好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Emmylou Harris - Together Again

前回グラム・パーソンズの「Sleepless Nights」を取り上げましたが、その曲で彼とデュエットしていたのがエミルー・ハリスです。彼女は1969年にマイナー・レーベルからデヴュー・アルバムを発表したものの鳴かず飛ばずの状態でいました。その時、グラム・パーソンズが手を差し伸べ、彼のソロ・アルバムのバック・コーラス及びデュエット・パートナーとして迎え入れたのです。
このことがきっかけとなって才能が開花した彼女は恩人であるグラム・パーソンズの死を乗り越え、1975年にリプリーズから『Pieces Of The Sky(緑の天使)』を発表。順調な活動を始めます。
今回紹介するのは翌1976年にリリースされた『Elite Hotel』に収録の「Together Again」(バック・オウエンズ作)です。この曲は同年3月にビルボードのカントリー・シングル・チャートの首位を獲得しました。エミルー・ハリスの叙情的な歌声が心に滲み込みます。
このアルバムにはビートルズの「Here, There and Everywhere」(ストリング・アレンジはニック・デカロ)、カーペンターズでお馴染みの「Jambalaya」(ハンク・ウィリアムズ作)などが収められていました。


再び一緒になれたのね
私の涙は落ちるのを止めたわ
長く寂しい夜がこれで終わったのね
私の心のへの鍵はあなたの手の中にあるわ
もう関係ないの
だって再び一緒になれたんだもの

再び一緒になれたので
曇り空が過ぎ去った
あなたは私の腕の中に戻り
今ではそこがあなたの居場所
私たちの愛は復活したのよ
他のことは関係ないわ
だって再び一緒になれたんだもの

再び一緒になれたのね
私の涙は落ちるのを止めたわ
長く寂しい夜がこれで終わったのね
私たちの愛は復活したのよ
他のことは関係ないわ
だって二人が再び一緒になれたんだもの


この曲を聴いていると、こんな美しい昔の恋人とヨリが戻ればな、とつくづく思ってしまいます。ただし、こんなにきれいな人と付き合ったことはないのですが・・・。
映像はかなり以前のものと思われますが、彼女の美貌は今も衰えていません。
Youtubeの映像が消去されたので、代わりに1976年頃のTVショーのものをアップしておきます。


グラム・パーソンズも歌っていました。前回取り上げた『Sleepless Nights』に収録されています。


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Gram Parsons - Sleepless Nights

グラム・パーソンズは1968年にデヴィッド・クロスビーの後任としてバーズに加入しました。彼はインター・ナショナル・サブマリン・バンドでバーズに先んじてカントリーとロックを融合させた音楽を作り上げており、その才能に目をつけたクリス・ヒルマンがヘッド・ハンティングしたようです。
グラムの加入により、バーズは『Sweetheart Of The Rodeo』というカントリー・ロックの名盤を世に送り出すのですが、当初リーダーのロジャー・マッギンはカントリーとロックの融合という作業には決して積極的ではなく、グラムを雇い入れたのもヴォーカルとギターに加え、キー・ボードもこなすというふれこみからだっとされています。グラムを紹介したクリス・ヒルマンはもともとマンドリン奏者でブルー・グラス出身。バーズをカントリー・ロックの方向に持って行こうとしたのはこの人の策略だったのかもしれません。実際クリス・ヒルマンがなかなかの策士ぶりを発揮したエピソードが幾つかあり、今後も折に触れて述べて行きたいと思います。
いわば鳴り物入りでバーズに加入したグラム・パーソンズですが、バーズの南アフリカ公演に反対しバンドを離脱。保守的といわれるカントリー・ミュージックを愛していたとはいえ、彼がいかに人種問題に対して敏感な姿勢を示していたかがよく分かります。ほどなく、グラムの後を追うようにクリス・ヒルマンもバーズを脱退。2人は合流してフライング・ブリトウ・ブラザーズの結成へと動きます。
リック・ロバーツのところでも述べましたが、順調な活動を始めた矢先にグラムはフライング・ブリトウを脱退してしまいます。バンドの運営に支障を来すほどアルコールにのめり込んだのが原因で引導を渡されたとされています。
いわば解雇されたような形でグループを去り失意に満ちたグラムですが、起死回生とばかりソロ・シンガーに転向し、1973年にソロ・アルバム『GP』を発表しました。しかし、今度はドラッグが災いしてその年の9月19日に帰らぬ人となりました。なお、2ndアルバム『Grievous Angel』は彼の死の翌年である1974年に発表されています。
今回取り上げた「Sleepless Nights」は彼の死後、1976年に発表されたアルバム『Sleepless Nights』に収録されていました。フライング・ブリトウ時代やソロ・アルバムのアウト・テイクを収めたもので、全てカヴァー曲ばかりで構成されています。この「Sleepless Nights」の他にもローリング・ストーンズの「Honky Tonk Women」、そしてお馴染みの「想い出のグリーン・グラス」など興味深い楽曲が並んでいます。

眠れない夜の間ずっと君を思って泣いていた
誰が君にキスをしているんだろう
ああ、こんな眠れない夜が続き
俺の心をまっぷたつに引き裂くよ

昼間はくじけないでいられるが
心の中では溢れ出そうな涙を押し隠している
ああ、こんな眠れない夜が続き
俺の心を再び引き裂く

どうして行ってしまったんだ
どうして行ってしまったんだ
俺が君を必要としているのを
わかってるんだろう
ねぇ、わかってるんだろう

ああ、こんな眠れない夜が続き
俺の心をまっぷたつに引き裂くよ

それでは、グラム・パーソンズの『Sleepless Nights』から上記の3曲を聴いていただければ幸いです。






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この人も歌っています。2ndアルバム『Feels Like Home』の日本盤のボーナス・トラックとして収録されていました。
Norah Jones - Sleepless Nights


Rick Roberts - Colorado

1960年代の後半のロック・シーンにおいて、ザ・バーズやザ・フライング・ブリトウ・ブラザーズなどの活躍によってカントリー・ロックというカテゴリーが確立しました。保守的なイメージの強いカントリー・ミュージックと反抗や異議申し立ての臭いのするロック・ミュージックの融合は当時の聴衆には画期的なこととして捉えられたようです。
カントリー・ロックはたんにロックとカントリーだけの融合ではなく、トラディショナル・フォーク、ブルース、R&Bなどの要素が含まれています。そうした60年代のカントリー・ロックには泥臭さが醸し出された面が窺えましたが、1970年代に入ると当初の泥臭さが次第に洗練されて行き、明るく爽やかな雰囲気が漂う曲が中心となりました。
ザ・フライング・ブリトウ・ブラザーズはザ・バーズを脱退したグラム・パーソンズとクリス・ヒルマンが中心となって1969年に結成されました。2枚のアルバムを発表し、ザ・ローリング・ストーンズから「Wild Horses」という曲を贈られるなど順調な活動を進めていたのですが、グラム・パーソンズが脱退。彼の後任として加入したのが今回取り上げた「Colorado」の作者リック・ロバーツです。
リック・ロバーツはフロリダで生まれ、転居を繰り返した後にコロラドに落ち着き、ロック・アーティストになることを夢見ながら南カリフォルニアの大学に進学するためにL.A.に出てくるまでコロラドの地で生活していました。そして、バーズのアルバム『Untitled』のバック・ヴォーカルに参加するなどの下積みを送りながら楽曲を書きためていたところをクリス・ヒルマンに見いだされてフライング・ブリトウに加入することになったのです。この「Colorado」は1971年に発表された通算3枚目のアルバム『The Flying Burrito Brothers』に収録されています。
リック・ロバーツは通算4枚目のアルバム『Last Of The Red Hot Burritos』を最後にバンドを離れ、ソロ活動を始めます。ソロとして2枚のアルバムを発表後は1975年に元バーズのドラマーでフライング・ブリトウ時代の同僚でもあったマイケル・クラークらとファイアーフォールを結成。カントリー・ロックを基調にAOR的な味付けをしたポップなサウンドで成功を収めました。
この「Colorado」は立身出世を夢見てコロラドから都会に出て来た男が、夢破れて望郷の念に駆られるという内容です。青年期に多くの人が経験するであろう普遍的なテーマでありますが、1971年という年代を考慮すると以前に取り上げた「Take It Easy」や「Hotel California」同様、カウンター・カルチャーの失敗と挫折を象徴しているかのようにも思えました。

Hey、コロラド
そんなに前のことじゃない
自分自身で生きようと
俺はコロラドの山を後にしたのさ
あのレースはもう終わったんだ
ペースが早すぎてついて行けなかったんだよ
俺が帰る場所は分かっている
コロラド、家に帰りたい


女がいたんだ
だが俺は彼女を遠くはなれた場所に置いて来た
もっと愛せば良かったのに
もっと時間さえあったらな
でも俺は道に立ち止まった
言うことがあったから
ああ、本当はここにいたいんだよ
だけどなぁ、行かなくちゃならないのさ


自分が何をしたかを理解するには
あまりにも若すぎた
計画を立てたけど
俺は間違っていた、間違っていたんだ
Hey コロラド
思い直すには遅すぎたのか
考えていたんだ
答えを見つけようと必死だったんだ
ああ、家に帰る道
ああ、俺は長い間一人きりだった
みんな自分を大切にしくれよな
コロラド、俺は帰ろうと思う


まずは美しいコロラドの風景を眺めながらリックの優しいハイトーン・ヴォイスを堪能してください。


いつ頃のライヴかよく分かりませんが、かなり恰幅が良くなっています。


この人もカヴァーしていました。いつ見てもリンダ・ロンシュタットはとてもキュートでチャーミングですね。1973年発表の『Don't Cry Now』に収録されています。

J.D.Souther - White Rhythm And Blues

まもなく久々の来日が実現し、新作の国内盤もリリースされることになったJ.D.サウザー。シンプルな演奏をバックにハイトーン・ヴォイスで切ないメロディを歌う姿が魅力的なシンガー・ソング・ライターです。
今回取り上げた「White Rhythm And Blues」が収録された『You're Only Lonely』は彼の3rdアルバムにあたります。アルバム・タイトル曲の「You're Only Lonely」がヒットしたおかげか日本では「AORの決定盤」というような雰囲気で捉えられがちですが、実際は1950年代を意識したと思われるようなロックン・ロール色の強い1枚でした。その中に3曲の美しいバラードが収められ、その内の1曲が「White Rhythm And Blues」です。

本当に俺のものになるまでは俺を強く抱きしめないでほしい
一晩中一緒にいてほしくさえもない
ただ月が冷たくなる頃まででいい


彼女は言った
私が欲しいのは黒い薔薇とホワイト・リズム&ブルース
それと駄目になったときに癒してくれる誰か
黒い薔薇とホワイト・リズム&ブルース


誰かが君を本当に愛していると君は言う
そして未来はすぐそこに
でもこの広い世界中の人々はもうたぶんみんな眠っているだろう

黒い薔薇とホワイト・リズム&ブルース
それと駄目になったときに癒してくれる誰かを求めて
黒い薔薇とホワイト・リズム&ブルース

君は瞳を閉じて眠り
全ての悲しみを忘れるがいい
逃げる以外は何でもしたが
今は何をしてよいのか分からない


夜の溜息が自分の耳に聞こえ
何かを言おうとしても口から出てこない
俺のような男は外から見るよりも
もっと傷ついているように思わないかい


黒い薔薇とホワイト・リズム&ブルース
それに駄目になったときに癒してくれる誰かを送ってほしい
いくらかのホワイト・リズム&ブルースがほしい
黒い薔薇とホワイト・リズム&ブルースが必要なんだ
それに駄目になったときに癒してくれる誰か
少しだけヒルビリー・リズム&ブルースをやってほしい
黒い薔薇とホワイト・リズム&ブルース
それに駄目になったときに癒してくれる誰か
いくらかのホワイト・リズム&ブルース
彼女は言った
私の欲しいのはただ黒い薔薇とホワイト・リズム&ブルース
それに駄目になったときに癒してくれる誰か
俺は少しのホワイト・リズム&ブルースがほしい

この曲はもともとリンダ・ロンシュタットに贈られた曲です。J.D.がセルフ・カヴァーした頃には2人の恋愛は終わっていました。ちょっと謎めいたことが暗示されているような歌詞ですが、J.D.はどんな気持ちでこの曲を歌っていたんでしょうね。彼の前作のタイトルでもある『Black Rose』と「黒い薔薇(Black Roses)」という歌詞が符合し、意味深く何かを象徴しているようにも受け取れます。そして、その『black Rose』というアルバムにはリンダとの恋愛関係を示す歌が収録されていました。
なお、リンダのヴァージョンは『Living In The U.S.A』(1978年発表)に収録されています。

J.D.本人は殆ど出てきませんが見ていただければ幸いです。
White Rhythm And Blues - J.D.サウザー



こちらはリンダのヴァージョン。申し訳ございませんが、こちらも本人は出てきません。また、J.D.のヴァージョンとは一部歌詞が違います。


新作は旧来のカントリー・ロック路線が鳴りを潜め、ジャジーな雰囲気が漂っているとのこと。髭を生やした顔がダンディーな人でしたが、新作のジャケット写真ではその髭をさっぱりと剃り落とし、さらに大人の男を感じさせてくれる容貌を表していました。そんな些細なことはともあれ、今後もコンスタントに活動してくれることを願ってやみません。

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友だちだった彼

Tne Byrds の「He Was A Friend Of Mine」は1965年に発表された彼らの2ndアルバム『Turn! Turn! Turn!』に収録されていました。もともとトラディショナルだった曲を、ジョン・F・ケネディ大統領の死を悼んだリーダーのロジャー・マッギンが改作。JFK(ケネディ大統領)への追悼と感謝の意と親愛の情が込められた歌に作り直しました。

ケネディ大統領の暗殺。当時20歳の若者だったマッギンにこの事件は大きなショックを与えたようでした。マッギンは同世代的な見解を示すために、この歌をJFKが逝った1963年11月22日の夜に書いたと後に語っています。
キューバ危機を回避して核戦争を阻止し、人種差別廃絶に努め「公民権法」を成立させようと尽力した若く溌剌としたJFK。それまでの分別くさい老人といった大統領のイメージを刷新しました。それ故、マッギンのみならず、彼の年代の人々にとってJFKはヒーローであり、カリズマ的な魅力が溢れた大統領だったと思われます。なお、「公民権法」はJFKの死後、1964年に成立しました。



彼は俺の友達だった
彼は俺の友達だった
彼は何の目的も理由も意味もなく殺されてしまった
彼は俺の友達だった


彼はダラスの街にいた
彼はダラスの街にいた
6階の窓から
ヒットマンが彼を撃った
彼はダラスの街で命を落とした


彼は俺の名前を知ることがなかった
彼は俺の名前など知ることがなかった
俺は彼に会ったことは一度もなかったが
俺は彼をよく知っている
彼は俺の味方だった


貴重な時代の国家のヒーロー
彼は俺の仲間だった


The Byrds - He Was A Friend Of Mine
これは1990年にロジャー・マッギン、デヴィッド・クロスビー、クリス・ヒルマンの3人で再結成された頃のバーズで、ロイ・オービソンのトリビュート・コンサートからの映像と思われます。ボブ・ディランもステージに現れて共演しています。
申し訳ございませんが、この映像はYouTubeから削除されたようです。

そのボブ・ディランもトラディショナル曲としてのこの曲を歌っています。1962年発表の1stアルバムに収録するために録音されたのですが、アウトテイクとなり、1991年に発表された「ブートレグ・シリーズ第1集~3集」でようやく陽の目を見ました。もちろんバーズのヴァージョンとは歌詞が違います。


まもなく民主党のバラク・オバマ氏が第44代アメリカ大統領に就任します。JFKを彷彿させる若々しく清新なイメージのオバマ氏ですが、日本にとっては手放しで歓迎できません。クリントン政権ほどの反日政策を取らないまでも、保護貿易主義が基本の民主党。金融危機という重荷を背負っての大統領就任は険しい舵取りが予想され、同盟国日本にもよりいっそうの様々な影響が波及することでしょう。また、イラクからアフガニスタンへ兵力をシフトすることを既に掲げており、経済・通商のみならず軍事・安全保障の面でも強硬な要請を強いてくることは必至です。でも、日本はそんなアメリカの動向に右往左往することなく、独立した主権国家であることの誇りを示してほしいと思います。
私の個人的な希望ですが、オバマ新大統領が来日されたならぜひ福井県の小浜市を訪れ、日本人が拉致された現場をその目でご覧になっていただきたいと願っております。

ターン・ターン・ターンターン・ターン・ターン
(2005/04/06)
ザ・バーズ

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Take It Easy

ヴェトナム戦争が敗戦という形で終結に向かいつつあった1972年のアメリカは、60年代の混乱にかわって重苦しさや閉塞感が漂う雰囲気の中にも平静な空気に包まれかけていた時期でした。この年にイーグルスが発表した「Take It Easy」はジャクソン・ブラウンとメンバーのグレン・フライの共作で、歌詞を単純に眺めていると「お気楽な歌」のように受け取れます。でも、当時の若者たちが置かれた立場や社会状況を鑑みると、とても額面通りではないメッセージが示唆されているように思われます。ジャクソン・ブラウンとイーグルスは「Take It Easy」で、「心の重荷を振り払って気楽にやろうよ」と挫折から立ち直ろうとする意志を歌に込めたのです。

心の重荷を振り払おうとあの道を走っていると
7人の女が心に浮かぶ
4人は俺を束縛しようとし
2人は俺を薬付けにしたがったし
1人はただの友達だと言った
気にすることはない 気楽にやろうぜ
タイヤの軋む音でおかしくならないように
理解しようなんて考えないほうがいい
自分がいられる場所を見つけなよ
気楽にな

アリゾナ州のウィンズロウの街角に立ち
素敵な街の風景を眺めていると
平らなボディーのフォードに乗った娘が
スピードを落として俺の顔を覗き込んだ
来なよ、ベイビー、「メイビー」なんて言ってためらうなよ
君の優しい愛が俺を救ってくれるか確かめてみたいんだ
俺たちが上手くいくかどうかは分からない
ここには二度と戻ってこないだろうけれど
だから、扉を開けてくれ、俺を乗り込ませてくれ
さぁ、気楽にやろうぜ


心の重荷を振り払おうとあの道を走っていると
トラブルばかりの世界が俺の心に浮かぶ
俺の正体をばらさないでいてくれるような女を捜しているんだが
そう簡単に見つかるもんじゃない
まぁ心配せずに、気楽にやろう
タイヤの回る音なんかでおかしくならないように
来いよ、ベイビー、「メイビー」なんて言ってためらわないで
おまえの優しい愛が俺を救えるものか確かめたいんだ

Jackson Browne, Linda Ronstadt with Eagles - Take It Easy


いくら反戦を叫んでいても、当時の若者たちは自分の国が負けてしまうという結果には何かやりきれぬ違和感や喪失感、そして、手放しでは喜べぬ感情を覚えてしまったのかもしれません。ある人は引き続き政治活動を続け、ある人は環境保護運動に関わり、ある人は反核・反原発を唱え、ある人は宗教に帰依しました。
歳月が過ぎ、イーグルスは「Hotel California」(1976)の中で「1969年以来のスピリット(精神)は途切れてしまった」とカウンター・カルチャーの衰退を嘆きながら退廃と堕落の状況から抜け出せない事情を語り、ジャクソン・ブラウンは「Running On Empty」(1977)で「わけもわからずみんな走っているが、自分は遅れをとっている」と焦燥感を露にしていました。



悲しい雨が

ランディ・ニューマンと言えば、黒人奴隷を船に乗せて新大陸を目指して出航した移民のことを歌った「Sail Away」をまず連想してしまいますが、ファースト・アルバムに収録されていた「I Think It's Going To Rain Today」もどこか物悲しく荒涼とした心に染み込んで行くような素晴らしい作品です。

壊れた窓に何もない通路
空に浮かぶ青ざめた月が灰色の縞模様を付けた
人間の優しさが溢れ出し
今日は雨が降りそうだ

人間の情を描いているかのような歌い出しですが、それは逆説的なものです。これ以降の歌詞には皮肉めいたメッセージが表されていました。

案山子は最新の流行の服を纏い
凍てついた微笑みで
まとわりつく愛を振り払う
人間の優しさが溢れ出し
今日は雨が降りそうだ


寂しい心
足下にはブリキの缶
通りに向かって蹴りつけよう
それが友達の扱いかた

目の前の光は私に慈悲を懇願する合図
恵まれない人に支援を、そして救いの道をと
人間の優しさが溢れ出し
今日は雨が降りそうだ


ランディ・ニューマンの曲は数々のアーティストに取り上げられています。この曲はダスティ・スプリングフィールドやジュディ・コリンズやベット・ミドラーのカヴァーが有名ですが、個人的にはクロディーヌ・ロンジェのヴァージョンが好みです。

Randy Newman - I Think It's Going Rain Today


本人は登場しませんが、こちらでクロディーヌ・ロンジェの歌声をお聴きください。彼女はアンディ・ウィリアムスの奥様だった人で、とてもキュートな方です。


アカデミー賞のオスカー獲得数歴代1位を誇るという映画音楽の巨匠を叔父に持つランディ・ニューマン。その作風は古き良きアメリカを連想させつつも、過去や現在のアメリカの影や負の部分を浮かび上がらせ、アイロニーとユーモアを織り交ぜながら様々な人間模様を描き出しています。皮肉屋と称されるランディ・ニューマンですが、実のところ対象となる人への敬意と愛情が感じられ、そこが彼の歌を聴いていてほっとするような印象を受ける所以なのでしょう。前述のような奴隷商人や差別主義者や金の亡者が歌の中の主人公として登場することもありますが、彼は決してそのような人間ではなく、そういった人々を彼自身が演じているに過ぎないのです。
美しく、切なく、物悲しいが、それでいてほのぼのとした爽快感をもたらすランディ・ニューマンの歌。ノスタルジックな作風とあいまって、聴く人の心の奥底に潜む痛みを捉えて離さない魅力があります。

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