好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Crosby, Stills, Nash & Young - American Dream

 前回の記事で扱ったバドーフ&ロドニーが、CSN&Y(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)に影響を受けていることに言及しました。ジョン・バドーフの繊細で優しい歌声はグラハム・ナッシュを思い起こさせ、マーク・ロドニーのギター・プレイは明らかにスティーヴン・スティルスに傾倒していたことを物語っており、そしてサウンド作りやハーモニー・ワークにもCSN&Yの色が濃く表された印象を覚えたものです。
 そこで、今回はCSN&Yの皆さんに登場していただくことにしました。取り上げるアルバムは1988年にリリースされた『American Dream』。1970年の『Deja Vu』以来、彼らにとって18年ぶりのスタジオ録音の新作にあたります。

American DreamAmerican Dream
(1988/11/15)
Crosby Stills & Nash

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1. American Dream
2. Got It Made
3. Name Of Love
4. Don't Say Good-Bye
5. This Old House
6. Nighttime For Generals
7. Shadowland
8. Drivin' Thunder
9. Clear Blue Skies
10. That Girl
11. Compass
12. Soldiers Of Peace
13. Feel Your Love
14. Night Song

 

AMERICAN DREAM
俺はあらゆるテレビ番組で君を観たものだ
君の笑顔はいつも俺を振り返ってくれた
俺はあらゆるテレビ番組で君を観たものだ
君の笑顔はいつも俺を振り返ってくれた
ところが君は身近にいる親しげな女と一緒にいるところを目撃されてしまった
人々のお金が床に積まれ、
君が懸命に否定しようとも非難の言葉が浴びせられ、
暴露された事実と噂が飛び交い始めた

君は今、手を伸ばし
天からの助けを求めようと試みる
君は今、手を伸ばし
天からの助けを求めようと試みる
記者たちが君の家に群がり
猟犬の一群のようにゴミを漁ろうとしている
彼らが不都合な何かを見つけ出すだろうかと思いを巡らし
もうどうでもいいと君は自暴自棄になっている

君は真夜中に目を覚ます
汗で濡れたシーツの上で真っ青な顔をして
君は名声を手に入れようと努めた
どうしてそんな名声がこんなに早く悪いほうに変化していったのか?

アメリカン・ドリーム、アメリカの夢
アメリカン・ドリーム、アメリカの夢

どこで事態が悪化したのか分かってるだろう
君が若くて強かったときにしくじったのかもしれない
どこで事態が悪化したのか分かってるだろう
君が若くて強かったときにしくじったのかもしれない

リポーターたちが君の家に群がり
猟犬の一群のようにゴミを漁ろうとしている
彼らが不都合な何かを見つけ出すだろうかと思いを巡らし
もうどうでもいいと君は自暴自棄になっている

どこで事態が悪化したのか分かってるだろう
君が若くて強かったときにしくじったのかもしれない
アメリカン・ドリーム、アメリカの夢
どこで事態が悪化したのか分かってるだろう
君が若くて強かったときにしくじったのかもしれない
アメリカン・ドリーム、アメリカの夢


 ニール・ヤング作のこの歌はテレビ伝道師のジミー・スワガートと1988年アメリカ合衆国大統領選挙に候補として民主党から名乗りを上げたゲイリー・ハート上院議員をモデルにしていると思われます。
 ジミー・スワガートは日本でも1980年4月から1988年2月まで放送された「The Jimmy Swaggart Hour」で名を知られるようになった人物。聖歌を交えたドラマティックな説教、歯に衣着せぬ過激な発言、痛烈な他宗派への攻撃などで構成された彼の番組は人気を博しました。しかし、スワガード師の不倫・売春スキャンダルの発覚によりアッセンブリー・オブ・ゴッド教団(キリスト教プロテスタントのペンテコステ派の世界最大の一派)から除名決議が下されたことで番組は打ち切り。スワガード師は涙ながらに謝罪するも、1991年に車の中で売春婦といるところを警察に逮捕されました。
 一方、ゲイリー・ハートは民主党の予備選で先行していたものの愛人スキャンダルをマイアミ・ヘラルド紙にスクープされて世論調査の支持率が急落。このことが致命的なイメージダウンとなり予備選からの撤退を余儀なくされました。
 アメリカン・ドリームとはアメリカ合衆国における建国以来の成功の概念で、勤勉と努力により誰もが報われて立身出世ができるとされています。ところが、この時期のアメリカは1980年代のロナルド・レーガン政権下におけるレーガノ・ミックス政策による景気拡大が図られましたが、財政赤字と貿易赤字(双子の赤字)やブラック・マンデー(1987年10月19日月曜日にニューヨーク株式市場で起こった史上最大規模の世界的株大暴落)などを引き起こして経済の完全回復に至らず、そしてイラン・コントラ事件(イランへ秘密で輸出した武器売却代金を南米ニカラグアの反共ゲリラ組織コントラの援助に流用していた事件)で世界的な信用も失墜していました。アメリカ国民には、「アメリカン・ドリーム」はたんなる甘い夢でしかない時代に突入し始めたと認識されたことでしょう。その反面、ソビエト連邦の崩壊によってアメリカは冷戦の覇者となり、IT産業の台頭などで「アメリカン・ドリーム」再生の萌芽が目に見えて感じられていたのも事実です。
 ともあれ、名を成した牧師の転落の人生、本命候補から一転して大統領への道を閉ざされた政治家の運命、経済の混乱と冷戦の終結による一時的な安定の中でスキャンダルにまみれてアメリカン・ドリームをつかみ損ねた象徴として二人を、あるいは「強いアメリカ」を前面に出したレーガンの政治をニール・ヤングが皮肉を込めて描いているように思われ、とても興味深い1曲との印象を受けました。

 それではアルバムの中からもう1曲、ニール・ヤング作のラヴ・ソングの「Name Of Love」で今回はお開きとさせていただきます。



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Batdorf & Rodney - BATDOLF & RODNEY

 前回の記事の中で、ジョン・バドーフがシルヴァー結成前に組んでいたデュオ、バドーフ&ロドニーについて言及しました。そこで今回はアサイラム・レコードから1972年にリリースされたバドーフ&ロドニーのセカンド・アルバム『Batdorf & Rodney』を取り上げます。

Batdorf & RodneyBatdorf & Rodney
(2005/10/25)
Batdorf & Rodney

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1. Poor Man's Dream
2. Oh, Can You Tell Me
3. Between The Ages
4. Home Again
5. By Today
6. Happy Town
7. All I Need
8. Under Fire
9. Let Me Live The Life

 オハイオ州出身のジョン・バドーフとニューヨーク州出身のマーク・ロドニーはともにロサンゼルス育ち。高校時代に初めて出会いましたが、その頃の二人は別々のバンドで活動していました。バドーフのバンドはカウシルズのようなタイプ、一方のロドニーは幾つかのブルース・バンドで活躍し、ブルース・イメージやジミ・ヘンドリックスらとのジャムセッションの経験を積んでいたのです。やがてアコースティックな音を求めてロサンゼルスを離れた二人は1970年にラスヴェガスで再会して意気投合。彼らはデュオを組み、アトランティック・レコードに自ら売り込みを掛けてオーディションを受け、見事アーメット・アーティガンのお眼鏡にかない契約を結びました。

 1971年、ファースト・アルバム『Off The Shelf』を発表。グラハム・ナッシュのような繊細な声質のジョン・バドーフのリード・ヴォーカル、スティーヴン・スティルスを思わせるマーク・ロドニーのギター・プレイ、ほのかにカントリー・ロック的な要素も見え隠れする瑞々しい一枚です。しかし、クロスビー、スティルス&ナッシュを彷彿させる彼らのサウンドとハーモニー・ワークは二番煎じと受け取られたのか、さほど大きな注目を集めるに至りませんでした。

 アルバム『Off The Shelf 』から「Can You See Him」。


 同じく「Oh My Surprise」。


 捨てる神あれば拾う神あり。翌1972年、アサイラムに移籍したバドーフ&ロドニーはセカンド・アルバム『Batdorf & Rodney』をリリースします。CSN&Y風のサウンドは変わらないものの新鮮でのどかな感触が伝わり、同じくCSN&Yフォロワーと揶揄されたアメリカと共通する響きも感じ取れました。
 
 アルバムのオープニングを飾る「Poor Man's Dream」は直訳すると「貧乏人の夢」となりますが、ここでの "Poor" は物質文明を拒否して人間らしく生きたいという願望であると思われます。



POOR MAN'S DREAM
やるべきことはやった
太陽に手が届きそう
人生において
両方の道も真ん中も歩んだ
自分の内なる見すぼらしい男は
正しい道を選んだのだと思う

年老いるのは怖くない
金に未練はない
人生において
両方の道も真ん中も歩んだ
自分の内なる見すぼらしい男は
正しい道を選んだのだと思う

ああ、とても嬉しい
心に溢れる愛
ああ、とてもラッキーだ
幸先の良いスタートが切れて

昨日は良い日だった
怖れは消えてしまった
人生において
両方の道も真ん中も歩んだ
自分の内なる見すぼらしい男は
正しい道を選んだのだと思う

 「Home Again」には故郷の家に辿り着き、周りの風景の輝きを自覚する様子が描かれています。都会の生活では感じられなかった故郷の素朴な美しさに感慨無量といったところでしょうか。「貴方が私を困難から救ってくれた」という歌詞は神、つまりイエス・キリストを指しているかと思われます。



HOME AGAIN
自己を認識させる意識の扉が開いた
老木の下に座り
かつての悩みを一掃して
何よりも幸福と知る

人生においてこの日を待っていた
私は家に戻ってきたのだ
あなたが私を困難から救ってくれた
私はいるべき本来の場所に戻ってきたのだ

直面する新しい目標を
追うことなく捜し求めている
ゆるやかに流れる時間に、もはや競争はない
日々を家で大切に過ごす

澄んだ空気の中では歌声以外のものはない
音楽がハーモニーを奏でる
身の回りのものすべてに喜びが鳴り響く
幸福をやっと見つけたのだ

 バドーフ&ロドニーがアサイラムへ移籍した1972年はヴェトナム戦争が敗色濃厚という形で終結に向かいつつあり、 60年代の混乱の後の重苦しさや閉塞感がアメリカ国民の気分を支配する一方で、70年代への期待から湧き出した平静な空気に包まれようとしていた時期でした。アサイラムのレーベル・メイトであるイーグルスとジャクソン・ブラウンは、「心の重荷を振り払って気楽にやろうよ」と挫折から立ち直ろうとする意志を「Take It Easy」という歌に込め、かたやバドーフ&ロドニーは旅や自然や故郷を題材にして物質優先の社会を見直し、人間性の回復をテーマにしていたのです。
 CSN&Yの流れを汲みながらも牧歌的な雰囲気を漂わせ、溌剌とした若々しさの中にも哀感が窺われたバドーフ&ロドニーの音楽。しかし、彼らのパフォーマンスはアサイラムでも不発に終わりました。
 それでも懸命に努力している二人を神は見放しません。1975年、当時ロック路線に力を入れようとしたアリスタがバドーフ&ロドニーを迎え入れます。ここで彼らは三度目の正直とばかり、アルバム『Life Is You』を発表。「You Are A Song」と「Somewhere In The Night」(アルバム未収録)が下位ながらチャート・インを果たしました。

 アルバム『Life Is You』から「Is It Love」。


 気を良くしたアリスタの社長クライヴ・デイヴィスはバドーフ&ロドニーが大成する可能性に賭けようと後にシルヴァーでヒットする「Wham Bam」をレコーディングさせましたが、マーク・ロドニーがアリスタの商業的なポップ路線と相容れずに結局デュオは解散。ジョン・バドーフはシルヴァーの結成へと動きます。

 シルヴァー解散後のジョン・バドーフは前の記事で述べたようにソング・ライターとしてアメリカやキム・カーンズらに楽曲を提供したり、ロッド・ステュワートやデイヴ・メイソンなどのアルバムにバッキング・ヴォーカルとして参加。そうした裏方の活動の傍ら、1994年にマイケル・マクレーンと組んでアルバム『Look Inside』、97年には『Don't You Know』をリリース。2005年にはパートナーをジェームズ・リー・スタンレーに替えた『All Wood And Stones』とソロ・アルバム『Home Again』を発表してます。


All Wood and StonesAll Wood and Stones
(2005/03/08)
John Batdorf & James Lee Stanley

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 2008年にはマーク・ロドニーとバドーフ&ロドニーを再結成し、アルバム『Still Burning』をリリース。二人はライヴ・ハウスでステージに立ちました。セカンド・アルバム『Batdorf & Rodney』からの「Oh, Can You Tell Me」の映像で今回はお開きにしたいと思います。




Still Burnin'Still Burnin'
(2008/04/15)
Batdorf、Rodney 他

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SLVER - Wham Bam

 正月早々堅苦しい話題を持ち上げましたので、今回は従来の「爽やか路線?」に軌道を戻すことにしました。爽やかと言えばやはりウエスト・コースト・サウンド。ご登場いただくのはSILVER(シルヴァー)の皆様です。

シルヴァー・ファーストシルヴァー・ファースト
(2006/11/22)
シルヴァー

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1. Musician (Not An Easy Life)
2. All I Wanna Do
3. Memory
4. No Wonder
5. Trust In Somebody
6. It's Gonna Be Alright
7. Climbing
8. Wham Bam
9. Right On Time
10. Goodbye So Long

 シルヴァーがファースト・アルバムをリリースしたのは1976年。この年はアリスタ・レコードのレーベル・メイトであるフールズ・ゴールドやジャック・テンプチン率いるファンキー・キングスなどが揃ってデビューした年でした。リンダ・ロンシュタットやイーグルスなどに代表されるウエスト・コースト発の都会的で洗練されたカントリー・ロックが注目を浴びる中、他社に遅れまいとロック系の強化を意図して親新興レーベルであるアリスタは次々とロック・バンドを送り出していたのです。
 1976年、エリック・アンダーセンのアルバム『Sweet Surprise』のレコーディングに参加していたジョン・バドーフ(ギター)、グレッグ・コリアー(ギター)、ブレント・ミッドランド(キー・ボード)の三人は意気投合してバンドを結成。バーニー・リードンの実弟であるトム・リードン(ベース)、ハリー・スティンソン(ドラムス)を加えてシルヴァーの誕生と相成りました。
 この経緯から察するとスタジオ・ミュージシャンの集まりのように受け取られるかもしれませんが、ジョン・バドーフはバドーフ&ロドニーというデュオで活動し、既に『Off The Shelf』(1971)、『Batdorf & Rodney』(1972)、『Life Is You』(1975)という3枚のアルバムを発表していた実力派。ことにアリスタからのリリースではの「You Are A Song」(『Life Is You』収録)と「Somewhere In The Night」(アルバム未収録)がチャート・インした実績がありました。

 アサイラムからリリースされたセカンド・アルバム、『Batdorf & Rodney』収録の「Poor Man's Dream」です。CSN&Yやアメリカを彷彿させるサウンドが展開されていました。


 1975年にシングルでリリースされ、サード・アルバム『Life Is You』に未収録の「SomeWhere In The Night」。後のシルヴァーに通じるメロディアスな曲です。


 前述したようにアリスタがカントリー・ロック路線に力を入れ始めたことに加え、ジョン・バドーフとアリスタとの契約が残っていたことも幸いし、シルヴァーはすんなりデビューに漕ぎ着けました。比較的知名度が高く、ソング・ライティングの才能もあるジョン・バドーフが中心人物であることに間違いありませんが、決して突出した存在でなく、アルバムはバドロフ、ミッドランド、コリアーの3人各々の自作による7曲とメンバー以外の人物によって提供された3曲の計10曲で構成されています。

 アルバムに先駆けて先行シングルとして発表された「Wham Bam」、全米16位まで上昇するヒットとなりました。もともとバドーフ&ロドニーのためにアリスタが用意していた少々ラテン・ポップ調の曲で、他の収録曲とは明らかに雰囲気が異なります。邦題は「恋のバンシャガラン」と名付けられ、日本でも人気を博しました。


WAHM BAM
星明かりの夜、晴れた日々
恋はそうあるべきと思っていた
それでもおまえは疑念に悩まされる時がある
おまえは愛せるだけ愛し、今じゃその愛を使い果たしている
Ooh Ooh ベイビー、俺たちは長い道のりを歩んできた
そして二人が明日どこにいるのか誰に分かるのだろう
俺の心はノーと言い、だけど頭の中では囁いている
二人の愛が続いて行くようにと

俺たちは Wham Bams Shang-a-lang and a Shal a la la la la thing
Wham Bam Shang-a-lang and a Sha la la la la thing

おまえを見つめているのは言いたいことがあるから
些細な感情が時が経つにつれて広がって行く
気をつけなよ 夢にとらわれぬように
用心しなよベイビー、見かけに惑わされるように
Ooh Ooh ベイビー、おまえは俺にとって最高の恋人だったけれど
そのことが間違いだったと勘ぐらせないでくれ
お互いが必要であると認め合っていると思っていた
だから聞いてくれ 二人はこうなんだと言うから

俺たちは Wham Bams Shang-a-lang and a Shal a la la la la thing
Wham Bam Shang-a-lang and a Sha la la la la thing

俺の言っていることが分かってくれたよな
おまえが俺の演奏に合わせて歌っているのが聴こえるから
もう言うことは言った お互いに納得している
手遅れになる前にさよならを言い合おう
Bye Bye ベイビー、本当はずっと一緒にいたいのさ
でもお互い人生で最も輝いていた時を胸に刻もう

俺たちは Wham Bams Shang-a-lang and a Shal a la la la la thing
Wham Bam Shang-a-lang and a Sha la la la la thing

 アルバムのオープニングを飾るブレント・ミッドランド作の「Musician (Not An Easy Life)」です。ミュージシャン生活の悲哀を描いた感動的なバラード。厳しい境遇のもと、「ミュージシャンとして生きて行くことが容易でないことが分かってきた」と自問自答する様子が描かれていました。


 軽快な「All i Wanna Do」。作者はスティーヴ・ファーガソンとクレジットされていますが、ジャクソン・ブラウンの後押しでアサイラムからデビューした黒人シンガー・ソング・ライターなのか、NRBQで活躍したギタリストなのか、それともまったく別の人物なのかよく分かりません。詳細をご存知の方のご教示があれば幸いです。


 「君の魅せられたのは不思議でもなんでもない」歌う、グレッグ・コリアー作の「No Wonder」。
 

 「恋路の試練も明日にはうまく行くようになる」との趣旨を歌ったジョン・バドーフ作の「It's Gonna Be Alright」。前述の「Somewhere In The Night」を連想させる美しい曲です。


 この他にもシングル・カットされたバラード曲、「Memory」やイーグルスを思わせる「Trust In Somebody」など秀逸な曲が粒ぞろい。カントリー・ロック・バンドの触れ込みでしたが、優しくメランコリックなムードが漂う曲調の作品が多いのがシルヴァーの特徴と言えるでしょう。

 さて、「Wham Bam」のスマッシュ・ヒットにアリスタは気を良くしたのか、二匹目の泥鰌を狙う商業路線をシルヴァーに強要します。レコード会社は慈善事業ではなく、利益を追求して行くのが企業として当然のこと。しかし、独自路線を歩みたいシルヴァーは納得出来ず、両者の間に対立が生じ、結局解散を余儀なくされました。
 その後のメンバーの動きとして、ジョン・バドーフはソング・ライターとしてアメリカやキム・カーンズらに楽曲を提供したり、ロッド・ステュワートやデイヴ・メイソンなどのアルバムにバッキング・ヴォーカルとして参加。近年ではバドーフ&ロドニーを再結成してステージに立っているようです。また、ハリー・スティンソンはアル・スチュワートのバック・バンドに参加。そして、ブレント・ミッドランドはグレイトフル・デッドに迎えられ、『Go To Heaven』(1980)、『Reckoning』(1981)、『Dead Set』(1981)、『In The Dark』(1987)、『Dylan & The Dead』(1989)、『Built To Last』(1989)『Without A Net』(1990)などのアルバムにレコーディングを残すも1990年7月26日に他界しています 。
 たった1枚のアルバムを残し、シーンから姿を消したシルヴァー。レコード会社と妥協する道を選択したなら親しみやすいメロディと涼風のようなサウンドを身上にセカンド、サードと着実にアルバムの数を重ねて行ったことでしょう。しかし、オープニング・ナンバーの「Musician (Not An Easy Life)」に表された苦悩を自らに重ねるようにして、各々が我が道を選んだことにはアーティストとしての矜持が伝わって来きました。

The Rolling Stones - Beast of Burden

 香港映画『燃えよデブゴン』でお馴染みのサモ・ハン・キンポーさん・・・・・・、もとい、我が国の野田佳彦総理が、「Never, Never, Never, Never Give Up」と熱く叫ばれているので、拙ブログも対抗することにしました。今回ご登場いただくのはザ・ローリング・ストーンズの皆様。野田首相がウィンストン・チャーチル元首相の名言を彷彿させる言葉を叫ばれているので、当方はイギリス出身の最高最強のロック・バンドのお力をお借りしたいと思います。取り上げる曲は1978年に発表されたアルバム、『Some Girls』収録の「Beast of Burden」。この曲でミック・ジャガーさんは、「Never, Never, Never, Never, Never, Never, Never Be」と7回も連呼していました。

女たち<デラックス・エディション>女たち<デラックス・エディション>
(2011/12/07)
ザ・ローリング・ストーンズ

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BEAST OF BURDEN
おまえの荷物運搬係の駄馬になんてなりたくないぜ
俺の背中は広いけど、ズキズキ痛むのさ
俺はただおまえと愛し合いたいだけなんだよ
おまえの荷物運搬係の駄馬になんてなりたくないぜ
何マイルも歩いて足が痛むんだ
俺はただおまえと愛し合いたいだけなんだよ

俺は十分頑丈だろう?
俺は十分荒々しいだろう?
俺は十分裕福だろう?
物事が分からんほど俺の眼は節穴じゃないんだがな

おまえの荷物運搬係の駄馬になんてなりたくないぜ
さぁ、家に帰ってカーテンを降ろそう
ラジオで音楽を聴きながら
なぁ、ベイビー、優しく愛しておくれよ

可愛いぜ 本当に可愛いぜ
おまえは魅力的な女さ
可愛いぜ どうしようもなく可愛いぜ
だからさぁ、ベイビー、頼むから愛してくれよ

あのなぁ
俺を通りに放り出してもかまわないんだぜ
裸足のまま放り出してもいい
なんならこの惨めさから放り出してくれ

おまえの憂さぐらい我慢してやるよ
嫌なことは俺に投げつけてくれ
取るに足らぬものとして笑い飛ばしてやるぜ
だが、分からないことがひとつあるんだ
おまえはなんで俺が自分に相応しい男じゃないと言うのか
俺には理解出来ないぜ

もっと荒々しくしてほしいのか 
もっと逞しくなきゃならないのか
もっと裕福じゃなきゃいけないのか
それとも愛情が足りないのか
頼むから教えてくれよ

おまえの荷物運搬係の駄馬になんてなりたくないぜ
おまえの荷物運搬係の駄馬になんてなりたくないぜ
いやだね いやだね 絶対にいやだね ご免被るぜ
おまえの荷物運搬係の駄馬になんてなりたくないぜ
何マイルも歩いて足が痛むんだ
俺はただおまえと愛し合いたいだけなんだよ

 ローリング・ストーンズのアルバム『Some Girls』はあたかも人生の酸いも甘いも噛み分けたドン・ファンや好色家が、自分の女性遍歴をひとつひとつ思い出しながら告白しているような作品です。純粋無垢な娘から商売女に至るまで、様々な環境に暮らす女性が登場しますが、とりわけこの「Beast Of Burden」は一筋縄でいかぬ女に手玉に取られている様を映し出していました。
 好きな女に利用され、適当にあしらわれていても未練たっぷり。さっさと他の女に乗り換えれば良いと思うのですが、絶世の美人か、それとも秘め事が達者なのか、何とも諦めの悪い男の心情が描かれています。この「Beast Of Burden」がリリースされたのは1978年。活力のあった時代背景のもと、「男の浮気は甲斐性」などといった言葉がまかり通った反面、女性の社会進出が脚光を浴び始め、旧来の男女関係が大きく変化しようとしていました。
 そうした価値観の変容して行く中で、アッシー、メッシー、ミツグくん、キープ男などといった女性に都合良く扱われる男性を表す代名詞が幾つも出現したのは1980年代末から90年代初頭のバブル景気末期の頃。もちろんこれらは日本だけの現象かと思われます。しかし、古今東西、男性は女性に好意を持って近づき、女性は期待させつつも応じない素振りで男性を翻弄し続けてきたと言えるのかもしれません。そして、これだけ尽くしても殆どの男たちは「本命君」にはなれず終い。それ故に、「男はつらいよ」とはよく言ったものです。最高最強の遺伝子を残すという人間の本能の観点に立てば、女性のそんな選択は自然の摂理として仕方のないことなのかもしれません。
 いずれにしても下心丸見えの情けない男の生態を想起させますが、ただこの「Beast Of Burden」の主人公のように体力や野性をアピールしているのはアッシー君たちとの違いが窺えます。
 現代の若い男性は身の回りにいる女性よりもアイドルのDVDを観ているほうが身も心もときめくらしく、「面倒くさい」と言って実際の恋愛を楽しむ傾向がないと聞きました。貪欲さもなければ、向上心にも欠けるといった印象。人間関係で傷つくのが怖いのでしょうか。
 彼氏彼女がいなければ恥ずかしさを覚えたひと昔前は、車がなければ意中の女性をデートに誘うことさせできませんでした。若い人には他人とぶつかり合いながら人生を謳歌してほしいものですが、苦労して成果が上がらず見返りも享受できないのなら引きこもって誰にも邪魔されずに悦に入っているほうが結果的に良いのかもしれないと考えさせられます。

 DVD『Some Girls』に収録された1978年のライヴ映像のようです。


 こちらもライヴ映像ですが、年代は不明です。宜しければご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=UZH1aOZY9Tc

 こちらはアコースティック・ヴァージョン。正式に発売されているのかよく分かりません。詳しい方のご教示が得られれば幸いです。



 ベット・ミドラーが1983年発表のアルバム『No Frills』で秀逸なカヴァー・ヴァージョンを披露しています。今回はミック・ジャガーがゲスト出演したプロモーション映像をご覧ください。

 
 冒頭で野田首相を茶化しましたが、日本で言論・表現の自由が守られているとはいえ、どの辺りが許容範囲なのかは頭を悩ますところでしょう。年末にある有名なヴァラエティ番組においてお笑い芸人の方とアイドルの方がブータン国王夫妻に扮して物真似を行って場内を沸かせたにもかかわらず、親日家として知られるブータン国王夫妻を酷く侮辱したとして、インターネットを中心に波紋が広がっています。その反面、「国王も天皇も同じ人間。この程度の風刺が許されないのではこの国に表現の自由はない」といった趣旨の意見も少なからず見受けられました。
 私はこの番組を見ていなかったので、詳しい内容についてはよく分かりません。ただ娯楽のためなら手段を選ばない風潮には馴染めず、後味の悪さを覚えます。批判する精神や異議申し立ては大切であり、何ら否定されるものではありません。しかし、それらが政治家へ向けてのものならまだしも、皇室や外国の王室を対象にして貶めるかのような価値観は釈然としないものです。ザ・ビートルズの「Her Majesty」に苦笑しながらも。
 さて、野田首相が香港の俳優さんを連想させるかのような書き方をしてしまいましたが、北の彼の国の三代目と容貌に類似したものを感じるなどと言えば誹謗中傷の類いになるのでしょうかねぇ。

Jackson Browne - Alive In The World

 新年が明けても日本を取り巻く状況に好転の兆しが感じられません。隣国である北の彼の国では年末にトップが替わっても相変わらずの強硬姿勢を続ける覚悟。また、次期ヘッドが事実上確定している面積の広大な隣国も依然として領土・領海をさらに広げようとしている情勢です。我が国の総理には毅然として対処していただきたいのですが、消費増税にしか関心がないご様子で、"Never, Never, Never, Never Give Up" (英国の元首相、ウィンストン・チャーチルの名言の引用)と「ネバー」を4度も叫びながら不退転の決意で臨まれるとのこと。国民にはなかなか希望の光が見出させず残念無念。明けない夜はない、春の来ない冬はないと言いますが、このような状況ではまるでブラック・ホールに吸い込まれたのではないかと錯覚させられました。
 さて、本年の記事の第一弾はジャクソン・ブラウンの "Alive In The World" です。せめて音楽だけは前途を明るくさせてもらえるものを思い選びました。


ALIVE IN THE WORLD
本当の世界に生きたい 頭の中の想像じゃなく
俺は本当の世界に生きたいんだ しっかりと意見を述べたい
希望に溢れる人たちや自ら進んで生きる意志を持った人たちとともに
率直で逞しい人たちとともに
暗闇の中の声とともに
歌の中から明るい光を見出し
数えきれないほどたくさんの愛を語らう人々と一緒に
この現実の世界で生きよう

本当の世界に生きたい どこかの壁の後ろに隠れているのではなく
俺は本当の世界に生きたいんだ 
そこで俺は誰かが呼びかけてくれる声に耳を傾けよう
心の内側で囚われの身になっている俺自身に
懐疑心で余裕のなくなったこの俺に
様々な空想に耽りながら
脱出する夢を抱き
チャンスをうかがう人に
この現実の世界で生きよう

両目を大きく開き覚醒してこの現実の世界で生きたい
両目を大きく開き完全に本当の世界にたどり着く

世界の美しさと冷酷さ
世界の悲嘆と喜び
絶えまなく命を生み出しながらも破壊や
計り知れないほどの変革の力を押し進める
そんな本当の世界に俺は生きたい

両目を大きく開き覚醒してこの現実の世界で生きたい
両目を大きく開き完全に本当の世界にたどり着く

 1996年リリースのアルバム『Looking East』に収められていた「Alive In The World」には自分の立場を明らかにし、人々ともに生きていくジャクソン・ブラウンの決意が表明されていました。楽観的な印象は拭えませんが、「普通の人」に投げかけるメッセージは初期の彼の作品に表されていた若者の戸惑いやうつろいやすさを彷彿させるものです。


ルッキング・イーストルッキング・イースト
(1996/03/10)
ジャクソン・ブラウン

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1. Looking East
2. The Barricades Of Heaven
3. Some Bridges
4. Information Wars
5. I'm The Cat
6. Culver Moon
7. Baby How Long
8. Nino
9. Alive In The World
10. It Is One
11. World In Motion (Bonus Track)

 アルバム『Looking East』は西海岸であるロサンゼルスに住む人間の視点で政治経済の中枢を担う東海岸、ひいてはアメリカ全体を見回すというコンセプトが内包されていました。表題曲では権力と地位が神の恵みと同じとされるが、いたるところに飢え存在するところと東海岸を痛烈に皮肉っています。
 情報が細密かつ迅速に伝達され、現実と虚構の世界が交錯する現代社会。戦争や震災の悲惨な場面がテレビを通じて映し出され総身に戦慄が走るような衝撃と同時に、映像作品やビデオ・ゲームに興じているような錯覚さえ覚えることもありました。
 身の回りで起こる様々な出来事に危機感を感じながらも、喉元過ぎれば熱さを忘れるの如く普段の日常へと人は戻って行くものです。些細なことに腹を立て、何か問題が生じれば社会が悪いと嘆きながら過ごす日々。他人への思いやりさえ一過性のもので終わってしまうのが常でしょう。
 この「Alive In The World」にはそうした現代人の傾向を鑑み、もっと人間らしい尊厳を持って生きて行けるはずだとの思いが込められているように思えました。しっかりと自分と自分を取り巻く環境に向かい合い、その中からささやかな希望を見出そうとジャクソン・ブラウンは問いかけているのです。斬新さも目新しさもないメッセージかもしれませんが、ジャクソン・ブラウンのひたむきでありのままの願いなのだと受け取れました。

 政治や社会をテーマにしたアルバム、『Looking East』の評価は高く、評論家からは「繊細で内省的な面と政治的な面が結びついた」と絶賛する声が上がりました。ジャクソン・ブラウン本人も彼に関して書かれた『Jackson Browne - His Life And Music』の中で、以下のように述べています。
 
 歌に政治的メッセージを入れたいという彼の熱い思いは、実は彼にとってまだまだ大切だった。「要は、その歌がよくできた歌かどうかなんだと思う。だから、この手のものは聴きたくないという議論だとか、あるいは、ぼくがやるこの手ものは聴きたくないという議論は、あまり気にしない。もう少していねいに言えば、『原発の歌をなぜわれわれが聴かなければならないんだろう』とか、『昔は愛の歌を聴かせてくれた人がどうして人権のことをしゃべっているのか』っていう議論だね。答えは、『こういうことはすべて人生の一部で、その人生について書くのがぼくの仕事だからさ』」と述べていました。(『Jackson Browne - His Life And Music』マーク・ビーゴ著、水木まり訳、P.273 蒼氷社 2007年)

ジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージックジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージック
(2007/11)
マーク ビーゴ

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 ライブ映像です。


 こちらはピアノの弾き語り。オフィシャルなものではないので画質・音質はあまり良くありませんが、宜しければご覧ください。


 冒頭で述べたように「Looking East」ならぬ東アジア情勢は混沌としたままです。2012年はさらなる混乱が待ち受けているのでしょうか。我が国のリーダーには国民の懐を狙うのではなく、相手国の懐をつかむぐらいの気迫で交渉に臨んでいただきたいのですが、その表情や言動を見る限り叶わぬ願いのようで何ともやりきれぬ思いです。
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