好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Levon Helm - ELECTRIC DIRT

前回の記事ではロビー・ロバートソンの『Storyville』を取り上げましたが、彼のかつての僚友だったリヴォン・ヘルムに言及しないと不公平のような気がしました。そこで今回は彼が2009年に発表した『Electric Dirt』について少しばかり触れてみたいと思います。

Electric DirtElectric Dirt
(2009/06/30)
Levon Helm

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1. Tennessee Jed
2. Move Along Train
3. Growing Trade
4. Golden Bird
5. Stuff You Gotta Watch
6. White Dove
7. King Fish
8. You Can't Lose What You Ain't Never Had
9. When I Go Away
10. Heaven's Pearls
11. I Wish I Knew How It Would Feel to be Free

リヴォン・ヘルムは1940年5月26日、アメリカ南部アーカンソー州マーヴェルの農家に生まれました。10代の頃、エルヴィス・プレスリーやジョニー・キャッシュに魅せられてロックン・ロールに興味を抱き始めます。1957年、高校を卒業したリヴォンはロニー・ホーキンスのバンド、ザ・ホークスに加わりミュージシャンとしての活動を開始。ロックン・ロールの人気が下火になりつつあった59年にホーキンスが拠点をカナダに移すとリヴォン以外のメンバーは相次いで脱退して行き、現地調達のかたちでロビー・ロバートソンらが加入しました。
1964年、ザ・ホークスは意見の相違からロニー・ホーキンスの下を離れ、リヴォン&ザ・ホークスと名乗って、カナダとアメリカで活動を続けることになります。クラブでのライヴ活動が中心でしたが、64年から65年に掛けてロビー・ロバートソンによるオリジナルを含む数曲のレコーディングを行い、シングル盤が幾度か発表されたもののヒットには至りませんでした。この時期はバンド名から察するに、最古参でもあるリヴォンがリーダー・シップを発揮していたことが推測されます。
こうした地道な活動が実を結び、1965年にボブ・ディランのマネージャーであるアルバート.グロスマンの目に留まり、ディランのバック・バンドに採用。68年に The Band と改名し、ようやくアルバム『Music From Big PInk』のリリースに漕ぎ着けたのでした。
ロック・ミュージックにカントリー、ブルース、R&Bなどルーツ・ミュージックの要素を融合させ、音楽を通してアメリカ人が忘れていた文化や伝統や歴史をカナダ人の手で甦らせた The Band。その功績は計り知れないものでした。
楽曲の殆どを創作していたのはロビー・ロバートソンですが、リード・ヴォーカルはリヴォン・ヘルム、リック・ダンコ、リチャード・マニュエルの個性的な三人が主に担当。リヴォンの歌声はとりわけアーシーで、唯一のアメリカ南部出身者であることから他の四人のカナダ人のアメリカへの憧憬を具体化するための感触を持ち合わせた存在だったと言えるでしょう。
1977年発表のアルバム『Island』を最後にザ・バンドは解散。メンバーはそれぞれの道を歩みます。リヴォン・ヘルムやリック・ダンコは相次いでソロ・アルバムをリリース。82年に二人は一緒にツアーを行い、そのことがきっかけとなって翌83年にザ・バンドは再結成されました。しかし、そこにロビー・ロバートソンの姿はなかったのです。リヴォンとロビーの間には修復し難いほどの確執があったのでしょう。
順調な活動が続くと思われた矢先の1986年、リチャード・マニュエルが自ら命を絶ち、99年にはリック・ダンコも他界。そんな中の96年にはリヴォン・ヘルムも病魔に冒されるというアクシデントに襲われていたのです。リヴォンは喉頭がんによって歌声を失ってしまいました。
それでもドラマーとして気丈に音楽活動を継続するリヴォン。現状を受け入れ地道に努力する者を神は決して見放しませんでした。リヴォンは奇跡的な回復力で歌声を取り戻し、2007年にアルバム『Dirt Farmer』をリリースするに至ったのです。

そして今回紹介する『Electric Dirt』。プロデュースは前述の『Dirt Farmer』に引き続き、ボブ・ディランのツアー・バンドや数々のアーティストのレコーディング・セッションで活躍したマルチ・プレイヤーのラリー・キャンベルが起用されています。また、リヴォンの娘でオラベルのメンバーでもあるエイミーがバック・ヴォーカルで参加していました。
2008年のグラミー賞で最優秀トラディショナル・フォーク・レコーディング賞に輝いた前作『Dirt Farmer』の成功にリヴォンは気を良くしたのか、ヴォーカルにもドラム演奏にも気合いが込められた反面、リラックスした雰囲気で気の合う仲間と自分が追求する音楽を楽しみながら作った印象が窺える本作。幾つもの試練を乗り越え、闘病の苦しみに耐え、年齢を重ねるとともに説得力や表現力を増した成果が如実に表された一枚でしょう。

オープニングを飾るのはグレイトフル・デッドのナンバー、「Tennessee Jed」。ジェリー・ガルシアとロバート・ハンターの共作曲です。酒色やギャンブルに溺れ、違法な仕事に手を染めた男が居場所をなくして故郷のテネシーに思いを馳せる歌。ライヴ映像でお楽しみください。


TENNESSEE JED
冷たい鉄の手かせと鎖つきの鉄球がついた足かせ
黄昏時を走る列車の汽笛に耳を傾けろ
なぁ、あんたはお陀仏となる運命だぜ
テネシー・ジェドのもとに戻らないんだったらな

金持ちの男が哀れな俺の頭を踏んづける
戻ってきたら俺のパンにバターを塗ったほうがいい
ほらな、俺の言った通りだろう
テネシー・ジェドのもとに早く戻ったほうがいいぜ

テネシー、テネシー
俺がいたい場所はここ以外にない
ベイビー、俺を連れ戻してくれないか
テネシーへとな

一日中飲んだくれ、一晩中踊りまくる
ちゃんと歩かないとブタ箱入りだぜ
今朝一通の手紙を受け取った
なんて書いてあったか分かるかい
とっととテネシー・ジェドのもとに帰ったほうがいいってな

階段を四つも踏み外し、俺は背骨を砕いてしまった
ハニー、早くヨードチンキを持ってきてくれ
ベッドでひと眠りしよう
それからテネシー・ジェドのもとへ帰るんだ

昔なじみのチャリー・フォグに出くわした
だが奴は俺を殴って目の回りに黒いアザをつけ
俺の犬を蹴飛ばしやがった
犬は俺のほうを見てこう言ったのさ
テネシー・ジェドのもとへ帰ろうよとな

今朝目が覚めたらしみったれた気分
スロット・マシーンをやりに出かけたのさ
スロットの回転板がくるくる回り
こんな言葉が出てきた
さっさとテネシー・ジェドのもとへ戻りなよ

独特のルーズなグルーヴ感が漂うグレイトフル・デッドのヴァージョンは1972年リリースの『Europe ’72』に収録。今回は1991年のライヴ映像をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=t7oNS-bDZqc

リヴォン・ヘルムとラリー・キャンベルの共作による「Growing Trade」。このアルバムの中で唯一のオリジナル作品です。全体的な雰囲気やギターのフレーズがThe Band 時代のナンバーを彷彿させました。働けど暮らしは良くならず、やがて違法な稼業に手を染める不条理と諦観がやるせない歌です。淡々としたリヴォンのヴォーカルに侘しさをかき立てられました。


ハッピー・トラウム作の「Golden Bird」。フィドル、ダルシマー、オートハープなどを用いてアパラチア風に仕上げています。リヴォンの枯れたような渋い歌声が郷愁を誘い、心に滲み渡ります。恋人を傷つけたことへの後悔が、一羽の鳥を撃ち落として置き去りにした行動になぞらえて切なく歌われていました。なお、ハッピー&アーティーのオリジナルは1968年の『Happy And Artie Traum』に収録。


ノスタルジーを感じさせる「King Fish」。拙ブログではお馴染みのランディ・ニューマンの作品です。ニュー・オリンズ・ジャズ風のホーン・アレンジはアラン・トゥーサンが担当しています。人種に関係なく、ニュー・オリンズにおいての貧富の差が歌の中で語られていました。


ランディ・ニューマンのオリジナル・ヴァージョンは1974年の『Good old Boy』に収録。今回はライヴ映像をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=ZmFQu_8u1TU

ラリー・キャンベル作の「When I Go Away」。もともとは彼がプロデュースを担当したゴスペル・グループ、ディクシー・ハミングバーズのアルバム『Diamond Jubilation: 75th anniversary』(2003年発表)に収録されていた曲で、内容は臨終の時を迎えた男への鎮魂歌です。このアルバムにはリヴォン・ヘルム、ガース・ハドソン、ドクター・ジョン、トニー・ガーニエ(ボブ・ディランのツアー・バンドの中心的存在)などが参加していました。

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Robbie Robertson - Storyville

ロビー・ロバートソンの新作がリリースされるという情報が入ってきました。一年ほど前にエリック・クラプトンとレコーディングを行ったという話を耳にしたことがありましたが、既に忘却の彼方。頭の片隅から消えかけていたところでの嬉しい知らせです。

ハウ・トゥ・ビカム・クレアヴォヤントハウ・トゥ・ビカム・クレアヴォヤント
(2011/03/23)
ロビー・ロバートソン feat.エリック・クラプトン、ロビー・ロバートソン 他

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そこで、今回は彼が1991年に発表したセカンド・アルバム『Storyville』を取り上げます。

ストーリーヴィル+2(紙ジャケット仕様)ストーリーヴィル+2(紙ジャケット仕様)
(2010/11/24)
ロビー・ロバートソン

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01. Night Parade
02. Hold Back The Dawn
03. Go Back To Your Woods
04. Soap Box Preacher
05. Day Of Reckoning (Burnin For You)
06. What About Now
07. Shake This Town
08. Breakin The Rules
09. Resurrection
10. Sign Of The Rainbow
(Bonus Tracks)
11. Storyville
12. The Far, Lonely Cry Of Trains

1987年発売のファースト・アルバム『Robbie Robertson』がザ・バンドの音楽と異質な響きになっていたことで、ファンからは驚きと落胆の声で迎えられました。僚友のリチャード・マニュエルに捧げた「Fallen Angel」で幕が開き、全体的に重厚で神秘的な雰囲気が漂う作りはザ・バンドがなしえたサウンドと一線を画していたのです。出来ることならリヴォン・ヘルムと和解し、再結成されたザ・バンドに合流してほしいのが多くのファンの望み。まるでピーター・ガブリエルの新作と揶揄されたアルバムは裏切り行為のように映ったかもしれません。
そんな不評を一蹴するが如く、アルバムは全米チャートの38位まで上昇し、シングル・カットされた「Showdown At Big Sky」が2位、「Sweet Fire Of Love」が7位と一定の支持を集めました。ザ・バンドはカナダ人の視点からR&Bからカントリーに至るまで様々なアメリカの伝統音楽を掘り起こし、自分たちの解釈にひたむきな情熱を込めながら新しい息吹を吹き込むという作業を続けた人々。彼らの豊潤で一種の魔法のような音の世界はリスナーの共感のみならず敬意までをも獲得していったのです。
ザ・バンドのナンバーの殆どを創作したのはロビー・ロバートソン。ファンはザ・バンドの延長線上にロビーがいることを期待して当然でしょうが、前述したように彼は我が道を行きました。過去の栄光や遺産に捕われぬ姿がそこにあったのです。

このセカンド・アルバム『Storyville』はニュー・オリンズでレコーディングされたこともあり、多少なりともザ・バンドを彷彿させる印象が窺えます。愛、夢、悲しみ、挫折、傷心、希望、欲望などが人間模様とともに語られ、宗教観や自分ではどうしようもない運命的なものも投影されたロビーの世界が繰り広げられていました。流麗で隅々まで綿密に妥協することなく作り込んだ音。完全主義者と思しきロビー・ロバートソンがなしえた賜物でしょう。

アルバムのオープニングを飾る「Night Parade 」。闇の中で聖なるものと邪悪なものが絡み合い、パレードの喧噪とともに我を忘れ、人生という三文芝居の演者に過ぎないと思わせる作品です。


表題の「Storyville」という言葉が登場する「Go Back To Your Woods 」。ブルース・ホンズビーとの競作です。その「storyville」とは20世紀の始めにあったルイジアナ州ニュー・オリンズにあった赤線地区で、当時のジャズの中心地でもありました。いかがわしさと欲望が織りなす世界の一端を垣間みるような曲です。シングル・カットされて全米32位を記録。


ニール・ヤングがバック・ヴォーカルで参加した「Soap Box Preacher」。黒子に徹したかのように控えめな歌声なので、彼と気がつかずに流してしまいそうです。淡々とした風情が心地よい楽曲ですが、街頭伝道者の悲哀や儚さが描かれていました。


清算の日に曰く付きの物語が展開される「Day Of Reckoning (Burnin For You) 」。


シングル・カットされて全米15位まで上昇した「What About Now 」。過去の実績やあてのない未来の予測などより、今この瞬間が大切との決意を表明しているかのようです。アーロン・ネヴィルとの共作。


WHAT ABOUT NOW
季節は変わりゆく
インディアン・サマーの日が続いたと思えば
すぐに終わっちまうものさ
どうして最高のものを最後までとっておきたがるんだい
大人になるまではゆっくりだけど
年老いて行くのはあっという間だぜ

俺は永遠なんて言葉は口にしない
手を出せる間に捕まえとくのさ
時期が来て手に入れたなら
忘れることなく手放さないようにする

今このときが大事なんだ
明日のことなんか忘れちまえ
あまりにも先の話さ
今このときが大事なんだ
瞳を閉じて
昨日のことなんて口に出すなよ
あまりにも遠い話さ
今このときから始めよう

俺は暗闇から姿を現すところ
こんな一方通行の道を歩いていられない
憂鬱な思い出は埃にまみれ
雨の中で錆び付いていくばかり

自由への行進を見たことがあるかい
サヴァンナの月を見たことがあるかい
列を歩くすべての人々が
自分の番が来たかどうかとある男に問う

生涯の営みの中で
今がその時と分かる時が来る
船が入って来るまで俺は待てない
もう一度やり直したくてたまらないのだ
賢人の過ちは
愚者の規則を作る

救世主への皮肉が込められた「Shake This Town」はライヴ映像をご覧ください。


直訳すると死者の復活を意味する言葉、「Resurrection」。


幻想的な趣のある「Sign Of The Rainbow 」。


アルバム『Storyville』は全米69位に終わり、以降のロビー・ロバートソンの作品の傾向は自らのルーツでもあるネイティヴ・アメリカンの伝統音楽に影響を受けたものへと変化して行きます。

最後に新作『 How To Become Clairvoyant』から1曲、「When The Night Was Young」。メロディ・ラインはザ・バンドを彷彿させますが、全体の雰囲気は彼らが得意としていたアーシーなサザン・ソウルではなく、洗練されたノーザン・ソウル風に仕上がっています。

Eagles - I Can't Tell You Why

イーグルスが3月に来日するということで、『レコード・コレクターズ』が特集を組んでいます。

レコード・コレクターズ 2011年 03月号 [雑誌]レコード・コレクターズ 2011年 03月号 [雑誌]
(2011/02/15)
不明

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そこで今回の拙ブログの記事も便乗してイーグルス。取り上げる曲はティモシー・B・シュミットが歌う「I Can't Tell You Why」です。前回からの流れと『レコ・コレ』の表紙の雰囲気からカントリー・ロックの楽曲を期待された方には誠に申し訳ございません。天の邪鬼の性格ゆえ、表紙に写っていない人に焦点を合わせることにしました。

ロング・ラン(紙ジャケット、SHM-CD)ロング・ラン(紙ジャケット、SHM-CD)
(2011/02/23)
イーグルス

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1. The Long Run
2. I Can't Tell You Why
3. In The City
4. The Disco Strangler
5. King Of Hollywood
6. Heartache Tonight
7. Those Shoes
8. Teenage Jail
9. The Greeks Don't Want No Freaks
10. The Sad Cafe

ティモシー・B・シュミットは1947年10月30日にカリフォルニア州オークランドで生まれ、サクラメントで育ちました。バンドを組んで音楽活動を始めたのは15歳の頃。フォーク・ソング、ビートルズ、ビーチ・ボーイズなどの楽曲をレパートリーにしていたようです。節操のない取り合わせに思えますが、自分たちの好きな曲を幅広く演奏していたことで、後のティモシーのポップな音楽性の礎が築かれていたのだとの解釈もできるでしょう。このバンドは1965年に The New Breed という名でデビュー。1968年にはGladと名を改めアルバムもレコーディングしました。

1970年、ティモシーはベーシストのランディ・マイズナーの後釜としてポコに加入。彼の躍動感溢れるベース・プレイとハイトーン・ヴォイスが洗練された味わいをポコに吹き込んで行くことになります。1971年のアルバム『From The Inside』では表題曲を任され、カントリー・ロックのカテゴリーに収まらないポップなセンスが徐々に開花。リーダーのリッチー・フューレイが抜けた後にはリード・ヴォーカル、そしてソング・ライターとしてもめきめきと頭角を現しました。

1975年のアルバム『Head Over Heels』のオープニングを飾る「Keep On Tryin'」。シングル・カットされて全米50位まで上昇しました。ティモシーの持ち味である明るさと爽やかさが醸し出された曲です。



Head Over HeelsHead Over Heels
(1998/06/16)
Poco

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ポコの中心メンバーとして順調な活動を行っていたティモシー・B・シュミットでしたが、1977年にはイーグルスが彼に白羽の矢を立てました。またも脱退したランディ・マイズナーの後任ということで、歴史は繰り返すのか何やら因縁めいたものが窺えます。
1979年、ティモシーを迎えたイーグルスはアルバム『Long Run』を発表。この中に収録されていたのが今回紹介する「I Can't Tell You Why」です。ティモシーにグレン・フライとドン・ヘンリーが力を貸した共作曲。ティモシーのポップな感性にフライの影のあるブルース・フィーリングやヘンリーの哀愁を帯びた感覚が見事に融合されていました。
ティモシーの作品の傾向は先ほどの「Keep On Tryin'」のように陽気な曲が多いのですが、ポコ在籍時にも沈鬱で翳りのある曲調のものを時おり耳にしたことがあります。恋人たちの関係が破綻した切なさが如実に伝わるこの「I Can't Tell You Why」。1980年にシングル・カットされて全米8位となるヒットを記録しました。傑出したパートナーたちの助力を得て作られたティモシーの豊かな音楽性の結晶と言える一曲でしょう。



I CAN'T TELL YOU WHY
一晩中眠りにつかず
引き裂かれた二人の関係を眺めてみなよ
俺たちは何年も辛く苦しい時期をともに過ごした
あの頃の二人と同じじゃないんだよね
ああ、君のもとを去ろうとする度に
何かが俺を振り向かせてそこに留まらせる
何故だか理由は言えないけれど

俺たちどうかしてるぜ
こんなの間違っている
(冷静になれよ)
ねぇ、俺だって寂しくなるんだ
心配しなくていい
しっかりとつかまってろよ
(ちっぽけな自分の世界に閉じこもらないで)
だって、君を愛しているから

俺が思うに何ひとつ悪いことなどない
俺たちが問題を難しくしてるのさ
なのに俺は理由を言えない
理由を言い出せない

ああ、駄目だ、俺は理由を言えない
俺は理由を言い出せない
うまく理由を言い出せないんだ

ライヴ映像です。


イーグルスの大阪公演の主催が毎日放送(MBS)ということから連日のようにテレビCMが放送されています。来日を直前に控えたこの時期に頻繁にCMが流れるということは、高額故にチケットがなかなかさばけず苦戦を強いられているのでしょうか。
私は懐具合が厳しく、会場が大阪ドームということもあって足を運べません。参戦される皆様方の詳細で思わず息をのむリポートを心待ちにしております。

RED HOT + Country - Various Artists

前回のジャクソン・ブラウンの記事の中で『RED HOT + Country』について触れましたので、今回はこのアルバムを取り上げることにしました。

Red Hot & CountryRed Hot & Country
(1994/09/13)
Various Artists

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1. 「Teach Your Children」 Suzy Bogguss, Alison Krauss + Kathy Mattea with Crosby, Stills, and Nash
2. 「Fire And Rain」 Sammy Kershaw
3. 「Folsom Prison Blues」 Brooks & Dunn + Johnny Cash
4. 「Rock Me On The Wate」 Kathy Mattea + Jackson Browne
5. 「Matchbox」 Carl Perkins, Duane Eddy + The Mavericks
6. 「Crazy」 Jimmy Dale Gilmore + Willie Nelson
7. 「Willie Short」 Mary Chapin Carpenter
8. 「Forever Young」 Johnny Cash
9. 「If These Old Walls Could Speak」 Nanci Griffith + Jimmy Webb
10. 「Up Above My Head / Blind Bartimus」 Marty Stuart with Jerry Sullivan + Tammy Sullivan
11. 「You Gotta Be My Baby」 Dolly Parton
12. 「Close Up The Honky Tonks」 Randy Foster
13. 「Goodbye Comes Hard For Me」 Mark Chesnutt
14. 「Pictures Don’t Lie」 Billy Ray Cyrus
15. 「When I Reach The Place I’m Going」 Patty Loveless
16. 「The T.B. Is Whipping Me」 Wilco with Syd Straw
17. 「Keep On The Sunny Side」 Randy Scruggs with Earl Scruggs + Doc Watson

1988年にWHO(世界保健機関)が毎年12月1日を "World Aids Day"(世界エイズ・デー)と定めて以来、1990年代にはエイズ問題を啓発する運動が活発に展開されるようになりました。"Stop The Aids" を合い言葉に、さまざまな活動が行われたのです。
音楽界でもこうした活動に呼応するような動きがありました。日本では「Act Against Aids」というイベントが有名でしょう。海外ではポップ・カルチャーを通じてエイズ感染者救済とエイズに関する研究と教育をサポートすることを目的とした国際団体「Red Hot Organization」が、1990年にトム・ウェイツやU2が参加したコール・ポーターへのトリビュートからなる『Red Hot + Blue』を皮切りに、以後毎年のようにチャリティ・アルバムを世に送り出しています。

コール・ポーター(1891年6月9日 - 1964年10月15日)
アメリカの作詞・作曲家。1930年代~50年代にかけてミュージカルや映画音楽を中心として創作活動を行い、"Night And Day", "Begin The Beguine", "Love For Sale", "You'd Be So Nice To Come Home To" など数多くのスタンダード・ナンバーを生み出した。

レッド・ホット+ブルー [DVD]レッド・ホット+ブルー [DVD]
(2006/09/22)
ビル・アーウィン

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閑話休題。この『Red Hot + Country』はシリーズの中の一枚で、1994年にカントリー・ミュージックのアーティストを中心として企画されたアルバムです。日本では馴染みが薄いと思われますが、当時のアメリカの音楽業界を牽引していたと言えるカントリー界のスターが集結。花を添えるようにやジャクソン・ブラウンらが助っ人として馳せ参じていました。

古き良きアメリカの郷愁を歌うスージー・ボガス、ジャンルを越えて様々なアーティスト共演して名を馳せたアリソン・クラウス、オーソドックスなカントリーからプロテスト・ソングまでをも得意とするキャシー・マティアらにクロスビー、スティルス&ナッシュが加わった「Teach Your Children」。


TEACH YOUR CHILDREN
人生という道を旅する人は
自分が生きていくための掟を持たなければならない
そしてありのままの自分になること
過去は過ぎ去って行くだけのものだから
子供たちにちゃんと教えよう
地獄のような日々はゆっくり過ぎ去ることを
そして夢を育んで行こう
子供たちがどんな夢を選ぶか
それはいつか分かること

どうしてなんだって子供たちに尋ねてはならない
答えを聞いたらあなた方は泣き出してしまうかもしれないから
だからそっと子供たちを見守り溜息をつくだけでいい
子供たちはあなた方を愛してるって分かるはず

ことなき日々を送っている君たちは
大人たちが経験した不安を知る由もない
だからどうか君たちのその若さで
大人たちを助けてやっておくれ
自分の人生に真実を探し出そうとする彼らが
神に召される前に
両親にちゃんと教えよう
子供たちの反抗期は
じきに過ぎ去って行くものだと
だから君たちの夢で満たしてあげよう
大人たちが理解するもの
それはいつか分かること

どうしてなんだって子供たちに尋ねてはならない
答えを聞いたらあなた方は泣き出してしまうかもしれないから
だからそっと子供たちを見守り溜息をつくだけでいい
子供たちはあなた方をを愛してるって分かるはず

スージー・ボガスとキャシー・マティアによるライヴ映像も宜しければご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=wLX2jjg4kWs

CSN&Yのヴァージョンは1970年の『Deja Vu』に収録。今回は1985年の「LIVE AID」のステージをご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=BlJT8r-7oFo

感情豊かに歌うカントリー・ロッカー、サミー・カーショウの「Fire And Rain」はライヴ映像で。画像・音質の状態があまり良くないことをご了承ください。


ジェイムズ・テイラーのヴァージョンは1970年の『Sweet Baby James』に収録されていました。今回は2007年のライヴ映像でお楽しみください。
http://www.youtube.com/watch?v=-T35WXFOmwI

キックス・ブルックスとロニー・ダン(ブルックス&ダン)による「Folsom Prison Blues」。ジョニー・キャッシュの1968年のヒット曲です。御大のヴァージョンよりもロックン・ロール色の濃いカントリー・ロックに仕上げていました。レコーディングには御大自身も特別参加。


御大のオリジナル・ヴァージョンは1968年の『At Folsom Prison』に収録。
http://www.youtube.com/watch?v=lWsuVuw5JO4

キャシー・マティアによる「Rock Me On The Water」。ジャクソン・ブラウンの作品です。1959年6月21日生まれの彼女にとって、ジャクソンは憧れの存在だったと思われます。CS&Nに引き続いての大御所との共演は夢のような出来事だったかもしれません。


ジャクソン・ブラウンのヴァージョンは前回取り上げた1972年リリースのファースト・アルバムに収録。
http://www.youtube.com/watch?v=6VVJEaHM01o

衰えを見せぬデュアン・エディ&マーヴェリックスとカール・パーキンスのセッションは『Matchbox」は1995年のライヴ映像をご覧ください。


以前に拙ブログでも扱ったことのあるメアリー・チェイピン・カーペンターによる「Willie Short」。カントリー・シンガーの範疇に収まらず、ジャンルにとらわれぬ彼女の姿勢に好感が持てます。

早くも真打ち登場とばかりに御大ジョニー・キャッシュのお出ましです。歌うはボブ・ディランの「Forever Young」。妥協を許さぬ貫禄のパフォーマンスに心が打たれ、ただ立ち尽くすばかりです。


ボブ・ディランのヴァージョンは1974年の『Planet Waves』などに収録。
http://www.youtube.com/watch?v=9sldgunY3Fw

ナンシー・グリフィスによる「If These Old Walls Could Speak」。レコーディングには作者のジミー・ウェッブも参加していましたが、今回は彼女のライヴ・パフォーマンスをご覧ください。


ジミー・ウェッブのヴァージョンは1996年の『Ten Easy Pieces』に収録されていました。今回はグレン・キャンベルとの共演映像をご覧ください。グレン・キャンベルも1988年の『Light Years』で取り上げていました。
http://www.youtube.com/watch?v=RnVkRonN9cY

ドリー・パートンはジョージ・ジョーンズが1956年に放ったヒット、「You Gotta Be My Baby」を選曲。


アルコール中毒、ドラッグ、離婚など自分自身の苦悩の生きざまをもとに人間模様を描くジョージ・ジョーンズのヴァージョンです。
http://www.youtube.com/watch?v=gljTBeDfemo

バック・オーウェンズで知られるレッド・シンプソン作の、「Close Up The Honky Tonks」。1980年代にフォスター&ロイドとしてデビューし、90年代にソロへ転向して活動を続けるテキサス出身で1959年生まれのラドニー・フォスターのパフォーマンスです。


バック・オーウェンズのヴァージョンは1964年の『Together Again』に収録。
http://www.youtube.com/watch?v=5GPVS8v_zhg

拙ブログではお馴染みのグラム・パーソンズ率いるフライング・ブリトー・ブラザーズのヴァージョン。編集盤『Sleepless Nights』(1976)などに収録されています。
http://www.youtube.com/watch?v=mlj-rgi-w1A

テキサス出身で1963年生まれのマーク・チェスナットによる「Goodbye Comes Hard For Me」。彼は1990年にデビューして多くのヒットを放ったカントリー・シンガーです。作者のトミー・コリンズは1950年代後半から60年代にかけて活躍したカントリー系のシンガー・ソング・ライターでした。


ジェフ・トゥイーディー率いるウィルコと元ゴールデン・パロミノスのシド・ストロウとのデュエットは「The T.B. Is Whipping Me」。


アルバムのラストを飾るのはカーター・ファミリーの「Keep On The Sunny Side」。ランディ・スクラッグス、アール・スクラッグス、ドク・ワトソンといった豪華な顔ぶれの共演です。


1928年にリリースされたカーター・ファミリーのヴァージョンです。
http://www.youtube.com/watch?v=ZbmQQ4RfzVE

オムニバス・アルバムのため、ついつい何曲も紹介してしまいました。興味を惹いた楽曲から耳を傾けていただければ幸いです。

Jackson Browne - Rock Me On The Water

前々回はボニー・レイット、前回はリンダ・ロンシュタットのアルバムを扱いましたので、今回は彼女たちと関連の深いジャクソン・ブラウンに登場していただくことにしました。取り上げる曲は「Rock Me On The Water」。1972年にリリースされた彼のファースト・アルバム、通称『Saturate Before Using』に収録されています。



Jackson BrowneJackson Browne
(1994/09/14)
Jackson Browne

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1. Jamaica Say You Will
2. A Child In These Hills
3. Song For Adam
4. Doctor My Eyes
5. From Silver Lake
6. Something Fine
7. Under The Falling Sky
8. Looking Into You
9. Rock Me On The Water
10. My Opening Farewell

1978年のロンドンにおけるライヴ。デヴィッド・リンドレー(ギター)、クレイグ・ダーギ(キーボード)、ボブ・グローヴ(ベース)、ジム・ゴードン(ドラムス)、ローズマリー・バトラー、ダグ・ヘイウッド(バック・ヴォーカル)といった布陣で臨んでいました。


ROCK ME ON THE WATER
皆さん方よ 周りを見回してごらんなさい
どこにも標識だらけ
人は自分自身が注意するためでなく
他人のためにそれを設置したんだろう

自分の家で行方不明になる人
もう捜し出している時間はない
壁は炎に包まれ
塔も崩れ落ちている
俺はここを去り
何とかして海に行ってみようかと思う

道は家なき魂でいっぱいだ
女や子供や男たちの
彼らがどこに行けば良いのか
君には分からないだろう
でもそんな彼らでも出来る限り君を助けてくれるだろうよ

だけどみんなはどうにかしてあの人たちの状況を好転させるための
何らかの方法を考え出さねばならない
炎が燃え盛り辛い目に遭わされている間にも
こんな時でも太陽の女神が水の上で
優しく俺を揺り動かしてくれる

優しく私を揺り動かしてください
女神よ 私の発熱した額を癒してくださいませんか
小舟に乗った私を優しく揺り動かしてください
私は何とかして海に辿り着きます

皆さん方よ 間を見回してごらん
そこには人々の希望がなくてはならない
頭上には海鳥が飛び交い
あるひとつの場所に滑り降りる
天上のキリストがそうするように

我々は出来る限りの力を尽くして
聖なる鋤にすがりつく
俺の人生が終わった時には
神父様の前に立つだろう
それでも太陽の女神が水の上で
優しく俺を揺り動かしてくれる

優しく私を揺り動かしてください
女神よ 私の発熱した額を癒してくださいませんか
小舟に乗る私を優しく揺り動かしてください
たぶん私は憶えています
おそらく思い出すことでしょう
優しく私を揺り動かしてください
風が今、私とともにあります
小舟に乗る私を優しく揺り動かしてください
私は何とかして海に辿り着きます

優しく私を揺り動かしてください
すぐに私をなだめて
小舟に乗る私を優しく揺り動かしてください
すぐに私をなだめて

この歌のテーマは終末観です。壁が炎に包まれ、塔が崩れることは戦争・テロ、あるいは天変地異を表していますが、環境破壊をも視野に入れていると考えてもいいでしょう。同時に物質文明の比喩とも受け取れます。
そうした状況の中で、ジャクソン・ブラウンは家を失った人々に生き残って行くことの重要性を叫び、「助け合うことが必要だが、もう時間の余裕は残されていない。まず自分の力で努力して生き残ることである」とのメッセージを投げかけていました。それ故に、"sea" は再生の象徴と解釈出来ます。
そのまま直訳すると「太陽の姉妹」と抽象的な表現となる "The Sisters Of The Sun" は太陽の女神と訳しました。太陽の神といえば男神を想像しがちですが、ウガリット(シリアの地中海岸にあった古代都市)神話のシャプシュを始め、北欧の神話などにも女性の太陽神が登場しているので差し支えないと思われます。
そして、タイトルでもある”Rock Me On The Water ” を直訳すると「水上に浮かんで漂う私を揺らしてください」となりますが、"On The Water" には「船に乗って」という意味もあるので、ここでは小舟に乗って浮かんでいる状態としたほうが適切でしょう。
終末観はジャクソン・ブラウンが紡ぎ出す歌の重要なテーマのひとつになって行きました。ちなみに次回作である『For Everyman』の表題曲では「この世が終わろうとも普通の人でいよう」との趣旨が歌われています。

 1976年に放送されたTVショー『Soundstage』(シカゴ)でのライヴ・パフォーマンス。


 アメリカで放送されているテレビ番組 "Storytellers"(1996年4月18日放映) に出演した時の映像のようです。


この曲はシングル盤とアルバム収録のものとはヴァージョンが異なります。あまり音質が良くないので、宜しければ参考までにお聴きくだされば幸いです。


 2012年のデンヴァーでのライヴ・パフォーマンス


エイズ患者救済チャリティーのためのオムニバス・アルバム『Red Hot + Country』(1994年発売)でキャシー・マティアとのデュエットしたヴァージョンです。このアルバムにはキャシー・マティア、スージー・ボガス、アリソン・クラウスらがクロスビー、スティルス&ナッシュと共演した "Teach Your Children" 、ジョニー・キャッシュによるボブ・ディランの "Forever Young" などのカヴァーが収録されていました。



Red Hot & CountryRed Hot & Country
(1994/09/13)
Various Artists

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最後はリンダ・ロンシュタットさんの歌声で締めくくってもらいましょう。1972年リリースの『Linda Ronstadt』に収録されていました。バックを受け持つのはグレン・フライ、ドン・ヘンリーのイーグルス勢、スヌーキー・ピート(スティール・ギター)、当時のリンダの恋人だったプロデューサーのジョン・ボイランといった面々です。
http://www.youtube.com/watch?v=tkbHLel0qAo

Linda RonstadtLinda Ronstadt
(1998/06/01)
Linda Ronstadt

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『Heart Like A Wheel』との2in1です。

Linda Ronstadt / Heart Like a WheelLinda Ronstadt / Heart Like a Wheel
(2010/11/01)
Linda Ronstadt

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Linda Ronstadt & Ann Savoy - Adieu False Heart

前回扱ったボニー・レイットが1976年に来日した際、「わたしはリンダ・ロンシュタットのように美人じゃないから、純粋に音楽だけを聴いてもらえるのよ」と話していたようです。ボニー・レイットも実際には魅力的な女性であることに変わりないと思うのですが、ご謙遜されるところが何とも奥ゆかしく思えました。それはさておき、今回はそのリンダ・ロンシュタットがケイジャン歌手のアン・サヴォイと組んで2006年に発表したアルバム『Adieu False Heart』を取り上げることにします。

新たなる旅立ち新たなる旅立ち
(2006/09/21)
リンダ・ロンシュタット&アン・サヴォイ~ザ・ズーズー・シスターズ

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輸入盤のジャケットは国内盤と異なります。

Adieu False HeartAdieu False Heart
(2006/07/25)
Linda Ronstadt

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1. Opening
2. Adieu False Heart
3. I Can't Get Over You
4. Marie Mouri
5. King Of Bohemia
6. Plus Tu Tournes
7. Go Away From My Window
8. Burns' Supper
9. The One I Love Is Gone
10. Interlude
11. Rattle My Cage
12. Parlez-Moi D'amour
13. Too Old To Die Young
14. Interlude
15. Walk Away Renee
16. Closing

リンダ・ロンシュタットはソロ・シンガーとして活動する一方で、ドリー・パートンやエミルー・ハリスらと組んでアルバムをリリースしてきた人です。カントリー・ミュージックを基盤にしてきた同年代のアーティストとのコラボレーションは各々が持つ個性が激しくぶつかり合うことなく、リラックスした雰囲気の中で彼女たち本来の魅力を十二分に醸し出していました。
今回リンダが選んだデュオのパートナーはアン・サヴォイ。ケイジャン・ミュージックの分野で活動するアーティストです。彼女たちはゾゾ・シスターズと称してデュエット・アルバムを企画しました。
リンダに関して今さら言及することは不要と思いますので、アン・サヴォイについて簡単に紹介しておきましょう。
アン・サヴォイ
1952年1月20日、ヴァージニア州リッチモンドの生まれ。出生名Ann Allen。1976年に結婚した夫はケイジャン・ミュージックのシーンで有名なアコーディング奏者であるマーク・サヴォイ。夫やフィドル奏者のマイケル・ドゥーセらと結成したサヴォイ=ドゥーセ・バンドでヴォーカルやギターを担当する傍ら、ケイジャン・バンドのマグノリア・シスターズのメンバーとしても活動。リンダ・ロンシュタットとは1990年代にジャズ・フェスティヴァルで知り合い、交流を深めて行った。このデュエット・アルバムに先立ち、2002年にヴァンガードから発売されたオムニバス・アルバム『Evangeline Made: A Tribute to Cajun Music,』で共演していた。なお、ケイジャン・ミュージックとはルイジアナ州に定住したフランス系移民によって始められた音楽。アコーディオンとフィドルを中心とした編成で演奏され、歌詞はフランス語で歌われることが多い。

サヴォィ=ドゥーセ・バンドの映像です。宜しければご参考までに。
http://www.youtube.com/watch?v=b9V5Z5R97MA

リンダ・ロンシュタットはフォークやカントリーの要素を強く含んだロックをベースにしながらも、弾けるようなロックン・ロール、しっとりとしたバラード、ジャズ・スタンダード、メキシコ歌曲、ラテン・ミュージックなど様々なジャンルの音楽を歌いこなしてきました。ひとりの歌い手としての道をひたむきに歩んだそんな彼女が、ケイジャン・ミュージックのプレイヤーであり研究家としても知られるアン・サヴォイと共演。今度はケイジャン・ミュージックに挑戦かとも思われましたが、この共演盤では端々にその雰囲気が窺われるものの真っ向から臨んだものではありませんでした。むしろ、彼女たちが心の赴くままにお気に入りの曲を選曲し、歌い手であることを楽しみながら表現したアルバムに仕上がったと言ったほうがよいでしょう。

表題曲「Adieu False Heart」。フィドリン・アーサー・スミスで知られる1930年代のヒルビリー・ソング(1920年代~30年代頃のカントリー・ミュージック)です。早くもアンとリンダの息のあったハーモニーが堪能できました。


ADIEU FALSE HEART
アデュー、偽りの心、もうお別れしましょう
世界中の幸福があなたとともにありますように
誠実な心でずっとあなたを愛してきた私だけど
もうあなたを信じられない

あなたとの結婚を夢見た時もあった
いつでもあなたの恋人だった私
でも今の私は喜んであなたを捨てるでしょう
もっと誠実な心をもった人が現れたなら

私にはもったいないほどの男だとあなたは思っているんでしょう
私のことを孤独な女だと思ってるのね
だけど私があなたのことを気にかけているとお考えなら
それは大間違いよ

私の気持ちは情熱の太陽のよう
東から西へと移り変わる
だけど、あなたの気持ちは月のよう
毎月めまぐるしく変化する

私が安らぎの床につく時
意地悪な誰かさんに起こされることがなければ
まっすぐに末期へと向かうでしょう
時に連れて行かれるままに

アデュー、偽りの心、もうお別れしましょう
世界中の幸福があなたとともにありますように
誠実な心でずっとあなたを愛してきた私だけど
もうあなたを信じられない

1938年に録音されたアーサー・スミスの音源です。
http://www.youtube.com/watch?v=3dcKxK6Fg4k

リンダがリードを取る「I Can't Get Over You」。テキサス州出身のシンガー・ソング・ライター、ジュリー・ミラーの作品です。この曲にはジュリーの夫で、エミルー・ハリスのバック・バンド、スパイボーイのギタリストとして活躍したバディ・ミラーが参加していました。
冒頭の音声にお聞き苦しいところがあるのをご了承ください。


リチャード・トンプソン作の「Burns' Supper」。アンがリードを取っています。3分43秒の曲ですが、途中で終わってしまうのが残念。
http://www.youtube.com/watch?v=mIiE42wBhKg

リチャード・トンプソンのオリジナル・ヴァージョンは1996年の『You? Me? Us?』に収録。お口直しと言っては何ですが、こちらをお聴きくだされば幸いです。
http://www.youtube.com/watch?v=oEwe7Ld585I

リンダがリードの「Rattle My Cage」。ケイジャンとトラディショナルをレパートリーにするバンド、レッド・スティック・ランブラーズのチャス・ジャスティスの手による曲です。「私に自由をくれるのは小鳥だけ」と現状を克服できない男、あるいは囚われのみになった人間の諦観が表されているような歌に思えました。


アンのリードによる「Parlez-Moi D'amour」。「聞かせてよ愛の言葉」の邦題で知られるシャンソンの古典です。


シャンソンではありませんが、ナナ・ムスクーリのヴァージョンを宜しければお聴きください。
http://www.youtube.com/wa0tch?v=BnXKRwezQaw
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1966年にレフト・バンクでヒットした「Walk Away Renee」。リンダがリードとハーモニーを、アンはコーラスとサード・ヴァースのリードを担当していました。アルバムの他の曲と比べて少々意外な選曲との印象を受けますが、二人の共通したお気に入りの曲だそうです。原曲が美しいだけに違和感なく溶け込んでいました。


ザ・レフト・バンクのヴァージョンです。
http://www.youtube.com/watch?v=seuwhZvXa6Y

聴き紛うほどに声質が似たリンダとアン。相性に申し分ありません。リンダと声質が似ているといっても、カーラ・ボノフとの共演ならこんなにうまく事が運ばなかったでしょう。
何人からも束縛されることなく、自らの思うがままに制作された雰囲気の漂うアルバム。ケイジャン・ミュージックのテイストを取り入れながらもジャンルにとらわれることなく、歌いたい歌を歌うという意志が示されていました。そうした意味でのある種のこだわりから選ばれた様々な曲の中にはフランス語の曲も収録されており、リンダが敬愛するフレンチ・カナディアンのケイト&アンナ・マッガリグル姉妹をどことなく彷彿させる印象もある一枚と言えるのかもしれません。
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