼を愛していると
告白しなさい、言いなさい、伝えるのよ
さぁ、今すぐに

世界が始まって以来
男と女はこんな風に
愛し合う運命にあるように創られてきたの
その時どうして本当の愛がそんなに複雑でなければならないの?

私は愛の何たるかを多少なりとも知ってるわ
あなたは彼を捕まえなきゃ
そして世界が何で出来ているかを示してあげなさい
一度のキスで証明できるわ

いつも彼が
あなたの傍にいてもらいたいのなら
今夜、彼の手を取り
あなたの愚かなプライドなんか飲み込んでしまいなさい

告白しなさい
決して彼から離れないと
告白しなさい
いつも彼を愛していると
告白しなさい、言いなさい、伝えるのよ
さぁ、今すぐに
彼に言うのよ
さぁ、今すぐに

 ファースト・リリースはギル・ハミルトン(後にジョニー・サンダーと改名)が「Tell Him」のタイトルで1962年にリリースしたシングル。彼はフロリダ州リーズバーグ出身のR&Bシンガーで、他にも「Loop De Loop」(1963)というヒット曲を放っています。


 黒人ヴォーカルグループのエキサイターズによるヴァージョンは1962年に「Tell Him」として発表され、全米4位を記録する大ヒットとなりました。


 ケニー・ロギンズもカヴァーしていました。彼が1988年に発表した「Back to Avalon」に収録。何となく、「Footloose」を思い起こしてしまうようなアレンジです。


 リンダの『Get Closer』の紹介も残すところあと2曲。次回も変わらずのお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。