好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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The Monkees - Valleri

 ザ・モンキーズのデイビー・ジョーンズさんが2月29日に心臓発作のため逝去されました。享年66歳。今回はモンキーズが1968年4月22日にリリースした『The Birds, The Bees & The Monkees』の中から「Valleri」を取り上げます。この曲は先行シングルとして同年3月2日に発表されて全米3位を記録。モンキーズ最後のトップ10ヒットとなりました。

Birds Bees & the MonkeesBirds Bees & the Monkees
(1994/09/20)
Monkees

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1. Dream World
2. Auntie's Municipal Court
3. We Were Made For Each Other
4. Tapioca Tundra
5. Daydream Believer
6. Writing Wrongs
7. I'll Be Back Up On My Feet
8. The Poster
9. P.O. Box 9847
10. Magnolia Simms
11. Valleri
12. Zor And Zam
13. Alvin (Prev. Unissued)
14. I'm Gonna Try (Prev. Unissued)
15. P.O. Box 9847 (Prev. Unissued Alternative Mix)
16. The Girl I Left Behind Me (Prev. Unissued Early Version)
17. Lady's Baby (Prev. Unissued Alternate Version)

 ファースト・アルバムやセカンド・アルバムは殆どの楽器演奏をスタジオ・ミュージシャンに任せていたモンキーズですが、1967年5月に発表されたサード・アルバム『Headquarters』においてほぼ自らの力でレコーディングを行うまでに腕を上げていました。同年11月のアルバム『Pisces Aquarius Capricorn & Jones Ltd.』ではスタジオ・ミュージシャンの力を借りながらも完成度の高い仕上がりを窺わせ、メンバーのペンによるオリジナル曲も多数収められていたのです。
 そんな中、ミュージシャンとして各々が成長するにつれて彼らは音楽的、さらにはバンド運営でも意見が衝突するようになりました。次第に不和が生じて分裂状態。フィフス・アルバムとなる新作は個別に腕利きのミュージシャンを集めてレコーディングを行うといった方法を取ります。そうして出来上がった『The Birds, The Bees & The Monkees』。初期を思わすデイビー・ジョーンズの甘いラヴ・ソングからマイク・ネスミス作のサイケデリック色を帯びた実験的な楽曲までヴァラエティに富んでいましたが、散漫な印象は避けられませんでした。また、この年の3月で「モンキーズ・ショー」の放映も終了。貴重なプロモーションの機会を失ったのが災いしたのか、初めてヒット・チャートの首位の座に就くことなく3位に甘んじるという結果に終わったのです。



VALLERI
ヴァレリ、愛しているよ 俺のヴァレリ
俺が知っているあの娘
彼女はとても気分よくさせてくれるんだ
ああ、俺はあの娘なしではもう生きて行けないぜ
たとえ耐え忍んで生きようとも
俺はヴァレリの名を呼ぶ
愛しているぜ、俺のヴァレリ

彼女は俺の家の玄関辺りで遊んでいたあの小さな女の子
でも今じゃ以前とは見違えるほど
俺はヴァレリの名を呼ぶ
愛しているぜ、俺のヴァレリ

ヴァレリ、愛しているぜ
俺には君が必要なんだ

 トミー・ボイス&ボビー・ハート作の激情が込められたラヴ・ソングですが、「彼女は俺の家の玄関辺りで遊んでいたあの小さな女の/でも今じゃ以前とは見違えるほど」という歌詞からは幼なじみというシチュエーションが窺われるのと同時に、昨今はやりの「年の差」カップルをも想像させました。

 こちらはエンディングがフェードアウトしないヴァージョン。



 「Valleri」は公式に発表されるかなり以前に、『モンキーズ・ショー』の中で披露されていました。こちらはその映像です。マイク・ネスミスが懸命にスパニッシュ風のリード・ギターを弾いていますが、アルバムにはジェリー・マッギーとルイ・シェルトンの名が記されていました。



 アルバムの中からもう1曲、デイビー・ジョーンズとスティーヴ・ピッツの共作「Dream World」です。60年代のポップスを特徴づけるストリングスやホーンのアレンジが施されていました。本作では同じコンビによる「The Poster」という曲が収録されており、相棒の力を借りているとはいえデイビー自ら楽曲作りに取り組む意欲が示されていたと言えるでしょう。こちらもギターはジェリー・マッギーが担当しています。



 成功を夢見る4人組のロック・バンドの周囲で起こる出来事をコメディ・タッチで描いた「モンキーズ・ショー」。日本ではTBS系列で1967年10月から1969年1月にかけて放映されていました。デイビー・ジョーンズの吹き替えは高橋元太郎さんが担当。アイドル・グループのスリー・ファンキーズ出身で小柄な体格の高橋さんはデイビーのキャラクターによく似合っていました。もっとも私はスリー・ファンキーズをリアルタイムで経験した世代ではないので、その活躍ぶりを実際に目にしたことがありません。
 高橋さんはその後、『水戸黄門』シリーズのうっかり八兵衛役で人気を集めました。食いしん坊でひょうきんな「うっかり八兵衛」は高橋さんの当たり役と言えるでしょう。でも、私には高橋元太郎さんといえばデイビー・ジョーンズの姿が浮かぶのです。
 
 幼き日の私に洋楽の魅力を教えてくれたモンキーズ。デイビー・ジョーンズさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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Michael Nesmith - Rainmaker

今回も引き続き雨にまつわる曲を取り上げます。お題は「Rainmaker」。この曲はハリー・ニルソンとウィリアム・マーティンの共作で、1969年に出されたニルソンのアルバム『HARRY』を扱った際に紹介したしたことがありますが、今回はザ・モンキーズのマイケル・ネスミスのカヴァー・ヴァージョンについて少しばかり言及したいと思います。

Nevada Fighter / Tantamount to TreasonNevada Fighter / Tantamount to Treason
(2001/04/24)
Michael NesmithMichael Nesmith

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1. Grand Ennui
2. Propinquity (I've Just Begun to Care)
3. Here I Am
4. Only Bound
5. Nevada Fighter
6. Texas Morning
7. Tumbling Tumbleweeds
8. I Looked Away
9. Rainmaker
10. Rene
11. Mama Rocker
12. Lazy Lady
13. You Are My One
14. In the Afternoon
15. Highway 99 With Melange
16. Wax Minute
17. Bonaparte's Retreat
18. Talking to the Wall
19. She Thinks I Still Care
20. Canata & Fugue in C & W [*]
21. Smoke, Smoke, Smoke [*]
22. Rose City Chimes [*]

上記は『Nevada Fighter / Tantamount to Treason』の2in1。下記は『Nevada Fighter』のオリジナル仕様です。

Nevada FighterNevada Fighter
(2004/06/15)
Michael Nesmith

商品詳細を見る


マイケル・ネスミスがモンキーズを脱退したのは1969年のことです。67年にリンダ・ロンシュタットが在籍するストーン・ポニーズに提供した「Different Drum」が全米13位のヒットととなり、ソング・ライターとしての評価を高めていた彼は自己の音楽性を存分に表現しようと4人組のザ・ファースト・ナショナル・バンドを結成。70年4月にシングル「Little Red Rider」、6月にはアルバム『Magnetic South』を発表しました。
この『Magnetic South』からシングル・カットされた「Joanne」が全米21位を記録。その余勢を駆って同年11月に出されたシングル「Silver Moon」は42位まで上昇し、この曲が入ったアルバム『Loose Salute』もほぼ同時に発表されています。そして、間髪を入れず翌71年5月には『Nevada Fighter』をリリース。今回紹介する「Rainmaker」はこのアルバムに収録されていました。



RAINMAKER
今日は8月の最初の日
最後に雨が降ったのは5月のこと
埃ぽくなった真っ昼間に
雨乞い師がカンザスの町にやって来た

雨乞い師は人々に尋ねた
「おまえさんたちはいくら用意しているんだ」
雨乞い師は人々に言った
「さて、呪文で本日雨を降らせようかね」

木陰の下でも32度
陽のあたる場所では40度を超え
通りを行き交う女たちも足の裏を火傷しないように
駆け出す有様だ

雨乞い師は神秘的な呪文を唱えて稲妻を走らせ
それからその雨乞い師が雷を呼ぶと
突然雨が降り出した

雨乞い師は代金をもらおうと人々へ自分の帽子を回した
しかし、誰も皆知らんふり
すると雨乞い師の瞳とカンザスの空は
暗い灰色に包まれてしまった

今日は8月の最初の日
最後に雨が降ったのは5月のこと
埃ぽくなった真っ昼間に
雨乞い師がカンザスの町にやって来た

雨乞い師はにやりと微笑み
荷馬車を引き寄せて
何も言わずに走り去った
それから町の人々は彼の笑い声を聞いた
天が降り止むことがないと誰もが気づいたのだ

雨よ 止んでおくれ
いつか別の日に降ってくれればよい
雨よ 止んでおくれ
今日はもう十分だ
雨よ 雨よ 雨よ

ハリー・ニルソンのヴァージョンです。


この「Rainmaker」という言葉、かつてはネイティヴ・アメリカンの雨乞い師を指した言葉ですが、環境破壊といった問題を含むものの科学の発達とともに人工的な降雨が可能となり、その専門家も"Rainmaker"と呼ばれるようになりました。小学館のプログレッシブ英和辞典によると政界に有力なコネを持つ実力者という意味もあるようです。

前述したようにこの曲のオリジナルはハリー・ニルソン。彼の真骨頂でもある寓話的なセンスが盛り込まれた楽曲でした。以前に何度かテレビ番組で取り上げられたことがあるのでご存知の方も多いと思いますが、20世紀前半のアメリカ、カンザス州出身のチャールズ・ハットフィールド(1876-1958)という気象学者が人工降雨に成功した人物として知られています。彼は”Rainmaker”と称されました。
ハットフィールドは子供の時に読んだ書物の中に土埃が雨に関係するという記述をもとに研究を重ね、独自の降雨方法を確立したとされます。そして、あくまでも成功報酬という約束で人工降雨を商売にして活動を始めました。各地で次々と人工的に雨を降らせることに成功して評判を呼びましたが、1916年に干ばつに見舞われたサンディエゴで人工降雨を行った時に、雨が一ヵ月以上も降り続いてダムが決壊し、大洪水を引き起こしてしまいました。当然ながらハットフィールドは張本人として裁判に掛けられたものの、「降雨技術は非科学的なもので、大洪水は偶発的な自然災害」といった趣旨の判決が出て罪に問われることはなかったとのこと。しかし、自身の技術を否定されたことや良心の呵責に苛まれたのか、その後ハットフィールドは降雨技術を封印します。
ハットフィールドが人工降雨を行った期間は26年に及び、失敗は僅か2回。驚異的な確率で成功を収めていましたが、他人に技術を伝えることもなく、資料も一切残さなかったために彼の降雨技術は未だに解明されていません。現在はドライアイスや環境を汚染する恐れのあるヨウ化銀を雲に散布して氷の粒を作るといった方法がよく用いられておりますが、雲のないところに雨雲を作ることは現代の科学技術を持ってしても不可能な状況です。

おそらくハリー・ニルソンたちはハットフィールドの逸話をもとに「Rainmaker」という曲を創作したのでしょう。代金を踏み倒した町の人々に罰が当たるというニルソン一流の風刺と皮肉が込められていました。

このままでは人工降雨や気象学者のことを書いた記事で終わってしまいそうなので、前述したマイケル・ネスミスの楽曲についても触れておきます。まず、全米21位のヒットとなった「Joanne」。モンキーズ時代からカントリー・テイストに溢れた歌を発表していましたが、独立後にその才能が見事に開花したといったところでしょう。


日本でもヒットしたという「Silver Moon」。


ストーン・ポニーズに提供した「Different Drum」のネスミス自身のヴァージョンです。ファースト・ナショナル・バンドを解散した後、ソロ名義で1972年にリリースされた『And the Hits Just Keep on Comin'』に収録されていました。


ストーン・ポニーズのヴァージョン。リンダ・ロンシュタットの歌声を聴いていると、まさしく彼女のために書かれた曲と思えて仕方がありません。


マイク・ネスミスは音楽のみならず映像制作の分野、さらには小説『The Long Sandy Hair Of Neftoon Zamora』(1998)の執筆も行うなどその活動の幅は多岐に渡ります。まさに多芸多才。これからも目を離せません。

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