好きな音楽のことについて語りたいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Leonard Cohen - Suzanne

今回はレナード・コーエン。彼が1967年に発表した『Songs Of Leonard Cohen』から「Suzanne」を取り上げる。

Songs of Leonard CohenSongs of Leonard Cohen
(2007/04/24)
Leonard Cohen

商品詳細を見る

1. Suzanne
2. Master Song
3. Winter Lady
4. Stranger Song
5. Sisters of Mercy
6. So Long, Marianne
7. Hey, That's No Way to Say Goodbye
8. Stories of the Street
9. Teachers
10. One of Us Cannot Be Wrong
11. Store Room [#][*]
12. Blessed Is the Memory [#][*]



SUZANNE
Suzanne takes you down to her place near the river
You can hear the boats go by
You can spend the night beside her
And you know that she's half crazy
But that's why you want to be there
And she feeds you tea and oranges
That come all the way from China
And just when you mean to tell her
That you have no love to give her
Then she gets you on her wavelength
And she lets the river answer
That you've always been her lover
And you want to travel with her
And you want to travel blind
And you know that she will trust you
For you've touched her perfect body with your mind.

And Jesus was a sailor
When he walked upon the water
And he spent a long time watching
From his lonely wooden tower
And when he knew for certain
Only drowning men could see him
He said "All men will be sailors then
Until the sea shall free them"
But he himself was broken
Long before the sky would open
Forsaken, almost human
He sank beneath your wisdom like a stone
And you want to travel with him
And you want to travel blind
And you think maybe you'll trust him
For he's touched your perfect body with his mind.

Now Suzanne takes your hand
And she leads you to the river
She is wearing rags and feathers
From Salvation Army counters
And the sun pours down like honey
On our lady of the harbour
And she shows you where to look
Among the garbage and the flowers
There are heroes in the seaweed
There are children in the morning
They are leaning out for love
And they will lean that way forever
While Suzanne holds the mirror
And you want to travel with her
And you want to travel blind
And you know that you can trust her
For she's touched your perfect body with her mind.

スザンヌは君を連れて行く 川のほとりの小さな彼女の家に
小舟が行き交う音が聞こえる
彼女の傍らで夜を過ごせる
君は知っている 彼女が半分気がふれていることを
でもそうだから君はそこにいたいのだ
彼女は遥か中国からやって来た紅茶とオレンジを
君にご馳走してくれる
君が彼女に与える愛はないと告げようまさにその時
彼女は君を彼女の波長に合わせ
川に答えさせる
だいぶ長い間 君は彼女の恋人だった
君は彼女と旅行がしたい
行き当たりばったりの旅をしたい
彼女が君を信じていることを分かっているのだ
彼女の完璧な身体に君の心が触れたのだから

イエスは船乗り
彼が水面を歩いた時
彼は孤独な木の塔から眺めながら
多くの時間を過ごした。
そして溺れるものだけが
自分を見ることが出来ると確信した時
彼は言った「海が彼らを解放するまで
全ての人間は船乗りである」と
しかしイエス自身は
空が割れるずっと前に崩れ落ち
見捨てられ、ほとんど人間のように
石のような人間の知恵の下に沈んだ
君は彼女と旅行がしたい
行き当たりばったりの旅がしたい
彼女が君を信じていることを分かっているのだ
彼女の完璧な身体に君の心が触れたのだから

スザンヌは手を取り君を川のほとりに連れて行く
彼女は救世軍の店で買ったぼろ服や羽を身につけている
太陽が蜂蜜のように降り注いでいる
港の貴婦人の上に
彼女は教えてくれる
ゴミと花のどこから見れば良いのかを
海藻の中にヒーローがいて
朝の光の中に子供たちがいる
人々は愛を得ようと身を傾けている
いつまでもそんな風に身を傾けているのだ
スザンヌが人々に鏡を向けている間
君は彼女と旅行がしたい
行き当たりばったりの旅がしたい
彼女が君を信じていることを分かっているのだ
彼女の完璧な身体に君の心が触れたのだから

デヴュー・アルバムであるこの『Songs Of Leonard Cohen』がリリースされた時、彼は33歳。既に詩人、小説家として活動していた。若くして世に出るアーティストに比べると積まれた人生経験が重い。紡ぎ出される音楽もポップ・ミュージックとは一線を画し、どこにも誰にもない独特の雰囲気を醸し出していた。
レナード・コーエンの歌は芸術と宗教とエロスがひとつに溶け合う。この「Suzanne」という歌では風変わりな女性に恋する男の姿に神話的な情景を挟み込み、はかなくしみじみとした哀愁が漂っていた。何か異空間の佇まいさえ窺える。
なお、この歌は友人である彫刻家の妻をモデルにしたと言われている。彼女は実際にカナダのモントリオールを流れるセントローレンス川の近くに住んでいたらしいとのことだ。

And Jesus was a sailor
When he walked upon the water
And he spent a long time watching
From his lonely wooden tower
And when he knew for certain
Only drowning men could see him
He said "All men will be sailors then
Until the sea shall free them"

イエスは船乗り
彼が水面を歩いた時
彼は孤独な木の塔から眺めながら
多くの時間を過ごした。
そして溺れるものだけが
自分を見ることが出来ると確信した時
彼は言った「海が彼らを解放するまで
全ての人間は船乗りである」と

この部分はマルコの福音書第6章49節をもとにしていると思われる。ジャクソン・ブラウンの「The Rebel Jesus」もここからの記述を参考にされたことが窺える一節があった。ジャクソン・ブラウンはボブ・ディランよりも、むしろレナード・コーエンに強く影響を受けているのかもしれない。

レナード・コーエンの『Live In London』が好評のようだ。そこからのライヴ・ヴァージョンも見ていただけると幸いに思う。


レナード・コーエンに抱かれてもいいという男性がいるそうだ。私には全くそんな趣味はないが、コーエンの歌には魅入られるほどの魔力がある。耽美的でもあるコーエンの世界に一度でも引き込まれたら這い出せそうにない。このライブ盤にはそんなコーエンの世界が如実に表されている。

LIVE IN LONDON [DVD]LIVE IN LONDON [DVD]
(2009/06/24)
レナード・コーエン

商品詳細を見る


レナード・コーエン本人も2009年にワイト島でのライヴ盤をリリースしたが、これは1996年にリリースされた『Live At The Isle Of Wight Festival 1970』からの映像のようだ。


ジュディ・コリンズとの共演映像。


ジュディ・コリンズは1966年発表の『In My Life』にてレナード・コーエン本人に先駆けて「Suzanne」を取り上げていた。この映像は近年のもののようだが、ピアノの弾き語りで歌われている。また、2004年には「Suzanne」を含むレナード・コーエンのカヴァー集「DEMOCRACY」をリリースしていた。


ジェームズ・テイラーも『Covers』(2008年発表)で取り上げていた。ブログへの貼付けが出来ないので、下記のアドレスをクリックしてご覧いただきたい。
http://www.youtube.com/watch?v=yQeRFGeSyIo

少々ハリー・ニルソンの「Everybody's Talking」を連想させるニール・ダイアモンドのヴァージョン。コーエンのオリジナルとは違い、明るく爽やかな雰囲気がする。1971年リリースの『Stones』に収録。


少しユーモラスなピアノのイントロで始まるニーナ・シモンのヴァージョンは1969年発表の『To Love Somebody』に収録。躍動感のあるアレンジが興味深い。


フェアポート・コンヴェンションのヴァージョンは1987年リリースの『Heyday』に収録。サンディ・デニーが在籍していた1968~1969年頃のデモ録音を集めたアルバムだ。アメリカン・ロックを意識しながらもどことなく翳りと気品を覚える。イアン・マシューズとサンディ・デニーがリード・ヴォーカルを分け合っていた。


この他にもナンシー・ウィルソンが『Can't Take My Eyes Off You』 (1970年発表) で、ジョーン・バエズが『Carry It On 』(1971年発表)で、ロバータ・フラックが『Killing Me Softly』(1973年発表)で取り上げており、カヴァー・ヴァージョンは枚挙に暇がない。また、ピーター・ゲイブリエルはレナード・コーエンのトリビュート・アルバム『Tower Of Song』に参加し、この曲を歌っていた。

スポンサーサイト

Bob Dylan - License To Kill

さて、今回も前回に引き続きボブ・ディランのアルバム『INFIDELS』から1曲、「License To Kill」を紹介します。

インフィデルインフィデル
(2005/09/21)
ボブ・ディラン

商品詳細を見る

1. Jokerman
2. Sweetheart Like You
3. Neighborhood Bully
4. License to Kill
5. Man of Peace
6. Union Sundown
7. I and I
8. Don't Fall Apart on Me Tonight



レコーディング・セッション時の映像のようです。


1984年にテレビ・ショーに出演した際のライヴ映像のようです。


LICENSE TO KILL
人間は地球を支配しているので
何でも好き勝手に出来ると思っている
もし物事がすぐに変わらなければ
自分で変えてしまうだろう
ああ 人間は自らの破滅を作り出した
最初の一歩は月に着陸したことだった

私の町内に一人の女性がいる
彼女はただ座っている 夜のしじまの中で
彼女は言う 誰が人間から殺人許可証を取り上げるのかと

人々はその人を連れて行き 教え込む
人生を乗り切るための教育を施すのだ
そして最後には病に伏せる運命を歩ませる
人々は勲章とともにその人を埋葬し
中古車を売るようにその人の死体を売る

私の町内に一人の女性がいる
彼女はただ座っている 夜のしじまの中で
彼女は言う 誰が人間から殺人許可証を取り上げるのかと

その人はがむしゃらに破壊する
怖れ、混乱し
頭の中はうまい具合に歪曲されている
自分の目だけを信じ
だがその目は真実を語らない

私の町内に一人の女性がいる
彼女はただ座っている 夜のしじまの中で
彼女は言う 誰が人間から殺人許可証を取り上げるのかと

君はうるさい人、元気づける人
つれない人 面倒な人かもしれない
あらゆる手段を尽くすのかもしれない
もしかすると劇の筋書きの中の俳優かもしれない
俳優を演じているのかもしれない
自分の過ちにはっきりと気がつくまでは

その人はよどんだ水たまりの祭壇で礼拝し
水面に映った自分の姿を見て満足する
おお 人間には公正さなんてありゃしない
全てを欲し、自分のやり方で欲するのだ

私の町内に一人の女性がいる
彼女はただ座っている 夜のしじまの中で
彼女は言う 誰が人間から殺人許可証を取り上げるのかと

このアルバムに付けられた対訳において、三浦久先生は "Man" を人間と訳されていました。しかし、この曲が収録されたライヴ盤『Real Live』(1984年発表)では中川五郎さんが対訳を担当されており、そこでは "man" を男と解釈して訳されています。
アルバム『INFIDELS』がリリースされたのは1983年。フェミニズムの台頭や女性の社会進出が注目されていたとはいえ "Man" は男と理解するほうが適切かと思われます。もし、中川さんのように「人間」を「男」と捉えると、ニュアンスがかなり変わってしまうでしょう。もっとも、後に続く「彼女は言う 誰が人間から殺人許可証を取り上げるのかと("She say who gonna take away his license to kill")」という箇所と対比すると男と訳したほうが相応しいとも言えます。
確かに戦争の陰で泣くのは母や妻といった女性たちという構図があり、「殺人許可証」を男たちから取り上げることが出来るのは彼女たちをおいて他にいないのかもしれません。でも現代の世の中では女性兵士や女性工作員も珍しい存在ではなく、戦争で殺戮を行うのは男性だけとは限らないのです。
そう考えていると、この歌の本当のメッセージが分かりづらくなりました。ボブ・ディランに真意を問う機会があったとしても、「そんなもんダブル・ミーニングに決まってるやん。おまえ長いことワシのファンやってんのに気がつかへんかったんか。あほやなぁ」と嘲笑されるだけでしょう。

Real Live [In Europe, 1984]Real Live [In Europe, 1984]
(1988/06/24)
Bob Dylan

商品詳細を見る


1998年のライヴ音源です。少々ルーズな雰囲気で演奏されています。


1969年の「ウッドストック・フェスティヴァル」でオープニング・アクトを務めたことで知られるリッチー・ヘヴンスのカヴァー・ヴァージョン。1987年にリリースしたアルバム『Sings Beatles & Dylan』に収録されていました。


カウボーイ・ジャンキーズのカヴァー・ヴァージョン。2005年にリリースされたアルバム『Early 21st Century Blues』に収録されていました。女性がリード・ヴォーカルを担当しているので、この場合は主語を「男」としたほうが説得力があるかもしれませんね。

Bob Dylan - Sweetheart Like You

ボブ・ディランの緊急来日が決定した模様です。指定席20,000円、スタンディング12,000円と例によっての高額チケット。今度ばかりはとても行けそうにありません。音楽産業が衰退する中でアーティストたちはライヴに活路を見出し高値の料金を設定。手頃な価格で音楽が観られる時代は終わったのでしょうか。
以前に「The Times They Are A-Changin' 」と歌っていたディラン。彼の口からは「時代は変わっとんねん。オレ様の歌が聴きたいんやったら、姿が観たいんやったらそれなりの代価が必要やで。グズグズ言うてんと、さっさと有り金を置いていかんかい」なんて言葉を耳にしたくないような気がします。

さて、勝手なぼやきと心にもないディランさんへの皮肉や批判は置いといて、ここからは便乗企画第一弾とさせてもらいます。今回取り上げるボブ・ディランのナンバーは「Sweetheart Like You」。1983年にリリースされた『INFIDELS』に収録されていた一曲です。

インフィデルズインフィデルズ
(2003/12/17)
ボブ・ディラン

商品詳細を見る

1. Jokerman
2. Sweetheart Like You
3. Neighborhood Bully
4. License to Kill
5. Man of Peace
6. Union Sundown
7. I and I
8. Don't Fall Apart on Me Tonight

1970年代の中頃、離婚問題で苦悩していたのが原因なのか、ユダヤ人としてユダヤ教の教えのもとに育ったと思われるボブ・ディランがキリスト教に改宗。自らを「ボーン・アゲイン・クリスチャン」と称するようになりました。それ以来リリースするアルバムは宗教色の濃いメッセージが込められ、『SLOW TRAIN COMING』(1979年発表)、『SAVED』(1980年発表)、『SHOT OF LOVE』(1981年発表)の三作は俗にキリスト教三部作と揶揄されるように呼ばれています。

ボブ・ディランのこの動きには賛否両論が巻き起こり『SLOW TRAIN COMING』は全米3位まで昇りつめたものの『SAVED』は24位止まり、『SHOT OF LOVE』も最高33位と振るいませんでした。ファンは斬新さを覚えたものの次第に説教じみた楽曲に嫌気がさし、ディランが古いナンバーをあまり歌わないことにも不満を抱き始めたのです。ディランのコンサートはまるで布教活動のように聴衆には受け止められ、動員数が減少の一途を辿ります。
一時は宗教に救われたと思われたボブ・ディラン。結果的には再び地獄の底に落とされたような気分を味わうことになりました。ディランは自分自身を見つめるかのように活動を休止します。

約一年半の休養後、書きためた曲とともにディランは復帰を果たしました。共同プロデューサーにダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーを迎えて発表したのが今回紹介する「Sweetheart Like You」が収められた『INFIDELS』です。



こちらのほうが映像が鮮明で、音質も良好です。貼付けが出来ないので下記のURLをクリックしてご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=6YcoDiDrWs4

SWEETHEART LIKE YOU
もう煩わすことはない  ボスはいないのだ
彼は北に行った しばらくいない
彼は虚栄心で固まっていたらしいが
ここを出た時の彼の格好は決まっていた
ところで、可愛い帽子だね
その微笑みもたまらない
でも君のような素敵な人がこんなところで何をしているんだい

君に似ている人を知っていた
彼女は男の半分ではなく、全部を欲しがった
俺のことをスゥイート・ダディと呼んだが
俺はまだ未熟者だった
君の笑顔を見ていると彼女を思い出す
このゲームでカードを配るにはクイーンを消さねばならない
少し手首をひねればよい
君のような素敵な人がこんなところで何をしているんだい

君のような人は家庭にいるべきだ
そこが君のいるべきところ
過ちを犯すことのない誠実な誰かの世話をしながら
君はどれだけ裏切られるのだろうか
あの最初のキスだけでは分からない
君のような素敵な人がこんなところで何をしているんだい

君は名声を得ることが出来る
タイヤの軋む音を聞くことも出来る
最も美しい人と称されることも出来る
取引のために切られたガラスの上を這ったのだから

君の噂は伝わっていた
君がドアから入って来る前に
人々が言うには君のお父さんの家には沢山の館があり
その中の一つは耐火性の床になっているとのこと
元気を出せよ みんな君のことを嫉妬してるぜ
奴らは君に微笑みかけるが
裏に回りゃ軽蔑しているんだ
君のような素敵な人がこんなところで何をしているんだい

ここにいるには重要人物でなければ
何か悪いことをしていなければ
どこにいても自分のハーレムを持っていなければ
唇に血が滲むまでハーモニカを吹かなければ

愛国心とは悪党がよく言う最後の切り札
少し盗めばブタ箱行きで
多く盗めば王様だ
ここからは一歩しか降りられない
そこは永遠の楽園と呼ばれるところ
君のような素敵な人がこんなごみためのようなところで何をしているんだい

例えばアルバム『Nashville Skyline』の時のような澄んだファルセットではなく、いつものダミ声ながらも優しく歌うボブ・ディランにマーク・ノップラーの艶のあるギターの音色が絡み、この曲独特の雰囲気を醸し出していました。歌詞は相変わらず難解な部分があります。
ボブ・ディランは女性が外で働くべきでないという保守的な考え方を持っているとの見方があれば、女性が世界を支配していると語ったこともありました。今でも彼の本音がよく分かりません。本当のことを尋ねても、「答えは風の中に舞っている」ととぼけて言われるのが落ちでしょう。
この歌では「君のような人は家庭にいるべきだ」と言いながら「君のような素敵な人がこんなごみためのようなところで何をしているんだい」と最後に問いかけていますし、「君は名声を得ることが出来る」とも述べています。女性の社会進出が脚光を浴び始めた1980年代。そのことを鑑みると、女性讃歌といった意味合いのほうが強いのかもしれません。
また、「過ちを犯すことのない誠実な誰かの世話をしながら君はどれだけ裏切られるのだろうか。あの最初のキスだけでは分からない」といった部分からは不倫関係を連想させました。

なお、上記の映像では女性ギタリストがリード・ギターを弾いていますが、実際にはマーク・ノップラーが担当しています。

シングル「Sweetheart Like You」のB面に収録されていたウィリー・ネルソン作の「Angel Flying To The Ground」です。


ウィリー・ネルソンのオリジナル・ヴァージョンはライヴ映像でご覧下さい。

Jackson Browne - The Rebel Jesus

今回もクリスマスにちなんだ曲を取り上げます。
ご紹介する曲はジャクソン・ブラウンの「The Rebel Jesus」。もともとはチーフタンズの『The Bells Of Dublin』(1991年発表)に収録されていた曲で、1997年に『the next voice you hear: the best of jackson browne』をリリースするにあたって、自分名義で改めて録音し直ました。

The Bells of DublinThe Bells of Dublin
(1991/07/01)
The Chieftains

商品詳細を見る



ザ・ベスト・オブ・ジャクソン・ブラウンザ・ベスト・オブ・ジャクソン・ブラウン
(1997/10/05)
ジャクソン・ブラウン

商品詳細を見る

1. Doctor My Eyes
2. These Days
3. Fountain of Sorrow
4. Late for the Sky
5. Pretender
6. Running on Empty
7. Stay
8. Call It a Loan
9. Somebody's Baby
10. Tender Is the Night
11. Lawyers In Love
12. In the Shape of a Heart
13. Lives in the Balance
14. Barricades of Heaven
15. Rebel Jesus
16. Next Voice You Hear
欧米盤では「Stay」、「Lawyers In Love」が外され、1993年発表の『I'm Alive』から「Sky Blue Black」が収録されています。

チーフタンズとの共演ヴァージョン。


ジャクソン・ブラウン本人のヴァージョン。


ルーファス・ウェインライトの妹、マーサ・ウェインライトによるカヴァー・ヴァージョン。ケイト&アンナ・マッギャリグルの『Mcgarrigle Christmas Hour』(2005年発表)に収録されていました。なお、ラウドン・ウェインライト3世とケイト・マッギャリグルはマーサ・ウェインライトの両親にあたります。

http://www.youtube.com/watch?v=KBt6CCFqKsI

THE REBEL OF JESUS
通りは笑顔と煌めく灯りと
季節(クリスマス)の音楽で満たされている
商店のウインドーは
子供たちと家路に急ぐ家族たちの笑顔で輝く
空が暗く冷えだす頃には
暖炉やテーブルの周りに集うだろう
神の恵みと
反逆者イエスの誕生に感謝しながら

人々はイエスのことを「神のみ子」と呼ぶ
人々はイエスのことを「救世主(メシア)」と呼ぶ
人々は航海の安全をイエスに祈る
あらゆる勇気ある努力をなして
イエスへの信仰が高まる時
人々は教会をプライドとゴールドで満たす
だが彼らは私が崇拝する大自然を変えてしまった
神殿から略奪者の巣窟へと
反逆者イエスの言葉のように

我々は錠や銃で自分たちの世界を防衛し
自分たちの優れた所有物を守る
そして年に一度のクリスマスがやって来ると
親類に贈り物をあげたり
寛大な心に支配されたなら
おそらく恵まれない人に何かしらを与えるだろう
でも我々の中の誰かが
どうして恵まれない人々がいるかという問題に口出しをすると
反逆者イエスと同じ目に遭うだろう

だけど私の物言いが
審判めいた口調に聞こえたならお許しを
クリスマスの日と人々の喜びに
冷や水を掛ける気はないのだから
苦難の人生と現世の苦労には
我々を解き放つ何かが必要
だから私は人々に喜びと励ましを申し上げるのだ
異教徒から無宗教者まで
反逆者イエスの側に立って

ジャクソン・ブラウンはこれまでにも聖書からの引用をよく行ってきました。この歌はクリスマス・ソングということもあって、聖書からの言葉がそこかしこに散りばめられています。

反逆者イエス(The rebel jesus)
イエス・キリストはユダヤ教のあり方を批判し、人々に神の教えを説いて人望を集めていました。そのことにローマ帝国は快く思わないばかりか民衆の反乱を促す恐れさえあると危惧し、彼を反逆者と見なして磔刑に処したのです。ここでは社会の規範や人間の行いを疑問視する人々を例えていると思われます。
オウム真理教事件があった際に一部の宗教家や識者の間から「麻原彰晃はキリストになれるかもしれない」といった趣旨の発言がありました。キリストが異端として迫害されたことからの同一視であると思われますが、こうした考え方には全く賛同出来ません。

人々は航海の安全をイエスに祈る(They pray to him upon the sea )
海の安全、航海の安全を神に祈るという行為はキリスト教に限らずどの宗教でも行われていることです。「マルコの福音書」第6章49節にはBut when they saw him walking upon the sea, they supposed it had been a spirit, and cried out: (ところが弟子たちが海の上を歩くイエス様を見た時、幽霊であると思い恐怖におびえて泣き叫んだ)といったくだりがあり、このあたりにもヒントを得たのかもしれません。

反逆者イエスの言葉のように(In the words of the rebel jesus)
「エレミヤ書」第7章11節によるとキリストは法律学者や祭司長を盗賊と呼び、神殿を「盗賊の巣窟」であると批判していました。大自然は神の創造物であると考えられています。ここでは人間がその大自然を破壊していることの愚行を戒める意味が表されていました。

反逆者イエスと同じ目に遭うだろう(They get the same as the rebel jesus)
政治家、企業、官僚など体制側にいる人々を批判したり、社会の矛盾を追及しているとキリストのように反逆者の烙印を押されかねないとの警告と受け取れます。

だけど私の物言いが審判めいた口調に聞こえたならお許しを(But pardon me if I have seemed to take the tone of judgement )
これはキリスト教の重要な教義である「最後の審判」を意識しているのでしょう。
キリスト教では世界の終わりにイエス・キリストが再臨し、あらゆる死者をよみがえらせて裁きを行い、永遠の生命を与えられる者と地獄へ墜ちる者とに分けられるという教えが新約聖書の「ヨハネの黙示録」に記述されています。

反逆者イエスの側に立って(On the side of the rebel jesus)
ユダヤ教の一宗派として誕生したキリスト教ですが、イエス本人は宗派を信じるのではなく神を信じることを説きました。イスラエルの民が儀式的に律法を守ろうとしていたことに対し、キリストは「律法のために人があるのではなく、人のために律法があるのだ」(「マタイによる福音書」第7章)と形式的な現状を批判。そうした形式主義的なものを乗り越えるために「神の愛」を強調したのです。そして、あらゆる現世的なものを越えて神の支配が及ぶ心の状態を「神の国」(「ルカによる福音書」第17章など)であると主張しました。
こうしてキリストは民衆の側に立って伝道を行いました。他者への愛で現実に苦しむ人々を救おうとし、懸命に生きるようにと励ましたのです。しかし、ユダヤ教の正統派からは神を冒涜し、ローマ帝国を政治的危機に陥れる人物と見なされました。

私はクリスチャンではないのであくまでも独断による解釈で記しました。他にも引用と思われる箇所があることでしょう。皆様方のご教示が得られれば幸いです。

Emmylou Harris - LIGHT OF THE STABLE

今回はクリスマス・アルバムを取り上げます。ご登場を願うアーティストはエミルー・ハリス。彼女が1979年に発表した『LIGHT OF THE STABLE』を紹介します。

Light of the StableLight of the Stable
(2004/11/09)
Emmylou Harris

商品詳細を見る

1. Christmas Time's A Coming
2. O Little Town of Bethleham
3. Away in A Manger
4. Angel Eyes
5. The First Noel
6. Beautiful Star of Bethleham
7. Little Drummer Boy
8. Golden Cradle
9. Silent Night
10. Light of the Stable
11. There's a Light
12. Cherry Tree Carol
13. Man is an Island

欧米において、クリスマス・アルバムを出せるアーティストは一流の証とされていると聞いたことがあります。特定の時期にしか売れない商品を託すのだからレコード会社にとって勇気のいる選択であり、その時点で最も勢いのある人にしか与えられないステータスといっても過言ではないのかもしれません。
日本では知名度が低くアルバムのリリースさえままならないエミルー・ハリス。カントリー・ミュージックの枠では括れない音楽性により、今でも欧米を中心として根強い人気を誇っているようです。
そのエミルー・ハリスが1979年にクリスマス・アルバムをリリース。このことによって彼女がスターの仲間入りを果たしたことを証明したと言えるでしょう。しかし、このアルバムから紡ぎ出される彼女の歌はたんにコマーシャリズムに乗ったものではなく、新鮮で美しく、イエス・キリストの誕生を祝う祝祭のみならず「全人類に対する神の愛」、「全ての人間は主にとって尊い存在」、「他者への献身と永遠の愛」といったクリスマスが象徴する本来の意味が表されているように感じ取れました。
近年は年齢によるものか円熟味を増した少々ハスキーな声に変わりつつあるとの印象を受けますが、このアルバムが発表された頃の彼女の歌声は澄み切って清々しく、キュートなソプラノ・ヴォイスが心に響きます。

それではアルバムに収められた楽曲の中から何曲かをYouTubeのライヴ音源と映像を中心に紹介して行きます。
オープニング・ナンバーはテックス・ローガン作の「Christmas Time's A Coming」。クリスマスの日に故郷へ帰る喜びを歌っています。ブログへの貼付けが出来ないので、宜しければ下記のURLをクリックしてお楽しみください。

http://www.youtube.com/watch?v=oAqRd-Yc72Y

賛美歌「Away in A Manger」はチェット・アトキンスとの共演でご覧下さい。この曲の詞はドイツの宗教改革家で多くの賛美歌を作詞・作曲し、バロック音楽に影響を与えたマルティン・ルター(1483-1546)が書いたとされていましたが、今日ではその根拠がなく作者不詳となっています。
なお、この曲には3つのヴァージョンが存在しています。ウィリアム・ジェームズ・カークパトリック(1838-1921)作のものはイギリスで好まれ、ジェームズ・ラムゼイ・マレイ(1841-1905)のものはアメリカや日本で有名。エミルー・ハリスのヴァージョンもマレイ作のものでした。そして、教会音楽家 J.E.スピルマン(1812-1896)が作ったものも親しみやすいメロディーを持っています。



AWAY IN MANGER
ゆりかごもなく、粗末な馬槽(まぶね)に眠る
幼子のイエス様が
その愛らしい頭を横たえる
明るい空の星々が
主を照らす
干し草の上で寝息をたてる
幼きイエス様

牛がモーと鳴き
赤子が目を覚ます
でも幼き主は決して泣くことはない
イエス様は汝を愛すと言って
空から見守り
私のゆりかごの横に
朝が来るまでいてくださる

アイルランドの古い子守唄「Golden Cradle」、「天使の瞳の光がなくなってしまったらどうすればいいの」と歌うロドニー・クロウェル作の「Angel Eyes」はメドレーで。こちらも宜しければ下記のURLをクリックしてください。

http://www.youtube.com/watch?v=WGcMb-yt95A

こちらはウィリー・ネルソンとの共演ヴァージョンです。

http://www.youtube.com/watch?v=Ql7FNo-x7H4

クリスマスには欠かせない「Silent Night」はモーラ・オコンネルと共演したライヴ・ヴァージョンでお楽しみください。モーラのソロ・パートはゲール語で歌われているようです。この曲は1818年にチロル地方の神父ヨーゼフ・モールが作詞し、教会のオルガン奏者フランツ・グルーバーが作曲して作られた歌です。

http://www.youtube.com/watch?v=hPqpHUmOofg

スティヴン&エリザベス・ライマー作のタイトル曲「Light Of The Stable」にはニール・ヤング、リンダ・ロンシュタット、ドリー・パートンがバック・コーラスで参加していました。



Margo Guryan - Take A Picture

前回のママ・キャスの『The Road Is No Place For A Lady』の記事の中で、彼女がマーゴ・ガーヤン作の「I Think A Lot About You」を歌っていたことについて触れました。そこで今回はそのマーゴ・ガーヤンが1968年に発表したアルバム『Take A Picture』を取り上げます。

テイク・ア・ピクチャー(紙ジャケット仕様)テイク・ア・ピクチャー(紙ジャケット仕様)
(2008/04/23)
マーゴ・ガーヤン

商品詳細を見る

1. Sunday Morning
2. Sun
3. Love Songs
4. Thoughts
5. Don't Go Away
6. Take a Picture
7. What Can I Give You?
8. Think of Rain
9. Can You Tell
10. Someone I Know
11. Love
[Bonus Track]
12. Timothy Gone
13. Come To Me Slowly
14. Love (Edit)

マーゴ・ガーヤンはニューヨーク郊外のロシア移民の家系を受け継ぐ家庭に生まれました。生年月日は不明ですが、キャリアから察すると1930年代後半の生まれかと思われます。
幼少の頃からクラシックのピアノを習い始めましたが、興味を持っていたのはポップスで、ボストン大学入学の頃にはジャズに傾倒していました。大学在学中の1957年、アトランティック・レコードと契約を交わしてレコーディングするもののデヴューは見送られます。しかし、彼女が作った「Moon Ride」がクリス・コナーに取り上げられてソング・ライターとして出発することになりました。

マーゴ・ガーヤン作の「Moon Ride」が収録されたクリス・コナーのアルバムです。
アイ・ミス・ユー・ソー(+4)(紙ジャケット仕様)アイ・ミス・ユー・ソー(+4)(紙ジャケット仕様)
(2007/02/21)
クリス・コナー

商品詳細を見る


マーゴ・ガーヤンという女性は向学心おう盛なのか、大学卒業後の1959年の夏にはマサチューセッツの「Lenox School of Jazz」という講習に参加し、ジョン・ルイス、ミルト・ジャクソンらのMJQのメンバー、ビル・エヴァンス、マックス・ローチらの豪華講師陣の手ほどきを受けます。また、その講習ではヴィブラフォン奏者のゲイリー・マクファーランドやサックス奏者のオーネット・コールマンらとの出逢いもありました。人並みならぬ才能が目に留まったのでしょうか、講習終了後にマーゴ・ガーヤンはMJQ出版とソング・ライターとしての契約を結んでいます。

マーゴ・ガーヤンの作家活動は順調に進み、ゲイリー・マクファーランドが編曲を担当したアニタ・オディのアルバム『All The Sad Young Men』(1961年発表)にガーヤン作の「I Want To Sing A Song」が収録され、オーネット・コールマンとの共作「Lonely Woman」やジョン・ルイスとの共作「Milano」がクリス・コナーによって歌われました。1964年にガーヤンはトロンボーン奏者のボブ・ブルックマイヤーと結婚し、ニューヨークのジャズ・シーンの中で彼女のキャリアは磨かれて行きます。

All the Sad Young MenAll the Sad Young Men
(1998/10/20)
Anita O'Day

商品詳細を見る


クリス・コナーが1962年に発表した「Lonely Woman」、「Milano」収録のアルバムです。
フリー・スピリッツ(+4)(紙ジャケット仕様)フリー・スピリッツ(+4)(紙ジャケット仕様)
(2007/02/21)
クリス・コナー

商品詳細を見る


公私共々ジャズの世界に没頭していたマーゴ・ガーヤンですが、前述した通り思春期の頃はポップスに興味を持っていました。ある時、友人でジャズ・ピアニストのデイヴ・フリッシュバーグからビーチ・ボーイズの「God Only Knows」を聴かされて衝撃を受けます。彼女はこの曲が収録された『Pet Sounds』(1966年発表)を手に入れて何度も聴くうちにインスパイアされたのか、「Think Of Rain」という曲を書き上げました。同曲は1967年にジャッキー・デ・シャノンが取り上げています。

ビーチ・ボーイズの「God Only Knows」です。


Pet SoundsPet Sounds
(2001/04/13)
The Beach Boys

商品詳細を見る


ジャッキー・デシャノンによる「Think of Rain」は1967年リリースの『For You』に収録。


クロディーヌ・ロンジェのヴァージョンは『The Look Of Love』(1967年発表)に収録。


アストラット・ジルベルトは1969年発表の『September 17, 1969』の中で取り上げていました。


1968年、マーゴ・ガーヤン作の「Sunday Morning」がスパンキー&アワ・ギャングによって全米30位のヒットを記録していたことも手伝って、彼女の出版担当者であるデイヴィッド・ロズナーからシンガーとしてのアルバムを出してはどうかとの働きかけがありました。大学在学中に一度は歌手デヴューの話があってレコーディングしたものの結局お蔵入りした経験を持つガーヤンにとっては願ったり叶ったリだったことでしょう。こうしてリリースされたのが今回紹介する『Take A Picture』です。プロデュースは1曲を除き、ジョン・ヒルが担当していました。
しかし、念願のアルバムは注目されることもなく静かに市場から姿を消す結果となります。その後、マーゴ・ガーヤンはデイヴィッド・ロズナーと結婚し、1970年にニューヨークからカリフォルニアへと転居しました。ガーヤンは音楽ビジネスの第一線から身を引き、現在はピアノ教師をしているそうです。

ジャケットや数少ないポートレートから察するとアイドル的なポップス・シンガーを連想されるかもしれませんが、アルバムの内容はクラシックやジャズを学んできた人だけあって背後にそうした音楽の要素が嗅ぎ取れます。また、クロディーヌ・ロンジェを彷彿させるウィスパリング・ヴォイスも彼女の魅力の一端でしょう。

それではアルバムの中から何曲か紹介して行きます。
オープニング・ナンバーは「Sunday Morning」。


SUNDAY MORNING
日曜日の朝
あなたの瞳に太陽の輝き
眠そうな顔が
私に微笑みかける

日曜日の朝
急いですることは何もなく
あなたとともにゆったりと過ごす
日曜日の朝

通りはとても静か
行き交う人々の足音だけが聞こえる
私が入れたコーヒーを
二人で楽しむ
皆と同じように過ごす
日曜日の朝

日曜日の朝 日曜日の朝 日曜 日曜
私は日曜が好き

私を抱きしめて
あなたを愛している
かけがえのない幸せな気分
日曜日の朝
かけがえのない幸せな気分

スパンキー&アワ・ギャングの「Sunday Morning」です。

他にもジュリー・ロンドンが1969年に発表したアルバム『Yummy, Yummy, Yummy』で取り上げていたのを始め、多くのアーティストがこの曲をカヴァーしていました。

1968年にリリースされたグレン・キャンベル&ボビー・ジェントリーのヴァージョンです。


陽を浴びた爽やかな気分が表されているような「Sun」。当時流行ったちょっとサイケデリックなインド音楽風のアレンジが窺えます。


追憶の愛の歌といった「Love Songs」。


別テイクです。


ジョン・サイモンがプロデュースした「Don't Go Away」。テンポの変化が興味深い曲です。カーメン・マクレエが1968年に発表した『Sound Of Silence』の中で取り上げていました。


二人の思い出を写真に込めてと歌う美しいバラード曲、「Take a Picture」。


少々ヴォードヴィル調のアレンジが施された「What Can I Give You?」。


J.S.バッハのカンタータ第147番「Herz und Mund und Tat und Leben(心と口と行いとなりわい)」に含まれるコラール「Jesus Joy Of Man's Desiring(主よ、人の望みの喜びよ)」がバックに流れる「Someone I Know」。この曲はマーゴ・ガーヤン本人とジョン・ヒルがアレンジを担当していました。ガーヤンが幼少の頃にクラシックを学んだことの賜物と言えるのかもしれません。


1960年代後半を象徴するかのようなサイケデリックな雰囲気に仕上げられた「Love」。


恋人が去って行ったことを後悔する「Timothy Gone」。


ジュリー・ロンドンが前述の『Yummy, Yummy, Yummy』(1969年発表)で取り上げていた「Come To Me Slowly」。


ママ・キャスが歌った「I Think A Lot About You」の本人によるデモ・トラックの他、別テイクや未発表曲などが収録されています。
テイク・ア・ピクチャー・プラス・モア・ソングステイク・ア・ピクチャー・プラス・モア・ソングス
(2009/11/18)
マーゴ・ガーヤン

商品詳細を見る

cass Elliot - THE ROAD IS NO PLACE FOR A LADY

女性シンガーの記事が続くようですが、今回はキャス・エリオットが1972年10月に発表した『THE ROAD IS NO PLACE FOR A LADY』を取り上げます。

ザ・ロード・イズ・ノー・プレイス・フォー・ア・レディ(紙ジャケット仕様)ザ・ロード・イズ・ノー・プレイス・フォー・ア・レディ(紙ジャケット仕様)
(2009/10/21)
キャス・エリオット

商品詳細を見る

1. If You're Gonna Break Another Heart
2. Saturday Suit
3. Does Anybody Love You
4. Walk Beside Me
5. All My Life
6. Say Hello
7. Who In The World
8. When Love Was Not A Word
9. Oh Babe, What Would You Say
10. The Road Is No Place For A Lady
[Bonus Tracks]
11. East Of The sun (And West Of The Moon)
12. Theme From L'amour
13. I Think A Lot About You
14. Listen To The World

前作『Cass Elliot』(1972年2月発表)同様、ルイス・メレンタインをプロデューサーに迎え、ロンドンで録音した『THE ROAD IS NO PLACE FOR A LADY』。RCA移籍第2弾、通算では4作目のオリジナル・アルバムとなります。前作で窺えた円熟味や気品に加えて、クリス・スペディングを始めとするイギリスのミュージシャンを起用してバンド・サウンドを意識した作りを心掛けていることが注目されました。決して派手なアルバムではありませんが、いつまでも心に残る1枚です。

それではアルバムから何曲か紹介します。
オープニング・ナンバーはシングル・カットされた『If You're Gonna Break Another Heart』。アルバート・ハモンドとマイケル・ヘイゼルウッドの共作で、ハモンドの『IT NEVER RAINS IN SOUTHERN CALIFORNIA』(1972年発表)に収録されていた曲です。勝手気ままな恋人への決別の気持ちが表されていました。


続いて「Saturday Suit」。もともとはジミー・ウェッブが人類学者デスモンド・モリスの原作を映画化した『The Naked Ape(裸の猿)』(1973年公開)のために書いた曲です。アート・ガーファンクルも『Water Mark』(1978年発表)の中でカヴァーしていました。


次は「ひとりぼっちのときは私を思い出して」と爽やかに歌う「Does Anybody Love You」。レニー(ルネィ)・アーマンドがゲイリー・パケット&ザ・ユニオン・ギャップのメンバーだったケリー・チェイターと共作した曲です。オリジナル・ヴァージョンはレネー・アーモンドの『The Rain Book』(1973年発表)に収録。


クリス・スペディングが弾くワウワウ・ギターが効果的な「Walk Beside Me」。作者のビリー・デイとマイク・レスリーはイギリス人のソング・ライターです。


心地よいピアノの音色で始まる「All My Life」。キャス・エリオットの実妹リア・カンケルがダイアナ・ヒルデブランドと共作した曲です。キャス・エリオットは『BUBBLE GAM, LEMONADE & SOMETHING FOR MAMA』(1969年発表)でもダイアナ・ヒルデブランドが書いた「Easy Come, Easy Go」を取り上げていました。


これもピアノの音色が印象的な「Say Hello」。ポール・ウィリアムズがキャス・エリオットのために書いた楽曲です。ママ・キャスは抑え気味にあっさりとした雰囲気で歌っていますが、ポール・ウィリアムズの紡ぎ出すメロディ・ラインが心に響きました。控えめなストリングスとギターも好印象。


SAY HELLO
時間をかけて
お互いのことを知ろう
そうすれば私たちの間にある問題を
解決できるだろう
二人の間に違いがあるかもしれない
でもやってみなければ分からない
あなたは私から学び
私はあなたから学ぶ

愛と理解
あなたの目を大きく開けて
空は澄みわたり 見えるでしょう
二人の世界を離れたままにしてはいけない
ハローと呼びかける
簡単なことから始めましょう
そうすればあなたは答えを
見つけられたかもしれない

優しい微笑みとともに
手を広げて

私があれこれ思うのは
やるべきことはたくさんあるってこと
愛に満ちた人生のために
美徳が恐怖や心の痛みに溢れた疑念を断ち切る
二人ならきっとやれるわ
あなたもそう思うでしょう

ほんの少しの常識と
思いやりの心を持って
手を差し伸べ 相手を見つめ
ハローと呼びかけよう
そうすればあなたは答えを
見つけられたかもしれない

1970年にリリースした「Don't You Know - She Said Hello」のヒットで知られるバタースコッチの3人(マルコム・アーノルド、デヴィッド・マーティン、ジェフ・モロウ)による作品「Who In The World」。こちらも物悲しいピアノの音色で始まり、シリアスに歌い込んでいます。


拙ブログではお馴染みのアル・ゴーゴニ、トレイド・マーティン、チップ・テイラーの共作「When Love Was Not A Word」。オリジナル・ヴァージョンは彼らのセカンド・アルバム『Gotta Get Back To Cisco』(1971年発表)の収録されています。


ちょっとダミ声を利かせたノスタルジックな「Oh Babe, What Would You Say」。ビートルズの『Rubber Soul』(1965年発表)のエンジニアだったノーマン・スミスが、ハリケーン・スミス名義で1972年にリリースして全英4位を記録した曲がオリジナル。この選曲によって、ともすれば単調になりがちなアルバム全体の雰囲気に変化がつけられているように思えます。ホーン・セクションもユーモラスな音を奏でていました。


ハリケーン・スミスのヴァージョンはライヴ映像でご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=wJdkCs5RdQg

タイトル曲「The Road Is No Place For A Lady」。リア・カンケルの作品です。ピアノとストリングスに支えられるかのようにしっとりと情感を込めて歌い上げていました。


1973年5月にリリースされたキャス・エリオットのラスト・シングル「I Think A Lot About You」がボーナス・トラックとして収録されていました。女性シンガー・ソング・ライターのマーゴ・ガーヤンの作品です。


キャス・エリオットは1973年9月にライヴ・アルバム『Don't Call Me Mama Anymore』を発表した後、翌1974年7月29日に心臓発作に教われて他界しました。スタジオ録音のアルバムはこれが実質ラストと言えるでしょう。

なお、拙ブログとリンクしていただいているおやぢさんのブログ、「音楽系おやぢの買い物日記」でもキャス・エリオットへの愛情溢れた記事が書かれておりました。そちらもどうぞご覧下さい。

Judee Sill

今回も以前から気になっていた人を記事にします。その人の名はジュディ・シル。アサイラム・レコードの第一回発売アーティストの一人でした。

ジュディ・シルジュディ・シル
(2005/12/02)
ジュディ・シル

商品詳細を見る

1. Crayon Angels
2. Phantom Cowboy
3. Archetypal Man
4. Lamb Ran Away with the Crown
5. Lady-O
6. Jesus Was a Cross Maker
7. Ridge Rider
8. My Man on Love
9. Lopin' Around Thru the Cosmos
10. Enchanted Sky Machines
11. Abracadabra

ジュディ・シルは1944年(46年説もあり)10月7日カリフォルニア州ロスアンジェルスに生まれ、オークランドで育ちました。父母が経営するバーに置いてあったピアノに幼き頃から親しみ、その後もウクレレやギターの演奏を覚えて作曲を始めるようになります。やがて父が亡くなり、母は再婚したものの酒浸りの毎日。虐待も受けたそうです。そんな日々に嫌気をさしたジュディは両親に反抗的な態度を取るようになり、次第に犯罪とドラッグに手を染めて行きました。1963年にジュニア・カレッジに入学して真剣に音楽を学ぼうとするも、犯罪を行うことのスリルが快感となってガソリン・スタンドや酒屋へ強盗に入る始末。間もなく逮捕されて感化院に送られます。
ジュディは感化院で矯正プログラムを受けて改心。入院中には施設内の教会に置かれたオルガンでゴスペルのコード奏法を習得しました。ここでの体験はその後の彼女の音楽活動のみならず人生においても重要なものとなったことでしょう。
退院後はカレッジに戻り、ソング・ライティング・コンテストに出場して優勝。音楽の才能を開花させて行きます。しかし、地元のバーで歌い始めこのままシンガー・ソング・ライターへの道へと進むかに思われたのも束の間、またもドラッグの地獄へとはまってしまいました。ジャンキーとなりクスリを買うために身を売ることもあったそうです。
再び逮捕されたジュディはやっと中毒症状から脱することができ、そうした荒んだ体験の癒しとなったのか宗教に惹かれるようになりました。なお、この頃には母と兄が他界し、さらに彼女は結婚と離婚を経験しています。彼女に取って人生の荒波が一気に押し寄せていたかのような時期でした。

音楽活動を再開したジュディはクラブで歌うようになります。ジュディにようやく幸運が舞い込んで来たのか、彼女が書いた「Lady-O」がタートルズに取り上げらることになりました。タートルズのベーシストであるジム・ポンスがジュディと友人だったことが幸いしたのでしょう。また、グラハム・ナッシュとの出会いもこの時期のことです。
自作の曲がタートルズによってレコーディングされ、グラハム・ナッシュとの親交を深めて行ったことからジュディの活動はデヴィッド・ゲフィンの目に留まることになりました。彼はローラ・ニーロを手始めとしてジャクソン・ブラウン、ジョニ・ミッチェル、クロスビー、スティルス&ナッシュらのマネージメントを行うまでになり、さらにはレコード会社を立ち上げようとしていたのです。
晴れてジュディ・シルはデヴィッド・ゲフィンのアサイラム・レコードと契約。1971年に発表されたアルバム『JUDEE SILL』はアサイラムから発売された最初のアルバムとなりました。

絶妙なオーケストレーションをバックに透明感のある高音で囁くように歌うジュディ・シルの魅力が溢れたファースト・アルバム『JUDEE SILL』。アルバムは評論家や業界から賞賛を持って迎えられました。シングル・カットされた「Jesus Was A Cross Maker」はグラハム・ナッシュがプロデュースを行って話題となり、キャス・エリオットやザ・ホリーズに相次いで取り上げられています。また、デヴィッド・クロスビー&グラハム・ナッシュのツアーのオープニング・アクトにも抜擢されて彼女はこのまま順調な活動を続けて行くかのように思われました。

ジュディ・シルの半生を鑑みるとローラ・ニーロやリッキー・リー・ジョーンズ同様、思春期のドラッグ体験が共通項として浮かび上がります。しかし、その状況は彼女たちに比べて悲惨なもので、人生をも大きく左右し、生死の境を彷徨うほどの凄まじいものが窺えます。また、貧困と挫折を味わった経験が彼女の紡ぎ出す作品に大きな影響を及ぼしていることも確かでしょう。それ故、ジュディ・シルの歌に悔恨と贖罪の念が込められていました。

1973年にはセカンド・アルバム『Heart Food』を発表し高い評価を得るものの、大衆の支持をつかむことが出来ず商業的に芳しい成績を上げることなく、次第にジュディ・シルの名はシーンから消えて行きます。失意の彼女はまたもドラッグに頼る日々に逆戻り。さらに不運は重なり、交通事故で負った大怪我の痛みから逃れるためにドラッグ中毒に拍車がかかりました。そして、1979年11月にコカインの過剰摂取がもとで帰らぬ人となっています。

なお、ジュディ・シルの死後、2005年にサード・アルバムとしてレコーディングされていたデモ音源を中心に集めた『Dreams Come True』、2007年にBBCのテレビ/ラジオ出演時のライブ音源とインタビューを収録した『Live in London: The BBC Recordings 1972-1973』がリリースされました。

それではアルバムに収録された楽曲を幾つか紹介して行きます。
まず、オープニング・ナンバーの『Crayon Angels』。歌詞の内容は「私はここで神様と汽車が来るのを待つ」と救済を望む様子を歌ったものです。



続いて「Lamb Ran Away with the Crown」はライヴ映像でご覧下さい。歌詞の内容は「昔、私の額には悪魔が棲んでいた。私は叫び、嘆き、大声で呪いの声を上げていた」とおとぎ話のような雰囲気を受け取れますが、「子羊は王冠を被って逃げて行った」と締めくくられ、宗教的な表現が示されていました。


シングル・カットされた「Jesus Was A Cross Maker」もライヴ映像でご覧下さい。


JESUS WAS A CROSS MAKER
海の上にいる銀色の優しき天使たちよ
お願いだから私のもとへ低空飛行で降りて来て

知らない人を信じていたことがあるの
その人の甘い歌声を聴いてしまったから
何かおかしいと感じながらも
優しく誘惑されたのだ
だけど振り返るとあの人は姿を消していた

私を盲目にし、今も心に残るあの人の歌
あの人は強盗、ただのハート・ブレーカー
でもジーザスだってたんなる十字架を作っていた男だった

あの人は悪魔と戦っている
傍らにピストルを置いて
窓辺に悪魔を追いつめても
隠れる場所を与えないで
あの人はドアを開けたままにしているの

戦いは続き、あの人はランプを灯して迎え入れようとする
あの人は強盗、ただのハート・ブレーカー
でもジーザスだってたんなる十字架を作っていた男だった

轟く雷鳴が聞こえた
あんなに薄暗い光を見たのは初めて
どんどん交差点に近づいて行くのが見える
風が危険をはらみ
どちらの道も険しく思える

私を隠して 私は逃げる 欲望が私を引き裂く
あの人は強盗、ただのハート・ブレーカー
ああ でもジーザスだってたんなる十字架を作っていた男だった
そう ジーザスだってたんなる十字架を作っていた男だったのよ

宗教的な内容が漂う歌詞ですが、ローリング・ストーン誌のジュディ・シルへのインタヴューによると「多くの人があの歌を神について書かれてものだと思っているけれど、それは間違い。あれは私の心を引き裂いて行った強盗に向けて書かれた歌です」と述べられていました。ジュディ・シルは実体験に基づくラブ・ソングを書いていましたが、この曲も例外でなく、噂によるとJ.D.サウザーとのロマンスの破局が描かれているとのことです。ともに初期のアサイラムに所属したアーティストであるため、さもありなんといったところでしょうか。そう考えるとグラハム・ナッシュがプロデュースまで買って出るほど熱心だったわけは・・・。邪推はこのあたりで止めておきます。
なお、"Jesus was a cross maker"を直訳すると「ジーザスだってたんなる十字架を作っていた男」となるのですが、生活の糧として十字架作りに励んだイエス・キリストの境遇を鑑み、「神が試練を与えた」といった意味が表されているのではないかとも受け取れました。

前述の『Live in London: The BBC Recordings 1972-1973』のヴァージョンです。


キャス・エリオットの記事でも紹介したカヴァー・ヴァージョンです。


同じくホリーズのヴァージョン。1972年発表のアルバム『Romany』で取り上げています。キャメロン・クロウ監督、オーランド・ブルーム主演のアメリカ映画『Elizabethtown』(2005年公開)の挿入歌として使用され、サントラ盤にも収録されました。


2007年にリリースされたサントラの続編ではレイチェル・ヤマガタがこの曲を歌っています。


他にもウォーレン・ジヴォンが1995年に発表したアルバム『Mutineer』の中で取り上げていました。

Laura Nyro - THE FIRST SONGS

これまでローラ・ニーロを意識的に取り上げなかった。拙ブログとリンクしていただいているPurple_Hazeさんの『Blues Power』、whiteさんの『ホーム&ヒューマン・ナビ』、kofnさんの『KOFNのある日どこかでJAZZ』、240さんの『音楽の杜』、sintanさんの『3度のメシよりCD』などが先に記事にされていたので避けていたのだ。先人の記事があまりにも素晴らしくて、私のようなつたない文章ではとてもおぼつかない。
しかし、冬の訪れとともにローラ・ニーロの音楽がとりわけ似合う季節になり、いつまでも彼女について語らないでいることは稚拙な文章を書くことよりも失礼な行為を続けているように思えた。先人が書かれた文章に敬意を払いながら、今回はローラ・ニーロの『The First Songs』について述べてみたい。

ファースト・ソングス(紙ジャケット仕様)ファースト・ソングス(紙ジャケット仕様)
(2007/12/19)
ローラ・ニーロ

商品詳細を見る

1. Wedding Bell Blues
2. Billy's Blues
3. California Shoeshine Boys
4. Blowin' Away
5. Lazy Susan
6. Goodbye Joe
7. Flim Flam Man
8. Stoney End
9. I Never Meant to Hurt You
10. He's a Runner
11. Buy and Sell
12. And When I Die

ローラ・ニーロは1947年10月8日、ニューヨーク市ブロンクスのイタリア系ユダヤ人の家庭に生まれた。父親はピアノの調律師でジャズ・トランペット奏者、母親はクラシックに造詣が深く、ローラ自身も幼き頃から音楽に親しみピアノに向かって歌っていたという。
高校時代はジョン・コルトレーン、マイルス・ディヴィス、ビリー・ホリディらのジャズはもちろん、クラシックならラヴェルやドビュッシーのような印象派がお気に入り。同時にマーサ&ヴァンデラスといったR&Bサウンドやボブ・ディランにも傾倒していた。この頃には本格的に作曲を始めている。
高校を卒業した1965年、ローラ・ニーロはオリジナル作品を持って自ら音楽出版社に売り込に回った。やがてボブ・ディランと最初に出版契約を交わしたアーサー・モーグルのオーディションを受けて合格。新たにシンガー・ソング・ライター部門の開拓を試みていたジャズ専門レーベルのヴァーヴ・レコードからのデヴューも決まった。
1966年10月にシングル「Wedding Bell Blues」、翌1967年2月にファースト・アルバム『More Than A New Discovery 』を発表。音楽業界誌や評論家の評価は高かったが売り上げは低調に終わった。6月17日には新人ながらモンタレー・ポップ・フェスティヴァルに出演する機会を得るものの、ステージではブーイングの洗礼を受けている。ジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスといった大物アーティストがエネルギッシュでソウルフルなパフォーマンスを繰り広げる中、ローラ・ニーロの繊細な歌は観客にとって一服の清涼剤にはならなかったようだ。
この年の夏にはセカンド・アルバム『Soul Picnic』の発売が予定されていたが、急遽キャンセルされた。ローラ・ニーロはファースト・アルバムの制作時にプロデューサーから何かと注文を受けて自分の思い通りのレコーディングが出来ずに不満を持ち、セカンド・アルバムの制作もままならぬ状況だったようである。
そんな時、ローラ・ニーロは後にアサイラム・レコードの社長となるデヴィッド・ゲフィンと出逢う。彼はローラの才能に惚れ込みマネージャーを買って出て敏腕ぶりを発揮し、ヴァーブとの契約を破棄させた後にCBSとの契約を取り付けた。ローラ・ニーロにしてみれば、敬愛するマイルス・デヴィスやボブ・ディランの所属するレコード会社への移籍が叶う結果となったのだ。
セールス面では芳しくなかった『More Than A Discovery』だったが、多くのアーティストがこのアルバムに収録された楽曲を取り上げヒットさせている。フィフス・ディメンションが「Wedding Bell Blues」を全米1位に、BS&Tが「And When I Die」を全米2位に、バーブラ・ストライザンドが「Stoney End」を全米6位に送り込んだのだ。シンガーとして成功することが出来なかったアルバムだったが、ソング・ライターとしての才能が開花した一枚と言えよう。
CBSに移ったローラ・ニーロはチャリー・カレロとの共同プロデュースで1968年にセカンド・アルバム『Eli and the Thirteenth Confession』をリリース。CBSの重役たちを満足させるとまではいかなかったが、まずまずの売り上げを示し、収録曲から1969年に全米10位を記録したスリー・ドッグ・ナイトの「Eli's Comin'」を始め、多数のカヴァー・ヴァージョンが生まれている。
こうしてローラ・ニーロは新世代のシンガー・ソング・ライターとして脚光を浴び始めた。デヴュー・アルバム『More Than A New Discovery』に収められた曲はその後も同時代のアーティストたちに次々と取り上げられている。まるでショーケースやカタログのような様相を呈していた印象さえ受けるが、その甲斐あって1973年に『FIRST SONGS』としてCBSより装いも新たに再発された。

私がローラ・ニーロの歌を意識的に聴いたのは中学生の頃だと思う。洗練された透明感があり、時にドラマティックな展開を見せる美人シンガーの歌が妙に心に残った。同時に、『ニュー・ミュージック・マガジン』(現『ミュージック・マガジン』)1973年3月号に掲載された小倉エージ先生と中川五郎氏による対談もローラ・ニーロに対する興味を増幅させることになったのだ。それは「男からみた、女のうたう歌」と題するもので、カーリー・サイモン、キャロル・キング、サンディ・デニーらとともにローラ・ニーロの魅力について語り合われていた。小倉師曰く、「ローラ・ニーロの歌には男なしでは駄目というかわいい女であったり、しなやかな強い女であったりと女の目を通して様々なことが描かれている」といった趣旨だったように憶えている。
初期のローラ・ニーロが描く世界には「死」や「ドラッグ」の匂いがつきまとう。家庭環境に恵まれていたローラ・ニーロだが、どうして彼女の歌は悲しく、死をも連想させるのか。ユダヤ商人の息子であるボブ・ディランがデヴュー当時、「俺の親父はカウボーイだ」と言って素性を隠さなければならなかったように、彼女もまたユダヤ人であるがための差別を受けていたであろうことに起因するのか。感受性が強いがために音楽や文学などの芸術から受け取ったメッセージを自分なりに表現したものなのか。それとも青春期に芽生えた好奇心や反抗心、あるいは厭世的な心理状態によるものなのか。
小倉先生の評論にそうした妄想をかき立てながらも歌詞の深い意味や大人の事情を理解できなかった青臭い14、5歳の頃のこと、ローラ・ニーロの繊細で表情豊かな歌声とR&B、ゴスペル、ジャズ、フォーク、ポップスなど様々なジャンルの音楽が内包されたサウンドに心を奪われるのみだった。


それではアルバムの中から何曲か紹介したい。
オープニング・ナンバーの「Wedding Bell Blues」。ブルージーなハーモニカの音色をバックに「Bill, I Love You So(ビル、私はあなたが好き)」という歌い出しで始まり、ウェディングという華やいだ気分とブルースという悲しみの感情が交錯するかのような曲である。この曲は一説によると、叔母ヘレン・メリルの不倫をもとにして書かれたという。


1969年にリリースされたフィフス・ディメンションのカヴァー・ヴァージョン。
http://www.youtube.com/watch?v=IkMhWQgkZ8c


続く「Billy's Blues」では「Play a song to ease Billy's blues(歌を歌ってビリーの苦しみをやわらげよう)」と歌われ、これら2曲はまるで対をなしているかのようだ。


ローラ・ニーロと親交があったというスーザン・カーターという女性シンガーが、BS&Tのメンバーをバックにレコーディングした唯一のアルバム『Wonderful Deeds And Adventures』(1970年発表)の中でこの曲を取り上げている。原曲ではBillyのことを"He"と歌って男性として扱っているのに対して、スーザン・カーターは”She”と女性に置き換え、ビリー・ホリディに捧げる歌にしていた。

物悲しいハーモニカの音色で始まったかと思うと一転してアップ・テンポの賑やかな曲調に変化する「California Shoeshine Boys」。


この曲はジュリー・バドが1967年頃にカヴァーしているようだ。

明るく軽快な「Blowin' Away』。歌詞は情熱的な愛とドラッグ体験が描かれているように思える。


フィフス・ディメンションのカヴァー・ヴァージョン。1969年発表の『The Age of Aquarius』に収録。
http://www.youtube.com/watch?v=4degbjZk_m4


失恋ソングのようだが、爽やかな別れが描かれた「Goodbye Joe」。


カーメン・マクレエが1970年に発表した『Just A Little Lovin'』の中でカヴァーしている。

詐欺師のような罪深い男のことを歌った「Flim Flam Man」。


バーブラ・ストライザンドのカヴァー・ヴァージョン。1971年発表の『Stoney End』に収録。
http://www.youtube.com/watch?v=QAf-rvqWyiQ

トゥース・シールマンスのハーモニカがフィーチャーされた「Stoney End」。


バーブラ・ストライザンドのカヴァー・ヴァージョン。こちらも1971年発表の『Stoney End』に収録。
http://www.youtube.com/watch?v=j__OhNPutzA


リンダ・ロンシュタットのカヴァー・ヴァージョン。 ストーン・ポニーズ時代の『Linda Ronstadt - Stone Poneys and Friends Vol. III』 (1968年発表) 。
http://www.youtube.com/watch?v=GxgDB-YZJVo

メイナード・ファーガソン。
http://www.youtube.com/watch?v=MdUjWkmWZCc

布施明さんも歌っていたようです。1971年発表の日生劇場のライヴ盤より。宜しければお聴きください。
http://www.youtube.com/watch?v=MlBtQKAZpbo

他にもベス・ニールセン・チャップマンがトリビュート・アルバム『Time and Love - The Music of Laura Nyro』 (1997発表)で、ダイアナ・ロスが1970年に発表した『Diana Ross』(2002年再発盤のボーナス・トラックとして収録)でカヴァーしている。

スケールの大きさが感じられるバラード、「I Never Meant to Hurt You」。



自分のもとを去って行く男のことを描いた「He's a Runner」。


キャス・エリオットのカヴァー・ヴァージョンは1969年発表の『Bubble Gum, Lemonade and... Something for Mama』に収録 。
http://www.youtube.com/watch?v=jz811IzP0Jg

フィフス・ディメンションのカヴァー・ヴァージョンは1971年リリースの『Love's Lines, Angles and Rhymes』に収録。
http://www.youtube.com/watch?v=AU1pjAfkbnM

他にもブラッド、スエット&ティアーズが『BS&T 3』にて取り上げていた。

曲の冒頭で「コカインと気の抜けたビール。甘いキャンディーとキャラメル」と歌われる対比が興味深い「 Buy and Sell」。


この曲はクリス・コナーが『Sketches』(1972年発表)で、スザンヌ・ヴェガがトリビュート・アルバム『Time and Love - The Music of Laura Nyro』 (1997年発表)で取り上げていた。

前述したが、「死生観」が描かれた「And When I Die」。ローラ・ニーロがこの曲を書いたのは17歳の頃と言われている。彼女はその年齢で「死の何であるか」を達観していたのだろうか。


AND WHEN I DIE
私は死ぬことを恐れない
どうってことないわ
死の中に安寧があるなら
その時を近くにやって来させて
死の中に安寧があるなら
死ぬ時期が訪れたのなら
私の棺をしっかり包んでね
深い土の下は寒いから
私が死ぬ時
私が行ってしまう時
一人の子供が生まれ
世界は巡って行く

私には幾つもの悩みがある
それらは井戸のように深いもの
私は断言する 天国なんてないと
私は祈る 地獄などないようにと
天国なんてないと分かっているのよ
それでも地獄がないことを祈るの
でも生きていては分からない
死だけが教えてくれる
私が死ぬ時
私が行ってしまう時
一人の子供が生まれ
世界は巡って行く

自由をください
私が生きている限り
私が生に求めることは
鎖を掛けないでということ
私が生に求めることは
鎖を掛けないでということ
私が死に望むことは
自然に逝かせてということ
悪魔(Devil)に付き添われた死はいや
悪魔(Demon)に付き添われた死はいや
悪魔(Satan)に付き添われた死はいや
不安な気持ちで死にたくない
自然に逝かせて

私が死ぬ時
私が行ってしまう時
一人の子供が生まれ
世界は巡って行く

まったく違ったアレンジで歌うライヴ音源。1989年発表の『Live At Bottom Line』より。


ピーター、ポール&マリーのカヴァー・ヴァージョン。1966年発表の『Album』に収録。ローラ・ニーロの『More Than A New Discovery』と同じくミルトン・オークがプロデュースしていた。
http://www.youtube.com/watch?v=9C5WncqIv98

デヴィッド・クレイトン・トーマスがリード・ヴォーカルを取るブラッド、スエット&ティアーズの1993年のライヴ映像。キャロル・キングの「Hi-De-Ho」とメドレーで演奏されている。 なお、BS&Tのスタジオ・ヴァージョンは『Blood, Sweat & Tears』 (1969年発表)に収められている。
http://www.youtube.com/watch?v=fkm79KtNnc4


リード・ヴォーカルをジェリー・フィシャーが担当していた1974年のライヴ映像。
http://www.youtube.com/watch?v=5D9xHFa8zgg

この他にもサミー・ディヴィス・ジュニアが『Something for Everyone』 (1970年リリース)で取り上げていた。

こちらは2008年に英Rev-Olaからオリジナル・ジャケットで再発された曰く付きのCD。曲順が違うそうだ。詳しくは前述のKofnさんの記事parlophoneさんの『DAYS OF MUSIC & MOVIES 』MASAさんの『rolling beat blog』などを参照していただきたい。

More Than a New DiscoveryMore Than a New Discovery
(2008/03/25)
Laura Nyro

商品詳細を見る

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。