好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Bonnie Raitt - LUCK OF THE DRAW

デラニー&ボニーと縁のあるアーティストを取り上げていると、もうひとりのボニーさんのことが気に掛かりました。その人の名はボニー・レイット。今回は彼女が1991年にリリースしたアルバム『LUCK OF THE DRAW』をお題とします。

Luck of the DrawLuck of the Draw
(1991/08/15)
Bonnie Raitt

商品詳細を見る

1. Something To Talk About
2. Good Man Good Woman
3. I Can't Make You Love Me
4. Tangled And Dark
5. Come To Me
6. No Business
7. One Part Be My Lover
8. Not The Only One
9. Papa Come Quick (Jody And Chico)
10. Slow Ride
11. Luck Of The Draw
12. All At Once

1986年に発表したアルバム『Nine Lives』の売り上げがも芳しくなく、ワーナー・ブラザーズとの契約を打ち切られたボニー・レイット。しかし、捨てる髪あれば拾う神あり。1989年、キャピタルに移籍してリリースした『Nick Of Time』が全米チャートの第1位に輝き、1990年のグラミー賞においては "Album Of The Year"(最優秀アルバム)、"Best Pop Performance, Female"、"Best Rock Vocal Performance, Female "など3部門の栄冠を獲得しました。さらに、ミシシッピ州出身のブルース・シンガー兼ギタリストのジョン・リー・フッカーとデュエットした「I'm In The Mood」が収録された『The Healer』も "Best Traditional Blues Album" を授賞。見事4冠達成と相成ったのです。数々の評価の高い作品を送り出すも、これまで商業的な結果に恵まれなかったボニー・レイット。遅咲きの花と言っては誠に失礼ですが、彼女の魅力を引き出し、スターとしての地位を確立するほどの成功に導いたプロデューサーのドン・ウォズの功績は多大だったのでしょう。

ドン・ウォズ
本名ドナルド・フェイグソン。従弟のデヴィッド・ウォズ(本名デヴィッド・ウェイス)らとウォズ・ノット・ウォズというプロジェクトをデトロイトで結成し、1981年にデビュー。ロック、ソウル、ジャズ、カントリー、ヒップ・ホップファンクなどの要素が融合したダンサブルでファンキーなサウンドが注目を集めた。
その後、ドン・ウォズはプロデューサーに転身。1990年にデヴィッド・ウォズとともにボブ・ディランの『Under The Red Sky』、1994年にはローリング・ストーンズの『Voodoo Lounge』などを手掛けた。

栄誉の余韻が覚めやらぬ1991年、ボニー・レイットは再びドン・ウォズをプロデューサーに迎えてリリースしたアルバムが今回紹介する『Luck Of Draw』です。直訳すると「くじ運」と題されたこのアルバム。俳優マイケル・オキーフとの結婚直後に発表されたこともあってか、くつろぎに満ちた雰囲気が醸し出されていました。自信と余裕も窺えます。
前作の延長線上にありながらもR&B色を強め、ブルージーな趣が漂う曲が目立つのが特徴。ここにはジャクソン・ブラウンの作品もエリック・カズの楽曲もありませんが、粒よりのナンバーが選曲され、ボニー・レイットの個性があまねく発揮されています。彼女の歌唱もスライド・ギターの技量も円熟味を増したものの、シンプルに構成された仕上がり感は初期の瑞々しささえ感じ取れました。
このアルバムは全米2位まで上昇。1992年のグラミー賞でも "Best Rock Vocal Performance, Solo"、Best Pop Vocal Performance, Female"、Best Rock Performance by a Duo or Group with Vocal" の3部門を授賞しました。

Shirley Eikhard作の「Something To Talk About」。シングル・カットされて全米5位のヒットを記録し、この曲でグラミー賞のBest Pop Vocal Performance, Femaleを授賞。ボニー・レイットのスライド・ギターが堪能できます。


SOMETHING TO TALK ABOUT IT
みんなが噂している 町の噂
囁き合うのを耳にした
あなたは信じようとしない
みんなは私たちが内緒の恋人だって
知らないふりをしても
そう言い続けるの
私たち、ちょっとばかり笑い声が大きすぎた
私たち、ちょっとばかり近くに寄り過ぎた
私たち、ちょっとばかり見つめ合うのが長過ぎた
たぶん私たちには気がつかないことばかりね

みんなに話題を提供しましょう
みんなに話題を提供しましょう
みんなに話題を提供しましょう
恋をするのはどうかしら?

馬鹿げたことね まったく気がつかなかった
あなたはびくびくしていた
私に恋をするのかしら?
私をそわそわさせる噂のおかげで
今は恋に落ちるのを確信した
毎日、あなたのことを考えてるの
毎晩、あなたのことを夢に見ているの
あなたが同じように感じていることを願って
さあ、気がついたのだから表に出しましょう

みんなに話題を提供しましょう
みんなに話題を提供しましょう
みんなに話題を提供しましょう
恋をするのはどうかしら?
ねぇ、どうかしら?

みんなに話題を提供しましょう
解き明かすためのちょっとした謎
みんなに話題を提供しましょう
恋をするのはどうかしら?
ねぇ、どうかしら?

ライヴ映像です。


ウーマック&ウーマックのナンバー、「Good Man Good Woman」。デルバート・マクリントン(デルバート&グレン)とのデュエットの相手に起用したこの曲は、前述の "Best Rock Performance by a Duo or Group with Vocal" を授賞しています。ウーマック&ウーマックのヴァージョンは "Good Man Monologue" のタイトルで1988年の『Conscience』に収録。
http://www.youtube.com/watch?v=EezlVFwr7ss

Mike Reid と Allen Shamblinの共作、「I Can't Make You Love Me」。愛の破局をさりげなく歌うボニー・レイットのヴォーカルが切なく、心に滲み渡りました。全米18位に終わったものの、こちらのほうが人気が高いようです。ピアノ演奏とアレンジはブルース・ホンズビーが担当。


少し短く編集されているようですが、プロモーション映像も宜しければご覧ください。


ライヴ映像です。


ボニー・レイット自身の手による「Tangled And Dark」。初期の彼女、あるいはリトル・フィートあたりを思わすファンキーで少々泥臭いな曲です。
http://www.youtube.com/watch?v=OVqz0Bu-Ggk

こちらもボニー・レイットのオリジナル、「Come To Me」。
http://www.youtube.com/watch?v=qxHooYQSYs8

ジョン・ハイアット作の「No Business」。ここでもボニー・レイットのスライド・ギターが聴けます。ジョン・ハイアット自身もバック・ヴォーカルで参加。
http://www.youtube.com/watch?v=2d_5Upn2YQE

ボニー・レイット&マイケル・オキーフ夫妻の共作による「One Part Be My Lover」。「彼女の目を見つめた時、彼には真実だけが見える」、「彼女にとって彼は夢に見た男かもしれない/彼女が心の内側に隠していたものを見つけてくれる男」といった言葉が甘いバラードで語られます。


アイルランドのシンガー・ソング・ライター、ポール・ブレディ作の「Not The Only One」。リチャード・トンプソン、マーク・ゴールデンバーグらがギターで参加。ポール・ブレディ本人のヴァージョンは1983年に『True For You』、1986年のライヴ・アルバム『Full Moon』に収録されていました。


少し短く編集されたプロモーション映像も宜しければご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=Gw8wJQi05Ws

Richard Hirsch, Chip Taylor, Billy Vera作の「Papa Come Quick (Jody And Chico)」はアリソン・クラウスとの共演映像をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=qecodpVYAJo

Bonnie Hayes, Larry McNally, Andre Pessis作の「Slow Ride」。
http://www.youtube.com/watch?v=xzhnh9eAJ2Y
ポール・ブレディ作の表題曲「Luck Of The Draw」は残念ながらYouTubeに映像・音源がないので割愛させていただきます。

アルバムを締めくくるボニー・レイット作の「All At Once」。夫との別離、娘との確執を通して人の弱さや世の無情が描かれていました。「私たち女のほうが強いと人々は言う/いつでもなんとかして切り抜けてしまうのだと/今はそんな風にはかじられない/それが真実であるとさえ思えない/私には誰もが実際に見るよりも多くの人が傷を持っているように見えるの/なぜ天使たちは一部の人たちを見捨てるのか/私には不思議なこと」という最後のヴァースが胸に突き刺さります。


この『Luck Of The Draw』に続き、1994年に発表された『Longing in Their Hearts』も全米1位を獲得。ボニー・レイットはアメリカを代表するシンガー・ソング・ライター、パフォーマーのひとりと呼ぶに相応しい存在となりました。しかし、日本ではこれらのアルバムは廃盤状態。寂しい限りです。
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Dave Mason - DAVE MASON

拙ブログとリンクを結んでいただいているPurple_Hazeさんが、デイヴ・メイスンの来日公演をリポートしておられました。久々に日本のファンの前に姿を見せたデイヴ・メイスン。容姿に昔日の面影が殆どなくとも、変わらぬ彼のパフォーマンスに会場の盛況の様子がよく伝わってくる記事です。近頃の私は懐具合が寂しいので講演会場に足を運ぶことが出来ませんでしたが、せめて雰囲気だけでも共有したくデイヴ・メイスンがCBS移籍第二弾として1974年に発表した『Dave Mason』を今回のお題としました。

デイヴ・メイスン(紙ジャケット仕様)デイヴ・メイスン(紙ジャケット仕様)
(2010/04/14)
デイヴ・メイスン

商品詳細を見る

1. Show Me Some Affection
2. Get Ahold Of Love
3. Every Woman
4. It Can't Make Any Differance To Me
5. All Along The Watchtower
6. Bring It On Home To Me
7. Harmony & Melody
8. Relation Ships
9. You Can't Take It When You Go

CBS移籍第一弾として1973年にリリースされた前作『It' You Like You Never Left』ではスティーヴィー・ワンダー、ジョージ・ハリスン、グラハム・ナッシュなど豪華なゲスト陣が参加。さながらデイヴ・メイスンの再出発を友人たちが祝うかの様相を呈していました。それに引き換え自分の名前だけを冠したこの『Dave Mason』。ジム・クリューガー(ギター)、マイク・フィニガン(キーボード)、ボブ・グローブ(ベース)、リック・ジェイガー(ドラム)といった布陣を中心としてレコーディングに臨み、有名どころや外部招聘を極力抑えた作品になっています。

アルバムのオープニング・ナンバー、「Show Me Some Affection」。ジョージ・ハリスンを彷彿させるようなスライド・ギターが印象的です。デイヴとジョージは同時代のミュージシャンとして篠木を削った仲。お互いのプレイに一目を置きながら自らを高めっていったのでしょう。二人がアメリカ南部の音楽に目を向けていたのもほぼ同時期でした。
間奏の粋なフルートはティム・ワイズバーグ(ダン・フォーゲルバーグと組んで1978年に発表された『Twin Sons Of Different Mothers』が有名)。エンディングでは主役を食うような勢いがあるマイク・フィニガンのキーボード・プレイに圧倒さてしまいそうです。


SHOW ME SOME AFFECTION
誰かにとって俺はありがたい存在だろうし
他人に取っては厄介な奴かもしれない
俺は歌を書くだけの男で戦士なんかじゃない
俺は単なる人間であって金の詰まった財布じゃないぜ
俺は金を無心される男なのかもしれない
尻軽女を連れていたからな
だが、俺はおまえに一握りの愛を置いて行くのさ

ああ 少しでいいから愛情を示してくれ
ああ この俺はどこへ行けばよいのか教えてくれ
ああ おまえだけが頼りなのさ

俺はジプシー・クイーンを探し求めるジェット時代のジプシー
俺は時々思うのだ
やっといろんなことが分かり始めたってな
あちこち旅をしてきたが、
いまだに見つからないのだよ
理想の女が待っていてくれるような
家がどこにあるかを

我慢強くおまえと一緒に暮らすなら
そのうち俺は調子が合わなくなるだろう
何かが始まるのを待っている
この先どうなるか
俺には予想できない
人生をそのままで受け入れるだけさ
見捨てられないように願いながら

前作『It's You Like Never Left』にも収められていた「Every Woman」。別れてしまった愛する人への未練と賛辞が込められた歌です。前作ではアコースティック・ギターをバックにグラハム・ナッシュのコーラスを付けてシンプルに仕上げられていましたが、今回はスティール・ギターやニック・デカロのアレンジによるストリングスを配してリメイクされていました。


こちらはライヴ映像です。来日公演もこんな感じのパフォーマンスだったのでしょうか。


ボブ・ディラン作の「All Along The Watchtower」。道化師と泥棒との会話を通してディランの終末観が表された歌です。ディランのオリジナル・ヴァージョンは1967年の『John Wesley Harding』に収録。


ジミ・ヘンドリックスのヴァージョン(1968年の『Electric Ladyland』に収録)ではデイヴ・メイスンもアコースティック・ギターでレコーディングに参加していました。
http://www.youtube.com/watch?v=9WbKBKima4Q

サム・クック作の「Bring It On Home To Me」。去って行った恋人に戻ってきてほしいと懇願する様子が魂を込めて切なく歌われています。


サム・クックのヴァージョンは1962年にリリースされています。
http://www.youtube.com/watch?v=RAQE-tHjPAc

他にもエディ・フロイド(1968年全米17位)、ジョン・レノン(1975年の『Rock'n Roll』に収録)、ポール・マッカートニー(1988年の『CHOBA B CCCP』に収録)などこの曲を取り上げたアーティストは枚挙に暇がありません。

デイヴ・メイスン自身の手による「You Can't Take It When You Go」。「すべてを手に入れようとすると何も残らない」、「富とは黄金で計るものでなく心と魂で計るもの」、「真実とは欺けない感情であり、人生を信じないのならば、それは幻である」と教訓めいた内容が描かれていました。間奏でのデイヴ・メイスンの哀愁を帯びたギター・ソロにニック・デカロによるストリングス・アレンジが見事に溶け合い、マイク・フィニガンが弾くキーボードがデイヴのソウルフルなヴォーカルをさらなる情念の世界に導くような効果を発揮していました。感情が高まったままフェイド・アウトするエンディングはアルバムを締めくくるに相応しい演出です。


アルバム・ジャケットからも察せられるように、イギリス人特有の翳りが漂えどウエスト・コーストの青い空と乾いた大気に包まれたような音作り。前作にも増してポップな路線が強調されています。同時に祖国を離れ、アメリカという大きなマーケットを相手に自分の音楽を追究する姿勢や自信に満ちあふれた様子が嗅ぎ取れる一枚でした。

Faith Hill - FAITH

前回のデラニー&ボニーの記事の中で、フェイス・ヒルについて触れました。そこで今回は彼女のアルバムを取り上げることにします。むさ苦しい・・・・・・もとい気骨のある凛々しい人たちが続いたので、女性カントリー・シンガーの歌声で癒されることにしましょう。

FaithFaith
(1999/07/28)
Faith Hill

商品詳細を見る

1. This Kiss
2. You Give Me Love
3. Let Me Let Go
4. Love Ain't Like That
5. Better Days
6. My Wild Frontier
7. The Secret Of Life
8. Just To Hear You Say That You Love Me
9. Me
10. I Love You
11. The Hard Way
12. Somebody Stand By Me

フェイス・ヒル(出生名は Audrey Faith Perry)は1967年9月21日、ミシシッピ州のジャクソンで生まれ、近くにあるスター市で育ちました。彼女は3歳の頃より教会で聖歌を見様見真似で歌い始め、成長とともに歌手になることを夢見るようになっていったのです。ハイ・スクールに入学するとカントリー・ミュージックに興味を持ち出し、リーバ・マッキンタイア、パッツィ・クライン、エミルー・ハリスなどを好んで聴いていました。

エミルー・ハリスについては拙ブログで何度も扱っているので、リーバ・マッキンタイアとパッツィ・クラインについて簡単に紹介しておきます。

リーバ・マッキンタイア
アメリカを代表する女性カントリー・シンガーのひとり。1955年3月28日、オクラホマ州チョーキーの生まれ。「How Blue」、「Somebody Should Leave」などカントリー・チャートで34曲のナンバー・ワン・ヒット(2010年現在)を持つ。 歌手としての活動のみならず、ブロードウェイ・ミュージカル『アニーよ銃をとれ(Annie Get Your Gun)』のリバイバル公演(1991年)では主役を務めている。

パッツィ・クライン
ナッシュヴィルの黄金時代を代表するシンガー。1932年9月8日、ヴァージニア州パターソンの生まれ。「Walkin' After Midnight」、「I Fall to Pieces」、「Crazy」などのヒットを放つ。巡業中の飛行機事故で1963年3月5日に逝去。

音楽にのめり込むような学生生活を送っていたフェイス。バンドを組み、地元の教会や催事などを中心に音楽活動を始めます。19歳になると一旦は大学に進学するもののすぐに退学し、カントリー・シンガーとして身を立てるべくナッシュヴィルに転居。憧れていたリーバ・マッキンタイアのバック・アップ・シンガーのオーディションを受けるも敢えなく不採用となり、なかなか思うようには事が運びません。生活のために彼女は音楽出版社の受付の職に就き、1988年には音楽出版社の重役を務めていたダニエル・ヒルと結婚しますが、それでも音楽への未練は断ち切れませんでした。そんな時に知り合ったのがソング・ライターのゲイリー・バー。フェイスは彼のショウのバック・アップ・シンガーになろうと売り込みをかけ、念願叶って採用されます。
主婦業の傍らゲイリーのショウに出演して音楽活動を再始動したフェイス。彼女のパフォーマンスはワーナー・ブラザーズのA&R担当のマーサ・シャープの目に留まります。マーサはフェイスのもとを訪れ、彼女とゲイリーが制作したデモ・テープを聴いていたく気に入り、一気に契約へと至りました。
1993年、フェイス・ヒルのデビュー・アルバム『TAKE ME AS I AM』がリリース。シングル・カットされた「Wild One」、「Piece Of My Heart」、「Take Me As I Am」が連続して全米カントリー・チャートの1位に輝きます。アルバムも200万枚を超えるセールス記録し、フェイスは一躍スターダムに駆け上がりました。しかし、翌94年にダニエルと破局。彼女は成功と引き換えに大きな代償を支払ったのです。

「Wild One」です。
http://www.youtube.com/watch?v=WifpCsOQ3JM&ob=av2em

その後、カントリー・シンガーのティム・マッグロウと1996年に再婚。2000年には共同でツアーを行い、おしどり夫婦ぶりを披露していました。現在彼との間には3人の娘がいて、公私ともに順調な日々を送っています。

ティム・マッグロウ
1967年5月1日生まれ。ルイジアナ州出身。泥臭さのないアダルト・コンテンポラリー的なサウンドが広く受け入れられている。『Not A Moment Too Soon』(1994)、『A Place In The Sun』(1999)、『Live Like You Were Dying』(2004)、『Let It Go』(2007)などのアルバムが全米1位を獲得した。

今回紹介するのは1998年に発表されたサード・アルバム『FAITH』。カントリーの中にポップなセンスを織り込み、躍動感溢れる爽やかな作品に仕上がっています。スティール・ギターやフィドルがフィーチャーされた楽曲が多いのも印象的。フェイス・ヒルの持つ天真爛漫な明るさや清潔な色香といった魅力が存分に引き出されていると言えるでしょう。

オープニング・ナンバーは拙ブログでの以前に取り上げたことのあるシンガー・ソング・ライター、ベス・ニールセン・チャップマン作の「This Kiss」。全米7位まで上昇しました。ニコール・キッドマン、サンドラ・ブロック主演の映画『Practical Magic』(1998)のテーマ曲でもあります。
http://www.youtube.com/watch?v=dls_cBmUt7Q&ob=av2em

こちらはライヴ映像です。


THIS KISS
もう失恋するのは嫌
泣くのも嫌よ
辛い目に遭いたくもないわ
ベイビー、こんにちは、さようなら
空の向こうへ打ち上げられるロケットのように
私はあなたのもの

それがあなたの愛し方
こんな気持ち
外に向かう動き
永遠の至福
きわめて大事な瞬間
ああ 信じられない
このキス、こんなキス
止まることのないキス

シンデレラが白雪姫に言った
愛はどうしてそんなに進路から外れているのでしょう
私の欲しいのは白い騎士
その人は正義といたわりの気持ちと早く駆ける馬を持っている
私を乗せて陽光の中へ
ベイビー、永遠に私はあなたのもの

それがあなたの愛し方
こんな気持ち
外に向かう動き
永遠の至福
きわめて大事な瞬間
ああ 想像すら出来ない
このキス、こんなキス
沈むことのないキス

月光の中でキスをしてね
屋根の上でも
窓は開けたままでもいいの
雨が降っている間は中がびしょ濡れになるけど
ゆっくりと甘いキスをして
何も気にしないで
まるで浮遊するような 空を飛んでいるような気分

それがあなたの愛し方
こんな気持ち
外に向かう動き
永遠の至福
きわめて大事な瞬間
ああ 潜在意識でつながっているの
このキス、こんなキス
罪なキス

それがあなたの愛し方なのね、ベイビー
それがあなたの愛し方なのね、ダーリン

それがあなたの愛し方
こんな気持ち
外に向かう動き
永遠の至福
きわめて大事な瞬間
ああ 潜在意識でつながっているの
このキス、こんなキス
罪なキス

それがあなたの愛し方なのね、ベイビー
それがあなたの愛し方なのね、ダーリン

マトラカ・バーグ作の「You Give Me Love」。愛する人に信頼を寄せるラヴ・ソングです。


ヴィンス・ギル参加の「Let Me Let Go」。別れた恋人への未練を歌っていました。
http://www.youtube.com/watch?v=nnO7HC_u2xo&ob=av2em

ライヴ映像です。


今はもういない愛する人への鎮魂と自身の再出発を誓う姿が表された「My Wild Frontier」。


グレッチエン・ピータース作の「The Secret Of Life」。本人のヴァージョンは1996年の『The Secret Of Life』に収録。酒場のバーテンダーが客である二人の男へ、「人生の秘訣はマリリン・モンローの眼差しやローリング・ストーンズのレコードに隠されているのではなく、早く起きて遅く寝ること、急がないように心掛けるも待つ姿勢を取らないこと、そして、相応しい女を見つけることである」と語る様子が描かれていました。
http://www.youtube.com/watch?v=xjqYkSf7pSE&ob=av2el

ティム・マッグロウとのデュエットが堪能出来る「Just To Hear You Say That You Love Me」。当然ながらラヴ・ソングで、「もし私があなたの心に辿り着けたら、あなたの心の中に入れたらどんなに幸せかしら」と歌われていました。この映像では最後のヴァースが省略されているのが残念です。


他にもデラニー&ボニーの娘、ベッカ・ブラムレット(元フリートウッド・マック)が参加した「Love Ain't Like That」、カナダ出身のマルチ・プレイヤーであるアルド・ノヴァ作の「I Love You」、シェリル・クロウ作の「Somebody Stand By Me」など興味深い作品が収録されています。

このアルバムは全米カントリー・チャートで2位、ポップ・チャートでも7位まで上昇し、アメリカだけでも600万枚のセールスを記録。カントリーのみならず、フェイス・ヒルがRock/Pop のフィールドでも確固たる地位を築いた一枚と言えるでしょう。

Delaney & Bonnie - Home

前回の記事の中でドン・ニックスがデラニー&ボニーの『Home』をプロデュースしたことに触れました。そこで今回はデラニー&ボニーの御二方に登場していただくことにしましょう。

HomeHome
(2006/05/23)
Delaney & Bonnie

商品詳細を見る

1. A Long Road Ahead
2. My Baby Specializes
3. Things Get Better
4. We Can Love
5. All We Really Want To Do
6. It's Been A Long Time Coming
7. Just Plain Beautiful
8. Everybody Loves A Winner
9. Look What We Have Found
10. Piece Of My Heart
11. A Right Now Love
12. I've Just Been Feeling Bad
13. Dirty Old Man
14. Get Ourselves Together
15. Pour Your Love On Me
16. Hard To Say Goodbye

デラニー・ブラムレットは1939年7月1日、ミシシッピ州ポントトック・カウンティの出身。実家が経営していた農場で働く黒人たちからの影響で、幼き頃からブルースに感化されていたと言います。やがて青年となった1960年頃、デラニーはロサンゼルスに出て、バンドを組んで活動するようになりました。その時期に知り合ったのがレオン・ラッセル。二人は親交を深めて行き、1964年にレオンがディレクターを務めたABCの音楽番組「シンディグ」が売り出したバンド、シンドッグズのメンバーに迎えられています。このバンドには後にエルヴィス・プレスリーのバック・バンドや数々のアーティストのレコーディングに参加して名を馳せるギタリストのジェイムズ・バートン、レオン・ラッセルの片腕となって行動を共にするドン・プレストンらが在籍。LAスワンプを形成する面々が若き日に篠木を削っていたとの様相が窺えます。

番組内でビートルズの「Ticket To Ride」を演奏するThe Shindogs(シンドッグズ)。後方でテレキャスターを弾いているのがジェイムズ・バートン、ベースを弾きながら歌っているのがデラニー・ブラムレットと思われます。


対するボニー・ブラムレット(結婚前の名はボニー・リン・オファレル)は1944年11月8日、イリノイ州アルトンに生まれました。幼き頃は教会の聖歌隊に所属。16歳頃にアルバート・キングやリトル・ミルトンのバック・ヴォーカルを務めるようになり、1962年頃にはアイク&ティナ・ターナーのコーラス隊、ジ・アイケッツに参加しています。1966年頃、ボニーはザム・ザ・ソウル&ボニー・リンというR&Bデュオを組んでロサンゼルスに進出。ナイト・クラブの仕事でデラニー・ブラムレットと出会い、恋に落ちて結婚しました。夫婦デュオ、デラニー&ボニーはこうして誕生したのです。

前述したようにデラニー・ブラムレットはレオン・ラッセルと親密な関係にあり、彼のファミリーの一員と言える存在でしょう。デラニー&ボニーの二人は1966年から67年にかけてシングル盤を何枚か発表(これらの音源は1971年に編集盤『Genesis』としてリリース)していましたが、レオンの弟分であるドン・ニックスの仲介によりスタックス・レコードと契約が成立。まず、ファースト・シングルとして68年5月に「It's Been A Long Time comin'」が発売され、R&Bチャートを上昇します。しかし、デビュー前に行ったライヴで二人が白人だと知ったR&B局のDJは次第に彼らの曲を敬遠するようになりました。
そんな状況の中、ドン・ニックスと彼の旧友でブッカー・T&MGsのメンバーでもあるドナルド・ダック・ダンがアルバムのプロデュースを担当し、MGsの面々に加えてアイザック・ヘイズ、ウィリアム・ベル、エディ・フロイドといった大御所がバック・ヴォーカルで参加して順調にレコーディングは進みます。ところが、当時のアメリカ南部はマーティン・ルーサー・キング牧師暗殺事件や暴動が各地で頻繁に起こっていた時代。いわば逆人種差別ともいえる問題に晒されたデラニー&ボニーが社会に与える影響を配慮し、スタックスはアルバムのリリースを凍結しました。
失望したデラニー&ボニーの二人はスタックスを去り、新たにエレクトラと契約してアルバム『Accept No Substitute - The Original Delaney & Bonnie』を1969年に発表。セールス面では芳しくはなかったものの、彼らは徐々に認知度を高めて行きました。キング牧師の暗殺から一年以上が過ぎ、アメリカ社会の緊張した状態が緩和。黒人の放送局で白人の音楽が流れ、白人の放送局で黒人の音楽が聴こえるような時代へと変わって行き始めたのです。その年の11月、スタックスは慌てて『Home』を発売するに至りました。



A LIGHT NOW LOVE
私を抱きしめてくれる愛するあなたなしでは
日々は長く、夜風は冷たく感じる
大切な時間を無駄にしていたのがおまえにも分かるだろう
おまえのもとに帰ろう お前を満足させるために

二人には愛が必要
今すぐに
二人には愛が必要
今すぐに

渇望した私の心 あなたは私を夢中にさせる
いつもと変わらぬ言葉が私を溢れんばかりに癒してくれる
大切な時間を無駄にしていたのがおまえにも分かるだろう
二人が一緒なら時間なんて問題じゃないのさ

夜よりも長く陽光を浴びているのは
あなたが私を愛し続けてくれているようなもの
大切な時間を無駄にしていたのがおまえにも分かるだろう
二人でこっそり抜け出そうぜ 俺とおまえだけでな

愛し合わなければならない 今すぐに

エディ・フロイドのナンバー「Things Get Better」。「おまえといればうまくいく/あなたといればうまくいく」と歌う様はこの頃の夫婦仲の良さを彷彿させます。


1970年に発表された『On Tour With Eric Clapton』に収録されていたヴァージョンです。


Jerry Ragovoy & Bert Berns作の「Piece Of My Heart」。「私の心のかけらを奪って」と魂のこもったボニーの熱唱が胸に迫ります。アレサ・フランクリンの妹、アーマ・フランクリンが1967年にリリースしたのがファースト・レコーディングのようです。ダスティ・スプリングフィールド(1968年の『Dusty... Definitely 』収録)、ブライアン・フェリー(1973年の『A Foolish Things』収録)、フェイス・ヒル(1993年の『Take Me As I Am』収録)、フィービー・スノウ(1998年の『I Can't complain』収録) などカヴァー・ヴァージョンは枚挙に暇がありません。


カントリー・シンガー、フェイス・ヒルのヴァージョンです。

http://www.youtube.com/watch?v=qPseJvXVVfo&ob=av2el

ジャニス・ジョプリンもアルバム『Cheap Thrills』(1968)で歌っておりました。宜しければ今回はライヴ映像でご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=-7JVxE2SYxo

デラニー&ボニーはR&B、ゴスペル、ブルースなどの黒人音楽を白人としての解釈で昇華させていったデュオです。とりわけこの『Home』は黒人音楽への憧憬が素直に溢れた彼らの原点とも言えるアルバム。幼き頃から黒人や黒人音楽に親しんできた二人には当たり前の感覚から発せられた作品だったのかもしれません。それ故に、黒人DJからオンエアを拒絶されたことはこの上もないほどの衝撃を与えられたかと思われます。
 
今回は『レコード・コレクターズ』1998年8月号に掲載されたデラニー・ブラムレットへのインタビュー記事を参考文献として参照しました。

Don Nix - LIVING BY THE DAYS

前回のB.J.トーマスに続いて南部人つながりということで、今回はドン・ニックスが1971年に発表したアルバム『Living By The Days』を取り上げます。幼少期は聖歌隊に所属し、チップス・モーマンのプロデュースでアルバムを制作など共通点がある二人。ルーツとした音楽にも相通じるものが見出せます。

リヴィング・バイ・ザ・ディズリヴィング・バイ・ザ・ディズ
(1991/03/10)
ドン・ニックス

商品詳細を見る

1. The Shape I’m In
2. Olena
3. I Saw The Light
4. She Don’t Want Lover
5. Living By The Days
6. Going Back To Iuka
7. Three Angels
8. Mary Louise
9. My Train’s Done Come And Gone

南部のR&Bやブルースをルーツに持つドン・ニックス。レオン・ラッセルとともにマッド・ドッグス&イングリッシュメンのメンバーとしてジョー・コッカーを支えた人でもあります。そんな活動の中でジョージ・ハリスンとも知り合って意気投合し、バングラディッシュのコンサートではバック・ヴォーカルのメンバーとして出演していました。また、彼の手による「Going Down」はジェフ・ベックに取り上げられ、1972年のアルバム『Jeff Beck Group』に収録。このアルバムはドン・ニックスの親友であるスティーヴ・クロッパーがプロデュースを担当していたので、おそらく彼からベックに推薦があったのでしょう。さらにはベック、ボガート&アピス(BB&A)として再編成した『Beck, Bogert & Appice』(1973年発表)では「Black Cat Moan」や「Sweet, Sweet Surrender」といった楽曲の提供のみならず、ドン・ニックスはプロデュースまで任されています。

BB&Aの「Sweet, Sweet, Surrender」。
http://www.youtube.com/watch?v=YpY3buZChDQ

ドン・ニックスは1941年9月27日、テネシー州メンフィスに生まれました。幼き頃より教会の聖歌隊で歌い始め、ジョン・リー・フッカーのブルースに魅せられ、エルヴィス・プレスリーに夢中となる少年時代を送っています。ハイ・スクールに入学すると同級生だったドナルド・ダック・ダンやスティーヴ・クロッパーらとともにバンドを結成。しかし、ドン・ニックスは卒業後に兵役に就き、脱退を余儀なくされました。
やがて兵役を解かれメンフィスに戻ったドンはドナルドとスティーヴが結成していたMar-Keysにバリトン・サックス奏者として加入。ドンは従軍中に楽隊から教えを受けてサックスをマスターしていたのです。

幸運にもメンバーでテナー・サックスを担当していたチャールズ・アクストンの母親エステルと叔父のジム・ステュワートがスタックス・レコードの前身となるサテライト・レコードを興し、そのレーベルから彼らもチップス・モーマンのプロデュースで1961年にシングル「Last Night」を発表。全米3位となるヒットを記録しました。

Last Night / Do the Pop-EyeLast Night / Do the Pop-Eye
(2002/06/18)
Mar-Keys

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Mar-Keysの「Last Night」。レコーディングではドン・ニックスのパートはスタジオ・ミュージシャンに取って代わられるという苦杯をなめさせられたとのことです。
http://www.youtube.com/watch?v=ue9D0AcFN2M

その後もヒット曲を放ち順調な活動を続けて行くかに思えたMar-Keysでしたが、メンバー・チェンジを行いドン・ニックスもバンドを脱退。やがてMar-Keys本体も活動を停止し、ドナルド・ダック・ダンとスティーヴ・クロッパーはブッカー・T・ジョーンズらとブッカー・T&The MG’sを結成します。

親友二人がブッカー・T と組んでスタックスのお抱えバンドとして活動を続ける中、ドン・ニックスの目はロサンゼルスの音楽シーンに向いていました。60年代の半ば、ツアーで知り合って親交を深めたレオン・ラッセルの下を訪れ、彼のパートナーとして働きプロデュース業の何であるかを学んだのです。

ドン・ニックスとレオン・ラッセルが共作し、プロデュースも行ったゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズの「The Loser」。
http:///www.youtube.com/watch?v=3YINZMXdaNo

ロサンゼルスで修行し、実績を積んでメンフィスに戻ったドン・ニックスはスタックス・レコードのプロデューサーとして迎えられました。スタックスにすればドンがロスで培った人脈にも期待していたと思われます。新たな活躍の場を得たドンは1969年にデラニー&ボニーをアルバム『Home』でデビューさせ、1971年にはブルース・ギタリストのアルバート・キングの『Lovejoy』を手掛けますが、どちらも商業的な成功を得られませんでした。
また、ドン・ニックスは同時期にミュージシャンとしてレオン・ラッセルが主宰するシェルター・レコードと契約。1970年にソロ・デビュー・アルバム『In God We Trust』をリリースします。マッスル・ショールズでレコーディングした泥臭いながらもスウィートな香りが漂う一枚でしたが、こちらも売れ行きが芳しくなく、この一作のみでシェルターとの関係は打ち切られました。

禍福はあざなえる縄の如し。翌71年、南部の音楽に注目していたエレクトラ・レコードと契約が成立。セカンド・アルバムとしてリリースされたのが、この『Living By The Days』です。
このアルバムは旧友のドナルド・ダック・ダンやマッスル・ショールズのミュージシャンを起用し、ドン・ニックスのルーツであるR&B、ゴスペル、ブルース、カントリーといったアメリカ南部の音楽の色合いが反映されているとはいえ、それほどアーシーな雰囲気が漂っているわけではありません。それはロサンゼルスで経験を積んだことで冷静かつ客観的に自分自身を見つめた賜物ではないでしょうか。同時に豪快で無骨な南部人魂や神への信仰心も窺え、粗野な部分と繊細さが内包されたこの上ない魅力を醸し出しています。

アルバムのオープニング・ナンバーは教会のオルガンの音色が荘厳に響く「The Shape I'm In」。


THE SHAPE I'M IN
一文無しで
俺はフェアファックスからやって来た
体は震え
酒浸りで頭はクラクラさ
度を超していて
俺はベッドで寝ているべきだった
俺の周りにいる奴らが警官を呼んだのだろう
死んだものと見切りをつけたのだ

聖歌隊の歌が聞こえる
俺は聖アウグスティヌスを目にした
でもそんな事態にはならず、こんな格好で現世にいるのさ
俺はどこを彷徨っているのか分からない
罪深いものかも
こんな格好で生きてるなんて

俺は盲目の男に
目を覚ませと起こされた
俺が聞かされてきたことは
嘘八百ばかりだとその男に言ってやった
奴は俺が見えないと言ったが
俺のなく声は聞けた
そして俺が向きを変えて立ち去ろうとしたので
奴は一枚の10セント硬貨を俺の手に握らせた

落ち葉が風に舞い
夜風が冷たくなってきた
輝く三個の玉の中に
俺の姿が映っている
ぼろ服を纏った英雄には身を隠す場所さえない
ポケットの中には震える両手だけ
傍らには俺の影だけが寄り添う

フェアフアックス(Fairfax)とはヴァージニア州フェアファックス郡。
聖アウグスティヌスとは古代キリスト教の哲学者、神学者。思想的影響は今日の西洋社会全体にも及ぶとのこと。

軽快なピアノで始まるロックン・ロール・ナンバー、「Olena」。

http://www.youtube.com/watch?v=y-tsl9zEwno

ハンク・ウィリアムズ作の「I Saw The Light」。B.J.トーマスもハンク・ウィリアムズの「I'm So Lonesome I Could Cry」でメジャー・デビューを飾りましたが、ドン・ニックスにもまたハンクへの強い想いが窺われます。


アレンジはザ・バンドを彷彿とさせますが、ギター・プレイはロビー・ロバートソンよりも、むしろビートルズの「Let It Be」(シングル・ヴァージョン及びゲット・バック・セッション時のもの)におけるジョージ・ハリスンを連想させるような「She Don’t Want Lover」。家庭環境が荒んでいるために却って模範的であろうとする女性にシンパシーを寄せる男性の姿が描かれた歌でした。


哀愁を帯びた歌声にストリングスを効果的に配した表題曲「Living By The Days」。

http://www.youtube.com/watch?v=mTPUmn2miEw

スライド・ギターをフィチャーしたブルース・ナンバー、「Going Back To Iuka」。アユーカとはミシシッピ州に存在する地名です。


2002年リリースの『Going Down - The Songs Of Don Nix』で再録音されていました。
http://www.youtube.com/watch?v=BSM2Uk8xFwM


Going Down: The Songs of Don NixGoing Down: The Songs of Don Nix
(2002/10/08)
Don Nix

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ゴスペル色の濃い「Three Angels」。歌の冒頭において、雨の日の三人の天使との出会いが語られ、その後は暗く寂しい道を旅するときも天使たちが見守ってくれているのが分かると神の愛と加護を讃えています。


アコースティック・ギターのリフが印象的な「Mary Louise」。娘に怪しげな男どもの勧誘が悪魔の囁きの如く迫っていることを忠告する内容が歌われています。

http://www.youtube.com/watch?v=6ncUOl8qtoo

これもまた、ザ・バンドを思わせる「My Train’s Done Come And Gone」。ゴスペル風のコーラスも心地よく響きました。カリフォルニアにやって来た旅の男が知り合った女に引き止められて列車に乗ることが出来ず、「俺は魂が救われるのを待っている。根無し草の俺はどこへ行けばいいのだ」との逡巡と嘆きが表された歌です。

http://www.youtube.com/watch?v=t7vmZEDhTJI


このアルバムの裏ジャケットと見開きに、南北戦争時のものと思われる軍服を着て気取るドン・ニックスの姿が写っていました。私は軍服には疎いのでよく分かりませんが、彼が被っている紺色のキャップ、身に纏う紺色のジャケット、スカイ・ブルーのトラウザーズは北軍のユニフォームのように見受けられます。グレーを基調にした南軍のものには見えません。彼のこのパフォーマンスにどういう意図があったのでしょうか。詳しい方のご教示がいただければ幸いです。

BB&Aによる「Sweet, Sweet, Surrender」を紹介しましたが、1973年に発表された『Hobos, Heroes And Street Corner Clowns』に収録されていた本人のヴァージョンで今回のお開きとさせていただきます。

B.J. Thomas - EVERYBODY'S OUT OF TOWN

前回の記事はブルース・スプリングスティーンの『Darkness On The Edge Of Town』でした。今回は "Town" つながりという訳ではないのですが、B.J.トーマスが1970年に発表したアルバム『Everybody's Out Of Town』を取り上げます。短絡的な決め方で誠に申し訳ございません。

エヴリバディズ・アウト・オブ・タウン+4(紙ジャケット仕様)エヴリバディズ・アウト・オブ・タウン+4(紙ジャケット仕様)
(2010/07/21)
B.J.トーマス

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1. Everybody's Talkin'
2. Everybody's Out of Town
3. The Mask
4. I Just Can't Help Believing
5. Send My Picture to Scranton, PA
6. What Does It Take
7. Oh Me Oh My
8. Created for Man
9. Sandman
10. Bridge over Troubled Water
[Bonus tracks]
11. Life
12. I Believe in Music
13. Most Of All
14. No Love At All

お得な2in1。ボーナス・トラックの曲目が若干異なります。

Raindrops Keep Fallin' On My Head/Everybody's Out Of TownRaindrops Keep Fallin' On My Head/Everybody's Out Of Town
(2009/10/20)
B.J. Thomas

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大ヒット曲「Raindrops Keep Fallin' On My Head(雨にぬれても)」の勢いが覚めやらぬうちにと1970年5月にリリースされたアルバム『Everybody's Out Of Town』。メンフィス・サウンドの立役者でエルヴィス・プレスリーの『From Elvis In Memphis』(1969)を手掛けたチップス・モーマンをプロデューサーに迎え、カントリーやR&Bをルーツに持つB.J.トーマスの魅力がいかんなく発揮された一枚です。

オープニング・ナンバーはフレッド・ニール作の「Everybody's Talking」。ハリー・ニルソンのヴァージョンでお馴染みの曲ですが、さりげなく歌うB.J.の歌唱もまた違った趣が漂います。


1970年に全米26位まで上昇した「Everybody's Out of Town」。ハル・デヴィッド&バート・バカラックの作品です。少々SF的な内容ですが、大気汚染や公害問題に対する彼らのメッセージが込められていました。この曲と「Send My Picture to Scranton, PA」のアレンジとプロデュースはバカラック自身が担当。エンジニアとしてフィル・ラモーンが加わっています。


EVERYBODY'S OUT OF TOWN
人々はどこへ行ってしまった
ぶらつき歩く人は誰一人としていないようだ
窓の向こうに見えるのは
人影のない家々

ヘイ、みんな町を出てしまったみたいだな
このあたりにいるのは俺だけのよう

通りには何もない
交通がどこもかしこも止まっている
映画館で席を待つこともないのさ

ゲットーからもみんな移動してしまった
目立つ空き地 空室だらけのアパート
もう公害なんてないんだ
どこでも教室だらけさ

俺たち人間にはもう一度やり直す
準備が出来てるように思えるんだ
今度は言い訳なし
ノアにメッセージを送っておこう

ヘイ、誰か人を降ろしてもらったほうがいいんじゃないか
地球上の誰もが町を出て行ったんだから

ノアとは旧約聖書の『創成期』(第6章~9章)に登場するノアのことを指すのでしょう。人間の業に怒りを覚えた神は「神に従う無垢な人間」ノアに方舟を作らせ、彼の家族とすべての動物の雌雄一組ずつをその方舟に乗せて大洪水に対処させました。

バリー・マン&シンシア・ワイル作の「I Just Can't Help Believing」。全米9位のヒットを記録しました。彼女の行為や仕草があまりにも魅惑的で信じざるを得ないという恋心を歌っています。バリー・マンのオリジナルは1968年に発表(2000年リリースの『Soul & Inspiration』で再録)。エルヴィス・プレスリーも1970年のアルバム『That's The Way It Is』で取り上げていました。


ケニー・ロジャースとのデュエットで歌う映像です。
http://www.youtube.com/watch?v=Ti-i3YxDTgI

エルヴィス・プレスリーのヴァージョンはライヴ映像でご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=ApBJMrYcTmM

お前の愛を勝ち取るにはどうすればいいのだ、と迫る「What Does It Take」。ジョニー・ブリストル、ハーヴェイ・フークァ、ヴァーノン・バロックの共作です。ジョニー・ブリストルのオリジナル盤の他、ジュニア・ウォーカー&ジ・オールスターズが1969年に全米4位となるヒットに押し上げ、トニー・ジョー・ホワイトが『Tony Joe』(1970)、サンタナが『Shango』(1982)、サックス奏者のキャンディ・ダルファーが『What Does It Take』(1999)で取り上げるなど、レコーディングしたアーティストは枚挙に暇がありません。


ジュニア・ウォーカー&ジ・オールスターズのヴァージョンです。
http://www.youtube.com/watch?v=h0xzcavGrj4&feature=related

サンタナのヴァージョンも時間がよろしければお聴きください。
http://www.youtube.com/watch?v=fbatSnN2Cn8

ジェイムズ・ドリス作の「 Oh Me Oh My」。愛する人のためなら道化さえ演じるという一途な想いが込められたラヴ・ソング。イギリスの人気女性シンガー、ルルがマッスル・ショールズで録音した『New Routes』(1970)、アレサ・フランクリンの『Young, Gifted And Black』(1972)、オーストラリア出身の女性歌手ティナ・アリーナの『Songs Of Love & Loss 2』などのアルバムにカヴァー・ヴァージョンが収録されています。


宜しければルルのヴァージもご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=E66uJQtxdHg

何の説明もいらない「Bridge over Troubled Water」。安直なカヴァーにも思われますが、少々ハスキーで抑え気味ながらもソウルフルなB.J.の歌声はアート・ガーファンクルの歌唱とはまた違った魅力を醸し出しています。


さて、ボーナス・トラックについても簡単に触れることにしましょう。まず、マック・デイヴィス作の「I Believe in Music」。作者本人のヴァージョン(1970年発売)のほか、1971年にヘレン・レディ、ダニー・ハサウェイ(『Donny Hathaway』収録)、ギャラリー(1972年に全米22位を記録)などの録音があります。少年時代の記憶なので定かではないのですが、日本では沢田研二さんが独自の訳詞を付けられ、当時の御三家(郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎)など多くの歌手によって70年代の歌謡番組でよく歌われる場面がありました。

http://www.youtube.com/watch?v=U0j3amaUAoY

ジェイムズ・コブとバディ・ブーイの共作「Most Of All」。彼らは後にアトランタ・リズム・セクションを結成します。B.J.のヴァージョンは70年にリリースされ、71年に全米38位まで上昇しました。今回はライヴ映像でお楽しみいただければ幸いです。


ジョニー・クリストファー、ウェイン・カーソン・トンプソン共作の「No Love At All」。「ほんの少しでも愛があるほうがないよりましさ」と言いながら明日を信じる男の歌です。作者のカーソン・トンプソンの72年のアルバム『Life Lines』のほか、女性カントリー・シンガーのリン・アンダーソンがカヴァーしていました。


リン・アンダーソンのヴァージョン。
http://www.youtube.com/watch?v=rUa4IThorog

活力あるファンキーな演奏をバックに南部テイスト溢れるサウンド。J.B.トーマスにとって、まさに水を得た魚のように才覚を絞り出せたアルバムだったに違いないでしょう。説得力のある彼の歌声からは歌に対する一意専心の想いを実感しました。

Bruce springsteen - The Promised Land

年が明けても世界情勢は予断を許さず、国内的にも厳しい状況が続きそうです。こんな時はせめて素敵な音楽を聴いて癒されたいもの。そこで今回はブルース・スプリングスティーンの熱唱で元気をいただくことにしました。
取り上げる曲は「The Promised Land」。1977年にリリースされたアルバム『Darkness On The Edge Of Town』に収録されていた1曲です。


Darkness on the Edge of TownDarkness on the Edge of Town
(1988/05/19)
Bruce Springsteen

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1. Badlands
2. Adam Raised A Cain
3. Something In The Night
4. Candy's Room
5. Racing In The Street
6. The Promised Land
7. Factory
8. Streets Of Fire
9. Prove It All Night
10. Darkness On The Edge Of Town


闇に吠える街~The Promise:The Darkness On The Edge Of Town Story(DVD付)闇に吠える街~The Promise:The Darkness On The Edge Of Town Story(DVD付)
(2010/12/08)
ブルース・スプリングスティーン

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THE PROMISED LAND
ユタの砂漠の曲がりくねった高速道路
俺は賞金を受け取り、町へ戻るところだ
ウエインズボロ群の境界を越え
ラジオを聞きながら暇をつぶしている
朝から夕方まで父親の工場で働き
夜中は車で走り回って幻影を追い求めている
だがなぁ、近いうちに俺は手に負えない存在になるだろう

犬どもがメイン・ストリートで吠えている
あいつらには分かってるんだ
たった一瞬をこの手につかむことができればとな
ミスター、俺はもうガキじゃねえ 大人なんだぜ
そして俺は約束の地を信じているんだ

まっとうに生きようと最善を尽くしてきた
毎朝起きて、来る日も来る日も仕事に向かう
将来がこの目に映らず、血が冷えるほどの恐怖
時にはどうしようもないほど気弱になり
思わず爆発したくなるんだ
町全体を爆破し、バラバラに破壊したくなるのさ
ナイフを手に取って心臓からこの痛みをえぐって取り去り
何かが起きるとむずむずしながら待っている奴を見つけたい

砂漠に黒い雲が巻き起こっている
俺は荷物をまとめ
嵐の中へと突き進む
信念もなく大地に突っ立ているだけのすべての物を
吹き倒すつむじ風になりそうだ
吹き飛ばせ 人を引き裂くすべての夢を
吹き飛ばせ 心を打ち砕くすべての夢を
吹き飛ばせ ただ失意と絶望でしかない嘘を

俺は約束の地を信じている

ブルース・スプリングスティーンの『Darkness On The Edge Of Town』には現実の社会においての苦悩に正面から晒される人々の姿が描かれています。車を乗り回し、路上レースに興じる若者。変化のない日々を送りながらも未来を信じている人たち。1977年に発表されたアルバムですが、どことなく1950年代を彷彿させる雰囲気が漂っていました。

この「The Promised Land」では主人公が「俺は約束の地を信じている」と叫んでいます。約束の地とは旧約聖書において、神がアブラハムとその子孫(イスラエルの民)に与えることを約束した「カナン」として記述されていました。そこは地中海とヨルダン川および死海に挟まれた地域一帯の古代の名称であり、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地エルサレムを含む現在のパレスチナのことです。
エルサレムを巡る問題はさておき、「約束の地」という言葉は西洋社会ではどこかにある「楽園」を思い描くようになり、成功の象徴をも指すようになりました。また、ヨーロッパ諸国が植民地政策に走ったのもこの「約束の地」を追い求めたことに一因があるとされているようです。

スプリングスティーンが描いたここでの「約束の地」とは輝かしい未来のこと。努力すれば必ず報われるという「アメリカン・ドリーム」に立脚したものであり、初期の彼の歌の中に出て来る共通したテーマでもあります。最後のヴァースですべての夢を吹き飛ばせと張り裂けるように歌っていますが、子供じみた夢は終わりにして明日への希望を繋ぐための新しい夢を抱いて生きようとの意志が示されていると解釈できるでしょう。

1978年頃のライヴ映像です。


2007年頃の映像。少し貫禄が出て来て、味わい深さが違います。


1982年頃のジャクソン・ブラウンとの共演映像です。かなり以前にブートレグで音を聴いたことがありますが、映像が残されていたとは知りませんでした。


同じくジャクソン・ブラウンとの共演。こちらは1981年頃のようです。


この歌は同じアルバ収録の「Racing In The Street」と対をなしていました。こちらはまた別の機会に紹介することにして今回はここでお開きにします。
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