好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Jackson Browne - Somebody's Baby

前回はジャクソン・ブラウンの「Crow On The Cradle」を取り上げました。この曲は1982年にリリースされた「Somebody's Baby」のB面に収録されていた曲なので、このままA面を紹介しないと心苦しい気がします。ということで、ジャクソン・ブラウンさんには連投をお願いすることにしました。


ヴェリー・ベスト・オブ・ジャクソン・ブラウン (ワーナー・スーパー・ベスト40)ヴェリー・ベスト・オブ・ジャクソン・ブラウン (ワーナー・スーパー・ベスト40)
(2010/04/07)
ジャクソン・ブラウン

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Disc : 1
1. Doctor My Eyes
2. Jamaica Say You Will
3. Rock Me on the Water
4. Take It Easy
5. These Days
6. Redneck Friend
7. For Everyman
8. For a Dancer
9. Fountain of Sorrow
10. Late for the Sky
11. Before the Deluge
12. Your Bright Baby Blues
13. Pretender
14. Here Come Those Tears Again
15. Load-Out [Live]
16. Stay [Live]
Disc:2
1. Running on Empty [Live]
2. You Love the Thunder [Live]
3. Boulevard
4. Somebody's Baby {From Fast Times at Ridgemont High}
5. Tender Is the Night
6. Lawyers in Love
7. In the Shape of a Heart
8. Lawless Avenues
9. Lives in the Balance
10. I Am a Patriot
11. Sky Blue and Black
12. I'm Alive
13. Barricades of Heaven
14. Looking East
15. Naked Ride Home
16. Night Inside Me

全米7位にまで上昇した「Somebody's Baby」。映画『Fast Times At Ridgemont High』(1982年公開)のサウンドトラック用に書かれた曲です。


Fast Times At Ridgemont High: Music From The Motion PictureFast Times At Ridgemont High: Music From The Motion Picture
(1995/03/14)
Various Artists - Soundtracks - 1982

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初体験リッジモント・ハイ コレクターズ・エディション [DVD]初体験リッジモント・ハイ コレクターズ・エディション [DVD]
(2002/11/01)
ショーン・ペンジェニファー・ジェイソン・リー

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アメリカの高校生たちの恋と青春がコミカルに描かれた映画『Fast Times At Ridgemont High』。ジャクソン・ブラウンの他にはティモシー・B・シュミット(「So Much In Love」)、ジョー・ウォルシュ(「Waffle Stomp 」)など24曲のロック&ポップス・ナンバーが場面に合わせるように流れていました。主な出演者は後に「映画界の悪童」として名を馳せるショーン・ペン(マドンナとの婚姻歴やシー・シェパードの支援者としても有名)。1980年代にアイドル女優として注目を集め『Gremlins』(1984)、『Bright Lights Big City』(1988)などでも好評を博したフィービー・ケイツ。フランス・フォード・コッポラ監督の甥で『Leaving Las Vegas』(1996)、『National Treasure』(2004)などでの性格俳優的な演技が光るニコラス・ケイジ。今をときめくスターたちの若き日の姿が映し出されていた作品です。そして、少々意外なところではハートのナンシー・ウィルソンも顔を出していました。これが縁となったのかどうか分かりませんが、彼女はこの映画の原作者で脚本も担当したキャメロン・クロウと結婚しています。


SOMEBODY'S BABY
おい、あの娘を見てみろよ
瞳に輝きが溢れているぜ
誰かの彼女なんだろうな
誰かのいい娘に決まってるさ
毎角の男たちは立ち止まったままで
歩いて行く彼女にちょっかいを掛けない
奴らも言ってるぜ
あの娘はもう誰かの彼女なんだって
誰かのいい娘に決まってるさ
誰かのベイビーなんだろうよ
本当に素敵な彼女さ

たぶん彼女はどこかの誰かだけを照らす灯り
今夜光り輝く
そう 彼女は誰かのベイビーさ 間違いないよ

彼女が友だちと喋っているのが俺に聞こえた
そのとき周りに人がいないと思っていた彼女
私は誰かの恋人になりたいなんて言ってたんだぜ
誰かの恋人にならなくっちゃて
だって車やネオンや街頭が街を照らし出すとき
誰かの恋人でなければ
誰かの彼女でなければ
誰かのベイビーにならなければ
あの娘は本当に・・・・・

彼女はどこかの誰かだけを照らす灯りになろうとしている
今夜光り輝く
そう 彼女は誰かのベイビーさ 間違いないよ

俺は目を閉じようとするけど
彼女を視界から外せない
彼女と知り合いになってやるさ
でもこの葛藤を乗り越えないと

さあ 彼女のほうに向かって歩き出すんだ
今夜 彼女に話しかけるんだ

彼女はどこかの誰かだけを照らす灯りになろうとしている
今夜光り輝く
そう 彼女は誰かのベイビーさ 間違いないよ
今夜 彼女を俺のものにするんだ

1982年はジャクソン・ブラウンにとって、コンサート・ツアーに反核集会と多忙を極めた時期です。イギリスで催されたグラストンベリー・フェアやスイスのモントルーで行われた第16回問とルー・ジャズ・フェスティヴァルなどにも出演していました。
反核運動に関わり、政治的な発言をするようになった反面、コマーシャルな曲で幅広いリスナーの支持を得て行ったジャクソン・ブラウン。前回扱った「The Crow On The Cradle」には「Somebody's Baby(誰かの赤ちゃん)」という歌詞が出てきましたが、シングルのA面であるこの活気に満ちて軽快な「Somebody's Baby」の"Baby"は、恋人という意味での”Baby”です。
ジャクソン・ブラウンが歌を書き始めた時は、”Baby”と”I Love You”を絶対に使わない、と決めていたと聞きました。とは言うものの、『The Pretender』(1976年発表)収録の「Your Bright Baby Blues」では曲のタイトルからこの言葉が入っており、これまでも普通に使われていました。しかし、傾向としてあたかも"baby"という言葉が顕著に表されるようになったのは、1980年のアルバム『Hold Out』あたりかと思われます。タイトル曲「Hold Out」では「Baby I guess know my story/baby I guess you know my side(ベイビー、君は俺の話を知ってるよね/ベイビー、俺の立場も分かってくれてるよね)」と歌い始めていました。また、収録曲「Hold On Hold Out」の中で”I Love You”と歌われたことも話題を呼んでいます。

ジャクソン・ブラウンがポップ・スターとしての一面を覗かせたことで、旧来のファンは困惑したことでしょう。しかし、多くは新たなキャリアの始まりと受け止めていたはずです。当時のジャクソンはこんな言葉を残していました。「内容のない歌を書くのは大変だよ」(マーク・ビーゴ著、水木まり訳『Jackson Browne His Life and Music』蒼氷社 2007年)。

こちらはもう少し後のライヴ映像のようです。



ジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージックジャクソン・ブラウン―ヒズ・ライフ・アンド・ミュージック
(2007/11)
マーク ビーゴ

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Jackson Browne - The Crow On The Cradle

ジャクソン・ブラウンと1970年代の彼を支えた盟友デヴィッド・リンドレーが、2006年3月にスペイン各地を回って行ったライヴを収めたアルバムがリリースされました。


ラヴ・イズ・ストレンジラヴ・イズ・ストレンジ
(2010/05/19)
ジャクソン・ブラウン&デヴィッド・リンドレーカルロス・ヌニェス

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1. I'm Alive
2. Call It A Loan
3. Looking East
4. The Crow On The Cradle (With Carlos Nez)
5. Mercury Blues
6. El Rayo X
7. Sit Down Servant
8. Take It Easy
9. For Taking The Trouble
ディスク:2
1. For Everyman
2. Your Bright Baby Blues (With Javier Mas)
3. Tu Tranquilo (With Kiko Veneno)
4. Late For The Sky
5. These Days (With Luz Casal)
6. Running On Empty
7. Love Is Strange / Stay
8. The Next Voice You Hear (With Kiko Veneno)

今回はこの中から「The Crow On The Cradle」を取り上げて少しばかり言及したいと思います。
この歌はイギリスの詩人シドニー・カーター(1915 - 2004)によって書かれた反戦歌です。1960年代にはピート・シーガー(現在は1998年リリースの『If I Had a Hammer: Songs of Hope & Struggle』で聴ける)やジュディ・コリンズ(1962年発表の『Golden Apples Of The Sun』に収録)によって歌われました。
ジャクソン・ブラウンは1979年にニューヨークのマジソン・スクウェア・ガーデンで行われた「No Nukes (原子力発電所建設反対運動/反核運動)」コンサートにて、グラハム・ナッシュとともに「The Crow On The Cradle」を披露。この曲が含まれたライヴの模様を収めたアルバムが同年にリリースされています。また、この曲は1982年に発表されたジャクソン・ブラウンのシングル「Somebody's Baby」のB面にも収録されていました。


No NukesNo Nukes
(1997/10/21)
Various Artists

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この他、アイルランド出身の女性シンガーであるメアリー・ブラックが、1985年発表のアルバム『Without The Fanfare』で取り上げていました。

上記に掲げたアルバム『LOVE IS STRANGE』とは別のステージの映像ですがご覧ください。2006年のフィラデルフィア・フォーク・フェスティヴァル出演時のものと思われます。


THE CROW ON THE CRADLE
牧草地には羊
小麦畑には牛
今まさに赤ん坊が生まれようとしている
その子は月を見て笑い
お陽さまを見ようと泣き叫ぶだろう
男の子なら やがて銃を持つことになる
ゆりかごの上の一羽の烏がそう歌う

この赤ん坊が女の子なら
巻き毛でなくても気にするな
指輪をはめてやり
つま先には鈴をつけておやり
その子がどこへ行こうと 頭上には爆撃機
ゆりかごの上の一羽の烏がそう歌う

ゆりかごの上の一羽の烏
黒か白か
誰かの赤ん坊が生まれるのは戦争に行くため
ゆりかごの上の一羽の烏
黒か白か
誰かの赤ん坊はもう戻って来ない
ゆりかごの上の一羽の烏がそう歌う

おまえの父さんと母さんは額に汗して働き、金を貯める
おまえの棺を作り、墓に埋めるために
おやすみ 幼子よ めそめそ泣くのはおよし
おまえが眠りにつけるようにおもちゃをあげよう
ゆりかごの上の一羽の烏がそう歌う

私の銃をもってこい あの鳥を撃ち殺してやる
そう言ったのはおまえの母さんと父さん
ゆりかごの上の一羽の烏 私たちに何が出来ようか
このことはおまえにまかせたままにする
ゆりかごの上の一羽の烏がそう歌う
ああ、これはおまえにまかせるしかないこと
ゆりかごの上の一羽の烏がそう歌う

なお、「小麦畑には牛」の原文は "The cow's in the corn" ですが、アメリカではトウモロコシ、イギリスでは小麦・大麦、スコットランドやアイルランドではカラスムギといった風にその地方の主要穀物を指します。 ジャクソン・ブラウンはアメリカ人ですが、この歌の作者がイギリス人であることから小麦畑と訳しました。

1982年に行われたスイスのモントルーのおける公演のライヴ映像です。若く溌剌としたジャクソン・ブラウンの姿が懐かしく思えました。


前述した「No Nukes」の主催者は「MUSE(Musicians United for Safe Energy)」。ジャクソン・ブラウン、グラハム・ナッシュ、ジョン・ホール、ボニー・レイットらが中心となって結成された組織です。一定の地位を築いたミュージシャンが大衆に強い影響力を示すことにより、人々の考え方を変えるきっかけとなり得ると考えていたのでしょう。しかし、この画期的なイヴェントはスターたちによる興行に終わったような印象が拭えず、彼らの目的が僅かでも達成されたかは甚だ疑問に思えました。
いくら反原発を提唱していても、大人数を収用出来る会場でコンサートを行えばより多くの電力を消費することになります。CDやDVDの制作過程においても同様でしょう。音楽を演奏することを生業とするミュージシャンにとっては自分で自分の首を絞めるような主張であり、そうした矛盾を幾つも抱えることで場合によっては思考停止の状態に陥らざるを得ません。
ともあれ、この1979年はジャクソン・ブラウンの転機となった年でした。政治活動家としての側面を持ち始め、以前にも増して人種差別、貧困、環境問題などプロテスタント色の濃い題材を取り上げ、社会意識の高い作品を作るようになります。

1986年に開催された「JAPAN AID」の映像で今回はお開きします。このコンサートの模様は同年にTBS系列で放送されました。

Robbie Robertson

拙ブログとリンクを結んでいただいているPurple_Hazeさんが『Levon Helm & The Rco All-Stars』を記事にされておられたので、対抗するわけではありませんが、今回は1987年に発表されたロビー・ロバートソンのソロ・デビュー・アルバムを取り上げることにしました。


ロビー・ロバートソンロビー・ロバートソン
(2008/12/03)
ロビー・ロバートソン

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1. Fallen Angel
2. Showdown at Big Sky
3. Broken Arrow
4. Sweet Fire of Love
5. American Roulette
6. Somewhere Down the Crazy River
7. Hell's Half Acre
8. Sonny Got Caught in the Moonlight
9. Testimony

ロビー・ロバートソンは1943年7月5日、カナダのトロントに生まれました。父はユダヤ人。母はモホーク族(北アメリカの先住民族)の出身です。1950年代末にロックン・ロール・シンガーのロニー・ホーキンスのバック・バンドのメンバーとしてロビーは演奏活動を開始。そこに集まっていたのが後にザ・バンドとしてロビーとともに独立することになるリヴォン・ヘルム、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソンといった男たちです。

ザ・バンドはボブ・ディランとの活動を経て、1968年にアルバム『Music From Big Pink』でデビュー。ロック・ミュージックにカントリー、ブルース、R&Bなどルーツ・ミュージックの要素を融合させ、音楽を通してアメリカ人が忘れていた文化や伝統や歴史をカナダ人の手で甦らせた功績は計り知れないものでした。
1977年発表のアルバム『Island』を最後にザ・バンドは解散。メンバーはそれぞれの道を歩みます。リヴォン・ヘルムやリック・ダンコは相次いでソロ・アルバムをリリース。82年に二人は一緒にツアーを行い、そのことがきっかけとなって翌83年にザ・バンドは再結成されました。しかし、そこにロビー・ロバートソンの姿はなかったのです。

ザ・バンド解散の原因として、ロビー・ロバートソンとリヴォン・ヘルム(1940年5月26日生まれ)の不仲がよく語られています。ザ・バンドのメンバーの中で、リヴォン・ヘルムは唯一のアメリカ人。アーカンソー州出身の気骨溢れた南部人でした。彼は四人のカナダ人のアメリカへの憧憬を具体化するための感触を持っていた存在だったとも言えるでしょう。フロントに立ってビジネスマン的な志向をも持ち合わせていたロビーに対して、根っからのミュージシャンという職人気質のリヴォン。活動がうまくいっている時は補完し合いながら相乗効果を生み出すことが可能なのかもしれませんが、方向性の違いや人間関係の悪化などにより絆はもろくも崩れさるものです。さらに、結成当時はリヴォンが主導権を握っていたけれど、曲作りの中心となったロビーにリーダーの座を奪われて行ったことも要因のひとつ。加えて、真偽のほどは定かではありませんが、ザ・バンドの曲には共作としてもよいものがあるのにロビーがひとりで作ったことにして多額の印税をせしめたなどの悪い噂が囁かれました。
ロビー・ロバートソンとリヴォン・ヘルムの確執は修復し難いほど根深いようなので、解散の翌年に発表された前述の『RSOオールスターズ』が二人の最後の共演ということになるでしょう。ロビーとリヴォンの対立についての詳しいことはBRUCE06さんのブログを参照してください。お互いにプライドがあるので、和解し過去のことは水に流そうぜ、とはなかなか行きません。ファンには理解出来ない心の溝があると思われます。また、いがみ合った二人が簡単に握手する場面を目にすることになれば、却って違和感を覚えざるを得ません。

さて、ザ・バンド解散後のロビー・ロバートソンは『Raging Bull』(1980年公開)、『The King Of Comedy』(1983年)、『The Color Of Money(ハスラー2)』(1986年)とマーティン・スコセッシ監督の作品を中心に映画音楽をメインに活動。1980年に公開されたジュディ・フォスター主演の映画『Carny』では音楽のみならず、制作、脚本、並びに俳優としても出演していました。その間、幾度となくソロ・アルバム制作中との情報を耳にしていたもののなかなか実現には至らず、ファンをやきもきさせていたのです。
1987年、ザ・バンドの再結成を横目に見ながら満を持して発表されたのが、自らの名前をタイトルに冠した『Robbie Robertson』。完成までに三年の歳月を費やしたと言われています。
このアルバムがリリースされた直後、ファンからは驚きの声を持って迎えられました。ザ・バンドのサウンドを代表していた男であるにもかかわらず、蓋を開ければかなり異質の響き。ピーター・ガブリエル(1986年の『So』)や U2(1987年発表の『The Joshua Tree』)を手掛けて名を馳せたダニエル・ラノワのプロデュースによるものなのか、ロビー本人が表現したかったものなのか。ザ・バンドの音楽の代名詞と言える土臭さ、泥臭さよりも、全体的に品性や神秘性が窺えます。

オープニング・ナンバーは亡き友リチャード・マニュエルに捧げた「Fallen Angel」。「すべてが砂に書かれた文字のように無駄だったなんて信じない/俺は時々 君があまりにも感じ過ぎたのではと思うことがある/君は影の国へと渡ってしまった」と惜別の言葉が胸に迫ります。かつての僚友ガース・ハドソンがキーボードで参加。ピーター・ガブリエルもキーボードとバック・ヴォーカルを引き受けていました。


シングル・カットされた「Showdown at Big Sky」。


ネイティヴ・アメリカンにとって平和の象徴を意味する「Broken Arrow(折れた矢)」。戦いに敗れた敗者や核兵器の紛失との意味もあります。
http:///www.youtube.com/watch?v=RXFUr0sEgMI

ボノを始めとするU2のメンバーが馳せ参じた「 Sweet Fire of Love」。彼らとの共作曲でもあります。
http://www.youtube.com/watch?v=rn1YwsWc0To

ロビー・ロバートソンのギターが唸る「American Roulette」。この曲でもガース・ハドソンがキーボードを弾いていました。マリア・マッキー(元ローン・ジャスティス)がバック・ヴォーカルで参加。
http://www.youtube.com/watch?v=ze89N8Gc3sk

自分探しの度に出る男の物語、「Somewhere Down the Crazy River」。映像の終盤でマリア・マッキーとの濃厚な抱擁シーンがあり、思わず「おっさん、何すんねん」と叫んでしまいました。


SOMEWHERE DOWN THE CRAZY RIVER
今わかったよ
熱気の中で震える遠く赤いネオン
自分のことを見知らぬ国の見知らぬ男に感じたのだ
人々が夜にゲームを楽しむところじゃ
ああ 暑苦しくて眠れないぜ
パーティーの場から聴こえてくる
ジュークボックスの音に耳を奪われちまったのさ
すると突然に誰かが俺すぐ後ろで口笛を吹くのを耳にした
振り返ると彼女が言った
「どうして最後はニックのカフェに行くの?」
俺は言った「分からんが、ただ風がこんな風に俺を向かわせるのさ 」
すると彼女が言った「金持ちを吊るしてよ」

ブルー・トレインに飛び乗って
行ったこともないところへ
俺を捜してくれ
クレイジー・リヴァーを下ったどこかで
クレイジー・リヴァーを下ったどこかで
ブルー・トレインに飛び乗って
ココモまでずっと
俺を見つけられるさ
クレイジー・リヴァーを下ったどこかで
クレイジー・リヴァーを下ったどこかで

ここの写真を撮っておけよ
野原には何もなく
59年型のシェヴィが遺棄されている
バックシートに横たわり
リトル・ウィリー・ジョンを聴いている
そうさ そのとき時間はとまったのさ
俺は心を読んでもらいに
マダムXのところへ行こうと思っている
すると彼女は言った「ヴードゥー教のやり方なんて私には意味ないわ」

俺は明確な目的を持った男
俺は広い想像力を持った男
おまえは俺の心を惑わせ 俺の魂をかき乱す
俺は自分を見失い・・・・・・コントロールできなくなる

ブルー・トレインに飛び乗って
行ったこともないところへ
俺を捜してくれ
クレイジー・リヴァーを下ったどこかで
クレイジー・リヴァーを下ったどこかで
ブルー・トレインに飛び乗って
ココモまでずっと
自分を見つけられるさ
クレイジー・リヴァーを下ったどこかで
クレイジー・リヴァーを下ったどこかで

ちょっと待て 聞こえたかい
幽霊を呼び起こそうとしている感じだぜ
彼女は言った「あんたが学ばなければならないことはただひとつ、
怖がらないことよ」
俺は言った「いいや、俺は好きさ 本当に好きなんだ いい感じだぜ」
彼女は言った「今は好きなだけかもしれないけれど、
そのうち大好きになるかもしれないわ」

俺はうっとりして、トランス状態に入った
俺は魔法にかかって、トランス状態に陥った
おまえは俺を身震いさせる 悪寒と熱
おまえは俺を身震いさせる 悪寒と熱
俺は不思議な魔法に心を奪われたのさ
クレイジー・リヴァーを下ったところで

旧友リック・ダンコがバック・ヴォーカルで参加した「Sonny Got Caught in the Moonlight」。ほのかにバンドの匂いが嗅ぎ取れました。
http://www.youtube.com/watch?v=Khr8caoZz8Q

ギル・エバンス・ホーン・セクションによるアレンジが印象的な「 Testimony」。こちらもU2がバックを受け持っていました。
http://www.youtube.com/watch?v=gVvXCmmbfHg

今回のボーナス・トラックはロビー・ロバートソンがリヴォン・ヘルムに代わってリード・ヴォーカルを取る「The Weight」のライヴ映像です。宜しければ下記のURLをクリックしてご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=EQ2fLoxe9iQ

Art Garfunkel - LEFTY

カレン・ダルトンの記事の中で、彼女のカヴァーによるパーシー・スレッジの「When A Man Loves A Woman」を紹介しました。その時にアート・ガーファンクルのヴァージョンにも言及したので、またもや安易ながら今回はアート・ガーファンクルが1988年に発表したアルバム『LEFTY』を取り上げます。

LeftyLefty
(1990/10/25)
Art Garfunkel

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1. This Is The Moment
2. I Have A Love
3. So Much In Love
4. Slow Breakup
5. Love Is The Only Chain
6. When A Man Loves A Woman
7. I Wonder Why
8. King Of Tonga
9. If Love Takes You Away
10. The Promise

1986年に企画盤『Animal's Christmas』をリリースしているものの、通常のオリジナル・アルバムとしては前作『Scissors Cut』(1981)より7年ぶりに発表された『LEFTY』。妥協を許さぬ完璧主義者のアート・ガーファンクルがじっくり時間をかけて作ったアルバムです。
ソロ・デビュー以後のアート・ガーファンクルのアルバムは、彼の甘美なヴォーカルを生かすべくストリングスをふんだんに使った重厚なサウンドに仕上げる傾向がありました。この『LEFTY』は比較的シンプルな味わいがあり、歌心を前面に出そうという試みが窺えます。
1988年といえばユーロ・ビートを始めとするダンサブルな音楽が世の中を席巻していた時期。時代に迎合せず自らの道を究めるアート・ガーファンクルの姿はファンの視点からは理解出来ます。いや、むしろ大幅に変わらぬことを望む人のほうが多いことでしょう。しかし、利益を上げることが第一目標であるレコード会社にとって答えが出ないものに多額の制作費を投じるわけにはいきません。いくら過去に華々しい実績があろうと、マイペースともいえるアート・ガーファンクルの姿勢は次第に敬遠されていったものと思われます。
ちなみに『LEFTY』は全米113位、シングル・カットされた「So Much In Love」は73位に終わりました。

アルバムのオープニングを飾るのはデヴィッド・フォスター、シンシア・ウェイル、レイ・パーカー・ジュニア、リンダ・ジェンナー(デヴィッド・フォスター夫人)らの共作による「This Is The Moment」。


私の年代の方々にはイーグルスのティモシー・B・シュミットでお馴染みの「So Much In Love」と言ったほうが分かりやすいのでしょうか。もともとはフィラデルフィア州出身のジョージ・ウィリアムズを中心とした黒人ヴォーカル・グループのThe Tymesが1963年にリリースしたのがオリジナルです。哀愁の色を感じさせないアート・ガーファンクルのヴォーカルが印象的。


SO MUCH IN LOVE
一緒に散歩する俺たち
手を握り合って 二人きりで歩く
深く愛し合う二人
俺と君の他には誰もいない
とても愛し合っている
二人の世界で

一緒には浜辺を散歩する俺たち
天上の星がキラキラと輝く星空の下で
深く愛し合う二人
俺と君の他には誰もいない
とても愛し合っている
二人の世界で

一緒に散歩しながら
俺は君に告白する
俺には君が必要なんだと
好きだよ 愛しているんだ君を
君もそう言ってくれるかい
俺が君に触れている間

教会の通路(ヴァージン・ロード)を
手に手を取り合って進みながら
死が二人を分つ時まで一緒にいようと誓いを立てる
とてもたくさんの愛に包まれた二人
神の前で早く誓いを立てるのが待ちきれない

とても愛し合っている
君と俺
深く愛し合っている
君と俺
すっかり惚れ合っている
君と俺

こちらがThe Tymesのオリジナル・ヴァージョン。波の音のSEが雰囲気を盛り上げ、全体的に洗練された仕上がりになっています。


前述のティモシー・B・シュミットのヴァージョンはショーン・ペン、フィービー・ケイツ出演の映画『Fast Times At Ridgemont High』(1982年公開)のサントラ盤、自身のソロ・アルバム『Playin' It Cool』(1984年発表)などに収録されていました。


ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースはこの曲をライヴのレパートリーにしているようですが、正式なレコーディングがあるのかどうか分かりません。ご存知の方からご教示いただければ幸いです。


山下達郎さんのヴァージョンは1986年発表の『On The Street Corner 2』に収録されていました。


情熱を絞り出すようなパーシー・スレッジのヴォーカルと異なり、幻想的な雰囲気が漂うアートの「When A Man Loves A Woman」。どこか尺八を思わすかのようなJeremy Steicのフルートの音色とマイケル・ブレッカーのテナー・サックスの響きが胸に滲み渡るかのようです。
アルバムの発売直後、アート・ガーファンクルのヴァージョンについての芳しくない評論を目にしたことがありました。斬新なアレンジに抵抗があったのでしょうか。人生の酸いも甘いもを知り尽くした経験豊富なアート。男と女の事情を感慨深く語りかけるように歌うのも乙なものです。


このパーシー・スレッジの映像はBBSで放送されている「ジュールズ倶楽部」出演時のもののようです。


ケニー・ランキンがバック・ヴォーカルで参加した「I Wonder Why」。二人の持つ魅力がよく表された爽やかでお洒落な曲調です。


他にもリア・カンケルとのデュエットが堪能出来る「I Have a Love」(ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』の挿入曲)、スティーヴン・ビショップが提供した「Slow Breakup」、「King Of Tonga」、「If Loves Takes You Away」の3曲など興味深い作品が収録されていました。

Karen Dalton - IN MY OWN TIME

フレッド・ニールの記事を扱った際にカレン・ダルトンの名を出しました。少々気になっていたので、今回は彼女が1971年に発表した『In My Own Time』について言及したいと思います。

IN MY OWN TIME+4 BONUS TRACKSIN MY OWN TIME+4 BONUS TRACKS
(2007/04/21)
カレン・ダルトン

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1. Something On Your Mind (Dino Valenti)
2. When A Man Loves A Woman (Calvin Lewis / Andrew Wright)
3. In My Own Dream (Paul Butterfield)
4. Katie Cruel (Traditional)
5. How Sweet It Is (Dozier/Holland/Holland)
6. In A Station (Richard Manuel)
7. Take Me (George Jones / L. Payne)
8. Same Old Man (Traditional)
9. One Night Of Love (Joe Tate)
10. Are You Leaving For The Country (Richard Tucker)
11. In My Own Dream (alternate Version)*
12. Katie Cruel (alternate Version)*
13. Something On Your Mind (alternate Version)*
14. Are You Leaving For The Country (backwards)*

私がカレン・ダルトンを知ったのは高校生の頃。雑誌の記事の中でビリー・ホリディを思わせるブルージーな歌声、アパラチア山脈で育まれたトラディショナルの深淵などと評された言葉が心に残り、彼女に興味を持ち始めたのです。しかし、その中で話題に出た彼女のセカンド・アルバム『In My Own Time』は既に廃盤状態。幻の名盤として扱われていました。
時間の経過とともにカレン・ダルトンのことは忘却の彼方。大学に入学後に知り合った友人との会話で、彼が偶然このアルバムを所有していることが判明。後日、ようやくカレン・ダルトンの歌声を聴くことが出来たのです。
評論通りのビリー・ホリディを彷彿させるしわがれた声。アーシーなサウンド。私はたちまち心を奪われてしまいました。友人曰く、「俺は数年前に新品を安価で入手したが、今では店頭で見かけなくなった」とのこと。再び彼女の歌声に触れることは困難であることを予期したのです。
その後、社会人になって幾歳月が流れました。ある日、海外の業者からレコードを個人輸入している知り合いが「今回の中古はなかなかの掘り出し物があるで。リストを見て欲しいのがあったら一緒に申し込んどいたるわ」と声を掛けられたのです。私はリストを隅から隅までまじまじと見渡しました。すると、「Karen Dalton 『In My Own Time』」と記されているのが目に飛び込んで来たのです。安価であったこともあり、迷わず私はその知り合いに頼みました。それから約一ヵ月、私はカレン・ダルトンのアルバムとの再会を果たしたのです。

カレン・ダルトンの本名はカレン・J・カリカー。1937年7月19日生まれ。オクラホマ州の出身(生誕地はテキサス州との説もある)。ネイティヴ・アメリカンの血を引くといいます。このように詳しい生い立ちは未だに謎のままですが、彼女は1950年代の半ばにニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジで活動を始めていました。
12弦ギターと5弦バンジョーを手にフォーク・ブルースを歌うカレン・ダルトン。同じく12弦ギターの名手であったフレッド・ニールはいちはやく彼女の才能の見抜き、彼自身のアルバムを担当したキャピタル・レコードのプロデューサーであるニック・ヴェネットに紹介します。ニック・ヴェネットはビーチ・ボーイズの『Surfin' Safari』(1962)、『Surfin' USA』(1963)、ストーン・ポニーズ時代のリンダ・ロンシュタットの諸作などの作品を手掛けた人でした。
グリニッチ・ヴィレッジで存在感を示していたカレン・ダルトンでしたが、なかなか高い評価を得られない状況が続いていました。新しい活動場所を求めてニューヨークとコロラド州デンヴァーを行ったり来たりの生活を余儀なくされていたようです。そんな時に舞い込んだ朗報。1969年にニック・ヴェネットのプロデュースでファースト・アルバム『It's So Hard To Tell Who's Going To Love you The Best』の発表に漕ぎ着けました。
フレッド・ニールやティム・ハーディンの楽曲やトラッド・ナンバーが収録された興味深いアルバムでしたが、このとき既にシーンは自作自演が主流。フレッド・ニール然り。ボブ・ディラン然り。歌うことにより社会へのメッセージが投げかけられていたのです。また、ブリティッシュ・インヴェイジョンに対抗するかのようにアメリカのグッド・タイム・ミュージックを奏でたジョン・セバスチャン率いるラヴィン・スプーンフルも中心となるのはオリジナル作品でした。グリニッチ・ヴィレッジで鎬を削り合いながらも支え合った仲間たちを横目に、トラディショナルの継承者といった風情のカレン・ダルトンの個性は真価を問われることなく埋没して行ったのです。
正当な評価を得られなかったカレン・ダルトンでしたが、ニューヨークのウッドストックに拠点を移し活動を続ける中で再びチャンスが訪れました。ジャスト・サンシャイン・レコード(設立者はウッドストック・フェスティヴァルのプロモーターであるマイケル・ラング)からセカンド・アルバム制作のオファーがはいったのです。ファースト・アルバムのセッションに参加したベーシストのハーヴィー・ブルックスをプロデューサーに迎えられ、ジョン・ホール(ギター)、エイモス・ギャレット(ギター)、ジョン・サイモン(ピアノ)ビル・キース(スティール・ギター)などの腕達者がカレンを励ますかのように終結。ルーツ・ミュージックが見直される過程に入っていた1971年、カレンのオリジナル作品はないものの彼女の魅力がいかんなく発揮されたアルバムに仕上がりました。
ファースト・アルバム同様、カレン・ダルトンのオリジナル作品はありませんが、取り上げられた楽曲には彼女独自の解釈により新たな息吹が吹き込まれています。

アルバムのオープニングを飾るのはクイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスのディノ・ヴァレンティの書いた「Something On Your Mind」。続いて、マーヴィン・ゲイの歌唱で知られる「How Sweet It Is 」。マーヴィン・ゲイのヴァージョンは1965年発表の『How Sweet It Is To Loved By You』に収録。ジェームズ・テイラーも『Gorilla』(1975)で取り上げていました。


パーシー・スレッジでお馴染みの「When A Man Loves A Woman」。カレンは女の立場から歌っているので一部歌詞を変えており、曲全体のニュアンスも微妙に異なった印象を受けます。なお、このYouTubeの画像ではニーナ・シモンの「What More Can I Say」(1966年発表の『Wild Is The Wild』に収録)が続いて収められていました。制作者の意図はよく分かりませんが、個性的な歌声でジャンルに捕われることなく精力的に活動を行ったニーナ・シモンとカレン・ダルトンを比較しながら聴いてみるのも興味深いものです。



WHEN A MAN LOVES A WOMAN
男が女を愛するとき
男は絶対に間違ったことが出来ない
自分が見つけた宝物のことを語るだろう
もしも彼女が性悪であっても気がつかない
彼女は絶対に正しいのだ
彼女をけなそうとするなら
たとえ親友であっても背を向ける

男が女を愛するとき
最後の持ち金を使ってでも
必要なものを手放さないようにする
安楽のすべてを捨て
雨の中で眠る
もし彼女がそうしろと言うのならば

ここにいる男はひとりの女に惚れている
持っているものは何でも女にくれてやる男
あんたの大切な愛を繋ぎ止めようとして
ベイビー、どうかこの男を冷たくしないでやって

男が女を愛するとき
魂の奥深くで
女が男を惨めにする時もある
もし女が男を弄んだとしても
男は最後まで気がつかない
恋は盲目だから

男が女を愛するとき
男は絶対に正しい
他の女に決して手を出さない

そう 男が女を愛するとき
男の気持ちがよく分かる
そんな風にあなたはいつもわたしにしているから

パーシー・スレッジのヴァージョンはライヴ映像でご覧ください。彼のオリジナル・テイクは1966年発表の『When A Man Loves A Woman』に収録されています。


この曲のカヴァーは枚挙に暇がありません。今回はアート・ガーファンクルのヴァージョン(1988年の『Lefty』に収録)をお聴きくださると幸いです。


ポール・バターフィールド作の「In My Own Dream」。続いてカレンの当時の夫だったリチャード・タッカー作の「Are You Leaving For The Country」。


トラディショナル曲の「 Katie Cruel 」。
http://www.youtube.com/watch?v=raLXnnlPI_I

The Bandの『Music From Big Pink』(1968)からリチャード・マニュエル作の「In A Station」を取り上げています。


The Bandのヴァージョンです。


ジョージ・ジョーンズ作のカントリー・バラード「Take Me 」。彼のヴァージョンはタミー・ウィネット&ジョージ・ジョーンズ名義のアルバム『We Go Together』(1971)に収録されています。
http://www.youtube.com/watch?v=5ozK8UBOdZE

トラディショナル曲の「Same Old Man」。
http://www.youtube.com/watch?v=er8PVjBB5xM

充実した出来映えのアルバムでしたが商業的には不発に終わり、供給元のパラマウントがレコード・ビジネスから撤退したこともあって契約が更新されることなくカレン・ダルトンは次第にシーンから姿を消して行きました。そして、その後の消息が分からぬまま届いたのは悲しい知らせ。1993年3月19日、享年55歳で逝去。晩年はアルコールやドラッグに溺れ、ホームレス同然の生活を送っていたとのことです。

2006年にCDで再発された際に約15年ぶりにこのアルバムを聴き直してみましたが、The Bandの楽曲を取り上げていることもあり、彼らのアルバム『Music From Big Pink』を連想させる風情があります。また、どことなくノラ・ジョーンズと共通する雰囲気が窺えました。

Linda Ronstadt - FEELS LIKE HOME

前回扱ったカーラ・ボノフはリンダ・ロンシュタットとよく対比されたものです。リンダのアルバム『Hasten Down The Wind』でカーラ作の楽曲が3曲も取り上げられたことから語られるようになったのでしょう。
安易ですが、今回はリンダ・ロンシュタットが1995年にリリースした『FEELS LIKE HOME』を取り上げます。言及した『Hasten Down The Wind』ではなくて誠に申し訳ございません。なお、『Hasten Down The Wind』を含むエレクトラ/アサイラム時代のリンダのアルバムが7月にリマスターされて再発されるそうです。

風にさらわれた恋(紙ジャケット)風にさらわれた恋(紙ジャケット)
(2010/07/07)
リンダ・ロンシュタット

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Feels Like HomeFeels Like Home
(1995/03/14)
Linda Ronstadt

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1. Waiting
2. Walk On
3. High Sierra
4. After the Gold Rush
5. Blue Train
6. Feels Like Home
7. Teardrops Will Fall
8. Morning Blues
9. Women Cross the River
10. Lover's Return

1993年に発表された前作『Winter Light』はバート・バカラック、ダスティ・スプリングフィールド、キャロル・キング、ビーチ・ボーイズといったリンダの敬愛する人々、あるいはジミー・ウェブやケイト&アンナ・マッガリグル姉妹といった彼女のお気に入りのアーティストの楽曲を収録したポップ・アルバムでした。そこではかつてのように若さに任せた情熱的な歌いっぷりに終始するだけではなく、情感が込められたり、抑制を利かせてしっとり歌い上げられたりと変幻自在の様子が窺えます。
この『FEELS LIKE HOME』でもその傾向は変わらず、さらなる円熟味と充実ぶりが増していました。身も心も燃えるような激しい恋愛をし、多くの痛みや喜怒哀楽を味わい、人生経験を積んできたことによって自ずと醸成された表現力が備わったのでしょう。女性にとって年を重ねるというのはこういうことなのか、とつい分かったような気分にさせられてしまいます。でも、実際に女心を理解するのはそんなに容易いものではなく、たいていの男にとって一生かかっても出来ない試練なのかもしれません。
以前に「衣服や車を買い替えるように男性を取り替えてもいいんじゃないの」と公言して物議を醸したことのあるリンダ・ロンシュタット。狂おしいほどの情熱に溢れた彼女の歌に私が心を奪われたのは、まだ夢を見ていた若かりし頃のことでした。いまこうして成熟したリンダの姿が目に入る度に、まったく成長しない自分に気づかされてしまいます。

それではアルバムの中から何曲か紹介して行きましょう。元気に歌う姿がアルバムのオープニングに相応しい「Waiting」。トム・ペティの作品です。


トム・ペティ&ザ・ハート・ブレーカーズのオリジナル・ヴァージョンは1981年発表の『Hard Promises』に収録されていました。トム・ペティがザ・バーズのロジャー・マッギンの信奉者であることはよく知られておりますが、曲調やこの曲におけるパフォーマンスにその崇拝ぶりがよく表されているように思えます。宜しければ下記のURLをクリックしてご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=uMyCa35_mOg

続いてフィドルの音が入った軽快なカントリー・ロック風の「Walk On」。かつてのリンダ・ロンシュタットの真骨頂のようなサウンドに仕上げられています。


こちらはしっとりとしたカントリー風の「High Sierra」。


失恋と新たな出発を列車の旅路に例えて歌う「Blue Train」。


切々と恋心が歌われるアルバムのタイトル曲「Feels Like Home」。感情を抑制しながらも、徐々にその高まりを解き放って行くかのようなリンダの歌いっぷりが胸に滲み渡ります。


FEELS LIKE HOME
あなたの瞳を見つめてていると自分自身を失ってしまう
あなたの腕の中に抱かれてしまいたくなるのよ
あなたの声を聴いただけで胸の鼓動が激しく打ちつけるの
この気持ちがずっと続いてほしい
一生続いてほしい

これまでの私の人生がどんなに寂しかったか
長い間どんなに落ち込んでいたか分かってもらえたら
誰かがふと現れて
あなたがしたように人生を変えてくれることを
どれだけ待ち望んでいたことか

自分の家にいるように感じるの
生まれた故郷のように
生まれ育った家に戻ったように感じるの
自分の家に戻ったように感じるの
生まれた故郷のように
故郷に戻ったように感じるのよ

長く暗い通りで窓が割れている
そしてサイレンが一晩中鳴りっぱなし
でも私は大丈夫
ここであなたと一緒にいるから
暗闇の中でも灯りが見えそうな気がするの

この瞬間がどのくらい
私にとって大切か分かってもらえたら
あなたとの触れ合いをどれほど待っていたことか
あなたのおかげでどれだけ幸せか
こんなに誰かを愛してしまうなんて
これまで思ってもみなかった

自分の家にいるように感じるの
生まれた故郷のように
生まれ育った家に戻ったように感じるの
自分の家に戻ったように感じるの
生まれた故郷のように
故郷に戻ったように感じるのよ
故郷に戻ったような感じなの

作者であるランディ・ニューマンのヴァージョンは2008年発表の『Harps and Angels』に収録されています。


ボニー・レイットのヴァージョンはライヴ映像でご覧ください。彼女のオリジナル・テイクはランディ・ニューマンが書いたミュージカルの楽曲を収めた『Randy Newman's Faust』(1995)の中に収録されていました。


カーター・ファミリーでお馴染みの「Lover's Return」。


カーター・ファミリーのオリジナル・ヴァージョンです。


なお、このアルバムに収録されていた「High Sierra」、「After the Gold Rush」、「Blue Train」、「Feels Like Home、「Lover's Return」の5曲がドリー・パートン、エミルー・ハリスらとの共演盤、『Trio 2』で再録音されていました。以前の記事も参照していただければ幸いです。

Karla Bonoff - RESTLESS NIGHTS

前回のフレッド・ニールの記事の中で「The Water Is Wide」について言及した際、カーラ・ボノフが歌うヴァージョンも紹介しました。そこで、今回はその曲が収録されたカーラ・ボノフのセカンド・アルバム『RESTLESS NIGHTS』(1979年発表)を取り上げます。

ささやく夜ささやく夜
(1997/01/22)
カーラ・ボノフ

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1. Trouble Again
2. Restless Nights
3. Letter
4. When You Walk in the Room
5. Only a Fool
6. Baby Don't Go
7. Never Stop Her Heart
8. Loving You
9. Water Is Wide

清楚でたおやかな雰囲気が歌にも容姿にも滲み出るかのようなカーラ・ボノフ。まるで白百合のように気品に満ちた佇まいを彼女から感じ取れます。
カーラ・ボノフは自作の曲を中心に感情を抑制しながら淡々と歌い上げていますが、そこに描かれているのは女の情念が込められた世界。爽やかな曲調の中にも、時にどろどろとした人間模様が表されていました。人間の、あるいは女性の弱さがさらけ出されているものの、彼女の凛とした冷静な視点で心の機微が映し出されているのです。
しかし、彼女の歌は突き放すような冷たさに支配されているのではなく、傷ついた心を癒してくれるような清涼感が窺えました。歌の中に出て来る恋愛に不器用な女をけなげで可愛いと思う男もいれば、自分自身が置き換えられるような状況や心情の吐露に共感する女性もいることでしょう。それ故に、カーラ・ボノフの歌は人の心の中に心地よく響き渡るのかもしれません。

オール・マイ・ライフ:ベスト・オブ・カーラ・ボノフオール・マイ・ライフ:ベスト・オブ・カーラ・ボノフ
(2005/07/20)
カーラ・ボノフ

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アルバムのオープニングはアップ・テンポの「Trouble Again」。リンダ・ロンシュタットが自分のアルバムに収録したいと申し出たところ、「この曲は自分で歌いたい」とカーラ・ボノフが提供を断ったという逸話が有名。その後リンダの念願は叶い、1989年発表の『Cry Like A Rainstorm - Howl Like The Wind』でようやく歌うことが出来ました。
この曲はカーラ・ボノフの代表曲との印象がありますが、本国アメリカでは捉え方が違うのかベスト盤に収録されていません(日本盤のみボーナス・トラックとして追加収録)。


しっとりとしたバラードの表題曲「Restless Nights」。別れた恋人への未練が描かれた曲です。ドン・ヘンリーとJ.D.サウザーのバック・ヴォーカルは哀感を誘うほどの甘酸っぱさが漂っていました。


ジェイムズ・テーラーのプロデューサーとしても有名なドン・グロルニックが弾くピアノをバックに歌われる「Letter」。浮気相手の女性からパートナー宛てに届いた手紙を見つけ、嫉妬心が渦巻く様が描かれていました。


THE LETTER
あなたがいない間、あなたの部屋で
彼女があなたに書いた手紙を見たわ
心臓が凍り付き、自分自身を抑えることが出来なかった
嫉妬心が込み上げて来るのが分かったのよ

やっと分かったわ、他の誰かがあなたの心の中にいたと
その人はあなたをしっかりと捕まえていたのね
このベッドで、あなたはその人を抱いていたんでしょう
今まで気がつかなかったなんて、なんて不思議なこと


あの人はこう書いているわ
現実に向き合うにはあの人が必要だって言ったてことを
すべてが消え去ればばいい
私の存在をあの人が奪い取ったなんて信じられないの

あなたは二階に上がろうとしながら
「どうしたんだ?」と聞いたわね
「いま行くわ」としか私には言えなかった
でも、私はあなたの部屋の中で見つけてしまったの
決して見たくなかった何かを

続いてはジャッキー・デシャノンが1963年にリリースした「When You Walk in the Room」のカヴァー。アルバムの中にオールディーズを1曲含む構成は、リンダ・ロンシュタットを意識しているかのように思えます。


こちらは作者であるジャッキー・デシャノンのヴァージョンです。


この曲はザ・サーチャーズ(1964年にシングル発売)、デル・シャノン(1966年の『This Is My Bag』に収録)、スティーヴ・フォーバート(1982年の『Steve Forbert』に収録)、ステイタス・クオー(1996年の『Don't Stop』に収録)、クリフ・リチャード(2001年の『Wanted』に収録)など枚挙に暇がないほどのアーティストが取り上げておりますが、少々意外なところでクリス・ヒルマンも1998年発表の『Like A Hurricane』レコーディングしておりました。


女性の悲しみが切々と歌われる別れの曲「Only a Fool」。アコースティック・ギターの音色が胸に滲みます。
http://www.youtube.com/watch?v=bY0Bc0mkzTs

こちらは打って変わって行かないでと懇願する「Baby Don't Go」。
http://www.youtube.com/watch?v=FYCVncNnC3M

ピート・シーガーが在籍していたザ・ウィーヴァーズが取り上げて有名になったアイルランド民謡「Water Is Wide」。カーラ・ボノフはウィーヴァーズのメンバーだったギターの手ほどきを受けたそうです。後にこの曲を1991年のアルバム『New Moon Shine』で披露することになるジェイムズ・テーラーがまるでカーラ・ボノフを優しく包み込むようにバック・ヴォーカルとアコースティック・ギターで支えていました。ザ・バンドのガース・ハドソンが弾くアコーディオンの音色も効果的で郷愁を覚えます。なお、リンダ・ロンシュタットもデヴィッド・サンボーンが1995年に発表したアルバム『Love Songs』に客演し、彼が奏でるサックスをバックにこの曲を歌っているそうです。


前作に引き続いてプロデュースを担当したケニー・エドワーズが工夫を凝らし、硬軟取り混ぜた構成でカーラ・ボノフの魅力と実力をいかんなく発揮させようと懸命に試みた結果、このアルバムは全米31位まで上昇しました。1970年代末以降にロック・ミュージックが巨大な産業へと成長を遂げて行く過程の中で、決して爆発的なヒットを記録したわけではありませんが、一方で彼女のような気取らずてらいのない歌が支持される土壌も形成されていたのです。
発売当初は評論家からファースト・アルバムと比べて進歩が見られないとの酷評もありましたが、リスナーの心を捕らえて離さない充実した作品であることは間違いないでしょう。

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