好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Paul McCartney - Hope Of Deliverance

頑張っている方々に「頑張れ」と声を掛けるのを好みませんが、今回は希望の持てる明るい曲を取り上げます。ご登場していただくアーティストはポール・マッカートニー。お題は彼が1993年に発表したアルバム『Off The Ground』の中の一曲、「Hope Of Deliverance」です。

Off the GroundOff the Ground
(1993/02/09)
Paul McCartney

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1. Off The Ground
2. Looking For Changes
3. Hope Of Deliverance
4. Mistress And Maid
5. I Owe It All To You
6. Biker Like An Icon
7. Peace In The Neighbourhood
8. Golden Earth Girl
9. The Lovers That Never Were
10. Get Out Of My Way
11. Winedark Open Sea
12. C'mon People



HOPE OF DELIVERANCE
いつでも望んでいる
君には俺の心をしっかりと捕まえていてほしい
俺にもいつか分かる時がやって来るだろう

俺にもある日いつか悟る日が来るんだ
その日までずっと
君はいつも分かっていてくれるね

それが正しいものなのか俺には分からない
それがどんなものなのか俺には分からない
俺たちを覆う暗闇から救われる
希望のその日を願って生きているんだ

救いの希望
俺たちを囲む暗黒から抜け出せる
その日を願っている

俺は知りたいんだ
君が俺の想いに付き合ってくれるのかどうかてっね

救いの希望
俺たちを囲む暗黒から抜け出せる
その日を願っている

救いの希望
解放の希望
俺にもいつか分かる時がやって来るだろう

カリプソ風の軽快なアレンジで、暗闇から救われる日が必ずやって来ると歌うポール・マッカートニー。その暗闇とは人生の中で今の自分が置かれた状況なのでしょうか。人間の罪とその結果からの回復というキリスト教の救いとの解釈も成り立つかもしれません。もっとも、ポール本人は「何を意味してもいいのだ」と言っていたそうです。優れた詩人はダブル・ミーニングの達人でもあるようで、ポールもその中の一人でしょう。

ビートルズ時代の「Let It Be」でもポールは、「暗闇に包まれた時に聖母マリアが俺の前に立ち、思慮ある言葉『あるがままに』と言ってくれた」と歌っていました。コンセプトとしては「Hope Of Deliverance」と相通じるものを受け取れます。なお、聖母マリアが登場することによって宗教色を滲ませているようですが、マリアとはポールの母親のメアリーのことでもあり、キリスト教、特にカトリックでは煉獄への執り成し役として崇拝されている聖母マリアと母への思慕とを重ね合わせることでの効果が発揮されていたように思えました。

煉獄
カトリック教会において、キリスト教徒として神の救いが約束されていながらも罪の償いが残っているために浄化が必要とされた者がいる場所。プロテスタントではこのような概念は否定されている。

プロモーション・ビデオのようです。


ライヴ映像です。


スタジオ・ライヴの映像のようです。


クラブ・ミックスだそうです。宜しければご覧ください。


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Valerie Carter - Wild Child

前回の記事、ジャクソン・ブラウンの「Lives In The Balance」は少々重苦しい雰囲気が漂っておりましたので、今回は彼と関連のある女性シンガーの清々しく可憐な歌声で癒されることにします。ご登場を願うのはヴァレリー・カーター。彼女が1978年にリリースした「Wild Child」を取り上げることにしました。

ワイルド・チャイルドワイルド・チャイルド
(1993/12/12)
ヴァレリー・カーター

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1. Crazy
2. Da Doo Rendezvous
3. What’s Becomes Of You
4. Taking The Long Way Home
5. Lady In The Dark
6. The Story Of Love
7. The Blue Side
8. Change In Luck
9. Trying To Get To Know You
10. Wild Child

ソロ・デビューを果たした前作、『Just A Stone's Throw Away』はロック、ポップス、ジャズ、ソウルなど様々なジャンルの音楽が溶け合い、洗練された趣が特徴的なアルバムでした。あたかも1970年代後半のウエスト・コースト、およびアメリカの音楽シーンを象徴するかのような響きが凝縮されていたのです。セカンド・アルバムとなるこの『Wild Child』は前作の延長線上にありながらもAORの色合いを濃く滲ませていました。親友ローウェル・ジョージやアース、ウインド&ファイアーの面々に代わり、今作では、ジェイ・グレイドン(ギター)、チャック・レイニー(ベース)、レイ・パーカー・Jr(ギター)、TOTOのメンバーらがヴァレリー・カーターをサポート。
バックのミュージシャンの個性に圧倒されたり過剰に演出されることもなく、シンガーとしてのヴァレリーの魅力が十二分に引き出された一枚です。プロデューサーに迎えたジェームズ・ニュートン・ハワードの功績も大きかったことでしょう。彼はエルトン・ジョンやメリサ・マンチェスターらの楽曲のアレンジで注目され、後にリッキー・リー・ジョーンズの『The Magazine』(1984年発表)のプロデュースを手掛け、現在は『Pretty Woman』(1990)、『The Fugitive(逃亡者)』(1993)、ER(1994 - 2009)、『Batman Begins』(2005)、『I Am Legend』(2007)など映画やテレビ・ドラマの音楽の世界で活躍している人物です。

オープニング・ナンバーはヴァレリー・カーターがプロデューサーのジェームズ・ニュートン・ハワードらと競作した、「Crazy」。恋愛する複雑な女心が描かれた曲です。スティーヴ・ルカサーらTOTOの面々がバックを受け持っていました。


CRAZY
何度も朝を迎える度に
随分長いこと私を辛い気持ちににさせられてきたのだと思う
太陽の光に目が眩み、何かをするのを妨げ続けている
私の頭の中はこんなことばかり
私はもうこれ以上嘘を並べ立てることは出来ない
そんなものを引きずる自分なんて
ひとりぼっちで生きて行くよりも厄介に違いないわ

気にし過ぎだと
あなたの声が聞こえる
自分がどんな女だったなんか忘れよう
向こう見ずでどうかしてるってことはわかってるわ

気にし過ぎだと
あなたの声が聞こえる
でもあなたにはわかってるでしょう
私がいつもこんな風だってことを
向こう見ずでどうかしている女
たぶんそれが私の本性よ

他の人よりはるかに私の思いを受け入れてくれたのは
あなただってことがはっきりしている
あなたはカヴァーの中に片足を突っ込み
私はそこから片足を出す

特別扱いだなんて
あなたは私のために乾杯を呼びかける
ひそひそ話はやめてちょうだい
こうならないようにと誓ったことから
私は逃げてきた
あなたは私が楽しんでいると思っているのね
でも、本当は
私をどうしようもなくさせるの
クレイジー、どうかしているわ
私の言いたい意味が分かるわね
私はクレイジー、どうかかしている女なの

「どうしようもなくあなたが必要なの/どうしていいのかわからない」と愛する人への思慕が歌われた、「Da Doo Rendezvous」。ギター・ソロはレイ・パーカー・Jr、アコースティック・ギターはフレッド・タケット、ベースはチャック・レイニー。


TOTOの面々とジェームズ・ニュートン・ハワード(キー・ボード)がバックを担当した軽快な曲調の「Lady In The Dark」。ヴァレリー・カーター、ジェームズ・ニュートン・ハワード、スティーヴ・ルカサーの共作曲です。


ホーン・セクションが印象的な「The Story Of Love」。ファンキーなソウル・ナンバーに仕上がっていました。理性を捨ててしまうほどの恋物語が綴られています。ヴァレリー・カーターとR.Bellの共作。ギターはジェイ・グレイドン、ホーンのアレンジはアース、ウインド&ファイアーやシャイライツを支えたTom Tom 84ことトム・ワシントンが担当していました。


愛する人への未練が漂う「The Blue Side」。深みのある歌声から凛々しさが伝わってきます。ファルセット・ヴォイスが魅力のシンガー・ソング・ライター、デヴィッド・ラズリーとアリー・ウィリスの共作曲。


アリー・ウィルスが1980年に音楽関係者に配布したサンプル盤に収められていたヴァージョンのようです。デヴィッド・ラズリーが2003年にリリースした未発表曲集『Demos』に収録されたものと同一なのかよく分かりません。
http://www.youtube.com/watch?v=35vosxPMDbk

クリスタル・ゲイルも歌っています。1979年のアルバム『Miss The Mississippi』に収録されていますが、今回はライヴ映像でお楽しみください。
http://www.youtube.com/watch?v=rrW1U-IfptU

爽やかで軽やかな「Trying To Get To Know You」。新しい恋への積極的な気持ちと切なさが交錯する女性の心理を歌うヴァレリー・カーターがいじらしく思えるようなナンバーです。シカゴの名門ソウル・グループであるシャイライツのリード・ヴォーカルとして活躍したユージン・レコードの作品。オリジナル・ヴァージョンは1978年に発表された彼のソロ・アルバム『Eugene Record』に収録されていました。


ユージン・レコードのヴァージョンも宜しければお聴きください。
http://www.youtube.com/watch?v=vn5AN2at4vA

AORの名盤として語り継がれる本作ですが、商業的には芳しい結果を残せなかった本作。CBSとの契約が打ち切られた後は数々のアーティストのバック・ヴォーカルとして活動します。彼女がレコーディングやツアーに参加したアーティストはジャクソン・ブラウン、ジェームズ・テイラー、クリストファー・クロス、ダイアナ・ロス、ロッド・スチュアートなど枚挙に暇がありません。
洗練された癖のない声質と巧みな歌い回しの妙、清楚と妖艶を兼ね備えた天性の資質に磨きをかけ、ようやくヴァレリーがサード・アルバム『The Way It Is』をリリースできたのは1996年。なんと12年もの歳月がかかりました。

Jackson Browne - Lives In The Balance

北アフリカから中東にかけての民衆による反政府デモが拡大し、チュニジアとエジプトでは独裁者が権力の座から降りる事態となりました。リビアでは今も情勢が落ち着かず、カダフィー政権と反体制勢力の衝突が長期化する様相を呈しています。
1970年代からPLO(パレスティナ解放機構)やイスラム過激派のテロを支援し、反米・反イスラエルを掲げて欧米諸国と敵対してきたカダフィー大佐でしたが、イラク戦争を目の当たりにし、自己の保身から「私が悪うございました」とばかりアメリカにすり寄って手を結んだのは2003年。おかげで日本を含むアメリカの同盟国は油田の権益を手にすることになりました。
ところがテロ支援国家指定が解除され、海外資本が流入しても暮らしが上向かず、言論の自由が制限され、格差社会が解消されないまま弾圧を続けるカダフィー政権への国民の不満が爆発。反政府デモへと発展します。アメリカは世界に民主主義を広めることを建前としていますが、カダフィーの一族が富と利益を独占する事実を知りながら石油権益を守るために彼らの腐敗と蛮行を見過ごし続けたのです。

Lives in the BalanceLives in the Balance
(1990/10/25)
Jackson Browne

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1. For America
2. Soldier Of Plenty
3. In The Shape Of A Heart
4. Candy
5. Lawless Avenues
6. Lives In The Balance
7. Till I Go Down
8. Black & White

前置きが長過ぎました。今回はジャクソン・ブラウンが1986年にリリースしたアルバム『LIves In The Balance』の表題曲を取り上げます。この曲はもともとはロナルド・レーガン大統領率いるアメリカ政府による中米ニカラグアへの敵視政策への抗議が込められた歌でした。
1979年、ニカラグアでは富の独占と国民への弾圧で国家を支配してきたアナスタシア・ソモサ・デバレイ大統領一族による独裁政権が、国民の支持を得たサンディニスタ民族解放戦線によって倒され、革命政府が樹立。親米路線を取っていたソモサ大統領はアメリカ合衆国を頼ってマイアミにある別荘へ亡命しました。しかし、「人権外交」を掲げていたジミー・カーター大統領は国内及び国際世論にも配慮して受け入れを拒否。ソモサ大統領はバハマ、グアテマラと中米諸国を転々とした後、最終的に親交があった南米パラグアイへと落ち着いたのです。
革命が成功して国家の再建へと向かうニカラグアですが、革命政府は次第にアメリカと距離を置き始めました。カーター大統領に代わって就任したレーガン大統領はニカラグアへの経済援助を打ち切り、経済制裁を実行。そしてソ連が革命政府を支援したことにより、反共の立場から「自由で民主的な政権を作る」ことを名目としてアメリカも介入することを決めたのです。
ニカラグアの産業や経済が思うように立て直せず財政が困窮する中、革命政府の急進的な政策に穏健派が離脱。旧ソモサ軍の兵士や非主流派などとともにコントラという反政府組織の結成に至ります。これにはCIAが暗躍したとされ、アメリカはコントラに資金と武器を供給し始めました。コントラは革命政府打倒を掲げて武力紛争を仕掛け、ニカラグアは内戦状態に陥ったのです。と同時に、冷戦下における米ソの代理戦争の場であることを示していたとも言えるでしょう。コントラをサポートするためにアメリカは海空軍を使いニカラグアを攻撃。1983年から1984年にはニカラグアの港や海軍基地を空襲しています。
内戦が進むにつれニカラグア経済は壊滅的な状況を呈しました。1985年に大統領に就任したダニエル・オルテガは左傾化を強め、私有財産の国有化、言論弾圧、徴兵制などを行い、革命政府は次第に国民の支持を失って行きます。 
1987年、コスタリカのアリアス大統領が和平調停を提案。翌88年3月、革命政府とコントラとの暫定停戦合意が成立します。冷戦の終結とともに米ソが手を引き、89年に内戦が終結。和平案に沿って90年に国連の監視下で大統領選挙が行われ、オルテガに代わってビオレータ・チャモロが当選します。この結果、アメリカの経済制裁も解除され、チャモロ政権は疲弊した国家の再建へと向かいました。



LIVES IN THE BALANCE
何かが起こるのを
一週間、一ヵ月、一年と待ち続けてきた
新聞の見出しが印刷されたインクに血の臭いを嗅ぎ取り
耳の中で群衆の叫び声が響き渡る
以前に体験したことが分かっているのなら
思い出してみてもいいだろう
政府は国民に嘘をつき
国家は戦争へといつの間にか向かっている

戦場に銃を送り込む奴らの顔に
浮かぶ影
あいつらの商売の利益が及ぶ土地で
血が流されているのだ

ラジオのトーク・ショーやテレビは
何度も同じような話ばかり
いかにしてアメリカ合衆国は自由のために擁護しているのか
そしてどれだけ友好国を援助しているのか
だけど友好国と呼ぶのはどの国のことなんだ
多くの政府が自国民を殺してるんじゃないのか?
民衆はもうたまりかねて
銃を取ったりレンガや石を投げたりする

不安定な状態の日常
戦火に見舞われる人々
砲撃に狙われる子供たち
血にまみれた鉄条網

戦争をあおり立てる奴らの顔に
浮かぶ影
戦いが繰り広げられている戦地では
奴らの名前さえ言えない

奴らは俺たちに大統領さえ売りつける
服や車を売るのと同じやり方で
青春から宗教まであらゆる物を売り物にし
あげくの果てには戦争まで売りつけるのさ
影のある奴らは誰なのか俺は知りたい
誰かが奴らに理由を問い質すのを俺は聞きたいんだ
奴らは俺たちの敵が誰かを語るのかもしれない
でも奴らは決して戦場に行かないし
戦闘で死ぬこともない

不安定な状態
戦火に見舞われる人々
砲撃に狙われる子供たち
血にまみれた鉄条網

徹底的にアメリカ合衆国政府の政治を非難した曲、「Lives in The Balance」。アメリカによる他国への内政干渉はヴェトナム戦争の二の舞となり得ることを警告し、人々の命を危険に晒していると訴えています。歌の中で「奴ら」とされているのはレーガン大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ副大統領(パパ・ブッシュ)、CIAであることが明白であり、さらに大統領を支援する大企業まで標的にしていたのでした。
ジャクソン・ブラウンは自分の愛の遍歴を綴り、私的で内省的な歌をうたうことによってリスナーの心をとらえたアーティストであると言えるでしょう。それだけに政治色が濃く、反戦や道義的なメッセージが込められた曲が収録されたアルバム『Lives In The Balance』はファンの理解が得られず、「彼のこれまでのキャリアを台無しにした」とメディアからの批判的な論調さえ招きました。
しかしながら、アルバムは全米23位まで上昇し、ゴールド・ディスクを獲得。見放したファンが多かったにもかかわらず、不評を乗り越えて一定の評価を得る結果を残したと言えるのかもしれません。

私は決してリベラルな思想を持った人間ではありませんが、ジャクソン・ブラウンがアメリカの苦悩と良心を背負ったような姿勢には好感を抱いております。音楽を純粋に楽しみ、ラヴ・ソングや日常の出来事が描かれた歌に自己の人生を重ね合わせて感動を得ることは大切な経験となるでしょう。でも、世の中で起こっている問題に目を向け、自分の頭で考えてみることの必要性も大事なことだと思います。

ジャクソン・ブラウンは後年、以下のように語っていました。
2002年になって彼は『ライブズ・イン・ザ・バランス』についてこう語っている。「ぼくはね、”悪い見本”にも”教訓物語”にもなりたくない。ニカラグアから戻ってきたときのことを覚えているよ。崇高な理想主義を掲げる人々、ひどくなるばかりの状況で犠牲になっている人々を見てきた。だからそのことを語るほうが、ひとりの個人的成功を考えることよりもずっと重要なことだと思ったんだ」(『Jackson Browne - His Life And Music』マーク・ビーゴ著、水木まり訳、蒼氷社 2007年)

ジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージックジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージック
(2007/11)
マーク ビーゴ

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そして、現在のジャクソン・ブラウンはアメリカのアフガニスタン・イラク戦争に反対の立場を取り、この歌をうたいことで抗議の姿勢を示していると思われます。

2008年放送の「Soundstage」に出演時の映像。


アフリカ北部や中東における出来事について、アフガニスタンやイラクへの軍事介入で手痛い目にあっているアメリカは静観するしかないでしょう。イスラム原理主義や部族で構成されたイスラム社会は欧米が掲げる民主主義と馴染まず、再び独裁者が現れる可能性も孕んでいます。さらには部族を中心とした様々な勢力に別れ、内乱に発展する危険性もあり予断を許しません。北アフリカに次々と原理主義者やイスラム過激派による政権が誕生すれば世界はどうなってしまうでしょうか。アメリカだけでなく日本も国益や日常の営みを脅かすような様々な影響を受けることが考えられます。
折しも東北・関東地方が、阪神大震災を遙に凌ぐ巨大地震に襲われました。被災された方々には心よりのお見舞いを申し上げ、亡くなられた方々に哀悼の意を表すとともにご冥福をお祈り致します。
しかし、震災一色になった報道の影で確実に世界情勢は動いており、落胆し萎縮している日本に付き合って歩みを止めることなどありません。経済が停滞したままでは復興もおぼつかないでしょう。日本人として未曾有の大震災の体験を共有しつつも普段の日常を取り戻し、国際社会に目を向け、常に関心を持ち続けることが肝要ではないかと思います。

2005年のアルバム『Solo Acoustic Vol.1』のヴァージョンで今回はお開きとします。


Joanie Sommers - Johnny Get Angry

むさ苦しい野郎ども・・・・・・・、もとい凛々しく雄々しい男性陣が続いたので今回はキュートな歌声の女性シンガーに登場していただきます。その人の名はジョニー・ソマーズ。彼女が1962年5月にリリースした「Johnny Get Angry」を取り上げることにしました。

内気なジョニー内気なジョニー
(2008/06/25)
ジョニー・ソマーズ

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1. Johnny Get Angry
2. A Nightingale Sang In Berkley Square
3. The Piano Boy
4. I Don't Want To Walk Without You
5. Mean To Me
6. Shake Hands With A Fool
7. One Boy
8. Since Randy Moved Away
9. (Theme From) A Summer Place
10. Seems Like Long, Long Ago
11. Little Girl Blue
12. I Need Your Love

ジョニー・ソマーズは1941年2月24日、ニューヨーク州のバッファローで誕生しました。10歳の時には地元のTVショーに出演するど、早くから歌手としての才能が開花しています。1954年、彼女の一家はカリフォルニア州ヴェニスに移住。ハイ・スクールやカレッジ時代を通じて、ジョニーは学生バンドのリード・シンガーとして活動しています。
そんなある日、地元のナイト・クラブで歌っていたところをスカウトされ、59年にトミー・オリヴァーのバンドに専属歌手として参加し、カリフォルニア各地を巡業。同年、名門ジャズ・クラブ「ライトハウス」での歌唱が評判となり、ワーナー・ブラザーズとソロ・シンガーとして契約に至りました。まず、企画アルバムの中で「Am I Blue」をレコーディングし、次いでTVドラマ『77 Sunset Strip』のクーキー役として人気を博したエドワード・バーンズが出したシングルB面のデュエット・パートナーに抜擢。そうした実績を積み、1960年には満を持して念願のファースト・アルバム『Positively The Most』のリリースへと漕ぎ着けたのです。

Positively the Most / Softly Brazilian SoundPositively the Most / Softly Brazilian Sound
(2008/01/29)
Joanie Sommers

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1964年発表のボサノヴァ・テイストのアルバム『Softly Brazilian Sound』とのお得な2in1。

ジョニー・ソマーズのデビュー・アルバムにはアート・ペッパーやマーティ・ペイチ楽団が参加し、ジャズ色が強い仕上がりになっていました。ところが、彼女の愛くるしいキャラクターやシルキー・ヴォイスと称される鼻にかかったハスキーな歌声からなされた判断なのか、60年8月にシングル「One Boy」をリリース。元々は入隊するエルヴィス・プレスリーをモデルにしてロックン・ロールやアイドルに熱中する若者たちの姿を描いたミュージカル、『By By Birdie』(1960年初公演)の挿入歌だった曲です。シングルはティーン・エイジャーを中心とした幅広い層へ向けてアピールし、アルバムは大人の心をつかむといったレコード会社の戦略が垣間みれました。


シングル「One Boy」は全米54位とまずまずのヒットに終わりましたが、ポップ・シンガーとしてのジョニー・ソマーズの存在を知らしめるには十分な結果を得たと言えるでしょう。ナイト・クラブのステージに加えてテレビ出演の仕事が次々と舞い込み、多忙な日々を送ることになりました。そして、62年5月には今回紹介する「Johnny Get Angry」がリリースされ、全米7位まで上昇。彼女の人気を決定づけたのです。


JOHNNY GET ANGRY
ジョニー、私たち終わりだなんて、私、言ったみたいだけど
あなたがどうするかって確かめてみたかっただけ
そこに突っ立って、うなだれているけれど
そんな姿を見ていると、私、死にたくなるわ

ねぇ、ジョニー、怒りなさいよ めちゃくちゃに
今までで一番きついお説教をしてあげるわ
私は勇敢な男の人がいいの
原始人みたいな粗野な人がいいのよ
私のことを好きだって証拠を見せてちょうだい
本当に好きだってことを

ダンスをする時はいつも
フレディに絶えず割り込ませる隙を与え
彼が代わってくれてもいいだろうて言っても
あなたは黙ったまま
あなたはそんな意気地なしでかまわないの

ねぇ、ジョニー、怒りなさいよ めちゃくちゃに
今までで一番きついお説教をしてあげるわ
私は勇敢な男の人がいいの
原始人みたいな粗野な人がいいのよ
私のことを好きだって証拠を見せてちょうだい
本当に好きだってことを

女の子なら誰でも
尊敬できる人が欲しいもの
ねぇ、私があなたを愛しているのを分かってるんでしょう
思い知らせてよ、あなたが私を支配しているってことを

ねぇ、ジョニー、怒りなさいよ めちゃくちゃに
今までで一番きついお説教をしてあげるわ
私は勇敢な男の人がいいの
原始人みたいな粗野な人がいいのよ
私のことを好きだって証拠を見せてちょうだい
本当に好きだってことを

ジョニー、私を気にかけて ジョニー
ジョニー、ジョニー、ジョニー

私は今でも女心というものが理解出来なくて、数々の失敗をし続けています。この歌の主人公の女の子は積極的で、当時としては大胆な人に思えました。それに引き換えジョニー君は恋人を他の男に奪われそうになっても何の抵抗も出来ないような情けない男。それでも主人公の女性はこのジョニーのことが好きで、彼のもとを去る気になれない様子です。草食系男子なる人々のことが話題になっている昨今ですが、こんなはっきりしないかよわき男性には母性本能をくすぐる魅力があるのかもしれません。ジョニーが自信をつけて変わってくれることを懇願する姿が実にけなげです。挑発しながらも最愛の男の子を慕う女の子の心情とジョニー・ソマーズの可憐な歌声が相まって、男心をくすぐり大ヒットにつながったのでしょう。
この歌を聴いていると、私も若かりし日々の記憶が甦ってきました。近くにいた女性の行動や行為。彼女から掛けられた言葉。ひょっとすればあの人はあの時あんなことを思っていたのかなと勝手な解釈をしてしてしまうものです。
ちなみにこの曲の作詞はバート・バカラックの相棒として有名なハル・デヴィッド。ここではシャーマン・エドワーズと組んでいました。女性の心理を理解し、その洞察力に感服します。乙女心の機微を描いて「女の子以上に女の子の気持ちがわかっている」と女性に言わしめたとされる太宰治の小説『女生徒』(1939年)と同じく、世に出るクリエイターの感性のアンテナは鋭く張り巡らされているのだと思いました。

シングル・ヒットした「johnny Get Angry」が収録されたアルバムは1962年7月にリリース。その後も順調にシングルをリリースしていたジョニー・ソマーズでしたが、1960年代の半ば以降は大人向きの路線に専念。ジャズやボサノヴァ・タッチのアルバムを発表し、ジャズ・シンガーとしての地位を確固たるものにしました。60年代末には結婚して家庭に入り、育児に専念していましたが、1980年代にカム・バック。現在も現役で元気に歌い続けています。

1999年のライヴ映像のようです。


George Harrison - Any Road

The Bandを敬愛していたビートルズのメンバーと言えば、1976年の解散コンサート「Last Waltz」にゲスト参加していたリンゴ・スターの姿が真っ先に目に浮かぶのですが、ジョージ・ハリスンもかなりのご執心だったと聞きます。1969年、ジョージはボブ・ディランを通じてThe Bandとの親交を深め、ウッドストックにある彼らの自宅に一時期入り浸りになっていたとのこと。そんな逸話を証明するように、ザ・バンドのセカンド・アルバムの制作過程を追ったDVD『Classic Albums: The Band - The Band』(オリジナルは2003年リリース)にジョージのコメントが収録されていました。

《DELUXE EDITION》クラシック・アルバムズ:ザ・バンド [DVD]《DELUXE EDITION》クラシック・アルバムズ:ザ・バンド [DVD]
(2010/06/30)
ザ・バンド

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1969年と言えば、ジョージが調律していないシンセサイザーを演奏した前衛的なアルバム『Electric Sound』を発表した頃。土臭く人間味のあるシンプルなルーツ・ミュージックを基盤としたザ・バンドに惹かれたのは電子音楽の世界を繰り広げた反動なのでしょうか。同じ頃、ジョージは親友エリック・クラプトンとともにデラニー&ボニー&フレンズのツアーにも参加。アメリカ南部の音楽に強い関心を寄せていました。

電子音楽の世界(紙ジャケット仕様)電子音楽の世界(紙ジャケット仕様)
(2005/06/22)
ジョージ・ハリスン

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今回は2002年11月18日にリリースされたアルバム『Brainwashed』からシングル・カットされ、グラミー賞にもノミネートされた「Any Road」を取り上げます。ジョージはアルバム制作中の2001年11月29日に天国に召されたので、意志を引き継いだ息子のダニーとプロデューサーのジェフ・リンが編集作業を行って完成に漕ぎ着けました。

BrainwashedBrainwashed
(2002/10/03)
George Harrison

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1. Any Road
2. Vatican Blues (Last Saturday Night)
3. Pisces Fish
4. Looking for My Life
5. Rising Sun
6. Marwa Blues
7. Stuck Inside a Cloud
8. Run So Far
9. Never Get Over You
10. Between the Devil and the Deep Blue Sea
11. Rocking Chair in Hawaii
12. Brainwashed

ジョージ・ハリスンといえばビートルズ時代の「While My Guitar Gently Weeps」、「Something」などの楽曲、アルバム『All Things Must Pass』(1970年)や「バングラデシュのコンサート」(1971年8月1日)の主催者としてのイメージのほうが強いとおもわれますが、彼が発表したアルバムはどれも完成度が高く、親しみやすいメロディを持った楽曲が収められていました。今回紹介する「Any Road」も名曲「My Sweet Lord」同様、アコースティックな響きがフィーチャーされた曲です。ジョージ一流のむせび泣くような音色がリスナーの心の琴線に触れるスライド・ギターに加え、彼はBanjulele(バンジョーとウクレレを合わせた楽器)も弾いていました。


ANY ROAD
ああ、俺は船や飛行機で旅をしてきた
車や自転車、それにバスや電車を乗り継ぎ
あちらを旅し、こちらを旅し、
あらゆる場所をあらゆる装備で

だが、ああ神よ、俺たちはその代償を支払う
車輪を回し、サイコロを転がし
ああそうとも、人は料金を払うんだ
自分の行き先が分からなくても
どんな道だって人をそこへ連れて行ってくれる

俺は泥や埃の中を旅してきた
過去から未来へ 空間と時間を通って
海の底を旅し、
じめじめした洞穴や巨大な洞窟も

だが神よ、俺は闘わなきゃならない
闇と光りに包まれた頭の中で思いを巡らせ
立ち止まって考えてみたって無駄なこと
自分の行き先が分からなくても
どんな道だって人をそこへ連れて行ってくれる

自分がどこから来たなんて知っている人はいないかもしれない
自分が何者なのか
自分がどうやってここまで来れたのかと
思いを巡らせた人なんていないのかもしれない

俺はやっとの思いで旅を続けてきた 
かろうじて、危機一髪で、
四方から風が吹くところを旅し
顔に太陽の光を浴びた
氷や雪もね

でも、ああこれはゲームなんだ
人は時に冷静で
人は時にドジを踏む
目的の場所はどこかにある
自分の行き先が分からなくても
どんな道だって人をそこへ連れて行ってくれる

だが、ああ神よ、俺たちはその代償を支払う
車輪を回し、サイコロを転がし
ああそうとも、人は料金を払うんだ
自分の行き先が分からなくても
どんな道だって人をそこへ連れて行ってくれる

俺は曲がりくねった旅をしている
始まりなければ終わりもない
誕生もなければ臨終もない
縁もなければ側もない
そうさ、勝つことなんてないんだ
遠く離れて 出口は中にある
神に従い 敬いなさい
自分の行き先が分からなくても
どんな道だって人をそこへ導いてくれる

ビートルズ解散、盗作問題、闘病など幾つもの苦難を乗り越え、我が道を進んだジョージ・ハリスンが人生を旅に例えて創作した歌だと思われます。装備(gear)はスラングで麻薬を意味するので、ドラッグ体験のことが含まれていると解釈することも出来ますが、それは少々考え過ぎかもしれません。
また、歌の中で、"Road"(道)と"Lord"(神)という言葉がかけられています。ジョージの神がクリシュナであろうと、漠然と「神」と歌っているので欧米人にはイエス・キリストと置き換えることが出来るでしょう。リスナーにとっては苦境に陥った時に、神が道を教示してくれる人生の応援歌のように受け取れたと思われます。

シングルはアルバムの発売から半年以上も経過した2003年の5月12日にリリースされました。前述したようにグラミー賞にノミネートされたものの発売のタイミングを逸したのか、全米チャート37位で終わっています。
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