好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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THE CYRKLE - NEON

申し訳ございませんが、今回の記事もザ・サークルを取り上げさせていただきます。
本日ご紹介するのは1967年1月23日にリリースされたセカンド・アルバム『NEON』。前作に引き続きジョン・サイモンがプロデュースをしていました。 

ネオン(紙ジャケット仕様)ネオン(紙ジャケット仕様)
(2006/04/19)
ザ・サークル

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1. Don't Cry, No Fears, No Tears Comin' Your Way
2. The Visit (She Was Here)
3. Weight Of Your Words
4. I Wish I Could Be Here
5. It Doesn't Matter Anymore
6. Two Rooms
7. Our Love Affair's In Question
8. I'm Happy Just To Dance With You
9. Problem Child
10. Please Don't Ever Leave Me
11. I'm Not Sure What I Wanna Do

Bonus Tracks
12. Don't Cry, No Fears, No Tears Comin' Your Way (alt. version)
13. You Can't Go Home Again
14. Terry's Theme
15. We Said Goodbye (And Went Our Separate Ways Or So We Thought)
16. Turn Of The Century
17. Friends
18. Where Are You Going
19. Red Chair Fade Away
20. Please Don't Ever Leave Me
21. Money To Burn
22. I Wish You Could Be Here
23. The Visit (She Was Here)
24. We Had A Good Thing Goin'
25. Two Rooms
26. Penny Arcade
27. Words
28. Reading Her Paper
29. Camaro

デヴュー曲「Red Ruber Ball」が全米第2位のヒットを記録し、ビートルズのアメリカ公演のオープニング・アクトに抜擢されるなど順調な活動を開始したサークル。その余勢を駆って1967年1月には早くも2枚目のアルバム『NEON』をリリースするもののセールス的には芳しい結果を残せませんでした。そのうえ8月には彼らの所属するNEMSエンタープライズの代表であるブライアン・エプスタインが急死して、大きな後ろ盾を失います。彼らにとってこのことはビートルズが受けた衝撃以上に深刻な事態を及ぼし、バンドの存続を左右するような大事になって行きました。
エプスタインの死を乗り越えようと、セカンド・アルバム『NEON』の発表後もサークルは多くの楽曲を制作し、その中からシングルを何枚かリリースするもののヒットには至りません。次第にメンバーの間でバンド活動に関する考え方の違いが露になり、翌68年1月にはトム・ドウズとマイケル・ルーズキャンプがバンドを去ります。サークルとしての活動期間はたったの2年間。まるで一夜限りのような華やかな「NEON」の灯りは消え、こうしてサークルは解散に追い込まれたのでした。

それではアルバムの中から何曲か紹介して行きます。
オープニング・ナンバーはシタールの音色が印象的な「Don't Cry, No Fears, No Tears Comin' Your Way」。ビートルズやローリング・ストーンズを例に出すまでもなく、1960年代後半のロック・ミュージックではシタールが効果的に使われています。


ポール・サイモンとブルース・ウッドリー(シーカーズ)の共作「 I Wish I Could Be Here」。フィンガー・ピッキングがポール・サイモンを思わせます。


I WISH YOU COULD BE HERE
真新しい降ったばかりの雪を
窓から眺めていると
通りでその煌めきが目に入る
暖炉でぱちぱちと弾ける音が
耳にほころぶよう
部屋は暖かく眠りを誘う
君がここにいてくれたならば

街は日曜日
することはあまりない
何枚かのレコードを聴いていたけれど
思いは君のほうに向いている
新聞を読もうとしても
言葉がはっきりとつかめない
何かが欠けていると分かっているから
君がここにいてくれたならば
君がここにいてくれたならば

君の足音がしないかと
ドアの鍵をまわす音がしないかと耳をそばだてる
俺は君と付き合いたい
君は前にも俺の告白を聞いているよね
今年は長い冬になるだろう
虚しい日々をどうして過ごせばいいんだ
君がここにいてくれたならば
君がここにいてくれたならば
君がここにいてくれたならば


バート・バカラック作品のカヴァー、「It Doesn't Mater Anymore」。 サークルにとって打ってつけのようなナンバーに思えます。ジョン・サイモンの弾くピアノも効果的でした。


満を持して登場したかのようなビートルズのカヴァー「I'm happy just To Dance With You」。ビートルズのヴァージョンは間奏にスカのリズムを導入していましたが、こちらはシタールをフューチャーして少々サイケデリックな雰囲気を演出しています。


ビートルズのオリジナル・ヴァージョンです。


拙ブログではお馴染みのチップ・テイラーが書いた「I'm Not Sure What I Wanna Do」。オリジナルはチップとアル・ゴーゴニ組んだデュオ、ジャスト・アスの『I Can't Grow Peaches On A Cherry Tree』(1966年発表)に収録。フォーキーでカントリー風のアレンジが心地よい曲です。ちょっと楽しいイメージ・ヴィデオでお楽しみ下さい。


ビー・ジーズのカヴァー「Turn Of The Century」(1967年発表の『Bee Gees' 1st』に収録)。プロデューサーはジョン・サイモンからチャーリー・カレロに交替していました。サークルにはよく似合った選曲ですが、たんなるヴォーカル・グループのような平凡な仕上がり具合に思えます。


ちなみに、こちらがビー・ジーズのオリジナル・ヴァージョン。


ニール・セダカから提供されたという、「We Had A Good Thing Goin'」。アルバム『NEON』のアウト・テイクのようですが、少々ビートルズを連想させる曲調やアレンジが興味深く、テープ・スピードを上げたエンディングのコーラスが楽しい曲です。


ラヴィン・スプーンフルの「Summer In The City」を思わす展開の軽快な曲、「Penny Arcade」。オルガンのイントロが心地よく響きます。プロデュースはチャーリー・カレロ。シングルとして発表され、全米第59位まで上昇しました。


ザ・バーズを意識したかのようなフォーク・ロック・サウンドに仕上げられた「The Words」。先ほどの「Penny Arcade」のB面としてリリースされました。


シボレーの「カマロ」のCM曲、「Camaro」。ブラス・セクションを使ったちょっと哀愁が漂う曲です。楽しく軽快な曲調のシークレット・トラックが最後に付いていました。


ポップ・シーンでの生き残りをかけたのか、サークルはCM曲のみならずB級お色気映画『The Minx』の音楽を手掛けています。楽曲自体はトム・ダウズらが在籍していた1967年の後半にレコーディングされたものが中心ですが、サントラ・アルバムとして1970年にサークル名義で発表されました。



映画の一場面と思われる映像がありました。女性の産業スパイ集団「The Minxs」が主人公の映画ですが、サークルもクラブで演奏する本人たちの役で出演しています。貼付けが出来ないので下記のアドレスをクリックしてください。

http://www.youtube.com/watch?v=SE0WyI5bO8U

The MinxThe Minx
(2003/03/25)
The Cyrkle

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THE CYRKLE - RED RUBBER BALL

話題に便乗するかの如く9回に渡ってビートルズの記事を続けさせてもらいました。その効果によるものなのか、このつたないブログへのアクセス数が少しばかり増加。
今回はビートルズと少なからず関係のあるアーティストを取り上げます。ご登場を願うのがThe Cyrkleの皆さん。ビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインのマネージメントを受けたアメリカのアーティストでした。

レッド・ラバー・ボール(紙ジャケット仕様)レッド・ラバー・ボール(紙ジャケット仕様)
(2005/05/18)
ザ・サークル

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1. Red Rubber Ball
2. Why Can't You Give Me What I Want
3. Baby, You're Free
4. Big, Little Woman
5. Cloudy
6. Cry
7. Turn-Down Day
8. There's A Fire In The Fireplace
9. Bony Moronie
10. How Can I Leave Her
11. Money To Burn

本日ご紹介するのはザ・サークルが1966年6月30日に発表したデヴュー・アルバムです。メンバーはドナルド(ダン)・ダンネマン(vo, g)、トーマス(トム)・ウェブスター・ドウズ(vo, g, b)、マーティン(マーティー)・レスリー・フライド(ds, per )の3人。1963年頃、ニューヨーク出身のダンとトムがニュー・ジャージー州出身のマーティーにペンシルヴェニア州にあるラファイエット大学で出会い、ロンデルズ(Rhondells)というバンドを結成してクラブやライヴ・ハウスを中心に活動を始めます。当初はアコースティック主体のバンドだったようですが、1964年にビートルズがアメリカに進出して大旋風を巻き起こしたことに影響を受けて、次第にビート・グループへと変貌を遂げて行きました。
1965年頃、ビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインの経営するNEMSエンタープライズ(ビートルズのマネージメント実務を行う会社)のアメリカ支社で働いていたナット・ワイスが、ニューヨークのクラブで演奏するロンデルズの姿を目にします。ワイスはロンデルズをいたく気に入ってエプスタインに報告し、有力新人としてスカウトしてはどうかと提案。エプスタインも興味を示し彼らのマネージメントをすること承諾しました。
NEMSとの正式な契約を交わした頃、トムがサイモン&ガーファンクルのツアー・メンバーとして採用されて彼らと親交を深め、未発表曲「Red Rubber Ball」をプレゼントされます。この曲はポール・サイモンとブルース・ウッドリー(シーカーズ)との共作で、S&Gとしてコンサートで歌うことがあるもののスタジオ録音の予定がなかった曲です。
ポール・サイモンから「Red Rubber Ball」が提供されたことの効果があったのか、ロンデルズはS&Gの所属するCBSとの契約が成立。バンド名をザ・サークルと改めました。この名称は一説にはジョン・レノンが名付け親とされておりますが、デヴュー・アルバムのジャケットに掲載されたサークル自身によるライナーノーツの冒頭にはブライアン・エプスタインから「サークルと名乗るよう」にと指示されたことが記されていました。
1966年4月4日にリリースされたザ・サークルのデヴュー曲「Red Rubber Ball」は全米第2位の大ヒットを記録します。(ちなみにこの時の1位はビートルズの「Paperback Writer」)。間髪入れずにジョン・サイモンのプロデュースによるファースト・アルバムが6月にリリース。8月にはビートルズ最後のアメリカ・ツアーに帯同しました。ヒット曲を放ったとはいえ、ファンのお目当てはビートルズであり、少々苦々しい扱いを受けたかもしれません。ともあれ、ビートルズという「歴史と文化」を身近で感じ取ることが出来ただけでも彼らにとっては貴重な体験だったと思われます。
なお、ビートルズのオープニング・アクトを務めるにあたりギタリストのアール・ピッケンスを補強しましたが、ほどなく脱退。替わってオハイオ州出身のマイケル・ルーズキャンプ(キー・ボード)が加わり、以後サークルは4人組で活動しました。



RED RUBBER BALL
君にさよならを告げられるなんて
俺は思いもしなかった
君から学んだこのことは教訓
その教えがとても身に沁みたよ
今では分かっているよ
海を彩るスター・フィッシュが君だけじゃないってことを
君の名前を二度と耳にすることがなくても
俺の考えは変わらない

俺はもう大丈夫
最悪のときは過ぎたのさ
夜明けの太陽は赤い風船のように輝いている

俺が秘密を打ち明けても
君は本気で耳を傾けくれたことがなかった
俺はたんなるお飾り
君のプライドを保つための存在
いつも動き回り 決して人を思いやることがない
それが君の生き方
君が俺にくれたのは僅かの時間だけ

それも過ぎ去った話
思い出せることは何もない
俺は自分なりの生き方を見つけたので
君をもう必要としない
ジェットコースターのように激しく揺れた二人の関係は
そろそろ潮時だ
俺は涙とともに切符を買った
二人のために俺が費やすのはそれがすべて


軽快で弾みような明るい調子とは裏腹に、振り回された女に対しての決別と皮肉が歌詞に込められています。このようにさらりと流したほうが却って未練がましくならなくて良いのかもしれません。

サイモン&ガーファンクルのライヴ・ヴァージョンが『Old Friends』(1997年リリース)に収録されています。言うまでもありませんが、こちらのほうがフォーク・ロック路線に仕上げられていました。


2枚目のシングルとしてリリースされた「Turn Down Day」。全米16位まで上昇しました。少々サイケデリックな展開がこの時代を感じさせます。元々はジャズの楽曲らしいのですが、よく分かりません。
細野晴臣氏と高橋幸宏氏のユニットであるSKETCH SHOWも2002年に発表したアルバム『AUDIO SPONGE』で取り上げていたそうです。



少々音が悪いライヴ映像なので、下記のURLをクリックしてスタジオ録音のほうも聴いていただければ幸いです。

http://www.youtube.com/watch?v=PEhCr0yoKxc

ポール・サイモンから提供されたS&Gのカヴァー「Cloudy」です。


こちらはS&Gのオリジナル・ヴァージョン。1966年発表の『Parsley, Sage, Rosemary and Thyme 』に収録されていました。


ドンとトムが書いたオリジナル・ナンバー、「How Can I Leave Her」。シングル「Red Rubber Ball」のB面に収録されていました。


テレビの歌番組に出演した際の映像のようです。ポール・アンカから紹介を受けていました。


Red Rubber Ball (A Collection)Red Rubber Ball (A Collection)
(2008/04/01)
The Cyrkle

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オールド・フレンズオールド・フレンズ
(2004/02/25)
サイモン&ガーファンクル

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