好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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John Hiatt - BRING THE FAMILY

ライ・クーダーの来日が近いということで、彼と関係の深いアーティストを取り上げることにしました。今回ご登場を願う方はジョン・ハイアットです。

Bring the FamilyBring the Family
(2002/06/17)
John Hiatt

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1. Memphis in the Meantime
2. Alone in the Dark
3. Thing Called Love
4. Lipstick Sunset
5. Have a Little Faith in Me
6. Thank You Girl
7. Tip of My Tongue
8. Your Dad Did
9. Stood Up
10. Learning How to Love You

1952年にインディアナ州インディアナポリスに生まれたジョン・ハイアット。学生時代は地元のバンドで活躍し、18歳の時にナッシュヴィルに出て音楽出版会社と契約を結びソング・ライターとして活動を始めます。
1974年にはCBS傘下のエピックからアルバム『Hanging Around The Obserbatoty』を発表。シンガーとしてのデヴューを飾りました。翌75年にはセカンド・アルバム『Overcoats』をリリースしますが反応は鈍く、その後は幾つかのレコード会社を渡り歩きアルバムを出す機会に恵まれながらも鳴かず飛ばずの状況が続きます。そんな日々の中、ジャック・ニコルソン主演の映画『The Boder』(1982年公開)のサウンド・トラックでライ・クーダーと共演。それが縁で両者の交流が始まり、ライ・クーダーのアルバム『Borderline』(1980年)、『The Slide Area 』(1982年)にジョン・ハイアットが参加し、コンサート活動にも同行しました。85年にはルイ・マル監督の映画『Alamo Bay』のサントラでも再びふたりは顔を合わせ親交を深めます。
アルバムを着実にリリースし、ライヴ活動も活発に続けるジョン・ハイアット。しかし、話題性に乏しいのかなかなか波に乗り切れません。この状況を見るに見かねたジョン・ハイアットの理解者であるコンサート・コーデュネーターのジョン・チェルウは次回作のプロデュースを買って出て、レコーディングにライ・クーダーの全面的なバック・アップを求めることを提案。ライ・クーダーは快く引き受け、ドラムスにはライと行動を共にするジム・ケルトナー、ベースにはジョン・ハイアットのアルバム『Riding With The King』(1983年発表)の半分の楽曲をプロデュースした経験のあるニック・ロウが担当することになり、今回ご紹介する『Bring The Family』のレコーディング・セッションが行われました。そして、このセッションが発展し、91年には同じメンバーでリトル・ヴィレッジなるバンドの結成に至ります。

Little VillageLittle Village
(1992/02/18)
Little Village

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アルバム『Bring The Family』はフォーク、カントリー、R&B、ゴスペルなどアメリカ南部の音楽を基盤にしたサウンドを展開し、身の回りのことに思いを巡らし、自分の半生を振り返りながら家族への愛を吐露した心情が歌詞の中に託されていました。ライ・クーダーら気心の知れたアーティストらに支えられたことも、ジョン・ハイアットがのびのびとその個性と魅力をいかんなく発揮できる要因となり得たのでしょう。

日本では知名度が低いジョン・ハイアットですが、幸いYouTubeには彼の映像がふんだんにありました。それらを使ってアルバムの中の楽曲を紹介して行きます。何ぶんライヴですのでスタジオ録音よりもパフォーマンスが長めであることをご了承ください。
まず、アルバムのオープニング・ナンバー、軽快でアーシーな「Memphis in the Meantime」。この映像は『Bring The Family』のリリース直後である1987年にドイツで行われたコンサートのパフォーマンスのようです。


MEMPHIS IN THE MEANTIME
ちょっと言わせてくれよ リトル・ガール
おまえは俺のやり方を好まないかもしれないが
俺たちはこの街に
ちょっとばかし長居をしすぎたようだな

おまえはここに落ち着き責任を持って行動したいと言う
旅をするのは終わりにしたいんだな
でも俺はすぐにここを出なければ
頭が破裂するかもしれない

そうさ 俺はカントリー・ミュージックが好きなんだ
マンドリンの響きもな
だが今の俺が本当に必要なのは
ヴィブロラックス・アンプの目盛りを目一杯に上げたテレキャスターなのさ

差し当たってメンフィスに行こう ベイビー
メンフィスに行こうぜ ガール

カントリー.ブルースがまといつくような
ちょっとしたリズムの一撃を受けたいのさ
古びたカウボーイ・ブーツを
いかしたイタリアンブーツに替えたいのさ

ムースやヘア・スプレーなんて忘れちまいな
俺たちにはそんなものいらないぜ
ポーク・パイ・ハット(フェルト製のソフト帽)を被るのなら
軽く塗るだけで十分だ

地獄が凍り付いてしまうまで
おまえなら待っていられるだろうが
俺にはロニー・ミルサップが
この曲をレコーディングするとは思えないぜ

たぶんここじゃ何にも起こらない
たぶんここじゃ噂が広まるばかりだ
意固地になる前に
俺たちは一息つくとしようぜ

旗いとこここから抜け出されば
楽しみを見つけられる
レストラン・ランデヴーに行って
相当な食事ができるぜ

だから心に響くスティール・ギターの音が聴きたいのさ
その中で俺はぶちのめされたいんだ
禁断の果実を食らうような
トランペットとサックスの音色が聴きたいんだ

たっぷり楽しんだ後は
家に帰り
カウホーンをキャデラックに戻して
留守番電話のメッセージを変えようぜ

でもなぁ


ロドニー・クロムウェルやカール・パーキンスがバック・アップしている1988年の映像。


泥臭く粘りのあるリズムが印象的な「Alone In The Dark」。


「Thing Called Love」は俳優でシンガー・ソング・ライターのライル・ラヴェットとの共演映像で。


ボニー・レイットとの共演映像。彼女は「Thing Called Love」を1989年発表の『Nick Of Time』でカヴァーしていました。


「Lipstick Sunset」。アルバムではライ・クーダーのすすり泣くようなギターが聴けるのですが、このバック・バンドの演奏も味わい深いものがあります。


ピアノの弾き語りで歌われる「Have A Little Faith In Me」。感情を込めながらも気取らず切々とした歌声に、ありのままの彼の姿が表現されているようです。


DVDのイメージ映像も宜しければご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=8UkKTlzyLhQ

ライ・クーダーを意識したかのようなスライド・ギターの演奏が興味深い「Thank You Girl」。シングル・カットされました。


こちらも宜しければDVDのイメージ映像をご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=aXzpfX6wp7I

恋人との別れを後悔する「Tip Of My Tongue」。ここでもスライド・ギターの音色が切なく響きます。


力強いテンポで演奏される「Your Dad Did」。


自省の念を込めて半生を振り返るかのような内容が歌詞に込められた「Stood Up」。


アコースティック・ギターの弾き語りで歌われる「Learning How To Love You」。愛する人への思いが込められたラヴ・ソングです。


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Cass Elliot

今回は1972年1月にリリースされたママ・キャスこと、キャス・エリオットの『Cass Elliot』を取り上げます。
キャス・エリオット(紙ジャケット仕様)キャス・エリオット(紙ジャケット仕様)
(2009/10/21)
キャス・エリオット

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1. I'll Be Home (Randy Newman)
2. Baby I'm Yours (Van McCoy)
3. Jesus Was a Crossmaker (Judee Sill)
4. That Song (Bill Dean)
5. When It Doesn't Work Out (Leah Kunkel)
6. I'll Be There (Bobby Darin)
7. Disney Girls (Bruce Johnston)
8. I Think It's Going to Rain Today (Randy Newman)
9. Cherries Jubilee (Marilyn Messina)
10. All in the Game (Carl Sigman, Charles Dawes)
[Bonus Tracks]
11. We'll See (John Sebastian)
12. Try It, Baby (Berry Gordy)

ママス&パパスの解散後の1968年の夏、キャス・エリオットはプロデューサーにジョン・サイモンを迎えて、ソロ・アーティストとして念願のファースト・アルバムを発表します。所属のダンヒル・レコードは大きな期待を寄せていたのですが、ヴァラエティに富んだ楽曲が揃っていたものの難しいメロディと凝った作りが災いしたのか、セールス的には全米87位と芳しい成績を上げることが出来ませんでした。
ダンヒル・レコードはポップ路線に戻ることを要請。1969年に発表されたセカンド・アルバム『BUBBLE GAM, LEMONADE & SOMETHING FOR MAMA』はその路線に沿ったサウンドに仕上げられ、シングル・カットされた「It's getting better」(バリー・マン&シンシア・ワイル作)は全米第12位を記録します。このヒットでキャス・エリオットここにありとばかりの健在感を示したのですが、大人の歌を歌いたいという彼女の本意とは大きくかけ離れてしまう結果となりました。
その後、キャス・エリオットはデイヴ・メイソンとの活動や契約を消化するのために一時的に再結成されたママス&パパスへの復帰などを経てダンヒルを離れます。
1971年、キャス・エリオットは新たにRCAとソロ契約を結びました。今度こそフォーク・ロックでもなくバブルガムでもない自分の志向する音楽を心置きなく表現するために、彼女は早速レコーディングを開始。ヴァン・モリソンの『Astral Weeks』(1968年発表)を手掛けたルイス・メレンスタインをプロデューサーに迎え、翌1972年に今回紹介する『Cass Elliot』をリリースします。ランディ・ニューマン、ジュディ・シル、ブルース・ジョンストン(ザ・ビーチ・ボーイズ)といった同時代のシンガー・ソング・ライターたちの作品からオールディーズ、R&Bに至るまで選曲の妙が味わえるアルバムに仕上がりました。タイトルに『Cass Elliot』と自分の名前を名付けたところにも彼女の意気込みが伝わって来るようです。

それではアルバムの中から何曲か聴いていただければ幸いです。
まず、オープニング・ナンバーの「I'll Be Home」。もともとはポール・マッカートニーの依頼を受けたランディ・ニューマンがメリー・ホプキンのために書いた楽曲とのこと。ピアノの伴奏だけをバックにしっとりとジャジーに歌うかと思いきや、途中から力強いリズム・セクションとオーケストラが加わり、感動を呼ぶかのように盛り上げています。
カヴァー・ヴァージョンが多い曲で、ハリー・ニルソン(1970年発表の『Nilsson Sings Newman』に収録)、ヴィッキー・カー(1970年発表の『I'll Be Home』に収録)、バーブラ・ストライザンド(1971年発表の『Stoney End』に収録)、ミーナ(1971年発表の『Mina』に収録)、アン・マレー(1973年発表の『Danny's Song 』に収録)、マチルダ・サンティン(1993年発表の『Texas Girl & Pretty Boy』に収録)らに取り上げられていました。ランディ・ニューマン本人のセルフ・カヴァーは1971年発表の『Live』に収録されています。


I'LL BE HOME
家にいるの 家にいるのよ
あなたの人生がトラブルに遭って
誰も手を差し伸べてくれない時
気分が落ち込み慰めが必要な時
まわりに一緒にいてくれる人がいない時
思い出してね ベイビー
いつでも私を頼りにしていいのよ
家にいるから 家にいるから

家にいるの 家にいるのよ
あなたがどこを旅しようとも
どこを放浪しようとも
あなたは戻って来る だから私はここで待っているの
こんな風にあなたを愛せるのは私以外にはいない
私はあなたをここで癒し、いつまでも面倒を見てあげる
家にいるから 家にいるから ずっと家にいるからね


イタリアの有名なシンガーであるミーナのヴァージョンです。宜しければお聴きください。



続いて、バーバラ・ルイスが歌って1965年に全米第11位のヒットとなった「Baby I'm Yours」のカヴァー。アルバムからのファースト・シングルとしてリリースされました。ディスコ・サウンドの「The Hutsle」(1975年)で一世を風靡したヴァン・マッコイが書いた曲です。


ジュディ・シル作の「Jesus Was A Cross Maker」。本人のヴァージョンは1971年リリースの『Judee Sill』に収録されています。
他の主なカヴァー・ヴァージョンはザ・ホリーズ(1972年発表の『Romany』)ウォーレン・ジヴォン(1995年発表の『Mutineer (1995)』)に収録など。また、リンダ・ロンシュタットも「Bandit And A Heartbreaker」のタイトルで一部歌詞を変えて歌っていました。彼女のヴァージョンは1999年発表の『The Linda Ronstadt Box Set (4-CD Set containing Album Tracks And Some Rarities)』に収録されています。


ザ・ホリーズのヴァージョン。キャメロン・クロウ監督、オーランド・ブルーム主演のアメリカ映画『Elizabethtown』(2005年公開)の挿入歌として使用され、サントラ盤にも収録されました。また、2007年にリリースされたサントラの続編ではレイチェル・ヤマガタがこの曲を歌っています。


ジュディ・シルのオリジナル・ヴァージョンはライヴ映像でお楽しみください。



アルバムからのセカンド・シングルとしてリリースされた「That Song」。


キャス・エリオットの妹であるリア・カンケル(コーエン)作の「When It Doesn't Work Out」。ちなみに、ママ・キャスの本名はエレン・ナオミ・コーエンです。


拙ブログではお馴染みのブルース・ジョンストン作の「Disney Girls」です。オリジナル・ヴァージョンはビーチ・ボーイズの『Surf's Up』(1971年発表)に収録。アート・ガーファンクルの『Breakaway』(1975年)、ブルース・ジョンストンのソロ・アルバム『Going Public』(1977年)でも取り上げられていました。


マリリン・メッシーナ作の「Cherries Jubilee」。


このほかにもランディ・ニューマン作の「I Think It Going Rain Today」(1968年発表の『Randy Newman』に収録)、山下達郎さんも1993年発表のアルバム『Season's Greetings』でカヴァーしている「It's All In The Game 」など秀逸な作品が取り上げられていました。また、2009年の再発盤ではボーナス・トラックとしてジョン・セバスティアンが書いた「We'll See」(1971年発表の『Four Of Us』に収録)、モータウンの創始者ベリー・ゴーディ作でマーヴィン・ゲイが歌って全米第15位のヒットを記録した「Try It, Baby」が収録されています。

The Beatles - Baby It's You

今回取り上げるビートルズのナンバーは1962年にリリースされたファースト・アルバム『Please Please Me』に収録されていた「Baby It's You」です。バート・バカラック、マーク・デイヴィド、バーニー・ウィリアムスらが共作した曲で、アメリカの女性R&Bコーラス・グループ、シュレルズが1961年にヒットさせました。
レコーディング当日のジョン・レノンは風邪を引いて万全な体調で臨めなかったそうですが、彼の艶のあるヴォーカルと「シャララララ」と歌われるコーラスが印象的です。

プリーズ・プリーズ・ミープリーズ・プリーズ・ミー
(2009/09/09)
ザ・ビートルズ

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1. I Saw Her Standing There
2. Misery
3. Anna (Go to Him)
4. Chains
5. Boys
6. Ask Me Why
7. Please Please Me
8. Love Me Do
9. P.S. I Love You
10. Baby It's You
11. Do You Want to Know a Secret
12. Taste of Honey
13. There's a Place
14. Twist and Shout

このアルバムはオリジナル8曲、カヴァー6曲で構成されていました。他人の楽曲のカヴァーに関してはビートルズがライヴで演奏していたお気に入りの曲を取り上げたものと思われます。ことに「chains」(クッキーズ)、「Boys」、「Baby It's You」(シュレルズ)といった女性コーラス・グループの楽曲を堂々と取り上げていたことは興味深く受け取れました。当時はまだ「野郎が女の歌を歌うとは情けない」といった風潮があったと思われます。しかし、「ええ歌は男であろうと女であろうと関係ないわい」といったこだわりのない彼らの姿勢が、音楽の幅を広げ、斬新さを備え続けることのできた所以のひとつなのでしょう。
少々甘えるような雰囲気が漂うオリジナルのシュレルズのヴァージョンからは「あなたのことが好きでたまらない」といったニュアンスが伝わってきますが、ジョンの歌声を聴いていると、「頼むから俺を捨てないでくれ」と懇願しているかのような切実感が窺えます。



BABY IT'S YOU
俺の心に触れるのは
そんな笑顔じゃなかった
俺の胸を苦しめるのは
そんなキスじゃなかった

くる夜もくる夜も
俺はひとりで家にこもりおまえを想って泣いている
どうしろっていうんだい
自分ではどうしようもないのさ
だからベイビー おまえ次第だ
ベイビー おまえ次第なんだよ

みんながおまえのことを噂しているのを耳にした
浮気女さ 騙されてんだよ
誠実だったことのない女だってな
浮気者さ 騙されてんだよ

誰が何と言おうとかまいはしない
今までどおりおまえを愛し続ける
ほかにどうしようもない 本当さ
誰も目に入らない
だからベイビー おまえ次第
ベイビー おまえだけなのさ

ひとりにしないでくれ
帰って来てくれ


1994年に発表された『Live At The BBC』のヴァージョンではエンディングがフェード・アウトしません。ライヴ演奏ならではのラフな雰囲気が全体的に漂っています。



Live at the BBCLive at the BBC
(2001/05/10)
The Beatles

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こちらがシュレルズのオリジナル・ヴァージョン。


全米5位まで上昇した迫力あるスミスのカヴァー・ヴァージョン。1969年発表のアルバム『A Group Called Smith』に収録されていました。


お馴染みのカーペンターズのヴァージョンです。1970年発表の『Close to You』に収録。


ニック・ロウ&エルヴィス・コステロのヴァージョンは『L.A.F.S. (Love at First Sight) 』(1984年発表) に収録。


この他にもシルヴィー・ヴァルタン(1962年発表の『Baby c'est vous』に収録)、 シラ・ブラック(1965年発表の『Cilla』に収録) 、ティナ・アリーナ(2008年発表の『Songs of Love & Loss 2』に収録)などカヴァー・ヴァージョンは枚挙に暇がありません。


バート・バカラックとクリッシー・ハインド(プリテンダーズ)との共演映像。



バート・バカラックが2008年に開催された「The BBC Electric Proms」に出演した際の映像。リード・ヴォーカルを受け持つ Adele(アデル)という女性はこの年にデヴュー・アルバム『19』を発表して話題を集めました。


Linda Ronstadt - Hand Sown...

拙ブログとリンクしていただいているPurple_Hazeさんのブログ「Blues Power」で、リンダ・ロンシュタットのサード・アルバム『Linda Ronstadt』が記事にされていました。真似をするわけでも対抗するつもりでもありませんが、今回はリンダが1969年に発表したソロ・ファースト・ソロ・アルバム、『Hand Sown...』を取り上げます。

Hand Sown... Home Grown/Silk PurseHand Sown... Home Grown/Silk Purse
(2009/10/13)
Linda Ronstadt

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1. Baby You've Been on My Mind
2. Silver Threads and Golden Needles
3. Bet No One Ever Hurt This Bad
4. Number and a Name
5. Only Mama That'll Walk the Line
6. Long Way Around
7. Break My Mind
8. I'll Be Your Baby Tonight
9. It's About Time
10. We Need a Lot More of Jesus (And a Lot Less Rock & Roll)
11. The Dolphins
12. Lovesick Blues
13. Are My Thoughts with You?
14. Will You Love Me Tomorrow?
15. Nobodys
16. Louise
17. Long Long Time
18. Mental Revenge
19. I'm Leavin' It All Up to You
20. He Darked the Sun
21. Life Is Like a Mountain Railway
22. (She's A) Very Lovely Woman [*]

セカンド・アルバム「Silk Purse」とのお得な2 in 1。11. の「The Dolphins」までが『Hand Sown...』の収録曲です。

リンダ・ロンシュタットがケニー・エドワーズ、ボブ・キンメルらと組んでいたストーン・ポニーズは1968年にシングル「Different Drum」をリリース。全米13位のヒットを記録しました。しかし、そのヒットが却って災いを呼んだのか、紅一点で見栄えの良いリンダばかりが注目されてグループに亀裂が生じバンドは3枚のアルバムを残して解散。ほどなくリンダはソロ・シンガーとして再出発することになりました。
リンダは1969年にソロとしてのデヴュー・アルバム『Hand Sown...』を発表。ストーン・ポニーズ時代の傾向と同じく、収録曲にはカントリー系の楽曲が目立つ構成になっています。幼き頃よりカントリー・ミュージックを好んで聴いていたというだけに、その傾倒ぶりがここでも如実に表されたアルバムと言えるでしょう。

それではアルバムの中から何曲か紹介します。
まず、オープニング・ナンバーの「Baby You've Been On My Mind」。ボブ・ディランの作品で、彼自身のヴァージョンは1991年にリリースされた『The Bootleg Series Volumes 1-3 』でようやく陽の目を見ました。本来のタイトルは「Mama, You've Been On My Mind」ですが、リンダは「Baby」と恋人に対しての歌に変えています。まだ洗練されていない素朴な雰囲気の中にも彼女から発せられた艶を感じ取れました。
カヴァー・ヴァージョンが豊富な曲で、ジョーン・バエズ『Farewell, Angelina』 (1965) 、ジョニー・キャッシュ『Orange Blossom Special 』(1965) 、ジュディ・コリンズ『Fifth Album』 (1965) 、ロッド・ステュワート『Never a Dull Moment』(1972)ら多数のアーティストがレコーディングしています。


こちらがボブ・ディランのオリジナル・ヴァージョン。


ジュディ・コリンズのヴァージョンです。



続いて、「Silver Threads And Golden Needles」。ダスティ・スプリングフィールドが在籍していたスプリングフィールズが1962年にヒットさせたナンバーです。リンダはこの曲がよほどのお気に入りなのか、1973年発表の『Don't Cry Now』でも再レコーディングしていました。
ワンダ・ジャクソンのヴァージョンがオリジナルのようですが、スキーター・ディヴィス、ドリー・パートンなど他のカントリー系のシンガーにもよく取り上げられています。また、サンディ・デニーも1977年発表の『Rendezvous』でカヴァーしていました。
今回はイーグルスと共演したライヴ映像でお楽しみ下さい。

http://http://www.youtube.com/watch?v=jyI4vc5EJvA

SILVER THREADS AND GOLDEN NEEDLES
どの部屋も涙で満たされた
あなたの孤独な豪邸などいらない
私が欲しいのは月明かりの下で誓った愛
だけどあなたはお金と名声で
私を幸せにできると思っている
あなたが好き勝手をしている間
私は悲しみの中に自分を覆い隠している

銀の糸と金の針があっても
私の心を縫うことはできない
あなたのワインを飲んだ酔いの中で
悲しみをまぎらす勇気なんかない
あなたのお金で私の愛は買えないわ
だって私はそんな女じゃないもの
銀の糸と金の針があっても
私の心を縫うことはできない


たぶんオリジナルと思われるワンダ・ジャクソンのヴァージョン。1956年のリリース。


スキーター・ディヴィスのヴァージョン。1963年リリースの『The End Of The World』に収録。


ドリー・パートン、ロレッタ・リン、タミー・ウィネットらと組んだユニットのアルバム『Honky Tonk Angels』(1993年発表)の中に「Silver Threads And Golden Needles」が収録されていました。ブログへの貼付けが出来ないので宜しければ下記のアドレスをクリックしてご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=h81LnuGnwko

こちらがスプリングフィールズのヴァージョン。



軽快な「The Only Mama That'll Walk The Line」。


ウェイロン・ジェニングスが1968年に発表したヴァージョンがオリジナルのようです。ブログへの貼付けが出来ないので、宜しければ下記のアドレスをクリックしてご覧ください。
まだアウトローと呼ばれる前のウェイロン・ジェニングスのステージですが、ダブル・ネックのギターでリズムを刻む人や当時の流行と思われる髪型をしたキー・ボードの女性(ウェイロン・ジェニングスの奥方らしい)などバック・バンドの構成には保守的なカントリーのイメージを打ち破ろうとする意志が表れているかのようです。

http://www.youtube.com/watch?v=z8rAA8K2718

このほかエルヴィス・コステロも1995年にアルバム『King Of America』の中で取り上げていました。

ボブ・ディラン作の「I'll Your Baby Tonight」。彼のオリジナル・ヴァージョンは『John Wesley Harding 』(1967) に収録。
アン・マレー『This Way Is My Way 』(1969)、 ホリーズ『Hollies Sing Dylan』 (1969)、エミルー・ハリス『 Gliding Bird 』(1969)、 ジョフ&マリア・マルダー『Pottery Pie 』(1970) 、ジャック・エリオット『Bull Durham Sacks & Railroad Tracks』 (1970) 、リタ・クーリッジ『The Lady's Not for Sale 』(1972) 、 トレーシー・ネルソン『Sweet Soul Music 』(1975) 、ロバート・パーマー『Don't Explain』 (1990)などカヴァー・ヴァージョンは枚挙に暇がありません。


エミルー・ハリスがマイナー・レーベルからリリースしたファースト・アルバムに収録されていたヴァージョンです。


ノラ・ジョーンズのヴァージョンは2002年にシングルのみの発売。


ボブ・ディランのオリジナル・ヴァージョン。


スキーター・ディヴィス(1970年発表の『It's Hard To Be A Woman』収録)でもお馴染みの古い・カントリー・ソング、「We Need A Lot More Of Jesus」。


こちらが作者である Wayne Raney のオリジナル・ヴァージョン。



フレッド・ニール作の「The Dolphins」。彼のオリジナル・ヴァージョンは『Fred Neil』 (1966) に収録。ケニー・ランキン『Mind Dusters』 (1967) 、イッツ・アビューティフル・デイ『Marrying Maiden』(1970)、ティム・バックリィー『Sefronia』 (1973)。エディ・リーダー with the Patron Saints of Imperfection『Mirmama』 (1992)など多数のカヴァーが存在します 。


こちらがフレッド・ニールのオリジナル・ヴァージョンです。


他にもランディ・ニューマン作の『Bet No One Ever Hurt This Bad』(彼のヴァージョンは1968年発表の『Randy Newman』に収録)、ストーン・ポニーズ時代の同僚だったケニー・エドワーズが書いた「The Long Way Around」、このアルバムのプロデューサーであるチップ・ダグラスの手による「It's About Time」など興味深い楽曲が含まれています。
プロモーション・ヴィデオが存在することから発売元のキャピタル・レコードがリンダにかける期待は大きかったと思われます。しかし、アルバムはチャート・インすることなく不発に終わりました。彼女がウエスト・コーストの歌姫として花開くにはまだ少し時間を必要としていたのでしょう。

Carpenters - PASSAGE

しばらく男性シンガーが続いたので、今回は爽やかな女性の歌声をお届けしたいと思います。ご登場を願うのはカーペンターズの皆さん。カレン・カーペンターのしなやかなヴォーカルをお楽しみいただければ幸いです。
さて、取り上げるアルバムは1977年にリリースされた『PASSAGE』。リチャード・カーペンターのオリジナル作品は収録されていないものの、新境地を開くが如くの実験的な音作りがなされていました。

パッセージパッセージ
(1998/12/23)
カーペンターズ

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パッセージ(紙ジャケット仕様)パッセージ(紙ジャケット仕様)
(2009/08/26)
カーペンターズ

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1. B'wana She No Home
2. All You Get from Love Is a Love Song
3. I Just Fall In Love Again
4. On the Balcony of the Casa Rosada/Don't Cry for Me Argentina
5. Sweet, Sweet Smile
6. Two Sides
7. Man Smart/Woman Smarter)
8. Calling Occupants Of Interplanetary Craft

それではアルバムの中から何曲か紹介いたします。
オープニング・ナンバーの「B'wana She No Home」。ジャジーな雰囲気が漂うマイケル・フランクスの作品で、ピート・ジョリーのピアノ、トム・スコットのテナー・サックスとアルト・フルートの掛け合いが聴きものです。女主人とお手伝いさんとのやり取りが描かれた歌のようですが、意図はよく分かりません。マイケル・フランクスのヴァージョンは1977年発表の『Sleeping Gypsy』に収録。


続いてスティーヴ・イートン作の「All You Get from Love Is a Love Song」。オリジナル・ヴァージョンは1974年発表の『Hey Mr. Dreamer』に収録。トム・スコットのテナー・サックスが印象的なラヴ・ソングでしたが、ヒット・チャートでは精彩を欠き、全米第35位に終わりました。


ALL YOU GET FROM LOVE IS A LOVESONG
行くあてもなく航海を続ける船のように
愛は海にそよ風のように私の心をさらって行った
でもカモメが飛ぶのを見て恋が終わったことを知った
愛が波にのまれてしまったから

全く酷いお話
愛しあって残されたものがラヴ・ソングだけなんて
夜ごと眠れず
音楽が始まるのを待つだけ
全く酷いお話
ラヴ・ソングが責めを負わなければならないなんて
だって最高のラヴ・ソングは失恋した時に書けるものだから

涙で目が霞み
値の前に広がる未来が見えない
明日もお陽さまが昇り
人々を明るく照らしても
私にあたることはない


拙ブログではJ-POPを扱うことはあまりないのですが、藤村美樹さんの表情と歌声がとても魅力的なのでキャンディーズのヴァージョンも紹介しておきます。1977年9月21日にリリースされた「アン・ドゥ・トロワ」のB面(アルバムは同年9月1日発売の『Candy Label』)に収録されていました。ちょっぴりボサノヴァ風のアレンジがされていて心地よく響きます。


スティーヴ・ドーフ作の『I Just Fall In Love Again』。物悲しい曲ですが、従来のカーペンターズ・サウンドに纏められていました。


1979年に録音されたダスティ・スプリングフィールドのヴァージョン。同じ年にアン・マレーもこの曲をリリースしていました。


次は「Don't Cry for Me Argentina」。この曲はアルゼンチンの大統領夫人エヴァ・ペロンを題材として描いたミュージカル、『Evita』の中で歌われた1曲です。『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1971年初演)を手掛けたティム・ライス(作詞)、アンドリュー・ロイド・ウェバー(作曲)によって、最初はアルバムとしてリリースされましたが、ジュリー・コーヴィトンの歌う「Don't Cry for Me Argentina」が全米チャート1位を記録するヒットとなったため1978年にロンドンで舞台化。翌1979年にはブロードウェイでも公演が始まっています。映画化されたのは1996年で、マドンナが主役のエヴィータ(エヴァ・ぺロン)を演じました。


マドンナのヴァージョンは1996年リリースの『Evita』に収録。マドンナに関してはカーペンターズの楽曲で歌詞を担当していたジョン・べティスと元フィフス・アヴェニュー・バンドのジョン・リンドが共作した「Crazy For You」(1985年リリースのサントラ『Vision Quest』収録)を彼女が歌っていた時に注目する一瞬があったものの、それ以外は全く興味を抱いたことがありません。でも、映画のこの場面では少なからず感動を覚えました。


サラ・ブライトマンのヴァージョンは1990年リリースの『The Premiere Collection: The Best Of Andrew Lloyd Webber 』に収録。


他にもオリヴィア・ニュートン・ジョン(1977年発表の『Making a Good Thing Better』) 、ジョーン・バエズ (1980年発表のEuropean Tour )、ドナ・サマー (1983年発表の『A Blue Live Lady』)、シネイド・オコナー』(1992年発表の『Am I Not Your Girl?』)など枚挙に暇がありません。

ジュース・ニュートン作の「Sweet, Sweet Smile」。軽快なカントリー風のアレンジが施された爽やかな曲です。


バックの演奏が何となくリトル・フィートを連想させる「Man Smart/Woman Smarter」。レオン・ラッセルがピアノで参加していました。後半部ではテナー・サックスのソロが延々と続き、レオン・ラッセルのピアノやスティール・パンの音がサポート。リチャード・カーペンターのピアノも必死に応戦しているものの、カーペンターズが置き去りにされた感が否めません。
もともとはKing Radioが1936年に発表したカリプソ・ナンバーで、ハリー・ベラフォンテも1952年にカヴァーしていました。


ロバート・パーマーのヴァージョン。1976年にシングルでリリース。こちらもスティール・パンが使われ、アーシーなスワンプ風の演奏に加えて、カリプソの雰囲気も残していました。貼付けが出来ないので下記のアドレスをクリックしてください。

http://www.youtube.com/watch?v=BR8sxc1V6zU

最後は「Calling Occupants Of Interplanetary Craft」。内容を要約すると、「宇宙からのメッセージを受け取ろう」というものです。オリジナル・ヴァージョンはクラトゥの 『3:47 EST』 (1976年発表)に収録されていました。クラトゥはカナダ出身のバンドで、ビートルズを思わせるようなメロディーとシンフォニックなサウンドを展開し、プログレッシヴ・ロックのファンからも高い評価を得ています。


これまでのカーペンターズとはひと味もふた味も違う意欲的なサウンドに仕上げられたアルバムは評論家の評価が高かったもののセールス面では芳しい成績を上げられず、初めてゴールド・ディスクを獲得することが出来ませんでした。
この時期のリチャード・カーペンターは心身ともに疲れ果てた状態で、アルバム発表から1年が経った頃には長期休養を余儀なくされてしまいました。売り上げ不振も災いしたことでしょう。その間にカレン・カーペンターはフィル・ラモーンのプロデュースのもとでソロ・アルバムをレコーディングしますが、陽の目をみるのは彼女が亡くなってからのことです。

Jerry Jeff Walker - MR. BOJANGLES

前回に扱ったハリー・ニルソンの『HARRY』の記事の中で、ジェリー・ジェフ・ウォーカーの「Mr. Bojangles」について言及しすぎてしまったようです。そこで、今回は改めて1968年に発表された彼のアルバム、『MR. BOJANGLES』を取り上げることにしました。

ミスター・ボージャングルミスター・ボージャングル
(2005/09/07)
ジェリー・ジェフ・ウォーカー

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1. GYPSY SONGMAN
2. MR. BOJANGLES
3. LITTLE BIRD
4. I MAKES MONEY(MONEY DON'T MAKE ME)
5. ROUND AND ROUND
6. I KEEP CHANGIN'
7. MAYBE MEXICO
8. BROKEN TOYS
9. THE BALLAD OF THE HULK
10. MY OLD MAN(BONUNS TRACKS)
11. MR. BOJANGLES(ORIGINAL SINGLE VERSION)
12. ROUND AND ROUND(ORIGINAL SINGLE VERSION)

ジェリー・ジェフ・ウォーカーは1942年3月16日、ニューヨーク州オネアンタに生まれました。本名はロナルド・クライド・クロスビー。バスケット・ボールとロックン・ロールに熱中する少年時代を過ごし、早くからバンドを組んで活動していたようです。ハイ・ティーンの頃にはウディ・ガスリーを始めとするフォーク・ミュージックに魅せられ、イースト・コーストから南部に下り、ニュー・オリンズを通ってテキサスに至るという放浪の旅に出たこともありました。
1966年頃にはジェリー・ジェフ・ウォーカーというステージ・ネームを名乗り始め、サーカス・マキシマスというバンドを組んで活動するようになります。フォーク、ロック、ジャズを融合したような彼らの音楽は静かながらも注目を集め、ヴァンガード・レコードから2枚のアルバムをリリース。しかし、大きな成功はつかめませんでした。
1968年にバンドを離れたジェリー・ジェフはソロ・シンガーの道を歩むことを決意。すぐにアトランティック・レコード傘下のアトコ・レーベルとの契約が決まり、念願のファースト・ソロ・アルバムのリリースの運びとなります。
ボブ・ディランの『John Wesley Harding』(1967年発表)を意識し、アコースティックとエレクトリックのバランスが取れたサウンドを目指していたジェリー・ジェフ。彼のもとに同じニューヨーク出身で、ディランのレコーディングにギタリストして参加した経験のあるデヴィッド・ブロムバーグが駆けつけ協力の手を差し伸べました。
フォークやカントリー系のミュージシャンがブロムバーグの呼びかけに応じて集まり、アトランティック・レコードも乗り気だったのかジャズやR&Bの分野で活躍する腕達者を推薦し、ロン・カーターがアコースティック・ベースで参加しています。また、プロデューサーにトム・ダウドを起用したこともジェリー・ジェフが目指したサウンドを的確に体現するには相応しい選択だったと言えるでしょう。

それではアルバムの中から何曲か紹介します。
まず、アルバムのオ-プニング・ナンバー、「Gypsy Songman」はライヴ映像でお楽しみください。ジェリー・ジェフが旅の途中のダラスで知り合ったハンガリー人の画家とのやり取りがもとになって作られた歌のようです。アメリカで永住権を取得するには一つの場所で長く居住しなければならないようで、画家はジプシー(ロマ)の如く旅から旅を続けるジェリー・ジェフのことが羨ましかったとか。


そして、皆様お待ちかねの「Mr. Bojangles」です。


MR. BOJANGLES
俺はボージャングルという男を知っている
彼は擦り切れた靴で人々のために踊りを踊ってくれる
ぼろぼろの服に だぶだぶのズボン
履き古したタップダンスの靴を履く白髪の男
彼は高く飛ぶ 高くジャンプする
それから軽やかに着地する
ミスター・ボージャングルズ
ミスター・ボージャングルズ
踊ってくれよ

彼にあったのはニュー・オリンズの留置所だった
俺は身も心もボロボロだった
彼は人生の酸いも甘いも噛み分けた目で俺を見つめ
包み隠さず話してくれた
彼は人生を語ってくれたのだ 人生を
笑ったリ 足をぴしゃりと叩いたり ステップを踏んだりしながら

「俺の名はボージャングルズさ」と言って彼は軽く踊った
留置所端から端まで
ズボンをつまみ立ち位置を決めると高く飛び
それから踵と踵をカチッと鳴らした
彼は声を上げて笑った 笑い転げていた
着ている服を揺らしがら
ミスター・ボージャングルズ
ミスター・ボージャングルズ
踊ってくれよ

彼はミンストレル・ショーや郡部の祭りで踊った
南部の至る所で
そして涙で話したんだ
15年に渡る愛犬との旅回りの暮らしのことを
だけど愛犬は突然死んだ 突然に
20年経っても彼はまだそのことを嘆いている

彼は言った
「飲み代やチップがもらえるのならどんな安酒場でもおどるさ
でも殆ど郡の留置所の中にいるんだよ
ちょっとばかし飲み過ぎちまうからね」と

彼は頭を振った 頭を振ったのさ
そうしたら「どうかお願いだ」と彼に頼む声が聞こえた
ミスター・ボージャングルズ
ミスター・ボージャングルズ
踊ってくれよ


ジェリー・ジェフ・ウォーカーが語るところによると、1964年頃、ニュー・オリンズの酒場で泥酔いして留置所に放り込まれるはめになり、そこで出逢った年老いたタップ・ダンサーと語り合った経験がもとになっているそうです。老樹のように人々の生活を見守り、時代の変遷を見てきたような人間が夢物語のように遍歴を語る様は、うつろいやすくまだ大きな挫折さえ受けたことのないような若者にとって新鮮な体験であったことでしょう。

この歌は有名なヴォードヴィリアンのビル・ロビンソンがモデルであると一部で囁かれたことがありましたが、実際には別人のタップ・ダンサーの話です。サミー・ディヴィス・Jr.が師であるロビンソンとボージャングルズを重ね合わせるように歌っていたため、誤解が一人歩きをしたのかもしれません。実際のビル・ロビンソンは落ちぶれて留置所に入れられることも安酒場で踊ることもなく、有名人として1949年11月25日に一生を終えました。

参考までに、1935年公開の映画『Little Colonel』でのビル・ロビンソンとシャーリー・テンプルの共演シーンを観ていただければ幸いです。


もう1曲。デヴィッド・ブロムバーグのブルージーなギターが冴える、「Round And Round」です。


最後にもう一度、「Mr. Bojangles」をライブ映像でご覧ください。


Harry Nilsson - HARRY

前回ビートルズの「Mother Nature's Son」を扱った時にハリー・ニルソンのカヴァー・ヴァージョンも紹介しました。そこで今回はニルソンの歌う「Mother Nature's Son」が収録されたアルバム、『HARRY』を取り上げます。

ハリー・ニルソンの肖像ハリー・ニルソンの肖像
(2002/07/24)
ニルソン

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1. The Puppy Song
2. Nobody Cares About the Railroads Anymore
3. Open Your Window
4. Mother Nature's Son
5. Fairfax Rag
6. City Life
7. Mournin' Glory Story
8. Maybe
9. Marchin' Down Broadway
10. I Guess the Lord Must Be in New York City
11. Rainmaker
12. Mr. Bojangles
13. Simon Smith and the Amazing Dancing Bear
14. I Will Take You There [Alternate Mix]
15. I Will Take You There [Mono Single Version]
16. Waiting [Non-LP Single Version]
17. Rainmaker [Mono Single Version]
18. Wasting My Time

ハリー・ニルソンの『HARRY』がリリースされたのは1969年。メジャーからのファースト・アルバムである『Pandemonium Shadow Show』(1967)、セカンド・アルバム『Aerial Ballet』(1968)に続く三部作の締めくくりとして発表されました。
アルバムのテーマは回顧。ニルソン自身の半生を振り返り、同時にアメリカの歴史を顧みるといった意味が込められていました。60年代後半のアメリカは公民権運動、ヴェトナム反戦運動、ヒッピー・ムーブメントなど変革の波が渦巻いていた時代です。ミュージシャンに限らず様々な分野のアーティストがこうした運動に直接的、あるいは間接的に関わり社会や体制に対し異議を唱えていました。
その一方でアメリカの歴史、文化、伝統などを振り返り、その原点を見つめ直そうとする作業も活発に行われています。こうした「回顧」という動きは音楽界では「懐古」やノスタルジーにつながり、多くのアーティストがこの潮流に乗るかのような活動を始めました。ラヴィン・スプーンフルはジャグ・バンド・ミュージックやラグ・タイム・ミュージックを取り入れ、ハーパス・ビザールはアルバムの中で1920~40年代のポピュラー・ソングを積極的にカヴァーしていたのです。また、ザ・バンドのように多くのアメリカ人が忘れていた伝統や文化を精神性を含めて音楽の力で甦らせようとした人々もいました。

ニルソンの「Harry」も当時のアメリカの社会状況を捉えて反映した1枚と言えるでしょう。作品の多くにノスタルジックな装いが演出されていました。自身の子供の頃のポートレートをアルバム・ジャケットに使うあたりに「回顧」という意気込みが伝わってきます。

それではアルバムの中から何曲か紹介します。
まず、オープニング・ナンバーの「The Puppy Song」。もともとはポール・マッカートニーの依頼でメリー・ホプキンのために書いた曲です。ディキシー調の演奏をバックにユーモラスに歌われていました。


メアリー・ホプキンのヴァージョン。1969年2月にリリースされた彼女のファースト・アルバム、『POST CARD』に収録されていました。宜しければ下記のアドレスをクリックして聴き比べてみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=eNvL7hoZPys

続いて、列車が飛行機に取って代わられたように、最先端だった文明の利器もやがて忘れ去られてしまう運命であると説く「Nobody Cares About the Railroads Anymore」。人間の欲望や物質文明に対する批判や揶揄が込められているようです。


ご存知ビートルズのカヴァー、「Mother Nature's Son」。60年代の後半は前述の原点回帰のみならず、後の環境保護運動に繋がる「自然への回帰」も謳われていました。ニルソンがこの曲は取り上げたのはそうした雰囲気に合致していると思ってのことだったのかもしれません。


ビル・マーティン作の「Fairfax Rag」。フェアファックス通りの日常を描いた曲です。


「Mournin' Glory Story」は見知らぬ他人の玄関先で目覚めたホームレスの女性の歌。ちょっぴり切なくなるような哀愁が漂っています。


軽快な「Marchin' Down Broadway」。第二次大戦で日本を破った兵士たちがブロード・ウェイを行進する様が描かれています。日本人としてはやや微妙な内容でした。


ヒット曲「EverybodY's talin' at Me」似た雰囲気を持つ、「 I Guess the Lord Must Be in New York City」。この曲は当初『Midnight Cowboy』のために用意されたものの監督がNGを出したために使われず、代わって前作「AERIAL BALLET」に収録されていフレッド・ニール作の「Everybody's Talkin'」が採用されました。


I GUESS THE LOAD MUST BE IN NEW YORK CITY
悲しみに別れを告げ
明日には旅に出る
主はニューヨークにいらっしゃるに違いない

あてのない旅にはもう飽きた
祈りがかなえられないことにも気づいた
主はニューヨークにいらっしゃるに違いない

主よ 私はここにいます あなたのドアをノックしています
憧れの地にいることはなんて素敵なことなんでしょうか
初めてのニューヨークで
私は自由の息を吸っている


ニルソンとビル・マーティンの共作、「Rainmaker」。依頼されたのに代金が支払われず、怒った雨乞い師が永遠に雨を降らせ続けるいった内容が描かれていました。ブラック・ユーモアに満ちた寓話風の歌です。


ジェリー・ジェフ・ウォーカー作の「Mr.Bojangles」。サミー・ディヴィス・Jr.の師匠に当たる実在の黒人タップ・ダンサー、ビル・ロビンソンをモデルにして書かれた歌であるかのように囁かれていましたが、作者であるジェリー・ジェフは全くの別人であると否定。彼が酔っぱらって留置場に放り込まれた際に知り合ったヴォードヴィリアンの話をもとにして作れれたそうです。


この曲は多くのアーティストにカヴァーされています。今でもよくCMに使われるニッティ・グリッティ・ダート・バンドのヴァージョン。1970年発表の『Uncle Charlie & his Dog Teddy 』に収録されています。
http://www.youtube.com/watch?v=6MQYn-GvGOM

ニーナ・シモンのヴァージョンは1971年リリースの『Here Comes the Sun』に収録。この曲はジャズ・シンガーにも好まれているようで、ナンシー・ウィルソン(1971年発表の『Kaleidoscope』)、アルト・サックスのソニー・スティット(1973年発表の『Mr. Bojangles』)らの録音もありました。
http://www.youtube.com/watch?v=ONBT1nnH-HU

パフォーマンスが楽しいサミー・ディヴィス・Jr.のヴァージョンは彼のベスト盤やライヴ盤に収録されているようですが、詳細が分かりませんでした。
http://www.youtube.com/watch?v=5voM2HExV_Q
お詫びにもう少し若い頃のステージの映像をどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=5voM2HExV_Q

こちらがオリジナルのジェリー・ジェフ・ウォーカーのヴァージョン。1968年にリリースされた『Mr. Bojangles』に収録されています。


この他にもニール・ダイアモンド『Touching You, Touching Me』 (1969年発表)、 ジョン・デンバー『Whose Garden Was This』 (1970年発表)、ルル 『New Routes』 (1970年発表)、デヴィッド・ブロンバーグ『Demon in Disguise』 (1972年発表) 、ボブ・ディラン『Dylan』(1973年発表)中川五郎『ぼくが死んでこの世を去る日』(2004年発表)と枚挙に暇がありません。

中川五郎さんの日本語ヴァージョンも宜しければどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=bMHgIcLk2cI

ランディ・ニューマン作の『Simon Smith and the Amazing Dancing Bear』。彼のセルフ・カヴァーは1972年発表の『Sail Away』に収録。アラン・プライス・セット(1967年発表)、ハーパス・ビザール『Feelin' Groovy』(1967年発表)、矢野顕子『オーエス オーエス』(1984年発表)、マティルダ・サンティン『Texas Girl & Pretty Boy 』(1993年発表) と興味深く秀逸なカヴァーが多い曲です。
ランディ・ニューマンがデビューしたのは1968年。彼もまた古き良きアメリカを偲ばせるようなサウンドを背景に、アメリカの現在と過去の負の部分をユーモアとアイロニーを歌詞の中に織り交ぜながら浮かび上がらせた一人でした。


こちらがランディ・ニューマンのヴァージョン。


一番早く取り上げたのはアラン・プライス・セットの方々です。


The Beatles - Mother Nature's Son

拙ブログをよく訪問されるミキタカ08さんがブログ「1960~70年代アナログ・レコード、中高年向け鑑賞日乗 『年間300枚リスニングマラソン」で、ジョン・デンバーがカヴァーしたビートルズの「Mother Nature's Son」を記事にされておられました。それに触発されたわけではありませんが、今回はビートルズの「Mother Nature's Son」を取り上げます。
さて、お題の「Mother Nature's Son」。1968年にリリースされた『The BEATLES』(通称ホワイトアルバム)に収録されていた1曲です。

ザ・ビートルズザ・ビートルズ
(2009/09/09)
ザ・ビートルズ

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Disc:1
1. Back in the U.S.S.R.
2. Dear Prudence
3. Glass Onion
4. Ob-La-Di, Ob-La-Da
5. Wild Honey Pie
6. Continuing Story of Bungalow Bill
7. While My Guitar Gentley Weeps
8. Happiness Is a Warm Gun
9. Martha My Dear
10. I'm So Tired
11. Blackbird
12. Piggies
13. Rocky Raccoon
14. Don't Pass Me By
15. Why Don't We Do It in the Road?
16. I Will
17. Julia
Disc:2
1. Birthday
2. Yer Blues
3. Mother Nature's Son
4. Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey
5. Sexy Sadie
6. Helter Skelter
7. Long, Long, Long
8. Revolution I
9. Honey Pie
10. Savoy Truffle
11. Cry Baby Cry
12. Revolution 9
13. Good Night

例によってレノン=マッカートニー共作名義ですが、ポール・マッカートニー主導で作られました。レコーディングもポール単独で行い、後から外部ミュージシャンによる管楽器の演奏、ポール自身の手によるティンパニーとドラムスが加えられています。ビートルズの他のメンバーの参加はありませんでした。



MOTHER NATURE'S SON
田舎の貧しい家に生まれた
母なる自然の息子
一日中座ってみんなのために
歌を歌って過ごしているのさ

渓流の傍に腰を下ろし
水かさが増して行くのを眺めている
跳ねる水が奏でる心地よい音に
耳を傾けている

緑の草原の中で僕を見つけてごらん
母なる自然の息子
陽射しのもとでひなぎくが
風に揺れながらのんびりと歌う

母なる自然の息子


ビートルズの4人は1968年の2月から4月頃にかけてインドに滞在。イギリスを巡回していたマハリシ・マヘーシュ・ヨギというインド人の宗教家の講演会に参加して興味を持ち、インドのリシュケシュまではるばる出かけて行ったのでした。マハリシは「トランセンデンタル・メディテーション Transcendental Meditation , TM 」(超超瞑想法)という瞑想技術を伝授する活動を世界各地で繰り広げていたのですが、ビートルズは彼の教えで精神的な新境地を切り開くことができて音楽を作る上でも刺激になると思ったのでしょう。また、この当時はビートルズに限らず、ヒンドゥー教や仏教、インド音楽などを含めて東洋的なものに関心を寄せる人々が多かったと聞きます。ドノヴァンやビーチ・ボーイズのマイク・ラヴもマハリシの教えに魅せられ、ビートルズの修行の旅に同行していました。
ガンジス川のほとりにある小高い丘の上でビートルズのメンバーたちは1日5時間以上のメディテーションに励み、滞在中に多くの楽曲のアイデアが生み出されたとされています。しかし、リンゴ・スター夫妻は2週間、ポールは3週間、ジョン・レノンとジョージ・ハリスンは1ヵ月半でインドを後にしました。
野菜中心の食事が合わなかったのが表向きの理由とされていますが、ビートルズの面々が禁欲生活に馴染めなかったとか、マハリシの言動に疑問や矛盾を抱いて短期間で袂を分かつことになったとも言われております。マハリシが多額のお布施を要求したり、随行していた女優のミア・ファーローに性的な興味を示してセクハラまがいの行為を行なったとの説も囁かれていますが、真偽のほどは分かりません。
ともあれ、このメディテーションの旅がビートルズのその後の音楽活動に多大な影響を与え、多くの楽曲が作り出されました。その中の1曲が「Mother Nature's Son」です。

『Anthology 3』に収録されていたヴァージョンです。


この曲は多くのアーティストが取り上げていました。YouTubeに幾つかありましたので、聴き比べていただけたら幸いです。
まず、ハリー・ニルソンのカヴァー・ヴァージョン。1969年リリースの『Harry』に収録されていました。原曲のイメージを崩さず忠実に歌うものの、彼の個性もよく表されています。
ビートルズに敬意を払っているような暖かみのあるヴォーカルに好感が持てました。


こちらはジョン・デンバーのライヴ映像。彼のスタジオ録音のヴァージョンは1972年発表の『Rocky Mountain High』に収録されていました。バック・バンドの演奏が付けられ、ビートルズとは少々雰囲気が違います。


最後はシェリル・クロウのカヴァー・ヴァージョン。2002年にリリースされた『I Am Sam』のサウンド・トラックに収録されています。ついつい彼女の美貌に見とれてしまいそうですが、ちょっと甘えたような声も魅力的。カントリー風のアレンジが花を添えていました。


Loggins & Messina - MOTHER LODE

拙ブログとリンクしていただいているPurple_Hazeさんのブログ「Blues Power」で、ロギンズ&メッシーナのアルバム『Loggins & Messina』が記事にされていました。触発されたわけではありませんが、今回はロギンズ&メッシーナが1974年9月にリリースした『Mother Lode』を取り上げます。京都で学生時代を過ごされた経験のあるPurple_Haze様、どうか「真似し漫才米屋の丁稚」と囃し立てないようにお願い申し上げます。
なお、「真似し漫才米屋の丁稚」とは、人の真似ばかりしている者はせいぜいが米屋の丁稚ぐらいにしかなれず大成できないという意味で、ある程度の年齢の京都人しか理解できないと思われる言い回しです。ちなみに大阪では真似しゴンボと言うらしいとのこと。

進世界(マザー・ロード)(紙ジャケット仕様)進世界(マザー・ロード)(紙ジャケット仕様)
(2006/06/21)
ロギンス&メッシーナ

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1. Growin'
2. Be Free
3. Changes
4. Brighter Days
5. Time to Space
6. Lately My Love
7. Move On
8. Get a Hold
9. Keep Me in Mind
10. Fever Dream

ウエスト・コースト・サウンドの括りにとらわれないかのようにソウルやジャズ、加えてレゲエやカリプソの要素までをも積極的に取り入れてきたロギンズ&メッシーナでしたが、そうした傾向が顕著にあらわれているのがこの『MOTHER LODE』の特徴です。
このアルバムではロギンズ&メッシーナの音作りに重要な役割を果たしていたキーボード奏者のマイケル・オマーティアンが抜け、デヴィッド・ペイチがサポートに加わっていました。ジャズ・ミュージシャンを父に持ち、後にボズ・スキャッグスとのセッションで名を上げ、TOTOを結成して成功をつかんだ人であるが故に、ソウルやジャズのフィーリングが溢れた演奏ならお手のものだったのでしょう。

それではアルバムから何曲か紹介します。まず、オープニング・ナンバーの「Growin'」。
ケニー・ロギンズとR・ウィルキンスの共作で、恋人や友人との絆が大切であると歌われていました。ジム・メッシーナのギターもパキパキと快調に鳴り響き、カリフォルニアの青い空と輝く太陽を連想させるような明るく軽快な曲です。


マンドリンや琴の音色がフィーチャーされた「Be Free」はイメージ映像とともにお楽しみ下さい。ジム・メッシーナの作品で、おびただしい量の車が公害をもたらし、コンクリート・ジャングルに囲まれ、誘惑が渦巻く都会の生活を抜け出して自然の中で暮らしたいとの願望が表されていました。諦観を内包したような物悲しい雰囲気の前半から一転、フィドルとともアイリッシュ・ダンスを思わすかのような明るい間奏が演奏され、いったん哀愁を帯びたメロディに戻るものの未来への希望が窺えるようなエンディングを迎えます。


BE FREE
世の中が変わって行くのが俺には分かる
俺の目の前で様々な出来事が変わって行くのが見える
いたる所にセメントの建物が増大して行く
通りにはおびただしい量の車が行き交い
空気を汚染している
ああ なんてことだろう

俺は逃げ出したい
川や木々に囲まれた人生を送りたい
詩を作って毎日を過ごしたい
自由に 自由に 自由になりたい

誰にも都会の誘惑する声が聞こえる
高い地位に上りつめて 
人が堕落して行くのを感じるのさ
俺たちを招き寄せているんだよ
セメントの谷間の中にいる泥棒を見ろよ
連れ立つ者にまで魔の手を広げようとしている
あまりにも多くの偽りを彼方から渇望しているのだ
ああ なんてことだろう

思考の奥底から
俺は内なる幻影を見た
俺には宇宙が展開するのが見えたんだ

学校のベルが鳴るのが聞こえる
中庭では子供たちが歌っている
楽しそうだが 人生は夢に過ぎない
通りではあの子らの兄貴たちが
コカインやヘロインを売りつける
歌が叫び声に変わるのを救うのは誰なのか
ああ なんてことだろう


もう1曲。ケニー・ロギンズとM・ミューレイゼンの共作曲「Fever Dream」。ハーモニカで始まる哀愁のバラードといった風情ですが、ソウルやジャズの要素が盛り込まれ、AOR風に仕上げられています。ファルセットで歌うケニー・ロギンズのヴォーカルがソウルフルでエモーショナルな雰囲気を漂わせていました。



この他、ケニー・ロギンズとD.L.ジョージの共作曲でフルートの音色が印象的なAOR風の「Time To Space」、ジム・メッシーナ作でレゲエの要素を取り込んだトロピカルな「Lately My Love」、ケニー・ロギンズの作品で、彼のソウルフルなヴォーカルと温もりのあるホーン・セクションとファンキーなクラヴィネットの音色が堪能できる「Get A Hold」など佳曲揃い。フュージョンやAORといった言葉がまだなかった時代に先駆けて、多彩な音楽性が披露されていました。今となっては彼らのサウンドが時代のグルーヴ感に合わなくなったのか、1990年代以降すっかり忘れ去られた存在となったことが実に残念です。

2009年のライヴ映像。近年ロギンズ&メッシーナは再結成され、アメリカ各地で公演を行っているようです。


昨今の円高のせいか輸入盤が安くなったものです。
Mother LodeMother Lode
(2008/03/01)
Loggins & Messina

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Donnie Fritts - PRONE TO LEAN

前回の記事でリタ・クーリッジを取り上げたので、今回は少なからず彼女と縁のあるアーティストにお出でいただきます。
登場していただくのはドニー・フリッツ。もともとはクリス・クリストファースン・バンドのキー・ボード・プレーヤーで、クリストファースン主演の映画『Pat Garrett and Billy The Kid(ビリー・ザ・キッド21歳の生涯)』(1973年公開)にもリタ・クーリジとともに出演していました。
その彼がソロ・アーティストとして1974年に発表したのが、今回のお題である『PRONE TO LEAN』。その年の夏には当時夫婦だったクリス・クリストファースン&リタ・クーリッジとともに来日し、ステージで「We Had It All」を歌うソロ・パフォーマンスも披露しました。

プローン・トゥ・リーンプローン・トゥ・リーン
(1998/04/25)
ドニー・フリッツ

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1. THREE HUNDRED POUNDS OF HONGRY
2. WINNER TAKE ALL
3. WHEN WE'RE ON THE ROAD
4. WHATCHA GONNA DO
5. YOU'RE GONNA LOVE YOURSELF(IN THE MORNING)
6. I'VE GOT TO FEEL IT
7. SUMPIN' FUNKY GOING ON
8. JESSE CAULEY SINGS THE BLUES
9. MY FRIEND
10. PRONE TO LEAN
11. WE HAD IT ALL
12. RAINBOW ROAD

ファンキーでタイトなR&Bテイストに加えてほのかなカントリー風味が醸し出されたサウンドをバックに、アメリカ南部に生まれ育った自身の人生経験、見聞きしてきた様々な出来事、黒人と白人の文化と生活などがユーモアを交えながら描かれた作品です。人生の機微や普遍性も感じ取れました。決してうまいとは言えないけれど、人間味溢れた枯れたような歌声も心に残ります。

主な参加ミュージシャンはピート・カー(ギター)、ジェリー・マッギー(ギター)、エディー・ヒントン(ギター、ハーモニカ、バック・ヴォーカル)、バリー・バケット(ピアノ)、マイク・アトレー(キー・ボード)、ロジャー・ホーキンス(ドラムス)、とニー・ジよー・ホワイト(ギター、バック・ヴォーカル)、スプーナー・オールダム(ヴァイブ、バック・ヴォーカル)、リタ・クーリッジ、クリス・クリストファースン、ビリー・スワン、ダン・ペン、ジョン・プライン(バック・ヴォーカル)といった豪華な顔ぶれが集結しています。

ドニー・フリッツは1942年、アラバマのフローレンスに生まれました。音楽活動は14歳の時に組んだバンドのドラマーから始まります。やがて地元のレコーディング・スタジオに出入りするようになり、スプーナー・オールダムやダン・ペンと知り合いました。また、この頃のドニーはアーサー・アレキサンダー(ビートルズがカヴァーした「Anna」やローリング・ストーンズが取り上げた「You Better Move On」で知られるR&Bシンガー)とも出会い、曲作りをするうえで多大な影響を受けています。

作曲をするようになったドニーはドラムスからキー・ボードに転向。ナッシュヴィルに移住してソング・ライターとして活動するようになります。あるときは単独で、またあるときはダン・ペン、スプーナー・オールダム、トニー・ジョー・ホワイトらと共作で数々の作品を手掛けました。1968年にダン・ペンとの共作でザ・ボックス・トップスに提供した「Choo Choo Train」は全米26位にまで上昇しています。
1960年代の終わり頃、ナッシュヴィルでソング・ライターとして順調に活躍するドニー・フリッツに転機が訪れました。クリス・クリストファースンと出会い、彼のバック・バンドに参加することになるのです。二人は1992年にバンドが解散するまで行動を共にしました。

それではアルバムから何曲か紹介します。まず、バンド・ツアーの体験をもとに書かれたと思われる「When We're On The Road」。


続いてアルバム・タイトル曲、「Prone To Lean」。親分だったクリス・クリストファースンの作品で、ニュー・オリンズ風のファンキーなR&Bナンバーです。歌の内容は生まれついてのろくでなしの男のことが歌われていました。


トロイ・シールズとの共作、「We Had It All」。最高の恋人に去られた傷心の思いを哀愁感たっぷりに歌うドニーのヴォーカルが心に滲みます。


WE HAD IT ALL
風の声が聞こえる
俺の心の中で吹く風
昔に聞いたのと同じよう
ジョージアの松を抜けて吹いた風
おまえはそこにいて
呼べば答えてくれた
おまえと俺
それが全てだった

憶えているよ
どんなふうに俺がおまえの髪を撫でていたか
あの感触に手を伸ばす間ずっと
いつもそこにあったのに
おまえは俺の人生で最高の宝だった
思い出すよ
おまえと俺 それが全てだったんだと

わかっているさ
あの頃のことが再び甦るなんてないってな
俺はただ夢の中で
俺たちがいた場所に戻りたいだけなのさ
そしてそこでおまえと一緒にいたい
出来るだけ長く
素晴らしかった
本当に素晴らしかった
ああ 素晴らしかった
俺がおまえの男だった頃は

おまえの笑顔を信じることを
止めるなんて出来ないだろう
たとえおまえが一緒にいなくても
あの頃は価値があるものだったんだ
おまえは俺の人生で最高の宝だった
思い出すよ
おまえと俺 それが全てだったんだと
おまえと俺 それが全てだったのさ 
おまえと俺 それが全てだった俺たち



この曲は多数のアーティストにカヴァーされていました。アイク&ティナ・ターナー『Tina Turns The Country On』(1974)、リタ・クーリッジ『FALL INTO SPRING』(1974)、ボブ・ニューワース『Bob Neuwirth』(1974)、B.J.トーマス『B.J.THOMAS』(1977)、ウェイロン・ジェニングス&ウィリー・ネルソン『Take It to the Limit』(1983)、ドリー・パートン『The Great Pretender』(1984)など枚挙に暇がありません。私は未聴ですが、レイ・チャールズも取り上げているそうです。

ドリー・パートンのヴァージョン。女性の歌う「We Had It All」はまた異なった趣が窺えます。


ローリング・ストーンズは1979年に「We Had It All」をレコーディングするものの、1980年に発表された『EMOTIONAL RESCUE』に未収録。ブートレグで聴くことが出来ますが、いまだに正式なリリースがありません。


ボブ・ディランもトム・ペティ&ザ・ハート・ブレーカーズを伴った1986年に行ったツアーのステージで取り上げていました。ブログへの貼り付けが出来ないので下記のURLをクリックしてお楽しみ下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=KAXouZHufdE


ウィリー・ネルソンとキース・リチャーズの共演。


ダン・ペンとの共作、「Rainbow Road」。貧しい家に生まれた男が弾き語りの歌手になり「虹の道」を歩み始めたとたん暴漢に脅され、身を守るためにその暴漢を殺めてしまい監獄の中で「虹の道」を歌いながら年老いて行くといった設定の歌です。ドニーがしみじみと歌う声が何とも物悲しく、胸を打たれました。エディ・ヒントンが吹く控えめなハーモニカの音色が哀愁を誘います。


クリス・クリストファースン・バンドの解散後、ドニー・フリッツはソング・ライターの仕事に専念する傍ら、尊敬するアーサー・アレキサンダーのアルバム『Lonely Just Like Me 』(1993年リリース)の制作をバック・アップ。しかし、直後にアレキサンダーが急逝し、1995年には旧友でソング・ライティングのパートナーでもあったエディ・ヒントンも帰らぬ人となりました。失意の中、ドニーは1997年に2作目のアルバム『Everybody's Got A Song』を発表するなどマイペースで活動を続けます。が、それも束の間、2001年にドニーは肝臓病を患い移植手術を受けて一命を取り留めたものの休養を余儀なくされました。
2008年、ドニー・フリッツは完全回復を遂げ、3作目のアルバム『One Foot In The Groove』を発表。再び暖かい人柄が伝わって来るような歌声を届けてくれました。

最近は元カウボーイのスコット・ボイヤー、アメイジング・リズム・エイセスのケルヴィン・ホリーらが中心となって結成されたThe Decoysとともにライヴを行うことが多いようです。クリス・クリストファースン・バンドのメンバーとして来日して以来、35年ぶりとなった先日の日本公演も彼らと一緒にステージに上がっていたとのことでした。


1998年に発売されたワーナー盤はプレミアが付いており、マイナー・レーベルから再発されたこちらの盤のほうがお求めやすい価格になっているようです。
プローン・トゥ・リーンプローン・トゥ・リーン
(2005/09/07)
ドニー・フリッツ

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The Beatles - I Me Mine

ビートルズのリマスターCDは相変わらず好調な売れ行きを示しているようです。一方で気になるのは数年前から話題に上ってはいつの間にか自然消滅している『LET IT BE』のDVD化の話。ポール・マッカートニーが発売に前向きな発言をし、既にフィルムのクリーニング作業や内容の構成をどうするかの最終段階に入っているとの報道があったもののその後の音沙汰がありません。
以前はレーザー・ディスクがリリースされていたことがありましたが、ごく短期間で市場から姿を消してしまいました。権利の一部を持っていたビートルズのビジネス・アドバイザーだったアラン・クライン氏がアップルに無断でゴー・サインを出して売られていたようで、アップル側の抗議により販売停止になったそうです。
アラン・クライン氏が今年の7月に逝去されて不謹慎ながらも障害がなくなったと思ったのですが、こういった場合は遺産相続者が権利を主張して複雑化することが多いと聞きました。また、映画の中でビートルズが歌ったカヴァー曲の著作権がクリアしていないとの話も小耳に挟んだことがあります。晴れて陽の目を見るまでにはますます紆余曲折があるかもしれませんね。

余談はさておき楽曲の紹介へ移ります。本日選んだお題はビートルズの「I Me Mine」。1970年にリリースされたアルバム『LET IT BE』に収録されていたジョージ・ハリスンの作品です。
リード・ヴォーカルはもちろんジョージ。ポール・マッカートニーがバック・ボーカルを担当していました。アルバム『LET IT BE』に収められたヴァージョンはトゥイッケナム・スタジオで行われた映画のセッションの時のものではなく、1970年1月3日にレコーディングされたテイクが元になっています。この時休暇中だったジョン・レノンの姿はなく、ジョージ、ポール、リンゴ・スターの3人がスタジオに集合して曲を完成させました。ワルツ風の3拍子で始まり、中間部で4拍子に変化。情感が込められたジョージの歌声が印象的です。

レット・イット・ビーレット・イット・ビー
(2009/09/09)
ザ・ビートルズ

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1. Two of Us
2. Dig a Pony
3. Across the Universe
4. I Me Mine
5. Dig It
6. Let It Be
7. Maggie Mae
8. I've Got a Feeling
9. One After 909
10. Long and Winding Road
11. For You Blue
12. Get Back



I ME MINE
朝から夜まで 俺が 俺に 俺のもの
一晩中ずっと 俺が 俺に 俺のもの
捨てるのを怖がるように
みんながたくらみ
いつも強引に振る舞う
耳に入って来る言葉は 俺が 俺に 俺のもの
泣いてる時でさえ 俺が 俺に 俺のものだとこればかり

誰もがもてあそぶことを怖がらず
誰もが遠慮なく口に出す
注がれるワインよりもふんだんに

生まれてから死ぬまで 俺が 俺に 俺のもの


映画『LET IT BE』の中で、演奏を巡ってポールとジョージが口論するシーンが映し出されていました。日頃ジョージに激しい態度で接するポールにあてつけて書かれたという説が取りざたされましたが、ジョージ曰く「自分を含めた人間のエゴを揶揄したたもの」であるとのこと。
前述しましたが、トゥイッケナム・スタジオでのセッションは言わばリハーサルのようなもので、完成品には程遠いと考えたビートルズは「I Me Mine」の再レコーディング行いました。アコースティック・ギターとオルガンがフィーチャーされたシンプルでタイトなバンド・スタイルが窺える楽曲として完成させたのです。しかし、最終的にはジョージ・マーティンに替わってプロデュースを担当したフィル・スペクターがオーケストラを追加。後半部分をリピートし、再編集して仕上げました。

こちらは映画『LET IT BE』の映像から。ここでもジョンは小野洋子さんと仲良く踊ってばかりでセッションには加わっていませんね。


続いては『ANTHOLOGY 3』に収録されていたストリングスの入っていないオリジナル・ヴァージョン。解散直前にレコーディングされたのにジョージとポールの息がぴったりと合っていて、とても人間関係が破綻していたとは思えません。やはり解散は別の理由が強かったのだと信じたいものです。


最後はリマスターCDと同時期に発売された音楽ゲーム「The Beatles : Rock Band」からの映像でお楽しみ下さい。


アンソロジー(3)アンソロジー(3)
(1996/10/30)
ザ・ビートルズ

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Rita Coolidge

今回は女性ヴォーカルの方にご登場を願います。
取り上げるのはリタ・クーリッジが1971年に発表したファースト・アルバム『RITA COOLIDGE』。日本ではポップス・シンガーとして知られる彼女ですが、もともとはスワンプ色の濃いロックを歌っていました。

リタ・クーリッジリタ・クーリッジ
(1995/11/01)
リタ・クーリッジ

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1. The Man is My Weakness
2. Second Story Window
3. Crazy Love
4. The Happy Song
5. Seven Bridges Road
6. Born Under a Bad Sign
7. Ain't That Peculiar
8. (I Always Called Them) Mountains
9. Mud Island
10. I Believe in You

リタ・クーリッジは1945年5月1日にテネシー州ラファイエットで、先住民族チェロキー・インディアンの血を受け継ぐ家庭に生まれました。父親が牧師、教師である母親は教会のオルガン奏者という家庭環境によるものなのか、彼女自身も幼き頃から教会で賛美歌を歌っていたそうです。
15歳の時に一家はフロリダに移住。リタは姉のプリシラらとバンドを組んで歌うようになります。リタがフロリダ州立大学を卒業すると一家はメンフィスに引っ越し、姉妹はラジオCMなどを制作する会社と契約して本格的な音楽活動を始めました。1969年にはマイナー・レーベルよりシングル「Turn Around and You」を発表。この曲を作ったドナ・ワイズはその後もリタのアルバムに多数の楽曲を提供していました。また、ブッカー・T・ジョーンズ(ブッカー・T&MG's)との出会いもこの頃で、彼は後にプリシラと結婚してデュエット・アルバムをリリースするなど公私にわたって姉妹に多大な影響を与えて行くことになります。
姉妹のシングル曲はさほど話題になりませんでしたが、レコーディングのためにメンフィスを訪れていたデラニー&ボニーがリタの歌声に着目。ロサンゼルスに戻った後に制作を始めようとしていた『Original Delaney & Bonnie』(1969年発表)のバック・ヴォーカルとしてリタを迎え、デラニー&ボニー&フレンズの一員に加えて全米およびヨーロッパ・ツアーに同行させました。
これらのツアーに帯同している間にリタはフレンズのメンバーとしてデラニー&ボニーをサポートしていたレオン・ラッセル、エリック・クラプトン、デイヴ・メイソンらと親交を深めます。それが縁で、1970年にはレオン・ラッセルとともにジョー・コッカーのマッド・ドッグス&イングリッシュメンの全米ツアーに参加。ソロ・パートの機会も与えられます。その時に歌ったレオン・ラッセルとデラニー&ボニーの共作曲「Superstar」(後にカーペンターズのヴァージョンが大ヒット)が注目を浴び、彼女にソロ・デヴューの話が持ち上がりました。
デラニー&ボニーのコーデュネーターであるデヴィッド・アンダーレの尽力のもと、リタとA&Mとの契約が成立。1971年にリリースされたのがファースト・アルバム『RITA COOLIDGE』です。

それではアルバムの中から何曲か紹介します。
拙ブログで度々名前が出て来るセクションのキー・ボード奏者として有名なクレイグ・ダーギとドナ・ワイズの共作曲、「That Man Is My Weakness」。ゴスペル・フィーリングが強く表されたバラード・ナンバーです。レオン・ラッセルがピアノとオルガン、スプーナー・オールダムがエレクトリック・ピアノ、マーク・ベノとクラレンス・ホワイトがギター、クリス・エスリッジがベース、ジム・ケルトナーがドラムスと豪華なメンバーがバックを受け持っていました。


スティーヴン・スティルスが弾くギターが印象的なマーク・ベノ作の「Second Story Wind」(1970年リリースの『Marc Benno』に収録)。ブッカー・T・ジョーンズもベースで参加。ソウルフルでエモーショナルなリタの歌声に心がかき乱されますが、こうして淡々と落ち着いて歌う彼女も魅力的です。
当時スティルスとリタは恋仲だったらしく、スティルスはファースト・アルバム『Stephen Stills』(1970年発表)の中で「Cherokee」といういかにも分かりやすいタイトルの曲をリタに捧げていました。


ヴァン・モリソンのアルバム『Moon Dance』(1970年発表)に収録されていた「Crazy Love」のカヴァー。ギターはスティルスとボビー・ウォマック。キー・ボードはブッカー・Tが担当。姉プリシラ、ドナ・ワイズ、グラハム・ナッシュらがバック・ヴォーカルで参加していました。感情を内に秘めたようなリタのヴォーカルが却って胸を打ちます。


CRAZY LOVE
千マイルも離れていても彼の心の鼓動が聞こえて来る
彼が微笑むといつでも楽園の門が開く
私がいる場所は彼の傍
河の歌のように
彼のもとへと駆けつける私

あなたは私に愛をくれる
それはクレイジー・ラヴ
あの人は私を愛してくるの
それは熱烈な愛

私が落ち込んだ時は気の利いたユーモアで慰めてくれる
日が沈んだら私はあの人のもとに行く
私の悩みを取り除いてくれる
私の悲しみを取り除いてくれる
私の心の痛みを取り除いてくれる
私は安心して眠りにつける

だけど昼間もあの人が必要なの
もちろん夜もね 本当よ
あの人に私のこの腕を巻き付けて
キスして抱きしめたい
強くキスして抱きしめるの

遠くから私が戻って来ると
あの人はとても優しく愛してくれて
私の一日を明るくしてくれるの
そうすると私は正直になる
そうすると私は純粋になる
そうすると私は穏やかになる
心の奥深くで


アルバート・キングでお馴染みのブルース・ナンバー、「Born Under A Bad Sign」は2007年のライヴ映像でお楽しみ下さい。ブルージーに歌うリタ。円熟味が際立っています。この曲はブッカー・Tとウィリアム・ベルの共作で、MG'sの『Soul Limbo』(1968年リリース)、ブッカー・Tとプリシラのデュエット・アルバム『Home Grown』(1972年)、ウィリアム・ベル『Bound To Happen』(1969年)といった作者によるヴァージョンの他、クリーム『Wheels Of Fire』(1968年)、ジミ・ヘンドリックス『Blues』(1994年)など多数のアーティストがカヴァーしていました。
ブログへの貼付けが出来ないので、下記のURLをクリックしてご覧いただければ幸いです。

http://www.youtube.com/watch?v=ZizNDv1sVUI

マーク・ベノ作の「(I Always Called Them)Mountains」。ストリングスが効果的に施され、愛を噛み締めるかのようなリタの歌唱に花を添えているかのようです。


ドナ・ワイズとメアリー・ユノフスキーの共作、「Mud Island」。ライ・クーダーのうなるようなスライド・ギターがフィーチャーされ、スワンプ・サウンドに仕上げらています。
なお、リタに多くの楽曲を提供したドナ・ワイスはジャッキー・デシャノンと共作した「Bette Davis Eyes」が1981年にキム・カーンズによって歌われ大ヒットし、一躍有名となりました。自らもソング・ライターである傍らバック・ヴォーカルとしても活躍し、ライ・クーダーの『Into The Purple Valley』(1972年発表)、ボブ・ディランの『Pat Garrett & Billy the Kid』(1973年発表)などに参加しています。


この他オーティス・レディングとスティーヴ・クロッパー共作の「The Happy Song」(オーティスのオリジナルは1968年発表の『The Immortal Otis Redding』に収録)、イーグルスのヴァージョン(1980年発表の『Eagles Live』に収録)で有名なスティーヴ・ヤング作の「Seven Bridges Road」(1969年発表の『Rock Salt And Water』に収録)、スモーキー・ロビンソンらがマーヴィン・ゲイのために書いた「Ain't That Peculiar」(1966年発表の『Mood Of Modern Marvin Gaye』に収録)、ニール・ヤング作の「I Believe In You」(1970年発表の『After The Gold Rush』に収録)などが収められており、選曲の良さが心に沁みるようなアルバムでしたがセールス的には芳しい結果を残せませんでした。リタが成功を収めるのは全米6位まで上昇した6作目の『Anytime, Anywhere』からですが、このファースト・アルバム『RITA COOLIDGE』は彼女の原点としての瑞々しい魅力とアーシーな味わいが堪能できる傑作だと思います。

2nd『Nice Feelin'』とのお得な2in1です。
Rita Coolidge / Nice Feelin'Rita Coolidge / Nice Feelin'
(2009/02/02)
Rita Coolidge

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SHM-CDがリリースされたばかりのようですが、Amazonでは早くも品切れ状態?。発売元であるユニバーサルのサイトでは在庫ありとの表示が出ていたので、CDショップで取り寄せれば入手可能かもしれません。
リタ・クーリッジ(紙ジャケット仕様)リタ・クーリッジ(紙ジャケット仕様)
(2009/09/23)
リタ・クーリッジ

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