好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Bob Dylan - If Not For You

中学生の時に見た映画『バングラデシュのコンサート』の中でボブ・ディランとジョージ・ハリスンが共演していました。本格的にロックを聴き始めた頃のことで、動く2人の姿を映画館のスクリーンで目の当たりにして感激したものです。

ボブ・ディランは1964年のイギリス・ツアーをきっかけとして、ビートルズやローリング・ストーンズやドノヴァンらイギリスのロック・アーティストとの交流を始めたそうです。ビートルズの『サージャント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケットを飾る著名人たちの一人としてディランの写真が掲載されていることが彼らの親密ぶりを表していると言われております。
今回取り上げたボブ・ディランの「If Not For You」は彼の11枚目のアルバム『New Morning (邦題: 新しい夜明け)』(1970年発表)に収められております。このアルバムに先立ち、ディランはジョージ・ハリスンとレコーディング・セッションを行い、「If Not For You』以下9曲をレコーディングしました。しかし、このセッションで録音された曲は『New Morning』に収録されず、これ以降のディランのアルバムの中でも発表されることはありませんでした。ディランもジョージも「If Not For You」をそれぞれ録音し直し、別のヴァージョンが『New Morning』とジョージの『All Things Must Pass』(1970年発表)に収録されています。なお、ジョージのこのアルバムにはディランとの共作「I'd Have You Anytime」が収められていました。ちなみに、ディランとジョージの前述のセッションでは「If Not For You」のほか、「Song To Woody」、「Yesterday」、「Just Like Tom Thumb's Blues」、「One Too Many Mornings」など興味深い楽曲が録音されたとのことです。

1960年代の後半に『ジョン・ウェズリー・ハーディング』(1968年発表)、『ナッシュヴィル・スカイライン』(1969年発表)といったカントリー・ミュージックに接近したアルバムを発表したディラン。なんと『ナッシュヴイル・スカイライン』ではしわがれ声ではなく別人を思わせるような鼻にかかった裏声で優しく歌いかけ、2枚組『セルフ・ポートレイト』(1970年発表)でもそのソフトなヴォーカルのままでカントリー路線を維持しつつ、収録曲の大半をトラディショナル曲やカヴァー曲で構成し、ストリングスや女性コーラスなどを取り入れるなど様々な試みがなされていました。
その前作『セルフ・ポートレイト』から僅か4ヶ月。同じ年に発表された『New Morning』でも女性コーラスを多用しているもののソフトな裏声から以前のしわがれたような声に戻し、カントリー路線からゴスペルやブルースを意識した方向に転換が図られています。また、ディラン自身がピアノやオルガンを演奏した楽曲が多いことにも関心が注がれました。

君がいなければ
僕は扉さえも見つけられなかった
床さえもまともに見ることが出来なかった
僕は悲しみに沈んでいただろう
もし、君がいなければ

君がいなければ
夜も眠らずに過ごして
朝の訪れを待っていただろう
でも新鮮な感覚はないだろう
もし、君がいなければ

君がいなければ
空は落ち、雨が降り出すだろう
君の愛なしでは
どこともなく彷徨って
道を見失うだろう

君がいなければ
空は落ち、雨が降り出すだろう
君の愛なしでは
どこともなく彷徨って
道を見失うだろう
ああ、俺はいったいどうしたいのだろう
君がいなければ

君がいなければ
冬が春を迎えることもなく
ヒバリの鳴く声さえ聞けないだろう
何の道しるべもなく
とにかく本当らしいものはない
君がいなければ


この歌は当時妻であったサラのために書いたとディランは述べていました。彼は「Sara」(1976年発表の『Desire』に収録)という曲も妻に捧げております。これほどまでに奥さんのことを愛していたのに逃げられるとは切ないことです。
上記の対訳は『New Morning』収録の歌詞をもとに訳したものですが、ジョージのヴァージョンやジョージとのセッションで歌われた歌詞は大意に大きな差はないものの一部異なります。ご了承ください。
なお、ジョージとのセッションで録音された「If Not For You」は1991年発表の『ブートレッグシリーズ1~3集』でようやく陽の目を見ました。こうなれば未発表のままの他の楽曲も聴いてみたいものです。
そういうわけで今回は3種類の「If Not For You」を聴いていただければ幸いです。


Discover Bob Dylan!


映画『バングラデシュのコンサート』のリハーサル映像と思われます。2006年に発売された映画のDVDのボーナス・トラックとして収録されていました。コンサート当日に披露されたのかどうかは分かりませんが、思わず微笑ましくなるような演奏に注目です。


格好良い男たちに引き続き、美女の登場で締めくくりたいと思います。オリヴィア・ニュートン・ジョン。年を重ねられてもその美貌は衰えず、ますます魅力的ですね。


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Linda Ronstadt - Different Drum

今回取り上げたのはリンダ・ロンシュタットがストーン・ポニーズ時代にヒットさせた「Different Drum(邦題:悲しきロック・ビート)」です。この曲は元モンキーズのマイケル・ネスミスの作品でした。選曲はリンダ本人かメンバーかスタッフの誰かは分かりませんが、これ以後の彼女のソロ・アルバムでもジャクソン・ブラウンやエリック・カズといった新進気鋭のシンガー・ソング・ライターの楽曲をいち早く取り上げて世に送り出しております。目の付けどころが違いますね。
ストーン・ポニーズはリンダ・ロンシュタット、ケニー・エドワーズ、ボブ・キンメルの3人からなるグループで、1967年に1stアルバムを発表しています。この「Different Drum」は同年発表の2nd『Evergreen, Vol. 2』に収録されていました。全米13位のヒットを記録したそうです。
そのヒットが却って災いしたのか、紅一点で見栄えの良いリンダばかりが目立つようになりグループに亀裂が生じ崩壊に向かいました。ラスト・アルバムとなる3rd『Stone Poneys & Friends Vol. 3』のジャケットではリンダしか写っておらず、他の2人が殆ど参加していない曲が幾つもあったようです。
グループ解散後のリンダの活躍については述べるまでもありません。ケニー・エドワーズはカーラ・ボノフやウェンディ・エデルマンらとともにブリンドルを結成。解散後はリンダとの友情が復活したのか、彼女のバック・バンドにベーシストとして参加。片腕同様の働きをしました。また、ブリンドル時代の同僚であるカーラ・ボノフのアルバムのプロデューサーとしても知られています。リンダはカーラの作品を何曲も取り上げており、彼女たちの架け橋としてのケニー・エドワーズの存在も興味深いものです。

わたしとあなたには
違ったドラムのビートが伝わっている
きっとあなたにも分かるはずよ
あなたが私のほうを向くと
わたしは逃げ出してしまうってことが

あなたは泣きながら
きっとうまくいくと涙声で言う
でもわたしはそう思わない
あなたは木を見て森を見ずだもの

誤解しないでね
叩きのめそうって気はないの
ただ私だけしか愛せないって男なんていらないわ
あなたが素敵じゃないなんて言ってるわけじゃない
わたしには準備ができてないって言ってるのよ
誰にも どこにも 何事にも
手綱を引くように束縛されたくないの

あなたはきっとわたしなんかよりも
大切にしてくれるいい人とめぐり逢うわ
そしてあなたはその人と幸せに暮らすでしょう

だからさようなら
私はもう行くわ
これ以上あなたは悲しませ、嘆かせても
何の意味もないから
このままわかれて暮らせば
わたしもあなたも長生きできるのよ

私のいない人生
私なしで生きていくのなら


恋人に別れを告げる歌です。「私だけしか愛せない男はいらない」といった意味の言葉が、リンダの男性遍歴を象徴しているようで強烈に胸に滲み渡りました。

本当にキュートで弾けそうな魅力に溢れていますね。


マイク・ネスミスのヴァージョン。2001年にリリースされたDVDからの映像のようです。収録は1992年。リンダとはかなり雰囲気が違います。


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The Monkees - I Wanna Be Free

モンキーズの楽曲の多くを作っていたのがトミー・ボイスとボビー・ハートからなるボイス&ハートというコンビです。今回取り上げる「自由になりたい」を始め、「モンキーズのテーマ」、「恋の終列車」、「ステッピン・ストーン」、「素敵なヴァレリ」などモンキーズの代表曲の殆どを手掛けました。彼らはデュオとしても3枚のアルバムを出しており、全米8位まで上昇した「I Wonder What She 's Doing Tonite?(邦題:あの娘は今夜・・・)」というヒット曲も放っています。この「自由になりたい」も1968年発表の2ndアルバムでセルフ・カヴァーしていました。
「自由になりたい(原題:I Wanna Be Free)」は1966年発表のモンキーズの1stアルバムに収録されていました。このアルバムにはデヴュー・シングルである「恋の終列車」や「モンキーズのテーマ」、キャロル・キング&ゲリー・ゴフィン作の「希望を胸に」、マイク・ネスミスのオリジナル「パパ・ジーンズ・ブルース」などが収められており、グレン・キャンベル、ジェリー・マギー、ジェームズ・バートン、ビリー・プレストンら腕利きのミュージシャンが楽曲の演奏に参加していたということです。
モンキーズが解散してしばらくたった1975年頃に、ディヴィ・ジョーンズとミッキー・ドレンツはボイス&ハートとともにドレンツ、ジョーンズ、ボイス&ハートというグループを組み「Golden Great Of The Monkees」と称する全米ツアーを行い、翌1976年にはアルバムもリリースしました。日本にもその年に公演のために来日し、私が女性アイドル目当てにたまたま観ていた「紅白歌のベストテン」なるテレビ番組にゲスト出演。その時は司会の堺正章さんから「モンキーズの皆さんが駆けつけてきてくれました」と紹介されていました。日本ではこんな長ったらしいグループ名ではなく、従来通り「モンキーズ」あるいは「ニュー・モンキーズ」と呼ばれていたようです。演奏はおろかインタビューさえもないほんの一瞬の出演でしたが、ディヴィとミッキーの元気な姿を拝めただけで感慨深いものがありました。
グループの解散後、ボビー・ハートはイギー・ポップやミート・ローフらのプロデュースにあたりましたが、トミー・ボイスは歌手活動を続けるものの1994年に自宅で自らの命を絶ちました。鬱病が原因とされています。

「自由になりたい」は実に爽やかな曲ですが、女性から追いかけ回されている男が「しばらく僕のことはほっといてくれないか」と望む内容です。当時のモンキーズの人気を思えばそんな贅沢な悩みも分からなくもないのですが、あまりに羨ましいものです。男がこんな冷たい態度を取ってもディヴィのように甘く切ない声で歌われれば、世のたいがいの女性は許してしまうんでしょうかねぇ。私がまるでディヴイの気分でこのような台詞を言い放てば、「どうぞ。勝手にすれば」という結果が待ち受けているだけですが・・・。

自由になりたい
僕のそばで羽ばたく青い鳥のように
青い海の彼方の波のように
君の愛が僕を縛ろうとするのなら
そんなことはしないで
さよならと言ってくれたほうがいい

自由になりたい
愛しているなんて言わないで
ただ好きだって言ってほしい
でもそばに君がいてほしくなったら
もっと近くで寄り添ってほしい
僕の手を引くぐらい 
僕に打ち明け話ができるぐらいに

君の手を取って砂浜を歩きたい
太陽の下で笑いながら
いつも戯れながら
束縛されずに
何でもやってみたいんだ

自由になりたい
清々しい9月の風みたいに
いつまでも友達でいるって言ってほしい
そうすればずっと上手くやっていける
もう一度言わなくちゃね。
自由になりたいんだと
自由になりたい
自由になりたいんだ




テレビの「モンキーズ・ショー」の中で放送されたライヴ映像かと思われます。


こちらも「モンキーズ・ショー」からの映像。軽快なアレンジの別ヴァージョンです。


この曲を忘れてはなりません。「Last Train To Clarksville(邦題:恋の終列車)」、これもボイス&ハートの作品です。


ついでと言っては何ですが、ボイス&ハートのヴァージョンもどうぞ。I Wanna Be Free ~ Last Train To Clarksville ~ I Wonder What She's Doing Tonite? とメドレーで続きます。



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The Monkees - Shades Of Gray

モンキーズはアメリカNBCのテレビ・シリーズとしてオーディションによって集められたメンバーによるグループです。私が幼かった頃に日本でもモンキーズのTVショーが放映され、たちまち虜になり毎週欠かさず観ておりました。4人組の売れないバンドが毎回騒動に巻き込まれて行くコメディ・ドラマ仕立ての内容は、グループ・サウンズの全盛期とあいまって幅広い支持を得られたのだと思います。
選ばれたメンバーは子役出身で歌手としてレコードも出しているディヴィ・ジョーンズ、ミッキー・ドレンツ、ミュージシャンとして活動中のマイク・ネスミス、ピーター・トークの4人。オーディションにはスティーヴン・スティルス、ヴァン・ダイク・パークス、ポール・ウィリアムス、ジョン・セバスチャンらも姿を見せていたそうです。もし彼らが受かっていたならば、その後のロック・シーンがどのようになっていたかを思うと興味深いものがあります。ちなみにピーターとスティルスは一時期グループを組んでいたらしく、このオーディションも仲良く一緒に受けたようです。
いわばアイドルとして売り出されたモンキーズですが、1967年発表の3rdアルバムとなる『Headquarters(邦題:ヘッド・クォーターズ~灰色の影)』ではロック・バンドとして目覚めたのか、元モダン・フォーク・クァルテット(MFQ)のメンバーでタートルズのベーシストであるチップ・ダグラスをプロデューサーに迎え、楽曲も自分たちのオリジナル作品を増やし、演奏もホーン・セクションを除いて全てメンバーとチップ・ダグラスと元MFQのジェリー・イェスターの手で行いました。ガレージ・バンドのような稚拙な演奏能力と酷評されましたが、荒削りな魅力が味わい深いものです。なお、助っ人のジェリー・イェスターはこのセッションと前後してラヴィン・スプーンフルに加わり、プロデューサーとしてはアソシエイション、ティム・バックリー、トム・ウェイツなどのアルバムを手掛けました。
自作曲が多くなったとはいえ、プロのソング・ライターの楽曲も引き続き取り上げており、その中の1曲が今回取り上げる「Shades Of Gray(邦題:灰色の影)」です。この曲はバリー・マン&シンシア・ウェルズによって書かれた作品でした。メッセージ性のある重い内容で、ヴェトナム戦争を抱えた当時の社会背景が「影」を落としていたのかもしれません。また、「世界も僕も昨日のように若々しかった頃、生きることは子供にも出来る簡単なお遊びだった」という歌詞は、ビートルズの「Yesterday」を少々連想させます。ともあれ、多感な時期に誰もが抱く悩みや葛藤は、青年の面影が残るモンキーズの面々にぴったりのテーマでした。

世界も僕も昨日のように若々しかった頃
生きることは子供にも出来る簡単なお遊びだった
その頃は過ちから正しいことを見分けるのは容易いことだったし
強さと弱さを見分けることも簡単なことだった
人が立ち上がって戦わなければならない時も
進んで行かなければならない時も

でも今では昼も夜もなく
闇もなければ光もない
黒くもなければ白くもない
ただ灰色のぼんやりとした影があるだけ

思い出すのは答えが明白だったあの頃
疑って生きることも恐れを味わうこともなかった
あの頃は嘘と真実を見分けることは容易かったし
裏切ることと妥協することも
愛する人と憎むべき人も
賢者と愚者を見分けることも

あの頃は公正なことを知ることは容易かったし
維持すべきことと分かち合うことも
どれだけ自分の心を守れるか
どれだけ用心するかも容易だった


Peter Tork - Lead Vocals, Piano
Davy Jones - Lead Vocals, Maracas
Micky Dorenz - Harmony Vocals, Drums
Michael Nesmith - Pedal Steel Guitar
Jerry Yester - Bass

ブログに貼り付けられないようなので下記のアドレスをクリックしてください。
http://www.youtube.com/watch?v=SMdcgSi5t8k


『Headquarters』に収録されていたミッキー・ドレンツによるユーモラスな作品です。


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ザ・デフィニティヴ・モンキーズザ・デフィニティヴ・モンキーズ
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Bruce Springsteen - Sad Eyes

ちょうど新作『Working On a dream』がリリースされたばかりのブルース・スプリングスティーン。私はDVD付きの国内盤の発売を待っているのでまだ手に入れておりません。CDショップに並ぶ彼のニュー・アルバムを横目に、待ち遠しくてたまらないといったところです。
そんな話はさておき、本日取り上げたのは「Sad Eyes」。1999年に発表された『18 Tracks』に収録されていた曲です。このアルバムはもともと1998年発表の4枚組未発表曲および未発表ヴァージョン集『Tracks』から15曲を厳選。さらに3曲を加えた形でリリースされました。
哀愁を帯びた美しいメロディ、ファルセットの効果的な使い方が情感を漂わせています。
別れたパートナーとの復縁を願うのか、恋仲に発展するのを期待しているのか、二人の微妙で複雑な関係が描かれています。彼女が幸せな日々を送っていないことを見透かすような「悲しい瞳は嘘をつかない」という言葉が印象的ですが、最後には「俺がずっと待っていると思っているようだな」と突き放したような言い方で締め括られていました。

毎日おまえはやって来る
俺は口を閉じ、多くを語らない
おまえは幸せで全て順調なのと言うけど
さぁ、話しなよ 俺には時間がたっぷりあるぜ
悲しい瞳は嘘をつかない
悲しい瞳は嘘をつかない

しばらくの間、お前を見守ってきた
お前がその気になるまで俺は動かない
おまえは姿を見せても怖じ気づいてしまう
でも、もうすぐ俺の元へ来ることになるのさ
悲しい瞳は嘘をつかない
悲しい瞳は嘘をつかない

俺は気にしてないよ
俺も同じことをしてきたんだ
世間の風が少し冷たく感じられても
大丈夫さ そのうち気にならなくなる

俺のものにならないとおまえは思っている
いいさ 気にしていないよ
はにかんだ笑顔が素敵だ 本当だよ
かまわないよ おまえの振る舞いを気にしていない
おまえはデートのためにめかしこんでやって来る
あと一歩で取り返しがつかなくなる
おまえの髪につけた青いリボン
俺がずっと待っていると思っているようだな
悲しい瞳は嘘をつかない
悲しい瞳は嘘をつかない





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Jackson Browne - shadow dream song

2008年に発表されたジャクソン・ブラウンの『Solo Acoustic Vol.2』の日本盤ボーナス・トラックとして「Shadow Dream Song」という曲が収められていました。この曲はジャクソンが1967年に音楽出版社Nina Musicのために録音したデモに収録されていた中の1曲で、公式に発表されるのは初めてです。

彼女の名前を呼ぼうとしていた
彼女の手を取るつもりだった
同じ立場で理解しようとしていた
その夜何が起こっていたのだろう
王女と王子のあいだで

いまは邪魔されたくないんだ
食べたり飲んだりは出来ない
自分がどんな風に考えていたのかを思い出すことも出来ない
朝が告げられる前に彼女が歌っていたのはどんな歌だろうか
王女を王子のもとに引き寄せた時

昼間の彼女は鳴り響く水晶
だけど彼女は声を上げて笑うまだらの影
僕の夜の中で彼女は声を上げて笑うまだらの影

もし彼女の声を聞くこことが出来たなら
もし彼女の顔を見ることが出来たなら
もし僕に選ぶことが出来たなら
僕はその場所にいられただろう
僕が最後に彼女を見かけたところ
王女と王子の過ぎ去った黄昏

昼間の彼女は鳴り響く水晶
だけど彼女は声を上げて笑う影
僕の夜の中で彼女は声を上げて笑うまだらの影

この曲は理想の女性と巡り会って二人で過ごす束の間の時を王女と王子に見立てて歌われていました。ここに出てくる王女とはジャクソンの憧れの女性であったパメラ・ポランドで、ジェントル・ソウル(『Gentle Soul』1968年発表)というグループを経て1972年にソロ・アルバムも発表している女性シンガー・ソング・ライターです。彼女はアマチュア時代にライ・クーダーとコンビを組んでいたそうです。
ジャクソンとパメラが初めて出逢ったのはL.A.郊外のオレンジ・カウンティのコーヒー・ショップ。1964年に地元の大学の音楽科に入学したばかりのパメラは、そのコーヒー・ショップでアルバイトをしていた頃に音楽仲間を通してジャクソンとグレッグ・コープランドを紹介されたとのことです。その時、ジャクソンは14歳、パメラは17歳でした。しかし、ジャクソンが生まれたのは1948年10月9日。この話は少々年勘定が合いません。
切ない歌の内容が示す通り、ジャクソンのほのかな恋心は成就せず、パメラはジャクソンの高校の先輩であるグレッグ・コープランドと結ばれます。コープランドは若きジャクソンに多大な影響を与えた中の一人とされ、自身も1982年と2008年にソロ・アルバムをリリースし、ジャクソンの『Lives In The Balance』(1986年発表)では「Candy」という曲を提供していました。なお、2008年発表のアルバムはジャクソンのレーベル、インサイド・レコーディングスからの発売です。
現在のパメラはハワイに在住。長い沈黙の後、1995年に2枚目のソロ・アルバムを発表しました。蛇足ながら、パメラとコープランドは既に破局しています。
この「shadow dream song」という曲は、以前に取り上げたボブ・ディランの「Tomorrow is a long time(明日は遠く)」とも通じる部分があり、また、年上の女性への思慕は思春期から青年期の男性ならたいていは経験することだと思います。そのことがジャクソン・ブラウンの歌が聴く者の心にいつまでも瑞々しく響く理由であり、離れることの出来ない魅力なのかもしれません。

デビュー前の貴重な録音。ブログに直接貼付けられないようなので下記のアドレスをクリックしてください


http://http://www.youtube.com/watch?v=zC900yVOxqU

トム・ラッシュ(『The Circle Game』1968年発表から)とジャクソンの親友スティーヴ・ヌーナン(『Steve Noonan』1968年発表から)のカヴァー・ヴァージョンを合わせて聞いていただければ幸いです。
聴けなくなってしまいましたので、ジャクソン・ブラウンのソロ・アコースティック第二集に収録されたヴァージョンをアップしておきます。


また、ジャクソンがデビュー前のほんの僅かの間在籍していたニッティ・グリティ・ダート・バンドのカヴァーも用意しました。彼らの2nd『Ricochet』(1967年発表)に収録されています。ソロ・シンガーとの差別化を図ろうとバンド・サウンドを意識したためか、アレンジが少々大げさで素朴感が失われたような気がしないでもありません。


この人も歌っています。グレッグ・オールマン。1977年に発表された『Allman & WomanーTwo The Hard Way』に収録されていました。当時夫婦だったシェールとのデュエット・アルバムです。


ジャクソン・ブラウン-ソロ・アコースティック第二集ジャクソン・ブラウン-ソロ・アコースティック第二集
(2008/03/19)
ジャクソン・ブラウン

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ジャクソン・ブラウン来日公演の記事でも述べておりますが、私は1980年以来、彼の大阪公演に足を運んでおります。でも、2004年の「アコースティック・ツアー」の時は病気療養中のために自重しました。それ故に、「ソロ・アコースティック」の形でアルバムがリリースされたことが感慨深かったものです。
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