好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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POCO - LEGACY

今回は拙ブログとリンクしていただいているPurple_Hazeさんのブログ『Blues Power』でPOCOの1st『PICKIN' UP THE PIECES』が記事にされているのに触発されて、1989年に彼らがオリジナル・メンバーで集結したアルバム『LEGACY』を取り上げることにしました。

LegacyLegacy
(2001/09/03)
Poco

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1. When It All Began
2. Call It Love
3. Nature of Love
4. What Do People Know
5. Nothin' to Hide
6. Look Within
7. Rough Edges
8. Who Else
9. Lovin' You Every Minute
10. If It Wasn't for You
11. Follow Your Dreams

ポコは1968年に元バッファロー・スプリングフィールドのリッチー・フューレイ(ギター)とジム・メッシーナ(ギター)の二人が中心になって結成されました。彼らはバッファロー3rdアルバム『Last Time Around』(1968年発表)のレコーディングに参加したスティール・ギタリストのラスティ・ヤングを誘い、さらにラスティとバンドを組んでいたことのあるジョージ・グランサム(ドラムス)を加え、そこにコロラド出身のバンド、プアーのメンバーだったランディ・メイズナー(ベース)が参加してオリジナル・ポコの誕生となります。
ところがファースト・アルバム『PICKIN' UP THE PIECES』のレコーディング途中にランディ・メイズナーが脱退。アルバムは残りの4人で完成に漕ぎ着け、1969年に発表されました。
ランディ・メイズナーはその後、リック・ネルソンのバック・バンドを経てイーグルスに参加。1977年のイーグルス脱退から現在に至るまでマイペースで音楽活動を続けています。
バッファロー時代は途中参加の弱みもあり、ニール・ヤングとスティーヴン・スティルスといった先輩の陰に隠れるようにベースを弾かされていたジム・メッシーナですが、ポコでは本業であるギターを思う存分プレイすることができました。しかし、彼もまた1971年発表のサード・アルバム『Deliverin'』を最後にバンドを離れます。その後はケニー・ロギンズとロギンズ&メッシーナを結成し成功を収めました。
リーダー格としてポコを引っ張っていたリッチー・フューレイも1973年、アルバム『Crazy Eyes』発表後に突如脱退を表明。J.D.サウザーや元バーズのクリス・ヒルマンらとサウザー、フューレイ&ヒルマン・バンドを結成します。このバンドは2枚のアルバムを残して解散。リッチー・フューレイはソロ活動を始めると同時に、宗教へ帰依して牧師となりました。
ジョージ・グランサムは1977年の『Indian Summer』を最後にバンドを脱退。その後は自分のバンドの結成やポコへの再加入を繰り返しましたが、2004年に病で倒れ、現在は参加していないようです。
こうして最後まで残ったオリジナル・メンバーはラスティ・ヤングただ一人のみでした。
このようにメンバーの入れ替わりが激しかったバンドですが、ティモシー・シュミット(ベース)、ポール・コットン(ギター)など才気ある腕達者なミュージシャンが在籍し、カントリー・ロックを基盤とした快適なサウンド、清涼感溢れるコーラスを継承し続けます。また、ランディ・メイズナーが脱退したイーグルスにティム・シュミットが加入するという因縁めいた出来事も起こりました。

どうしてポコが1989年にオリジナル・メンバーの再結集したアルバムを作ったのかよく分かりません。低迷していた時期の話題作りだったのでしょうか。
結果的にオリジナル・メンバーによるアルバムは1枚限りに終わりました。話題を呼んだもののセールス面ではヒット曲「Heart of the Night」を含んだ『Legend』(1978年発表)を凌ぐことなく、芳しい成績を上げることが出来なかったのです。ポコは1990年に来日していますが、その時のメンバーにリッチー・フューレイの顔はありませんでした。牧師としての職務を優先させたのが理由とされています。また、1991年の来日ではまたもやジョージ・グランサムが抜けていました。
この来日公演の後、ジム・メッシーナはソロ活動に戻り、ランディ・メイズナーも自身のバンド、ブラック・タイに復帰しました。またも一人残されたラスティ・ヤングはポール・コットンを呼び戻し、ポコとしての活動を継続。幾度か休止状態に陥ったこともあるようですが積極的にライヴを行い、2002年には久々のアルバム『Running Horse』をリリースしました。その後も2004年に『The Last Roundup』、『Keeping The Legend Alive』、2005年に『Bareback At Big City』、2006年に『The Wildwood Sessions』などのライヴ・アルバムを発表しています。

アルバム『LEGACY』に話を戻しましょう。メンバー自身が年齢を重ね、それなりに紆余曲折の人生を経験したと思います。初期のアルバムと比べると当然ながら落ち着きと余裕が感じられますし、太陽のような明るさの中にも翳りと哀愁が漂っていました。でも、決して同窓会的な気分ではなく、真剣にポコのサウンドを追求した結晶のようなものがここには存在します。なお、プロデューサーにはボブ・シーガーやリチャード・マークスを手掛けたデヴィッド・コールが起用されました。

それではアルバムの中から何曲か紹介して行きましょう。
オープニング・ナンバーはリッチー・フューレイがヴォーカルを担当する「When It All Began」。伸びのあるハイテナーの歌声は衰えず、存在感を示しています。デヴュー当時を振り返り、再出発にあたっての心境が歌詞の中で語られていました。


WHEN IT ALL BEGAN
それほど遠くない あの日の気分を思い出す
若者たちは踊り、心に夢を抱いた
音楽は「ライヴ・ポコ」だった
カントリーだと呼ぶヤツがいれば
ロックン・ロールだと呼ぶヤツもいた
サウンドがどうであろうと
音楽はハートとリズムと魂で見つけるものだった

憶えているかい 最初の頃を
憶えているかい 最初に音楽を感じた時のことを

ああ 君たちは憶えているかい
最初にすべてが始まった時のことを
あの頃のことを憶えているかい

ニューヨークもボストンも そりゃ楽しかったぜ
夏の夜の公園で 音楽が始まると
いつまでも「 A good feelin' to know」を俺たちは一緒に歌い
音を大きく上げて聴衆に心を捧げた
でもショウの終わりはやって来た

あの瞬間を捕らえて
俺たちのものにするとしよう
俺たちには思い出せるのさ
全てが始まった頃のことを


「A good Feelin' to know」は1972年リリースの同名タイトルのアルバムに収録されていたリッチー・フューレイ作の楽曲。

シングル・カットされた「Call It Love」。軽快なカントリー・ロックに仕上げられたこの曲にはラスティ・ヤングの歌声がよく似合っています。


2007年のライヴ映像。メンバーは画面左からラスティ・ヤング、ポール・コットン、ジャック・サンドルーのようです。



ランディ・メイズナーが歌うサザン・ロック調の「The Nature Of Love」。


こちらもランディ・メイズナーがリード・ヴォーカルを担当する「Nothing to hide」。リチャード・マークスの作品ですが、まるでイーグルス時代のランディ・メイズナーを彷彿させます。リチャード・マークスが楽曲を提供したのはこの『LEGACY』のプロデューサーがデヴィッド・コールだったからかもしれません。
ランディ・メイズナーはこのアルバムでもう1曲、「Rough Edges」でもリード・ヴォーカルを担当していました。こうした働き具合や貢献度を鑑みると、現在のポコのメンバーには甚だ失礼ですが、ランディ・メイズナーはポコに戻ったほうがいいのではと思ってしまいます。
残念なことにこの映像は途中で終わってしまいます。


甘く切ない「It Wasn't For You」。リッチー・フューレイの作品です。こちらは少々バッファロー・スプリングフィールド時代や初期のポコを思わせるようなメロディー・ラインや何故かイーグルス風にも受け取れるコーラス・ワークが窺えました。


アルバムの締めくくりはジム・メッシーナの「Follow Your Dreams」。ロギンズ&メッシーナ時代を連想させるかのような楽曲です。


ライヴ映像です。


今回のボーナス・トラックは「Pickin' Up The Pieces」。2004年に行われたライブの映像をご覧ください。リッチー・フューレイがゲスト出演していました。


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