好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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The Beatles - Good Night

申し訳ございませんが、またも続けてビートルズを取り上げさせていただきます。9月9日のXデーが目前に迫り、気が気ではありません。
さて、今回のお題は「Good Night」。1968年11月に発表された『The BEATLES』(ホワイト・アルバム)に収録されていた曲で、例の如くレノン・マッカートニー名義ですが、ジョン・レノン主導で作られました。ジョンの息子ジュリアンのために書かれた子守唄とされています。

ザ・ビートルズザ・ビートルズ
(2009/09/09)
ザ・ビートルズ

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Disc 1
1. Back in the U.S.S.R.
2. Dear Prudence
3. Glass Onion
4. Ob-La-Di, Ob-La-Da
5. Wild Honey Pie
6. Continuing Story of Bungalow Bill
7. While My Guitar Gently Weeps
8. Happiness Is a Warm Gun
9. Martha My Dear
10. I'm So Tired
11. Blackbird
12. Piggies
13. Rocky Raccoon
14. Don't Pass Me By
15. Why Don't We Do It in the Road?
16. I Will
17. Julia

Disc 2
1. Birthday
2. Yer Blues
3. Mother Nature's Son
4. Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey
5. Sexy Sadie
6. Helter Skelter
7. Long, Long, Long
8. Revolution 1
9. Honey Pie
10. Savoy Truffle
11. Cry Baby Cry
12. Revolution 9
13. Good Night

以前「I Will」のところでも述べましたが、このホワイト・アルバムの時期のビートルズは崩壊へと向かっていました。レコーディングに入った頃には録音技術が飛躍的に向上して1人多重録音が可能となったため、4人が同時に演奏する必然性が薄れて行ったことも結束を弱める原因になったと思われます。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンは自分のパートナーをスタジオに招き入れて録音に参加させたり、別々のスタジオに分かれて個人的な音楽の趣向を反映した曲作りを自由で開放的に、悪く言えば好き放題に行っていました。
そんな状況に業を煮やしたのか、ドラマーとしてお呼びが掛からない疎外感からふてくされたのかリンゴ・スターが一時現場放棄。3人はあわててリンゴを呼び戻し、この分裂の危機を乗り越えるためジョン・レノンがリーダー・シップを発揮して「おう、リンゴ悪かったのう。この曲を歌わしたるさかい機嫌を直せや。」といったやり取りがあったかどうか分かりませんが、この「Good Night」はリンゴ単独で録音されました。他のメンバーは参加せず、演奏はオーケストラによるものです。
散漫な出来映えと酷評されたホワイト・アルバムですが、最後にリンゴ・スターの暖かみのある穏やかで優しい声を聴くとほっとして癒されます。まるで、「本日の興行はこれにて終了。長々のご清聴ありがとうございました。ごひいきの皆々様、おやすみなさいませ。」と語りかけているように思えました。



GOOD NIGHT
さぁ、おやすみなさいを言う時間だ
おやすみ よく眠れますように
もう太陽も姿を消す頃
おやすみ ぐっすりと眠れますように
私のために素敵な夢を
君のために素敵な夢を

瞳を閉じてごらん 私も閉じるから
おやすみ よく眠れますように
ほら月が照らし始めた
おやすみ ぐっすりと眠れますように
私のために素敵な夢を
君のために素敵な夢を

おやすみなさい おやすみなさい
みなさん
世界中の皆さん
おやすみなさい


『Anthology 3』に収録されていたヴァージョンです。冒頭ではビートルズの4人とジョージ・マーティンが意見を交わし合っているところが録音されており、リンゴ単独でレコーディングに臨んでいるものの全員が協力して曲を作り上げていたことが分かりました。


アンソロジー(3)アンソロジー(3)
(1996/10/30)
ザ・ビートルズ

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リンダ・ロンシュタットも1996年リリースの『Dedicated To The One I Love』でカヴァーしていました。


Dedicated to the One I LoveDedicated to the One I Love
(2008/08/26)
Linda Ronstadt

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The Beatles - I'm Looking Through You

ザ・ビートルズのリマスター盤の発売日まで二週間足らず。数年前に大病を患ったことがありますが、命を奪われる状況に今はなく、事故にだけ気をつける毎日です。
さて、今回のお題は「I'm Looking Through You」。ビートルズが1965年12月に発表したアルバム『RUBBER SOUL』に収録されていました。
例の如くレノン=マッカートニー名義になっていますが、ポール・マッカートニー主導で作られた曲です。当時、ポールが交際していた女優のジェーン・アッシャーに向けられた歌で、変わってしまった彼女の心模様が描かれていました。

ラバー・ソウルラバー・ソウル
(2009/09/09)
ザ・ビートルズ

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1. Drive My Car
2. Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
3. You Won't See Me
4. Nowhere Man
5. Think for Yourself
6. Word
7. Michelle
8. What Goes On
9. Girl
10. I'm Looking Through You
11. In My Life
12. Wait
13. If I Needed Someone
14. Run for Your Life



I'M LOOKING THROUGH YOU
君の心の裏側が透けて見える
あの頃の君はどこへ行ったんだ
君のことはよく知っているつもりだったけど
実は何にも分かっちゃいなかったんだ
見かけは変わっていないけど
今の君はまるで別人だ
君の心の裏側が透けて見える
以前の君じゃない

君の唇が動いている
何て言ってるのか聞こえない
心安まる君の声
でも言葉が聞き取れない
いつもと口調は変わっていないけど
もうその手はくわない
君の心の裏側が透けて見える
以前の君じゃない

僕を裏切ったのはなぜ、なぜなんだ
愛は一晩のうちに姿を消してしまう厄介な代物

君は俺が以前のままだと
そう思っているんだろう
確かに君に恋い焦がれていたけれど
今はもう違う
唯一の違いは君がつまらない女に
なり下がったってことさ
君の心の裏側が透けて見える
以前の君じゃない

僕を裏切ったのはなぜ、なぜなんだ
愛は一晩のうちに姿を消してしまう厄介な代物

君の心の裏側が透けて見える
あの頃の君はどこへ行ったんだ
君のことはよく知っているつもりだったけど
実は何にも分かっちゃいなかったんだ
見かけは変わっていないけど
今の君はまるで別人だ
君の心の裏側が透けて見える
以前の君じゃない


誰でも一度か二度は恋人の心変わりに直面したことがあると思います。こうした「君の心の裏側が透けて見える」などという言葉はポールだから様になるのですが、私のような者が恋人と喧嘩した時に捨て台詞のように発しても何の効果もなく、嫌みにもならないでしょう。頬を二三発叩かれて恋はおしまい。いや、そのような愛情なり、感情なりが残っていればましなほうで、「あほちゃう?」の一言で片付けられかねません。結果的に、「いらんこと言わへんかったら良かった」と反省しても覆水盆に返らずです。このことは決して経験談ではありませんが・・・。

1996年にリリースされた『Anthology 2』に収録されていたヴァージョンです。


アンソロジー(2)アンソロジー(2)
(1996/03/18)
ザ・ビートルズ

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この曲はモノラル・ヴァージョンのほうがステレオ・ヴァージョンよりもフェイド・アウトするタイミングが遅く、2秒ほど長くエンディングが聴けます。お時間がよろしければこちらもお楽しみください。


また、この曲はUSステレオ盤のみジョン・レノンがイントロを失敗したヴァージョンが収録されていました。

Bob Dylan & Grateful Dead - DYLAN & THE DEAD

拙ブログとリンクを結んでいただいているPurple_Hazeさんのブログ、「Blues Power」でボブ・ディランがザ・バンドをバックに従えて1974年に発表したライヴ『Before The Flood』が記事にされていたのに触発され、今回はディランがグレイトフル・デッドと共演した『DYLAN & THE DEAD』を取り上げることにします。ディランとデッドが組んでコンサートが行われたのは1987年のデッドの全米ツアー中のことで、6ヵ所のみ「Alone & Together」と銘打って、ディランのバックをデッドが務めるという企画が挟まれました。このライヴ盤はその中から選ばれた7曲を収めたものです。デッドはかなり以前から自分たちのコンサートでディランのナンバーを取り上げて演奏することが多く、両者の共演はある意味必然的だったのかもしれません。

Dylan & the DeadDylan & the Dead
(1994/04/14)
Dylan & the Dead

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1. Slow Train
2. I Want You
3. Gotta Serve Somebody
4. Queen Jane Approximately
5. Joey
6. All Along the Watchtower
7. Knockin' on Heaven's Door

アルバム発表当時は酷評され、デッドのメンバーもディランのやる気のなさに愛想を尽かしたとの記事もありました。リラックスして透明感が漂うデッドの演奏とディランのルーズなヴォーカルが醸し出す雰囲気がなかなか調和しているように思えるのですが、盲目的なディラン信者ではない評論家の先生方の冷静な眼差しは厳しいものです。

YouTubeには映像が幾つか残っているので、それらを使ってアルバムの楽曲を紹介して行きます。まず、気合いの入ったディランが力強く歌い、デッドがタイトに演奏する「Slow Train」。1979年発表の『Slow Train Coming』に収録されていた曲で、プロテスト色が濃いためかあまりステージで披露されることがなかった曲です。


続いては1965年のアルバム『Highway 61 Revisited』より、「Queen Jane Approximately」。この曲がコンサートで歌われたのはデッドとの共演が初めてとのことです。ボブ・ワイアーの味のあるコーラスとジェリー・ガルシアのリード・ギターの澄んだ音色が心地よい雰囲気を漂わせていました。


1976年1月に発表された『Desire』からは「Joey」。この歌もこれまでステージでは歌われなかった曲です。ブルックリンで活動した殺し屋、ジョセフ・ジョーイ・ギャロの一生をテーマにしていたこともその理由の一つだったのかもしれません。


1967年12月に発表された『John Wesley Harding』からは「All Along The Watchtower」。デイヴ・メイソン(1974年発表の『Dave Mason』に収録)、バーバラ・キース(1973年発表の『Barbara』Keith』に収録)、ジミ・ヘンドリックス(1968年発表の『Electric Ladyland』収録)、U2(1988年発表の『Rattle And Hum』に収録)などカヴァーは枚挙に暇がありません。ディランのコンサートでは必ずと言っていいほど歌われる曲で、ジミ・ヘンドリックスを意識したかのようなハード・ロックのアレンジが施されることが多いようです。


ALL ALONG THE WATCHTOWER
「ここから抜け出す道があるはずだ」と
道化師が泥棒に言った
「あまりにもこんがらがってて息をつく暇もない
商人たちは俺のワインを飲み
農夫たちは俺の土地を掘り返す
連中は誰一人としてまったくそのことの価値を知らない」

「興奮することはないさ」と泥棒は優しく言った
「人生なんて冗談に過ぎないなんて思っている奴が大勢いる
でも、おまえと俺はそんなことは身に沁みてよく分かっているし
これは運命でもない
だからもう戯言を言うのはよそうぜ 
夜も更けてきた」

見張り塔からずっと 王子たちがその光景を見続けていた
女たちが出たり入ったりする間
裸足の召使いたちも行ったり来たりした

遥か彼方で山猫が唸り
馬に乗った二人の男が近づき
風が吠え始めた


アルバムには収められなかった曲も幾つか紹介しておきます。まず、『Bob Dylan's Greatest Hits Volume 2』(1971年発表)に収録されていたラヴ・ソング、「Tomorrow Is A long time」。この曲もエルヴィス・プレスリー(1966年発表の『Spinout』に収録)、ロッド・ステュワート(1971年発表の『Every Picture Tells A Story』に収録)、サンディ・デニー(1972年発表の『Sandy』に収録)など多数のアーティストにカヴァーされていました。


続いて「It All Over Now, Baby Blue」。1965年リリースの『Bringing It All Back Home』に収録されており、こちらもカヴァー・ヴァージョンが星の数ほど存在します。中でも、ザ・バーズのヴァージョン(1969年発表の『The Ballad Of Easy Rider』に収録)が秀逸でした。


グレイトフル・デッドが1973年から90年にかけてステージで演奏したディラン・ナンバーを集めたアルバムです。下記の「All Along The Watchtower」のカヴァーはディランを彷彿させるボブ・ワイアーのヴォーカル、ジェリー・ガルシアの風貌とは裏腹の叙情感溢れるリード・ギターが独特の雰囲気を表していました。あまりにも有名なジミ・ヘンドリックスのヴァージョンに比べて決して劣らないと思っているのは私だけでしょうか。
Postcards of the Hanging: The Grateful Dead Perform the Songs of Bob DylanPostcards of the Hanging: The Grateful Dead Perform the Songs of Bob Dylan
(2005/02/14)
Grateful Dead

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The Beach Boys - RARITIES

240さんのブログ「音楽の杜」で、「Stars On 45」が1981年頃にヒットさせたビートルズのカヴァー・メドレーが記事にされていました。当時、声のそっくりさんが歌うビートルズのカヴァーに興味がそそられ、さすがにレコードを購入するには至りませんでしたが、FMラジオからしっかりエア・チェックさせてもらってよく聴いたものです。
240さんのその記事の末尾ではビーチ・ボーイズが自らの楽曲をメドレー形式に編集してリリースしたことにも言及され、そういえばそのようなレア物ばかりを集めたアルバムを所有していたことを思い出しました。というわけで、今回はビーチ・ボーイズが1983年に発表したレア・ヴァージョン集、『RARITIES』を取り上げます。

この『RARITIES』が発売された時期はちょうどビートルズも『RARETIES』(CD化の際は再編集し『Past Masters』とタイトルを変えてリリース)を発表して好評を博していたので、便乗するかのように企画された代物だったようです。前述のメドレーはもともとアナログ時代のLPには収められていなかったのですが、1993年のCD化の際に収録されました。

レアリティーズ&ビーチ・ボーイズ・メドレーレアリティーズ&ビーチ・ボーイズ・メドレー
(1997/10/16)
ザ・ビーチ・ボーイズ

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1. With a Little Help from My Friends
2. The Letter
3. I Was Made to Love Her
4. You're Welcome
5. The Lord's Prayer
6. Bluebirds over the Mountain
7. Celebrate the News
8. Good Vibrations
9. Land Ahoy
10. In My Room [German Version]
11. Cottonfields
12. All I Want to Do
13. Auld Lang Syne
14. Medley: Good Vibrations/Help Me, Rhonda/I Get Around/Little Deuce Coupe/Little Honda/Hawaii/409/Noble Surfer/Dance, Dance, Dance/Shut Down/Surfin' Safari/Barbara Ann/Surfin' U.S.A./Fun, Fun, Fun
15. Medley: Surfer Girl/Girls on the Beach/Ballad of Ole' Betsy/We'll Run Away/Caroline No/The Surfer Moon/In my Room
16. Beach Boys Medley: Good Vibrations/Help Me, Rhonda/I Get Around/Shut Down/Surfin' Safari/Barbara Ann/Surfin' U.S.A./Fun, Fun, Fun

YouTubeにはこのアルバムからの音源が多数存在しているようなので、早速何曲か紹介して行きます。まず、オープニング・ナンバーはビートルズの「With a Little Help from My Friends」のカヴァー。1967年のアルバム『Wild Honey』のセッションの際にレコーディングされた未発表曲です。リード・ヴォーカルはブルース・ジョンストンが担当。ビーチ・ボーイズにはもっとビートルズの楽曲を録音してほしかったものです。ちなみにビートルズのオリジナルは1967年発表の『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』に収録。


続いては「The Letter(あの娘のレター)」。1967年のホノルル公演のリハーサルの際に
録音されたもののようです。白人R&Bバンド、ザ・ボックス・トップスが1967年に放った全米1位の大ヒット・ナンバーのカヴァー。当初はアルバム『Wild Honey』に収録される予定でした。リード・ヴォーカルはブライアン・ウィルソンです。


次は『Wild Honey』収録曲の「I Was Made To Love Her」の別ヴァージョンです。1997年に全米2位まで上昇したスティーヴィ・ワンダーの作品のカヴァー。アカペラで歌われるパートが興味深いところ。リード・ヴォーカルはカール・ウィルソン。


1963年12月にリリースされたクリスマス・シングル、「Little Saint Nick」のB面に収められた賛美歌。オリジナル・アルバム未収録曲。心が洗われるようなアカペラが印象的です。


1966年10月にリリースされて全米1位に輝いた「Good Vibrations」(1967年発表の『Smiley Smile』に収録)の別ヴァージョン。通常のヴァージョンとは展開が少々異なり、コーラスもソウルフルです。歌詞はだいぶ省略されていました。


GOOD VIBRATIONS
俺は素敵な波動を感じる
彼女が刺激をくれる

この愛すべき素敵な波動を大事にしたい
彼女とともに起きる出来事


1963年10月にリリースされ、全米23位まで上昇した「In My Room」(1963年発表の『Surfer Girl』に収録)のドイツ語ヴァージョン。ビートルズの「I Want To Hold Your Hand」や「She Loves You」のドイツ語ヴァージョンが話題になっていた64年3月にヴォーカルだけを再レコーディングしたものです。ビーチ・ボーイズ本人たちがビートルズをどれだけ意識していたのかはよく分かりません。同系列であるレコード会社の戦略も働いているのか、初期のビーチボーイズはビートルズと比較されることが多かったようです。


C.C.R.でもお馴染みのスタンダード・ナンバー「Cotton Fields」。1969年のアルバム『20/20』収録のヴァージョンと比べるとペダル・スティール・ギターがフィーチャーされ、コーラスが派手め。1970年4月にシングルとしてリリースされ、アメリカでは不発に終わったもののイギリスのチャートでは5位まで上昇しました。リード・ヴォーカルはアル・ジャーディン。


ちなみに20/20のヴァージョン。


あまりにも有名なスコットランド民謡「Auld Lang Syne(蛍の光)」です。1964年10月にリリースされた『Christmas Album』収録のヴァージョンからでデニス・ウィルソンのナレーションを抜いたもの。彼らのアカペラをじっくり堪能できます。


AULD LANG SYNE
懐かしい友のことなど忘れてしまえるものなのか
二度と思い出さなくなるだろうか
懐かしい友のことを忘れてしまえるものなのか
遠いあの日々のことまでも

我が親愛なる友よ 遠いあの日々のために
遠いあの日々のために
遠いあの日々のために
懐かしい友を忘れるかもしれない
遠いあの日々のことまでも


Auld Lang Syneはスコットランドの言葉ではOld Long Sinceの意味らしく、つまりOld Long Ago(遠い昔)というふうに訳すのが適切と思われます。

これで本日は閉店したい気分に陥り、肝心のメドレーのほうの紹介を忘れてしまいそうです。さて、記事の冒頭で述べたように、歌マネさんたちによるスターズ・オン45はビートルズに限らずABBA、ローリング・ストーンズ、カーペンターズのスーパー・スターたちのヴァージョンも次々とリリースして好評を博しました。当然の如くビーチ・ボーイズ盤もリリースされましたが、物真似屋さんたちに負けじとならずと思ったのか、本家ビーチ・ボーイズもオリジナル・テイクをメドレー形式に編集して発表します。シングル・ヴァージョンは1981年に全米12位まで上昇しました。今回はシングルより少々尺の長い「アップ・テンポ・ヴァージョン」と「バラード・ヴァージョン」をお聴きください。





The Beatles - I Will

ザ・ビートルズのリマスター盤の発売まで3週間を切りました。本当に9月9日が待ち遠しくてたまりません。しかし、購入費用が無事捻出できるかどうか、Xデーが刻一刻と迫ってくるようで焦ります。

ということで、今回は間隔をあけずにビートルズを取り上げます。お題は「I Will」。アルバム『The Beatles』(通称ホワイト・アルバム)に収録されていたアコースティックな作品です。
ザ・ビートルズザ・ビートルズ
(2009/09/09)
ザ・ビートルズ

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Disc 1
1. Back in the U.S.S.R.
2. Dear Prudence
3. Glass Onion
4. Ob-La-Di, Ob-La-Da
5. Wild Honey Pie
6. Continuing Story of Bungalow Bill
7. While My Guitar Gently Weeps
8. Happiness Is a Warm Gun
9. Martha My Dear
10. I'm So Tired
11. Blackbird
12. Piggies
13. Rocky Raccoon
14. Don't Pass Me By
15. Why Don't We Do It in the Road?
16. I Will
17. Julia

Disc 2
1. Birthday
2. Yer Blues
3. Mother Nature's Son
4. Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey
5. Sexy Sadie
6. Helter Skelter
7. Long, Long, Long
8. Revolution 1
9. Honey Pie
10. Savoy Truffle
11. Cry Baby Cry
12. Revolution 9
13. Good Night

例の如く名義はレノン=マッカートニーですが、ポール主導で作られた曲で、奥方のリンダに捧げられていました。ポールはリンダのために少なくとも5曲は書いたと言われており、残る4曲は「Maybe I'm Amazed(恋することのもどかしさ)」、「Lovely Linda」、(1970年発表の1stソロ・アルバム『McCartney』に収録)、「Two Of Us」(1970年発表の『LET IT BE』に収録)、「My Love」(ウイングス名義で1973年に発表した『Red Rose Speedway』に収録)だそうです。

レコーディングは1968年9月16日、17日の2日間に渡って行われ、実に67ものテイクが録音されたそうです。前に「Your Mother Should Know」の時にも述べましたが、プロデューサーのジョージ・マーティンという方は本当に厳しい人ですね。でも、妥協を許さぬ意志とこの苦労があるからこそビートルズはスーパー・スターであり続けることが出来たのでしょう。しかしながら、美談はそこまで。実はこの頃オノ・ヨーコと暮らし始めたジョンがビートルズとしてのバンド活動に関心を失いつつあり、ポールはリンダと親密になりかけていた時期でした。いざニューアルバムのレコーディングに入っていても4人揃って演奏するわけではなく、各々が別のスタジオで別の曲作りに励むといったことがあったのです。そんなビートルズ崩壊の予兆がしているにもかかわらず、ジョージ・マーティンは愛想を尽かしたのか、ショック療法でも行おうとしたのか、さっさと休暇を取ってあとは弟子のクリス・トーマスに任せてしまいました。それ故、『ホワイト・アルバム』のプロデューサーは名義上ジョージ・マーティンと記されておりますが、この「I Will」を始め実際にはクリス・トーマスが大きく関わった曲が多いのが実情とのことです。

レコーディングに参加したのはポール・マッカートニー(ヴォーカル、アコースティック・ギター)、ジョン・レノン(パーカッション)、リンゴ・スター(シンバル、ボンゴ、マラカス)の3人。前述のどろどろとした人間関係が嘘のように、和気あいあいの雰囲気が伝わってくるようです。ちなみに、ジョージ・ハリスンは参加していません。



I WILL
どのくらい君を愛してきたのか誰にも分からない
今でも君を愛しているんだ
一生寂しく待つことになるのかって
君がそう望むなら 俺は待つよ

以前に君を見かけたことがあるのだけれど
名前を知ることすらなかった
でも そんなことはどうでもいい
俺の気持ちはいつまでも変わらない

いつまでも 永遠に君を愛そう
俺の思いのすべてで君を愛そう
君と一緒にいるときはいつでも 
たとえ離れていても君を愛そう

いつか君が俺を見つけ出すときは
君の歌声があたりに響きわたるだろう
俺によく聴こえるように大きな声で歌ってくれ
君の傍にいやすくしてくれよ
君のすることなすことすべてが愛しくてたまらない
約束するよ きっとだ


『Anthology 3』に収録された別テイクです。


ライヴ映像。ブログへの貼り付けが出来ないので、下記のURLをクリックしてご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=JGnNQM_9q-w

アンソロジー(3)アンソロジー(3)
(1996/10/30)
ザ・ビートルズ

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Arlo Guthrie - RUNNING DOWN THE ROAD

今年はウッドストック・フェスティヴァル40周年記念ということで、未発表ライヴ映像を含むDVD、サントラ盤の再発、さらには40周年記念CDボックスなど関連商品が相次いでリリースされています。拙ブログとリンクを結んでいただいている方々を始めとしてウッドストックを扱われた記事を最近よく目にし、これならアクセス数も増えるのではないかと思い私も便乗することにしました。

今回取り上げるのはアーロ・ガスリー。フォーク・ソングの父といわれたウディ・ガスリーの息子さんです。
映画『ウッド・ストック』ではジョー・コッカーの心の叫びとエア・ギターの仕草を行う独特のパフォーマンス、魂が奪われるが如く斬新なサンタナのステージ、紫の煙の中で伝説と化したジミ・ヘンドリックスのギター・プレイなどが注目されるようですが、私にはアーロの少々ぶっきらぼうではにかんだような表情とひょうひょうとした歌い方のほうが妙に印象に残りました。

アーロ・ガスリーは1947年7月10日、ニューヨーク州のコニー・アイランドで生まれました。幼き頃よりピート・シーガーやジャック・エリオットらに囲まれて音楽の指導を受けるような恵まれた環境に育ち、少年期には若きボブ・ディランにハーモニカを教わったと言われています。高校時代はブルー・グラスに没頭。バンドを結成して活動したとのことです。大物フォーク・シンガーらのもとで、いわば純粋培養されたかのように育った彼にとって、こうしたカントリー・ミュージックとの出会いはアメリカン・フォークの奥深さを再確認するきっかけになり得たことでしょう。

1967年、父ウディ・ガスリーの逝去と入れ替わるようにアルバム『Alice's Restaurant』でデビューを飾り、シングル「Alice's Restaurant」が注目を浴びます。この曲に目をつけた映画監督のアーサー・ペンは同名の映画をアーロ・ガスリー主演で制作。1969年に公開されました。
順調な活動を続けるアロー・ガスリー。父の七光りという言葉とはまったく関係なく、カントリー・サウンドを下地にした彼独自のフォーク・ロック・サウンドが聴き手を魅了して行ったのです。
今回紹介する『RUNNING DOWN THE ROAD』はアーロ・ガスリーの3rdアルバムで、ウッドストック・フェスティヴァルが催された1969年にリリースされました。プロデュースはヴァン・ダイク・パークスとレニー・ワロンカーの大物二人が当たっています。参加ミュージシャンはザ・バーズのクラレンス・ホワイト(ギター)とジーン・パーソンズ(ドラムス)、ジェームズ・バートン(ドブロ・ギター)、ジェリー・シェフ(ベース)、クリス・エスリッジ(ベース)、ライ・クーダー(マンドリン)、ミルト・ホランド(パーカッション)など錚々たる顔ぶれが並んでいました。いかにこの当時のアロー・ガスリーに期待がかけられていたかが計り知れるようです。

Running Down the RoadRunning Down the Road
(2005/08/09)
Arlo Guthrie

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1. Oklahoma Hills
2. Every Hand In The Land
3. Creole Belle
4. Wheel Of Fortune
5. Oh, In The Morning
6. Coming In To Los Angeles
7. Stealin'
8. My Front Pages
9. Living In The Country
10. Running Down The Road

それではアルバムの中から何曲か紹介します。オープニング・ナンバーの「Oklahoma Hills」は父ウディと伯父にあたるジャック・ガスリーが共作した作品です。クラレンス・ホワイトのギターとジェームズ・バートンのドブロも聴きものです。


ジョニー・キャッシュとデュエットするライブ映像でもお楽しみください。


続いて淡々としたアーロのピアノの弾き語りが心温まるような「Oh, In The Morning」。アーロの自作曲です。


そして、「Coming In To Los Angeles」は映画『ウッドストック』のヴァージョンをお聴きください。


1978年のライヴ映像。貼付けが出来ないので宜しければ下記のURLをクリックしてご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=iRXD5kUzBG4

1984年のライヴ映像。貼付けが出来ないので時間があれば下記のURLをクリックしてご覧下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=KBis2GcNb1o

2008年のライヴ映像です。すっかり容姿が変貌してしまいました。


COMING INTO LOS ANGELES
ロンドンからやって来る
北極を越えてやって来る
大きな飛行機に乗って
チキンが飛行機のあちこちで飛び交う
最高の気分じゃないか

ロサンゼルスにやって来て
数キロのドラッグを持ち込む
どうか俺の鞄に触らないで
税関職員殿

メキシコ行きのチケットを持った男がいる
これ以上ないほどに怪しい格好の奴だ
荷物を持ってホールを歩いてやって来ると
微笑んで言った
俺はローン・レンジャーだと

ロサンゼルスにやって来て
数キロのドラッグを持ち込む
どうか俺の鞄に触らないで
税関職員殿

動く歩道を歩くヒッピーの女がいる
エスカレーターに乗り込み
列の後ろに一人の男
男は女に首っ丈で
すでにものにした気でいる

ロサンゼルスにやって来て
数キロのドラッグを持ち込む
どうか俺の鞄に触らないで
税関職員殿

ロンドンからやって来る
北極を越えてやって来る
大きな飛行機に乗って
チキンが飛行機のあちこちで飛び交う
最高の気分じゃないか

ロサンゼルスにやって来て
数キロのドラッグを持ち込む
どうか俺の鞄に触らないで
税関職員殿


ずいぶん後になって知ったことなんですが、ウッドストックで演奏された「Coming Into Los Angeles」は当日の不手際により録音状態が悪く、別の会場のライヴに差し替えられたとのことです。あくまでもウッドストック・フェスティヴァルの雰囲気を味わうために出された映像と音源なのだから、そうした行為は意味がないのではないのかと何か釈然としないものを覚えました。
ウッドストック40周年を記念してリリースされたCDボックスにはその録音状態の悪いヴァージョンが収録されています。今回はアーロ・ガスリーの当日のセットから3曲が収められていて、その流れからならハプニングとしての解釈が出来なくもないのですが、従来のようにこれ1曲だけの収録に限るとなると商品として成立しないでしょう。差し替えた事情も理解できます。

この「Coming Into Los Angeles」は歌詞の中にドラッグのことが描かれており、ウッドストックの映像でもこの曲をバックにマリワナに興じる若者たちの姿が映し出されています。前述の40周年記念ボックスではアーロ・ガスリーのステージが終了した後に主催者側スタッフのジョン・モリスが、「麻薬はどんなものでも危険です。今日は麻薬のことを忘れて楽しいお祭りにしましょう。それ以外はいらない。皆さんが協力してくれるなら、これ以上に私たちをハイにしてくれるものはないのですから。」と呼びかける音声が収録されていました。今回の記事では麻薬についてあれこれ書くことは致しませんが、ジョン・モリスのこの言葉を持って私のスタンスに代えたいと思います。

楽曲の紹介を続けます。アーロの自作で軽快なフォーク・ロック・ナンバー「Wheel Of Fortune」。ここでもクラレンス・ホワイトのギターが冴えています。ラテン風のパーカッションも効果的です。


オリジナルは黒人ジャグ・バンド、ガス・キャノン&ジャグ・ストンパーズのナンバー「Stealin'」。ハーモーニーが印象的な楽しい曲。ライ・クーダーが弾くマンドリンが渋くて良い味を出しています。


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Le Blanc & Carr - Midnight Light

今回は洗練されたメロウな感覚とアーシーなR&Bテイストが同居するアルバム、ルブラン&カーが1977年にリリースした『Midnight Light』を取り上げます。

ルブラン&カーはマッスル・ショールズで活動していたピート・カーとレニー・ルブランが組んだデュオです。ピート・カーは1950年、フロリダ州デイトナ・ビーチの生まれ。デュエイン・オールマン、グレッグ・オールマンらと若き頃から親交があり、ライバル関係でもありました。やがてオールマン兄弟がアワーグラスを結成してロサンゼルスに向かい、ピート・カーは地元に残りました。その後ピート・カーがアワーグラスのメンバーを訪ねてロサンゼルスに行った際、ベーシストに欠員が生じていたことから旧知の彼に白羽の矢がたったのです。本来ピート・カーはギタリストであり、ベーシストではなかったもののメンバー入りを承諾し解散まで行動を共にしました。

レニー・ルブランは1951年、マサチューセッツ州レオミンスターの生まれ。1968年にアワーグラスが解散してピート・カーが郷里のフロリダに戻ってきた時、デイトナ・ビーチでバンド活動を行っていたベーシストのレニー・ルブランと知り合いました。二人は意気投合しピート・カーがレニー・ルブランのバンドに加入するも鳴かず飛ばず。レニー・ルブランはセッションの仕事を求めてシンシナティに移ります。

一方ピート・カーは1971年、マッスル・ショールズに拠点を移しました。この地で彼はギタリスト兼プロデューサーとして才能を開花させます。ギタリストして参加したアルバムはポール・サイモン『There Goes Rhymin' Simon』(1973)、『Still Crazy After All These Years』(1975)、アート・ガーファンクル『Breakaway』(1975)、ロッド・スチュワート『Atlantic Crossing』(1975)など枚挙に暇がありません。私の愛聴盤であるリヴィングストン・テイラー『Livingston Taylor』(1970)、ドニー・フリッツ『Prone To Lean』(1974)、マイク・フィニガン『Mike Finnigan』(1976)といった作品にも彼の名が確認できます。また、プロデューサーとしてはマッスル・ショールズのスタジオ・ミュージシャンが集ったバンド、セイルキャットを担当。彼らが1972年に放った「Motorcycle Mama」が全米12位のヒットを記録しました。このバンドには後にオールマン・ブラザーズに加入するチャック・リーヴェルも参加しています。

画像が悪いのであまりお薦めできませんが、セイル・キャットの映像がYouTubeにありました。宜しければ雰囲気だけでも味わってください。


翌73年、レニー・ルブランもマッスル・ショールズに移って来てスタジオ・ミュージシャンとして活動を始めます。間もなく2人は再会。しかし、すぐにデュオを組んだわけではなく、各々がソロ・アルバムの制作を始めました。1975年にピート・カーが『Not A Word On It』、翌76年にレニー・ルブランが『Lenny LeBlanc』をリリース。さらに、77年には『Hound Dog Man』とタイトルを変えてを再発させています。

レニー・ルブランの『Lenny LeBlanc』から「Sharing The Night Together」。


二人はお互いのアルバムに参加しあいながらも別個に活動していたのですが、セールス的には芳しい成績を上げることが出来ませんでした。ある時、再び組んだほうが良い結果を残せるのではないかと悟ったのか、1976年に彼らを中心としたバンド、ルブラン=カー・バンドを結成。そうして翌77年にルブラン&カー名義で発表されたのが『Midnight Light』です。ちなみにレニー・ルブランはヴォーカルに重点を置くためか、ピート・カーとともにギターを担当していました。

ミッドナイト・ライトミッドナイト・ライト
(1999/05/26)
ルブラン&カーピート・カー

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1. Something About You
2. Falling
3. How Does It Feel (To Be In Love)
4. Midnight Light
5. Stronger Love
6. Johnny Too Bad
7. Desperado
8. Coming And Going
9. I Need To know
10. I believe That We

それではアルバムの中から何曲か紹介致します。まず、アルバムのオープニング・ナンバーでフォー・トップスが1965年にヒットさせた「Something About You」のカヴァーをお聴きください。浮き浮きわくわくすうな小気味よいサウンドに仕上げられています。



ライヴ映像です。


全米13位にまで駆け上がるヒットを記録した「Fallin'」。切ないラヴ・バラードです。今聴くと、少々痒くなってきますが・・・。


FALLIN'
彼女とともにいた冬を思い浮かべる
降り続く雪
暖炉の温もり
彼女の傍にいることを好んだ
誰もいない二人きりで

恋に落ちそうだ 恋に落ちそうだ
君を好きになりそうだ

頭が眩みそうだった夏を思い浮かべる
君は砂に僕の名まえを書き
二人で一緒に歩いた
ずっとそのままでいたいと望んだ
どうか僕の手を離さないで だって

恋に落ちそうだ 恋に落ちそうだ
君を好きになりそうだ

秋と冬はどっちつかずの季節のよう
君は傍にいたりいなかったり
僕が伝えたいのはこの言葉だけ
お願いだからここにいて だって

恋に落ちそうだ 恋に落ちそうだ
君を好きになりそうだ


こちらはライヴ映像。


ファンキーなHow Does It Feel(To Be In Love)。


優しいAORサウンドが漂うアルバム・タイトル曲の「Midnight Light」。


フルートの音色が印象的な「Stronger Love」。


ワクワクするような軽快なナンバー、「Coming And Going」。

http://www.youtube.com/watch?v=8sTMSvqATWA

イーグルスのカヴァー、「Desperado」。オリジナルに比べて少々軽い感じがします。この曲を含めてアルバムの中にイーグルスを意識したような感覚が漂っていました。



ちなみに、ルブラン&カーのこのアルバムには他人の作品がもう1曲。ジミー・クリフ主演の映画『 The Harder They Come』(1972)の中でザ・スリッカーズが歌っていた「Johnny Too Bad」が取り上げられていました。

アルバムのオープニングでも言わば自分たちのルーツのひとつを披露するかの如くモータウン・ナンバーを取り上げています。彼らのオリジナル作品も各々の個性が表されていますが、こうしたカヴァー曲の出来映えも良く選曲の妙が窺えました。同時に1977年頃の音楽界をイーグルスのサウンドやレゲエが注目を集め、席巻していたことを証明しているようで興味深く感じます。

ヒット曲を放って順風満帆に思えたルブラン&カーですが、すぐにデュオは解消されます。二人に何が起こったのか分かりません。一説には一緒にツアーを行っていたレナード・スキナードの悲劇にショックを受けたピート・カーがスタジオの仕事に戻ったのだと言われております。それともピート・カーはスタジオ・ミュージシャンの経験が豊富な故に、自分の技術や力量がライヴ・パフォーマンスでは十分に発揮できないと悟ったのでしょうか。レニー・ルブランはそのままルブラン=カー・バンドを率いてライヴ活動を続けることを余儀なくされました。

2009年になってから、ちょうどピート・カー不在の時期に当たる1978年5月に収録されたスタジオ・ライヴ盤がリリースされています。リンクを結んでいただいているsintanさんのブログ「3度のメシよりCD」に詳しい解説記事がありますのでぜひご覧下さい。

ピート・カーは1978年にソロ・アルバム『Multiple Flash』を発表。ギタリストの本領を発揮したインスト中心の構成に仕上げていました。このアルバムではボブ・ディランの名曲「Kockin' On Heaven's Door」をカヴァーしています。有名なエリック・クラプトンのヴァージョンとはひと味違う個性が醸し出されていました。


1979年には元ルブラン=カー・バンドのメンバーたちとボーツというバンドを結成してアルバムを発表。1982年にはサイモン&ガーファンクルのリユニオン・ツアーに同行し、『Concert In Central Park』でもピート・カーのギター・プレイが聴けます。
近年は以前のような精力的な活動は控えているものの、ソロ・アルバム『Play The Guitar』(2004)をリリースするなど我が道を歩み続けているようです。

レニー・ルブランは1980年にバリー・バケットのプロデュースでアルバム『Breakthrough』を発表。参加ミュージシャンの欄にピート・カーの名はありませんでした。
その後、彼はコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックの世界に活動の場を移し、現在も元気に歌い続けています。

私はクリスチャンではありませんが、こうした音楽を聴いていると心が洗われるような気がしますね。




The Beatles - Your Mother Should Know

ザ・ビートルズのリマスター盤の発売まで一ヵ月を切りました。購入費用を工面するために四苦八苦の毎日です。お金のことを気にせず大人買いが出来るような身分になりたいものですね。
とういうことで、今回の記事はビートルズ。取り上げる曲は1967年にリリースされたアルバム『MAGICAL MYSTERY TOUR』に収録されていた「Your Mother Should Know」です。レノン=マッカートニー名義ですが、ポール・マッカートニー主導で作られました。
もともとビートルズが主演する同名のテレビ映画のサウンド・トラックとして2枚組EPの形式で発表されたものの中の1曲です。他の収録曲は「Magical Mystery Tour」、「I Am The Walrus」、「The Fool On The Hill」、「Flying」、「Blue Jay Way」。日米などではシングル盤で発表されアルバム未収録だった「Hello Goodbye」、「Strawberry Fields Forever」、「Penny Lane」、「Baby You're A Richman」、「 All You Need Is Love」などを加えてLPの形に構成してリリースされました。

マジカル・ミステリー・ツアーマジカル・ミステリー・ツアー
(2009/09/09)
ザ・ビートルズ

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1. Magical Mystery Tour
2. Fool on the Hill
3. Flying
4. Blue Jay Way
5. Your Mother Should Know
6. I Am the Walrus
7. Hello Goodbye
8. Strawberry Fields Forever
9. Penny Lane
10. Baby You're a Rich Man
11. All You Need Is Love

この映画はポールのアイデアをもとに脚本なしで撮影されました。内容はバス・ツアーにビートルズの4人が乗り合わせ、他の乗客たちと様々な出来事を体験をするといったものです。あくまでもビートルズの音楽に基づいた映画であり、彼らの演奏シーンも挿入されているので、プロモーション・ヴィデオの元祖といった捉え方もできるでしょう。
ジョージ・ハリスンが『The Beatles Anthology』のインタビューの中で、「あの映画では『Your Mother Should Know』のシーンが楽しかった」との趣旨を語っていましたが、4人の表情と動きが生き生きしているのがよく分かります。



アルバム『Anthology 2』に収録された別テイク(テイク27)。冒頭でポールが「もう一回やれっていうんですか」とプロデューサーのジョージ・マーティンに対して食って掛かるような口調で悲鳴を上げています。この曲はアレンジが決定して全体が完成するまでに約一ヵ月の日々と労苦を要し、何度も録音し直しました。


YOUR MOTHER SHOULD KNOW
さぁ、みんな立ち上がってこの歌で踊ろうぜ
君の母さんが生まれる前にヒットした曲さ
だいぶお年を召しているけれど
君の母さんならきっと知っているだろう

もう一度歌おう
さぁ、みんな立ち上がってこの歌で踊ろうぜ
君の母さんが生まれる前にヒットした曲さ
だいぶお年を召しているけれど
君の母さんならきっと知っているだろう

心を弾ませてこの歌を歌ってくれよ
君の母さんが生まれる前に流行った曲だ
ずいぶんお年を召しているみたいだけれど
君の母さんならきっと知っているだろう
きっと憶えているはずさ

もう一度歌おう
だいぶお年を召しているけれど
君の母さんならきっと知っているだろう
きっと憶えているはずさ
きっと知っているだろう


アンソロジー(2)アンソロジー(2)
(1996/03/18)
ザ・ビートルズ

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哀愁を帯びたメロディとビートルズ独自のコーラスが印象的な「Your Mother Should Know」。単純な歌詞で背後にあるテーマがよく分かりませんが、ボードヴィル・スタイルの音楽を好んでいたポールのこと、ノスタルジーを表現したかったのかもしれません。

Joni Mitchell - Both Sides Now

今回は久しぶりにロック・アーティストが歌うスタンダード・ナンバーのカヴァー集を取り上げます。ご登場を願うのはジョニ・ミッチェル。彼女が2000年に発表したアルバム『Both Sides Now(ある愛の考察~青春の光と影)』では10曲のスタンダード・ナンバーと彼女自身の代表作である「Both Sides Now」、「A Case Of You」が大編成のオーケストラをバックにして歌われていました。
Both Sides NowBoth Sides Now
(2000/02/28)
Joni Mitchell

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1. You're My Thrill
2. At Last
3. Comes Love
4. You've Changed
5. Answer Me, My Love
6. Case of You
7. Don't Go to Strangers
8. Sometimes I'm Happy
9. Don't Worry 'Bout Me
10. Stormy Weather
11. I Wish I Were in Love Again
12. Both Sides Now

アルバムのオープニングは重厚なサウンドが印象的な「You're My Thrill」。ドリス・デイとハリー・ジェームズ・オーケストラのヴァージョン(1949年リリースの『You're My Thrill』収録)が有名ですが、もともとはクレア・トレバー主演の映画『Jimmy and Sally』の中で使われた曲です。



ビリー・ホリディで知られる『Comes Love』。1939年のミュージカル『Jodel Boy』の中で発表された曲です。ブログへの貼り付けが出来ないので下記のURLをクリックしてください。

http://www.youtube.com/watch?v=xCZM107a9us

COMES LOVE
嵐がやって来たら長靴を履きなさい
吹雪がやって来たらちょっと暖かくすればいいの
恋がやって来たらなす術は何もない

火事になったら
消防士がやって来て私を救出してくれる
タイヤがパンクしたら
チューブにパッチを貼ればよい
恋がやって来たらなす術は何もない

隠れないで
だって何の役にも立たないわ
心が燃え出し
まさにあなたは陥っていくばかり

熱波がやって来たら
急いで浜辺へ逃げればよい
呼び出しが来たら
ドアの後ろに隠れるのよ
恋がやって来たらなす術は何もない

頭痛に苛まれても一日経てば消えてるわ
歯が痛んだらすぐに歯医者に行けばよい
恋がやって来たらなす術は何もない

麻疹にかかれば部屋を隔離すればよい
ネズミが出たらほうきを持って追いかければよい
恋がやって来たらなす術は何もない

兄弟よ
恋をしてしまったのなら
兄弟よ
私が言ってることが分かるでしょ

悪夢が訪れたなら起きたままでいればよい
憂鬱なときは休みを取ればよい
恋がやって来たらなす術は何もない


「A Case Of You」(1971年発表の『Blue』に収録)。別れた恋人を思い出しながらカナダの地図を描く様を歌ったジョニ・ミッチェル。オリジナル・ヴァージョンは水彩画のような透明感が漂うアコースティック・ギターの弾き語りでしたが、ここではそうした不安定な気持ちが一掃されたような穏やかな雰囲気が醸し出されています。


ジェームズ・テイラーとのデュエットが堪能できるライヴ音源です。参考までにお聴きいただけたら幸いです。


最後にお馴染みの「Both Sides Now」(1969年発表の『Clouds』に収録)を映像で。これもオリジナル・ヴァージョンはアコースティック・ギターの弾き語りでした。若者のうつろいやすさが表現されたような初期の歌唱に対して、ここでは堂々とした様子が窺えます。


初期のジョニ・ミッチェルは主張するかの如く、時おり張り裂けそうな甲高い声を出しながら歌っていた印象がありますが、このアルバムではむしろ抑えたような歌声で丁寧に感情表現がなされているように思えました。自作とスタンダード・ナンバーで構成された12篇のラブ・ソング。年齢を重ね円熟味を増した年齢の女性の恋の遍歴が綴られているかのようです。

Commander Cody & His Lost Planet Airmen - LOST IN THE OZONE

世の中はそろそろお盆休みに入ろうとしているらしく、そのせいかこのブログの訪問者数も激減の一途を辿っております。もっともそれ以前の問題として内容と文章が稚拙なことが最大の原因かもしれません。こうなるとアクセス数にとらわれることなく、誰にもおもねることなく、本日は自分の好きなアーティストの記事を書くことにしました。

というわけで、今回取り上げるのはコマンダー・コディ&ヒズ・ロスト・プラネット・エアメンという長ったらしい名前のバンドです。コディ隊長と失われた惑星の飛行機野郎たちとでも訳したら良いのでしょうか。カテゴリーとしてはカントリー・ロックのバンドに分類されるようですが、ミシガン州出身ということもあってかザ・バーズやフライング・ブリトゥー・ブラザーズやバッファロー・スプリング・フィールドといったロサンゼルスのバンドとの血脈とあまり縁がなく、ナッシュヴィルのミュージシャンとも接点がほとんどありません。そんなことも手伝ってか話題に乏しく、日本での認知度が極めて低いように思われます。

この長ったらしくて憶える気がそがれるような名を持つバンド、コマンダー・コディ&ヒズ・ロスト・プラネット・エアメンは1967年にミシガン州アン・アーバーで結成されました。メンバーはコマンダー・コディことジョージ・フレイン(ピアノ、ヴォーカル)、ウエスト・ヴァージニア・クリーパー(ペダル・スティール・ギター)、ジョン・ティッチー(ギター、ヴォーカル)、アンディ・スタイン(フィドル、サックス)、ランス・ディッカーソン(ドラムス)、バッファロー・ブルース・バーロー(ベース)、ビル・カーチェン(ギター、トロンボーン、ヴォーカル)、ビリー・C・ファーロー(ヴォーカル、ハーモニカ)の総勢8名。名前も長いがメンバー紹介も一苦労です。

さて、このコマンダー・コディ&ヒズ・ロスト・プラネット・エアメン。カントリー・ロック系と前述しましたが、シンプルでノリのよいロックン・ロールやブギウギを基本としているのが特徴です。そのあたりがロサンゼルスのバンドやナッシュヴィルのミュージシャンとはひと味違った印象を受ける要因でしょう。

1969年に彼らはサンフランシスコに拠点を移し、1971年に念願の1stアルバムを発表します。荒削りなコマンダー・コディのピアノ、ポコのラスティ・ヤングやフライング・ブリトゥーのスニーキー・ピートなどのような強烈な個性が窺えないものの楽曲を盛り上げることに徹したウエスト・ヴァージニア・クリーパーのスティール・ギター、二足のわらじで縦横無尽に活躍するかのようなアンディ・スタインのフィドルとサックスなど各人の役割を心得たプレイとアンサンブルの妙味が醸し出されていたアルバムでした。

ロスト・イン・ジ・オゾンロスト・イン・ジ・オゾン
(2000/05/17)
コマンダー・コディ &ヒズ・ロスト・プラネット・エアメンコマンダー・コディ

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1. Back to Tennessee
2. Wine Do Yer Stuff
3. Seeds and Stems Again Blues
4. Daddy's Gonna Treat You Right
5. Family Bible - Commander Cody and His Lost Planet Airmen
6. My Home in My Hand
7. Lost in the Ozone
8. Midnight Shift
9. Hot Rod Lincoln
10. What's the Matter Now?
11. 20 Flight Rock
12. Beat Me Daddy, Eight to the Bar

それではアルバムの中から何曲か紹介して行きましょう。まず、1960年にチャーリー・ライアンでヒットした曲のカヴァー「Hot Rod Lincoln」です。コマンダー・コディたちのヴァージョンも1972年に全米9位を記録しました。


こちらは2008年のライヴから。味わい深いカントリー・バラードに仕上げられています。


SEEDS AND STEAMS (AGAIN)
土曜日だというのに俺は一人きりで座ったまま
テレビの深夜番組を観ている
ワインは空けて 煙草を吸う
どこにも行く気なんかしないんだ
でも 今日俺はおまえの新しい男を見た
奴は俺のものになるはずだった新しい靴を履いてやがった
俺は花が枯れたように憂鬱な気分

今日 俺は旧友のボブに合った
ボールドはム・グリーンで
彼はこの世で一番可愛いとおもえるほどの女性を連れていた
でも俺はこぼれる涙を抑えることが出来なかった
彼女があまりにもおまえとよく似ていたからさ
俺は花が枯れたように憂鬱な気分

みんなが俺に言う
立ち直ることが出来るのだと
みんなは分かっちゃいない
あまりにも落ち込みすぎてやり直せないのさ
あの頃の思い出が頭の中を駆け巡る
俺が失ったすべての思い出だ
俺は花が枯れたように憂鬱な気分

俺の犬が昨日死んだ
これで俺は完全にひとりぼっち
今日 金融会社が予告もなしにやって来て
俺の家を差し押さえて行った
でもそんなことはたいしたことはない
おまえを失ったことに比べれば
俺は花が枯れたように憂鬱な気分
花が枯れたように憂鬱な気分なんだ


映像が悪いので大変申し訳ないのですが、音だけでもお楽しみください。「Beat Me Daddy, Eight To The Bar ~ Too Much Fun」のメドレーです。なお、「Beat Me Daddy, Eight To The Bar」はアンドリュー・シスターズのヴァージョンが1940年に全米2位の大ヒットを記録しました。


こちらはアンドリュー・シスターズのヴァージョンです。


アルバム収録曲ではありませんが、興味深い映像がありました。コマンダー・コディを囲むようにしてジェリー・ガルシア、ジェームズ・バートン、エルヴィス・コステロの顔が見えます。私はハード・ロックには疎いのでよく分かりませんが、コマンダー・コディと時おり肩を組むように並んでいるのはモントローズやヴァン・ヘイレンなどで活躍したサミー・ヘイガーでしょうか。1989年頃のライヴのようです。


Harry Nilsson - AERIAL BALLET

前回は久しぶりにビートルズを記事にしました。今回はビートルズと関連が深いアーティスト、ハリー・ニルソンが1968年にリリースした2ndアルバム、『AERIAL BALLET(空中バレー)』を取り上げます。本作ではビートルズのカヴァーは収録されておりませんが、ほのかにビートルズの影響が漂っていました。

空中バレー(紙ジャケット仕様)空中バレー(紙ジャケット仕様)
(2007/08/22)
ニルソン

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1. Daddy's Song
2. Good Old Desk
3. Don't Leave Me
4. Mr. Richland's Favorite Song
5. Little Cowboy
6. Together
7. Everybody's Talkin'
8. I Said Goodbye to Me
9. Little Cowboy
10. Mr. Tinker
11. One
12. The Wailing on the Willow
13. Bath
14. Sister Marie (Bonus Track)
15. Miss Butter's Lament(Bonus Track)
16. Girlfriend(Bonus Track)

実質的な1stアルバムである前作『Pandemonium Shadow Show』ではカヴァー曲が約半数を占めていましたが、本作はフレッド・ニール作の「Everybody's Talkin'」を除くすべてが共作を含むニルソンのオリジナルで構成されています。前作のセールスが芳しい成績を収められなかったので制作費削減の憂き目に合っても当然であるにもかかわらず、ラリー・ネクテル(キー・ボード)、ジム・ゴードン(ドラムス)、ジム・ホーン(フルート)などの豪華なセッション・プレイヤーが参加していました。

アルバムのオープニングを飾る「Daddy's Song」はモンキーズが主演映画『HEAD』(1968)のサントラにおいてカヴァーしています。 ニルソンの本作とモンキーズの『HEAD』の発売時期が重なったために競合して共倒れになるという事態を恐れたRCA側は、本作のセカンド・プレスからこの「Daddy's Song」を外すという措置を取りました。
まるで数人で歌っているかのように聴こえますが、ニルソン本人のみが多重録音を駆使してレコーディングしています。ピアノとタップ・ダンスのイントロが印象的で、ラグ・タイム風の演奏も味わい深く受け取れました。
なお、この曲はニルソンの父親をモデルにして作られたと言われています。


こちらはなんとなくビートルズを思わすコーラスが耳に残る「Good Old Desk」。お気に入りの机のことを歌ったそうです。


そこはかとなく気品が窺える「Together」。


この「Everybody's Talkin'(うわさの男)」という曲はニルソンがフレッド・ニールのオリジナル・ヴァージョンを聴いたのではなく、音楽出版社のデモ・テープの中から見つけ出し、気に入って録音した曲だと言われています。アルバムに先行してシングル・カットするほどの熱の入れようでしたが、当初はヒットどころか話題にも上りませんでした。ところが、ジョン・ヴォイトとダスティン・ホフマンが主演した1969年公開の映画『Midnight Cowboy(真夜中のカーボーイ)』の主題歌に抜擢されると全米6位のヒットを記録したのです。
もともとこの映画の主題歌を探していたジョン・シュレンジャー監督からのオファーを受けたニルソンは「I Guess the Lord Must Be in New York City(孤独のニューヨーク)」(1969年発表の『Harry』に収録)を提供したのですが、その前に『AERIAL BALLET』を監督に聴かせていました。監督はその中に収録されていたこの「Everybody's Talkin'」をいたく気に入りこちらを主題歌に決めたのです。このプレゼンテーションにはニルソン以外にもジョニ・ミッチェル、ランディ・ニューマン、ボブ・ディランら錚々たるアーティストにオファーが出されておりましたが、素早く積極的に動いたニルソンが勝利を得る結果となりました。
自作が採用されず、皮肉にも他人の曲で大仕事を獲得した格好ですが、この大ヒットによりニルソンはグラミー賞を獲得し、その名は広く世間に知れ渡りようになります。ちなみにフレッド・ニールのオリジナル・ヴァージョンは1967年発表の『Fred Neil』に収録されていました。


EVERYBODY'S TALKIN'
みんなが俺のことを噂にしている
おれにはあいつらが何を言っているかなんて
関心がないけれどね
俺には心のこだまがあるだけさ
人々は立ち止まり、じっと見ているけれど
俺にはあいつらの顔が見えない
ただあいつらの目の影が見えるだけ

俺は太陽が輝き続けるところへ行くつもりだ
降りそそぐ雨をくぐり抜けて
気候が俺の服によく似合うところへ行くのさ
北東の風を受けながら
夏の風に乗って走って行くんだ
嵐のように海原を越えて行くんだ

みんなが俺のことを噂にしている
おれにはあいつらが何を言っているかなんて
関心がないけれどね
俺には心のこだまがあるだけさ
俺はあいつらをおいて行かない
俺はあいつらが好きなんだ


いやいや おいて行ったりなんかしないよ
俺の好意をおきざりになんかしないよ

拍子の変化が興味深い「I Said Goodbye To Me」。


スリー・ドッグ・ナイトのカヴァー・ヴァージョンが全米5位のヒットを記録した「One」。ハープシコードの響きとウッド・ベースの演奏が印象的です。ハリーのオリジナル・ヴァージョンは孤独感が滲み出るような仕上げになっています。ちなみにスリー・ドッグ・ナイトのヴァージョンは1968年発表の『Three Dog Night』に収録。他にもアル・クーパーが1969年リリースの『I Stand Alone』で取り上げていました。


こちらはスリー・ドッグ・ナイトのヴァージョン。


オーケストラをバックに歌うスリー・ドッグ・ナイト。時間があればこちらもどうぞ。


ニルソンといえば「Everybody's Talkin'」や「Without You」が有名ですが、彼のオリジナルの中にもこの「One」のように素晴らしい曲が幾つもあります。ノスタルジックな音楽を基盤としながら斬新なアレンジが施された楽曲。哀愁のこもった甘く多彩な歌声。希有な才能が彼の作り出す作品の中に発散されていました。この世に彼がいない今、残念ながら忘れ去られがちのアーティストのひとりになってしまいましたが、もっとその魅力が正当に評価されてもよいと思われます。

The Beatles - Yes It Is

今回は久しぶりにビートルズのナンバーを取り上げることにします。ザ・ビートルズのリマスター盤がリリースされるまであと約一ヵ月。待ち遠しい反面、懐が痛んでどうしようもありません。全作買い替えとなると莫大な出費となるからです。



YES IT IS
もし今夜赤いドレスを着るのなら
俺の言うことを憶えておいてほしい
赤は俺の彼女が着ていた色
好きだった色
そうさ 本当の話さ
本当だよ

彼女はいつも深紅のドレスを着ていた
誰もが知っていることさ
だから二人で描いた夢を思い出すんだ
わかってくれよ 本当さ
嘘じゃない 本当だよ

君と一緒にいると幸福だけど
彼女のことを忘れることが出来ようか
俺のプライドが邪魔をするのさ
本当なんだ わかってくれよ

どうか今夜は赤を着ないでくれ
これが今夜の俺の頼みさ
君が赤いドレスを着ているのを見ると
俺はブルーな気分になっちまう
君が素敵なのにもかかわらず
本当なんだ わかってくれよ


この曲は1965年4月9日に「Ticket To Ride(涙の乗車券)」のB面として発表されました。作者はレノン=マッカートニーの名義ですが、ほぼジョン・レノンのアイデアで創作され、ポール・マッカートニーは仕上げを手伝っただけと言われております。
リード・ヴォーカルはもちろんジョン。ジョンとポールとジョージ・ハリスンの解け合いながらもどこか不協和音を意識したようなコーラスが印象的です。ジョージが弾くリード・ギターはトーン・ペダルを効果的に使い、哀愁を誘うかのような切なさが滲み出ていました。
作者であるジョン本人はこの曲を駄作のひとつとしていたようです。赤が好きだった昔の恋人を思い出すから「赤い服は着ないでくれ」と今の恋人に懇願する男の様子が歌詞の中に描かれているので自己嫌悪に陥ったのでしょうか。でも、ポールは「ジョン主導の楽曲では素晴らしい作品の一つ」との趣旨を後のインタビューで述べていたそうです。

はたしてこんな自己中心のダメ男に、実際の女性がついてきてくれるでしょうか。母性本能をくすぐるからこれもありというのならば救われますが、こんな未練がましい奴はお断りと言われるのが普通かと思います。私も長年男性をやっておりますが、本当に男っていう生き物は仕方がないですね。こうした人間の弱さが描かれているから、ビートルズの歌が人々の心を捕らえる所以となっているのかもしれません。

なお、「Yes It Is」はオリジナル・アルバムに収録されず、1979年にリリースされた編集盤『Rarities』に組み入れられました。この編集盤は1988年にCD化された際に『Past Masters』として新装されています。また、第2テイクと第14テイクをつなぎ合わせたものが1996年リリースの『The Beatles Anthology 2』に収録されていました。



パスト・マスターズ vol.1&2パスト・マスターズ vol.1&2
(2009/09/09)
ザ・ビートルズ

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アンソロジー(2)アンソロジー(2)
(1996/03/18)
ザ・ビートルズ

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Albert Hammond - IT NEVER RAINS IN SOUTHERN CALIFORNIA

ようやく近畿地方も梅雨明けしました。
元来日本の夏は湿気が多く、ことに京都では抜けるような青空の日に巡り会うことがそれほど多くありません。湧き立つ入道雲を気にしながら水色の空を眺めるのが常です。
というわけで、今回取り上げるアルバート・ハモンドの『 IT NEVER RAINS IN SOUTHERN CALIFORNIA』を聴きながら「カリフォルニアの青い空」に思いを馳せることにしましょう。

アルバート・ハモンドは1944年5月18日にイギリスのロンドンで生まれました。まもなく父親の仕事の関係でスペインのジブラルタルに移住。十代の半ばに歌手を志すまでその地で過ごしました。
家を出たハモンドはモロッコに向かい、生活のために未成年ながらストリップ劇場で歌うという下積みの日々を送った後にスペインへ戻ります。さぞ、好奇心と自己嫌悪が相克し葛藤したことでしょう。僅か1年半ほどの滞在でしたが、若く多感な時期に体験したことはその後の彼の創作活動においてとても貴重なこととなりました。
スペインに帰国後、ハモンドは弟らとバンドを結成。自らレコード会社に売り込みを掛けてRCAとの契約を取り付けました。しかし、自作の曲をレコーディングさせてもらえず、RCA側から要求される曲はヒット曲のカヴァーばかり。傷心のハモンドはスペインでの活動を諦め母国イギリスに渡ります。
しかし、イギリスの音楽界は無名の新人歌手に次々と仕事が入るような甘い世界ではなく、皿洗いやトラック運転手をして食いつなぎながら音楽活動を行うといった日々を過ごしました。そんなある時、ハモンドはマイク・ヘイゼルウッドという男と知り合います。二人は意気投合しソング・ライティングのコンビを組むことになりました。
このことが契機となって運が向いてきたのか、彼らのもとに子供向けテレビ番組の挿入歌の依頼が舞い込みます。ハモンドたちは何曲かを番組に提供し、その中の「Little Arrows」という曲が人気コメディアンのリーピー・リーによって歌われ、1968年に全英2位、全米16位の大ヒットを記録しました。


さらに、同じく番組に提供した「Gimme Dat Ding」も元エジソン・ライト・ハウスのトニー・バロウズが中心となって結成されたザ・ピプキンスによって1968年に大ヒットしました。


こうして時の人となったハモンドとヘイゼルウッド。1969年にマジック・ランタンに「Shame Shame」を提供した縁で、この曲をプロデュースしたスティーヴ・ローランドと知り合い意気投合します。


ハモンドたちは楽曲提供に飽き足らなかったのか、ローランドと女性2名を加えたファミリー・ドッグというグループを結成。ディヴ・ディー・グループやピーター・フランプトンが在籍したハードなどをプロデュースしたローランドの顔が広かったのか、1969年にリリースされたアルバム『A Way of Life』のレコーディング・セッションにはレッド・ゼッペリン結成直前だったジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジョン・ボーナムらが駆けつけました。


しかし、セールス的には芳しい成績を上げることが出来ずにグループは解散。ハモンドとヘイゼルウッドは心機一転、アメリカに進出して活路を見い出します。イギリスでの実績がものを言ったのか、すぐにマムズ・レコードとの契約に至りました。ハモンドはソロ・シンガーとして再出発することになりますが、ヘイゼルウッドとのコンビも継続。共作した「Mary Was An Only Child」がアート・ガーファンクルの1stアルバム『Angel Clare』(1973)に収録され、その後もアートはハモンドたちの楽曲を好んで取り上げるようになります。

アルバート・ハモンドのファースト・ソロ・アルバム『IT NEVER RAINS IN SOUTHERN CALIFORNIA』は1972年にリリースされました。アレンジとキー・ボードにはロギンズ&メッシーナのバックで活躍するマイケル・オマーティアンが参加。他にもハル・ブレイン(ドラムス)、ジョー・オズボーン(ベース)、ラリー・カールトン(ギター)といった錚々たるメンバーが顔を揃え、また、ジャケット写真にはヘンリー・ディルツを起用し、周囲のハモンドへの期待には並々ならぬものが窺えます。
カリフォルニアの青い空(紙ジャケット仕様)カリフォルニアの青い空(紙ジャケット仕様)
(2007/12/19)
アルバート・ハモンド

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1. Listen to the World
2. If You Gotta Break Another Heart
3. From Great Britain to L.A.
4. Brand New Day
5. Anyone Here in the Audience
6. It Never Rains in Southern California
7. Names, Tags, Numbers and Labels
8. Down by the River
9. Road to Understanding
10. Air That I Breathe

それでは、アルバムの中から何曲か紹介します。まず、アコースティック・ギターの音色とソウルフルな女性コーラスが印象的な「Brand New Day」。


全米5位の大ヒットとなったお馴染みの「It Never Rains in Southern California(カリフォルニアの青い空)。


IT NEVER RAINS IN SOUTHERN CALIFORNIA
西部へ向かうボーイング747に乗った
どうするつもりかなんて考えてもいない
チャンスがいくつもあるとか、
テレビでブレイクしたり、映画に出られるとかって話が
まことしやかに流れてた
本当にな

南カリフォルニアには雨が降らないなんて
そんな話を聞いたことがある
カリフォルニアでは決して雨が降らない
だげどなぁ
誰も教えてくれないんだ
降れば土砂降りだってことを

仕事にあぶれ 頭はイカレ
自尊心は失い 食いぱぐれっちまってる
愛されないし、栄養不良だし
ああ 故郷に帰りたいぜ
カリフォルニアでは決して雨が降らない
だげどなぁ
誰も教えてくれないんだ
降れば土砂降りだってことを

もう少しで成功するって故郷の両親に伝えてくれないか
いい話があっても どれを選べばよいか分からないんだ
どうか俺の様子は話さないでくれ
今の俺の様子は言わないでくれよ
勘弁してくれ
頼むから

南カリフォルニアには雨が降らないなんて
そんな話を聞いたことがある
カリフォルニアでは決して雨が降らない
だげどなぁ
誰も教えてくれないんだ
降れば土砂降りだってことを


歌から受ける爽やかなイメージとは少々異なり、芸能人と思われる男が南カリフォルニアに仕事を求めてやって来たけれど苦労しているといった設定のようです。おそらくモロッコやロンドンでの自身の下積みの経験がもとになっているのでしょう。

軽快なサウンドが心地よい「Down By The River」。アルバムからの先行シングルでしたが、全米91位と振るいませんでした。


ピアノの音色、ベース・ライン、ギターの音、ソウルフルな女性コーラスが織りなすサウンドをバックに誠実に力強く歌うアルバート・ハモンドに心を捕われそうな「Road To Understanding」。


国内盤のボーナス・トラックとして収録されていた「For The All Of Mankind」。1973年に発表されたアルバム『THE FREE ELECTRIC BAND』に中の1曲で、日本独自でシングル・カットされてヒットしました。


このアルバムに収録されていた「Air That I Breathe(安らぎの世界)」は1974年にホリーズによってカヴァーされ、全英2位、全米6位の大ヒットを記録しています。彼らのヴァージョンはアルバム『Hollies』に収録されていました。

It Never Rains in Southern CaliforniaIt Never Rains in Southern California
(1996/11/05)
Albert Hammond

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