好きな音楽のことについて語りたいと思います。

Olivia Newton - John / MAKING A GOOD THING BETTER

 今回もウエスト・コーストの風が薫るような音楽を取り上げます。といってもアメリカ人ではなく、ご登場いただくのはイギリスの方。オリビア・ニュートン・ジョンが1977年にリリースしたアルバム、『Making A Good Things Better』をお題とすることにしました。

きらめく光のように+2きらめく光のように+2
(2011/03/02)
オリビア・ニュートン・ジョン

商品詳細を見る

1. Making A Good Thing Better
2. Slow Dancing
3. Ring Of Fire
4. Coolin' Down
5. Don't Cry For Me Argentina
6. Sad Songs
7. You Won't See Me Cry
8. So Easy To Begin
9. I Think I'll Say Goodbye
10. Don't Ask A Friend
11. If Love Is Real
[Bonus Track]
12. Never The Less/As Times Go By(Live In Japan 1976)
13. Rest Your Love On Me

 イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が、ウエスト・コースト・サウンドやアメリカン・ロックひいてはカウンター・カルチャーの終焉を示したとされたのは1976年暮れ。翌77年にはディスコ・サウンドのブーム、ヘヴィ・メタルやアメリカン・ハードの台頭とともに音楽産業のトレンドが変化する兆しが現れていました。アーティストを含めた作り手側の多くは試行錯誤を重ね、どのように時代を生き抜くかを手探りで確かめていた時期とも言えるでしょう。さらに1979年から1980年代初頭に掛けてはパンク・ロックやエレクトロ・ポップの荒波も待ち受けていたのです。
 トップスターの座を獲得してヒット・チャートの常連となったオリビア・ニュートン・ジョンも例外でなく、来る80年代に向かって大人のシンガーとして転身する道を模索していました。そのような状況の下で1977年に発表された『Making A Good Things Better』。直後にTOTOを結成するジェフ・ポーカロ(ds)、ジョー・ポーカロ(per)、セクションでの活動を始め数々のアーティストのバック・バンドで活躍するリーランド・スカラー(b)、後にデヴィッド・フォスターとエアプレイを結成し、マンハッタン・トランスファーの『Extensions』(1979)やディオンヌ・ワーウィックの『Friends In Love』(1982)などのプロデューサーとしても名を上げるジェイ・グレイドン(g)、そしてセッション・ミュージシャンとして経験豊富でグレイドンとともにシーナ・イーストンの『Best Kept Secret』(1983)をプロデュースするグレッグ・マティソン(key)などの腕利きが集結し、AORに繋がるような繊細で都会的なサウンドが醸し出されています。

 ソウルフルなコーラスをバックに熱唱する表題曲「Making A Good Things Better」。このフレーズは尾崎亜美さん作で杏里さんのデビュー曲となった「オリビアを聴きながら」でご存知の方も多いのではないでしょうか。キュートな歌声にスレンダーな肢体が魅力的な杏里さん。オリビアのファンであることはもとよりイーグルスやジョニ・ミッチェルもお気に入りだったとか。おっと記事が違った方向へ向かいそうなのでこのあたりで止めときます。


 拙ブログではお馴染みのジャック・テンプチン作の「Slow Dancing」。ファンキー・キングス時代の彼のナンバーで、唯一のアルバム『FUNKY KINGS』(1976)に収録されています。


SLOW DANCING
夜も更けて私たち二人きり
ラジオから音楽が流れている
訪れる人もなく、電話をかけてくる人もいない
私と彼だけ、そして薄暗い灯

(そして私たちは)音楽に合わせてゆっくりと踊る
ゆっくり踊る、私と彼だけで
ゆっくり踊る、音楽に合わせて
この広い世界に誰もいない
この広い世界には

薄暗い灯の中で漂う二人
壁の上で踊る影
音楽が優しくゆったりと流れ
周りの世界はこんなに遠くて小さい

ゆっくり踊りましょう

支えて どうか支えて
絶対に放さないで

暗闇の中で一緒に踊りながら
私の心に愛が満ちる
彼が耳元で囁き、そして私が彼をぎゅっと抱きしめる
彼こそ私が追い求めていた理想の人

ゆっくりと踊りましょう

 こちらはジャック・テンプチン率いるファンキー・キングスのヴァージョン。何事にも捕われることなく、ふたりだけのまったりとした時間が過ぎて行くような雰囲気が漂っています。


 オリビアお得意のカントリー・ナンバー、「Ring Of Fire」。ジューン・カーターと Marle Kingore の作品で、ジョニー・キャッシュが1963年に歌って全米17位のヒットとなりました。トニー・モーガンの吹くハーモニカが印象的。


 マリアッチ風のトランペットが勇ましく響くジョニー・キャッシュのヴァージョン。


 もう1曲カントリー・チューンをお聴きください。ジム・ラシングとマーシャル・チャップマン作の「I Think I'll Say Goodbye」。やはりオリビアにはカントリーが似合います。


 AORに通じるような都会的で洗練されたサウンドが醸し出されていると前述しましたが、今回紹介した「Ring of Fire」、「I Think I'll Say Goodbye」、そしてジャック・テンプチンのファンキー・キングス時代の同僚であるジュールズ・シアー作の「So Easy To Begin」など従来のオリビアの持ち味を活かしたカントリー調の楽曲も幾つか収められております。カントリー・ロックは衰退の時期を迎えておりましたが、奇をてらうことなく自然なイメージ・チェンジを図ろうとしたプロデューサーであるジョン・ファーラーの配慮によるものでしょう。また、アルゼンチンの大統領夫人エヴァ・ペロンを題材として描いたミュージカル、『Evita』の中で歌われた「Don't Cry for Me Argentina」やランディ・エデルマン作のバラード曲、「Jf Love Is Real」などオリビアの歌手としての実力が存分に発揮された楽曲も収録されていました。そのあたりは次回の記事で扱うとして、今回はこのあたりでお開きとさせていただきます。
スポンサーサイト

Wilson Phillips - California

 前回に引き続きビーチ・ボーイズ関連のアーティストを取り上げます。ご登場いただくのはウィルソン・フィリップスの皆さん。ブライアン・ウィルソンの娘であるカーリーとウェンディ、そしてママス&パパスのジョン・フィリップスとミシェル・フィリップスを両親に持つチャイナ・フィリップスによるコーラス・グループです。今回は彼女たちが2004年にリリースしたアルバム、『California』をお題としました。

CaliforniaCalifornia
(2004/05/25)
Wilson Phillips

商品詳細を見る

1. You're No Good(リンダ・ロンシュタットの『』でお馴染み。オリジナルはペティ・エヴァレット)
2. Old Man(ニール・ヤングの『Harvest』に収録されていた名曲)
3. California(ジョニ・ミッチェルの『Blue』収録曲)
4. Already Gone(ジャック・テンプチン作、イーグルスの『On The Border』に収録)
5. Go Your Own Way(フリートウッドマックの『Rumor』収録)
6. Turn! Turn! Turn! (To Everything There Is A Season) -
7. Monday Monday
8. Get Together
9. Doctor My Eyes
10. Dance Dance Dance
11. In My Room

収録曲についての簡単な解説
You're No Good
 リンダ・ロンシュタットの歌唱で全米1位に輝いた曲。彼女の『Heart Like A Wheel』(1974)に収録。オリジナルはペティ・エヴァレットが64年に発表。
Old Man
 ニール・ヤングの『Harvest』(1972)に収録されていた名曲。ヤングが経営する牧場の管理人をモデルにした歌とのこと。
California
 ジョニ・ミッチェルの『Blue』(1971)に収録。
Already Gone
 拙ブログではすっかりお馴染みのジャック・テンプチンと Robb Strandlund の共作曲。イーグルスの『On The Border』(1974)に収録
Go Your Own Way
 フリートウッドマックの『Rumours』(1977)に収録
Turn! Turn! Turn! (To Everything There Is A Season)
 ピート・シーガー作。ザ・バーズのカヴァーが1965年に大ヒット。彼らのアルバム『Turn, Turn, Turn』に収録。
Monday Monday
 ママス&パパスで1965年に全米1位を記録した大ヒット曲。1966年発表の『If You Can Believe Your Eyes and Ears』に収録。
Get Together
 ジェシ・コリン・ヤングが率いたザ・ヤングブラッズで知られる名曲。1967年リリースの『The Youngbloods(Get Together)』に収録。クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスのヴォーカリスト、ディノ・ヴァレンテのペンによる曲。ウィ・ファイヴ、ジェファーソン・エアプレイン、キングストン・トリオ、リンダ・ロンシュタット、アンディ・ウィリアムス、カーペンターズなどもレコーディングしている。なお、作者本人のヴァージョンは1996年リリースのオムニバス・アルバム『Someone to Love - The Birth of the San Francisco Sound』で陽の目を見て、2011年に発表された『Get Together - The Lost Recordings Pre 1970』にも収録された。
Doctor My Eyes
 ジャクソン・ブラウンのファースト・アルバム『Saturate Before Using』(1972)に収録された全米8位のヒット曲。
Dance Dance Dance
 1964年に全米8位まで上昇したビーチ・ボーイズのヒット曲。65年の『The Beach Boys Today!』に収録。
In My Room
 1963年9月16日に発表されたビーチ・ボーイズのアルバム『Surfer Girl』に収められ、洞年10月7日リリースの『Little Deuce Coupe』に収録された「Be True Your School」とのカップリングで10月28日にシングル・カットされて全米23位を記録した曲。なお、「Be True Your School」は全米6位まで駆け上がった。


カリフォルニアカリフォルニア
(2004/06/23)
ウィルソン・フィリップス

商品詳細を見る

 なお、国内盤には「Turn, Turn, Turn」のアカペラ・ヴァージョンがボーナス・トラックとして収録されています。

 ウィルソン・フィリップスは1990年にデビュー。親譲りの絶妙なハーモニーと美しいコーラスで注目され、「Hold On 」、「Release Me」、「You're In Love」などの全米No.1ヒットを次々と送り出しました。また、それらを含むファースト・アルバム『Wilson Phillips』も全米2位まで上昇し、全世界で累計800万枚ものセールスを記録しています。続く92年のセカンド・アルバム、『Shadows And Light』も全米4位を記録。彼女たちの人気は決して親の七光りではなく、歌声が持つ爽快感や清涼感がリスナーに受け入れられたのだと思われます。同時にビーチ・ボーイズとママス&パパスのDNAを紡ぐ存在として認められた結果によるものだったとも言えるでしょう。ところが、各人が自身の道を歩みたくなったのか、翌93年にグループは一旦活動を停止します。



 1993年10月、カーニーとウエンディはクリスマス・アルバム『Hey! Santa』をリリース。95年にはチャイナもソロ・アルバム『 Naked and Sacred.』を発表し、俳優のウィリアム・ボールドウィンと結婚。同じ年、カーニーはTVのトークショーの司会や女優業に進出。97年にはカーニーとウエンディの姉妹は父ブライアン・ウィルソンとウィルソンズを結成し、シングル「Monday Without You」を披露して親子競演を果たしました。
 グループとしての活動休止は自身を見つめ直し、英気を養うために適切な期間だったのかもしれません。カリフォルニアの音楽が育んだ文化を語り継ぐことが自らに課せられた意義であり宿命であると悟ったのか、2001年に彼女たち3人は再結集。ピーター・アッシャーをプロデューサーに迎え、12年ぶりの新作のレコーディングを開始しました。妥協することなく丹誠を込めて作り上げた60年代、70年代の名曲のトリビュート・アルバムである『California』。オリジナルの良さを忠実に守りながらも現代的な解釈が盛り込まれ、安易なカヴァー集に留まらない響きが醸し出されています。

 ブライアン・ウィルソンがピアノとヴォーカルで参加した「In My Room」。



IN MY ROOM
自分の秘密を話せる世界があるの
それは私の部屋 私の部屋
その世界の中では心配や不安はすべて締め出してしまうの
私の部屋 私の部屋

夢を見たり 計画を練ったり
横になって祈ったり
泣いたり ため息をついたり
昨日の出来事を思い出して笑ったり

今は暗くてひとりぼっちだけれど
怖がったりしない
私の部屋では 私の部屋では
私の部屋では 私の部屋では
私の部屋では 私の部屋では

 原曲の持つドライヴ感を受け継ぎ、3人のおきゃんなキャラクターが発揮された「Already Gone」。



 ウエスト・コースト・サウンドの系譜を鑑みると少々意外な選曲に思われる「Go Own Your Away」。哀愁を帯びたメロディーに彼女たちの歌声が見事に溶け込み、清々しさが漂っていました。



 あまりにも有名なバーズのヴァージョンとの差別化を図るために、イントロのストリングスや打ち込みのリズムなど創意工夫がなされています。



 平和や人間愛といったカウンター・カルチャー華やかなりし頃の前向きでポジティヴなテーマが込められた「Get Together」。カリフォルニア讃歌といった趣があると同時に、「来る人もいれば去る人もいる/我々は確実に死にいく/ここで我々から離れた人も最後には戻って来る/人間は草むらに消え行く一瞬の陽光でしかない」といった歌詞の中に仏教を始めとする東洋思想の影響も窺えました。



 アルバムに収録されたヴァージョンはダイナミックなアレンジが施されていたのですが、ここではアカペラ・ヴァージョンをお楽しみください。美しくも迫力のある歌声に圧倒されました。

 

 ジャクソン・ブラウンの歌には青年の移ろいやすい心情が描かれています。ウィルソン・フィリップスの歌声は弾けていますが、明るさ一辺倒でなく翳りも窺え、思い悩む様子がよく表現されていました。この「Doctor My Eys」に関しては過去の記事を参照していただければ幸いです。



 2012年4月に発売予定の新作『Dedicated』は彼女たちの両親に捧げられたアルバムです。そのタイトル通り、ビーチ・ボーイズとママス&パパスの作品で占められているとのこと。カヴァー集というよりも、むしろ彼女たちが自身の音楽ルーツと真摯に向かい合ったオマージュであると言えるでしょう。

DedicatedDedicated
(2012/04/03)
Wilson Phillips

商品詳細を見る


 とてもキュートでチャーミングな3人ですが、アルバムのジャケットに強い意志が示されているように思えます。なお、彼女たちはすべて既婚者。誠に残念な気分を覚えたところで今回はお開きとしましょう。

The Beach Boys - Good Vibration

 幼き頃のある夏の日の午後、襖が開け放たれた兄の部屋から物悲しい歌声と奇妙な音色を持った曲が流れていた。私はその曲に心を奪われたかのように耳を傾けていた。 
 「この曲は何や。誰がやってるんや?」
 「ビーチ・ボーイズの "Good Vibration"や」
 そして、兄は手元にあった音楽雑誌を開け、あるページを指差しながらこう告げた。
 「こいつらが演奏しとるんや」
 そのページに掲載されていた写真にはストライプのシャツに身を包んだ5人のメンバーが写っていた。

Smiley Smile / Wild HoneySmiley Smile / Wild Honey
(2001/03/27)
The Beach Boys

商品詳細を見る



Smile SessionsSmile Sessions
(2011/11/01)
Beach Boys

商品詳細を見る


 しかし、その後はビートルズ、あるいはテレビ番組の影響もあってモンキーズなどに夢中となり、ビーチ・ボーイズのことは暫く忘却の彼方へ追いやってしまうことになる。彼らが私の中で再び動き出すのは中学生になってからのことだった。



GOOD VIBRATION
俺は彼女が着ているカラフルな服が好きだ
それに日光が彼女の髪の上でキラキラ揺らめく様子も
優しい言葉が耳に響き
彼女の香水が風に乗って漂ってくる

いい感じがしてくるぜ
彼女は俺を興奮させてくれるのさ

目を閉じれば
なぜか彼女が傍にいるのを感じる
穏やかに微笑み、きっと優しい女に違いない
それから俺は彼女を見つめ
彼女は俺を花咲く世界へと誘う

いい感じがしてくるぜ
彼女は俺を興奮させてくれるのさ

ああ、なんて気分が高揚するんだ
彼女は俺をどこだか分からないところへ連れて行ってくれる
ああ、なんという感覚
ああ、なんという高揚感

こんな素敵な感じをずっと味わい続けたい
彼女との出来事
こんな素敵な感じをずっと味わい続けたい
彼女とのハプニング

いい感じがしてくるぜ
彼女は俺を興奮させてくれるのさ

 ブライアン・ウィルソンによるドラッグ体験を描いたアシッド・ソングである「Good Vibration」。彼女が着ているカラフルな服や花咲く世界といった歌詞にカウンター・カルチャー華やかかりし頃の世相が窺える。深読みすると少々エロティックな雰囲気が醸し出され、「縁は異なもの味なもの」といった具合だろうか。
 プロモーション映像ではスティール・ギターのような楽器を使って「ヒュー、ヒュー」という奇妙な音が演奏されているが、実は最古の電子楽器とされるテルミンによるもの。早くから噂に聞いていたが、この楽器を実際に映像や写真で目にしたのは大人になってからだ。
 
 中学生になると本格的に洋楽を聴き、レコードも買い求めるようになった。相変わらずビートルズに夢中だったが、ボブ・ディランやバーズにも心惹かれて行く。ビーチ・ボーイズに関しては決して貪り聴くほどの対象ではなかったが、過去の音源にも遡りながら理解していった。
 軽薄そうなサーフィン・ミュージックと揶揄された初期も高度なポップ・ミュージックと讃えられた『Pet Sounds』以降も聴く度に病み付きとなり抜けられない。そんなヴァイブレーションを彼らから受け取っていたのだ。

 やがて、待望のビーチ・ボーイズを目にする機会が訪れた。1979年8月、当時国内最大級の屋外コンサートと謳われた「ジャパン・ジャム」が開催されることになったのだ。4日、5日は神奈川県藤沢市の江ノ島特設会場、そして7日は我が地元京都市の伏見桃山城キャッスルランドが会場だった。
 京都の夏は暑い。強い陽射しを避けるために帽子やタオルを用意してコンサートに参戦することにした。元々丈夫なほうではないこの体。途中で倒れては元も子もない。そして、夏の風物詩である夕立が心配で傘も携帯していた。
 
 会場に着く。座席のない野外コンサート。少しでも前のほうで観ようと、人をかき分けるようにして自分の位置を確保した。
 ほどなくコンサートは開始され、トップ・バッターは小型のエアロスミスと称されたTKO。ルックスが良く、演奏においても重厚感がある。アメリカン・ハードの礎を築いたと言えば褒め過ぎかもしれないが、後続のボン・ジョヴイやガンズ・アンド・ローゼズと共通する味わいのあるバンドだった。詳細を調べようとインター・ネットで検索すると、出て来るのは松竹芸能所属のお笑いコンビばかり。本国アメリカでも既に忘れ去られた存在なのだろうか。
 次なる登場アーティストは元フライング・ブリトゥー・ブラザーズのリック・ロバーツ率いるファイアーフォール。彼らもビーチ・ボーイズと並ぶ私のお目当てのバンドだ。以前にライブ映像をテレビの音楽番組で観たことがあったが、期待し過ぎたのかこのステージでのパフォーマンスはあまり印象に残らなかった。アコースティックな雰囲気やAOR風の作品が特徴であるリック・ロバーツよりもラリー・バーネットのハード・ロック的なセンスが目立っていたからかもしれない。
 そして、日本代表と言えるサザン・オールスターズのお出まし。私は今も昔も桑田佳祐さんの泥臭いヴォーカルにも、キュートな原由子さんにも、様々な要素が盛り込まれたこの人たちの幅い広い音楽性にもまったく関心がないが、「いとしのエリー」の大ヒット直後もあってサザン目当ての人々がかなり多かったと推測される。個人的には助っ人で参加されていた日本を代表するブルース・ハープ奏者のウィーピング・ハープ・セノオこと妹尾隆一郎さんのパフォーマンスのほうが興味を惹いた。
 サザン・オールスターズの演奏の途中で雲行きが怪しくなり、ぽつぽつと降りかけてきた時にハートの皆さんのご登場。アンとナンシーのウィルソン姉妹の美貌に暫し釘付けとなった。ハード・ロックは苦手な私だが、彼女たちのソウルフルでパワフルなヴォーカルに打ちのめされていたのだ。
 ウィルソン姉妹の情熱的な歌声に天もこらえきれなくなったのか、雷鳴が轟き小雨はスコールのような豪雨へと変わった。夕立なら風情があるが、とてもそう呼べるものではない。だが、ステージの演奏は続行。特設ステージの上に張られたテント、いやシートを掛けただけと言ったほうが良い天幕に雨が溜まって行くのが見えた。
 スタッフが水を落とそうと竹竿のような長い棒で天幕を突っつく。しかし、重みに耐えきれなくなったのか、ライトが吊るしてある鉄骨が折れた。スロー・モーションを観ているが如く、天幕が落ちてステージを覆い隠して行く。
 悲鳴は激しい雨の音にかき消され、誰もが呆然とステージを見つめていた。警備員がロープを張りながら観客を後方へ押し戻して行く。ハンド・スピーカーでコンサートの中止が告げられた。
 私には「あほか、金返せ」などという品のない言葉が一瞬たりとも頭の中をよぎらなかった。しかし、出口が混雑していることもあり、諦めきれない思いでステージを見上げながら雨の中を傘をさしてひとり佇んでいた。ビーチ・ボーイズを観ることが出来なかったが、これも貴重な経験と自分に言い聞かせて納得させるにはそう多くの時間を必要としなかった。
 ほぼ最後の観客としてステージを後にする。雨は止み、次第に空が晴れ渡って来た。さっきの豪雨は嘘のようだ。
 足早に駅へと向かい、先に出た人々を追い抜いて行く。彼ら彼女らの口から「アンとナンシーはうまく逃げ切ったみたいやけど、ドラムの奴は助からへんかったかもしれへんで」、「そうやなあ、鉄骨が直撃したんとちゃうか」とハートのメンバーを気遣う言葉や「ほんまはマイク・ラヴあたりが飲み過ぎて具合悪なったか、女としけこんで出られへんなったんちゃうか。茶番かもな」と陰謀論までもが語られるのを耳にした。サザンの演奏が終わるとともに退場して行った人は別として、当然ながら誰もが諦めきれなかったのだろう。私は「またいつか、ええこともあるやろう」と京阪電車に乗って家路についた。なお、ハートのメンバーが全員無事であったことは言うまでもない。

1979年のライヴ映像。きっとこんな光景が眼前に現れたのだろう。



 その後、私は若気の至りでアメリカ横断の旅に出た際にビーチ・ボーイズを観た。個人的な思いはさほどの時間をおかずに遂げられたのだ。
 時は流れて2012年。この夏ビーチ・ボーイズが来日する。今度はブライアン・ウィルソン率いるビーチ・ボーイズがリベンジを果たす番だろう。

The Monkees - Valleri

 ザ・モンキーズのデイビー・ジョーンズさんが2月29日に心臓発作のため逝去されました。享年66歳。今回はモンキーズが1968年4月22日にリリースした『The Birds, The Bees & The Monkees』の中から「Valleri」を取り上げます。この曲は先行シングルとして同年3月2日に発表されて全米3位を記録。モンキーズ最後のトップ10ヒットとなりました。

Birds Bees & the MonkeesBirds Bees & the Monkees
(1994/09/20)
Monkees

商品詳細を見る

1. Dream World
2. Auntie's Municipal Court
3. We Were Made For Each Other
4. Tapioca Tundra
5. Daydream Believer
6. Writing Wrongs
7. I'll Be Back Up On My Feet
8. The Poster
9. P.O. Box 9847
10. Magnolia Simms
11. Valleri
12. Zor And Zam
13. Alvin (Prev. Unissued)
14. I'm Gonna Try (Prev. Unissued)
15. P.O. Box 9847 (Prev. Unissued Alternative Mix)
16. The Girl I Left Behind Me (Prev. Unissued Early Version)
17. Lady's Baby (Prev. Unissued Alternate Version)

 ファースト・アルバムやセカンド・アルバムは殆どの楽器演奏をスタジオ・ミュージシャンに任せていたモンキーズですが、1967年5月に発表されたサード・アルバム『Headquarters』においてほぼ自らの力でレコーディングを行うまでに腕を上げていました。同年11月のアルバム『Pisces Aquarius Capricorn & Jones Ltd.』ではスタジオ・ミュージシャンの力を借りながらも完成度の高い仕上がりを窺わせ、メンバーのペンによるオリジナル曲も多数収められていたのです。
 そんな中、ミュージシャンとして各々が成長するにつれて彼らは音楽的、さらにはバンド運営でも意見が衝突するようになりました。次第に不和が生じて分裂状態。フィフス・アルバムとなる新作は個別に腕利きのミュージシャンを集めてレコーディングを行うといった方法を取ります。そうして出来上がった『The Birds, The Bees & The Monkees』。初期を思わすデイビー・ジョーンズの甘いラヴ・ソングからマイク・ネスミス作のサイケデリック色を帯びた実験的な楽曲までヴァラエティに富んでいましたが、散漫な印象は避けられませんでした。また、この年の3月で「モンキーズ・ショー」の放映も終了。貴重なプロモーションの機会を失ったのが災いしたのか、初めてヒット・チャートの首位の座に就くことなく3位に甘んじるという結果に終わったのです。



VALLERI
ヴァレリ、愛しているよ 俺のヴァレリ
俺が知っているあの娘
彼女はとても気分よくさせてくれるんだ
ああ、俺はあの娘なしではもう生きて行けないぜ
たとえ耐え忍んで生きようとも
俺はヴァレリの名を呼ぶ
愛しているぜ、俺のヴァレリ

彼女は俺の家の玄関辺りで遊んでいたあの小さな女の子
でも今じゃ以前とは見違えるほど
俺はヴァレリの名を呼ぶ
愛しているぜ、俺のヴァレリ

ヴァレリ、愛しているぜ
俺には君が必要なんだ

 トミー・ボイス&ボビー・ハート作の激情が込められたラヴ・ソングですが、「彼女は俺の家の玄関辺りで遊んでいたあの小さな女の/でも今じゃ以前とは見違えるほど」という歌詞からは幼なじみというシチュエーションが窺われるのと同時に、昨今はやりの「年の差」カップルをも想像させました。

 こちらはエンディングがフェードアウトしないヴァージョン。



 「Valleri」は公式に発表されるかなり以前に、『モンキーズ・ショー』の中で披露されていました。こちらはその映像です。マイク・ネスミスが懸命にスパニッシュ風のリード・ギターを弾いていますが、アルバムにはジェリー・マッギーとルイ・シェルトンの名が記されていました。



 アルバムの中からもう1曲、デイビー・ジョーンズとスティーヴ・ピッツの共作「Dream World」です。60年代のポップスを特徴づけるストリングスやホーンのアレンジが施されていました。本作では同じコンビによる「The Poster」という曲が収録されており、相棒の力を借りているとはいえデイビー自ら楽曲作りに取り組む意欲が示されていたと言えるでしょう。こちらもギターはジェリー・マッギーが担当しています。



 成功を夢見る4人組のロック・バンドの周囲で起こる出来事をコメディ・タッチで描いた「モンキーズ・ショー」。日本ではTBS系列で1967年10月から1969年1月にかけて放映されていました。デイビー・ジョーンズの吹き替えは高橋元太郎さんが担当。アイドル・グループのスリー・ファンキーズ出身で小柄な体格の高橋さんはデイビーのキャラクターによく似合っていました。もっとも私はスリー・ファンキーズをリアルタイムで経験した世代ではないので、その活躍ぶりを実際に目にしたことがありません。
 高橋さんはその後、『水戸黄門』シリーズのうっかり八兵衛役で人気を集めました。食いしん坊でひょうきんな「うっかり八兵衛」は高橋さんの当たり役と言えるでしょう。でも、私には高橋元太郎さんといえばデイビー・ジョーンズの姿が浮かぶのです。
 
 幼き日の私に洋楽の魅力を教えてくれたモンキーズ。デイビー・ジョーンズさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。