好きな音楽のことについて語りたいと思います。

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Jackson Browne - Some Bridges

 ジャクソン・ブラウンが、デビュ−45周年を記念して約2年半ぶりに来日しました。京都市在住の私は大阪公演に行ってきたのですが、その時に演奏された曲について思うところを少々書き綴りたいと思います。
 オープニングは”The Birds Of St.Marks”でしたが、この曲は過日に記事にしておりますので、そちらの方を参照してください。今回は2曲目に演奏された”Some Bridges”(1996年発表のアルバム『Looking East』に収録)を取り上げることにします。





SOME BRIDGES
来る日も来る日も俺はこの引き裂かれた世界を歩いている
生き残るために闘っているのだ
週末まで生き残ることができりゃ儲けものさ
俺はまだ生きてるぜ
おまえの微笑みとともに
おまえの微笑みとともに

俺が目にするどこもかしこもが卑怯なやり方で滑り落ちて行くのがわかる
日ごとに
俺は日々の暮らしのためにい働き続けているだけさ
自分の道を行くのみだよ
おまえの微笑みとともに
おまえの微笑みとともに

この廃れた街の厄介なところを歩いてみなよ
荒れはてた通りと崩れ落ちた建物を踏みしめてみなよ
見てみなよ 子供たちの目には苦しみしか映っていないから
将来への苦しみ 今を生きるための苦しみ
落ちて行く橋もあれば
今も残る橋もある

山の手の日陰の並木道を歩いてみなよ
何をやってもうまくいく人々がいるものだ
だがなあ 人生にはそんな成功で手にしたものよりも大事なものがあるぜ
たくさんの良いことやこれまで知らなかったことに気がつくってもんさ
落ちて行く橋もあれば
今も残る橋もある

毎晩、俺は通りからの音を聞いている
ベッドに横たわりながら
人々の頭の上の光の中で
夢が踊っているのを見るのが好きなんだ
時々とてもうんざりして
希望が失せていくとき
おまえの愛と笑みで俺を満たしてくれるよな
俺が再び立ち直るまで
おまえの微笑みとともに
引き裂かれた通りを歩こう
おまえの微笑みとともに
煙が立ち上る戦場の橋を
おまえの微笑みとともに
そんな状況を見てみなよ
貧困と絶望
認識できるまで時間がかるけど
毎日、俺は昼間に歩いている
おまえの微笑みとともに
落ちて行く橋もあれば
おまえの微笑みとともに
今も残る橋もある

 軽快で、キャッチーなメロディーを持った曲ですが、内容は辛辣であり、ジャクソン一流の直喩が用いられております。つまり落ちて行く橋もあれば、残っている橋もあると歌われる「幾つかの橋」とは一般社会においての対人関係の表現であり、不遇の子供たちと成功し続ける一握りの大人たちとの対比と受け取れるでしょう。
 ジャクソンは""Some Bridges"について、このように語っていました。
 「僕が言っている橋というのは、人と人との間に架かる橋だけではなく、人と、その人が行きたい所をつなぐ橋のことでもあるんだ。たとえば、ある人たちにとっては教養を積むためのハシゴが外されてしまっている。『ある橋は崩れ落ち、ある橋はまだ残っている』とぼくが言っているのは、接触する機会、交渉の機会はまだ残されているということなんだ。とても大事なことが危うくなっているけど、まだ全部が断たれたわけではないよ」(『ジャクソン・ブラウン ヒズ・ライフ・アンド・ストーリー』P.267)

 世界一の格差社会といわれているアメリカ。僅か1%の成功者が70〜80%の富を独占し、貧困層の中には発展途上国以下の生活を送っている人々がいるとのこと。そうした状況の中で選ばれた大統領が、ドナルド・トランプでした。
 ジャクソンはトランプ大統領に関して批判的であると伝えられています。しかし、皮肉にもそのトランプ大統領を支持しているのはそうした貧困層であることはまぎれもない事実。果たしてトランプ大統領は目に苦しみを映した貧困層が渡ることのできる架け橋を提供してくれる救世主となり得るのか、それとも格差社会が生み出した仇花なのでしょうか。

 ジャクソン・ブラウンは来日前に『西日本新聞』のインタビューに応じ、その中の「ラブソングとともに政治状況や核問題に警告を鳴らす歌も世に出しています。(例えばLives In The Balance)。そして現在の米政権のありようや北朝鮮をめぐる国際政治状況は、あなたの目にどう映っていますか?」という質問に対し、「いま北朝鮮と米国で起きていることは、原爆の拡散が始まって以来世界が恐れていたシナリオそのものだ。不安定はリーダーが二人、自国の国民に対する自身の立場が有益になることしか見つめず、お互い脅しあい、その結果、世界中を核による破滅の脅威にさらしている。核戦争の瀬戸際まで状況を誘導したのが私の国のリーダーであってほしくなかった。金正恩に関して私が説明する必要はない。彼は独裁者だ。しかし、私はドナルド・トランプがアメリカ合衆国の大統領であることは説明できない。ただ、私の国の政治のシステム及び文化が失敗したとしか言えない。」と答えていました。

 折しも11月5日にトランプ大統領が来日。安倍総理と首脳会談を行いました。安倍総理は会談後の記者会見で、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の対応について「あらゆる手段を通じて圧力を最大限まで高めていくことでトランプ氏と完全に一致した」と述べ、トランプ大統領も「(オバマ前大統領の取った)戦略的忍耐の時代は終わった」と強調。さらに安倍総理は「十分な時間をかけて北朝鮮の最新の情勢を分析し、今後の取るべき方策について完全に見解の一致をみました。日本は全ての選択肢がテーブルの上にあるとのトランプ大統領の立場を一貫して支持します」とも述べています。
 さて、この発言から戦争が起きるのでしょうか。ビジネスマンであるトランプ大統領が、勝っても負けても戦死者・被害者を出し、国力を疲弊させることになる戦争という選択を安易に選ぶとは考えにくいところです。しかし、金正恩委員長の望みが「核保有国として認められ、アメリカと不可侵条約を結ぶこと」である限り、北朝鮮とは対話のための対話では既にまったく意味がないでしょう。ならば日本にもとばっちりが及ぶことが必至である武力行使の道を選ぶのでしょうか。もちろん一気に核施設だけを攻撃して破壊するという短期決戦も考えられますが、トランプ大統領が示したすべての選択肢の中には戦争だけでなく、暗殺あるいは亡命を含めた金ファミリーの排除も含まれていると思われます。また、ティラーソン国務長官が「北朝鮮が、核・ミサイル実験を60日間停止すれば、アメリカは対話の用意がある」との趣旨を伝えたとの報道がありました。けれども、それは北朝鮮の核保有を認めることを前提にした交渉につながりかねません。そうなれば隣国である日本にとって、世界にとって、引いてはジャクソンが希望する平和的な解決とは程遠いでしょう。
 これまで「いくつもの危ない橋を渡り、人生の酸いも甘いも噛み分けてきた」と思しきトランプ大統領。今後の彼の言動が、ジャクソンが核戦争への不安と危惧し、アメリカの政治のシステムと文化が失敗した結果の出来事とならないことを望むばかりです。

 こちらはTVショーの映像。演奏開始は2分頃から。


 アコースティック・ギター1本の弾き語り映像。バンドとはまた違った説得力が窺えます。




 インタビューの全文については『中国新聞』のサイトを参照してください。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=77032

 また、"Lives In The Balance"に関しては拙ブログの過去記事を参照していただけたら幸いです。
http://shadowdream25.blog105.fc2.com/blog-entry-279.html

 なお、安倍総理とトランプ大統領の会見からの引用は「MSN産経ニュース」を参考にしました。
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/【日米首脳共同会見・詳報】トランプ大統領「戦略的忍耐の時代終わった」安倍首相「全ての選択肢がテーブルの上にあるとの立場支持する」/ar-AAuuoVI#page=2

参考文献
『ジャクソン・ブラウン ヒズ・ライフ・アンド・ストーリー』 マーク・ビーゴ著 水木まり訳 蒼氷社 2007年
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Leonard Cohen - HALLELUJAH

 レナード・コーエンが旅立った。享年82歳。
 コーエンはアメリカの文学雑誌『ザ・ニューヨーカー』(2016年10月17日発行号)に掲載された記事で、自分のキャリアを振り返り、新作『You Want It Darker』についても語り、「もう死ぬ準備はできている」といった趣旨の発言をしていた。さらに同月13日にロサンゼルスのカナダ大使邸で催された新作のリスニング・イベントにコーエン本人が登場し、「もう死ぬ準備が出来ている」との発言に関し、「あれは調子に乗って大袈裟に言い過ぎた。私は120歳まで生きるつもりだ」との趣旨の言葉で会場の笑いを誘っていた。
 しかし、別れは突然にやってきた。就寝中に静かに息を引き取ったという。癌で闘病しているという話を小耳に挟んだことがあるが、体調が悪化しているにも拘らず、彼は死の間際まで精力的に活動を続けていた。元気そうに繕っていたのか。コーエンのオフィシャル・サイトで公開された前述のカナダ大使邸でのイベントでの彼の姿を見た時、一抹の不安は拭え切れなかったが。

 私がレナード・コーエンの歌を初めて耳にしたのは中学生の頃。ラジオからちょっぴりカントリー・タッチの音が漂うバックが付けられた彼の歌声に惹かれるものがあったが、当時はビートルズやボブ・ディランほどの感銘を受けることはなかった。
 時が少しずつ流れ、ロック・ミュージックに深く感化されて行った時、コーエンの音楽は自然と耳に馴染むようになってきた。コーエンについての興味が湧き詳しい人物像を調べ、彼について書かれた記事も目に留まるようになった。そうして年齢を重ねて行く度に彼の寂しい歌声が追いかけて来るようになり、耳元から離れなくなって行ったのだ。

 レナード・コーエンは1934年9月21日、カナダのモントリオールに生まれた。詩人として高い評価を獲得し、小説家としても成功を収める。やがて自らの詩集の中の作品にメロディを付けて歌い始め、ジュディ・コリンズがその中の1曲、「Suzanne」を取り上げたことから彼にも注目が集まるようになった。1967年にジョン・サイモンのプロデュースでファースト・アルバム『Songs Of Leonard Cohen』をCBSからリリースし、ミュージシャンとしての活動も続けていくことになる。

 今回記事にするレナード・コーエンの通算8作目にあたる『Various Positions』(1984年発売)は彼のアルバムの中で最も宗教色が強い。自己を赤裸々にさらけ出して神との対話を試みようとしているかのようだ。その神とはキリストだけではなく、彼が深く傾倒していたユダヤ教のハシディズムの神であるヤハウェも対象であろう。さらには唯一絶対神アッラーフを戴くイスラム教の神秘主義スーフィズムや禅的なニュアンスも汲み取れるのだ。

 今回はこのアルバムから「HALLELUJAH」を取り上げたい。



主を喜ばせるためにダビデ王が弾いた
秘密の和音があると聞いたことがあった
でもおまえは音楽になんか興味がないんだろう
それはこんな具合に続く
4番 5番 短調が下がり 長調が上がる
苦悩の王がハレルヤを書き上げたのだ

おまえの信仰は厚かったが証を必要とした
水浴びをする女を屋上から見て
その美しさと月の光におまえの心は乱れた
女はおまえの体を
台所の椅子に縛り付け
おまえの王座を壊し 髪を切った
おまえの唇からハレルヤという言葉を引き出させたのだ

俺が神の御名を淫らに唱えたとおまえは言うが
俺はその御名さえ知らない
でも たとえ知っていたとしてもそれがどうなんだ
どんな言葉にも光り輝くものがあるだろう
おまえがどっちを聞いてもかまわない
聖なるハレルヤだろうと途切れたつたないハレルヤだろうと

俺はベストを尽くしたが、まだ不十分だった
感じることが出来なかったので
御心に触れようとしたのだ
俺は真実を話した 冗談なんかじゃない
たとえ調子を外しても
俺は神の前に立ち
歌う歌はハレルヤ以外は何もない

 ダビデが秘密の和音を弾くくだりは旧約聖書サムエル記上第16章、ダビデが弾く琴の音が神から出る悪霊を追い払ったとされる話の引用と思われる。
 水浴びをする女を見て心が乱れるくだりはサムエル記下第11章、ダビデが王の家の屋上を歩いていた時に美女が体を洗っているのを見たという話を参照したようだ。
 髪を切ったというくだりは旧約聖書士師記第16章、イスラエルの怪力の士師サムソンの力が髪の毛にあることを知った愛人のデリラがサムソンを裏切って彼の髪を切り、サムソンは捕らえれて労役に使されたという話に引っ掛けたものであろう。このエピソードは映画『サムソンとデリラ』(1950)に詳しい。

 この歌には様々な歌詞のヴァージョンがあり、ライヴでは例えば以下のように歌われることがある。


ベイビー 俺は以前ここにいた
俺はこの部屋を見たことがある
この部屋を知っているし、床を歩いたことがある
おまえと知り合う前に
俺は一人で住んでいた
大理石のアーチに掲げられた
おまえの旗を見たことがある
愛は勝利のマーチではない
それは冷たく途切れたつたないハレルヤだ

俺に教えてくれようとした時もあった
地のそこで本当に何が起こっているのかを
でもおまえはもうそんな素振りさせ見せようとしない、そうだろう
おまえのところに転がり込んだときのことが蘇る
聖なる鳩もやって来た
我々の吐息がことごとくハレルヤを吐き出した

さて 天に神はおられるかもしれない
だが俺が神から学んだことは
人より早く拳銃を抜く奴をいかに撃つかということである
今夜おまえが聞くのは不平ではない
光を見た巡礼の話でもない
それは冷たく途切れたつたないハレルヤだ

俺はベストを尽くしたが、まだ不十分だった
感じることが出来なかったので
御心に触れようとしたのだ
俺は真実を話した 冗談なんかじゃない
たとえ調子を外しても
俺は神の前に立ち
歌う歌はハレルヤ以外は何もない

 この歌は多数のアーティストにカヴァーされている。ジョン・ケール『I'm Your fan(レナード・コーエンのトリビュート・アルバム)』(1991)、ジェフ・バックリー『Grace』(1994)、ボノ(U2)『Tower of Song(レナード・コーエンのトリビュート・アルバム)』(1995)、『Shrek(オリジナル・サウンド・トラック)』(2001)、K.D.ラング『Hymns of the 49th Parallel』(2004)、ウィリー・ネルソン『Songbird』(2006)、サラ・ガザレク『Return To You』(2007)、マイケル・マクドナルド『Soul Speak』(2008)、ニール・ダイアモンド『Dreams』(2010)と枚挙に暇がない。

 ボブ・ディランもライヴで取り上げているようだ。






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