好きな音楽のことについて語りたいと思います。

Leonard Cohen - HALLELUJAH

 レナード・コーエンが旅立った。享年82歳。
 コーエンはアメリカの文学雑誌『ザ・ニューヨーカー』(2016年10月17日発行号)に掲載された記事で、自分のキャリアを振り返り、新作『You Want It Darker』についても語り、「もう死ぬ準備はできている」といった趣旨の発言をしていた。さらに同月13日にロサンゼルスのカナダ大使邸で催された新作のリスニング・イベントにコーエン本人が登場し、「もう死ぬ準備が出来ている」との発言に関し、「あれは調子に乗って大袈裟に言い過ぎた。私は120歳まで生きるつもりだ」との趣旨の言葉で会場の笑いを誘っていた。
 しかし、別れは突然にやってきた。就寝中に静かに息を引き取ったという。癌で闘病しているという話を小耳に挟んだことがあるが、体調が悪化しているにも拘らず、彼は死の間際まで精力的に活動を続けていた。元気そうに繕っていたのか。コーエンのオフィシャル・サイトで公開された前述のカナダ大使邸でのイベントでの彼の姿を見た時、一抹の不安は拭え切れなかったが。

 私がレナード・コーエンの歌を初めて耳にしたのは中学生の頃。ラジオからちょっぴりカントリー・タッチの音が漂うバックが付けられた彼の歌声に惹かれるものがあったが、当時はビートルズやボブ・ディランほどの感銘を受けることはなかった。
 時が少しずつ流れ、ロック・ミュージックに深く感化されて行った時、コーエンの音楽は自然と耳に馴染むようになってきた。コーエンについての興味が湧き詳しい人物像を調べ、彼について書かれた記事も目に留まるようになった。そうして年齢を重ねて行く度に彼の寂しい歌声が追いかけて来るようになり、耳元から離れなくなって行ったのだ。

 レナード・コーエンは1934年9月21日、カナダのモントリオールに生まれた。詩人として高い評価を獲得し、小説家としても成功を収める。やがて自らの詩集の中の作品にメロディを付けて歌い始め、ジュディ・コリンズがその中の1曲、「Suzanne」を取り上げたことから彼にも注目が集まるようになった。1967年にジョン・サイモンのプロデュースでファースト・アルバム『Songs Of Leonard Cohen』をCBSからリリースし、ミュージシャンとしての活動も続けていくことになる。

 今回記事にするレナード・コーエンの通算8作目にあたる『Various Positions』(1984年発売)は彼のアルバムの中で最も宗教色が強い。自己を赤裸々にさらけ出して神との対話を試みようとしているかのようだ。その神とはキリストだけではなく、彼が深く傾倒していたユダヤ教のハシディズムの神であるヤハウェも対象であろう。さらには唯一絶対神アッラーフを戴くイスラム教の神秘主義スーフィズムや禅的なニュアンスも汲み取れるのだ。

 今回はこのアルバムから「HALLELUJAH」を取り上げたい。



主を喜ばせるためにダビデ王が弾いた
秘密の和音があると聞いたことがあった
でもおまえは音楽になんか興味がないんだろう
それはこんな具合に続く
4番 5番 短調が下がり 長調が上がる
苦悩の王がハレルヤを書き上げたのだ

おまえの信仰は厚かったが証を必要とした
水浴びをする女を屋上から見て
その美しさと月の光におまえの心は乱れた
女はおまえの体を
台所の椅子に縛り付け
おまえの王座を壊し 髪を切った
おまえの唇からハレルヤという言葉を引き出させたのだ

俺が神の御名を淫らに唱えたとおまえは言うが
俺はその御名さえ知らない
でも たとえ知っていたとしてもそれがどうなんだ
どんな言葉にも光り輝くものがあるだろう
おまえがどっちを聞いてもかまわない
聖なるハレルヤだろうと途切れたつたないハレルヤだろうと

俺はベストを尽くしたが、まだ不十分だった
感じることが出来なかったので
御心に触れようとしたのだ
俺は真実を話した 冗談なんかじゃない
たとえ調子を外しても
俺は神の前に立ち
歌う歌はハレルヤ以外は何もない

 ダビデが秘密の和音を弾くくだりは旧約聖書サムエル記上第16章、ダビデが弾く琴の音が神から出る悪霊を追い払ったとされる話の引用と思われる。
 水浴びをする女を見て心が乱れるくだりはサムエル記下第11章、ダビデが王の家の屋上を歩いていた時に美女が体を洗っているのを見たという話を参照したようだ。
 髪を切ったというくだりは旧約聖書士師記第16章、イスラエルの怪力の士師サムソンの力が髪の毛にあることを知った愛人のデリラがサムソンを裏切って彼の髪を切り、サムソンは捕らえれて労役に使されたという話に引っ掛けたものであろう。このエピソードは映画『サムソンとデリラ』(1950)に詳しい。

 この歌には様々な歌詞のヴァージョンがあり、ライヴでは例えば以下のように歌われることがある。


ベイビー 俺は以前ここにいた
俺はこの部屋を見たことがある
この部屋を知っているし、床を歩いたことがある
おまえと知り合う前に
俺は一人で住んでいた
大理石のアーチに掲げられた
おまえの旗を見たことがある
愛は勝利のマーチではない
それは冷たく途切れたつたないハレルヤだ

俺に教えてくれようとした時もあった
地のそこで本当に何が起こっているのかを
でもおまえはもうそんな素振りさせ見せようとしない、そうだろう
おまえのところに転がり込んだときのことが蘇る
聖なる鳩もやって来た
我々の吐息がことごとくハレルヤを吐き出した

さて 天に神はおられるかもしれない
だが俺が神から学んだことは
人より早く拳銃を抜く奴をいかに撃つかということである
今夜おまえが聞くのは不平ではない
光を見た巡礼の話でもない
それは冷たく途切れたつたないハレルヤだ

俺はベストを尽くしたが、まだ不十分だった
感じることが出来なかったので
御心に触れようとしたのだ
俺は真実を話した 冗談なんかじゃない
たとえ調子を外しても
俺は神の前に立ち
歌う歌はハレルヤ以外は何もない

 この歌は多数のアーティストにカヴァーされている。ジョン・ケール『I'm Your fan(レナード・コーエンのトリビュート・アルバム)』(1991)、ジェフ・バックリー『Grace』(1994)、ボノ(U2)『Tower of Song(レナード・コーエンのトリビュート・アルバム)』(1995)、『Shrek(オリジナル・サウンド・トラック)』(2001)、K.D.ラング『Hymns of the 49th Parallel』(2004)、ウィリー・ネルソン『Songbird』(2006)、サラ・ガザレク『Return To You』(2007)、マイケル・マクドナルド『Soul Speak』(2008)、ニール・ダイアモンド『Dreams』(2010)と枚挙に暇がない。

 ボブ・ディランもライヴで取り上げているようだ。






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Jackson Browne - Love Minus Zero/No Limit

 ボブ・ディランのノーベル賞受賞に関し、オバマ大統領、スティーヴン・キング、ブルース・スプリングスティーン、ミック・ジャガー、レナード・コーエン、リンゴ・スター、ロビー・ロバートソン、U2、ベット・ミドラー、トム・ウェイツなどから祝福のメッセージが次々とツイッターなどで発表されています。ことにスプリングスティーンは「彼は俺にインスピレーションと希望を与えてくれた」との趣旨を語り、さらに「ボブがケネディ・センター名誉賞を受賞したとき、彼のために『時代は変る』を歌う機会があった。俺たちはほんのわずかの間だったが、ふたりきりで裏口の吹き抜けの階段を下りていた。彼は俺が駆けつけたことに感謝してくれ『もし君のために何かできることがあれば…』と言ってくれたのだ。俺は『冗談でしょ?』と思い、こう答えた。『もうとっくにしてくれているじゃないですか』と。」といった具合に格段の敬意を表していました。

 さて、スプリングスティーンと同じく、ディランから大きな影響を受けたとされるジャクソン・ブラウンはどうしたのでしょうか。いまのところ彼によるディランへの賛辞を見聞きしておりません。かつて東のブルース・スプリングスティーン、西のジャクソン・ブラウンと何かと対比されることがありましたが、ファンとしてはジャクソンがどんな風なコメントを発するのか気になってしまうところです。
 寡聞にして、私はこれまでにジャクソンが、ボブ・ディランについて語っているのをそれほど多く目にしたり、耳にしたりしたことはありません。彼の半生が描かれた書物にも具体的なディランに関しての記述を見いだすことはできませんでした。ジャクソンはディランという大きな存在を意識的に遠ざけていたのでしょうか。それとも同業者として一線を画すために距離を置いていたのでしょうか。
 
 そんな雑念が頭の中を駆け巡る中、かなり古くなりますが、1974年8月に発行された『ライトミュージック』という雑誌の中に彼へのインタビュー記事が掲載されているのを思い出しました。そこにはディランに会った時のジャクソンの印象が割と詳細に書かれています。
 まず、「コンサートの後にディランと会うことが出来たが、握手にも応じず、黙っていた。ボブ・ディランをディラン自体が演じているような気がした。詩人とはマイナーな存在だ。大衆の中で、幻想化され、美化されたディランと、詩人ディランその人とはかなりの食い違いがあるのだろう」との趣旨を述べた後、「ディランは絶えず全体感を見続けている。たとえば普通の人間がショウをみると、その1時間のドラマを見て楽しむが、彼の心の中はそこに自分の姿をうつしてみたり、裏方を見たり、客と舞台の間を観察したりすることが横行する。絵画的にものを見たり、芸術家の素質をかねそなえている男だね。この歴史観とか時代的意識、政治的意識をこうしたやさしい言葉で表現できるのはディラン独自の特性だ」と語り、インタビュアーが「よく日常性を追求すればそれが芸術だと思っている奴がいる。又貧しさとか逆境が芸術と思っている奴もいる。それは大きな間違いさ。ものを見る目があるかどうかは金持ちでも貧乏人でもわからない。このものを見る目があって、それを詩という形にまで築き上げることのできる人間が詩人だ。」といった具合に応えたのに対し、ジャクソンは「彼(ディラン)はものすごいマネーコレクターだよ」という言葉を付け加えていました。
 インタビューの内容からは崇拝していた人物と実際に会い、その素顔に触れて感じた落差や隔たりが垣間見えます。それでもジャクソンの洞察力と感性はディランの本質の一端を鋭く暴いていると言えるでしょう。30年以上も前のインタビュー記事ですが、ひとりの普通の人としてのボブ・ディランを理解するうえでのヒントとなり得るのかもしれません。

 連絡が取れず賞を受け取るのか否かと騒がれたものの、ようやく「受賞したことを知り言葉を失った。この栄誉に感謝します」と受け入れる意向を示したディラン。これも彼一流の予定通りの行動だったのでしょうか。案外、沈黙していたのは「いや、どうしよ。スウェーデンの王様に会わなあかんのやな。照れくさいわ。何着ていったらええんやろ。タキシードを新調しよかな」といった具合に悩んでいたのかも。

 現在、ジャクソンはディランのノーベル賞受賞に関してのメッセージを出していないようですが、ディランへの敬愛の念はデビュー前と変わらないでしょう。その証拠といっては何ですが、2012年にリリースされたディランのトリビュート・アルバム『Chimes Of Freedom: Songs Of Bob Dylan Honoring 50 Years of Amnesty International』では「Love Minus Zero/ No Limit」をカヴァーしていました。なお、ディランのオリジナルは1965年発表の『Bringing It All Back Home』に収録されています。



LOVE MINUS ZERO/NO LIMIT
俺の恋人、彼女は語りかける時もまるで沈黙しているみたい
理想も暴力も口にしない
彼女は自分が誠実だと打ち明ける必要はない
氷のように、炎のように彼女は偽りのない人
みんなは薔薇の花を持ちながら
1時間おきに約束を取り付けようとやってくる
俺の恋人である花のように笑い
ヴァレンタインの贈り物には見向きもしない

雑貨店やバス・ターミナルでは
人々が自分たちの置かれた境遇について語り
本を読み、他人の言葉の引用を繰り返し
壁の上にああだこうだと結論を描き
誰かが未来について述べている
俺の恋人、彼女は穏やかに語りかける
失敗のような成功はなく
そうした失敗もまた成功のもとではないと彼女は知っている

マントと短剣がぶら下がり
奥方たちはキャンドルに灯をともす
騎士たちの式典で
歩兵でさえも恨みを抱く
マッチ棒で作られた像は
お互いに寄りかかってあげくに崩れ合う
俺の恋人はウインクし、まったく気にする素振りもない
議論したり判断したりするにはあまりにも多くを知りすぎているのだ

真夜中に橋が揺れ動き
田舎の医者があてもなくぶらつく
銀行家の姪たちが完璧なるものを追い求め
賢者たちが持って来る贈り物に期待を膨らます
風がハンマーで叩き付けるかのような音でうなり
その夜は冷たく雨模様
俺の恋人はカラスのように
傷ついた羽で俺の窓にとまっている



 この曲は多くのアーティストに取り上げられています。清楚な歌声がメロディ・ラインの美しさを納得させるジュディ・コリンズのヴァージョンは1993年の『Judy Collins Sings Dylan Just Like a Woman』に収録。


 荘厳で格調高いアレンジが施されたロッド・スチュワートのヴァージョンは1997年のトリビュート・アルバム『Diana, Princess Of Wales』に収録。


 他にもウォーカー・ブラザーズ(1965年の『Take It Easy With the Walker Brothers』に収録 )、ジョーン・バエズ(1968年の『Any Day Now』に収録)、リック・ネルソン&ザ・ストーン・キャニオン・バンド(1971年の『Rudy The Fifth』に収録)、バック・オーエンス(1971年の『Bridge Over Troubled Water』に収録)、ブリジット・セント・ジョン(1972年の『Thank You For....』に収録)、レオン・ラッセル(1995年の『Leon Russell and the Shelter People 』のリイシュー盤に収録)、ダグ・サム(2000年の『The Return of Wayne Douglas』に収録 )など枚挙に暇がありません。

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