好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Robin Ward - Wonderful Summer

お盆を迎えて暑い日が続きます。そんな猛暑は可憐な歌声で癒されるのが一番。今回はロビン・ワードが1963年にリリースした「Wonderful Summer」で涼を取りたいと思います。

ワンダフル・サマーワンダフル・サマー
(1990/05/25)
ロビン・ワード

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1. WONDERFUL SUMMER
2. MOON RIVER
3. I COULD HAVE DANCED ALL NIGHT-
4. DREAM BOY
5. JOHNNY COME AND GET ME
6. WHY DON`T YOU BELIEVE ME
7. WINTER`S HERE
8. I WILL LOVE YOU
9. MY FOOLISH HEART
10. TEACH ME TONIGHT
11. FOR ALL WE KNOW
12. TODAY I FELL IN LOVE
13. WHERE THE BLUE OF THE NIGHT (Meets The Gold Of The Day)
14. BOBBY

ロビン・ワードことジャッキー・ワードは1941年に海軍に所属していた父親の勤務地ハワイに生まれ、ネブラスカで育ちました。彼女は8歳頃より姉妹とともに教会で歌い始め、"Horace Heidt & His Musical Knight" のバンド・リーダーとして知られるホレス・ハイト主宰のタレント・コンテストで優勝したのを機にロサンゼルスへ移住します。その週のヒット曲をレギュラー・シンガーが歌うという趣向のテレビの歌番組「Your Hit Parade」に13歳で出演。以降4年間レギュラーを務めました。番組降板後はセッション・シンガーに転じ、楽曲のデモ録音、女優の吹き替え、バック・アップ・ヴォーカルなどを生業とし、パット・ブーンの「Speedy Gonzales」(1962)やデイル・ワードの「A Letter From Sherry」を始め、ロネッツやダーレン・ラヴのレコーディングにもコーラスで参加。1965年に制作されたトニー・カーティス、ジャック・レモン主演のコメディ『The Great Race』の中でナタリー・ウッドが歌う主題歌「The Sweetheart Tree」(ヘンリー・マンシーニ作)はジャッキー・ワードの吹き替えでした。

パット・ブーンの「Speedy Gonzales」。


デイル・ワードの「A Letter From Sherry」。


「The Sweetheart Tree」。


そんな裏方の活動の中、作曲家でアレンジャーでもあるペリー・ボトキンJr.の要請で「Wonderful summer」のデモ録音を行ったところ、あまりにも出来が良かったのでジャッキー・ワード本人のソロとしてドット・レコードから発売する方向で話が進みます。1963年、ジャッキーは娘の名前を借りてロビン・ワードとしてソロ・デビュー。改名の理由はジャッキーよりロビンのほうがティーン・エイジャーには親しみやすく思われたからだとか。渡りに舟といっては失礼かもしれませんが、シングル「wonderful Summer」は全米14位のヒットを記録しました。



WONDERFUL SUMMER
私の生涯でいちばん素晴らしい夏を
過ごさせてくれてどうもありがとう
天国に昇る心地
あなたはこの世のすべて
私が恋に落ちていることは誰にも分かる

私の生涯でいちばん素晴らしい夏を
過ごさせてくれてどうもありがとう
私は決して忘れない
二人が出会ったあの夏の日のことを
あなたは恥ずかしがりやさんだったのに
私のハートを盗んでいった

手をつないで
砂浜をそぞろ歩き
それからあなたは私に口づけをした
私には分かった
生涯あなたのことを愛し続けるだろうと

私の生涯でいちばん素晴らしい夏を
過ごさせてくれてどうもありがとう
二人が別れなければならなくなった日は
心が引かされるほど辛かったけど
私の生涯でいちばん素晴らしい夏を
過ごさせてくれたことにいつまでも感謝するだろう

哀願するかのような愛くるしいロビン・ワードの歌声。赤い糸を感じつつも成就しなかった恋物語が、若き日の夏の体験に想いを馳せたり、何か素敵な出来事があったかのような束の間の錯覚に陥らせてくれます。歌に描かれたいじらしい女性像に思春期の少年たちは、「こんなガールフレンドがいればよいのに」、「こんな恋がしてみたい」と淡い理想を抱いたことでしょう。

ジャッキー・ワードがロビン・ワードとして活動していたのはほんの一年。別のキャラクターを演じたひと夏の思い出の如く彼女は再びセッション・シンガーに戻り、ジャッキー・ワードの名前でビリー・ヴォーン楽団、レイ・コニフ・シンガーズ、パーシー・フェイス・オーケストラなどのレコーディングやステージで活躍しました。ビリー・ヴォーン楽団在籍時は何度も来日していたとのことです。ジャッキー・ワードがロビン・ワードがであることが判明するのには暫しの時間がかかったようで、音楽評論家でプロデューサーでもある長門芳郎先生も二人が同一人物であることを確認できたのは1985年の来日時と国内盤LP/CDの解説に記されておりました。

私はリアルタイムでこの曲を聴いたわけではありません。1980年代の半ばに、「幻の名盤」としてコレクターズ・アイテムだった『Wonderful Summer』 が復刻されるという情報を耳にして、何となく興味が引かれたのが最初の出会いです。しかし、実際に本盤を手に入れたのは1990年のCD化の頃。そろそろ甘酸っぱい夢や感情とはおさらばしなければならない時期でした。

こちらもシングル・カットされましたが、ヒットとには至らなかった「Johnny Come And Get Me 」。ジョニー・ソマーズの「Johnny Get Angry」を連想させるタイトルです。


ビーチ・ボーイズの「In My Room」のアンサー・ソングとして有名な「In His Gar」(アルバム未収録)。1964年のリリースです。


最後にアルバムからもう一曲。オードリー・ヘプバーン主演の映画『Breakfast at Tiffany's』(1961年公開)の挿入歌としてお馴染みの「Moon River」で今回はお開きにします。画像はアルバム・ジャケットから。


なお、本来はロビン・ウォードと発音するのが正しいようですが、日本ではロビン・ワードという表記が一般的であるため「ワード」で統一しました。

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Connie Stevens - Sixteen Reasons

オールディーズが続くようで恐縮ですが、今回はコニー・スティーヴンスのチャーミングな歌声に暫し接したいと思います。お題は「Sixteen Reasons」。1960年にリリースされ、全米3位となるヒットを記録しました。

シックスティーン・リーズンズシックスティーン・リーズンズ
(2008/06/25)
コニー・スティーヴンス

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1. Sixteen Reasons
2. On A Slow Boat To China
3. Too Young To Go Steady
4. A Little Kiss Is A Kiss Is A Kiss
5. Why Try To Change Me Now
6. Love Of The Month Club
7. Apollo
8. Too Young
9. Lulu's Back In Town
10. Why Do I Cry For Joey
11. Let's Do It
12. The Trolley Song

SIXTEEN REASONS


あなたを愛する16の理由

One,
あなたが私の手を握る時の仕草
Two,
あなたの人なつこい瞳
Three,
理解してくれる時の表情
Four,
あなたの密かな溜息
まだまだ16の理由のほんの僅か

Five,
髪を櫛でとかす仕草
Six,
そばかすのあるお鼻
Seven,
私を気遣う時の仕草
Eight,
個性的な服
これで16の理由の半分ね

Nine,
車の中で寄り添い
Ten,
星に願う気持ち
Eleven,
電話での囁き
Twelve,
二人きりの時のキス
Thirteen,
私の心をどきどきさせる仕草
Fourteen,
品の良い声
Fifteen,
決して離れないという言葉
Sixteen,
私たちの恋は完璧
16の理由のすべて
あなたを愛する16の理由

TVショー出演時の映像のようです。


コニー・スティーヴンスは1938年8月8日、ニューヨーク州のブルックリンで誕生しました。ミュージシャンだった父親の影響で幼き頃から音楽に親しみ、本格的な歌と演劇の勉強を受けていたようです。
高校時代には後にザ・レターメンのメンバーとなるトニー・ビュタラらとコーラス・グループ、フォー・モストを組んで活動。やがてCMディレクターの目に留まり、ロサンゼルスに居を移して女優への道を歩み始めました。1957年、映画『Young And Dangerous』で端役デビューしたのを皮切りに、翌58年にはジェリー・ルイス主演の映画「Rock-A-Bye Baby(邦題;底抜け楽じゃないデス)」、61年の『Parrish(二十歳の火遊び)』、『Susan Slade(スーザンの恋)』、63年の『Palm Springs Weekend(パーム・スプリングの週末)』など次々と重要な役で出演して注目を浴びます。この間にもテレビドラマ『Hawaiian Eye』(1959-1963)にレギュラー出演して好評を博し、人気を決定づけていました。

コニーは映画『Rock-A-Bye Baby』の中でも歌声を披露しています。曲名は「Why Can't He Care For Me?」


1958年から1964年にかけてアメリカで放送されたテレビドラマ、『77 Sunset Strip(サンセット77)』のクーキー役で名を馳せたエド・バーンズとのデュエットによる「Kookie Kookie (Lend Me Your Comb)」。1959年にリリースされて全米4位のヒットとなりました。この『77 Sunset Strip』にはコニーも何度かゲスト出演しています。蛇足ながらエド・バーンズは同じ年にジョニー・ソマーズとのデュエットで「Like I Love You」(全米42位)というシングル曲を残していました。


すっかり人気者になったコニー・スティーヴンス。女優業の傍ら歌手活動も並行して行われ、前回紹介したジョニー・ソマーズ同様シングルはポップス、アルバムはスタンダード中心といった構成が取られていました。また、キャロル・キング=ジェリー・ゴフィン作の「They're Jealous of Me」(1964)、P.F.スローン&スティーヴ・バリの作品である「A Girl Never Knows」(1964)、ブレッドのデヴィッド・ゲイツのペンによる「Lost in Wonderland」(1965)、ティム・ハーディンの「It'll Never Happen Again」(1966)、拙ブログではお馴染みのジミー・ウェッブによる「5:30 Plane」、グラハム・ナッシュの「Simple Girl(グラハム・ナッシュのヴァージョンのタイトルは "Simple Man")」(1972)などロックやシンガー・ソング・ライター系の楽曲も数多くレコーディングしています。

キュートな役柄が印象的だったコニー・スティーヴンスも年を重ねるごとにセクシーな役を演じるようになります。1970年の映画『The Strawberry Statement(いちご白書)』でヒロイン役を務めたキム・ダービーが主演した1971年の『The Grissom Gang(傷だらけの挽歌)』では場末の踊り子兼歌手を演じ、マリリン・モンローを演じた1974年の『The Sex Symbol』では円熟味を増した色香を漂わせていました。また、ビートルズのアルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を基にした1978年の音楽映画『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(ピーター・フランプトンやビージーズが出演)にカメオ出演し、1982年の『GREASE 2』での教師役などでも好演しています。

私はリアル・タイムでコニー・スティーヴンスに接していたわけではありません。彼女がレギュラー出演していた『Hawaiian Eye』を再放送で何度か観たぐらいの記憶しかないのです。ただ、その時に出演していた女優さんのことが少し気になっていました。ずっと後になってコニーの歌声を聴く機会があり、「ああ、ハワイアン・アイに出ていた女優さんか」といった具合に思い出した次第です。
アメリカ社会が経済的繁栄を謳歌し、日本もその流れを享受していた1950年代後半から60年代前半。この時代の音楽は色褪せることなく心の琴線に響きます。きっと人々が夢と希望に胸を膨らませていた良い時代だったのでしょうね。
メンバーがコニーとコーラス・グループを組んでいたよしみか、ザ・レターメンも「Sixteen Reasons」をレコーディングしています。1962年発表のアルバム『Once Upon A Time』に収録。


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