好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Olivia Newton - John / Don't Cry For Me Argentina

 今回も引き続き、オリビア・ニュートン・ジョンのアルバム『Making A Good Thing Better』を取り上げます。

きらめく光のように+2きらめく光のように+2
(2011/03/02)
オリビア・ニュートン・ジョン

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1. Making A Good Thing Better
2. Slow Dancing
3. Ring Of Fire
4. Coolin' Down
5. Don't Cry For Me Argentina
6. Sad Songs
7. You Won't See Me Cry
8. So Easy To Begin
9. I Think I'll Say Goodbye
10. Don't Ask A Friend
11. If Love Is Real
[Bonus Track]
12. Never The Less/As Times Go By(Live In Japan 1976)
13. Rest Your Love On Me

 オリビアがオーケストラをバックに堂々と歌い上げる「Don't Cry For Me Argentina」。彼女の歌唱力がいかんなく発揮され、誠実に歌う様子は胸を打つものがあります。


 カーペンターズの『PASSAGE』の記事でも述べましたが、「Don't Cry for Me Argentina」はアルゼンチンの大統領夫人エヴァ・ペロンを題材として描いたミュージカル、『Evita』の中で歌われた1曲です。『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1971年初演)を手掛けたティム・ライス(作詞)、アンドリュー・ロイド・ウェバー(作曲)によって、最初はアルバムとしてリリースされましたが、ジュリー・コーヴィトンの歌う「Don't Cry for Me Argentina」が全米チャート1位を記録するヒットとなったため1978年にロンドンで舞台化。翌1979年にはブロードウェイでも公演が始まっています。映画化されたのは1996年で、マドンナが主役のエヴィータ(エヴァ・ぺロン)を演じました。
 
 アルゼンチンは第二次世界大戦後の荒廃と飢餓に苦しむ日本に支援の手を差し伸べてくれた国のひとつです。大統領夫人であるエバ・ペロンは財団を通じて食料や衣服などを提供してくれました。このことは貧しい境遇で育ったエバ・ペロン自身が、一時期日本人移住者の経営するカフェで働いていた時に「セニョリータ」として礼儀正しく親切に扱ってもらった経験も背景にあるのかもしれませんが、日本とアルゼンチンの友好の歴史は長く、両国の間に強い絆が結ばれていたことの証しでしょう。日露戦争(1904-1905)開戦前年、アルゼンチンは日本からの2艦の最新鋭装甲巡洋艦の売却のオファーを快諾。この結果、日本は海軍力の増強を実現させ、ロシアとの海戦の戦局を有利に展開させたのです。また、第2次世界大戦ではアメリカからの参戦を促す圧力に抵抗し、終戦間近の1945年3月26日まで日本への宣戦布告を行いませんでした。終戦後のサンフランシスコ講和条約(1951)においては「敗戦国に厳しい条約」との趣旨の同情を示して反対の意を表しながらも、その年の12月に日本の国際社会への復帰を支持する立場を鑑み議会で批准しています。
 1898年に修好通商条約が締結されて以来、日本との友好関係が続くアルゼンチン。しかし、近年は両国の貿易は輸出入ともに停滞気味であるとのこと。我がまま放題な隣国と地政学的に日本は今後も交流していかなければならないようですが、南半球南部に位置する親日国アルゼンチンとの縁が絶えぬことを望む次第です。

DON'T CRY FOR ME A ARGENTINA
自分の気持ちを説明しようとすることを容易くないのです
あなたは不思議だと思うことでしょうけれど
あんほどいろいろなことをやってきても
まだ皆さんの愛を必要としているのです
信じてくださらないでしょうけれど
目の前にいるのはかつて皆さんが知っていたあの少女です
今では着飾って立派な身なりをしているけれど
頭の中は皆さんと同じく不安で混乱しているのです

私はこうせざるを得なかったのです
変わらなければならなかったのです。
窓の外を眺め
日の当たらな場所にいるような
みすぼらしい姿で一生を過ごすわけにはいかなかったのです
だから私は自由を選び、あちこち走り回って新しいことを何でも試してみたのです
だけど感銘を与えられたことは何ひとつありませんでした
思いもよらぬことでした

アルゼンチンの人々よ、私のために泣かないでください
本当に私は決して皆さんを置き去りにしなかった
荒れ果てた日々や狂喜じみた暮らしの中でも
私は約束を守り通しました
だから離れて行かないでください

富や名声など
自分から招き入れたものではありません
世間では私が望んだことのように見ていたでしょうけれど
富や名声は幻影であり、答えがいつもここにあると
約束された解決策ではないのです
私は皆さんを愛している
皆さんも私を愛してくれますように

アルゼンチンの人々よ 私のために泣かないで下さい
アルゼンチンの人々よ 私のために泣かないで下さい

多くを語り過ぎたでしょうか
もう皆さんにお話し出来ることは何もありません
でも私をよくご覧になれば
私の言葉がすべて真実であることがきっと分かるでしょう

 こちらは1980年にアメリカの音楽番組「Midnight Special」に出演した際のライブ映像。清楚な歌声ですが、心を捕らえて離さない十分な迫力があります。


 こちらも1980年のライヴ映像。場所はオリビアの第2の故郷であるオーストラリアのようです。


 アルバムのエンディングを飾る美しいバラードはランディ・エデルマン作の「If Love Is Real』。愛が本物ならば恋人との別離はなかったという切ない気持ちが伝わってきました。
 ランディ・エデルマンはシンガー・ソング・ライターというよりも今では映画音家として有名であり、手掛けた映画のサウンドトラックはジョン・F・ケネディ暗殺事件を扱った『Executive Action/ダラスの熱い日』(1973年公開)、アーノルド・シュワルツェネッガー主演『Twins』(1988)、サンドラ・ブロック主演『While You Were Sleeping』(1995)、アン・フレッチャー監督作品『27 Dresses』(2006)など枚挙に暇がありません。蛇足ながら夫人はシンガー・ソング・ライターのジャッキー・デシャノンです。


 ランディ・エデルマンのオリジナル・ヴァージョンは1977年発表のアルバム『If Love Is Real』に収録。


 ボーナス・トラックとして収録されたアンディ・ギブ(ビージーズ)とのデュエット曲、「Rest Your Love On Me」。1979年1月に開催された国際児童年のチャリティ・コンサートで披露された曲で、1980年リリースのアンディ・ギブのソロ・アルバム『After Dark』に収められていました。


 共演ライヴ映像も残っているようです。


 アルバム発売の翌78年、オリビアは映画『Grease』でジョン・トラボルタと共演。その後も『Xanadu』(1980)、トラボルタと再び顔合わせをした『Two of a Kind』(1983)などに主演し、女優としての才能も開花させました。女優としての活動はアーティストとしての幅を広げることに功を奏し、清純派から大人の女性への転機となったことでしょう。本業のほうでもディスコ・サウンドを取り入れた「Physical」が81年に全米1位の大ヒット。栄光の時期が続きます。
 今回紹介したアルバム『Making A Good Things Better』は従来のカントリー・ポップ路線、ウエスト・コースト・サウンド、歌唱力を活かした繊細でエレガントなポップスが巧みに癒合されていました。セールス的には全米34位と芳しい成績を収めることが出来ませんでしたが、挑発的な路線に転向する前のオリビアのフェミニンな優しさが溢れ出た好印象の1枚と言えるでしょう。
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Olivia Newton - John / MAKING A GOOD THING BETTER

 今回もウエスト・コーストの風が薫るような音楽を取り上げます。といってもアメリカ人ではなく、ご登場いただくのはイギリスの方。オリビア・ニュートン・ジョンが1977年にリリースしたアルバム、『Making A Good Things Better』をお題とすることにしました。

きらめく光のように+2きらめく光のように+2
(2011/03/02)
オリビア・ニュートン・ジョン

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1. Making A Good Thing Better
2. Slow Dancing
3. Ring Of Fire
4. Coolin' Down
5. Don't Cry For Me Argentina
6. Sad Songs
7. You Won't See Me Cry
8. So Easy To Begin
9. I Think I'll Say Goodbye
10. Don't Ask A Friend
11. If Love Is Real
[Bonus Track]
12. Never The Less/As Times Go By(Live In Japan 1976)
13. Rest Your Love On Me

 イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」が、ウエスト・コースト・サウンドやアメリカン・ロックひいてはカウンター・カルチャーの終焉を示したとされたのは1976年暮れ。翌77年にはディスコ・サウンドのブーム、ヘヴィ・メタルやアメリカン・ハードの台頭とともに音楽産業のトレンドが変化する兆しが現れていました。アーティストを含めた作り手側の多くは試行錯誤を重ね、どのように時代を生き抜くかを手探りで確かめていた時期とも言えるでしょう。さらに1979年から1980年代初頭に掛けてはパンク・ロックやエレクトロ・ポップの荒波も待ち受けていたのです。
 トップスターの座を獲得してヒット・チャートの常連となったオリビア・ニュートン・ジョンも例外でなく、来る80年代に向かって大人のシンガーとして転身する道を模索していました。そのような状況の下で1977年に発表された『Making A Good Things Better』。直後にTOTOを結成するジェフ・ポーカロ(ds)、ジョー・ポーカロ(per)、セクションでの活動を始め数々のアーティストのバック・バンドで活躍するリーランド・スカラー(b)、後にデヴィッド・フォスターとエアプレイを結成し、マンハッタン・トランスファーの『Extensions』(1979)やディオンヌ・ワーウィックの『Friends In Love』(1982)などのプロデューサーとしても名を上げるジェイ・グレイドン(g)、そしてセッション・ミュージシャンとして経験豊富でグレイドンとともにシーナ・イーストンの『Best Kept Secret』(1983)をプロデュースするグレッグ・マティソン(key)などの腕利きが集結し、AORに繋がるような繊細で都会的なサウンドが醸し出されています。

 ソウルフルなコーラスをバックに熱唱する表題曲「Making A Good Things Better」。このフレーズは尾崎亜美さん作で杏里さんのデビュー曲となった「オリビアを聴きながら」でご存知の方も多いのではないでしょうか。キュートな歌声にスレンダーな肢体が魅力的な杏里さん。オリビアのファンであることはもとよりイーグルスやジョニ・ミッチェルもお気に入りだったとか。おっと記事が違った方向へ向かいそうなのでこのあたりで止めときます。


 拙ブログではお馴染みのジャック・テンプチン作の「Slow Dancing」。ファンキー・キングス時代の彼のナンバーで、唯一のアルバム『FUNKY KINGS』(1976)に収録されています。


SLOW DANCING
夜も更けて私たち二人きり
ラジオから音楽が流れている
訪れる人もなく、電話をかけてくる人もいない
私と彼だけ、そして薄暗い灯

(そして私たちは)音楽に合わせてゆっくりと踊る
ゆっくり踊る、私と彼だけで
ゆっくり踊る、音楽に合わせて
この広い世界に誰もいない
この広い世界には

薄暗い灯の中で漂う二人
壁の上で踊る影
音楽が優しくゆったりと流れ
周りの世界はこんなに遠くて小さい

ゆっくり踊りましょう

支えて どうか支えて
絶対に放さないで

暗闇の中で一緒に踊りながら
私の心に愛が満ちる
彼が耳元で囁き、そして私が彼をぎゅっと抱きしめる
彼こそ私が追い求めていた理想の人

ゆっくりと踊りましょう

 こちらはジャック・テンプチン率いるファンキー・キングスのヴァージョン。何事にも捕われることなく、ふたりだけのまったりとした時間が過ぎて行くような雰囲気が漂っています。


 オリビアお得意のカントリー・ナンバー、「Ring Of Fire」。ジューン・カーターと Marle Kingore の作品で、ジョニー・キャッシュが1963年に歌って全米17位のヒットとなりました。トニー・モーガンの吹くハーモニカが印象的。


 マリアッチ風のトランペットが勇ましく響くジョニー・キャッシュのヴァージョン。


 もう1曲カントリー・チューンをお聴きください。ジム・ラシングとマーシャル・チャップマン作の「I Think I'll Say Goodbye」。やはりオリビアにはカントリーが似合います。


 AORに通じるような都会的で洗練されたサウンドが醸し出されていると前述しましたが、今回紹介した「Ring of Fire」、「I Think I'll Say Goodbye」、そしてジャック・テンプチンのファンキー・キングス時代の同僚であるジュールズ・シアー作の「So Easy To Begin」など従来のオリビアの持ち味を活かしたカントリー調の楽曲も幾つか収められております。カントリー・ロックは衰退の時期を迎えておりましたが、奇をてらうことなく自然なイメージ・チェンジを図ろうとしたプロデューサーであるジョン・ファーラーの配慮によるものでしょう。また、アルゼンチンの大統領夫人エヴァ・ペロンを題材として描いたミュージカル、『Evita』の中で歌われた「Don't Cry for Me Argentina」やランディ・エデルマン作のバラード曲、「Jf Love Is Real」などオリビアの歌手としての実力が存分に発揮された楽曲も収録されていました。そのあたりは次回の記事で扱うとして、今回はこのあたりでお開きとさせていただきます。
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