好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Linda Ronstadt - Alison

5回に分けて取り上げてきたリンダ・ロンシュタットの『Living In The U.S.A.』も今回が最終回。残った2曲、「When I Grow Too Old To Dream」と「Alison」について紹介しながら少しばかり述べたいと思います。

ミス・アメリカミス・アメリカ
(2011/02/23)
リンダ・ロンシュタット

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1. Back In The U.S.A.
2. When I Grow Too Old To Dream
3. Just One Look
4. Alison
5. White Rhythm & Blues
6. All that You Dream
7. Ooh Baby Baby
8. Mohammed's Radio
9. Blowing Away
10. Love Me Tender

1935年に制作されたMGM映画『The Night Is Young(春の宵)』の主題歌として作詞家のオスカー・ハマーステイン2世、作曲家のシグマンド・ロンバーグの共作で作られた「When I Grow Too Old To Dream」。1954年のMGM映画『Deep in My Heart(我が心に君深く)』にも主演のホセ・ファーラーが劇中で歌う場面がありました。ドン・グロルニックのピアノとマイク・マイニエリのヴァイブをバックに、リンダは情感を込めながらもしっとりと歌い上げ、まろやかで豊潤な味わいが伝わってきます。


カエルのカーミット氏らと共演するマペット・ショーの映像。


WHEN I GROW TOO OLD TO DREAM
二人は肩を寄せ合い
楽しい日々を過ごしていた
あの頃の人生は素晴らしく
二人は若かった
だけどあなたが去って行った後の
人生はかつて二人が歌った古い歌のように
色褪せて行くのだろう

夢を見るには年を取り過ぎた頃に
あなたに私のことを思い出してもらいたいの
夢を見るには年を取り過ぎた頃でも
あなたの愛が私の心の中に生き続けていることでしょう

だからキスして、私の愛しい人
そしてお別れましょう
夢を見るには年を取り過ぎた頃になっても
あまたのキスが私の心の中に生き続けるでしょう

そう、夢を見るには年を取り過ぎた頃でも
あなたの愛が私の心の中に生き続けていることでしょう

スタンダードとして有名な曲ですが、とりわけナット・キング・コールのヴァージョンがよく知られてるようです。1956年にリリースされた『After Midnight』に収録。


クリフ・リチャードのヴァージョン。ジャジーなナット・キング・コールと打って変わって哀愁を帯びた歌声に、別れた恋人への思慕がひしひしと伝わって来るようです。1961年発表の4曲入りEP、『Dream』に収録。


次に扱う曲の作者であるエルヴィス・コステロの奥方、ダイアナ・クラールのヴァージョンです。ナット・キング・コールへのトリビュート・アルバム『All For You: A Dedication to the Nat King Cole Trio』(1996年)に収録。


レイジーな雰囲気が漂うエルヴィス・コステロ作の「Alison」。もともとは昔の恋人への優しさと皮肉が相半ばする歌のようですが、リンダは第三者的な立場からアリスンを冷静に見つめています。デヴィッド・サンボーンのサックスがそんな大人の視点を支えるように雰囲気を盛り上げていました。


ALISON
何だかおかしな気分よね
こんなにたってからあなたに会うなんて
ああ、でもその様子だと
あなたには再会の感激なんてなさそうね
聞いたわよ
あなたって私の友達にパーティ・ドレスを脱がせたんですってね
私は厄介なヴァレンタインの恋人たちのように
感傷的になるつもりはないの
あなたに誰か好きな人がいるのかどうか知らないけれど
その人が私の前の恋人でなければいいなって思うだけ

アリスン
わかってるわ、今の世の中があなたを辛い目に遭わせているってことを
ああ、アリスン
私の意図は確かね

そう、今のあなたには夫がいる
彼はあなたの綺麗な指を突っ込んだままにしたのね
ウェディング・ケーキの中に
あなたはその手ですぐに彼を捕まえたままにしたものだった
でも彼は奪えるものはすべて手に入れた

時々思うのよね、あなたがバカなことを言ってるのを聞くと
そんなお喋りなんか止まってしまえばいいなんて
誰かその大きな灯を消してくれないかしら
だってそんな辛そうなあなたを見ていられないんだもの

アリスン
わかってるわ、今の世の中があなたを辛い目に遭わせているってことを
ああ、アリスン
私の意図は確かね

イギリスでは昔から結婚式にまつわる言い伝えやジンクスが存在していました。例えば、ウェディングケーキの中にいんげん豆を入れておき、そのいんげん豆が 入っているケーキが当たった人は幸せになれる(ラッキービーンズ)とか、花嫁の左足の靴のなかに6ペンスコインを1枚いれておくと 二人は永遠にお金に不自由なく暮らせるとかといったことです。
この歌の中にウェディング・ケーキの中に指を入れるという風な描写がありますが、結婚指輪をウェディング・ケーキの中に入れて焼くという風習も過去にあったそうです。また、近年の結婚式でよく見られるようになった新郎新婦がお互いにケーキを食べさせ合うという「フィーディング」あるいは「ファーストバイト」という演出も西洋では以前から行われていて、決して珍しいことではないとのこと。ここでは浮かれた新郎新婦が指でケーキのクリームをすくいとってお互いの顔に塗り合うような光景が描かれているのかもしれません。

さて、作者のエルヴィス・コステロは1954年8月25日にロンドンで生まれてリバプールに育ったミュージシャンです。本名はデクラン・パトリック・アロイシャス・マクマナスといい、エルヴィス・プレスリーと母親の旧姓を組み合わせて芸名を付けたとされます。
父親がトランぺッターだったこともあってか、幼き頃より音楽に親しんでいたとのこと。ジャズ、R&B、ロックン・ロール、カントリー、スタンダードなど豊富な音楽の要素が混在する彼のサウンドはこうした環境や素養のうえで培われたものでしょう。
思春期を迎える前にビートルズに多大な影響を受けたコステロはやがてバンド活動を始め、1977年にシングル「Less Than Zero」でデビューに漕ぎ着けます。パンク・ロックの興隆の余波の中で次第に注目を浴びる存在となっていくのですが、前述のように彼の音楽性は幅広く、独特の個性や斬新さは窺えますが、とてもそんな範疇の中で語れるアーティストではありません。むしろ、オールド・ウェイヴと揶揄されたビートルズやエリック・クラプトンら既存のロックの路線の延長線上にあると解釈するほうが自然であると思われます。
デビュー直後で、まだ知る人ぞ知る存在だったコステロに目をつけたリンダ・ロンシュタット。彼女は以前からブレイク前のアーティストや無名のシンガー・ソング・ライターの作品を取り上げて世に送り出すといった役割を果たしてきた人でもあります。ジャクソン・ブラウン然り、J.D.サウザー然り、ウォーレン・ジヴォン然り、エリック・ジャスティン・カズ然り。リンダのアルバムに彼らの楽曲が収録され、存在の認知度が高められたと言っても決して過言ではないでしょう。コステロの場合も彼自身がパンク/ニューウェイヴの潮流に乗って人気を得るようになって行ったこともありますが、リンダに「Alison」が取り上げられたことが結果的により幅広い層にアピール出来る一助になったことは否めないと思われます。

エルヴィス・コステロのオリジナル・ヴァージョン。1977年発表のアルバム、『My Aim Is True』に収録されています。


リンダ・ロンシュタットはこの後、当時の音楽のトレンドを意識するかのようにパンク/ニューウェイヴ的なサウンドを取り入れた『Mad Love』(1980)、『Get Closer』(1982)を発表。その後は一転してスタンダード集である『What's New』(1984)、『Lush Life』(1986)、『For Sentimental Reasons』(1987)を立て続きにリリースして行きます。
1980年代前半頃はリンダ・ロンシュタットのみならず、ベテラン・アーティストが次々と時代の流れに合わせた音作りを試みていました。ホール&オーツのアルバム『Voices』(1980)はブルーアイド・ソウルやモータウン・サウンドの余韻を残しながらもパンク/ニューウェイヴの動きに接近した印象を受け取れますし、ポール・マッカートニーの「Coming Up」(1980)もエレクトロ・ポップ風のアレンジが施され、ジャクソン・ブラウンの「Disco Apocalypse」ではディスコ文化への皮肉や風刺を込めながらシンセサイザーをフィーチャーしたディスコ調のサウンドを展開していました。また、カーリー・サイモンは1920年代から30年代のトーチ・ソングを集めたアルバム『Torch』を1981年に発表。各々が試行錯誤しながら新たなる領域に踏み出していたのです。
リンダ・ロンシュタットが1978年にリリースしたアルバム、『Living In The U.S.A.』。ここではオールディーズのカヴァーとは明らかに趣が異なる「When I Grow Too Old To Dream」、ロック・ミュージックの新しい動きに目を向けた「Alison」が収録されていました。過去のアルバムの収録曲と比べて少なからず異彩を放つ雰囲気の選曲。リンダは『Living In The U.S.A』において自身の今後の方向を見据えており、同時に彼女の先見性の萌芽が内包されていたと言えるでしょう。

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Linda Ronstadt - Mohammed's Radio

中だるみの様相を呈しておりますが、今回もリンダ・ロンシュタットの『Living In The U.S.A』から「All that You Dream」と「Mohammed's Radio」の2曲を取り上げます。

ミス・アメリカミス・アメリカ
(2011/02/23)
リンダ・ロンシュタット

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1. Back In The U.S.A.
2. When I Grow Too Old To Dream
3. Just One Look
4. Alison
5. White Rhythm & Blues
6. All that You Dream
7. Ooh Baby Baby
8. Mohammed's Radio
9. Blowing Away
10. Love Me Tender

ローウェル・ジョージ(リトル・フィート)作の「All That You Dream」。夢が叶わず失意に溢れた様子が描かれた歌ですが、リンダはそんな落ち込んだ気持ちを振り払うかのように力強くシャウトしています。


ALL THAT YOU DREAM
憂鬱なこともあった、でも今ほどではない
こんな恥さらしはもうたくさん

夢なんてものは
輝く銀色の裏地を通ってやって来るもの
でも雲、雲が出てくれば状況が一変してしまう
雨が降り出し、人生に必要な警告を洗い流してしまう
そして真実が何であるかを悟らせる
他に何が出来るというの
ルールに従うだけ
自分に前に広がる道をしっかりと見続けることね

私たちにも幸福な時期があった
安楽の地において
時、時が傷跡を広げて行った
でも雨の日は晴れの日に変わる
毎日を精一杯に、精一杯に生きている
人々を愛しながら

ライヴ映像です。


リトル・フィートのヴァージョンは1975年リリースの『The Last Record Album』に収録。今回は1977年のライヴ映像をご覧ください。


続いては、「Mohammed's Radio」。リンダが好んで取り上げるシンガー・ソング・ライターのひとりであるウォーレン・ジヴォンの作品です。


MOHAMMED'S RADIO
誰もが落ち着かない様子
どこへも行くところがない
誰かがいつでも誰かに
既に知っている何かの話をしようとしている
だから怒りが生じ、恨みが湧き出るのだ

そうなるとロックン・ロールしたくなるでしょ
一晩中
モハメッドのラジオから
誰かが歌う甘くソウルフルな声が聞こえたのよ
そう、ラジオから
モハメッドのラジオから

保安官だって個人的な悩みや心配事を抱えている
そして彼はきっとそんなものを私やあなたにぶちまけるはずよ
愚か者が徘徊し
そして彼女の顔は興奮して赤みを帯びていた
なぜなら彼女は一晩中
モハメッドのラジオを聴いていたから

誰もが必死でやりくりしようとしている
一日中あくせく働いても
ガソリンや肉の代金を支払うことが出来ない
ああ、人間の一生は未完成で終わるものね

一晩中起きていて
彼のドラムに耳を傾けている
公正な世の中になることを
ただひたすら祈りながら
その日が来ることを願う
将軍が副官に囁いているのが聞こえた
モハメッドの灯には気をつけたほうがいいと

ウォーレン・ジヴォンのオリジナル・ヴァージョンは1976年リリースの『Warren Zevon』に収録。


日常生活における不公正、不平不満、疑問、矛盾などが鬱積し、憂さを晴らそうと夜な夜なクラブに集う人々の様子が描かれています。この歌が収録されたウォーレン・ジヴォンのアルバム『Warren Zevon』が発表されたのは1976年。当時のアメリカはヴェトナム戦争と高度成長政策に影響されて物価が上昇する傾向にあり、インフレが進んだ状態でした。あくせく働いてもガソリンや肉が買えないというくだりは決して大袈裟な表現でなく、命の値段は食費やガソリン代と同じくらいの価値しかないことをもほのめかしていると言えるでしょう。
さて、「モハメッドのラジオ」が具体的に何を象徴しているのかよくわかりません。モハメッドという言葉から当然のことながらイスラム教に関連する事を連想しがちですが、それ故にロックやソウルといったアメリカ発祥の音楽が流れている場に付けられた名前としては皮肉が込められています。
1973年の第4次中東戦争をきっかけにして欧米とアラブ諸国との関係が悪化し、石油の価格が上昇して先進諸国を困難な状況に陥れました。いわゆる「オイルショック」という出来事です。アラブ諸国は戦局を有利に展開するために原油生産の削減と石油の輸出禁止という策を講じ、イスラエルを支援する欧米諸国のみならず同盟関係にある西側諸国全体にプレッシャーをかけたのでした。
将軍が副官に囁いているという部分の歌詞は大統領が補佐官あるいは副大統領に何かを指示をしたとも受け取れます。イスラムの脅威を示唆しているのではないかと判断するのは少々考え過ぎでしょうか。

今回はリンダと縁の深いウォーレン・ジヴォンとジャクソン・ブラウンの共演映像でお開きにします。

Linda Ronstadt - White Rhythm & Blues

今回もしつこくリンダ・ロンシュタットのアルバム、『Living In The U.S.A.』より「White Rhythm & Blues」、「Blowing Away」の2曲を取り上げます。

ミス・アメリカミス・アメリカ
(2011/02/23)
リンダ・ロンシュタット

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1. Back In The U.S.A.
2. When I Grow Too Old To Dream
3. Just One Look
4. Alison
5. White Rhythm & Blues
6. All that You Dream
7. Ooh Baby Baby
8. Mohammed's Radio
9. Blowing Away
10. Love Me Tender

リンダ・ロンシュタットとかつて恋愛関係にあったJ.D.サウザー作の「White Rhythm & Blues」。印象的なドン・グロルニックが弾くピアノとオルガンとダン・ダグモアのスティール・ギターの音色が、切なく歌うリンダを好サポートしています。


WHITE RHYTHM & BLUES
あなたが私のものになってくれるまで
抱かれたくない
そして一晩中私の傍になんかいてほしくない
月が冷たく感じられるぐらいならいいけれど

私に必要なものは黒い薔薇と
白いリズム&ブルース
それに挫けそうにになっているときに手を差しのべてくれる誰か
黒い薔薇と白いリズム&ブルースを贈ってほしい

誰かがあなたを本当に愛しているとの噂
愛とはどういうものか知っているのなら
あなたはその人のことが分かるわ
でもハニー、この広い世界に住む人たちは皆
もう眠ってしまったかもしれない

そして人々は皆、
黒い薔薇と白いリズム&ブルースの夢を見ている
挫けそうにになった時に案じてくれる誰かの夢を
黒い薔薇と白いリズム&ブルースの夢を

瞳を閉じて
憂鬱なことは夢の中に置いてくればいい
私は嘘をつく以外のことは何でもしてきた
だけど今ではいったい何をすればいいのか分からない

ああ、夜につく溜息が自分自身の耳に聞こえる
でも、言葉が喉につかえて出て来ない
私のような女は見た目よりも
もっと傷ついているみたいに思わない?

黒い薔薇を贈ってほしい
黒い薔薇と白いリズム&ブルースを
くじけそうになったいるときに
案じてくれる誰かを連れてきてほしい
黒い薔薇と白いリズム&ブルースを

J.D.のヴァージョンは1979年リリースの『You're Only Lonely』に収録。リンダのヴァージョンとは一部歌詞が異なります。例えばリンダが ”You find her/If you just knew how' と歌っているところをJ.D. は 'And finding the future's near row'’(未来は近い)と歌い、また、リンダが"I've done everything a lie" と歌うのに対してJ.D. は “I've done everything but run” (逃げる以外のことは何でもしてきた)と歌っていました。リンダとJ.D.の関係、ひいては二人の恋愛遍歴を物語っているようで興味深く思えます。



リンダのお気に入りのソング・ライターのひとりであるエリック・カズが書いた「Blowing Away」。情感を込めた滋味溢れるリンダならではの持ち味が発揮されています。エリック・カズはソロ・アルバム2002年発表の『1000 years of sorrow』のソング・ノーツの中で、プロモーターやレコード会社の思うがまに扱われ、ひとりの人間として真実の愛に生きることも出来ずに自分自身を失って行く女性シンガーの人生を念頭に描いたと語っていました。


BLOWING AWAY
恋をし、食事をし、ダンスを踊った
狂おしいほどに素敵な夜に楽しい日々
私の人生はその神秘性を失ってしまった
恋は盲目、そして私は自分を見失ってしまった

私は風に吹き飛ばされて行く
影が私の愛を奪い、過ぎ去って行く
私は風に吹き飛ばされて行く
影が私の愛を奪い、私を置き去りにして行く

そして私は愚かなプライドを捨て
これでおしまいにするつもり
この大地を探しまわり
幾つかの海を航海してきた
でも恋は盲目、自分の存在を見つけることが出来ない

エリック・カズはクレイグ・フラーらと組んでいたアメリカン・フライヤーのアルバム『Sprit Of A Woman』(1977年発表)で自らもレコーディングしております。ここではクレイグ・フラーがリード・ヴォーカルを担当し、リンダ・ロンシュタットとJ.D.サウザーがバック・ヴォーカルで参加していました。なお、エリック・カズ本人が歌うヴァージョンは前述の『1000 years of sorrow』で聴けます。




American Flyer: Spirit of a WomanAmerican Flyer: Spirit of a Woman
(2004/02/10)
American Flyer

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1000年の悲しみ1000年の悲しみ
(2002/06/25)
エリック・カズ

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リンダ・ロンシュタットに先駆けて、ボニー・レイットも1975年のアルバム『Home Plate』でカヴァーしていました。
http://www.youtube.com/watch?v=nWVLRyq_sOY


Home PlateHome Plate
(2002/03/11)
Bonnie Raitt

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リンダ・ロンシュタットとボニー・レイットの共演映像。1979年に行われたローウェル・ジョージ追悼コンサートからのようです。


エリック・カズのペンによる「Blowing Away」はあたかもリンダの生き方や心境を表しているかのようです。かつて、「衣服や車を買い替えるように男性を取り替えてもいいんじゃないの」と公言して物議を醸したことのあるリンダ・ロンシュタット。アメリカを代表する女性シンガーの座を掴むまでの間には他人に分からぬほどの様々な葛藤や後悔の念を持ちながら生きてきたことでしょう。実像と虚像の狭間で大いに苦慮したことでしょう。
ほんのり憂いを帯びたメロディに乗せて語られる人生の機微。現実の社会の中で起こり得る心や感情のぶつかり合い。恋愛に悩む若者の姿。エリック・カズの作品にはひたむきに生きる人々の心情が描かれています。しかし、決して未来への希望が託された歌ばかりではなく、孤独感に苛まれ、時に絶望感が窺えるものもありました。そんなありのままの人々の営みが描写されたエリック・カズの作品にリンダは魅了され、共感を覚えているのかもしれません。

Linda Ronstadt - Ooh Baby Baby

今回も前回に引き続き、リンダ・ロンシュタットの『Living In The U.S.A.』から「Just One Look」、「Ooh Baby Baby」の2曲を取り上げます。

ミス・アメリカミス・アメリカ
(2011/02/23)
リンダ・ロンシュタット

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1. Back In The U.S.A.
2. When I Grow Too Old To Dream
3. Just One Look
4. Alison
5. White Rhythm & Blues
6. All that You Dream
7. Ooh Baby Baby
8. Mohammed's Radio
9. Blowing Away
10. Love Me Tender

G.キャロル&D.ペイン作の「Just One Look」は、1963年にドリス・トロイによってレコーディングされ、全米10位となるヒットを記録しました。ドリス・トロイはニューヨーク市ブロンクス区出身のR&Bシンガー。誕生日は1937年1月6日。幼少期から教会の聖歌隊で活動し、アポロ劇場の案内役をしていた頃にジェームズ・ブラウンに見出されてセッション・シンガーとしての道を歩み出します。1963年にソロ・デビューを果たし、「Just One Look」のヒットを飛ばしますが、その後はやや低迷。心機一転とばかりイギリスに渡り、ローリング・ストーンズの「You Can't Always Get What You Want」(1969年発表の『Let It Bleed』に収録)に参加し、再びセッション・シンガーとして活動しながら英気を養っていたのです。そんな地道な努力が功を奏したのか、ジョージ・ハリスンの助力により1970年にアルバム『DORIS TROY』をアップル・レコードからリリース。エリック・クラプトン、リンゴ・スター、レオン・ラッセル、スティーヴン・スティルスなどの豪華なメンバーがバック・アップを担当していました。
その後、ドリス・トロイはジョン・レノンの「Power To The People」(1971年)、ハンブル・パイのアルバム『Rock On』(1971年)、カーリー・サイモンの『No Secrets』(1972年)、ピンク・フロイドの『The Dark Side Of The Moon』(1973年)などに参加して存在感のある歌声を披露しています。
なお、ドリス・トロイは2004年2月16日、肺気腫のためにネバダ州ラスベガスの自宅で逝去しました。享年87歳。


野太く深みのある声質は黒人特有のもの。リンダ・ロンシュタットは原曲の雰囲気を踏襲しながらも、持ち前の明るさや可愛らしさで歌の魅力を表現しています。


JUST ONE LOOK
ひと目見ただけで
あなたにすっかり
恋をしてしまった私
Oh Oh

あなたの愛をもらうことが
どんなに素敵なことかと
気づいてしまった私
Oh Oh

いつまでも 永遠に
私のものでいてくれると
言ってよね
Oh Oh

ひと目見ただけで
私には
あなたしかいないと分かった
Oh Oh

夢を見ているんじゃないかと思った
でもそうじゃなかった
Oh Yeah Yeah
だけどあなたを私のものにするまで
ずっと狙い続けるわ

夢を見ているんだと思った
でもそうじゃなかった
Oh Yeah Yeah
だけどあなたを私のものにするまでは
ずっと狙い続けるわ

だからねぇ、分かるでしょう
本当に愛しているのよ
あなたなしじゃ生きてる意味がないくらい
Oh Oh
ひと目見ただけで
いつかあなたを惹き付けられると分かったわ
Oh Oh

ひと目め見ただけで ただそれだけで
ひと目め見ただけで ただそれだけで
ひと目め見ただけで ただそれだけで

ライヴ映像です。

この曲はアン・マレー(1974年の『Love Songs』に収録)、元ママス&パパスのミシェル・フィリップス(1977年の『Victim of Romance』に収録)、ブライアン・フェリー(1993年の『Taxi』に収録)など多くのアーティストによってレコーディングされています。今回は1964年にリリースされたホリーズのヴァージョンを宜しければお聴きください。


スモーキー・ロビンソンは1940年、デトロイト生まれのR&B/ソウル・シンガー。ハイスクール時代に友人らと組んだコーラス・グループでの活動がベリー・ゴーディ・ジュニアの目に留まり、1959年に彼のレーベルであるモータウンと契約。以後、ミラクルズ(後にスモーキー・ロビンソン&ミラクルズに改名)の名で「Shop Around」(1960年に全米2位)、「You've Really Got a Hold on Me」(1962年に8位)、「Going To A Go-Go」(1965年に11位)、「I Second That Emotion」(1967年に4位)、「Tears Of Crown」(1970年に1位)などのヒットを繰り出して人気を博しました。
スモーキー・ロビンソンはリード・シンガーとしてのみならずソング・ライターとしても活動し、ミラクルズのナンバーやテンプテーションズやフォー・トップスといったモータウン所属のアーティストに多くの楽曲を提供しています。彼の紡ぎ出す曲はボブ・ディランをして、「男女間の『心のひだ』を歌わせたらスモーキー・ロビンソンにかなう人はいない」と言わしめるほどでした。
全米16位、R&Bチャートで4位まで上昇した「Ooh Baby Baby」。スモーキー・ロビンソンとメンバーのウォーレン・ムーアとの共作で、失った恋人への未練が描かれた切ないスロー・バラードです。


哀愁を誘うスモーキー・ロビンソンのヴェルヴェッド・ヴォイスに対して、リンダ・ロンシュタットは時に情感を込めながら甘くまったりと歌っています。リンダを包み込むようなデヴィッド・サンボーンのサックスが印象的。当時のリンダとデヴィッド・サンボーンは恋仲だったらしく、パフォーマンスに二人の良好な関係を窺わせるようなものを感じ取れました。なお、リンダのヴァージョンはシングル・カットされ、全米7位を記録しています。


OOH BABY BABY
酷いことをあなたにしてしまった私
心は上の空
恋の駆け引きの中で、私はあなたを失った
なんて高い代償
泣いてしまうわ

Ooh Baby Baby
Ooh Baby Baby

あやまち、私は幾つもの過ちを犯したのね
でも、私はただの人間
あなただって過ちを犯したことがあるはず
泣いてしまうわ

Ooh Baby Baby
Ooh Baby Baby

私はどうにもならない
限界のところまできているの
だけど、諦めるつもりはないし
希望を捨てるなんて出来ない
だからここで踏みとどまり
いつの日かあなたを抱き寄せ
まだあなたを愛しているのと囁くわ
その日が来るまで
泣いているのよ

Ooh Baby Baby
Ooh Baby Baby

この曲も枚挙に暇がないほどのカヴァー・ヴァージョンが存在します。エラ・フィツジェラルドのジャジーなヴァージョン(1969年の『Ella』に収録)と比べて聴いてみるのも興味深いでしょう。


ここまで「Back In The U.S.A.」、「Love Me Tender」、「Just One Look」、「Ooh Baby Baby」の4曲を取り上げました。リンダ・ロンシュタットは恒例の如く自分のアルバムにオールディーズを収録してきましたが、今作では以前と比べて知名度の高い作品が並んでいます。選曲はリンダ自身によるものか、プロデューサーのピーター・アッシャーを始めとするブレーンのアイデアなのかよくわかりませんが、アメリカを代表する女性シンガーの座に登り詰めた者の名に恥じない堂々とした歌いっぷりと自信が示されていました。
私がリンダ・ロンシュタットを意識し始めたのは1972年のアルバム『Linda Ronstadt』から1973年の『Don't Cry Now』の時期。当時のリンダはまだ垢抜けないイメージが残っていましたが、あどけない表情が小悪魔的であり、思春期の少年には刺激的でした。
ひとりの歌い手が歳を重ねて円熟味を増して行くのは当然の流れ。大きく変化して行くこともあるでしょう。一作ごとに洗練され、無駄のない音作りをしているリンダ・ロンシュタットのアルバムを歓迎しながらも、これから彼女はどのような方向に進んで行くのだろうか、といった想いがふと頭の中をよぎった記憶があります。

Linda Ronstadt - Back in The U.S.A.

今回はリンダ・ロンシュタットが1978年にリリースしたアルバム、『Living In The U.S.A.』より「Back In The U.S.A.」と「Love Me Tender」の2曲を取り上げます。

ミス・アメリカミス・アメリカ
(2011/02/23)
リンダ・ロンシュタット

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1. Back In The U.S.A.
2. When I Grow Too Old To Dream
3. Just One Look
4. Alison
5. White Rhythm & Blues
6. All that You Dream
7. Ooh Baby Baby
8. Mohammed's Radio
9. Blowing Away
10. Love Me Tender

スポーティーなショート・カットにスタジアム・ジャンパー。足下はローラー・スケート。前作『Simple Dreams』(1977年発売)の鏡に向かった色香漂うノスタルジックな雰囲気が漂うジャケットと打って変わって、明るく快活なイメージが受け取れる『Living In The U.S.A.』。前作に続いて全米チャート1位を記録し、リンダが国民的歌手として頂点を極めたアルバムです。
プロデュースはピーター・アッシャー。リンダのバックを支える強者たちはワディ・ワクテル(ギター)、ダン・ダグモア(ギター)、ケニー・エドワーズ(ベース)、ドン・グロルニック(キーボード)、ラス・カンケル(ドラムス)といった気心知れた布陣。曲によってはマイク・マイニエリ(ヴィヴラフォン)、デヴィッド・サンボーン(アルト・サックス)らが花を添えていました。

オールディーズ、スタンダード、そして同世代のシンガー・ソング・ライターたちの作品を配し、新鮮ながらもどこか郷愁を誘うようなアレンジが施された楽曲を巧みな歌唱力で歌い上げるリンダ・ロンシュタット。一作ごとに洗練された味わいが増しているように受け取れますが、今作はアルバム・ジャケット同様、気取らず、驕らず、普段着ではしゃぐありのままのリンダの姿が映し出され、トップ・スターの座に登り詰めようとも歌に向き合う情熱と心構えは不変であると窺えます。

1959年にチャック・ベリーがヒットさせた「Back In The U.S.A.」。異国から祖国アメリカに想いを馳せ、念願かなって帰国した嬉しさが表現されたアメリカ讃歌です。
カヴァー・ヴァージョンは枚挙に暇がなく、ロックのスタンダードと呼べる作品のひとつ。この曲に影響を受けたビートルズが、ポール・マッカートニー主導で「Back In The U.S.S.R.」(1968年の『The Beatles』に収録)というパロディー曲を作ったことはあまりにも有名なエピソードです。
チャック・ベリーを彷彿させるダン・ダグモアのギター、ジャジーでありながらも飛び跳ねるようなドン・グロルニックのキーボード・プレイ、もちろんシャウトしながら楽しげに歌うリンダの迫力に圧倒されました。


BACK IN THE U.S.A.
ああ、たまらないくらい
今日は本当にいい気分
国際線の滑走路にたったいま着陸したところ
ジェット機で海を越えてアメリカに帰って来たところなの
ニューヨーク、ロサンゼルス、なんて懐かしいのかしら
デトロイトもシカゴも
チャタヌーガもバトンルージュも
セントルイスの我が家に戻って来ることを
どんなに望んでいたものか

摩天楼がどれほど恋しかったかって
果てしない高速道路がどれほど恋しかっかって
カリフォルニアの海岸から
デラウェア湾の岸辺までもが恋しかったのよ
淋しさを覚えたのは確かね
アメリカに戻ってくるまでは

懸命にドライヴ・インを探し
必死の思いでコーヒー・ショップを探したの
ハンバーガーが昼夜を問わず
オープングリルでジュージューと焼けていて
あの曲この曲とジュークボックスのレコードが
ひっきりなしにかかるところをね
アメリカに戻ったからには

ああ嬉しいわ
私はアメリカに住んでいるのよ
ええ、本当に嬉しい
アメリカに住んでいるの
ここには何でもあるのよ
欲しいものはここ、アメリカに揃っているの

チャック・ベリーのヴァージョンです。


1886年に行われたチャック・ベリー生誕60年を記念するイヴェントにおいての共演映像のようです。


ご存知エルヴィス・プレスリーの不朽の名曲。リンダはワディ・ワクテルのアコースティック・ギターとドン・グロルニックのオルガンをバックにしっとりと歌い上げています。実にキュートで魅力的。デュエットのようなワディ・ワクテルのバック・ヴォーカルも好サポートといった印象を受けました。
リンダは何故か1番の歌詞を省略し、2番から歌い始めています。歌詞も少し変更している模様。自らの恋の遍歴を振り返り、何か想うところがあったのでしょうか。


LOVE ME TENDER
やさしく愛して
真心込めて
あなたの心に私を迎え入れて
だって私はあなたのもの
二人は固く結ばれ離れやしない

やさしく愛して
誠意をもって
私の夢はすべて満たされる
愛しい人よ 愛しているわ
変わることなくいつまでも

やさしく愛して
いつまでも
あなたは私のものだと言ってください
私の居場所はあなたの心だから
時が止まるまで永遠に

1977年のライヴ映像のようです。


エルヴィス・プレスリーのヴァージョンは1956年にリリース。今回はライヴ映像をご覧ください。


1978年といえば雑誌『POPEYE』が注目を浴びていた時期。月刊『宝島』に続き、アメリカ西海岸の文化や風俗を紹介したことで人気を博しました。ローラー・スケート、スケート・ボード、フリスビー、サーフィンなどに興じるイラストや写真が表紙を飾り、様々な情報が詰め込まれた誌面にはカウンター・カルチャー終焉後の新しいライフ・スタイルが提案されていたのです。また、若者のファッションの牽引役をも担い、ダウン・ジャケットやカウチン・セーターの流行は『POPEYE』が火をつけたといっても過言ではないでしょう。
アルバム『Living in The U.S.A.』のジャケットに映し出されたリンダ・ロンシュタットの姿はまるで『POPEYE』から抜け出してきたかのような印象を覚えました。私も早速ローラー・スケートを購入して颯爽と自宅の前に飛び出したのですが、生来運動神経が鈍いもので、その後の展開は省略します。なお、1979年9月10日号の『POPEYE』の表紙には、「ローラースケートは街と友達になるためのマシンだ!」とのコピーが記され、ローラー・スケートの特集が組まれていました。

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